今日が本当のクリスマス

はて、クリスマスとはなんぞや

私は幼稚園が聖公会だったため、毎日聖書を読んで、
日曜日には、日曜学校という名の礼拝に参列していたこともあり、
聖書に書かれていることはおぼろげに覚えていることがある

特にイエスキリストの生誕については、
しっかり聖書に記載されており、物語的要素が強いので、
記憶の中でもよく残っている方だ
まぁ、そんなことはどうでもいい
あえて言うとしたら、クリスマスはキリストが生まれて日ではないと言うこと
お生まれになったことを祈念する日だ

世界中の子供達が首を長くして待ったクリスマスも、
今日を過ぎれば、次は1年後
プレゼントを用意して、そわそわしていたサンタクロースたちも
年末の大きな最後のイベントを終え、肩の荷が降りたことと思う
私個人としては、少しもの寂しい

毎年12月になると祖父からアドベントカレンダーが送られてくる
毎日ひとつずつ開ける、全部開けるとクリスマスってことが、3歳になった息子も
なんとなくわかるようになり、クリスマス=サンタクロース=プレゼントという
社会の掟のようなものが、頭に植え付けられた
おそらく、自身でしっかりと楽しみとして迎えられる初めてのクリスマスだったと思う

毎朝7時前に目が覚めると、『あけなきゃ!』と言って、
アドベントカレンダーをあけることが、すっかり日課になった
それと同時に、『今日もサンタさんきてないね』としょんぼりする
私が『朝ごはんしっかり食べないと、サンタさんこなくなっちゃうぞー』と言うと、
『そうだ!いい子にしてないと、ブラックサンタがきちゃう』と言ってご飯を食べていた
我々の世代の頃には、ブラックサンタなるものはいなかったはず
いつ、どこから、やってきたのだろうか

そんな一喜一憂のイベントも終わってしまった
息子はサンタさんからもらった自転車を朝から乗って楽しそうにしている
もはやどこまででも行ってしまう勢いだ
ちょっと目を離したすきに、どこかへ行ってしまう距離が飛躍的に拡大した
先日、レンタルショップが併設された本屋に行ったとき、
ふと目を離したすきに、いなくなって、正直焦った
間違っても外に出ないよう、出入り口を注視しつつ、店内を探していたのだが、
店の端の方で、壁に手をついて、じっとウンチしていた
店の中でそんななのだから、外で見失ったら最後
警察の手でも借りない限り、見つけ出すことは不可能だろう

子供にとって、きちんと認識して迎える初めてのクリスマス
楽しみだったのは、子供だけではない
クリスマスがなんの日かなんてことはどうでもいい
子供が楽しみにしているなら、それを一緒に楽しめばいい
子供と一緒にその日が来るのを待つ
長いようであっという間な1ヶ月だった

また次は1年後
親は老化し、子供は成長する
次はどんなワクワクと発見があるのだろう
成長した息子は、何が欲しいのだろう
とても楽しみだ

そして自分が子供の頃、こうやって楽しませてくれた両親に、
改めて感謝する
自分が受けた恩はもれなく受け継いでいかなければいけない
『Pay it forward』

少しずつ、長生きしなければ見られない未来というものがあることが
なんとなく見えてきた気がする
メリークリスマス

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