キーボードシリーズ① 007に学ぶ「中国語KBに手を出すな」
ジェームズ・ボンドはかっこいい。
image:橋本質店
ボンドカーもかっこいい。
image:みんから
Q部門が提供するガジェットもかっこいい。
image:pinterest
(映画公開時における)最先端機器が登場するのもかっこいい。
image:IMDb
が、007シリーズで唯一かっこ悪いモノがある。中国語キーボードである。
登場する作品は1997年に公開された「トゥモロー・ネバー・ダイ」。ミシェル・ヨー扮する中国エージェントとボンドの、彼女の隠れ家での会話シーン。
007「通信装置があるのか。ならば僕がメッセージを送ろう」
007、キーボードを見るやいなや・・・
「やっぱり君が送って」
PCキーボードのアップ写真。
ずっと不思議に思っていた。天下の007制作陣が、なんでこんなデタラメなキーボードを映画に使ったのか?確かに英語圏の人間がこんなのを目にしたらお手上げだろう。演出としては文句のつけようがない。が、もうちょっとやりようがあったのでは?
「まあ、欧米人がアジアの人を見る目はこんなもん」
と勝手に納得してそのまま放置したこと20数年。最近アマプラに007シリーズの全作品が登場したので久々にこの作品を見直したのだが、ふと思った。
「もしかしてこれって本物?」
はい、そうでした。本物でした。
ということで今回は007に謝罪すべく、全力で中国語キーボード(KB)について・・・と行きたいところだが、まずはこちらのサイトを使って中国語に関してお勉強。なんせ中国語に関しては何の知識もない。
ふむふむ、なるほど。要約すると
・中国本土の人が使っているのが中国語(普通話)で、日本ではこれを北京語と呼んでいる。地域によっては広東語や上海語などの方言を使うが、国民のほとんどが北京語を理解し、話すことができる。
・台湾の中国語は北京語とは語彙や発音が異なることが多いので日本では台湾華語、台湾では國語と呼んで区別している。
・香港では広東語がメイン。広東語は北京語とは発音や文法が違うため、広東語と北京語で会話をしてもほとんど通じない。かつての「香港映画」で使用されていたのは広東語。
簡体字(中国本土で使用)
・部首がしばしば省略化される。
・中国政府が簡体字を正式な字体として認めている。
・中国の街中やメディアでも使われる。ただし寺院や古書、歴史ドラマでは繁体字を使用。
繁体字(香港・台湾などで使用)
・日本の旧字体に近い。
image:最強の翻訳サービス徹底調査ガイド
拼音(ピンイン)・・・中国語の発音表記。音節を音素文字に分け、ラテン文字化して表記する。
注音符号・・・中国語の発音記号の一つ。別名ボポモフォ (bopomofo) 。主に台湾で使用。子供の頃に習い、日本語のひらがなのように使用できるが、大人になると漢字と混ぜて使うことはない。
「台湾」を注音符号で表記すると「ㄊㄞˊㄨㄢ」となる。
(ㄨㄢ は複合母音で wan と発音)
台湾の芸術家による作品「アイ・ラブ・タイワン」
image:TAIPEINAVI
ㄊㄞˊㄨㄢ(タイワン)の部分を
ㄊ・・・t
ㄚ・・・a
ㄧ・・・i
ㄨㄢ・・・wan
と表記している。
よし。中国語の基本の基本の基本、幼稚園年少さんレベルの知識は身に付いた。さあ、ここから本番だ。
007に登場した「QWERTY・・・」ならぬ「手田水口・・・」配列のKB、wikipediaによれば、
①倉頡輸入法(そうけつゆにゅうほう)※輸入とは入力の意
1976年に考案されたコンピュータ上における中国語入力方式
返還前から現在まで主に香港で用いられている
ここに入力法の詳細あるが、要約すると「レゴブロックのようにパーツを積み上げていく」感じ。
image:wikipedia
②大易輸入法という倉頡輸入法の改造バージョン(台湾向け)もあるらしい。
③ただし台湾で主流の入力方式は注音輸入法(ちゅういんゆにゅうほう)。
キーボード上に刻印された注音符号を入力し、それを漢字に変換する。日本語のかな入力と似ている。
④中国本土での主流は拼音输入法(ぴんいんゆにゅうほう)。
中国本土で発音符号として使われている拼音(ラテン文字・ローマ字)で入力して、簡体字に変換する。日本語のローマ字入力⇒かな変換に相当。日本語同様一部の制限(不便さ)はあるが、USキーボードがそのまま使用できる。
「中国語って難しい!」
幼稚園児レベルでもこんなにややこしい中国語&中国語KBだが、本当にボンドは使いこなせなかったのだろうか?
ボンドといえば語学堪能。英語、ロシア語、フランス語、デンマーク語・・・なんでもござれ。「007は2度死ぬ」では日本語だって駆使していたし、他のシリーズでは中国語を話すシーンも存在する。
にもかかわらず、なぜボンドは「やっぱり君が・・・」としたのか?
ここで思い出して欲しい。ミシェル・ヨーは中国・北京から送り込まれたエージェント。当然ボンドは中国本土様式のピンイン入力方式を予想していたはず。にもかかわらず出てきたのは香港式の倉頡法KB。
「こいつ、ホントに中国エージェントか?まさか第三国の偽装スパイ?」
ボンドの第六感が働き、彼女に譲ったのである。決して中国語KBだからという理由で逃げたわけではない。
出てきたのがこのタイプのKB(倉頡・大易・注音・拼音のすべてに対応)であれば、ボンドだって警戒心を解いて自分でメッセージ送信していたに違いない。
中国語のままだと理解しずらいので、これを日本語版に完全変換すると・・・
007シリーズ第18作「明日は必ずやってくる」(日本リメーク版)
日本政府が送り込んだエージェントからPCを差し出されたボンド。当然日本語KBにも精通している。
007は一般的なQWERTY配列KBを想定していたが、
出てきたのがこれ(親指シフト)。
image:wikiwand
もしくはこれ(PC98シリーズ)
007「あれ、JIS規格にある日本語109キーボードとなんか違うぞ?こいつ、ホントに日本のスパイか?」そこで
これが脚本家Bruce Feirstein氏の真意、ボンドが中国語KBに手を出さなかった真相だと思う。使えないわけではなく、身元不明のスパイにMI-6の情報を漏えいさせないために、あえてミシェル・ヨーに譲ったというところだろう。まさに
「君子危うきに近よらず」
なのだが、ネット上には
「ボンド、中国語KB使えない。ダッセー」
という誤解をした人が多くみられる。これは007ファンとして見逃せない。その意見は100%間違っていると断言できる。なぜなら
「どんなタイプのPCキーボードでも、英語入力は可能だから」
たとえ
であっても、英語入力は不可能ではない。MI-6に
「james bond」
と送るのであれば
「十日一水戸 月人弓木」
を押せば済む話。日本語版KBであれば
「まちもいと こらみし」(手元のKBをご覧ください)
で james bond と入力できる・・・のだが、この筆者の完璧な推論にもたった一つの弱点がある。
ねえ、ボンドさん。タッチタイピングできますよね?
残念ながらジェームズ・ボンドが報告書を作成しているシーンは見たことがない。