供述調書に署名しないと・・・
警察・検察は「供述調書は必ず被告に読み聞かせ、被告はその全文を確認してから署名するので、その記述内容に間違いはない」という前提なのだろうけど、だったらすべての録画記録を開示しても問題ないはず。
と書いたが、どうやら現実になりつつあるようだ。
その舞台は 岡山県津山市 女児殺害事件。被告・弁護人とも無罪を主張している。(詳細は朝日新聞デジタルをどうぞ)
筆者の関心事は事件の内容ではなく、その供述調書について。記事によれば
被告は逮捕後の取り調べに対し、一時は殺害を認めたとされる。だが、その後に勾留理由を開示する法廷で問われた際には、「認めれば死刑にならないと考え、うその供述をした」と説明した。
これだけならよく聞く話だが、問題はこの後。どうやら被告はこの供述調書に「署名・捺印」しておらず、正式な調書になっていないらしい。正式な調書でないので弁護士が証拠採用に同意しておらず、裁判所も証拠として採用していない。
当然といえば当然か。なんせ今まで「署名押印拒否権があるにもかかわらず被告は署名した。だから内容に間違いはない」としていたんだから。「署名が無い。よって内容に間違いがある」となっても文句は言えない。
ー参考資料ー
この事件では物証がなく、自白の信用性が最大の争点となっている。自白が本物なら有罪、虚偽なら無罪となるのだろう。実際にはそんなに単純ではないと思うが・・・
物証がなく、唯一の武器・被告の自白を文章にした(警察・検察が作文した)供述調書が裁判では使えない。となると被告を犯人とする証拠は何があるのだろう。曖昧な目撃証言?ドラマでよく耳にする状況証拠?
通常なら「公判維持できない」と判断して起訴を取り下げそうなものだが、さすがに殺人事件だけあって検察はそうしなかった。一度は自白を引き出した手前、引くに引けないのかもしれない。取り調べ時に録画・録音された発言を文字に起こした文書を作成・証拠請求し、しかも裁判所がそれを認めたのである。
image:gooブログ
弁護側は「映像を文字化したものを証拠にすることは問題が多い」として反対しているが、筆者も同意見である。
被告が話した内容を記述した供述調書が「被告の署名がないのでダメ」なのに、被告が話した内容を録画した映像を文字化したものが「被告の署名がなくてもOK」なのはどう考えてもおかしい。
仮に映像内の一言一句を漏れなく文字に起こしたとしても、ニュアンス的なものは文字にできない。それに文字起こし作業者の主観・誤解が入る可能性をどうやって排除するのか?
例えば「私が殺したとでも言うのですか?」という意味で
「私が殺した?」
と口にした場合、文字に起こせば
「私が殺した」
となり、この1文だけを取り上げれば犯行を自白したことになってしまう。
実際に在りうるかどうかは不明だが、仮に取調官が2人いた場合、
A「お前、殺したのか?」
B「お前、殺してないよな?」
と同時に言葉を発した場合、どのように文字化するのか?
A「お前、殺したのか?」
B「お前、殺してないよな?」
被「はい」
B「お前、殺してないよな?」
A「お前、殺したのか?」
被「はい」
順序を入れ替えるだけで正反対の意味になってしまう。
A「お前、殺したのか?」
B「・・・・・・」(不明瞭で聞き取り不可)
被「はい」
とすることも不可能ではない。これが供述調書ならば署名を求められた際に間違いを指摘・署名拒否することが出来るが、被告(もしくは第三者)のチェックが入っていない「映像の文字起こし」では誤った文章がそのまま証拠となってしまう。
「私はそんなことを言っていない!」
裁判で被告がそう反論したところで、検察が
「映像をそのまま文字に起こしたものです。間違いはありません」
といえばそのまま認められるのでは?それとも裁判所が録画映像の当該部分を確認してくれるのだろうか?
検察の名誉のために言っておくが、取り調べ映像の文字化を悪用して証拠捏造を企んでいるわけではない。検察は映像の公開を希望していたが、裁判所により否定されている。その理由は
「映像を公開すれば裁判員に誤解をあたえる可能性がある」
「映像を見た裁判員が公正な判断ができなくなる恐れがある」
映像では人によって受ける印象が変わる。誤解するといけないから文字に起こせ。文字にすれば誤解は起きない・・・ということなのだろう。
文字ではなく、音声のみを証拠採用した例もある。
image:朝日新聞Digital
100歩譲って「音声だけなら誤解が生じない」という裁判所の説明を受け入れたとして、検察が文字に起こす際に誤解が生じる可能性はないのだろうか?裁判所は「検察は誤解しないが、裁判員は誤解する」とでも思っているのだろうか?おそらく
裁判において、映像内にある被告の「私が殺した?」という言葉を「私が殺しました」と裁判員が誤解して有罪判決を下せば「裁判所のミス」となって批判の的になるが、検察による誤解ならば「裁判所にミスはない。我々は提出された証拠に基づいて判断しただけ」
ということなのだろう。裁判所は「真実を追求する場」ではなく、「提出された証拠だけを判断材料にして有罪・無罪を決める場所」なのだから仕方がないといえば仕方がない。
注)筆者は津山事件に関し、「被告の無罪」を主張しているわけではありません。検察側の「映像の文字化」に反対しているわけでもありません。
参考資料
「テレビなどで医者が手術する前に手術台のところに行くときにするように、歩いてきました」
なるほど。手の平が上向きなら大門未知子(ドクターX)、下ならゾンビか。これなら分かりやすいし勘違いも起きない。上手な作文に座布団一枚!
是非ご一読を。こんな文章、滅多にお目にかかれません。
画像・・・法律文化社より
(おそらく架空の調書ですが、念のため一部加工してあります)
2021年10月28日追加
録音した会話を文字に書き起こしたものを「反訳書」といい、こちらのサイトによれば反訳書の作成には以下のようなルールがあるそうです。
・通話記録を証拠として提出するには、通話音声を書き込んだCD-Rと、それを文章に書き起こしした反訳書をセットで提出
・「あの」「えーっと」などのつぶやきも詳細に書き起こす
・質問の場合は文面に「?」をつける。記号は「?」以外使わない。
・整文を行わない。明らかな誤用をしている場合でも、発言を修正せず台詞をそのまま書き起こす
・相手が言い淀んだり、沈黙した時でも、その発言だけを書き起こす。「……」や「~」は使用禁止
これで疑問の半分は解消。残るは「録画映像では誤解を与える」という裁判所の判断理由だが、読売新聞(2021年10月28日朝刊)に
・全国の地裁で取調べ映像が証拠請求されたのは昨年1年で102件で、採用は60件
・裁判員裁判では請求32件に対して採用は12件
とあり、実際に自白映像を約7時間にわたり法廷で再生した例が挙げられている。この裁判は一審では有罪、控訴審判決でも有罪となったが、
「供述の信用性の判断が、(被告の表情やしぐさといった)印象に基づく直感的なものになる可能性がある」
とし、映像による一審の事実認定を違法としている。つまり裁判官の裁量で「映像でもいいよ」「映像ではダメ、音声ならOK」「どっちもダメ。反訳書で」という事になる。本来ならば
「警察・検察が署名・捺印を得られるような供述調書を作成すれば済む話」
というシンプルな構図なのだが、取り調べ中の
「おれ、やっちゃったかも」(過失)
という告白を、調書に
「殺意を持って犯行に臨み・・・」(故意)
と書かれていればサインできないし、警察・検察からすれば「おまえ、自白(故意)しただろ」となるからなぁ。
この問題、本当に奥が深い。