「Z750FOUR A4&A5はZ2ではない」という誤解は何故生まれたのか
Z750FOUR A4&A5は「Z2ではない」
旧車、特にカワサキに興味のある方なら
一度は耳にしたことのある話だと思います。
これは「ゼッツーと呼ぶ/呼ばない」という個人の趣向によるものが
「Z2である/ではない」という型式、更には車体の同一性の問題にすり替わった結果生じてしまった
「誤解」であると言えます。
本稿では、なぜ「Z750FOURはZ2ではない」という誤解が生まれたのか
これを詳しく解説していきたいと思います。
まずは大前提として、車検証等に記載されている内容を御覧ください。
Z750FOURの書類から読み取れること
このうち750RSから変更されたものは
(書類上記載はない[車名]とマイナーチェンジ回数を表す[型式番号]に、)
ビッグマイナーチェンジ回数を表す[類別区分番号]で、運輸省より2804番めに認定を受けた「Z2」というバイクは
(一度の車名変更、5型までのマイナーチェンジ中に)
一度ビッグマイナーチェンジがあった、ということになる。
750RSとZ750FOUR(A4・A5)は同じバイク「Z2」がマイナーチェンジを重ねたもので、
この同じバイクであるということ
(車体の同一性)は
車台型式、フレームにかかっているため
Z750FOURの78年式([型式番号]D1)は
[型式]KZ750D[型式指定番号]03559、
[類別区分番号]0001で「新規車種」である。
ここまでは単に事実で、議論を挟むような余地はありません。
A4・A5をZ2としない、ということは[型式]を否定することになるため
「ではA4とは何の4型なのか?」
という問いに答えることができなくなります。
以上のことからA4&A5はZ2ではない、とする話には
特別な根拠があるものではありません。
次にこの問題を語るのに重要な
本文における型式と型番について解説します。
型式と型番(型式番号)について
・型式(かたしき)とは [認定型式・車台型式]
車検証に記載のある、国土交通省(当時は運輸省)に認定された型式のことで
一般的に車台型式(車台番号最初の記号番号)と同一のもの。
ここに解説する車台番号(フレームナンバー)はZ2F-*****なので
型式がZ2、Fはフレームの意、番号は00001~21000の間のいずれかである。
・型番(かたばん)とは [型式番号・機種コード・通称型式]
その車種のマイナーチェンジ回数を表す記号番号で、
カワサキの場合その型式の何番目のモデルかを表すためにA~Zや1~9の整数が付けられている。
その年式ごとのパーツを注文する場合に使われるため、
当時はパーツリスト表紙に記載されているのも
認定型式ではなくこちらである。
ここに解説する型番はZ2、Z2A、A4、A5で
初期火の玉カラーの750RSは型式・型番がともにZ2である。
Z2Aは74年の前期と75年の後期に分かれている
(というのが定説だが、カワサキサービスデータ検索によると75年式はZ2Bとされている)ため
A4が4型、A5が5型である。
他車種と区別するためにZ750A4、Z750A5と記載されることがあり、
カワサキではこれを「機種コード」と呼称している。
二輪は年式のみ示す「型番」と言い習わしてきたと記憶していますが
近年は同年式でも仕様の差異が大きいため、
多くのグレードの区別のある四輪に習い
※「通称型式」と呼ぶことが多くなったようです。
他にもメーカーごとや地域差で
機種コード(モデルコード)と呼ばれる場合、
書類によってはこちらを(該当)型式と記載する場合があり、
この問題の誤解を生みやすいポイントになっているものと思われます。
本文では基本的に型番と表記します。
※参考
仮に本件が
「型式Z2をZ2とする人」と「型番Z2をZ2とする人」の対立であったなら
型式-型番で統一し、
Z2-Z2・Z2-Z2A(前期・後期)・Z2-A4・Z2-A5で分けることで誤解なく解決できます。
しかし現実の争点はそこにはなく、ただ
「型式のことはよく知らないけど、RSはZ2でFOURはZ2じゃない
(そう聞いた・そう思う)」
という意見、主張が最も多いように思います。
そのようになった理由は下記2000年以降の頁で考察していきます。
また表記ブレとしてのZⅡ、またはゼッツーという表記については
[愛称]と分類し、下記で詳しく解説しますが
[愛称]「ZⅡ・ゼッツー」と呼ぶ/呼ばないということは問題ではなく
それが[型式]と同じ「Z2」である/ではないという話にすり替わってしまったことが問題であると言えます。
それでは、各年代ごとに
「Z750FOURをZ2としない」話の出所を探っていきたいと思います。
これらは取り扱う内容が風説であり、筆者の推測や考察を含みます。
通称・愛称は自由なものであり、本文に結論を強制する意図はなく
また、本文は特定の個人や集団を否定・攻撃する内容ではありません。
参考として引用させていただいたウェブサイト・動画等のリンクに
問題がある場合は該当箇所を削除いたしますのでご連絡ください。
70年代 ━Z2現行車時代の背景━
Z2が現役であった時代、最も重要なポイントは
「何をもってZ2とするのか」の問いに対する答えに
「大多数のユーザーが妥当と考えている共通認識はなかった」
ということです。
どの年式のモデルをどう呼ぶか、について地域や所属によって大きな差があったものと考えられ、
ある地域ではゼットツー、あの人はアールエスとゼット、ここではゼッツーと呼んでいる・・・など、様々なパターンがあったものと思われます。
ではなぜこの時代はそのような状態だったのか、について考察していきたいと思います。
当時から更に時代を遡った60年代なかば、
主力車種のW1は
[車名]650-W1 [型式]W1 [型番]W1 と、
三種の分類がすべて同じ「W1」だった。
70年代に入り、
車名とは別の型式、型番を持つ車種が製造されるようになったことで
「このバイクをなんと呼ぶのか?」について
僅かな混乱、多様性が生じたものと考えられる。
そのためカワサキは76年に
(おそらく主力のZ1・Z2のマイナーチェンジに合わせたタイミングで)
車名と型番について命名規則を変更、整理を行った。
車名が(K)ZやKHになったことから推測すると
型式や型番よりも車名で認知されるように、
一般によく知られていた型式Z1・Z2のZ、型式H1のHをそのまま車名に採用したということだろう。
そのような情勢の中で、一般化していたZ2の名称ではなく
年式を表す型番の「Z2A」「A4」が会話に登場する状況を考えてみると、オーナー同士の交流以外では用いられないのではないだろうか。
RS乗りはA4と聞いた場合には
Z2と付いていない=Z2ではない、と誤解する可能性があり、A4乗りは一々自分だけ「Z2のA4です」と型式も併せて語ったとは思えないので
このあたりで原初の
「A4・A5はZ2ではない」=モデルチェンジでZ2ではなくなった、
そう誤解する人たちが生まれたのだろう。
更にパーツリストは
マイナーチェンジに伴うパーツ変更を追うために
サービスコード・機種コードとして型番で書き表してあるため、
「Z750-A4」となりパーツリストの表記からZ2の文字が消えたことも
「A4・A5はZ2ではない」という
誤解が生まれた一因としてありうるのだろう。
しかしながらこのパーツリストの表記を
「A4・A5はZ2ではない」ということの根拠とする場合、
Z2と呼んでよいのは初期火の玉のみになり、
Z2AはZ2Aとして区別する必要が生じる。
Z2AのAに相当する部分はA4における4の部分なので、Z2Aの型番たりうる重要な部分を省略するのは適切ではない。
現実には初期火の玉のみがZ2、との主張はほぼ見ることがないため
ここが争点にはなっていないと考える。
A4、A5はZ750Aとするのが妥当ではないか、という意見については
下記「76年命名規則変更についての考察」で解説する。
現代から当時について顧みる場合、
知恵袋的サイト等で散見される例として
「Z2とはなにか」という質問に対し
「当時はFOURをZ2とは呼びませんでした」という回答が見られるが
これは大勢のユーザーたちの中のサンプル数1の例である。
そのためこのような回答例をもって、
Z750FOURを「当時Z2と呼んでいた人はいない」「Z2ではない」と
飛躍した解釈をすることはさらなる誤解を生むことになる。
また、「当時はD1も全部まとめてZ2だった」という緩めな話や
「全部Z2、でもRSとFOURで別けていた」というような中庸の話よりも
「Z2はZ2A後期まで」と断定するような見解のほうが、
実際には根拠がないにも関わらず
「理解度が高そうだから信頼できるのではないか」と
思われがちなことにも注意が必要である。
個人的には当時「Z2はZ2A後期まで」といったエンスー的仕草は
あまり一般的ではなかったと考えています。
まだ現行車だったからこそ極端に苛烈な見解を語る人は少なく、
A4・A5のみならずD1までまとめてZ2とするような、ある種適当といえる話のほうが一般的だったのではないか。
そう考える理由は次項の80年代前半で述べていきます。
上記のように既に「Z750FOURはZ2ではなくなった」と誤解されているパターンは考えられるものの
70年代の結論は少なくとも
「なにをZ2とするか(ゼッツーと呼ぶか)の共通認識は存在しなかった」
ということになります。
80年代 ━鉄クズ期から物語の主役━
私はこの時代に起きた出来事が、
現代まで続く
A4&A5は「Z2ではない」という話の根底にあるものと考えています。
それでは80年代は前半と後半に分けて考察していきたいと思います。
・80年代前半
D1までまとめてZ2と呼ぶことがむしろ一般的であった、と思わしき記述は雑誌の個人売買欄に見ることが出来る。
当時はインターネットなどなく、
個人売買は雑誌を利用する以外にはほぼ手段がなかったため、個人売買欄は地域性を薄めたうえでその時代のユーザーがZ2をどのように認識していたかを知る手段として
重要な資料になると考えている。
オートバイ誌81年12月号の個人売買欄
車名のZ750や750RSとの記載に混じって
ZⅡ 76年、ZⅡ 78年といった記載が多く見受けられ、
価格帯は個人売買で10万円~38円、中央値は20万円程度で最も高値がついていたのは年式の新しいD1。
この頃は既にRZ250やCB750Fが人気を集めていた頃であり
80年代後半へ向かってのレーサーレプリカブームの中Z2は更に安く取引されていくことになっていった。
このような価値の下落してゆく状況で
「FOURはZ2ではない」といった意見の是非が
掘り下げられることはあまりなかったのではないだろうか。
また、この頃の雑誌や漫画によく見られる「ZⅡ」の表記は
型式の「Z2」(ゼットツー)ではなくゼッツーと読み、愛称の表現だった可能性が高い。
・80年代後半
87年にカワサキより発行の冊子
「The Kawasaki Vol.1 カワサキイズムの探求」にある記述
これを公式なものとするならば
[愛称]のゼッツーとはRSのみを指す、ということではあるものの
わざわざ「Z2」と「ゼッツー」を区別して表記してあることから、
型式と愛称を混同していない、
別のものであると明確に区別しているということが読み取れる。
おそらくはこの冊子を参考にした、
90年代以降の書籍では
型式のZ2と愛称のゼッツーが混同されてしまったことによって
「750RSのみをZ2と呼ぶ」から更にエスカレートして、
呼ぶ/呼ばないではなく
「Z750FOURはZ2ではない」
という問題のある記述が増えていったのではないか。
ではなぜカワサキは自社発行の冊子でこのような記述をしたのか?
ゼッツーという表記、そして87年という時代を顧みると
当時人気の漫画である
「あいつとララバイ」が影響していることが考えられる。
「あいつとララバイ」は81年から89年まで連載、
87年にはアニメ映画化しており
70~80年代の実際のZ2のオーナーのみならず、
広く一般にゼッツーという言葉が知られた一番の要因であるといえる。
その結果「主人公の乗ってるゼッツーってどのバイク?」
という問いに対する回答として
冊子の中に「いわゆる“ゼッツー”とは750RSのこと。」を意味する文面が用意されたのではないか。
そしてZ750FOURは
「(あいつとララバイの主人公が乗っている)ゼッツーではない。」
というニュアンスで語られ、
「伝説のバイクの称号“ゼッツー”」が成立すると同時に
後年、本来の[型式]Z2との混同により
「FourはZ2ではない」との誤った風説に至ったものと考えられる。
こういったやり取りは世間一般で普遍的に、
たとえば販売店と顧客の間などでも見られたのではないだろうか。
※Webオートバイ上の作者のインタビュー記事にて、
「あいつとララバイ」の作者本人は
70年代当時に所有していた750RSを「アールエス」と呼んでおり
83年にFXのRS仕様で
「東京でZ2(FXですけど)に乗るように~」と語っている通りFOUR以降はZ2ではない、という考えは持っていない。
もちろん、作中でもゼッツーはRSのみ、といったシーンなどはない。
80年代後半、漫画の影響で一般層に広く持たれていた疑問
「(漫画の主人公が乗ってる)ゼッツーってどのバイク?」に対する返答。
そこから生まれた誤解は90年代に最悪の形で結実することになります。
90年代 ━伝説のバイクの称号━
90年代に入り、ZEPHYRのヒットでネイキッドブーム、
そして旧車ブームが到来します。
書籍はこぞって旧車、Zを扱い、雑誌のみならず
多くのムック本がZを題材に刊行されました。
まだインターネットは普及しきっておらず
現代よりも書籍の影響力が大きかった時代、
いくつかの資料を元に解説していきたいと思います。
90年発行のTHE KAWASAKI Z ISM
との記載があり、この頃には
Z2は初期モデルのみに与えられた[称号]である、
という権威付けが始まっていることがわかる。
ここまでの本文をご覧いただいてわかる通り、
これは特に根拠のある話ではない。
これによりそれまで一部のエンスー的な見解、または漫画の影響等による一般ユーザーの誤解だった
「FourはZ2ではない」
という風説に書籍によるお墨付きが与えられたということになる。
この書籍に限らず90年代以降で問題になるのは
80年代までに見られたZⅡやゼッツーではなく
実際の[型式]と同じ「Z2」を、
単なる愛称を超えた
「伝説のバイクの[称号]」として取り扱っていることで、
それが結果として大きな誤解を生んでしまったということになる。
この頃を境に
ゼッツーと呼ぶ/呼ばない の問題が
Z2である/ではない の問題へと
明確にすり替わってしまったと言える。
94年発行のMr.Bike BG臨時増刊 絶版車バイブル
KAWASAKI Z SPECIAL
当時のMr.Bikeは
実際にZ2に乗っているライターが所属していたため解像度が高く、
基本的にはA5までをZ2として扱っている。
ただしZ2AやZ750A、Z900A4を型式として扱っている箇所があり、
これはパーツリスト表紙等で使われている表記のため
認定型式ではなく通称型式を記載しているものと思われる。
KZ900の型式・型番についての(Z2とはまた別種の)誤解については
下記「よく目にする解釈や風説」にて解説する。
主要諸元表の項目には「750RS」とは別に
「750RS(A2)」という項目があり、
74年式のZ2Aを指している。
カワサキ社内コードでは
Z2A以降をA2、A3と呼んでいたという話に
信憑性を持たせる内容となっている。
更に別枠でZ750Four(A4)と(A4Ⅱ)の記載があり
これはA4が後期で
サイドカバーにFOURのステッカーが追加されたことによるようだ。
そして当時の相場変動表には
「ZⅡ 50~75万円 ・750RSとZ750Fじゃあ、20万円くらい違う」
と書かれており、既に1.5倍近い価格差が付いている。
96年発行、バイクベストコレクション絶版名車選 Part-1
KAWASAKI Mach&Zでは
ゼッツーは750RSの[称号]としつつ
D1までをZ2として扱うという珍しいケース。
また、Z2Aは前期後期の区別なく2型である、と考えられているようで
D1をZ2の最終5型として扱っている。
これは正確な記述であるとは言い難い。
これを含め複数の書籍で
「A4の販売期間は76年4月~8月の4ヶ月で
すぐにA5がリリースされた」とある。
そのため厳密には76年型がA4・A5、
77年~78年型をD1とするのがより正確な可能性があるが
本文中では解りやすく
76年型A4、77年型A5、78年型D1の表記で統一する。
98年発行、絶版車カタログ Part3 Kawasakiでは
76年式Z750FOURの項目に「名称もZ2からZ750FOURとなった」とあり
A4とA5個別の解説はなく、77年式で既にD1の解説へと移っている。
Z2が名称であったことはないので、これは不正確な記述であると言える。
また750RSの項目では“ゼッツー”、
900Z1の項目ではZ2と書かれているなどその表記も一定しない。
おそらくこの頃には
[愛称]ゼッツーと[型式]Z2の使い分けの理由が忘れられており、
既に意識されていないようである。
この頃の書籍にも70年代同様に統一見解と呼べるものはなく、
更には明らかな誤りや不備といったものが散見される。
最も代表的な誤りは車台番号についての記述で
A4は車台番号18403~19582であるというもの。
これは90年代の雑誌に多く見られた誤データで
別冊モーターサイクリスト2003年10月号付録の冊子
KZ900~KZ1000MkⅡ Z750Four~Z750FX にも同様の誤りがあることから
2000年代の雑誌でもまだ多く用いられていた可能性がある。
車台番号について
少々本題からそれるが、
当時の書籍の信頼性に対する疑問の根拠であるため
ここで車台番号について私の知りうる限りの情報を記載しておく。
以下は業者オークション等から個人的に
マッチングナンバーであろうと思われる車体のものをピックアップし
データ取りした経験からの推論である。
16100番代のZ2A、16300番代のA4の存在から
Z2AとA4の境は16100番代から16300番代の間にあると思われる。
更に明確な境界になる番号があるわけではなく、
これら2種類のフレームを跨いで番号が前後している可能性も無いとは言い切れない。
そして18400番代のA5の存在を確認しているため
A4の製造台数は多くて2000台強となる。
そしてD1の初期、Z2E-21200番代・フレーム200番代のD1の存在、
(D1のフレーム番号はKZ750D-000010から始まっている説と000101からという説がある)
A5最終フレーム番号は、20200番代登録53年までは確認済みで
エンジン番号から差し引きで最大限多く見積もって21100、20300というデータもあるが
そのデータの数値は上記の他の車種のデータとは一致しない。
そのためA5の製造台数は最大で2700台以下となる。
各モデルの境界はおそらくキリの良い数字ではないのだろう。
また、D1でフレーム番号100番代後半・Z2E-19800番代のものを
インターネット上で確認しているが
A5のフレーム番号が20000番を超えて確認されている以上、
この個体がマッチングナンバーではないのか、
もしくはエンジン番号はフレーム番号に対して
数百番を超えて前後している可能性がある。
※これらすべてと矛盾しないフレーム番号のデータは
インターネット上に一つだけ(出典不明)
※参考
このように70年代~80年代前半のバイクの再評価が行われた結果、
750RSは「伝説のバイク」としての名声を
着実に高めていくことになります。
では伝説のバイクではないZ750FOURは?と考えた場合
Z2はRSにのみ与えられた伝説のバイクの称号、
と切り捨てたほうが販売側に都合が良かったのでしょう。
ただの一バイクの[型式]であったZ2という言葉は市場価格の上昇とともに祀り上げられていきます。
2000年代以降 ━高旧車の代表格━
インターネットの普及により、
個人間のコミュニケーションや売買は新しい時代を迎えます。
個人の情報発信が活発化して当たり前になった結果
ある意味で雑誌よりも個人の発信が影響力を持つ、
といった状況がありうるようになりました。
今でもYouTubeなどで目にする
「なにをZ2とするかは議論がある」という言葉は
クレーム避けの意図はもちろんのこと、
この頃の2ちゃんねる等のやり取りの影響が
強く残っているためだと思います。
それでは、この時代の背景について解説していきます。
・2000年代
この頃でも未だFOURに関しての知識は一般に広まっておらず、
「[型番]A4、A5の[型式]はZ750Aである」
といった誤解のほうがよく知られていた。
そもそもの台数が少ないことから、
Z750FOURの書類を見たことがある人も
少なかったことが原因と思われる。
当時、掲示板として最盛期を迎えた2ちゃんねる(現5ちゃんねる)では
苛烈な意見のほうが目を引きやすい特性もあり、
「FOURはZ2ではない」というエンスー的仕草のほうが優勢であった。
これは車両価格の高騰により
750RSとZ750Fourの価格差がほぼ倍(100万円:50万円)になった結果、
価格差を埋める根拠として「Z2は750RSのみ」が
あたかも真実であると語られるようになったためで
それを掲示板の普及で誰でも発信することが可能になり、
可視化されるようになっていった、ということと考えられる。
Z2、Z2AがA4、A5と同じバイクでは
「Z2」の称号を単価に繋げられないため都合が悪く、
このセールスプロモーションを信じ込んだ多くの人々がいた
(令和の今現在でも一定数いる)ために
現実の型式にかかわらず
「RSはZ2でFOURはZ2じゃない(そう聞いた・そう思う)」
という意見が出てくるものと思われる。
この頃に始まったセールスプロモーションの影響は
「A5までがZ2」と正確に記載する中古車販売店が主流になった現代でも根強く残り続けている。
・2010年代
状況が変わったのは2010年代も後半の頃、
ユーザー間のこういった誤解はほぼ解け
Wikipediaの記述もZ2はA5までとして詳しく解説してあったのだが
雑誌や書籍はこの頃になっても出版社やライターによって差異が激しく
2017年の雑誌ヤングマシンには「A4は非Z2」とまで書かれている。
おそらくは社内資料が古くから、もしかすると90年代以前のものから
近年に至るまで更新されていないのではないだろうか。
ここで最も新しいカワサキ公式のアナウンスとして
カワサキワールド(川崎重工の企業ミュージアム)の
Z750FOUR A4のパネルを御覧いただきたい。
Z1、Z2は製品コードが愛称になったもので正式モデル名は別にあった。
これは750RSと併せてZ750FOURに対する注釈として書かれたもの。
「正式モデル名750RSとZ750FOURの製品コードかつ愛称がZ2である」
これが現在のカワサキのZ2に対する定義ということになる。
こちらにそのパネルの内容をそのまま文字に起こしたレポートがあるが、
驚くべきことに上記のヤングマシンのウェブ記事である。
このように同一の出版社による発信であっても
内容は矛盾していることがあるので、
この件に限っては
雑誌や書籍をそのまま信じるわけにはいかないということがわかる。
このような歴史を辿った結果、
現在でも「Z750FOURはZ2ではない」と考える人は
多くのただ誤解している人と
一部の信念を持ってそのように考える人に分かれています。
誤解しているタイプの人は極端な話、
Z750FOURは全部D1だと思っている人もいます。
では現在に至るまで信念をもって「Z750FOURはZ2ではない」と考える人は
どのような解釈でそのように考えているのか?
歴史的経緯を踏まえた上で、
よく目にする解釈や風説
について解説していきたいと思います。
・KZ900およびKZ1000はZ1ではない=Z750FOURはZ2ではない
という解釈について。
ここでは後年の同名車種との混同を避けるため、
Z900・Z1000という表記は避け
KZ900・KZ1000に統一する。
まず前提として、国内モデルではないKZ900には認定型式がないため、
国内に輸入新規登録をすると型式は「不明」になる。
これはKZ900のみならず、900Super4でも同様である。
KZ900は車台型式がZ1であり、
通関証明にもZ1と記載されることを確認している。
(輸入元の国や州、さらに年代によって
現地タイトルのModel部分が空欄なこともあり、100%すべてがそうなるとは限らない可能性がある)
そして※日本で登録する際に打刻届出書を提出することで
型式Z1で登録することができる。
このことからKZ900の
(認定型式に相当する車台の)[型式]はZ1である。
※部分参考
#177【ゆうじのバイク便】
https://youtu.be/km16fF0KPes?list=LL
なお、現地のショップマニュアルは76年にKZ900のものに統合され
Z1は4種すべて同じモデルの年式違いとして記載されている。
Z2同様、KZ900のA4とはZ1の4型ということになる。
KZ1000をZ1であるとする主張はまず聞くことはないが
KZ1000は国内モデルより一年先にモデルチェンジした
[型式]KZTというモデルで
国内では[型式]KZ750Dに相当する。
Z750FOURのA5とZ1000のA1で
共通する部分はタンクグラフィック程度であり、
A5に相当する海外モデルはモデルチェンジ前のKZ900のため
これを根拠に国内モデルに当てはめることはできない。
結論として、KZ900はZ1であり
国内モデルのZ750FOUR(A4・A5)はZ2である。
一年早くモデルチェンジしたKZ1000の国内モデルは
Z750FOUR(D1)のため
「KZ900およびKZ1000はZ1ではない」という解釈は
正しくは「KZ900はZ1で、KZ1000はZ1ではない」となる。
・カワサキのオペレーターよりKZ900はZ1ではないという返答を得た という風説について。
真偽不明の話だが、ここではこの話を真実と仮定して考察する。
上記のカワサキワールドのパネルより
カワサキの立場として
「Z1、Z2」という[車名]のバイクは存在しないため
「[車名]KZ900は[車名]Z1ですか?」と問い合わせたとしても
Z1ではありません、またはZ1という車名のバイクはありません
という返答になるのではないだろうか。
これは質問のZ1を車名ではなく
[機種コード][通称型式][認定型式][車台型式]と設定したうえで質問すると
回答が変わってくる可能性がある。
この件で公的な回答を得ようとする場合、
カワサキに製造証明を申請する手段がある。
製造証明書上では900Super4が型式Z1のみ、
KZ900は該当型式KZ900A・車台型式Z1の併記になるが
国内でKZ900を[型式]KZ900Aとして登録する方法は存在しない。
このことからも[車名]KZ900の[型式]はZ1であり
上記オペレーターの車名に対する回答とは矛盾しないことになる。
・A4・A5は暫定的に型式変更されなかったため
書類上Z2であるがZ2ではない。 という主張について。
まず、参考にZ2とほぼ同じ時代に
同様の経緯を辿った500SS/KH500を例に挙げる。
500SSは
H1(69年)→H1A(71年)でタンク等外装のデザイン変更
H1A→H1B(72年)でブレーキシステムの変更
H1B(H1C)→H1D(73年)で車体ディメンション変更を伴うフレームと
エンジン出力の変更、
そしてこのタイミングで型式変更(KA→H1)を受けており
これはZ2A後期(75年)→A4(76年)→D1(78年)のモデルチェンジと
ほぼ同様の内容である。
H1はその後もH1F(75年)までアルファベットの型番が続いており、
76年の車名・型番整理でKH500(型式H1のまま、型番A8)に変更される。
この500SSとZ750FOURの例から
同一車名での型式変更は稀なことではあるものの
「車体ディメンション変更を伴うほどフレームの構造が変わった場合」に行われている、
という規則性を見出すことができる。
車名・型番整理は76年に一律行われたものであり、
この二車の型式変更とは無関係なものである。
その76年の車名・型番整理はおそらく
Z2のマイナーチェンジに合わせて行われたものなので、あり得ない仮定の話ではあるが
Z2の発売が一年早ければA4は型番Z2Cと表記され、
76年にA5で車名・型番変更を迎えることになったのだろう。
このように車体の同一性はフレームにあるため
型式の変更には明確な規則性があり、
暫定的に変更する・しないといった性質のものではない。
・届け出上有利だったためにZ2から型式変更しなかった
という考察について。
上記同様に
「Z2~Z2AとA4~A5では車体が別物になったが
届け出上有利だったために型式変更されなかった」とする考察も
明確に誤りであると言える。
たとえば車体が別物になっても認定型式はそのまま、
という事が可能かつ有利であるなら
D1になるタイミングでもZ2のまま、
KZ750Dに変更しないほうが良かったはずである。
むしろZ750FXへのモデルチェンジのタイミングで型式変更を行ったほうが
自然であり、なおかつニューモデルのアピールも効果的にできる。
それを行わなかったのはA5までとD1を別モデルとする決定的な理由が
車体ディメンションの変更を伴うほど
フレームに手が入った、という部分にあるためで
このタイミングでの型式変更は届け出上の問題ではなかったといえる。
暫定的にZ2から変更しなかった、であったり
届け出上有利だったからZ2から変更しなかった、というのは
「FOURはZ2ではない」という結論に至るための後付けの解釈であり、
「当時のカワサキがいい加減で適当に車名型番変更を行ったのだ」
とするこの論法が通るならどんな主張でも可能になってしまうため、
とても受け入れることはできない。
なぜこのような(カワサキがいい加減だったからだ)
というような考えに至ることになるのか、という点を考察したとき
おそらく76年にカワサキで起こったことが影響していると考えられるため
もう一度ここで詳しく述べておきたい。
76年命名規則変更についての考察
これまでZ2に起こったことを中心に解説してきたので
「76年の車名・型番整理」と記載してきたが、
実際にはこれ以降に発表された他車種は
「車台型式の命名規則」も変更されている。
それは76年発売の[車名]Z750Tが[型式]KZ750Bであり、KZ750Aの次に造られたモデル、として扱われていることから読み取れる。
そのため、実はA4・A5は[型式]KZ750Aとするのが正しいのではないか?と考える人たちが
上記のような主張の発信者になると思われる。
だが現実には型式はZ2のまま、KZ750Dになるまで変更されなかった。
これはカワサキ社内における型式が、車体の同一性の観点から
「Z2=KZ750A」として認識されていたためであろう。
カワサキ側からすれば
A4の時点で型式をKZ750A、型番をA1にすることは可能だった上に
76年以降に続く機種と命名規則を揃えることを考えれば当然、そのようにすることを考えなかったはずがない。
しかし型式を変更した場合、それはフルモデルチェンジとして扱われることになり
「Z2≠KZ750A」といった形で
上記の車体の同一性をカワサキ自ら否定することになってしまう。
そのために型式をZ2から変更しなかった、とするのが正しいように思う。
当時は開発競争が激化していく最中であり、
ここで型式をKZ750Aに変更することになれば
ユーザーからは「小変更でニューモデルを装っている」という
批判を受ける事態になった可能性もある。
これはZ2の銘が過剰に偉大になった現代からみると
型式を変更しないことはA4の印象アップに有利に見えるが、
おそらく当時のカワサキにとっての[型式]◯◯A、[型番]A1は
(たとえば後年のGPZ900R、[型式]ZX900Aの[型番]A1のように)
その時代のフラッグシップのファーストモデルに与えられるものであり
マイナーチェンジ機種のA4はそれに値しないと考えられた、というふうに見ることもできる。
Z2AがA2、A3と呼ばれていたということも併せて考えると
本来、KZ750AのA1が与えられるべきだったのは
750RSの初期型Z2、ということになるはずだ。
これがZ750FOURは4型のA4、5型のA5たる所以であると考えている。
ここまでで多くの「Z750FOURはZ2ではないと考える人」の意見は
カバーすることができたのではないでしょうか。
次にZ750FOUR側の抱える要因について解説していきたいと思います。
Z750FOUR側の抱える要因
RS仕様のZ750FOURが多く見られること。
◯◯仕様、というものはバイクの文化として根付いているもので
けして否定的に見られるようなものではなく、
更にRS仕様の場合は
後期型の車体に前期型の外装を乗せているに過ぎない。
しかしながら2010年代頃まで
純正外装のA4・A5は目にすることも稀であり
あまりにもRS仕様のベース車両として
扱われることが多くなってしまっていた。
そのような状況で、
販売店ではRS仕様の多くが「Z2仕様」と記載されて並ぶことになる。
本来[車名]Z750FOURならば[車名]750RS仕様とすべきであり
[車名]Z750FOURに対する[型式]Z2仕様という記載は誤りであるものの、
[型番]A4(4型)の[型番]Z2(1型)仕様という意味での「Z2仕様」は誤りとは言えず、
販売店でこれを目にした場合、A4はZ2ではない、
だからZ2仕様と呼ばれるのだ、と誤解されるのも無理ないことだと思う。
しかし近年のZ750FOURの再評価により
純正外装やカフェレーサー等、
A4・A5・D1そのものの良さを生かした車体も増えてきている。
今後はRS仕様のベースと見られることは
少なくなっていくのではないだろうか。
最後に
Z750FOUR A4&A5は「Z2ではない」というのは誤解である。
このことを説明するには
これだけの文量で経緯を追う必要があります。
私は(ゼッツーという[愛称]はともかく)
A4&A5を実際の[型式]であるZ2ではない、とすることは
侮辱に値すると考えているため
今後はこのような誤解が二度と広まることがないよう願っています。
長文御覧いただきありがとうございました。