手探りで見つけていくもの
一時期、ヴェイパーフライの流通量がまだ少なかった頃、インターネット上で偽物が出回るということがあった。
見た目はそっくり、近くで見ても区別ができないほどの精巧ぶりで、実際に履いて走ってみないと、本物なのか偽物なのか分からないくらいだった。
それでも、本物と偽物の見分ける方法はいくつかあって、インソールが外れるとか、重量が20gくらい重いとか、そんな情報が出ていたと思う。
本物か偽物を見分けるためには、本物がどういう特徴をもっているのか、つまり本物を知らなければ無理だったと思う。
ヴェイパーフライを製造して販売しているのは、もちろんナイキであるが、そのナイキが、
「本物のヴェイパーフライは、こういう構造になっていて、どんなに精巧にコピーしても、ここを見れば判断できます。」
なんてことを公表するだろうか。
…おそらくしない。
だから、ユーザーが本物と偽物を見分ける方法を独自に研究して、手探りで見つけて、情報共有するしかなかったのだと思う。
これは、自動販売機についても同じだと思う。
自動販売機というのは、紙幣と硬貨が本物か偽物かを見破れるようにできている。
それができなかったら、適当な紙やコインを入れてもモノが買えてしまい、自動販売機の価値そのものが危うくなってしまう。
だから、自動販売機には、本物と偽物を識別できる技術が必要不可欠である。
それゆえに、自動販売機メーカーは本物の紙幣と偽札を見分けるために、本物がどんな特徴をもっているのかを、しっかりと把握していなければならない。
しかし、自動販売機メーカーに本物の紙幣の規格や要件をどうやって設定しているのかを聞いたとしても、絶対に教えてくれないと思う。
なぜなら、その規格を教えてしまったら、それに適合する偽札を作られてしまうからだ。
だから、自動販売機メーカーは、紙幣と貨幣の判別できる技術を、企業秘密にしているのだと思う。
では、紙幣を発行している本家本元の日本銀行は、自動販売機メーカーに本物の紙幣の規格や特徴を教えているのだろうか。
いや、教えていないだろう。
実際には分からないけれど、普通に考えたら、日本銀行が民間業者に本物の紙幣の規格や特徴を教えることはないと思う。
とすれば、自動販売機のメーカーは、それぞれが、「本物の紙幣は、どういう規格や特徴を持っているのか」を研究して作っているということになる。
つまり、明確な規格、要件が公表されない中で、実際に出回っている紙幣を研究して、「本物の紙幣に適合する規格、要件」を手探りで掴みながら、独自に作り上げているという状態だ。
こういうことは、世の中のあらゆる場面で見られている。
速く走るためのトレーニング方法というのは、最たる例だと思う。
どうやったら、速く走れるかというマニュアルが無い中で、多くのランナーがいろんな人たちの経験や実績を基にして、こうすればいいというような仮説を立てて取り組んでいる。
いろんな経験を重ねるうちに、こういう方法はダメだとか、このくらいの距離やペースで走るのがいいとか、こういうものを食べたらいいとかを手探りで見つけて、独自のルールや基準を作り上げていくのだ。
これは、投資にしても、恋愛にしても、勉強法にしても同じで、傾向とか対策といわれるものを、1つ1つクリアーにしていくことで、ぼんやりとした正解の輪郭が少しずつ見えてくるのだと思う。
そして、そういうものを「テクニック」と呼ぶのだろう。
いわゆる走り込みというのは、データの積み重ねでしかない。
単調なトレーニングの積み重ねの中で、膨大な量のデータを身体の中に蓄積していき、効率のいい身体の使い方を選択していく。
そういうものだと思う。
いくら情報が入手できる時代がきても、誰かが正解を公表してくれることなんてほとんどないし、それが正しいのかさえも分からない。
仮説を立てて、検証して、模索しながら、それをどれだけ積み重ねていくかだと思う。