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駅伝強豪校の教え

今となってはもう昔のことだが、私が高校3年生のときの夏休みに、ある合宿に行く機会があった。

もう、20年以上も前のことだ。

それは、全国から駅伝強豪校が集まり、4泊5日くらいの日程で行われた。
会場は、富士見高原だった。

私の高校は、駅伝強豪校ではなかったが、近隣の強豪校の先生が誘ってくれたこともあり、その合宿に参加することになった。

合宿でのトレーニングは単調なもので、午前は土のトラックで14000mのペース走(3’35/km)、午後は12kmくらいのクロカン走(3’50/km)を毎日繰り返すというものだった。

当時、私はペース走が苦手だったので、このメニューがきつくて、消化するのがやっとだった。

また、当時の合宿というのは、決して楽しいものではなく、指導者が大声で怒鳴っていたり、理不尽に叱っていたりと、精神修行に近いようなものだった。

そして、走っているときに、声を出さないと怒られるので、「元気出していきましょう!!」とか「集中していきましょう!!」と叫びながら走ることになる。

当然、集中して走れるわけがない。

食事も修行で、とんでもない量の料理が出てきた。量が多い上に、走って疲れて食欲も無くなっているので、当然料理が余るのだが、そうすると先生たちが怒り出すのだ。

「先生たちもたくさん食べたかったけど、君たちのために我慢していた。それなのに残すとは何事だ!」と。

バカなのかと思った。

それでも、その想いを無駄にしてはいけないと頑張って食べる人もいたり、女子の中には、恋愛免疫が弱そうな男子を呼んで耳打ちをして、代わりに食べてもらっているような人もいた。

そうやって、選手たちは助け合ってこの修行の乗り越えていた。

合宿では、毎日夕食後にミーティングが開かれており、名だたる駅伝強豪校の先生の話を聞く時間があった。

先生たちの話は、ほとんどが面白くない精神論だったので、忘れてしまったものがほとんどだが、ある1人の先生の話だけはインパクトがあったので今でもしっかりと覚えている。

その先生は、怒鳴ったり、理不尽に叱ったりするようなタイプではなく、穏やかな性格の人だった。

その先生の所属や名前は忘れてしまったし、顔も覚えていない。

ただ、話だけはよく覚えていて、とても参考になったので紹介したいと思う。

先生の話は、レース当日のコンディション作りについてだった。

それは、どちらかというとメンタル的な話で、レース前に緊張してしまうと、普段通りのパフォーマンスが発揮できないという内容だった。

そして、人は緊張するとトイレに行きたくなる。

ここで、トイレに行ったときに便器が3つ並んでいたら、どの便器を使うかというテーマになった。

ほとんどの人は、両端の便器を使い、真ん中を選択する人は少数だと言う。

なぜなら、人はなるべく他人との距離を取りたいと思うからだ。

できれば、両手を広げた範囲内には知らない人には入ってきて欲しくないと思うのが人間の心理だ。

このとき教わった「両手を広げた範囲内」というのが、パーソナルディスタンスというものだった。

ところが、トイレの便器は隣接しているため、このパーソナルディスタンス内に他人が入ってきてしまうことになる。

ただでさえ、レース前で緊張していているのに、それ以外のストレスが重なってしまうと人は平常心を失うことがある。

だから、それを逆に利用すればいいのだと言う。

隣にいるだけでも相手のストレスになっているのだから、その人に声をかけてしまえばいいぞと。

そのときに、「調子はどう?」とか「寒いね」とかではなくて、「いっぱい出てるな」とか「いい色してるな」と攻め込めば、相手を動揺させられて調子を狂わせることもできるというのだ。

トイレの中では、大きなオナラをするだけでも相手を怯ませられることもあるし、用を済ませるときに大きな声で唸ってもいいのだと。

レースはスタート前から始まっているし、駅伝のときの選手の付添いはそうやって相手にストレスをかけて、力を発揮させないようにするための要員でもあるというのだ。

駅伝強豪校の教え、恐るべしと思った。

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牛山純一
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