ファイナンスと悪魔の増資
上場する意義とはなんでしょうか。町を歩くと様々な株式会社がありますがそのほとんどは非上場です。未上場の会社の社長でたくさん税金を払おうと思っている人はほとんどお会いしたことがありません。何とかして節税をしようと考えている人ばかりです。一方、上場会社は利益を出すことが投資家から求められます。上場会社でオペレーションリースなどを利用して利益を圧縮していたら投資家から非難されるでしょう。上場維持にもお金がかかり、株を持っている赤の他人から株主総会で文句を言われます。ではなぜ経営として窮屈になるような上場を行うのでしょうか。
一般に上場する意義とは①創業者利益のため。②社会的地位、知名度を向上させ優秀な人材を確保すること。③お金の工面がやりやすくなる。ということです。
①に関してはご理解のとおり上場するとマーケットで値付けが行われますから未上場のときの会社の価値+α(プレミアム)にて市場で十分な流動性を保持したまま創業者が持ち株を売却することができます。世界長者番付を見てもわかる通り現在の資本主義において一番お金持ちになることができる方法です。
②上場会社は一定の審査をもとに上場していますし、決算や財務内容が公表されますからしっかりとした会社というイメージがつきます。そのため優秀な人材を確保しやすくなるという側面があります。
③法人において一番避けなければいけないことは資金ショートです。赤字や黒字ではありません。黒字倒産があるように会計上利益があっても資金がとまってしまうと倒産します。法人が資金調達をする手段としてはa銀行借り入れ、b社債の発行、c増資という手段があります。未上場の場合bやcに関しては引き受けしてくれる人を自分で探す必要があり難易度が高まりますが、上場会社である場合、公募という形を使えば引き受け証券会社に手数料を払うことで買い手を見つけてくれます。
企業にとって上場の最大メリットは資金調達の多様化、柔軟性にあります。つまりお金が必要な企業にとっては上場していることの意義はそのためだけにあるといっても過言ではないと思います。
ファイナンスや証券投資については常にトレードオフの関係が発生します。例えば増配の発表があると1株主還元を拡充したとして値上がりの要因になります。一方2魅力的な投資案件がないとの成長機会の鈍化と捉えれば値下がり要因にもなります。借金が増えることも1節税効果拡大2財務内容悪化と正反対に評価されます。詳しく知りたい方はWACCを勉強してみてください。
さて話を戻しますが企業が資金調達する手段は他人資本(銀行借り入れ、社債など)と自己資本(増資)に分けられます。他人資本は返さなければいけないお金、自己資本は返さなくてもよいお金です。もしあなたが上場会社の社長でどちらの資金調達をするかを考えたときに株価が適正ならばどちらを選びたくなるかは容易に想像がつくでしょう。
悪魔の増資?について
最近MSワラントの発行が増えています。ワラント自体は昔からあるファイナンスの一種で新株予約権と呼ばれます。今1,000円している株があったとして1,100円で1株買う権利を10円等で〇〇口分発行します。発行した瞬間は〇〇口×10円分の代金が発行体に入金されます。買い手が新株予約権を行使すると今度は1,100円☓〇〇口の新株が発行されます(買い手はその代金を追加で払う)のでそのお金が発行体に入ります。買い手側としては1,100円以上にならないと権利行使しても損しますから買い付け時点で1,000円であった株価が1,100円になるのを待つことにまります。ならなかった場合最初に払った新株予約権の代金は無価値ということになります。企業にとっても追加の資金が入るためには株価が上昇してくれないといけないので株価が上がる努力をするインセンティブが働きます。
ではなぜMSワラントが悪魔の増資といわれるのでしょうか。じつは2006年前後にMSCBという核爆弾級の増資スキームが横行しその凶悪さから規制になったものがあるのですがこちらと比べるとまだMSワラントはかわいいものだとは思っています。カギはMSという最初の2文字にあります。MSがモビルスーツの略でななく、MSはMoving Strikeの略になります。日本語にすると修正 行使価格になります。
前段のワラントの説明ではワラントの引き受け手は1,100円が行使価格でしたから1,000円の株価が上昇してくれることを祈るばかりでしたがMSワラントについては行使価格が修正されますから、例えば1か月に一度、最終取引日終値☓90%の水準に行使価格がさがるというような条項がついています。しかもある程度の下限株価まで修正条項がついています。経営者にインセンティブが働きません。
そのためMSワラントの買い手は当初1,100円の行使価格であっても最終取引日の終値が900円だった場合、900円×90%=810円の行使価格に修正され、即行使することで現在値900円、行使価格810円の差額90円☓株数の利益を得ることができます。新株予約権を行使してから新株発行までのタイムロスを考えて買い手は市場にて同株数を空売りして利益を確定しておきます。この場合なら最終取引日までに予約権で得られる株数を900円で売却すればノーリスクにて利益がでることになります。
MSワラントの問題点は、特定の買い手がほぼ必ず利益を得ることができること、空売り圧力が増加すること、市場から資金を得ているのですがそのひずみが既存株主に来ることです。
それではなぜこのようのファイナンスを行うのでしょうか。トレードオフの観点から考えてみたいと思います。企業が資金調達をする場合は上記の通り様々なやり方があります。ペッキングオーダー理論によれば企業がファイナンスを行う順番は内部留保、銀行借り入れ、社債、増資の順番で検討します。MSワラントは増資よりも最後に検討する項目です。経営者だってMSワラントの功罪は理解しているのにMSワラントを利用する理由としては①公募増資は幹事を選定し、目論見書を発行するなど手間と時間がかかるため、よりスピーディに資金調達をする必要性がある場合MSワラントを利用②財務内容や経営状態が著しく悪く銀行借り入れや社債、公募増資を実行できないということが考えられます。①や②の場合でもその後株価が上昇することがあります。①の場合、スピーディに調達した資金を新事業やM&Aに投下し発行済み株数の増加を上回るEPSの上昇につなげる②財務内容が大幅に改善し倒産リスクが低下したことによる株価の上昇といった内容です。
私自身はMSワラントを行う企業に懐疑的ではありますが、一概に良い悪いではなく、つねにトレードオフを天秤にかけてその企業ごとに判断する必要性があると考えています。