『映画世界のダンディ』② 田中邦衛 in「若大将」シリーズ 青大将の空虚なダンディズム

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 高校の時の体育教師がよく言っていた。「恰好やファッションばかり気にしてる奴は、中身のないカラッポ人間ぞ!(博多弁)」。その発言には年中おなじジャージ姿で女子生徒から陰口をたたかれていた彼の、個人的な歴史からくる偏見がかなり含まれているのではないかという気がしたが、彼の言葉を借りるなら、「若大将」シリーズのサブキャラクター、田中邦衛演じる「青大将」こと石山新次郎は、まさに恰好だけのカラッポ人間だった。そして、だからこそ、完璧だった。

 まず、田中邦衛である。我々の世代にとってファースト・コンタクトは「北の国から」のお父さんであろう。あの朴訥とした独特のしゃべり方は小学生からですら物真似の対象となっていた。そして、映画を観るようになってからは「仁義なき戦い」シリーズの槙原。抗争する相手の組へ殴り込みって時に「行きたいんじゃが女房の腹の中に子供が・・・」なんてグダグダいいだして結局逃げたり、仲間を密告したり、常に強い方につくシリーズ随一のずる賢い小物ヤクザを演じた人である。どの映画を観てもだいだい朴訥としたキャラクターか、威勢はいいけど小心者の、コミカルなキャラを演じていて、あまりシャープな役をやっている印象がない。実はたまにやってみせるハードボイルなキャラ(例:「トラック野郎」の「ボルサリーノ」役)がすごくかっこいいお人だったりするのだが。そんな田中邦衛が当時メンズ・ファッションにおいて革命を起こしていたアイビー・ルックを身に纏い、当時ごくごく限られた層の人々にしか手が届く存在でなかった車やヨットを乗り回し、エレキギターを弾きすさび、女の子をナンパしまくるイケイケな大学生を演じる姿を拝める映画が存在する。それが「若大将」シリーズだ。
 もちろん「若大将」といえば加山雄三だ。1961年から1971年まで計17作もの作品が製作された東宝のドル箱シリーズとなった「若大将」シリーズはそもそもが加山雄三の圧倒的な魅力を売り出すための、加山のための映画。加山演じる主人公、「若大将」こと田沼雄一が大学(社会人編もあり)を舞台に恋にスポーツに音楽にと青春を謳歌する、とにかく全編加山雄三の魅力、演技でなくほぼ素だったのでは?が爆発しているわけだが、その若大将のライバル役として登場するのが田中邦衛演じる「青大将」こと石山新次郎だった。ライバルといっても、あくまでも青大将はコメディ・リリーフ。何かと若大将をライバル視し、対抗するが、大金持ちの社長である父親の威光をかさに着て、「ボクのおとうさん、社長なんだ~」が口癖の、金でものをいわす典型的なドラ息子キャラ(ちなみに石山新次郎という名前は石原慎太郎・裕次郎をもじったそうだ)。はっきりいってロクでもない奴である。ただ、演じているのが田中邦衛(第一作の「大学の若大将」の時点ですでに29歳!)であるがゆえになんだか憎めない、シリーズに欠かせない名キャラクターとなっているのだ。

 若大将シリーズはギャグなんかいま観ても十分楽しいし、高度経済成長期の日本はこんなにみんな上を向いていたんだなという感傷にもひたれるし、ヒロインの「スミちゃん」を演じる星由里子もかわいいしとにかく名作であるが、自分がもっともびっくりして思わず画面にかじりついてしまったのは「青大将」の着てる洋服であった。

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 第一作の「大学の若大将」の公開日は1961年7月6日で、劇中も夏まっさかり。青大将の記念すべきスクリーン初登場は、若大将と彼が通う「京南大学」の講義室でのシーンだ。左卜全(この方もシリーズに欠かせない名脇役です)演じる教授の講義を受けるべく、数人のチャラ男な仲間を引き連れてイキりまくって教室に入る青大将の恰好は今でも完璧に頭に思い浮かべることができる。まず目をひくのがいかつい形のサングラスにポークパイ形のストローハットで、このストローハットはこの映画の中での彼のトレードマークといっていいだろう。講義室で帽子をかぶってきているのは彼だけで、なんともルード。そしてベージュの金ボタンサマーブレザーにえんじ色のスラックス。中に着ているシャツはブルーなのが目を引く。やがて不遜な態度で教室の机の上に座ると足元が見える。マスタードカラーの靴下におそらくアイビー定番コイン・ローファー。まるで観客に向かって自分の足元を見せつけるかのようだ(61年というとまだまだ白黒映画が主だったのに、カラーで公開されたのは本当によかった)。とにかく61年の日本男児のファッションとしては相当トンがってるいでたちだったのではないかと思う。どう考えてもこれから勉学に励む格好ではなく、そのままリゾートに赴くような恰好。VANブームが過熱して銀座でみゆき族が検挙されたのだが64年の夏だったのを考えると、61年夏に青大将のこのスタイルはものすごい先鋭的で、そんな恰好をあの田中邦衛がしているのは、見てると最初は頭がくらくらするような何かがある。邦衛のヘアスタイルはいつもの邦衛だが、このスタイルの彼を見るとスウェードヘッドといってもいい気がするし(いやもう完璧なスウェードヘッドだろう)、そうするととうぜん英国のモッズも連想されてくる。なんかもう見てると居てもたってもいられない気持ちになる。『大学の~』では他にもストライプや総柄のジャケットも登場、クライマックスでの白バイに追われてのカーチェイスはこの総柄ジャケットに目がいってしまって映画に集中できない。実に困ったのであった。
 続く第二作「銀座の若大将」もタイトルからしてわかる通り、前作以上にもう青大将の洋服がさく裂しまくる映画となっている。前作の大ヒットを受けてわずか半年後に公開された(1962年2月10日公開)ので、今回の舞台は冬。青大将の装いももちろん冬仕様で、オープニングの講義室のシーンからして教室で男性ファッション誌を隠れて読んでる青大将。今回はきっと前作以上に洋服きちがいの青大将なのだな、とこちらの期待を否が応にも高める(注:若大将シリーズはどの作品の設定もほぼ同じものの、作品どうしの関連はない)、すばらしいオープニングだ。冒頭、若大将が同じクラスの団令子に頼まれて一緒に向かった銀座の婦人洋品店では、青大将がブレザーを仕立てている(!)。なんと彼は婦人用の生地で洋服を仕立てているのだ(!!)。このシーンは思わず変な声が出てしまった。なんという洒落者。同じ時期に遠く離れた英国で同じようにトンがっていた「モッズ」の若者たちと、間違いなく共鳴する感覚がこの時点であるのが驚く(「モッズ」という言葉が日本に入ってくるのはもっともっと後のことだ)。採寸(あ、ちなみにこの洋品店の店員が今回の「スミちゃん」こと星由里子です)が終わって羽織ったチェックのウールコートは変わった襟で、テーラードのラペルとショールカラーの組み合わせになっている。これもおそらくオーダーメイドのものだろう。青大将の、洋服へのものすごいこだわりが感じられる。冬になって冬眠するはずの青大将がおしゃれの季節だからと本気出してきた感があるのが、この第二作『銀座の青大将』、じゃなかった『銀座の若大将』だ。

 そんな青大将だが、こんなカッコいい洋服を着ているのに、女の子にはさっぱりモテない。まあそれはもちろん若大将の引き立て役だからしょうがないのだが、洋服を褒める人もほとんどいない。映画の中の女性すべてから「なーんだ青大将じゃん。」と軽んじられ、自動車を持ってるもんだからアッシー扱い。すごくダサい。ダサいだけならともかく、シリーズを通し青大将は露骨に人格に問題がある人間として描かれる。同じ部の学生の代返をする若大将、早弁する若大将を教授にチクる(このころから密告キャラを演じている邦衛・・・)くらいはまだしも、若大将のおばあちゃん(演じる飯田蝶子はシリーズに欠かせません!)を車で轢いてそのままトンズラしようとする、自分に負い目のある学生を利用し試験をカンニングする、親の金を使い込む(これは若大将もですが・・・)、そして一番の問題は女性に対してのことで、ほぼ毎回青大将は思いを寄せるスミちゃんを手籠めにしようとする(そして必ず若大将によって阻まれる)。青大将のスミちゃんへの思いは純情なようなのだが現代ではコンプライアンス的にアウトなくだりだ。彼が服装にばかり過剰に気を使った人間として描かれるのは、ポジティブな要素ではなくまさに冒頭の体育教師のいう「カラッポ人間」としてのそれでしかなく、彼がスクリーンの中で気障ったらしい恰好で現れるほどにそれは強調されていくかのようである。対しての若大将が学ランで講義を受けていても常に女学生からモテモテなのも、青大将の見掛けの豪華さを実に空虚なものに見せる。

 でも、わたしにとってはそんな空虚で、うすっぺらい彼が、もっとも魅力的で美しいものに映る。彼の美しさが見かけだけだとしても、その見かけは間違いなく目に見えて美しい。青大将の洋服に限らず、ほんとうに美しいものは大体空虚なものだ。

 1962年の銀座を、青大将になって歩くことができるなら、若大将みたいに女の子にモテモテじゃなくても、星由里子のハートを射止められなくても一向にかまわない。僕は若大将じゃなくて青大将になりたいといつも思っている。

 「ヘンなかっこしたヘンな人々 奇妙なかっこした奇妙な人々 カッコつけてるカッコいい人々 みんな好きよ 上っつらだけの あんぽんたんな人達」
 岡崎京子 『東京ガールズブラボー』より


牛島弟の制作後記

 若大将シリーズは全く観ていなくて、しかも田中邦衛が「青大将」役で出ていたのも知らなかった。
 邦衛氏といえば、やっぱりへの字の様な突き出したあの口である。僕の友人で、酔っ払うとあのおちょぼ口で、邦衛の様な口調になる人がいて、その度に「この口を描きたいなぁ」と思っていたので、参考にさせてもらった。
やっぱりあの口をぜひとも再現させたかった。
 そしてバックを黄色にして、邦衛がこちらを振り向く感じはINUの「メシ食うな」を再現してみたかったのだけど、どうでしょうか?
今回初めて色鉛筆を使って、青大将の服装を再現してみたけど、あんまりうまく行った気がしない。
 ちゃんと絵筆を使って、バーっと上手く描写したいのだが、何度やってもできない。どうしたらいいだろう!


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