雨が止んだら -転校生-
その日は梅雨の時期には珍しく、澄んだ空が広がっていた。
「巡ちゃん。『クロノスタシスって知ってる?』」
雨衣が急に歌い出した。
「知ってる。」
「えーん、そこは知らないって言ってくれないと!」
「なんでよ。」
「『時計の針が止まって見える現象のことだよ』って歌えないじゃん!」
雨衣はどうやら歌の掛け合いがしたかったらしい。
「はいはい、『ゆらゆら揺れて夢の様で』」
「『ゆらゆら揺れてどうかしてる』そうそう!巡ちゃんやるねぇ!」
とりあえずノっておいた。
今の曲名は『クロノスタシス』だ。活動休止中のバンドの曲だが、雨衣は一時期その曲を狂ったように聴いており、たまにこうして歌ってくるのである。だから私はその現象をすぐに覚えた。
雨衣は常日頃から、よく分からない掛け合いをしたがる。
急に歌い出しては止め、その続きを歌って欲しそうにこちらへ耳を傾けてくる。私はその都度応えているのだが、ノリノリに歌わないと面倒くさいことになってしまうので、とりあえず私なりのノリノリで返している。まぁ、どれも無表情なのだけれど。
「ねぇねぇ、巡ちゃん。私最近思うんだけどさぁ。クロノスタシスって本当に起きてるんじゃないかなぁ?」
「ん?それはそうでしょ、実際に起きる現象の名前なんだから。」
「そうじゃなくてさ、本当に時間って止まってるんじゃないかと思って。」
どういうことかよく分からなかったけれど、何故か「あぁ、なるほど」と心の中で納得した。
というのも、雨衣が最近やたらと変だからだ。急に鞄が重くなったり、よく分からない謎な手紙を引き出しに入れていたり、私の行動を先読みしていたり。
それらを私に隠していたり。
だからもし、時間が止まっている瞬間があると言われても私は納得してしまうだろう。
そのくらい私の周りでは最近奇妙なことが起こっている。
「あ、先生来た。」
いつも通り朝の会が始められようとしていたとき、先生が一先ずクラスの皆んなを座らせた。何だろうと不思議がる生徒たちをよそに先生が話し始める。
「朝の会を始める前に、皆んなにお知らせがある。実は今日からこのクラスに新しい生徒が加わることになった。」
そう言うと、先生は教壇側の入り口から手招きをして一人の生徒を教室へ呼び込んだ。
その生徒は一礼して挨拶した。
「入梅晴 五月です。よろしくお願いします。」
その凜とした表情に私は見惚れてしまった。
入梅晴さんの雰囲気はまるで葉に落ちた一滴の雫の様だったから。
肌は雪のように白く、そしてその顔立ちは凛としており、髪は真っ黒で、綺麗に切り揃えられ艶めいていた。
まるで中村明日美子さんが描くキャラクターの様。とにかく透明感が凄い。
「綺麗だな……」
思わず呟いてしまったが、皆んなも同じ反応でクラス中がざわめいていた。
そうして挨拶も早々に済ませると、先生がクラスの一番後方にある奥の席に座るよう指示した。
が、入梅晴さんは真っ先に私の元へ来てこう言った。
「日比野 巡、私は貴女を許さない。」
「……え?」
なんの事かさっぱり分からなかった。そもそも初対面なのに何故私の名前を知っているのかすら分からなかった。
私が呆気に取られていると、こちらを見ていた雨衣が口パクで「巡ちゃん何かしたのー?」と聞いてきた。私は即座に首を横に振った。
すると入梅晴さんは何事も無かったかのように指示された席へと座った。
朝の会が終わり、私は勇気を出して入梅晴さんの元へ行き、先ほどの事を聞いてみたが「そのままの意味」と言うだけでほぼ無反応だった。
「あの子、アンドロイドなのかな……?巡ちゃんより無表情だよ。」
確かに、そう思いたくもなる。だって見た目が完璧すぎだし、反応だって喋り方だって決められているみたいに話しているんだもの。
とにかく、真相は分からないが、「許さない」と言われた手前何をされるか分からない。気をつけなければ……。
しかし、数日過ぎても彼女が私に何かしてくることは無かった。
その代わり、入梅晴さんは色々と謎が多い事が分かった。休憩時間にはいつもどこかへ消え、お昼ご飯もどこで食べているのか不明だった。
私たちの学校では、昼休憩のときにご飯を教室で食べる事が義務付けられていたのだが、入梅晴さんは毎日どこかへ消えていた。
そんな彼女の謎な行動を解明しようと思い、雨衣と一緒に偵察してみたが、その収穫はほぼゼロだった。
分かったことは一つだけ、入梅晴さんは2時間目の終わりに毎回お手洗いへ行き、誰かと話しているということ。
だが、誰と何を話しているかまでは分からなかった。そして、お手洗いの場所は毎日変わる。たまに教室から一番遠い所まで行き、私達が遅刻しそうになった事もあった。
「入梅晴さんてほんと不思議だな。同級生と話してるの見た事ないし。」
「カラオケとか行くのかな?ファミレスとか!実は前の学校ではヤンキーだったとか?!はっ!そうか、毎日電話してるのは闇の組織で実は」
「聞こえてるわよ。」
雨衣の声が大きかったせいで私たちの会話は入梅晴さんへ丸聞こえだった。
「日比野 巡、話がある。ちょっと来て、一人で。」
そうして私と入梅晴さんは屋上へと向かった。
「あ、あの。雨衣と話してた事なら全然違うの、そうじゃなくてただ私達、入梅晴さんの事が知りたく……その……」
「何も弁解しなくていい。私の警戒が甘かった。」
「日比野巡、貴女は……」
彼女は何かを呟き、続けてこう言った。
「だから覚えておいて、私の名前は入梅晴五月。」
そして、彼女は屋上から飛び降りた――。
雨が止んだら -転校生-
〜終わり〜