私と彼女 -裏- #10
嫌な予感は的中した。
家に急いで帰ったかと思えば彼女は少しルンルンで帰ってきたからだ。
そして無理やり着替えさせられた。
「……やっぱり、綺麗だね。」
私を見て彼女が言った。
白のワンピースに黒髪ロングのウィッグ。
ロングなんて小学生ぶりで襟足や背中が痒かったし、女の子に戻ったと言うよりは女装してる気分だった。
素よりスカートがスースーして気持ち悪い。
「ねぇ、絶対嘘だよね?」
こんな変装似合ってるわけが無い。むしろ絶対気持ち悪い。
「ううん、本当だよ。
本当に綺麗だよ、イチカちゃん。」
「……え?」
ニコッと笑った彼女は私の名前を呼んだ。
彼女は今まで私のことを「君」や「あなた」と言った具合で呼び、不思議と名前を聞いてくることはなかった。
それなのに私の名前を知っていた。
「今なんて?」と聞くと
「立花一華ちゃんでしょ?」と当たり前のように返されたので驚いた。
「なんで、私の名前……。」
「今の姿見て確信したんだー。あのとき、小学生のとき、ひとりぼっちだった私と一緒に居てくれた一華ちゃんだよね。」
そう。
私は、立花一華。
「香澄……ちゃん。」
私もこの時久しぶりに彼女の名前を口に出した。
彼女は、植草香澄。
「うれしい、覚えててくれてたんだ。」
私はうんうんと頷いた。
忘れるはずがない、忘れられるはずがない。
ちゃんとずっと覚えてた。
彼女は私にとって第二の生きる理由だったから。
そんな彼女も覚えていてくれたなんて……。
なんだか、不思議と誰かからの贈り物みたいに思えた。
――実は私にはもう1人、ちゃんと挨拶しておきたい人が居た為、不安だと駄々をこねる彼女を宥めて数時間後に落ち合う約束をし、一旦解散した。
急いで着替えて向かった先は、私の職場だった。
店長は営業終了後もいつも一人残って新作を考えたり次の日の料理のメニューを練ったりしているのを私は知っていた。
チリリン。
暗くなった店内に入った途端に店長が出てきた。
「あの今日はもう……、ってなんだお前か。」
私は店長を見るなり、ただただ深く頭を下げた。
そんな私を見て店長は珍しく頭を撫でてくれた。
「……そっか、よく頑張ったな。」
涙が溢れて床に落ちた。
涙のせいで顔をあげられなかったので、そのまま
「ありがとうございました。」
とお礼を伝えた。
泣いてるせいで声は震えていた。
「大丈夫、行ってこい。帰る場所はちゃんとあるから安心しろ。」
「っはい……!」
店長にはただただ感謝しか無かった。
いつか店長みたいなかっこいい人になる。
きっと私の永遠の憧れの人だ。
店も早々に出ると、私は待ち合わせ場所へと向かった。
約束の時刻、10分前に迫った頃。
「おい、居たぞ!」
私は不覚にも警察の奴らに見つかってしまった。
でも彼女の居場所はバレていないはずだ。
「立花一華さんですね?」
今ならまだ間に合う。
お願いだからこのまま……。
――そして私は近くにあるコンビニに寄り着替えて出ていった。
時刻は待ち合わせ時間を大幅に超えていた。
私は急いで彼女に電話する。
「おいっすー、そろそろ着くわー!今から向かうねー!」
わざと平然を装った。
無事に合流した私たちは目的地のバス停まで歩いて行った。
私はいつものテンションでうるさく乗り切った。
バス停に近づいたところで、「やっぱりこの格好は落ち着かないからちょっと着替えるわ!」
公衆トイレの中で着替えた。
これはわざとだった。
警察の奴らに私の存在を知らせる為にした。
「せっかく似合ってたのにっ!」
いつも通りの私になったのを見て彼女はフグの様に頬を膨らませた。
「やっぱり私には無理無理、耐えらんねぇよ。」
ガハハと笑って誤魔化し歩いていくと無事にバス停まで到着した。
ここから早朝に来る高速バスに乗って、行ける所まで行ってやるというのが彼女の計画だ。
バスを待ってる間、彼女が「あ、そうだ」と突然何かを思い出し、カバンからある物を取り出した。
「はい、これ。先に渡しとく。」
最初は何か分からなかった。何か紙のような物かと思ったが、裏を見てみると兄貴と私の写真だった。
「お、これ……。」
大切に持って居てくれたのと、久しぶりに見た写真に嬉しさを覚えた。
そして彼女はもう1つ何か持っていたようで、
「あと、これも。」
と手に渡してきた。それは、私の大切にしていたお守りだった。
一瞬悩んで、私はそのお守りを彼女にあげた。
私の中で、生きてく上でとても大事だったもの。ずっとずっとこれがあったから辛い人生も耐えてこれた。
でも私の中でそれはもう違うものに変わったから、もう大丈夫だから彼女へあげた。
彼女はそれを受け取ると一瞬戸惑った表情を見せたが、愛らしい見た目のそれに笑顔になり、ありがとうとお礼をしてきた。
よし、と一呼吸置いたところで私は心を決めこう言った。
「っあー!腹減った!」
「はぁー……。なんか食べる?」
突然雰囲気台無しの大声をあげた私に彼女は呆れた様子で言ってきた。
「うん!なんか買ってきて!」
コンビニを指差して言った。
それが私の中の合図だった。
かくれんぼはもういいよ。
もう十分、沢山思い出ができた。
「仕方ないなぁ、待っててね。」
その時、私はこっそり彼女の上着のポケットに写真の裏に書いた手紙を入れた。
「ん?」と一瞬彼女が振り返ったが、すぐ前を向いて歩いて行った。
「 。 」
私はわざと聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
そのまま前を向いて歩いてくれ。
私の事など忘れて元気でね。
そんな気持ちと、口に出せない本音も込めて。
彼女が横断歩道を渡りきった辺りで、
「よし、確保!」
警察が私を取り囲み取り押さえられた。
その声を聞いた彼女が振り返り、膝から崩れ落ち何かを私に言っている、彼女のことだ、恐らくごめんねだろう。
それは違うよ、私は君と出会って救われたんだ。
ごめんねなんて言わないで。
少し遠くにあるコンビニの前に彼女は居る。警察はそこへは向かっていない。
良かった、大成功だ。
メッセージが書かれた写真は無事読んでくれただろうか。
読んでいなくとも、どちらでもいい。
一方通行であろうと最後に気持ちだけは伝えたかった。
「君に出会えて良かった。」
私の名前は立花一華、
彼女の名前は植草香澄。
初めて出会ったのは、春を告げる風が吹いていた季節。
最後の言葉を交わしたのは、春が終わりを告げる風が吹いた季節だった。
これは特別な、私と彼女の物語――。
私と彼女 -裏- ~完~
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