雨が止んだら -晴れ女は-
入梅晴さんは見ていてなかなか面白い。
彼女の生態はこれまでよく分からなかったけれど、最近分かった事をまとめて表すと「変」だ。普段は無口で、素っ気なくて、本当にただのロボットにしか見えないが、ここ最近私たちの努力により彼女の謎は解明されつつある。
最初に雨衣がふざけて行った任務、それは単純明快、尾行であった。バレない様コソコソと尾いていくと彼女はトイレへ入って行き、静かに誰かと通話しているのが分かった。
「そちらの様子は?」
という彼女の問いかけに、ほんの僅かな沈黙が生まれた。通話相手が何かを喋っているのだろう、入梅晴さんは何度か小さく相槌を打っていた。
「監視対象に今のところ目立った動きは無し。」
今度はさっきよりも長い沈黙が流れた。重苦しい気配を嫌うように、彼女は抑揚のない声色で返事をする。
「了解。引き続き経過報告する。」
そうして意を決したように、あるいは祈るように彼女は囁いた。
「互いに秀逸戦人たらんことを。では。」
その言葉を最後に通話は終わった。
あれは誰との会話だったのだろうか。雨衣は相変わらず、とある惑星との交信だと信じてやまないが、私の中では凄腕の殺し屋説が有力である。
そして先日行った二度目の尾行も彼女の変食ぶりを見れてなかなかの収穫があり、三度目は尾行した訳ではないのだが――
「ねぇ巡ちゃん……入梅晴さん何をしてるのかな?」
「手のひらを太陽に透かしてみてる、とか?もしくは光合成?」
「でも空はこんなに曇ってるよ?」
登校した直後、校庭で空に向かって両手を伸ばし、何をしているか分からない入梅晴さんを見つけた。
あれは、何をしているのだろうか……文字の如く天を仰いでいる?はたまた何か嬉しすぎることでもあったのだろうか。嬉しすぎてバンザイ?いや、そんなキャラでもないだろう。
下らないことを考えているうちに、淀んだ雲がどんどん澄み渡ってゆき、空全体が晴天になった。すると彼女の白い肌は光で艶めき、漆黒のような髪は風に靡いてキラキラと光り始めた。その様はまるで本当に光合成をしているように見える。
「あ、晴れた。」
「うおー、すっごい晴れたねぇ。」
思えば、この梅雨の時期に晴れるのはなかなか珍しいことだ。なんせ、私たちの所為でいつも土砂降りだったり、小雨だったり、この時期はなんだかんだ雨の日が多いからである。そんな中で入梅晴さんが転校してから晴れの日が多いのと今の光景を目の当たりにしたのもあり、彼女は私たちの中で晴れ女認定された。
入梅晴さんはまた少し光合成をしたところで満足したのか、何事も無かったようにさらりと渡り廊下へ行き、屋内へと戻っていった。
「今の晴れさせ方めちゃくちゃかっこよかったね、なんだか宇宙と交信してるみたいだったよ!」
「まぐれだったかもしれないけれど、やっぱり入梅晴さんって晴れ女なのかもしれないね。」
入梅晴さんの事は徐々に分かってきてはいるが、彼女は一体何者なのだろうか。未だに謎の多い彼女の生態が気になって仕方ない。
例えば、
最初から私の名前を知っていたり、誰かとコソコソ話していたり、屋上から飛び降りたり、実は犬が好きだったり、食べ物の趣味が変わっていたり、光合成をしていたり。
あの謎の言葉も気になる。
『だから……覚えておいて、私の名前は入梅晴 五月。』
あれはどういう意味だったのだろう。
私はまた何かヒントが得られないかと、雨衣を連れずに今度は一人で入梅晴さんを追うことにした。
休み時間、彼女はまたどこかのトイレへ消えるはずだ。そこで何か新しく情報が得られるかもしれない。
授業の終わりを示すチャイムが鳴ったところで私は雨衣に適当な言い訳をして、入梅晴さんの後を尾けた。
彼女はいつも通りランダムに他の階のトイレへ入ってゆく。
「よし。」
個室に入ったのを確認し、聞き耳を立てようとしたその時、
「あなた、何をしているの?」
急いで振り返ると、そこには入梅晴さんが居た。
「え、入梅晴さん。なんで……」
「私の質問に答えて。あなたは、ここで何をしているの?」
私が戸惑っていると、入梅晴さんは無表情のまま制服のポケットから何かを取り出した。
「ごめんなさい、でも二度目はないの。」
そう言って手に持っている小型のスタンガンの様なものを私の額に当て、彼女はボタンをカチッと押した。
途端に私の目の前は真っ白になり、ビリビリとした感覚が走る。そこで記憶は途絶えた。
「――巡ちゃん、巡ちゃん!」
雨衣に身体を揺すられ目が覚める。
私が起きた場所は教室の机だった。
「最近よく寝るねぇ、成長期かい?」
何か夢を見ていた気がしたけれど。確か入梅晴さんが出てきたような……ダメだ、思い出せない。そしてビリビリと頭が劈くような痛みを覚えた。
「いたた……」
入梅晴さんの席を見てみると、彼女は静かに本を読んでいる。ちらりと目が合ったが、何故か私はすぐにその視線を逸らしてしまった。
なんだろう、この違和感は。確かに何かあったはずだが何も思い出せない。そういえば、何故私はここまで入梅晴さんに執着していたのだろう。
彼女はただ、謎の転校生というだけなのに。
「あ、巡ちゃん。また入梅晴さんが居なくなったよ。これは何かあるねぇ。」
雨衣は楽しそうにニヤニヤしている。
「トイレかどこかへ行っただけじゃない?何もないと思うけれど。」
雨衣も何故そんなに入梅晴さんの事を気にするのか私には分からなかった。
「えー、入梅晴さんの謎の行動忘れちゃったの?」
「独特な食べ物の趣味と犬が好きなのは分かったけれど……あとは晴れ女ってことくらいじゃない?」
雨衣は不服そうにトイレでの話をしていたが、また勝手な妄想が花開いたのだなと思った。雨衣は本当にそういうのが好きだから。ロボットとか、未確認生物とか、宇宙人とか。おそらく、入梅晴さんの事もそういう部類にしたいのだろう。
ただ、私も入梅晴さんに関して何かを忘れている気はする。
でも、なんだったっけ?
今は何も思い出せない。思い出せるのは、
艶やかな黒い髪と、白い肌、吸い込まれそうな黒い瞳に、赤い唇。どこか不思議な転校生。
そして彼女が晴れ女であるということ。それくらいだ。
-晴れ女は-
~終わり~
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