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雨が止んだら -図書室にて-


「グゴォーーーー……」

 一つだけ言っておく、図書室ここは眠る場所ではない。

 しかし私の真横では正しく今大いびきをかいている怪獣がいる。
 その爆睡する怪獣ともだちを起こそうか迷い、少し考える。周りには迷惑そうにする生徒の視線。
 こんなに見られてしまっては起こす他あるまい。

「雨衣、起きて。……起きてってば。」

 肩を叩き声を掛けるが、なかなか起きないので今度は目一杯激しく揺すってみた。

「グゥー、グガッ!……うぉっ!あ、なんだ巡ちゃんか。」
「おはよう、雨衣。」

 雨衣は本当によく寝る、これでもかと言うほどに。昔はちゃんと起きていたはずだが、中学に入ってから授業中に起きているのをほぼ見たことが無い。にも関わらず、テスト前頻繁に私を図書室へ誘ってきては「テスト勉強」と名打って、真面目に勉強をするかと思いきや、結局こうして寝てしまうのである。

 はて、テスト勉強とは。

「何故いつもそんなに眠いの?いくら何でも寝過ぎじゃない?」
「んー、きっと成長期なのだよ!」

 呆れ返る私の横で雨衣は袖を捲り、肩を回してやる気満々になっている。
 きっと五分か十分そこいらでまた寝るのがオチだが、私はそのやる気を失わせないよう努め、少しでも雨衣の勉強を捗らせる――

 つもりだったが私は非力だった。すぐさま雨衣の首は上下しだし、落ち着いたかと思えば今度は何やらうなされている。
 とりあえずもう一度揺さぶり彼女を起こす。

「……うわっ!うわぁー!あ、なんだ、巡ちゃんか。」

 今度は悪夢でも見たのだろうか。酷く驚き、息切れをしていた。一体どんな夢を見たのやら。

「今ね、悪と戦っていたんだ……」

寝ぼけてはいたが、何故か真剣に言っていた。

「それはそれはご苦労様です。」
「いえいえ、こちらこそ。」

 意味のない会話をし、また勉強を始める。これでまた雨衣がイビキをかいて寝始めたら私たちはドリフのコントをしてるようになってしまう。雨衣が志村けんで私がいかりや長介か。

 そうしてまた勉強を再開して三十分ほど経った所で、先生が図書室を閉めるからと言いに来た。
 では、そろそろ帰るか。

「雨衣、帰ろ……」

 気づかぬうちに雨衣はまた寝ていたけれど、今度は少し微笑みながらスヤスヤとしていた。しばらく観察していると、寝言を言った。

「巡ちゃん……よかったー。」

 夢がひと段落したのだろう、頃合いを見計らって彼女を起こす。それにしても夢にまで私が出てくるなんて、なんだか複雑な気持ちだ。

 すると今度はゆっくり目を開けて起き、穏やかに伸びをした。
「さてさて帰りますか、ふぁ〜あ。」

 図書室を出て廊下を歩いていると、入梅晴さんが向かいから歩いてきた。雨衣は彼女を認知した途端に、唾を飲み込み、戦いそうな体勢で固まる。一方の入梅晴さんも雨衣をじっと見たが何の会話も無くただただすれ違った。
 反応を見るに、私の知らないうちに二人は何かあったのだろうか。雨衣は恐る恐る私を見てきた。

「巡ちゃん、入梅晴さんはとんでもねぇ悪だよ……」

 あぁ、なるほど。雨衣が見た夢の中の悪とは入梅晴さんだったのか。
「バカ言ってないで、帰るよ。」

 しかし私が数歩進んでも、雨衣はついてこなかった。

「雨衣?どうしたの?」

「巡ちゃん……私が救うから安心してね。」

 また真剣に言っていた。
「う、うん……」

 一瞬真顔になったかと思えば、雨衣はいつもと同じテンションに戻りスキップし出した。
 なに今の。なんだか妙だ。夢の中での事とはいえ、何故あんなに真剣に言うのだろう。

 考えていた所で私はデジャヴの気配を感じた。

 前を行く雨衣が、私に向かって手を振り巡ちゃん早くと言う、振り向いた反動で転んでしまい、見事に変な声を出す。そしてこう言う、
「いてて……。肘擦っちゃったよー、いたーい。」

 うん、やっぱりだ。その通りになった。

 このデジャヴは一体なんなのだろうか。誰かのイタズラだとしたら、直ちにやめて欲しい。そのゾワゾワする感覚は何度味わっても慣れるはずがない。

 一息ついてから、いつも持ち歩いている水玉模様の絆創膏を貼ってやった。
そうしてまた歩き出そうとした時、体がビクッとして目が覚めた。

 ……あれ?

「巡ちゃん、起きて。」
雨衣が私の体を揺すって起こしていた。

 目を開けるとそこは先程まで居た図書室だった。

「巡ちゃんが眠るなんて珍しいね、疲れたんかい?」

 寝ていた……私が?一体いつから。

 色々考えていたところに先生が図書室を閉めるからと言いに来た。
 雨衣が帰ろうかと言い鞄を持った時

「あれ、雨衣。待って、それどうしたの……」

私が見たのは雨衣の肘。そこには先程の夢で貼ってあげたのと同じ絆創膏が貼られていた。

「あぁ、これ?忘れたの?今日の体育の授業で肘擦っちゃったとき巡ちゃんが貼ってくれたじゃないか。」
「そう、だっけ……」

 そんな覚えは全く無かった。でも肘に貼られているのは間違いなく夢で見たのと同じ絆創膏だ。
 上手く表現できないけれど、何かがおかしい。全てに違和感しかない。そもそも今日は火曜日のはずで、私達のクラスの体育の日は金曜日のはずだ。それなら、雨衣の言っていることに相違が生じることになる。

「あれれ?巡ちゃんやーい。」
 いつの間にかボーッと考え事をしていた。
「なんでもない、帰ろうか。」
「今日変だよ?大丈夫?」

 やはり気になったので雨衣に聞いてみた。
「雨衣、今日って何曜日だっけ?」

「やだなぁ、巡ちゃん。今日は金曜日⚫︎ ⚫︎ ⚫︎じゃないかぁ。」

「そっか、そうだった。ごめんごめん。」

 図書室を出て廊下を歩く。向かいから入梅晴さんがやってくれば、正夢にしろ、デジャヴにしろ、私は同じ体験をしていると考えても良いだろう。

 そして案の定、入梅晴さんは先ほどと同じようにやってきた。

 次に雨衣の様子を確認するが、入梅晴さんには目もくれずひたすらに話し続けていた。そのまま何も起きずにすれ違う。

 やはりあれはただの夢だったのだろうか……

「雨衣、ごめん。私忘れ物したから先帰ってて。」
そう言って向かったのは教室だった。

 体育着を持って帰っていなかったため、もしかしたら教室に忘れたのかもしれない。そう思って取りに戻った。

 私の机に体育着などなかった。
 ちょうど、目の前にあったカレンダーに目が行く。

 今日は確か六月二十三日。

 ――火曜日だった。


-図書室にて-
〜終わり〜

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