橋本徹(SUBURBIA)×山本勇樹(Quiet Corner)『Seaside Chillout Breeze』特別対談
海辺でチルアウトしながら心地よい風を感じるようなとっておきの快適音楽を集めて
山本:「Chillout Breeze」というタイトルで、新コンピ・シリーズが始まりますね。
橋本:そうですね。「Incense Music」シリーズと同じく、FJDのアートワークとCalmのマスタリングですが、コンセプトは違っていて。もともと「Incense Music」のリリース・レーベルのオーナーからオファーを受けたときは、僕が2015年からFJDのアートワークでやっていた「Good Mellows」シリーズをとてもお好きだということで、「ああいう感じのコンピをうちでもできないか?」とのお誘いだったんですけど、それを夏を前にいよいよ実現させたという。
山本:橋本さんのコンピで「Seaside」と付くと、ファンとしては「来たな!」というワクワクするような印象を受けます。
橋本:僕自身もとても気持ちよく心地よく取り組めるテーマで、特にここ10年ぐらいはクラブとかカフェを礎にしたコンピよりも、自分の中での選曲のシチュエイションやアイデンティティーとして「Seaside」だったり「Sunset」だったりをとても重要視していて。特に今回思ったのは、コンピCDを作っているから当然、最終的なアートフォームとしては様々なこだわりがあったり、丁寧に作っているんだけど、選曲としては20代の頃に作っていた夏のドライヴBGMや、海辺へのドライヴのために作っていたミックステープに近い感覚で取り組めたのがとても楽しくて、そういう良さが出ているなと感じます。ともすればコンピCDのスタイリングって真面目というかコンセプチュアルになりがちだけど、日本語の歌も入れてみたり、ジャンル的にも大胆に横断してみたり、そういう楽しさや自由な風通しのよさ、遊び心が今回のコンピレイションをとても愛すべきものにしている気がします。
山本:全体的に聴くと、「Good Mellows」を彷彿とさせるところもあるんですが、個人的にはよりフレンドリーというか、カジュアルな感じがします。
橋本:そうですね。「Good Mellows」のときは、本来はクラブ・ミュージックとして制作された12インチから、海辺や夕暮れどきのチルアウトに合う心地よい曲をセレクトするっていうコンセプトがまずあったけど、今回は全く制限のない自由な選曲で、夏に海辺で聴いたら気持ちいいだろうなという感覚、具体的には海辺で風を感じたときの心地よさみたいな音楽がたくさん入った80分間の物語を描ければ、という感じでした。だから選曲には全く時間がかかっていないという。楽曲のアプルーヴァルには時間がかかりましたが(笑)。
山本:橋本さんの普段のDJやプライヴェイト・リスニングもかなり反映されているんですよね?
橋本:それはすごく反映されてます。なぜなら、全く堅苦しいコンピレイションではないから。プライヴェイトのリスニング・ライフってだいたい脱線するじゃないですか? 聴いてるうちにあれが聴きたくなったり、こっちも聴きたくなったり、要は頭で選曲を組み立ててないんですね。僕のコンピはもともと評論家やコレクターが作るものよりはそういうところがあったと思うけど、本当により気分や感覚に忠実というか、風まかせなコンピレイションですね。「Seaside」ということでブリージンな感じ、爽快な感じは一貫してると思いますが。
山本:橋本さんは2012年のコンピ『Seaside FM 80.4』のときは、カー・ステレオをイメージされてました。
橋本:そういう意味では『Seaside FM 80.4』と「Good Mellows」のミックス的なところはあるかもしれませんね。前半がいわゆるチルアウト・バレアリカ~サマー・バレアリカ中心で「Good Mellows」的なんだけと、中盤からFMシリーズ、特に第1弾『Seaside FM 80.4』の、爽快なドライヴ感というかブリージンな心地よさみたいな色合いになっていって。
山本:あのときもセレクションがジャンル横断的で、本当に車で聴いたら気持ちよい選曲でした。今回も「横断」という意味ではもっと大胆でダイナミックになっていて、本当に気持ちのよい選曲です。
橋本:僕もすごく聴いてます(笑)。自分のコンピでも、こんなに聴くのは珍しいですね。暑い毎日の中で、実際に少し体感温度が下がるというか、めちゃ気持ちよいですね。その一番の立役者はスティールパンの音色なのかなとも感じます。
山本:各所でスティールパンの音が聴こえてきたり、さざ波や鳥の声が聴こえてきたり。
橋本:そう、波の音や鳥のさえずりとか、いわゆる自然音の心地よさも今回は重要だったと思います。特に前半は波の音でつながっていくような感じで。
山本:1曲目のアコースティック・ギターが流れてくると、僕なんかは橋本さんのコンピのオープニングだなっていう気持ちよさを感じます。
橋本:夏の始まりを告げる感じがありますよね。ファンファーレの役割を果たしています。「Never Stop Dreaming」、夢見ることをやめない、夢のような季節、場所、時間へ、ってことに相応しいオープニング曲ですね。
スティールパンの涼しげな音色が気持ちよいcubismo grafico新録音がいざなうシーサイド・ウィークエンド
山本:そして2曲目が今回のコンピのための新録音になります。
橋本:cubismo graficoのCHABEくんにお願いしたんですが、僕の周りでは心地よいとか、グルーヴィー&ブリージンな感じとかの絶妙な塩梅を一番表現できる人だなと思っていて、それはDJとしてもそうだし、リミキサーやバンドマンとしてもそう思います。30年以上前に知り合って、30年前に始まった「Free Soul Underground」に誘って一緒にパーティーをやってきた仲で、そういうセンスに対する信頼はとても大きいし、今では若いミュージシャンの兄貴的な存在としてシーンでリスペクトされていますね。そんなわけでアンテナの「Seaside Weekend」の素晴らしいヴァージョンを誰かに作ってほしいと思ったときにすぐ浮かんだのがcubismo graficoでした。ヴォーカリストもすぐに「TICAの武田カオリさんがいいね」って話になって、彼女も快諾してくれたんです。90年代から2000年代前半のFree Soulからカフェ・アプレミディという時代に交流があった人たちと、再びコラボできたという意味でも嬉しいですね。武田カオリさんはTICAで2000年にカフェ・アプレミディで毎月ギターの石井マサユキくんと真夜中にライヴをやってくれて、その音源を集めた『A Night at Cafe Apres-midi』というライヴ・アルバムを2001年にリリースしているんですよね。そのアルバムは僕の周りでも本当に愛聴していた人が多くて、カヴァー曲のセレクションも素晴らしくて。「東京のトレイシー・ソーンだね」なんて話もよくしていました。CHABEくんはその後映画音楽で賞を獲ったり、CMの仕事がたくさん来ていた時期に、彼女にヴォーカルをお願いすることが多かったそうです。ヴォーカリストを決める電話をしたときにCHABEくんは「音はもう作り始めてて、最高です」って言ってて、スティールパンと波の音も入れてほしいって伝えたら、「両方もう入ってます」って言ってたのも最高でしたね(笑)。やっぱりセンス的に信頼できるという。
山本:2曲目でグッと上がって、キラキラと眩しい感じの気持ちよいヴァージョンですね。
橋本:本当に。オリジナルは歌詞も“No Sun, No Rain”、つまりイギリスっぽい曇り空の海辺の曲なんですね。それが東京でこういう爽快なヴァージョンが生まれて、7インチ・カットもされるからDJたちも喜ぶと思います。この夏ぜひ、かけまくってほしいですね。
山本:『Incense Music for Bed Room』のインタヴューでもクレプスキュール・レーベルの話題が出ましたが、今回もアンテナのカヴァーを入れられてるのは橋本さんらしいなと。
橋本:そのときはエリック・サティの「Gymnopedie」のカヴァーをクレプスキュールから入れたけど、アンテナの「Seaside Weekend」は2001年に編んだ『Crepuscule for Cafe Apres-midi』に収録してましたね。
山本:こういった曲を新しい世代が発見できるような魅力が、このコンピにはあると思います。
橋本:続編の『Sunset Chillout Breeze』では、ルシンダ・シーガーの「Sunset Red」のカヴァーも作ってるんですよ。そのふたつはセットだなと思っていて。『Seaside Chillout Breeze』で「Seaside Weekend」をやって、『Sunset Chillout Breeze』では「Sunset Red」というのは、いずれも80年代半ばから後半にかけての自分の大学時代の思い出の曲です。
波の音や鳥のさえずりにサマー・フローティン&ブリージンなバレアリック・チルアウト名品が連なる至福の流れ
山本:続くバレアリック・チルアウトな流れもいいですね。橋本さんのコンピならではの新しい作品との出会いがあります。
橋本:Saphileaumは今年の前半に出て、最近カフェ・アプレミディでのDJでも海辺のパーティーでDJするときも、いつもレコードバッグに入っている曲で、やはり波の音から始まりますね。ロシアの南、ジョージアのトビリシのアーティストで、パラフォンとかアフリカン・パーカッションの使い方や、トライバルな雰囲気が好きですね。いつも思ってるんですが、僕のコンピでパラフォンだったり親指ピアノやスティールパン、あとコラだったり、そういう音色の心地よさを知ってもらえたらなという気持ちがあったりします。
山本:浮遊感のあるトライバルなグルーヴや、オリエンタルというかエキゾティックな異国情趣も夏を感じさせますよね。とても気持ちいいです。
橋本:次のジョン・ベルトランのプロジェクト、Sol Setもそうで、極上の桃源郷サウンドですね。デトロイト・テクノのレジェンドなんだけど、ここ数年は生楽器を多用した、ラテンやブラジリアン風味を感じさせる爽快でブリージンな音楽をたくさん出していて、「Back To Bahia」っていう7インチのシリーズも全部買ってるし、Sol Setもすごく気に入ってます。特に今回入れた曲はチルアウト・バレアリカの絶品で、DJプレイしてると必ず問い合わせを受けますね。
山本:続くL.U.C.A.の「Blue Marine」も、波の音と海鳥の声で始まりますね。
橋本:実は「Good Mellows」シリーズを始めるときにすぐに思い浮かんだ曲で。船に乗って青い海をゆっくり走るような心地よさがそのまま音楽になってるような、オーシャン・フィールが気持ちいい映像美豊かでファンタスティックなトラックですね。
山本:そして次のケネス・ベイガーはコンピのハイライトのひとつですね。
橋本:まさに。映画『避暑地の出来事』のテーマ「夏の日の恋」のサンプリングも素晴らしくて、永遠の夏を爽やかなサウダージやひとさじの感傷と共に心に刻みつけるような曲だから、毎年夏になるとDJで必ずかけてるんだけど、毎回、特に女性から「この曲なんですか?」って必ず訊かれる幸せな場面を何度も味わってるスーパー・バレアリック・サマー・チューン(笑)。ジャン・リュック・ポンティーのヴァイオリンも天から降ってきたような調べで、気が遠くなるような美しさ、気持ちよさで。
山本:ジャン・リュック・ポンティーのこんな素晴らしい演奏もあったんだと思いました。何度聴いても素晴らしいです。次はIrondale & BrandonLee Cierley feat. Jonny Tobinの「High Five」です。
橋本:これはめちゃめちゃいい曲で、夏や青春の楽しさも切なさ儚さも感じられて、僕のまわりではとても人気のある曲で。3年前の『Cafe Apres-midi Bleu』にも収録させてもらいましたが、Calmの素晴らしいマスタリングで7インチ・カットもして、DJでかけたいなという個人的な動機もあったりして(笑)。
山本:僕も大好きな曲です。
橋本:やっぱりあの夏は、この曲とフォー・フレッシュメンをサンプリングしたディスクロージャーの「Where Angels Fear To Tread」で記憶してるよね(笑)。そういう夏の記憶みたいなものを、今回のコンピには封じ込めたかったというか。
山本:嬉しいですね。そしてSeahawksです。
橋本:このスティールパン・ダブもDJプレイしてると必ず「この曲なんですか?」って訊かれるんですよ(笑)。でも手に入りづらい音源なので、やはりCalmのマスタリングで7インチ・カットしたいなと(笑)。コンピではこの次に出てきますけど、今回はTAMTAMの新録によるマッド・プロフェッサーのメロウ・ダブ名作「Sweet Cherry」のカヴァーが、やはりスティールパンも気持ちよくて本当に素晴らしいものになったので、カップリングしたら究極だなと思って。正直DJには2枚持っていくと思います(笑)。A面からB面へ、そしてB面からA面へという、完璧なサマー・フローティン・ダビー・バレアリカ・リレーですね。
TAMTAM新録音によるメロウ・ダブ名作の絶品カヴァーやサーフ×ラヴァーズ×カリビアン×ボッサ×フォーキーにこめた思い
山本:マッド・プロフェッサーの「Sweet Cherry」は、橋本さんが1995年に編んだラヴァーズ・ロック・コンピ『Be Sweet』のエンディング曲でしたね。
橋本:そう、本当に死ぬほど好きな曲で。オリジナルは1972年モータウンのヴァレリー・シンプソンの「Silly Wasn't I」で、その翌年にジャマイカ出身の女性シンガー、シャロン・フォレスターがイギリスのレーベルから出したヴァージョンがラヴァーズ・クラシックとして愛されてきたんですけど、マッド・プロフェッサーが自身のアリワ・レーベルでダヴィナ・ストーンによるカヴァーを制作していて、そのダブ・ヴァージョンがこれで、夕暮れダブという感じでとんでもなく素晴らしいことを1995年に世に知らしめたかったんですね。それから29年経って、TAMTAMが至高の、至福のニュー・ヴァージョンを作ってくれたことが本当に嬉しいです。
山本:TAMTAMに制作を依頼した経緯は、どんな感じだったんですか?
橋本:今年前半にワシントンDCのPPUから出たTAMTAMの最新EPが好きで、PPU自体も好きなレーベルで、7インチや12インチをよく買ってたんですけど、そこからTAMTAMが出て、Bandcampで特集されたりBandcamp Weeklyの表紙を飾ったり、ジャイルス・ピーターソンのBBCの番組でもすぐにかかったりして、嬉しかったと同時に「来たな!」と思って(笑)。TAMTAMはコロナ以前にFree Soulのイヴェントにライヴで出てもらったことがあったんだけど、そこで4年ぶりぐらいに高橋アフィくんに突然電話して留守電を入れて。本当にこんな最高のヴァージョンができて、頼んでよかったなと思います。
山本:そしてHiMの「Of The Periphery」です。
橋本:実はこの曲はTAMTAMにカヴァーしてもらう第2候補だったんですよね。HiMは2000年代半ばだったかな、『スプラウト』っていうサーフ・ムーヴィーが僕は大好きで、DVDが出たときは夏の間かけっぱなしにしていたぐらいだったんですけど、そのサントラでこの曲がすごく好きで何度もリピートしていました。1999年のオリジナル・アルバム『Sworn Eyes』も素晴らしいよねって、Calmとも意気投合したんだけど、『スプラウト』の映像と共に流れると恍惚というか、官能的なぐらいの素晴らしさがあって、『Seaside Chillout Breeze』というテーマのコンピにはぜひ入れたいと思いました。
山本:今回のコンピは、僕の世代だとジャック・ジョンソンとかトミー・ゲレロとか『スプラウト』だとかマニー・マークとか、そういうものに当時はまっていたリスナーも楽しいんじゃないかなと思います。
橋本:そうですね。その前にポスト・ロック的な音楽を聴いていた人もHiMは絶対好きだろうし。この曲はトータスのジェフ・パーカーのギターもいいから、今シカゴ・ジャズ名門インターナショナル・アンセム周辺を聴いている現代ジャズ・リスナーにも届いたらいいなと思いますね。トライバルなリズムというか中毒性の高いビート・センスや空間的な音響感覚に惹かれて僕はこの曲が好きで選曲しているので。
山本:熱心な音楽ファンはきっとこういう話を喜んでくれると思います。もちろん初めて触れる人も、そういう情報がなくても十分楽しめますが。
橋本:それが一番重要ですよね。第一印象で「いいな」って思ってもらえる曲だったり、そういうコンピになってることと、こうして対談で話すことで文脈というか、ハイコンテクストな部分も同時に伝えられるということを両立させたいというか。音楽としてのストレートな気持ちよさや心地よさと、実はその裏にはこういうストーリーや貫かれてるセンスがあって、それはそのときにこういうシーンがあって生まれた感覚なんだよということを、どちらも伝えられることはとても大切なことじゃないかなと思います。
山本:そういうことの最も象徴的なのが、「Sunshine Reggae」や「La Vie En Rose」なのかなと。
橋本:まず「Sunshine Reggae」は、Free Soulのパーティーでもデンマークのレイド・バックによるオリジナルがかかっていたし、バレアリック・クラシックでもあるけれど、僕のコンピに入れるにはサウンドがちょっと80sすぎると、ずっと思ってたんですよね。ただ、あのメロディー、そしてあの歌詞は今回のコンピに相応しいし、絶対グッと来る、胸がキュンとするはずだから、何かいいヴァージョンをということで、スティールパンもあしらわれたレインボウ・コネクションを選んだんですね。「La Vie En Rose」もアール・ブルックスによるスティールパン・カヴァーで、最高ですよね。といってもエディット・ピアフの名曲だからとかそういうことではなくて、『Free Soul Universe』に入れてキラー・チューンになったグレイス・ジョーンズ版を下敷きにして、主旋律をスティールパンがとるという、今回のコンピのコンセプトど真ん中のヴァージョンだから。「La Vie En Rose」、バラ色の人生かどうかはともかく、バラ色になったらいいなっていう気持ちを海辺だったり海に向かうドライヴで感じられたらいいし、DJでかけたいFree Soulファンの顔も浮かぶので、アナログLPにもすべりこませて(笑)。
山本:僕的には、橋本さんがプロデュースしていたフレンチ・ブラジリアンの女性シンガー、カチアを思いだします。そこにもつながってるんじゃないかと。
橋本:あー、なるほど。さすが山本くんはいろいろ思いださせてくれますね(笑)。あの頃は、2001年の夏にクープの「Summer Sun」とかアンリ・サルヴァドールのクープ・リミックスとか、ああいう夏があって、その記憶が冷めやらぬうちにパリ在住の素晴らしい歌声の持ち主カチアのプロデュースを依頼されて。結局アルバムを3枚プロデュースして、そのうちのセカンド・アルバムは夏に向けてのリリースだったので、クープの「Summer Sun」を意識したアレンジで、タイトル曲として「La Vie En Rose」のカヴァーを制作したんだったね。今回あの辺を入れてもよかったかも(笑)。
山本:やっぱり全部繋がってるんですよ、橋本さんのコンピは。そして「North Marine Drive」ですね。
橋本:ベン・ワットのオリジナルは僕にとって人生レヴェルで愛してやまない曲ですが、マニュエル・ビアンヴニュも僕はミュージシャンとしてリスペクトしています。彼は去年、東京でDJしてるときに遊びに来てくれて。何年か前に日本のグレンフェルというバンドのスプリット7インチのカップリング曲を選曲してくださいっていうオファーがあって、そのとき選んだのが、この好感を抱かずにいられない素晴らしいカヴァーだったんです。今回の『Seaside Chillout Breeze』にこめているものは、「夏だ! 海だ! 太陽だ!」的なものではなくて、もうちょっと翳りがあって、海辺で抱く感情ってもっと繊細でいろんな思いが混じり合ったものだと思うので、そういうフィーリングを伝えてくれる曲として、この曲を収録できたのは嬉しいですね。選曲的にもグラデイション的に心地よく落ちつかせていく部分にとてもはまるので、今回のコンピだけでなくDJでも重宝しています。この曲を好きなリスナーとの共感も大切にしたいですしね。
山本:『Seaside FM 80.4』のラストにシモン・ダルメが入っているような感覚ですね。
橋本:まさにそういう感じです。ちょっと寂しいような海辺というか優しい夏の終わりの心象風景というか。FJDにアートワークを作ってもらうときにも、マニュエル・ビアンヴニュの「North Marine Drive」を聴いてもらって、書き割りのようなトロピカルなリゾートではない、都市での生活とか日常の延長線上にある海辺をイメージしているってことを伝えましたね。
夏の記憶が刻まれた日本語の歌やルーツと思い出に導かれたエヴァーグリーンなセレクション
山本:次のクラムボンもそういった意味ではちょっと感傷的な、翳りのある夏のイメージですね。
橋本:これはSmall Circle of Friendsのオリジナルともども好きで、僕自身がDJでスピンしたことはないんですけど、自分より若いDJがパーティーでかけてとてもいい雰囲気になっていて、すごくヴァイブスを生んでくれる曲だなという印象を持っていたので、今回のプライヴェイトなミックステープ的な感覚を大事にしたいなというときに、入れてみるチャンスだと思ったんです。たまたま去年の夏からUNITED ARROWSのショップBGMの仕事でも、日本語の曲を混ぜるトライをしていて、その影響もあったかな。実は今回のコンピはまるごと16曲、UNITED ARROWSのサマー・セレクションで使ってるんですけどね。
山本:橋本さんの編んだGrand Galleryのコンピや『Cafe Apres-midi File ~ Everlasting Summerdays, Endless Summernights』あたりを彷彿とさせます。ジャパニーズ・サウダージみたいな感覚というか。
橋本:夏という限られた季節にしか感じられない情感、儚いサウダージみたいな感覚がありますね。
山本:そして何と言っても続いての「Jamaica Song」です。
橋本:この曲のブッカー・Tのオリジナルは、アプルーヴァル申請リストを作ったときにトップにありました。でもちょうど同時期にソニーからFree Soulの30周年記念盤『Legendary Free Soul ~ Supreme』が出るんですが、そちらでも欠かせなくて、しかも重複は避けたいという話になってしまって。波の音、子どもたちの歌声、ボッサなリズム、優しくハートウォームな語り口で、夏の太陽の下のピースフルな光景や穏やかな笑顔を描いているから、『Seaside Chillout Breeze』にぴったりなのにね。
山本:それは大変ですね。
橋本:ご存じのように、「Jamaica Song」はブッカー・Tの全盛期のファンキー&グルーヴィーなイメージからはほど遠くて、もともとはほとんど知られてなかったんだけど、1994年に『Free Soul Colors』のラストに収録したら日本だけで大人気になって、晩年の彼の来日公演でもブルーノート東京の楽屋で本人から直々に感謝されたくらい、Free Soulにとって大切な曲だからね。
山本:その後多くのカヴァーが生まれるほど人気を博して、紅茶のCMにも使われました。
橋本:そう、そういう流れの中で、僕が一番好きだった「Jamaica Song」のカヴァーがcubismo graficoだったから、ひとつのコンピに1アーティスト2曲になるので迷ったんですけど、急遽CHABEくんに電話して収録をお願いしたら、すぐに快諾してくれて。感謝しかありませんね。cubismo graficoらしいフィーリングでこの曲の良さを表現した、オリジナリティーあふれる本当に素晴らしいヴァージョンだから。
山本:CHABEさんは「Free Soul Underground」のレギュラーDJでもありましたから、30周年のアニヴァーサリーとも重なって。
橋本:うん、いろんな意味でオリジナルを入れるより良かったですね。あれから30年目の夏っていうことを考えても、今回はこのヴァージョンが入るべきだったんだなって強く感じます。
山本:不思議な導きですね。
橋本:本当に導きがあるんですよね。最近すごくそれを感じます。そしてラストがまた。
山本:これもまた導きですね。
橋本:この曲は実はマスタリング前日に許諾OKが来たんです。ジャック・タチ監督のフランス映画『ぼくの伯父さんの休暇』のアラン・ロマン作のテーマ曲ですが、これは実は、ロックやポップスやソウルやジャズばかりを生真面目に聴いていた学生時代の自分の音楽の聴き方を変えてくれた曲なんですね。フランスや海辺やヴァカンスに憧れるきっかけになったというか、言ってみればルーツ・オブ・サバービアというか。この映画で狂言廻しのように繰り返し流れてくる甘美なメロディーが、人生を変えたんですね(笑)。しかもヴィブラフォンが涼しげなジョージ・シアリングのクール・サウンドのフランス版のような洒落たアレンジで。
山本:いい話ですね。
橋本:1990年の暮れに初めて「Suburbia Suite」のフリーペーパーを作ったときから紹介していて、翌年の夏に初めて「Suburbia Suite」のDJパーティーを開いたときにもかけた曲です。
山本:橋本さんが「Suburbia Suite」を通じて提案してきた世界観の原点のような曲なんですね。
橋本:だから今回のコンピは、この曲のアプルーヴァルOKが来て、大団円という感じでした。
山本:まさにエヴァーグリーンという感じですね。「Suburbia Suite」のディスクガイドを見ると、夏のイメージがあるんですよね。象徴的なところでは『Miles Ahead』や『Chet Baker & Crew』のヨットのジャケットとか。だからこの『Seaside Chillout Breeze』もそうですけど、橋本さんが夏の風景を切り取るというか、夏の選曲をするっていうのは僕の中で特別なものがあります。
橋本:でもやっぱりライセンスに尽力していただいたレコード会社の担当者のおかげで、これだけの曲が揃ったと思うし、本当に感謝しかないですね。僕にとって完璧な2024年夏のスケッチというか、ひと夏のスケッチなんだけど、2024年の夏を永遠に自分の心に刻印してくれるコンピになったかなと思います。80分のストーリー的にも自分的にはパーフェクトというか、すべてが落ちつくべきところに落ちついた感じがするんですよね。もちろん夏のドライヴにもベスト・マッチだし、自分的には100点な感じがします。
山本:そうですね。橋本さんのコンパイラー人生30年、音楽好きとしての40年の集大成のようにも聴けますし、FJDのアートワークもCalmのマスタリングも素晴らしいですし、ぜひたくさんの方に楽しんでほしいですね。
橋本:最後に「Jamaica Song」と『ぼくの伯父さんの休暇』のテーマが並んだことに象徴されるように、本当に今回のコンピは、何かに導かれて素晴らしいものができあがったような気がしていますね。