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生産量を増やせば1個当たり製造コストが下がると言うコンサルが何故クビになるか

製造コストが下がる仕組み

サプライチェーンマネジメントを行う上で、1個当たり製造コストの削減は企業の命題と言えます。(その他にもQC、BCM・BCPなど様々な課題はありますが……)

確かに一般的には、生産量が増えれば製造コストは下がると言われていますが、それは何故でしょうか?
しかし、実際に製造の現場にいらっしゃる方からすれば、「それは事実だが現実は違う」と言う事も、私が今さら言うまでも無いことかと思います。

その現実を知らないコンサルが、「大量生産すれば1個当たりの生産費用が下がるので、ばんばん設備投資しましょう!」なんて言えばクビになるのは当然です。

では、実際に何故そんな「現実」が起きてしまうのでしょうか。

ちなみに、今回は一部を拙著【中小企業のための「経費計画・利益計画」の作り方】から抜粋しております。(宣伝)

変動費と固定費

先に確認しておきたいのですが、財務会計と管理会計では「経費・利益」の捉え方が変わります。

財務会計では、いわゆるPL(損益計算書)を作るために、以下のような段階にわけて売上高を分解していきます。

財務会計における経費と利益

これが、管理会計になると以下のようにシンプルな構成になります。
(会計学的には準変動費や準固定費と言うものもありますが、今回は省略します)

管理会計における経費と利益

シンプルな1個当たり製造費用の計算

一般的に「生産量を増やすと、製品1個当たりの製造費用が安くなる」と言われているのは、「生産量に関係なく発生する固定費があるため」です。(いわゆる規模の経済の話ですね)

以下の表とチャートをご覧ください。

超簡単な生産量と費用の関係

前述の通り、変動費とは、生産量に応じて変動する費用のことで、
固定費とは、生産量に関係なく発生する費用の事ですので、
変動費(B)は、生産量に比例して増加しています。
固定費(C)は、生産量に関係なく600のままになっています。

その合計(総費用(D))を生産量で割れば、1個当たりの製造費用が算出されることになります。

これを、1個当たり製造費用で分解したものが、右の表とチャートです。

1個当たりで換算すれば、1個当たりの変動費(F)は基本的に同じですので、チャートでは横一文字が引かれます。
逆に1個あたりの固定費(G)は、生産量に応じて下がっていくので右下に下がっていくチャートが書かれます。
そうすると、「変動費+固定費」の「1個当たり製造費用も右下に下がっていく」という事になります。

これだけなら、「大量生産すれば1個当たりの生産費用が下がるので、ばんばん設備投資しましょう!」という発言もあながち間違いではありません。

学習率。人間は成長する。

さて、先にもう一つ良い話(?)をしておきたいと思います。

製造現場ではどれだけ機械化が進んでも、完全に人間の手が離れるという事はありません。

つまり、人間か関与する部分、機械で計測できない工程が発生します。

これは決して悪いことだけではなく、人間でなければできない柔軟な発想や、訓練による慣れ、作業効率の改善により、製造効率が改善するケースが多々あります。

特に、単能工(1人の作業員が同じ作業を繰り返す)ではなく、多能工(1人の作業員が複数の作業をマルチスキルで行う)では顕著に改善が見られるケースです。

こういった人間の努力や慣れによる改善効果を学習率もしくは成長率と呼びます。

まずは、活動基準で製造コストを分解する

例えば、製品Aの製造コスト以下の様に変動費と固定費に分解しました。

製品Aの変動費と固定費

これを管理会計の活動基準原価計算(ABC: Active Based Costing)に基づき、活動基準で更に分解すると、以下の様になります。

製品Aを活動基準原価に分解した図

全部について考えるのは大変なので、今回は労務費だけにスポットを当ててみたいと思います。

すると、製品Aのコストを部分的に時間に置き換えることができます。

製品Aを1,000個製造するために必要な各工程の延べ時間

学習率の計算

この前述した作業工程に要する時間が、経験と慣れ(そして努力)によって減少していくのが、学習率と呼ばれるものでした。

また、そういった学習効果や経験則により生産効率が上昇していくことを示したチャートを学習曲線ないし経験曲線(エクスペリエンス・カーブ)と呼びます。

実際にこの経験曲線とはどのような動きをするものでしょうか?
計算式は以下の通りです。

製造に係るコスト(時間なども含む):$${C_n=C_1 X^{-a}}$$
$${C_n}$$:n番目の製造コスト
$${C_1}$$:1番目の製造コスト
X:累計の生産回数
a:学習率$${(\dfrac{累積生産量の変化率}{コストの変化率})}$$

これだけだと、具体的にどうやって計算するのか分り辛いですよね。

※以下、区切り線の中は余りにもマニアックなため興味が無い方は飛ばして下さい。


読み飛ばし推奨エリア

前段の「a:学習率」についての補記です。

例えば実際に生産量を2倍にしたとします。

すると、生産量$${C_n}$$を2倍にするわけですが、このとき、$${2C_n}$$ではなく、$${C_{2n}}$$になるため、
現在の生産費用曲線$${C_n=C_1 X^{-a}}$$の2倍は$${C_{2n}=2^{-a}C_1X^{-a}}$$ですので、
学習率=$${(\dfrac{累積生産量の変化率}{コストの変化率})}$$に当てはめると、
$${\dfrac{C_{2n}}{C_n}=2^{-a}}$$が学習率となります。
仮に、現在100個生産するために必要な時間が、生産量を2倍にしたことで同じ時間で85個生産できるようになったとすると、
$${\dfrac{C_{2n}}{C_n}=\frac{85}{100}=学習率85\%=2^{-a}}$$
この$${0.85=2^{-a}}$$を分解すると、$${-a=\frac{log0.85}{log2}}$$となります。
もちろん、log対数を手計算したくありませんので、Excelなどを使用します。
Excelでの計算方法は簡単です。

=LOG(0.85)/LOG(2)=0.23447

これですぐに、a=0.23447と計算することができました。

ちなみに、これは製造量だけではなく製造年数などでも当てはめることができ、例えば同じ1,000個の製品を何年も作り続けても、もちろん慣れや経験が生きてくるので、以下の様な表ができます。

年数の経過に伴う製造コストの逓減

計算例:仮に学習率をずーっと同じだと仮定した場合(実際はそんなことありえませんが)、3年目の予想製造コストは、
$${C_3=100 \times 3^{-0.23447}=77}$$になります。(上の表を見ると$${C_1=100}$$です。念のため)


先程の、「シンプルな変動費と固定費を使った製造コストの推移」を思い出して下さい。

学習効果

左側が「シンプルな変動費と固定費を使った製造コストの推移」で、右側がそれに上記の計算式$${C_n=C_1 X^{-a}}$$を使ったものです。

これを実際に使ってみたものが以下の表とチャートです。

オレンジ色の曲線が、学習効果により想定される生産費用の予想です。

ここまで来ると、「あれ?やっぱり大量生産すれば1個当たりの生産費用が安くなるじゃないか」と思う方がいらっしゃるかもしれません。

しかし、現実としてはそう旨い話ばかりではありません。

規模の不経済と言う罠

「現実」が何かといえば、例えば単純な話、「生産量を2倍にして、何の影響も無いのか?」と言う話です。

もちろん、現場には大きな影響があります

つまり、現場には効率良く動ける限界と言うものがあり、そのラインを超えると逆に生産効率が悪化していきます。

例えば、実際に増産するためにラインに負荷を与える実験をし、以下のような結果になったとします。

すると、製造量が1200個を超えたあたりから緩やかに製造コストが上昇し、1600~2000個当たりで急増するようになりました。

この実験データから、実際の生産量と費用の関係を調べたいと思います。
この時、Excelで近似曲線を描く機能を使えば非常に便利です。

近似曲線を出力する①
近似曲線を出力する②

この機能を使えば、先程の散布図が以下のように変わります。(※近似曲線にを赤色に変更し見易くなるよう加工しています)

Excelで出力した近似曲線と数式

ちなみに、この数式は費用関数$${C(x)}$$が出力されていることになります。

また、$${R^2}$$は信頼度が出力されています。
つまり、この数式にある通り製造コストは、生産量Xが増える度に、
$$0.0037x^3-10.992x^2+10846x-683076$$ずつコストが変動する信頼度(正確性)は73.44%だという意味です。

実際に変動費+固定費+学習効果+規模の不経済を計算してみる

例えば以下のような基準値があったとします。

これに、先程の$$0.0037x^3-10.992x^2+10846x-683076$$を与えるとどうなるでしょうか?

見えないかたは、拡大して下さい…

だいぶ見づらいですが、基準生産量1,000個から2,000個へ増産すると、73.44%の確率で赤字になることがわかります。

また、これをチャートにすると以下の様になります。

変動費+固定費+学習曲線+規模の不経済

だいたい1450個当たりが、利益が最も取れる水準であることが予想できます。

以上の内容から、「生産量の増加が必ずしも、製造コストの低下と結びつくものではない」ことがわかると思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

本来であればもう少し管理会計的な部分に踏み込みたかったのですが、結構マニアックになってしまったため、悔し涙を飲んで省略しました。

上の表にもある通り、限界費用の説明もしたかったのですが、そこも削ってしまったため、違う回で改めてご説明できればと思います。

もしよろしければ、もう少しマニアックではない事業計画書の書き方を書籍にしておりますので、ご興味のある方は是非ご一読下さい。













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