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#2. 新弟子検査

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あと2センチ足りない。


仁王の富士が鷹花山に負けた時、僕の夢は決まった。
力士になる。
仁王の富士の弟子になって、鷹花山に勝つ。
仁王の富士の仇は僕がとる!

別に相撲が好きだったというわけじゃない。
仁王の富士のファンでもない。

たまたまだった。
たまたまテレビを見たら相撲がやっていて、ちょうど仁王の富士と鷹花山の取組だった。
ちなみに相撲を見たのはその時が初めて。

だけどなんか・・
痺れたんだ。

一瞬で惹きつけられた。

その2日後、テレビを見ながら夕飯を食べていたらニュース速報が流れた。
『横綱仁王の富士が引退を発表』って。

なんか・・
運命を感じたんだ。

たまたま見た相撲がそんな大きな取組だったなんて・・

その日から四股を踏んだ。
力士といえば四股だから。

ぺたんぺたん。

朝と夜、50回ずつ。
四股は相撲の基本だから。

ぺたんぺたん。

ご飯もたくさん食べるようにした。
身体をデカくするため。

ぺたんぺたん。

仁王の富士の弟子になるため。

ぺたんぺたん。

鷹花山に勝つため。

ぺたんぺたん。

仁王の富士の部屋、一重部屋に手紙を送った。
弟子にしてください。と書いて。
返事が来た!部屋に遊びに来なさいって!

夏休み、一人で行った。
仁王の富士に会った!
大きい。カッコイイ!

力士になりたいです!と僕は言った!
仁王の富士は僕を見て言った。
待ってるぞ!って!

でも、ひとつ問題がある。
身長・・
力士になるには新弟子検査に受からないといけない。
身長があと2センチ・・足りない。

でもまだ大丈夫!
僕は今、中学2年。卒業までまだ1年ちょっとある。
あと2センチぐらい、すぐに伸びるだろう!

仁王の富士にも、たくさん食べて大きくなりなさい!って言われたし!

その時は一週間、部屋に泊まらせてもらった。
本物の廻しを着けて、稽古場にも下りた。
四股の踏み方を教えてもらった。
さすがに本物は違う。音が違う。

どすんどすん。

力士の胸にぶつからせてもらった。
重い・・全然押せない。

チャンコも食べた。
やっぱり夏でも鍋だった。美味しい!
これを食べると大きくなるんだな・・

とにかく一週間、稽古してチャンコ食べて、あっという間に過ぎた。
家に帰ってからも四股を踏んだ。本物の。

どすんどすん。

朝と夜、100回ずつに増やした。

どすんどすん。

ご飯もたくさん食べた。

身長を伸ばすため。

ちなみに父さんも母さんも僕が力士になるのを賛成してくれた。陽助が決めた事だからって。
母さんは「高校は出たほうが・・」って言ってたけど、一重部屋に体験に行ってからは何も言わなくなった。

それからすぐに1年たった。
もう中学も卒業する。

ちなみに学校の先生にも友達にも力士になる事は言ってある。
みんな応援してくれている。

あれから毎日四股を踏んでいるし、同級生と相撲を取る事もある。
負ける事もあるけど・・プロになればすぐに強くなるはず!


中学の卒業式の前に一重部屋に入門した。
新弟子検査を受けるため、大阪に行くんだ。
学校の方は出席日数が足りてるから卒業見込みって事で大丈夫らしい。

卒業式には出れないから、クラスで僕だけお別れ会をしてくれた。みんな応援してくれた。ちょっと泣いた。

部屋に入ると同期の人が8人いた。
同じ歳が6人、歳上が2人。
みんなデカい。
僕が一番、背が低い。

あれから身長は伸びた。
1センチだけ・・

あと1センチ。

検査は来週。
一週間であと1センチ・・

体重は大丈夫。
規定の体重を超えて今、75キロ。

だから身長・・あと1センチ。

検査までの一週間。
朝は稽古場で四股を踏んで、ぶつかり稽古をして、チャンコ番を手伝って・・もうお相撲さんの生活。

やっぱり一週間はあっという間に過ぎた。

新弟子検査の前日。
夜のチャンコの片付けしてる時、同期の武田がため息をついた。
明日・・おれ大丈夫かな・・

武田は体重が足りない。いつも65キロぐらい。

「木幡・・お前、身長は伸びた?」

「たぶん・・あと1センチだから・・伸びてると・・思う。」

「おれは体重だから、検査の前まで食べたり、水飲んだりでなんとかなるけど・・お前は身長だからキツいよな・・」

そうなんだ・・身長伸ばすのは難しい・・

さっきも兄弟子の峯富士さんに「検査の前に頭ぶん殴ってタンコブ作ってやる!」なんて言われたけど・・冗談に聞こえなかった。

今、幕内にいる舞の山は身長が足りないから頭にシリコン入れたらしいし・・

でももう明日だしな・・

チャンコの片付けが終わると峯富士さんが「新弟子はすぐ寝ろ!」と言った。
「特に木幡、起きてたら背が縮んじまうぞ!」なんて・・

もう寝よう。
起きてると不安になる。

朝になった。
今日は検査だから、新弟子は廻しは着けないで部屋の掃除。
着物に着替え稽古場の親方、兄弟子達に新弟子検査行ってきます!と挨拶をした。

一重親方に、「身長測る時、しっかりと胸張って立つんだぞ!」と声をかけられた!

そうだな!胸を張ろう!

峯富士さんに連れられて検査会場である大阪の病院に行く。
着物に下駄は歩きにくいし、やっぱりまだ恥ずかしい。

病院にはもう他の部屋の新弟子達・・僕らと同期の力士達がいっぱいいた。
峯富士さんが手続きをしてくれて、みんなに検査表の入った封筒が配られた。
封筒には日本相撲協会って印刷されてる!

もう細かい説明みたいのはなく、順番でどんどん検査を進めていくみたいだ。

まずは身長から。

身長・・いきなり山場だ・・

身長・・大丈夫かな。

身長・・あと1センチ。

身長・・伸びてるかな。

もしも伸びていなかったら・・不合格。
力士になれない。
仁王の富士の弟子でいられないし、鷹花山とも対戦出来ない。
不合格だったら、どうなるんだろ?
家に帰されちゃうのかな?

イヤだ!
力士になりたい!
仁王の富士の弟子でいたい!
鷹花山と対戦して・・勝ちたい!!

一重部屋、木幡!

名前を呼ばれた。
僕の番だ。

目を閉じて深呼吸をした。
大きく・・大きく・・
ちょっとでも身長が伸びるように・・


声が聞こえた・・

親方の声だ・・

「しっかりと胸張って立つんだぞ!」

そうだ・・

胸を張ろう・・

胸を張って・・

仁王の富士の弟子になろう・・!


「身長検査、合格!」


あと1センチ・・伸びた。

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