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#11. 秋場所

お相撲さんの食事の事を「ちゃんこ」という。

「ちゃんこ」と言えば鍋を想像する人が多いと思うが、それは違う。
もちろん、鍋が中心ではあるが、カレーの日もあるし、焼き肉の日とかラーメンを作る時もある。

鍋だって醤油味や味噌味の日もあれば味付けはしないでぽん酢やタレを作って食べる時もある。

ちなみに相撲部屋のぽん酢って手作りだって知ってた?これがまた美味いんだ!スーパーで売ってる味ぽんなんて比べモンにならないよ!

お湯に出汁昆布入れて野菜と豚肉を湯がいて、このぽん酢で食べたらサイコーに美味い!
豚ちりっていうんだけどね!どこの部屋でも作る鍋だと思うよ!

部屋でちゃんこを作るのは当番制で3〜4人ずつの班に分かれて毎日交代で作る。いわゆるちゃんこ番。

そして、そのちゃんこ番を取り仕切るのが「ちゃんこ長」。
昼も夜もちゃんこ場に立って毎日のメニューを考えたり冷蔵庫や倉庫の中を見て、野菜や肉とかの状況を把握しておくというかなり大変な役目。

それが俺の仕事!

俺は一重部屋に入門してからもう10年になる。
出身は岩手で小学校の時から相撲をやっていて、で一重部屋の後援会の人にスカウトされたってカンジ。

一応、5年で幕下まで上がって順調に行ってると思っていたら、アキレス腱切っちゃって一気に番付外まで落ちた。
1年くらい休んで復帰したけど、それからは三段目の上位から真ん中を行ったり来たり。
やっぱりまだケガした所が痛む時があって稽古もしっかり出来ない。
だから稽古はいつもその日の体調に合わせてマイペースでやって、それからちゃんこ場に入る。


「おい、ヤジマ!今日の朝飯はなんにする?」

ちゃんこ場に入ると早速、部屋のマネージャーのヨシオさんから言われた。

朝飯って言うのはまず、ちゃんこ番の俺達だけで何か作って食べる事。たまに朝から良い肉とか魚の差し入れが入る事があるから、ひと足お先に焼いて食べたりしてる。まぁ役得ってヤツ。

「昨日、サンマがいっぱい来たんですよ!焼きますか?」

「おぉ!いいねぇ!北海道から?」

「はい!」

秋といえばサンマだよな!
相撲部屋には日本全国から新鮮な魚、肉、野菜とかが差し入れされる。
特にウチのような親方が元大横綱で人気力士だったような部屋なんかはスゴい!
サンマも親方の地元の北海道から毎年デカくて美味いのが届く。

ちなみにマネージャーのヨシオさんは元一重部屋の力士で親方より三年くらい後輩らしい。
ずっと親方の付け人をしてたんだけど、親方が横綱になった時に引退して、運転手をするようになって、そのまま部屋のマネージャーになったんだとか。
要するに一重親方の右腕的存在でメチャクチャ信頼されている。

入門したばっかの時はヨシオさんがコワくて、ちゃんこ場なんか行きたくなかったんだけど、最近は優しくしてくれるようになった。

「おざーっす!おっ!サンマ焼いてんの?美味そうだなぁ!」

床山のイチさん、ご出勤。

「オッス!イチ!お前の分もあるぞ!」

だいたい朝のちゃんこ場は俺とヨシオさんイチさんともう一人の床山のタカさん、あとは呼出しの新弟子の重太で、もうしばらくしたら稽古を早上がりした新弟子達が手伝いに来る。

「重太は?」

「今日から国技館の土俵築きです」

呼出しさんには土俵をつくるって仕事もあって、今日から呼出しさん達総出で国技館の土俵づくりが始まった。

そう、もうすぐ場所が始まる!

番付発表があって、それから二週間後に場所が始まる。
それまでに呼出しさんは土俵をつくり、オレら力士は稽古をする。

朝飯が終わってしばらくした頃、親方が稽古場に下りてきた。

「おいヨシ!今日、田中さんが10人くらい連れて来るって・・」

「了解!田中さんなら、キムチ鍋だな!」

場所前になると稽古見学のお客さんが多く来る。
稽古を見てから、親方とちゃんこを食べる。
だから、それに合わせて献立も決まる。

もう今は慣れたけど、お客さんが来る日のちゃんこ番は本当にイヤだった。忙しいとヨシオさんの機嫌が悪くなったりするから。こういう時に限って新弟子がミスしたりするんだよな?


そんなこんなで、あっという間に二週間が過ぎて、もう今日から初日。
今場所の番付は三段目の十ニ枚目。先場所、結構勝てたから、そこそこ良い位置まで上がった!今場所も良ければ幕下に戻れるかな?

でも最近は三段目の真ん中くらいだと、それなりに勝てるのに上位に行くと必ず負け越す。

もう、そのくらいの力しかないのかな?そろそろ限界なのかもしれないな、とも思い始めてもいる。

やっぱりケガをすると力が落ちるというか、思いっきり出来なくなってくるんだよな・・


一重親方は今、相撲協会の理事で審判部長の役職に付いている。
微妙な判定で物言いが付いた時に「只今の協議について説明します・・」って言う人。
あと取組を決めるのも審判部の仕事で毎日、会議がある。
だから、場所中は稽古場には下りずに朝食でちゃんこを食べてから国技館に向かう。

って事でオレは場所中は朝、ちょこっと四股踏んで新弟子に軽く胸出して、すぐちゃんこ場に行って親方の食事の準備をする。

親方が食事する時は近くに立って給仕をする。
いつもは他の力士達がやるんだけど場所中は今みんな稽古してるから、大体オレがやる事になる。

親方と二人っきりの空間は緊張する。

「サンマ、焼いたの誰だ?」

親方は魚の焼き加減に厳しい。

「自分です。」

「ふんっ!」

親方はあまり人を褒めない。

でも、こうやってニヤリと鼻で笑う時は悪くないって事はわかってきた。

「足はまだ痛いのか?」

「は・・い」

「痛いんなら、休め!大丈夫なら、しっかり相撲取れ!」

「は・・い」

「毎日、ちゃんこ番やる為に部屋に入ったのか?」

「いえ・・」


親方って、たまに人の心が読めるんじゃないか?って思う時がある。
こっちが思っている事とか悩んでる時とか、ふとした時にそういう事を言われる事がある。
あと親方から直接じゃなくても、おかみさんに「なんか親方が気にしてたよ?」とか言われたり。

やっぱり横綱まで上がるような人って、そういう感覚が鋭かったりするのかな?

本場所の取組は朝九時前頃から序ノ口、序二段と番付順に進んでいく。
オレが相撲を取る三段目の上位は大体昼過ぎくらい。

国技館まで歩いても行けるんだけど、やっぱり相撲取る前に疲れたくないからタクシーで行く。まぁ、かかっても千五百円くらいだから何人かで割り勘にすれば大した事ない。

支度部屋に入ってトイレとか済ませて少しゆっくりしてから廻しを付けて四股を踏んだりして身体を温める。

今日の相手は・・

「大丈夫なら、しっかり相撲取れ!」

!?

今、親方の声がしたような?

順番が近づいてきたら花道の方に行く。

昼過ぎになるとお客さんも増えてきてるから拍手とか聞こえて館内も少し賑やかになってくる。

自分の二番前の取組になったら土俵に向かう。

オレはこの時、アキレス腱を伸ばす。復帰してからのルーティン。

「大丈夫なら、しっかり相撲取れ!」

・・・

土俵下に座ると向かい側に相手がいる、この時メチャクチャ睨んでくるヤツとかいるけどオレは気にしない。一度相手をチラっと見たらもう見ないようにしている。

いよいよ自分の番になり土俵に上がる。

まず相手と向かいあって一礼。
花道の方を向き柏手を打って四股を左右一回ずつ踏む。
二字口という徳俵の所に蹲踞をして塵浄水。
これは取組前に手を清めるっていうのと武器を持たず素手で闘うという意味があるらしい。

十両以上の関取は塩を撒いたり、仕切りも何度か繰り返すけど、オレ達三段目とかは塩は撒かずに仕切りも一回だけ。だからすぐに時間いっぱいになる!

立ち合い!

うっ!相手の方が当たりが強い!

一気に土俵際まで持っていかれた!

しかもケガをした左足一本で残っている・・

もうダメだ・・

力が入らない・・

「毎日、ちゃんこ番やる為に部屋に入ったのか?」

!?

突き落とし!

オレも倒れたけど、相手が先に落ちた!

軍配はこっち!

オレの勝ちだ!

勝ち名乗りを受けて花道を下がる。

足は・・大丈夫!痛くない!


なんか久しぶりだな。

いつもは土俵際、しかも今日みたいに左足一本で残るような時にはすぐに力を抜いて土俵から出ていた。

やっぱりまたケガをするの怖いから。

だから土俵際で倒れ込むなんて相撲は久しぶりだった。


取組が終わると付け人の仕事があるヤツはそのまま国技館に残って各自の仕事をするけど、オレはまっすぐ部屋に帰る。夜のちゃんこの支度があるから。

東京の部屋で親方が夜のちゃんこを食べることはほとんどない。
部屋の上にある自宅でおかみさんや子供達と一緒に夕飯を食べたり、まぁ大体は飲みに行ったりするから。

でも場所中は後援会の人達が国技館で相撲を観て、その後部屋に来て親方とちゃんこを食べる時がある。
特に初日とか中日あたりの土日とか。

でも今、ウチの部屋には関取が三人いて、しかも仁王海山関は大関で、付け人も沢山付いているから、夜のちゃんこの準備は人数が少なくて大変なんだ!


そんなこんなで今場所ももう中日。

別に場所前はいつも通り軽めの稽古で上がって毎日ちゃんこ番やってただけだから特別調子が良いったワケでもなかったんだけど、今のところ負けなしの三連勝。今日勝てば勝ち越し。いわゆる給金相撲ってやつ。

オレ達、幕下以下の力士の取組は基本的には同じ星同士の力士が対戦するように組まれる。
もし二勝してたら次の対戦相手も二勝してるってこと。要するに星の潰し合いをしていって最後は勝ってる同士で対戦するようになる。

だから今日の相手は同じく勝ち越しがかかっている。モンゴル人力士の春馬ってヤツ。
身体は細いんだけど、廻しを取ると力が強くて投げ技が強い。

立ち合い。
ヤベっ!変化された!すぐに上手を取られて最悪だ!やっぱり投げが来た!ダメだ、左足だけじゃ残れ・・!?

「しっかり相撲取れ!」


相手の上手が切れた?ヨシッ!掬い投げ!決まった!勝った!

勝ち越した。しかも全勝だ。


勝ち越すと、部屋に帰ったら親方、関取、兄弟子達一人一人に「おかげさんで給金直しました」という挨拶をする。
でも親方は今日、国技館から部屋には戻らずにそのままお客さん達と飲みに行ったので次の日の朝、ちゃんこを食べてる時に勝ち越しの挨拶をした。

「ふんっ!サンマ焼いたの誰だ?」

「自分です」

「焼き過ぎだろ!」

「すみません・・」

どうしてだろう?
今場所は運が良い。

相変わらずほとんど稽古もしてないのにあれからも勝ち続けて六連勝。
もう来場所の幕下復帰はほぼ確実。
それよりも次勝てばなんと三段目優勝というのがかかっている。

ちなみに今のところ三段目の優勝争いは全勝が三人。
今日、オレと元十両の若竜さんが対戦して、もう一人は星違いで五勝のヤツと対戦する。コイツが負ければオレ達の勝った方が優勝。でも勝てば千秋楽に優勝決定戦をやる。

ちなみに優勝決定戦は幕内土俵入りの前にやるから、結構な観客の中でやることになる。
普段、オレ達の取組には観客なんてほとんどいないから、そんな中で相撲を取ってみたいとも思うけど、やっぱり緊張して相撲なんか取れないんじゃないかとも思う。

なんてことを考えていたら早くももう一人のヤツの取組が始まった!

アッ負けた!
これで全勝は二人だけ。優勝決定戦はなくなった・・違う!今日の取組が優勝決定戦なんだ!

ヤバい・・緊張してきた。

勝てば優勝・・

しかも相手は元十両・・

全然稽古してないんだけど大丈夫か?

またケガしちゃうんじゃないか?


ヤバい・・コワくなってきた。


花道から土俵に向かう前にアキレス腱を伸ばす。

心臓の鼓動が速すぎる。

なんか手足が痺れてきた?

土俵下の控えに座ると相手がもういる。デカい!

めっちゃ睨んでる・・コワい!

ひがぁぃしぃ仁王翼ぁ〜

呼出しさんに四股名を呼ばれて土俵に上がる。

アタマが真っ白だ・・

!?

「しっかり相撲取れ!」

もう、思いっきりいくしかない!


おぼえてない。

どんな相撲だったか、おぼえてない!

でも、勝った!

優勝したんだ!

元十両に勝ったんだ!


支度部屋に戻ったらウチの部屋だけじゃなく他の部屋の同期とか兄弟子達からもおめでとうと言ってもらえた!

NHKの相撲中継で優勝インタビューが放送される。
だから今日はすぐに部屋に戻れない。
でも親方は部屋で食べないから大丈夫だろう?

インタビュー、緊張して噛みまくった!
アナウンサーの藤田さんはオレが毎日ちゃんこ番やってるの知ってるから、今日のちゃんこは何ですか?なんて聞いてきた。だから味噌ちゃんこですって答えたら支度部屋で関取衆もみんな笑ってたって?

次の日。
親方がちゃんこを食べている。
給仕はオレ一人。

「おかげさんで優勝しました」

親方はオレをギロッて睨んでから

「稽古もしてないヤツが何で優勝なんか出来るんだ!」と言った。

「すみません」

「ふんッ!来場所、幕下戻るんだろ!」

「はい・・」

「ちゃんこ番なんかやってるヒマないぞ!」

「はい!」

「今日、サンマ焼いたの誰だ?」

「自分です」

「塩振り過ぎだ!」

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