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#12. 先発

大相撲の地方場所は年に三回ある。
三月、大阪。七月、名古屋。十一月、福岡。

初日の二週間前に新番付が発表されるので、その前日には相撲協会の親方や力士、行司等の裏方全員が現地入りするんだけど、先発隊といって、さらにその一週間前に先に乗り込む人達がいる。

地方場所の宿舎は大体がお寺とか大きな倉庫とかを借りて使わせてもらっているので、稽古場の土俵を造ったり、ちゃんこ場で料理が作れるようにセッティングしたり、寝泊まりをする部屋の掃除をしたり。

我が一重部屋ではマネージャーのヨシオさんが中心となって、4〜5人のメンバーが選ばれる。


今年の九州場所。
俺は久しぶりに先発隊に選ばれた。

ずっと大関の仁王海山関の付け人に付いていたから今まで先発隊には選ばれなかったんだけど、今年の初場所に大関が引退した事で俺はフリーの立場になったからヨシオさんが「行くか?」って声をかけてくれた。
ちなみに今回のメンバーは三年上の赤富士さん、一年上の仁王東さん、オレ、二年下の片岡と白川の五人。

はっきり言って九州場所の先発は良い!
なんてったってメシがウマいから!

先発隊は稽古もほとんどしない。そもそも土俵がまだ出来ていないから。
普段よりも、ずっとゆっくりに起きて四股踏むとか筋トレとかその程度の事しかしない。

それで午後に掃除とかちょっとして夜は遊びに行く。
そう!先発隊は天国なんだ!


福岡なんて、飛行機に乗っていけばアッという間に着く。
ちなみに普段なら地方場所へは相撲列車といって新幹線で移動するから福岡まで6時間近くかかって大変なんだ。
コレも先発隊の特権の一つ!

宿舎に着いて、軽く掃除してテレビとか洗濯機、布団なんかをレンタル業者に持ってきてもらったら今日はもうやる事がない。

九州場所の宿舎は鳥山八幡宮という神社の境内を借りていて、ここは親方が現役の頃から長く使わせてもらっているらしい。

そして今夜は神社の敷地内にある神主さん達の自宅で歓迎会を開いてくれる。
これも九州先発の恒例行事。

今夜は地鶏のすき焼き!
九州と言ったら、もちろん魚が美味いけど、地鶏もサイコー! 

「雪山!先発は珍しいんじゃなか?ケガでも、したとね?」

岩手県民の俺が言うのもアレだけど、福岡の訛りも独特だ。やっぱりその土地の方言を聞くと、今年も来たなぁって思えるよな。

ちなみに俺の四股名は仁王雪山。番付は三段目。
出身が岩手県の雫石でスキー場の近くだから、この四股名にした。

「いえいえ、大関が引退して付け人外れたので・・」

「おぉ、そうか!海山も親方やけんね!」

神主さんは師匠の一重親方より少し年上だけど、まだまだ若くて話しやすい。お酒も好きで、ほとんど毎晩部屋のちゃんこを食べながら酒を飲んでいる。

「ただいまー!あっ!いらっしゃい!」

神主さんの娘の優香が帰ってきた。

優香は俺と同い年の20歳で大学生。
なんと医学部に通っているんだって!

「おぉ!ちょうど良い、みんなと一緒に晩飯食え!」

俺は中学卒業して部屋に入ったから、もう五年になる。優香も明るい性格で、なんか幼馴染みたいな感じになっていて、

「タカヤ、大きくなってない?なんかお相撲さんってカンジがする」

とか、普通に言ってくる。
ちなみにタカヤってのは俺の名前。仲原タカヤ。

「優香だって、大学生だろ!考えらんねーよな!」

「うるさい!中卒!」

「うわっ!言われた!コッチはもう社会人だぞ!」

そんなこんなで歓迎会は楽しく終わった。


「仲原さん、相変わらずラブラブですね!」

片岡がニヤついて言ってくる。

「は?何が?」

「何がって!とぼけちゃって!優香ちゃんとですよ!ずっとラブラブだったじゃないっスか!いーな、いーなぁ!」

「おまえら、やっぱ付き合ってんだろ!」

赤富士さんもからかってくる。

「何言ってんすか!そんなんじゃないっスよ」

「いやいや、どーだか!」

九州場所になるといつも言われる。
確かに優香とは仲良いし、いつもあんな風に話しているけど・・そういう関係では絶対にない!

まぁ・・意識してないって言えばウソになるけど・・

「好きなんだろ?とりあえず告ってみれば?」

仁王東さん。

「いやいや、ムリっスよー!」

「なんだよ根性ねーな!」

女子会ならぬ男子会?相撲部屋は男だけで生活してるから、普段はこんな事ばかり話している。


次の日。

今日は稽古場の土俵築き。
土俵っていうのは呼出しさんが造る。
一門ごとに三人くらいの呼出しさん達がやっぱり先発隊となって各部屋の土俵を造りに来てくれる。もちろん俺達も手伝う。

土俵築きは先発の仕事のメインイベントだ!
タコとかタタキとかいうたぶん大昔から土木作業に使っているような道具で何回も土を叩いて硬くしてから俵を丸く入れて土俵にする。
東京の部屋の土俵も東京場所の前に必ず造り直すけど、その時は部屋のみんなでやるから結構すぐ出来る。でも先発は人数が少ないから大変だ!稽古したぐらいに汗だくになった。

土俵築きも終わって疲れ果てた俺は昼寝をしていた。

ハッ!と目が覚めるともう五時すぎ・・・

そういえばヨシオさんは今日飲みに行くから晩飯は適当にやっとけって言ってたな?

周りを見ると仁王東さんと片岡がテレビを見ていた。

「赤さんと白川は?・・晩飯どーします?」

「赤さんパチンコ。白川は親とメシ食い行った。ヨシオさんがカネ置いてってくれたから出前か弁当か?どっか行く?」

そっか、白川は地元だった。
先発隊は地元出身のヤツがいれば、大体選ばれて時間があれば親に会ったり一泊ぐらいなら家に帰ることも許される。

「うーん・・どーしよ?」

宿舎から歩いてすぐの所にホカ弁とかコンビニがある。

「なんか、テキトーに買って来ましょうか?」

片山が言った。

「そだな!片山、一緒に行くか!」

東さん。

「はい!」

じゃ、俺は留守番。もう一眠りするか・・


ガラガラ

東さん達が出て行ってすぐに玄関が開く音がした。

「こんにちはー!」

んっ?

あの声は・・

「誰かいますかー?」

優香だ。

「はーい!いるよー!」

玄関に行くと優香が大きな袋を抱えていた。

「あっ!タカヤ!良かったー!誰もいないかと思った!」

「どうしたの?」

「これ柿!いっぱい取れたから、お相撲さん達にもあげようってお母さんが!」

神社の敷地内には大きな柿の木がたくさんある。

「おぉ!ありがとう!」

「あっ!土俵出来たんだ」

「おぅ!今日みんなで造った!」

「へぇ!新しい土俵ってキレイだよね!」

キレイ・・

「考えてみると、普通の家に産まれてたらこんなの見れなかったんだから、やっぱりウチの子で良かったなぁ!」

キレイ・・

優香って、こんなにキレイだったっけ・・?

「・・?、ちょっと、タカヤ?どうしたの?」

「・・えっ?」

「なんかボーッとしてない?」

「・・えっ?・・そうかな?・・ね、寝てたから・・」

「あっ!そーなんだ!ゴメンね!起こしちゃった?」

「いやいや!いーんだけど・・」

「じゃ、帰るね・・」

「あっ、あっ!その、あのさ優香!」

「ん?何?」

「あの・・その・・」

「ふふっ!なんかタカヤおかしい!どーしたの?」

「い、いや・・だからさ・・その・・ゆ、優香ってお酒飲めるの?」

「えっ?お酒?まぁ、一応・・少しかな?」

「じゃ、じゃあさ、飲みに行こうよ!」

「えっ??」

「明日・・はダメだ!あさってとか!」

「あさって・・?」

「い、いやゴメン・・ムリなら全然・・」

「あさって・・多分大丈夫だと思うけど、また明日連絡するよ!」

「えっ・・いいの?」

「うん・・とりあえず明日連絡するから!・・じゃあね!」

「あ、あぁ・・また!」

優香が帰って行った・・


俺はしばらくその場で立ちすくんでいた・・

ガラガラッ!

「うわっ!ビックリした!仲原さん何してんすか?」

東さんと片岡が帰って来た。

「・・えっ?・・あぁ・・柿」

「柿?」

その後、二人が買ってきてくれた弁当とかカップ麺とか食べたんだけど、何を食べたんだか覚えていない。


どうしよう・・

なんか、優香がスゴくキレイに見えて・・

見惚れちゃって・・

でもそれを優香に気づかれたくなくて・・

アタフタしちゃって、ごまかしてたら何故か飲みに誘ってた・・

しかもあさって・・

どうしよう・・

優香と飲みに行くなんて・・


次の日。

今日はちゃんこ場と倉庫の大掃除。

九州は魚とかの差し入れが多いから業務用の大きな冷凍庫や冷蔵庫が必要になる。
漁師の小山さんが業者から借りて運んで来てくれる。

小山さんは近所に住んでいて、一重部屋とは親方が大関に上がる前ぐらいから付き合いがあるらしい。

ちなみに今日の夜は小山さんの家に先発メンバー全員で呼ばれている。
今日はブリが大漁だったらしいから新鮮な刺身とブリしゃぶを食べさせてくれるそうだ!

相撲部屋っていうのはこういった後援者や応援してくれる人達のおかげで成り立っているんだってつくづく感じる。
関取だけじゃなく俺達若い衆も頑張って一重部屋を盛り上げて恩返ししていかないとだよな!

大掃除も終わって、みんなでテレビとか見てくつろいでいた。
小山さんの家に行くまで、まだ少し時間がある。

プルルっ!

俺のケータイが鳴った。

優香からのメールだった。

「明日、大丈夫だよー!どこに連れてってくれるのー(^ ^)」

ドキッ!

周りを見た。

・・誰にも見られてないな。

どうしよう・・

どこに行くって・・

ていうか、そもそも二人っきりで行くの?
いやいや、いきなりそれはマズいよな?

やっぱり、もう一人ぐらい誰か誘った方が良いかな・・?

どうしよう・・

・・・

とりあえず

「どこか、行きたいところある?」

と送ってみた。

すぐに返事が来た。

「うーん?明日、夕方まで授業だから西新あたりの方が良いかな?」

と、そこへヨシオさんが来て、

「おー、そろそろ小山さんとこ行くから準備しとけー!」

と言った。

俺は優香に「OK」とだけメールを返して出かける準備をした。


小山さんの家は歩いて10分くらい。
小山さんの家に上がる時には必ずやる事がある。

「風呂場行って足洗ってこい!」

お相撲さんはいつも裸足で生活してるから足の裏が汚いんだ・・

テーブルの上にはブリしゃぶと刺身と鳥の唐揚げとか美味しそうな料理がいっぱい!

そしてたくさんの酒!
小山さんは毎日、親方と飲みに行くぐらい酒が強い!やっぱり漁師さんは船に乗るから酒にも酔わないんだ・・毎年、小山さんの家に呼ばれると、お相撲さんは誰かしらいっぱい飲まされて潰される。

小山さんや神主さん達と話すと親方の昔の話を聞かせてくれるから面白い。
特に小山さんとはほぼ毎日一緒に釣りに行くから本当に仲良しなんだ。

「大将も若い頃はヤンチャやったからなぁ!」

親方を現役の時から知ってる人達は大体、大将とかニオウと呼ぶ。
どっちもカッコ良いし、親方らしいあだ名だと思う!


今日、小山さんに潰されたのは白川だった。
最初はゲラゲラ笑いながら酒飲んでいたんだけど、その内喋らなくなって、グラングランと揺れていたから、そろそろヤバいかな?と思っていたら案の定バタンっ!と倒れて、そのままイビキかいて寝てしまった。まぁ、食ったモン戻したりしなかったから良かったものの、たまにそういうヤツもいる。そうなったら片付けるのはオレ達だから、それだけが心配だったけど・・

帰りはタクシー呼んでオレと片岡で白川を詰め込んで何とか無事帰ってこれた。

疲れたー!
150キロの白川を運んだら酔いも醒めたよ!

次の日

今日はもう特にやる事がないから朝から廻しを付けて稽古場に下りた。といってもまだ土俵が湿ってるし、土俵に敷く砂も届いてないから相撲の稽古は出来ない。

四股を踏んだり、腕立てとか筋トレしたり。
でもやっぱり土俵の上で四股を踏むのは気持ちが良い!

二時間くらいやってひと汗かいて終了。
ちょっと休んでいたところに赤さんとヨシオさんが買い出しから帰ってきた。

今日からちょっとずつちゃんこを作っていくから肉とか野菜とか買ってきてくれたんだ。

毎日、ちゃんこばっかり食べてるとたまにはホカ弁とかカップ麺とか食べたくなるけど、そればっかりだと今度はまたちゃんこが食べたくなってくる。

・・・

・・・

って、そんなことはどーでもいい!

今日の事を考えないと!!

結局、昨日は今日の事、何も考えられなかったんだ!

どうしよう!

まずは何から考えるんだ?

・・・

店!

そうだ、どこに行こう?

いやいや、それよりも二人きりで良いのか?

・・・

・・・

やっぱり・・

いきなり二人きりっていうのは・・

よくないよな・・


誰か、誘ってみよう・・?

今はみんなでちゃんこを食べている。

「赤さん・・今日もパチンコっスか」

「・・?んーそうだな・・」

するとヨシオさんが
「出てんのか?オレも今日ヒマだから一緒に行くか!」


「東さん、今日夜どーするんスか?」

「えっ?オレ?なんで・・?」

「い、イヤ・・別に・・」

「片岡は・・電話番?」

「いえ、今日は白川が電話番っス」

「夜はどーすんの?」

「えぅ?よ、夜スか?え、えーと・・」

片岡が急にモジモジしだした・・

「何?何かあんの?」

「い、いえ・・あの・・東さんと・・」

すると、東さんが、
「今日、ちょっとオレと片岡で出かけんだけど・・なんならオマエも来る?」

ふーん・・二人で出かけるって事は・・アレだな・・

「イヤ、俺は大丈夫っス・・」

そうか・・
白川は電話番だから出かけられないし・・

結局、俺一人か・・

まぁ・・しょうがない。

店は・・

西新が良いって言ってたよな・・

西新なら知ってる店がいくつかあるから大丈夫だろう。

「今日、何時頃になる?」

優香にメールを送った。

「7時前には行けると思う!」

すぐに返信が来た。

よし。もう覚悟を決めた。

今日は優香と二人きりで会う。


西新のバス停で待っていたら優香が来た。

「お待たせ!ゴメンね!」

「べ、別に・・あっ!あっ!他に片岡とか誘ったんだけど、みんな用事があるって言うから、俺一人だけなんだけど・・大丈夫かな?」

「?ふーん、全然大丈夫だけど?」

「あ・・そーなんだ・・」

「それで、どこ連れてってくれんの?」


店はちょっと目立たない所にある自然薯専門店。
ヘルシーだし、お好み焼きとかボリュームのあるメニューもあるから、結構良いんだ!

「へぇー!こんなお店があったなんて知らなかった!さすが、お相撲さん!良いトコ知ってんねー!」


優香はビールは苦手とか言って、最初から芋焼酎のロックを頼んでいた・・って!メチャクチャ酒強いんじゃないの?

「い、いつも家とかで飲んでんの?」

「うーん?そうでもないけど・・でもたまにお父さんに誘われて飲むかな?」

・・やっぱり血筋か?

「お相撲さんは毎晩飲むの?」

「いや、そんなことないよ!って俺もそんなに飲む方じゃないし」

「あっ!そうなんだ!なんか毎晩、宴会やってるってイメージだった」


なんて、そんな当たり障りのない話がしばらく続いた。


「タカヤ、なんか今日あんま喋んないね?」

「え・・そう?ごめん!退屈?」

「ううん、そうじゃないけど・・」

正直、キンチョーしてる。
心臓のドキドキが止まらない。

な、なんか喋んなきゃ・・


「や、やっぱり学校の友達とかと飲み会とかすんの?合コンとか?」

「えー?合コン?しないよ!飲み会とかはあるけど・・でも授業とか実習とか大変で、そんな元気もないかな・・」

「そうなんだ・・医学部だもんな・・やっぱり大変?」

「うーん・・大変!もう毎日、いっぱいいっぱい」

「でもスゴいよな・・俺、勉強なんか全然ダメで子供の頃から相撲しかやってなかったから・・」

「えー!タカヤの方がスゴいじゃんそれで今、お相撲さんになったんだから!しかも仁王の富士さんの部屋で!」

「・・うーん・・まぁとりあえずは何とか続けてられてるけど・・」

「続けるってスゴい事だよ!だって、毎年この季節になると一重部屋の人達がウチに来てくれるけど、何人かの人は辞めて来なくなっちゃうじゃない?あぁ今年はあの人いないんだぁって思うとやっぱり寂しいよ!」

「そうなんだ・・」

「今年はタカヤ、来ないんじゃないかって実は毎年心配してる」

「えっ!そうなの?」

「・・ふふっ!冗談!・・でも半分本気・・かも」

「・・・」

「でもね、大学でも辞めちゃったり授業とか来なくなっちゃう人、結構いるのよ!」

「えっ!マジで?勉強難しいから?」

「うん・・それもあるけど・・プレッシャーっていうのかな?自分にこんな事、出来ないって・・」

「・・・」

「やっぱり医者だからね・・病気や怪我はもちろんだけど、人の命もかかってくる仕事だからね・・」


考えてみると、優香とこういう話をするのは初めてだった。
いつも冗談言ったり下らない話ばかりで・・
だから、もっと優香の話を聞きたくなった。


「優香は何で医者になりたいと思ったの?」

「えっ?・・突然どうしたの?」

「だって、今まで聞いた事なかったじゃん?」

「そうだったっけ・・?」


なんか優香がモジモジしだした?


「え・・?なに?なんか言いにくい話?」

「いや・・そうじゃないんだけど・・」


顔も真っ赤・・?


「え・・優香、どうしたの?急になんかおかしくなってない?」

「・・そ、そんなことないよ」

「・・いや、別に言いたくないなら言わなくてもいいんだけど・・?」

「恥ずかしいんだけど・・」

「何が?」

「・・・」

「・・・」


「実はね・・」

「うん・・?」

「親方なの・・」

「親方?」

「そう・・仁王の富士さん!」

「は?何の話?」

「だから!私が医者になろうと思ったの、仁王の富士さんなの!」

「はぁ?」


全然意味がわからない?


「ウチってね、私が産まれる前から一重部屋さんが九州場所の時に来てて・・もちろん前の一重親方の時で、仁王の富士さんはまだお相撲さんだった時なんだけど・・だから私にとって仁王の富士さんは親戚っていうか、年に何回かウチに来るお兄さんみたいなカンジの人だったの」

「はぁ・・」

なんかスゴい話になってきた?

「私、ちっちゃい頃、親方の事、ニオウちゃんって呼んでたんだよ!」

「ニ、ニオウちゃん・・」

「親方も私の事スゴく可愛がってくれて、いつも稽古終わってちゃんこ食べる時、私を膝に乗せて一緒に食べてくれたの!」


そうなんだ。親方はオレ達からするとメチャクチャ怖い人なんだけど、ああみえて子供が大好きで、お客さんとかが小さな子供を連れてくると、いつも遊んであげてるんだ。


「でも、ある日ね、親方が稽古で足を怪我しちゃった時があったの・・・」

「うん・・」

「で、私がちゃんこの時、いつものように親方の膝に乗ろうとしたらお父さん達に止められてね・・今日はニオウちゃんは足が痛いからダメだよ!って」

「・・・」

「それで私ね、泣きながら親方に言ったんだって!いたいのいたいのとーんでけ!って」

「えー!はははっ!」

「そしたら親方がね、もう大丈夫だ!優香が治してくれたから足が痛くなくなった!って言ってくれて、いつも通りまた私を膝に乗せてくれたんだって!」

「へー!」

「しかもその後の九州場所も優勝してね!千秋楽に私のところに来て言ってくれたの!優香が足を治してくれたから優勝できたんだよ!って!」

「へー!」

「私、その事、実はあんまり覚えてないんだけど、それから毎年親方が私を見るとその話をしてくれね・・なんか嬉しくて・・」

「・・うん」

「それから、なんとなく将来の進路とか考えると・・親方やお相撲さん達の怪我を治せるお医者さんになりたいな・・って考えるようになっちゃったの・・」

「へー!なんか面白いな!」

「ふふっ!恥ずかしいな・・お相撲さん達にこの話するの初めてだったから・・」

「そっかー!でも良い話だと思うよ!」

「ホント?ありがとう!」

「そっかー!じゃ、もしオレがケガしたら優香に治してもらおうかな!」

「ふふっ!いたいのいたいのとーんでけ!ってね!」

「はははっ!それで治ったらスゴいな!」


なんか・・

親方ってやっぱスゲーなぁって思った。


俺達が仁王の富士の現役時代の相撲を見て、その強さに憧れて一重部屋に入門するのはわかるけど、優香みたいな普通の女の子の将来にも影響を与えちゃうなんて・・

親方ってやっぱスゲーなぁ・・


それからは2人とも酒が回ってきたのか、俺もキンチョーがほぐれてきてたくさん喋るようになった。

俺が親方やヨシオさんに怒られた話とか、兄弟子の誰々さんが最近、フラれたとか・・。


そんなカンジで俺と優香の初めての2人飲みは終わった。


帰り道。
2人で歩いて帰る事にした。

時間はもう11時前。
こんな時間に優香と2人で外を歩くなんて初めてだった。
優香の顔をチラ見すると、ちょっぴり赤くなっていた。

「もう、明後日には親方もみんな来るんだよね?」

「うーん、そうだな・・そしたら稽古も始まって、すぐに九州場所だよ・・」

「場所が終わったら、もう帰っちゃうもんね・・なんだか、いつもあっという間だな・・」


「ま・・た・・」

「・・ん?ごめん、聞こえなかった・・?」

「・・いや・・あの・・また・・」

「あれっ!あれ!アレ!あれっ!」

!!!

「アレー!仲原さん!・・と優香ちゃん?なんで?なんで!なんで2人が一緒にいるの?」

片岡と東さん・・・マズい・・イヤな人達に見つかった・・


ていうか、西新から部屋までは一本道だし、みんな出かけるっていったら大体西新方面だから、こうなるのは当たり前だったんだ・・

「ちょっと、ちょっとぉー!仲原さん!コレ、どーゆーことですかぁー!」

「仲原ぁ!お前、今日は朝からなんかおかしいと思ってたんだよなー!お前らやっぱり!」

・・・な・・なにも言えない・・

「おい!うるせーヤツらがいると思ったら、お前らかぁ!」

ヨ、ヨシオさんと赤さんまで・・!

「ん?なんで優香まで、ここにいるんだぁ?」

「ヨシオさん!聞いてくださいよー!仲原さんが・・」

片岡ぁ・・テメー覚えとけよ・・

「なにぃ!お前らコノヤロー!そういう関係なのかぁ!」

「いや、ヨ、ヨシオさん・・ちが、違うんで・・」


こんな俺らのやりとりを楽しそうに笑いながら見てる優香の笑顔はメチャクチャ可愛いかった。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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