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#10. 巡業

巡業の朝は早い。
毎朝、5時前には起きて荷物をまとめてホテルから出る。そしてみんなでバスに乗って巡業会場まで行く。着いたら廻しを締めて稽古が始まる。
会場は大体、市の体育館とか大きなイベント施設。靖國神社とか屋外の時もあるけど今は屋内の方が多い。まだお客さんは入っていないからスゴく広く感じる。

巡業の稽古はオレ達、幕下以下の力士は大勢で申し合い稽古が中心となる。

申し合い稽古ってのは簡単に言うと勝ち残りで勝った力士が次の相手を指名出来るって事で、沢山稽古したいヤツは勝ち続けないといけない。
そもそも巡業の稽古は人数が多いから最初に指名してもらうまでが大変だ。
でも、普段は他の部屋の力士と稽古出来る機会は少ないからたくさん出来るように頑張りたい。

7時位になると十両以上の関取達も会場入りして稽古を始める。
オレ達は関取や親方の付け人として巡業に出ているので、稽古をしながら付け人の仕事もこなす。関取を出迎えて廻しを締めたり、テーピングの用意をしたり。

8時にはお客さんが入って、稽古も関取達が中心になるから、オレ達は支度部屋に戻って髷を結い直したり、関取の風呂の用意をしたりで忙しくなる。

やっぱりお客さんが入ると会場も賑やかになる。
関取達も人によっては会場内をブラブラしてサインや写真撮影、握手とかファンサービスをする人もいるし、もちろん稽古がメインだから集中してる人もいる。

大関・横綱が入ってくると盛り上がりもピークになる。
高岩一門の横綱、寿関はやっぱりデカい!
ハワイ出身力士で初めて横綱になった人で、正直顔はコワイけど、性格はスゴく良い人。
オレが付け人に付いている仁王海山関は大関だから巡業も本場所でも支度部屋はいつも横綱の近くに開け荷を置いているんだけど、よく話しかけてくれる。たまに日本語がおかしくて何言ってるのかわからない時があるけど、聞き直すと怒られるから、そういう時は笑っておく。そうすると「なぁに笑ってんだ!」とニコニコしながら言ってくる。

関取達の稽古が終わると、土俵ではちびっ子相撲の稽古や相撲甚句や初っ切りとか巡業ならではの事をやる。
その間、オレ達は関取の風呂入れと食事の給仕、でオレらも風呂入って食事をする。
食事は大体、弁当とちゃんこ鍋。
昔は一門ごとにちゃんこ鍋とか、おかずに肉や魚を焼いたりしてたらしいけど、今は協会の世話人さん達が鍋だけはまとめて作ってくれる。

午後は土俵入りと取組がある。
オレ達も毎日ではないけど、取組に入っている時がある。
巡業の取組ははっきり言って番付には関係ないから、思いっきり手を抜く人と、これも稽古だとしっかりやる人といる。
オレはしっかりやりたいんだけど、相手によっては嫌がられる場合もあるからその時の状況による。

取組が終わった関取達はすぐに着替えてバスに乗り込む。オレ達も急いで荷物を運んでバスに乗る。そして次の巡業地に向かう。

ホテルに着いたら晩飯食べて、近くのコインランドリーで洗濯する。そしたらもう次の日も早いから、すぐに寝る。そしてもう朝。

毎日これの繰り返し。


「おい!河田、明日お前の地元だろ?どうすんだ?」

海山関に聞かれた。

そう、明日はオレの地元の秋田で巡業がある。

「はい!一応、親とか観に来ますけど、それくらいです。」

「なんだよ、帰んないの?」


巡業では、出身地の力士は許可を取れば帰らせてくれたりする。
特に今回の東北巡業では普段、本場所のない地方だから東北出身者の多くの力士が実家に帰っている。

「はい、ウチ体育館から遠いんで、なんか逆に忙しくなっちゃうし・・」

「そうか・・まぁ明日、家族の人達が来たらゆっくりしとけよ!」

「はい、ごっつぁんです!」


東京出身のヤツらは東京場所ごとに休みがあるからすぐ実家に帰れる。しかも安く!

名古屋、大阪、福岡の地方場所がある所の近くなら、ある程度は安く帰れる。

でもオレ達、東北出身者は正月とかに帰れる時もあるけど飛行機代だけでもバカにならない。
結局、今年の正月も帰らなかった。
だから、本当は巡業の時に帰りたいんだけど、でも巡業中は忙しい。
東京場所3回あるんだから、その内1回東北のどっかに変わらないかな・・?

まぁいいや、とにかく明日は久しぶりに父ちゃん、母ちゃんと妹の彩子に会える。


オレが力士になろうと思ったのは秋田巡業がきっかけだった。

相撲自体は小一からやっていて、ウチの近くの公園に土俵があって、元力士でちゃんこ屋をやってるジッちゃん先生が水曜の夕方と日曜の朝に指導してくれていた。

最初はそんなに興味はなかったんだけど、学校の友達何人かで通うようになって、遊びみたいなカンジで、あと稽古の後にジッちゃん先生の店で、でっかいおにぎりとちゃんこ鍋食べさせてくれるのが美味くて、それで何となく続けていたんだけど。小四の夏休みの時に秋田巡業のちびっこ稽古に参加出来るって話になって、みんなで行く事になった。
ホンモノのお相撲さんに会える機会なんて中々ないから楽しみだった!

一言で言うと圧倒された!

当たり前だけど、デカい!
稽古でぶつかったお相撲さんの胸の堅さって言ったらハンパない!
その頃にはオレのカラダも大きくなっていたけど、片手で持ち上げられて振り回された!

単純にカッコイイと思った!

お相撲さんになりたい!と思った!


その日から稽古の後のちゃんこの時にジッちゃん先生に相撲界についての話を聞くようになった。

そしたらジッちゃん先生、嬉しそうな顔で昔話をしてくれた。

なんでも一重部屋に入門して、横綱・仁王の富士より兄弟子らしかった!

「ニオウなんて、新弟子の時ぁ細っこくて弱かったんだぞ!オレは負けた事なかったよ!」なんて話は信用してないけど。

色んな話をしてくれて、「なんだぁコースケ!お前、力士なるんか?」なんて聞かれたから「なりたい!」と答えた。そしたら「じゃあ、ニオウに言っといてやる!」と言ってくれた!

はじめて仁王の富士の一重親方に会ったのは小六の時だった!
ジッちゃん先生の店に来たんだ!
「明後日来るから、コースケも紹介してやる!」って言われた時から緊張して勉強も出来なかった・・それはいつもだけど?


親方はカッコ良かった!

オレを見て、「お相撲さんになるの?だったらウチの部屋に来るんだよ!」って言ってくれた!

「中学に入ってもいっぱい稽古してカラダを大きくしなさい!」って言ってくれた!

ジッちゃん先生は親方の事を「ミツグ!」って名前で呼んでた!
親方は「この先生は昔強かったんだぞ!」と言っていた。ジッちゃん先生の言う事を少しだけ信じた!


一重部屋に入門する日、ジッちゃん先生に挨拶をした。

「今までお世話になりました!また顔出しに来ます」と言ったら、

「ばぁか!十両上がるまで来んな!」と言われた。

それからジッちゃん先生とは会っていない。

入門して何回か実家に帰った時もあるけど、ジッちゃん先生には会いに行っていない。
ジッちゃん先生もオレの親に言ってるらしい。

「弱い相撲取りは連れて来んな!」って。

だからオレも会いに行かない。

十両に上がるまではジッちゃん先生に会わない。




秋田巡業の朝。
自分の稽古も終わって会場を見渡す。

いた!父ちゃんと母ちゃん!それに彩子も!
元気だったかぁ?とか大きくなったな!とかそんな話をした。

大関が写真を撮ってくれてお土産に手形も渡してくれた。


巡業もそろそろ終わりでオレも忙しくなるから、最後にまた家族の所に行った。

父ちゃんが頑張れよ!って言ってくれて、そしたら母ちゃんが「これ、先生から預かってきた」と封筒を渡された。

ジッちゃん先生から?

中を見ると便箋に一言、

「早く、十両上がって顔見せに来い!」だって!

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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