第一回神ひな川小説大賞 大賞は 辰井圭斗さんの『イスマイール・シャアバーニ』に決定!
令和2年8月21日から9月21日にかけて開催された「第一回神ひな川小説大賞」は、選考の結果、大賞・金賞・銀賞、各評議員賞、ファンアート賞が下記のように決定しましたので報告いたします。
◆大賞 イスマイール・シャアバーニ/辰井圭斗
◆受賞者のコメント
「第一回神ひな川小説大賞は多くの素晴らしい作品が集まり怒涛の大氾濫が起こった大変楽しい川でした。そうしたなか大賞を頂けましたことをとても光栄に思います。受賞のお知らせを頂いた時には動転しました。これを書いている今も信じ難い気持ちでいます。企画を運営してくださった評議員のお三方、参加者の皆様、読者の皆様にお礼を申し上げます。最後に『ハッピーエンド』というテーマはとてもよかったです。なんと多様で魅力的な作品が集まってきたことでしょうか。「川って何?」という方もどうか講評と共にこの作品群をお読みください。よい出会いがきっとあります」
大賞を受賞された辰井圭斗さんには、秋池さんによるファンアートが進呈されました。
◆金賞
現代lemonismの諸問題とその超克について/上村湊
◆銀賞
『幸福が生まれた夜』/ボンゴレ☆ビガンゴ
◆各評議員賞
◆謎のハピエン厨賞 恋の話/坂水
◆謎の金閣寺賞 みひつのこい/灰崎千尋
◆謎の念者賞 まだイケる/マツムシ サトシ
◆ファンアート賞(作・ジュージさん)
◆テルクシノエーは泡と消ゆ/QAZ
◆龍王ここに崩ず/偽教授
◆みひつのこい/灰崎千尋
◆はるあらし/鈴野まこ
◆ファンアート賞(作・平山卓さん)
◆無人島お嬢様/木船田ヒロマル
◆教導師フィズィ・アランと青傘の天使/和田島 イサキ
その他、参加作品にファンアートを書きたい! という方や、この作品にファンアートを送りたいという方がおりましたら主催のTwitterまでご連絡をお願いします。
◆全作品講評
謎のハピエン厨
伝統と格式のKUSO創作甲子園本物川小説大賞のリスペクト企画、神ひな川小説大賞。みなさんお疲れさまでした。
総投稿作品数は122作と、数ある川系企画の中でも最多に並ぶ数字となりました。こうして盛況のうちに企画が終了できたのも、盛り上げてくださったり楽しんでくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございました。
また、川系の伝統に従って謎の評議員お二人にもご協力をいただきました。謎の金閣寺さん、謎の念者さん、本当にありがとうございました。
謎の金閣寺
参加された皆様、おつかれさまでした!
122作という数もそうなのですが、とにかく読みごたえのある佳作・力作・怪作がてんこ盛りで、とても楽しませていただきました! これは講評も生半可なものはかけないぞ、と、自然と身が引き締まりました。
ほとんどカクヨムにおけるレビューの体裁で書いたため、いちいちネタバレを気にしたりしているところもあるのですが、そういうものと思って読んでいただけたら嬉しいです。
謎の念者
皆様お疲れ様です。念者です。
合計122作品も集まったところに、みなさんの「熱意」を感じました。秋なのにまだ真夏のような暑熱を感じます。
講評書いてる間中はずっと「ちゃんと読めているんだろうか」「これでよいのだろうか」と苦悩続きでした。未だに自分の講評に万全の自信があるかと問われればそうではないのですが、とにもかくにも私の死体を踏んづけるつもりで読んでいただけたらと思います。
謎のハピエン厨
講評についてですが、主催である私が議長を務めさせていただきます、よろしくお願いします。
本物川小説大賞と同じく、それぞれ独自に講評をつけた三人の評議員による合議で大賞を決定し、その過程もすべて公開します。
以下から、エントリー作品への講評です。
※ 注意! 講評には作品のネタバレが多分に含まれているものもあります。ご了承ください。
謎のハピエン厨
今回の一番槍(スピードキング)は偽教授さん! 企画開始からわずか1時間30分で投稿してくるというcongratulationでしたね……。(本当にすごい)
筆が速いからといって決して物語自体が疎かになっているわけではなく、「かつて世界で最強であった存在は、いったいどれほど自らを誇りながら死んでいくのであろう」という妖精の期待をなぞらえるような物語の展開から、「知らんところには行きたくない。どこにも行けないのも嫌なのだ。幾年月を生きようとも、その思いはまったく変わることがないのだと、われはこの臨時の身となってようやく知った」という龍王の、孤高であるが故に語られることの無かった一面を聞かされた時は、少し寂しい気持ちになってしまいました。伝説だとうと神話だろうと、謳われるような存在になってしまえば共感とは遠いところにいってしまう。
「誰も、誰かの孤独に本当の意味で寄り添うことなどできん。われは長生きであるから、知ってはいるのだ」
これこそが龍王の悠久であり無為な人生を物語っている。ぼくは、そういう風に解釈できました。
そしてこの「悠久と無為」が、妖精の最期と見事な対比を生み出して、ありきたりで、平凡かもしれない一生の終わりを鮮やかに彩っている。
ハッピーエンド。それはもしかしたら、あきりたりで、平凡な人生のことをいうのかもしれない。そんな風に思いました。面白かったです。
謎の金閣寺
【終幕における幸せのかたち】
山とか谷とかもう陸そのものってくらいに巨大な龍と、その臨終に立ち会う羽目になった小さな妖精の、その対話とその後の顛末のお話。
いかにもファンタジーらしいファンタジー、というわけではないのですけれど(この言い方だときっと剣とか魔法とか冒険の旅のイメージが強そう)、でも「ファンタジーだからこそ」を目一杯使ったお話です。特に龍ことガイルベロンさんなんかは非常にわかりやすいというか、この体の巨大さに寿命の長さ、なにより生きてきた足跡のスケールの大きさなんかは、まず人間のそれとはまるで比較になりません。この大きさそのものがすでに魅力的というか、なんだか足元がソワソワしちゃうような壮大さをしっかり感じさせてくれるところが素敵です。
とにかく巨大で、小さな妖精や人間からはとても想像のつかない次元から物事を見つめてきた存在。本来なら対話など叶わないはずのその龍に、でも念話の力を持つ妖精の協力によって、初めて成り立った意思の疎通。それにより明らかになる龍の内心、いやあるいは望みというかむしろ性格そのものというか、その意外さがとても好きです。ややネタバレ気味の感想になってしまうかもしれませんが、ただこちらの予想や想定を裏切ってくるのではなく、その結果にとても共感させられてしまうところ。また対話相手としてそれを受ける妖精の感覚というか、その内心の変遷のコミカルさも面白かったです。期待から困惑、あるいは呆れのような感情になり、なんなら半ばツッコミ役みたいな役回りまで。こうしてみると龍も妖精も非常にキャラクターが立っているというか、性格そのものは自然な味付けなのに(極端なのはその大きさ小ささくらい)、でも造形そのものが実に生き生きとしている。この辺りが読み口に自然な味わいを与えているのだと思います。
そして、龍の最期とそれを踏まえての結末。余韻が美しいのもあるのですが、「ハッピー・エンド」という章題とあわせて考えると、より深みを感じさせてくれる幕引きでした。
謎の念者
一番槍レースと言えばこの方! といった印象の偽教授さん。「兵貴神速《兵は神速を貴ぶ》」を地で行く方です。毎回舌を巻くレベルで速いです。
今回はファンタジー小説で来ました。臨終の時の迫った最古の竜龍皇ガイルベロンと、その龍皇と意思疎通を図ることのできる妖精族のお話です。
全体的にしっとりとした感じの話運びで、巨大なスケールを持つ龍皇でさえも(というよりはだからこそ?)抱えてしまう死への恐怖や虚無といったものが寂しさを感じさせます。
「偉大にして無為なる生涯」というフレーズがとても気に入りました。何というか……ある種のニヒリズムというか、諦念のようなものを感じるんですよね。語り手の妖精族の「大した生涯ではなかったが、それなりに悪くない人生だった」というのと好対照になっているのもニクい構成です。しみじみとした読後感を与えてくれる良作でした。
教授さんは豊富な知識という強い武器をお持ちの方ですが、それだけではないという違った武器ものぞかせる一作でした。
謎のハピエン厨
惜しくも僅差で一番槍(スピードキング)は逃してしまいましたが、企画開始から1時間34分での投稿という凄まじい速を見せつけてくれた、こむらさきさんの作品です。
月が眠る夜に、僕は骨を空へ送る。という導入がまず美しい……。そして「逃げちゃおっか」という言葉がリフレインとして作用して、同じ言葉は、生み出されるたびに少しづつ意味を変えていき、核心へと迫っていく。そうした物語の進め方が非常に上手だと感じました。
ラストの正体が明かされる場面は衝撃的でした。銀狼としての自身を取り戻した彼が、今後、忌み払いの魔女であるメレナとどういう物語を歩んでいくのか。期待を胸に抱くようなハッピーエンドで非常によかったです。
メレナの描写がすごく好きでした。瑠璃色の瞳、そして月が眠っている夜みたいな髪……吸い込まれそうだと思った彼の心境にも頷けますし、鬣(たてがみ)という名前を冠する、ビジュアルに対する想像も捗ります。また最後の名付けのシーンは、まさにこの物語を象徴として語られているような気がして印象的でした。声が出なかったという伏線の回収が鮮やかで、この点も非常に上手いなと感じました。銀狼や忌み払いの魔女たちが、この世界でどういう風に存在しているのだろう、ともっと知りたくなりました。
登場人物の美しさと、物語の終わりへと導く解放のさせ方が非常に美しい、とても印象的なお話でした。
謎の金閣寺
【溜めに溜めた重苦しさの後、最後に拓けていく景色の美しさ】
終わりのない作業に没頭する『僕』と、それを「逃げちゃおっか」と逃避行に誘う何者かのお話。
たぶんネタバレが致命的なダメージになるタイプのお話ではない、とは思うのですけれど、でも個人的には予備知識のないまま読んでほしい、と感じたお話。というのも、もう本当に雰囲気がいいんです。普段はあんまり〝雰囲気〟なんて曖昧な(というか人によってたぶん想定するものの差が大きい)箇所を推したりはしないんですけど、でもこの作品に関してはそこを押してでも「雰囲気すき!」と言いたいというか、雰囲気という言葉でもなければ表せない何かを直接静脈に注射されてるような読み口がすごいです。
具体的には序盤における全体像のぼやけぶりの匙加減というか、個々の細かい要素要素にピンポイントでカメラを寄せて、そこから後追いで推測するような形で世界の像を組み上げていく、その感覚がとても面白いです。文章自体は非常に読みやすく、するする頭に入ってくるのですけど、でも(というか、なのに)読書感覚そのものはむしろ意図的にこちらに負荷をかけてくるというか、濃い霧の中をかき分けながら進むかのような感覚。この読み味、物語の中を進むのに自分で意識的に足を踏み出すような感じが、序盤から中盤の内容にぴったり合致している(あるいは合致しているからこそ重たさを感じる)ところが最高でした。
というのもお話の筋、というか中盤までに書かれているのは決して明るい物語でなく、むしろ読めば読むほどに押しつぶされそうになるほどの重苦しい現実。それを主人公の自覚すら一足飛びに超えて、読み手の感覚のレベルに直接伝えてくるみたいなこの書かれ方。主人公の置かれた境遇、彼自身の苦しみや周囲から浴びせられる悪意のようなものが、ただ伝わるばかりでなくもうどんどこお腹に溜まって、だからこそというかそれが故にというか、ようやく辿り着いた終盤の心地よさと言ったら!
特に好きなのは晴れやかな結末の、でも客観的には惨事が起こっていたりまた「逃げ」でもあったりするところ。きっと他人事として見たなら本来幸せではないはずのそれが、でも確かにしっかりハッピーエンドしているとわかる、その感覚が楽しい(というよりも嬉しい!)素敵な物語でした。
謎の念者
同じく速度に定評のあるこむらさきさん。今回は逃避を誘う少女と、使命感からそれを拒む主人公のダークファンタジーな話です。
まず目を引くのは描写の美しさ。「瑠璃色の瞳が悲しげに伏せられる。普段はきらきらとした星空みたいな瞳が陰ると……」というような少女に関わる美しい描写が光ります。それとは裏腹に、物語の展開は不穏さをどんどん増してゆきます。
そして待っていた結末。夜闇の下で明かされる真実とその後の二人(?)には息を飲みました。主人公が救われる、というのも単純にハッピーエンドですが、他者を使い潰して安穏としているような者たちが因果応報的に滅びに向かって行くのもまたハッピーエンドなのかも知れません(パニック映画でも黒幕や憎たらしい人物が怪物にさくっと殺される方がハッピーエンドみたいな所ありますし)。
夜闇の中を颯爽と駆ける彼らの行く末は果たしてどうなるのでしょう……暗雲が晴れた後の空のようなさわやかな読後感のある作品でした。
謎のハピエン厨
三番槍、狐さんの作品は、死神と出会ったある男性の物語でした。死神という要素が登場すると、お話がどうしても暗い方向に行きがちなのですが、そこはうまく操縦されていて、登場人物にとっての命題、「人生」と「ハッピーエンド」についてしっかり書ききっていると感じました。
主人公の心中は複雑です。振り返ってみれば幸せな人生だったけど、それはすべて死神によって演出された物語に過ぎなかったのではないか。そして、そんな人生を「幸せだった」と感じていいのか。しかし、彼の胸にはどうしようもなく「幸せだった」という実感がある……。
本当の最期には家族への想いと共に、「陳腐で見え透いた幸福な終焉、ハッピーエンドだった」で物語が閉じられる。複雑でありながらも、そう想って死んでいけることは、ぼくは幸せなのだと思います。死は本当になんの前触れもなく訪れます。必ずしも、誰もが家族に看取られて旅立っていけるとは限りません。ですからぼくは彼が幸福に物語を閉じられたと思っています。狐さんはサイバーパンクの世界だったり、登場人物のキャラクターから発せられる言葉を操るのが巧みな書き手さんだという印象があるのですが、今回はまた違った良さを感じさせていただきました。
ハッピーエンドについて考えさせられる、短いながらも深い物語だと感じました。面白かったです。
謎の金閣寺
【『ハッピーエンド』の主体と客体】
ネタバレを嫌うひとりの男性が、逆に平気でネタバレしてしまうタイプの男性と出会って、いろいろ揉めたりするお話。
という、上記の一文はほとんどただの導入部分でしかないのですが。でもこの『ネタバレ』という要素の使われ方がなかなか面白いというか、物語の入り口として機能しながらもガッチリお話の本質に食い込んでいて、思わずむむむと唸らされたような部分があります。
タイトルの通りこの物語は『ハッピーエンド』にまつわるお話で、そしてなるほど『ハッピーエンド』という概念は、その名前そのものが重大なネタバレの要素を含んでいる、という事実。いや普通に当たり前のことではあるのですけれど、でもそれを〝実際にやる〟とどうなるか、という形で物語にしてしまう、その発想そのものに小気味よいものがありました。
ここから先はややネタバレを含みます。
構成が面白いです。前編と後編でくっきりふたつに別れたお話。前編だけを見るとちょっとしたショートショートのような趣ですが、それを踏まえてさらに踏み込んでくる後編の感じがとても好きです。物語の芯というか、面白みを感じさせる部分の変調ぶり。オチの切れ味が魅力の口当たりの良いショートショートから、読み手の思考や感情を動かしてくるどっしり手堅い内容へ、というような。要は落差と言えばそうなのですけれど、でも別に前編後編で話が切り替わっているというようなことはなく、文章やお話はスムーズに連結した上でのそれというのが大変綺麗で好みでした。
さらにネタバレ気味になりますが、やっぱり好きなのはその後編で語られている内容。主人公に共感、というか彼の立場になって考えたときの(ここが地味にうまいというか、単純な共感でなくこっちから彼の身に立って考えるように仕向けられている感じがもう大好き)、このなんとも絶妙な座りの悪い感じ。隔靴掻痒というかなんというか、きっと非の打ちどころのない幸せな終幕なのに、でもそこに行き着くしかなかったこの状況そのものに納得できない感覚。ちょっと捻れたようなこの不思議な状態を、そのまましっかりひとつのお話の形に仕上げてしまう、その構造というか構成というかがとても美しい作品でした。
謎の念者
一番槍レース三番手の狐さん。神速勢だ……
ネタバレ否定派の主人公が酔った状態でネタバレ肯定派に絡んでしまうが、実はネタバレ肯定派の男は死神で、そいつは主人公の人生を操作し始めた……というような筋書きのお話です。「ハッピーエンドとは」という命題に正面から向き合い形とした作品と言えましょう。
主人公は(恐らく人類一般から見ても)幸せな形で生涯を送り、そして閉じることとなったでしょう。しかし、それは結局死神の干渉の結果に過ぎず、そのことが主人公に不快感を覚えさせ、単なるハッピーエンドとは一線を画した終わり方を感じさせます。
勿論人生というものは独立したものではありえず、常に他の存在からの干渉を受け続けるものでもありましょう。ただ、「他者の道楽のために」「単一の方向性に誘導される」という点がとても不気味で、不愉快なものだったのかな……と。私なんかは他者の操作の結果であっても不幸な人生を歩むよりはずっとマシではないか何て単純に考えてしまうのですが、実際にそういう目に遭ったものであればそう単純に割り切れるものでもないのかも知れません。「あぁ、とても楽しい、幸福な人生だった。だからこそ嫌なのだ」という独白が全てを象徴しているように思えます。
また、命が尽きようとしている主人公と太陽が没していくシーンの美しさも目を引く所でした。
狐さんは毎度思いますが「二者の思想的な懸隔や対立」を軸に話を動かすのが本当に上手いなと思います。もう芸の域だと思うのでこれからも突き詰めて尖らせていってほしいなと思ってます。
謎のハピエン厨
大澤めぐみ先生の作品は「すべて会話のみ」というテクニカルな構成のお話ですが、だからこそ二人の会話に生まれる軽妙さが、読んでいてとても心地よかったです。リズム感がすごくいいだけでなく、章ごとのオチも思わず笑ってしまうものばかりで好きでした。ぼくは「ッシュ……フッ! ……ンフッ!」と「やっぱ顔だけか!」が特に好きでした。
鈴谷さんのキャラがとても青春にマッチしていてよかったです。相手を揺さぶりつつ好きな人の情報を探ってみたり、七原の真剣さにちょっとときめいたりするシーンはとても可愛らしいと感じました。
終始二人の会話が面白くて、これは確かに居心地のいい関係だろうなぁと思いました。鈴谷さんはきっとこういう居心地の良さがどこかに消えてしまうことを心配していたのかもしれない、なんだかんだ七原との関係性を大切にしているのだろうなと思えた点も含めて、想像力が捗って、読んでいて楽しい気持ちになれました。
このお話のハッピーエンドは、グリフィンドールに50ポイントが進呈されたところだと思います。お題に対するアンサーを端的に、そして鈴谷さんらしさを出しながらオチとして纏めてしまう。これは流石の手腕と、にこにこしながら思わず唸ってしまいました。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【ポンポン進む掛け合いの気持ちよさ】
放課後の部室、鈴谷さんと七原くんの、とりとめなくまたフリースタイルな掛け合いのお話。
表題からも明らかな通り、対話の内容は愛の告白です。告白されてもいまいち乗ってこない感じの鈴原さんと、そこをどうにかとばかりに食い下がる七原くん。それが本当に対話オンリー、すなわち地の文ゼロのカギカッコのみで構成されているのだからとてつもない。なおキャッチコピーに『偏差値ゼロの』とある通り、お話そのものは非常にゆるくて愉快なコメディです。
パッと見て、というか読み始めてすぐ思ったのが、もうびっくりするくらいに読みやすいという点。実は個人的な癖というか不得手として、カギカッコだけが連続する文を読むとすぐに混乱してしまう(一対一の対話でさえどっちのセリフだったか見失う)ということがよくあるのですが、でもこの作品はそれがない。まったく迷うことなくすらすら読めてしまう。もちろん話し言葉の使い分け(方言とか)の工夫もあるのですけれど、でも明らかにそれ以上のものがあるというか、会話だけで内容がすっきり理解できてしまうこと自体がもう異常です。
地の文というのは会話分に比べて表現の自由度が大きいというか、結構いろんな無茶ができるからこそ使われている面もあると思うのですけれど、でもそれ抜きで物語が進んでいることの恐ろしさ。普通はできることではないと思います。どうやってるんだろうこれ……。
内容は、というかジャンルではラブコメとなっていますが、でも実質ラブを題材にしたコメディのような、いやもっと言うなら「言うほどラブでもなくない?」みたいなところがとても好きです。そこが軸でありこのふたりの核、たぶん一番美味しいところ。ラブというにはあまりに世知辛い、この七原くんの見事なまでの袖にされっぷり。でも同時に放課後の部室、ふたりっきりでこんな長時間楽しそうに話して、「いやなんだかんだで仲良いよねこいつら」となるところ。言うほどラブではないし一見そこまで甘酸っぱくもないけど、でも勝手に見出す分にはいくらでももじもじもドキドキもあって、とはいえそれはそれで下世話な気がして申し訳なくもあるような、このふたりの絶妙な距離感が好きです。
決してやりすぎず、といって淡白なわけでもない、しっかりそこに存在しているこのふたり。「好ましい」とか「好感が持てる」なんて言ったらなんか偉そうなんですが、でもそのニュアンスに近いところの「好き」感。安心して好きになれる空気が嬉しい、軽妙で楽しいお話でした。
謎の念者
毎度お馴染みのプロ作家の方。地の文はなく、一組の少年少女の会話を綴るセリフ劇の形で進んでいくお話です。
全体的にコミカルな雰囲気で、必死な七原くんと、気があるんだかないんだか……多分あんまりなさそうな感じの鈴谷さんのやり取りは笑いを誘います。鈴谷さんも気のあるなしに関わらず会話自体は楽しんでいそうでしたし、そういう変わらない日常というのも多分ハッピーなものなのだろうと思います。
正直言うとあんまり若い男女の惚れた腫れたってあんまり分からない所があって(私の消化酵素の問題です)、上手く講評が書けた自信がないのですが、地の文がないのにも関わらず特に取っ掛かりもなく読めてしまう読みやすさがあるのはプロのなせる技といったように思いました。
謎のハピエン厨
主人公が機械人形のハイネと「一緒に踊りたい」という願いを叶えるまでのお話。
だれもやらなかったことを自分がやる。そう決断するまでには少なからず覚悟が必要だったことでしょう。彼女が外側に搭載できた時の喜びと嬉しさは、こちらにも伝わってくるようでした。
ディスプレイの中から解き放たれ、二人だけの舞台に立った瞬間。そう、この瞬間を待ちわびていたかのように、彼女の口から放たれた「――――さあ、踊って。」という一文には思わず鳥肌が立ちました。特にこの最終章はキャラクターの描写が綺麗で、魅せ方が上手だと感じました。
これからの展開を考えると、二人の結末がどうなるかは分かりません。ただそれは些事のように思えます。夜が明けるまでの間、二人は確かに願いを叶えられたのですから。
ぼくはさまざまなハッピーエンドがあっていいと思っているので、「これはハッピーエンドじゃないよ~」とは言いませんし、むしろ重要視しているのは説得力の方だったりします。今回のお話ですと、登場人物の目的が明確に語られており、かつその目的の終着点をしっかり描き切っていますから、ぼく自身、これは確かに二人にとってのハッピーエンドを描いた物語なのだという風に納得できました。そして、そこには作者さんが描きたかった二人の関係性が内包されていることを、強く感じました。とてもいいお話でした。
謎の金閣寺
【超えられないはずの壁を飛び越えて辿り着いた先と、明けない夜のお話】
肉体を持たない人工知能の少女と、彼女に魅せられた『僕』のお話。
約3,500文字とコンパクトなお話で、その分量通り非常にシンプルにまとまった小品なのですが、にもかかわらず意外と食べ出があるというか、咀嚼すればするほど味わいが出てくるお話です。
物語の芯がしっかりしているというか、見方次第で結構いろいろな意味を読み取れそうな物語。個人的にはジュブナイルとして、少年の冒険物語のような感覚で読みました。設定そのものはSFなのですけれど、なんとなくファンタジーのような読み心地。
お話の筋はシンプルで、ディスプレイの向こう側の存在である『彼女』に、主人公が現実世界での依代を与える、というもの。画面のあちらとこちらがそれぞれ異界と顕界の役割を果たして、そしてその狭く不自由な〝あちら側〟から彼女を連れ出す行為。ボーイ・ミーツ・ガールでありまた囚われの姫を救い出す勇者のお話でもあって、この辺りの要素の重なり具合が本当に綺麗でうっとりします。加えて、とても優しい物語であるところも。ヒロインを救うのに強大な敵を倒したりこそしないものの、でも自身の技能に加えて長い年月を捧げることでそれを成す、というのが、静かながら思いの深さを感じさせるようで素敵でした。
若干ネタバレになりますが、この主人公の行為が完全な『禁忌』であるところがよかったです。というか、それがあってこそ上記のいろいろな意味がきっちり定まるというか。この世界の法はふたりが出会うことを認めてはくれず、でもそれを知っていてなお逆らうという決断。狭量な世界に対する反逆であり、また同時に逃避行でもあるというお話。特に好きなのがこの『逃避行』での彼女の活躍ぶりで、ただ自由な翼を与えてもらうばかりのか弱い存在でなく、その翼で彼を空へと誘う天馬でもあるという、この逆転というかただ守られるだけでないところに本当に惚れ惚れしました。
なにより大好きなのが、タイトルにもある『夜が明けるまで』の使われ方。というより、それによって著されているであろうもの。明けるまで、ということはすなわち、裏を返せば「明けてしまったら終わり」ということでもあるわけです。所詮は一夜限りの儚い夢と、つまりこの結末の先には朝が来るのだと、そう解釈することもできると言えばできるのですが。それでも最後に辿り着いた夜、その瞬間はもうそれだけで特別な、まるでこのまま永遠に明けることがないかのような、そんな強い言い切りで締め括られる物語(だって最後の単語がもう)。加えて、「踊り」というのも好きです。物理的な肉体を持たない彼女にとって、月明かりの下でのダンスが事実上の契りであるという、このジュブナイルをそのまま形にしたかのようなどこまでも優しい耽美!
沁みました。暗く寂しいはずの夜の闇の中に、優しい美しさを描き出してくれる素敵な作品でした。
謎の念者
違法と知りながら自らの望みのために機械人形に人工知能を搭載した主人公のお話。死刑にされるレベルの重犯罪に手を染めることを承知で望みを達成しようとする主人公の執念には末恐ろしい部分を感じなくもないですが、それ以上に一途な想いがひしひしと心に響きます。人が人ではないものに向ける一途な想い、いいですよね……(以前私もそういうテーマで書いたことがあるのでとても分かります)
そして、より一層目を引くのはラストシーン。元々は劇場だったと思しき朽ち果てた廃墟で踊る主人公と機械人形の姿は、廃墟が舞台ということで荒涼としたものを感じさせつつも、ただひたすらに美しく胸を打つようです。「誰もいない、月明かりが照らすステージで、僕はハイネと踊る。夜が明けるまで、ずっと。」この締めくくりはもう溜め息が出るほど美麗なものでした。
これからの二人の行く末は決して薔薇色とは行かないのでしょうが、望みを果たした、という点においてはまさしくハッピーエンドでありましょう。
謎のハピエン厨
多彩な作風をお持ちの鈴野さんが今回描いてくださったのは「ある犬と家族の物語」でした。読み終えたあとに、思わず泣いてしまいました。嵐の人懐っこさや、父親を大切に想っていたのだということがひしひしと伝わってきて……そう、エピソードのひとつひとつもまるで本当にあったことかのように、鮮明に湧き上がってくるのです。
父親の靴下を、こっそり隠していたのが明かされた辺りで涙腺は決壊寸前だったんですが、「馬鹿だなぁ」というセリフで完全に決壊しました。こういう優しい気持ちを代弁する「馬鹿だなぁ」っていうセリフに弱いんですよ。今回の場合だと、「大丈夫、そんなことはないよ」を代弁している「馬鹿だなぁ」だと解釈したのですが、このセリフの使い方が、すごくよかったと思いました。
私たちは嵐という幸せを得た。それは揺らがない事実なのだ。という言葉がありましたが、きっと嵐の方も、同じ気持ちで旅だっていったのだと、私は思います。ハッピーエンドの魅せ方が非常に巧みですね。とてもいいお話を読ませていただきました。
謎の金閣寺
【大きな喪失から始まる回帰の旅】
実家の母からの電話により、飼っていた犬の死を知った娘のお話。
ペットロスにまつわる親子のドラマで、冒頭一行からぶちかましてくる〝剥き出しの死そのもの〟がとても好きです。この、こちらに構える隙を与えずガツンと殴りつけてくる感じ。こういう早い段階で揺さぶりをかけてくる物語は、お話そのものが「引き込んでやろう」という意志を放っているかのようで、読む立場としてはそれだけで嬉しくなってしまいます。
お話の筋(というよりも作中で起こった出来事)自体は非常にシンプルで、飼い犬の死を受けて帰省した主人公が、そこで家族の中で犬を一番可愛がっていた父と言葉を交わす、というもの。つまり実際にその場にいるのは『娘と父』なのですが、でも直接書かれているのはあくまで『年老いた父と犬』の物語であり、娘であるところの主人公は実質的に語り部に過ぎない(少なくともお話の構造的な観点では)、というのが非常に面白いです。
ここからちょっと個人的な見解で申し訳ないのですけれど、これ実はかなり大変な物語だと思うんです。冒頭に堂々出てきて揺らぐことのない死。すでに過去のものとなってしまった存在というのは、もう手出しできないばかりか振り返れば必ず美しいわけで、つまり半ば反則級の〝出来事としての強さ〟がどうしてもある。喪失というのは生半なドラマでは乗り越えられないもので、したがって物語全体が冒頭一行を超えられないかもしれないというリスクを、でもその、なんでしょう、なんかしれっと超えてくるのだからびっくりします。えっ何これ……いま何されたの自分……?
いやもう、本当にすごいです。実際ストーリーテリングの大半が『父と犬』のお話で、つまりどうしても過去を振り返るばかりになるはずが(そしてそれではお話が喪失に負けてしまいかねないところ)、でもそれを見つめる主人公の存在——語り部のような役回りといっても、でも彼女がしっかりそこに〝いる〟という事実ひとつで、直接書かずに父と娘の距離を書き表してしまう。実際『主人公と犬』『主人公と父』という描かれ方はほとんどなく、でもそこに主人公がいるからこそ交わされる言葉や見つけ出される答えが、ふたり中の何かをしっかり前に進めているという実感。
惚れ惚れしました。実質ほとんど過去しか語ってないのに、でも前に進む物語。ここがもうものすごく嬉しいというか、ただ悲しいだけのお話にはしないしならないという、その一点がもうどうしようもないほどに大好きな物語でした。
謎の念者
タグにもある通りペットの犬との死別のお話です。
拾われた元捨て犬、嵐の死に直面した家族がその死を惜しみ悲しむ様を読んでいくと、一家が如何に飼い犬である嵐のことを思っていたかが伝わってきます。
捨て犬という苦しい境遇から一転、拾われた一家で大切にされ、最後は飼い主の一家にその死を惜しまれながら大往生する……といった嵐の顛末は(語る口を持たない犬から往生の間際に直接聞くことはできないにしても)確かにハッピーエンドと言えましょうし、嵐を拾った家族の方も、嵐と過ごした日々という思い出を手に入れたことは紛れもない幸福であったことでしょう。「私たちは嵐という幸せを得た。それは揺らがない事実なのだ。」という一文が全てを表しているのだと思います。
悲しいながらもほっこりするような、ハートウォーミングなお話でした。
謎のハピエン厨
謎めいた男が、ある二人の逢瀬を見守る物語。千石さんは、ホラーや死とむき合った作風を得意とされている印象だったのですが、今回のお話をみて本当に多彩な方だと認識を改めました。
平均気温が70℃を超えた未来、人々は天蓋の下で暮らしている。この世界感と設定がまず、すごくいいのですが、それだけでなく物語の構成や登場人物の言葉なんかにも、しっかり息づいているのが素晴らしいです。そしてオチが非常によかった。正直、ナツの正体がタイムトラベラーだったなんてまったく予想ができませんでした。SFってそういうことだったのか。男の正体に対する伏線の回収も鮮やかで、素晴らしい締めくくりだと思いました。
スノウとナツ。対照的な名前ではありますが、でも名前の根本には似通った想いが込められていたのかもしれません。そんな二人が出会えたことは、不思議で、だけど素敵な巡り合いなんだと思いました。
謎の金閣寺
【巧緻な世界を通じて語られる、寓話やおとぎ話にも似た一夜の夢】
地球温暖化が進みに進んだ未来、摂氏六十度以上の外気温が当たり前になった世界で、夜の砂漠をゆく耐熱服姿の女性のお話。
より正確に言いますと、女性と〝もうひとり〟の一夜の道行きの物語です。このもうひとりが事実上の主人公というか、少なくとも視点保持者ではあるのですけれど、この人の造形(というか役回り?)がすでにうまいです。
あまりに堂々たる正体不明ぶり。この人が一体どういう人物なのか、その情報がほとんど出てこないんです。もうひとりの登場人物である上記の女性、スノウさんから見てもその正体不明ぶりは同様で(初対面なので)、そのため彼女も主人公にいろいろ尋ねてはみるのですけれど、でもそのすべてを露骨にはぐらかす、という序盤の一幕。
これ好きです。「情報が伏せられていること」そのものを書くことで正体を気にさせる、この物語への引き込み方がもう見事でした。こんなにもあからさまなのに、でも興味の引き方としてはものすごく自然で、なにより気にはなってもモヤモヤはしない、というこの匙加減。謎は多くとも、でも口ぶりや振る舞いから自然に(読み手が意識しないうちに)伝わるキャラクター性はしっかりあるわけで、そして冒頭でここまで綺麗に乗せられてしまうと、あとはただ掌で転がされるより他になく……。
ストーリーやテーマ性に関わる部分、このお話全体を通じて描かれていることそのものも素敵でした。未来の世界を描いたシリアスなSF、という土台(あるいはガワ)の部分を隙なく組み上げたうえで、でもそのお話越しに叩きつけられるものの美しさ。童話やおとぎ話のそれに近い、というのは、少し個人的な趣味の入った感想かもしれませんけど。もう夜の砂漠を彷徨う絵面の時点ですでに美しくて、そのうえで辿り着いた物語の帰着点の、そのふんわり大きく包み込むかのような開放感。いや包んでるのに開放っておかしいですけどもう本当に綺麗で、ただあからさまに伏せられていたカードを開くだけでどうしてこんなにカタルシスがあるのかと、そう気づいたときにはガッチリ掴んで逃げられないようになっているのがもう本当にずるい。
正直とても説明しきれないのですけど、そこまでに溜めてきた末脚の威力だと思います。よく見れば丁寧に積み重ねられてきた、この世界の大切な断片たち。固有名詞の名付けや情景の書き表し方、果ては単語の選び方に至るまで。たぶん見えないところにも蓄積されてきたものがあるはずで、つまりはすっかりやられました。
巧緻を極めたシリアスな物語を通して見せつけられる、思いもしない読後感。ハッピーエンドに感じる心地よさの種類が、まるでおとぎ話の幸せな結末のような手触りであること。あまりにも綺麗で、その余韻の強さまでもが嬉しい、とても素敵な物語でした。
謎の念者
強烈で鮮烈なホラーや筆致を尽くしたゴア描写の印象の強い(勝手に私がそういう印象を抱いている)千石京二さんの作品。今度はSF小説です。
「西暦2580年。地球の年間平均気温は、七十度を少し超えたところだ」という衝撃的な設定が一話で開陳されます。この世界観がまた興味深くて、読み手を引き込んでいく力が大変強いです。四季の区別がなくなってしまったから季節を知らず、雪もない。それらはあくまで伝え聞いただけ、っていうのがこの世界を象徴するようで良いんですよね。綿が育たないというくだりも好きです。
主人公は何者で、どこから来たのか……という正体明かしのシーンでは思わず「おお」と唸りました。まさかそう来るとは思いませんでした……敢えて書かれていないスノウとジャンの行く末も、主人公が存在すること自体が暗に示していると言えましょう。
世界観そのものと、最後に明かされる衝撃の真実。一粒で二度おいしいSFでした。
謎のハピエン厨
とある殺人犯の物語。物語の後半で彼が、殺人心理学者の講義を聞いて救われた気持ちになった、という描写があります。世の中という不合理な世界を渡っていくには、あまりにも彼には孤独すぎたのでしょう。きっと彼の助けを求める声が、誰にも届かなかったから、人を殺すという選択を選んでしまったのかもしれない。ただ、どんな理由があったところで、人を殺していいという理由にはならないとも私は思っていて。正直なところ、私は読んでいて殺人犯Aに同情を覚えるというより、怒りの湧き上がってくる気持ちが強かったです。無関係な人を二人も殺しておきながら「あぁ。なんて、つまらない人生だっただろ」というセリフの出てくる時点で、自分の人生に思うところはあっても殺人という行為そのものに対しては後悔も反省もしていないのだなと。それだけ心の余裕が無かったという見方もできますが、決して共感はできないです。そういう意味では、確かに心を揺さぶられた物語と言えるでしょうし、殺人鬼というキャラクターを虚無的に描くことが目的だったとすれば、それは成功していると言えましょう。
最後に彼が決意した「存在証明」というのは、自分を正しく見てくれない世の中に対して、ということでしょうか。もしかしたら違う意味があるのかもしれませんが、私の読解力では意味を読み取ることが難しかったです。
この物語でいうところのハッピーエンドの解釈は悩みましたが、恐らく殺人犯Aである彼にとってのハッピーエンドなのか、もしくはハッピーエンドになろうとしてなれなかったという意味かもしれません。或いはもう少し救いのない見方が赦されるなら、殺人犯が一人世の中から減ったという意味でのハッピーエンドかもしれません。ここのところがもう少し定まっていると、読み手にとっても受け取れるものが明瞭になってさらによかったのではないかと思いました。まったく的外れなことを言っていたらすみません。
謎の金閣寺
【真正面から問いをぶつけてくる姿勢の力強さ】
いろいろどん詰まりの苦しい人生を送る少年が、白昼堂々通り魔事件を起こしてしまうお話。
現代ドラマ、それも相当に直接的なお話です。ある種の社会問題というか、この世の中の抱える重たい何かのようなものを、かなりストレートに叩きつけてくる物語。物語世界そのものは私たちの生きる現実となんら変わりがなく、また事件そのものも普通に起こり得る範囲のものであるため、例えば共感にせよ反撥にせよ、感想が我がことのように身近な感覚になるのが特徴的でした。テーマ性の部分にこっちを引き摺り込んでくる強さ。『読者』という安全な観覧席から、無理矢理リングの上に引っ張り出してくれる物語。
完全に主観のみで書かれているところが好きです。半ば主人公の言い分だけを聞いているような状態になるため、読んでいるとどうしても気持ちが反撥に傾いてしまう。もちろん起こした事件の凶悪さや、その動機の不明瞭さや身勝手さというのもあるのですけど。ですが、そもそもこの物語で描かれているのは、市井の人々の多くが抱くであろうその反感の、その中にどうしても含まれる〝切断操作〟——逸脱した人間を非人間化することで己を守る行為そのものなわけです。この辺りはもう本当にこれでもかってくらいに何度も書かれていて、例えばプロローグもそうですしまた終盤手前にもそんな一幕があって、なによりタイトルにすら含まれる『殺人者A』という、この呼び名そのものが切断操作の賜物なわけです。
この辺なかなか容赦がないというか、なにしろどっちの側についても納得できないものが残る。反撥なら保身のために主人公を切り捨てた有象無象と同じになるし、といって主人公に肩入れするのも、それはそれで身勝手な八つ当たりを正当化することになってしまう。この主題の部分から絶対に逃してくれない感じ、なんとしてもこちらに考えさせにくる姿勢の強さと真っ直ぐさが鮮烈でした。
また、主観のみを通じて書かれることでもう一点、それとは別の部分も好きというか、ある種の叙述トリック的な読み方ができるところも楽しいです。いわゆる〝信用できない語り手〟のようなものというか、実際この主人公は精神に不安定なところもあるようで、それゆえに生じる細かな感情の揺らぎ。例えばふと思いついて行動を翻す(もともとの予定を急にやめて凶行を決意する)ところや、自分でも全くわからないうちに凶器を所持しているところ。さらには別に取り繕う必要のない場面で、内心に「うるさい」と思いながらでも口では謝罪するなど、節々に見え隠れする支離滅裂さ。どうにも心許なく揺らぎつづける〝自己〟の、その最後に行き着く先。
結局、彼の望んだものは何だったのか? 答えの出ない問いのようなものまで考えさせてくる、強くて真っ直ぐな主題を感じる作品でした。
謎の念者
鬱屈とした人生を送る中で殺人衝動に目覚め、自分とは関わりのない人間を殺害してしまったとある殺人犯の独白で進むお話。
所謂ノワール小説というのでしょうか。その手のジャンルには造詣がそこまで深くないので上手く講評できる自信がちょっとないです(何年か前に新堂冬樹の「毒蟲VS溝鼠」を読んだくらいです)。
敢えて言うならば、彼は(そこに至るまでの環境が救いようのないものであったにせよ)すでに人間社会と相いれない、この世に居場所のない人間と化していたでしたでしょうし、これ以上苦しみを重ね、罪を重ねる前にこの世を去る決意に至ったのは意味ハッピーエンドと言えなくもないかも知れません。呂氏春秋にも「迫生は死に如かず」(間違った生は死に及ばない)という言葉がありますしね。
何というか私には難しくてあまり読み込めていないのかも知れないです。すみません。
謎のハピエン厨
SNSのリツイートからから始まった二人の恋の物語。失恋の腹いせに、フッた相手のペニスについてSNSに投下するという、「あ、これは絶対にヤバイことが起こるぞ」という予感をもたらすインパクトのある導入が素晴らしいです。だってもし自分のペニスについてクラスメイトが議論してたらと思うと、気が狂ますからね。そこに早漏の中折れ童貞野郎も追加された日には間違いなく精神が破壊されます。
この物語のハッピーエンドは恐らく「初恋相手の代替品としてではあるけれど、真夏に抱きしめてもらえた」というところなのだと思いました。真夏という人物の、初恋相手に対する信念を思えば、この恋は確かに成就が難しかったでしょう。だからこそたった一つの抱擁が、彼女にとっては決して手放しでは喜べないけれども、ハッピーエンドという形なのだ。それもまた確かに、幸せのひとつの形だと私は思いました。(的外れなことを言っていたらすみません)
個人的に非常に惜しかった点が一つだけあって、それは「憎しみでリツイートした真夏のペニスツイート」という最強パワーワードの使いどころです。後半の締めくくりにこれを使うのもそれはそれで悪くないのですが、せっかく素晴らしい言葉の発想をお持ちなのですから、いっそ初手からドカーーンと投入してほしかった気持ちがあります。こういう単体として凄まじい破壊力の単語は、初手に添えることで導入のインパクトがさらに増しますし、読み手を掴んで離さない強烈な牽引力になり得えます。あくまでぼくの意見ですが、もし次の機会がありましたらぜひ挑戦していただきたいと感じたところです。
謎の金閣寺
【ただの青春初恋物語では終わらない、生々しい肉の描写】
告白の結果見事に玉砕した高校生の少女が、その恨みからついやってしまった小さな復讐と、その後の顛末の物語。
全体を通じて、というかただお話の筋そのものを見たなら、思春期の少年少女の甘酸っぱい恋物語です。なのですけれど、でもただそれだけでは終わらないというか、所々に癖の強いフックが仕込まれているから侮れません。どの辺が、というとまあいろいろあるのですけれど、特にはっきり大きなところを二点挙げると、まずはこのお話が復讐という後ろ暗い行為から始まっている点、そしてもうひとつは予想以上に高火力だった性描写です。
冒頭から行われるえげつない行為。級友らの集まるSNSにおいて、とある男子に対する事実無根の悪評をばら撒く、という嫌がらせ。動機は復讐であり、主人公の少女『海野』はつい最近、先述の男子『真夏』に告白して玉砕していたのだった、というお話の筋。
なかなかにえぐみの強い滑り出しで、でも動機が逆恨みによる復讐であることが見えてくる段になると、それなりに共感……はしないもののでも「あー」となるというか、まあそんなこともあるよねとゴニョゴニョしちゃうような感覚。他人のしたことと思えばひどいとしか言いようがないんですけど、でも「もしこれが自分のやらかしたことだったら」と思うといろいろ言い訳できちゃいそうな感じ。やってることは陰湿な陰口で、それも身も蓋もない下ネタが飛び交う有様、恋愛劇をやるのに(これは読後だからわかることですが)いきなりこんなところから入ってくるわけですから、もうそれだけでいろいろ打ちのめされたような気分になります。
その上で、というかその流れのままに一気に畳み掛けるかのような、予想外の性描写。詳細は述べませんけど、強いです。半ば混乱するくらいの生々しさ。ある種のグロテスクさすら感じるくらいで、いやそもそも人の肉欲自体にグロテスクな側面があるといっても、しかしなにより凄まじいのはそれらの苛烈な要素が、そのまま主人公の中の甘酸っぱい恋と並び立ってしまっていること。この感覚、主人公の生きている世界を、わかりやすく翻訳せずに活写する書き方。
強烈でした。ガツンと頭を殴られたような感じ。私たちが物語の向こう、瑞々しい青春年代の少年少女に、つい求めてしまいがちな何か。それをことごとく裏切ってくれる——というか、裏切った上でのこのお話の筋。あくまで彼ら自身は青春の中を生きていること。予想外の方向から読み手の情動を振り回しにくる、なかなか容赦のないお話でした。
謎の念者
いきなりス〇ーキならぬいきなり下ネタから始まる本作。振った男のシモの事情をSNSに書き込むのはまずいですよ! 自分のブツに関する議論をされるの嫌すぎる……訴訟モノなんじゃないかと思ってしまいました。
全体的にはコメディテイストで話が進みます。ブツのサイズの議論を眺めた主人公が彼の主砲をアレしてアレするのを想像して子宮が疼き出す所などはエッチなラブコメ的な雰囲気を漂わせています。大きいブツって何かそれだけで笑えてくるのはなぜなんでしょうね……
叶わない恋ではあったけれど、一時の幸せを得ることができたのは確かにハッピーエンドなのでしょう。勿論、一概に喜ばしいといえるかというとそうでもなく、色々と複雑な心境ありきの上でしょうけれども。荒れ地の中で見つけた一輪の花のような幸福と言えましょう。
謎のハピエン厨
美少年と中国史に造詣が深いだけでなく、B級映画的な作風の得意という印象がある武州人也さん。どうやら今回は私の心臓をダイレクトに狙ってきたようですね……(実際ブッ刺さってる)
幼い頃から英才教育を受け、探偵事務所を経営しているメイスン・タグチの元に、国防長官から珍妙な知らせが届く。それは、ニューヨークに迫る恐怖の淫魔嵐を解決してほしいという依頼だった……。
この淫魔嵐というパワーワードが強くてもう好きなんですが、メイスンが当たり前のように対サメ戦闘を修めていたり、友人がプロのサメ専門家という設定がハチャメチャで好きです。こういう世界感をぽんっと出してくるうえにお話自体の整合性も違和感がなく、しかも面白いから恐ろしいんですよね……。
そしてラスボスの淫魔は、武州人也さんのお家芸的なキャラですね。思わずにっこりしてしまいました。
物語のラスト一行は圧巻でした。魅せますねぇ……。B級映画(サメ系)をご覧になったことのある人なら伝わると思うんですが、この一文、すごくいいですよね。あのクソ映画(検閲済み)時間と金をドブに捨てるような(検閲済み)まだ人類には早かった映画のラストを、こんな風に鮮やかな物語の終わりに組み込んでくる。お見事です。
終始、ぼくのツボにドストライクでハマってきた物語で最高に面白かったです!
謎の金閣寺
【タイトル+キャッチを目にした瞬間のときめき、忘れない】
突如ニューヨークを襲った未曾有の危機、大量のサキュバスを含んだ巨大ハリケーンと、それに立ち向かう男たちの物語。
混ぜるまでもなく危険物だったはずのコメディを、さらに混ぜるな危険のコメディにしてしまった恐るべき作品です。ていうか暴力。こんなの発想力を凶器にした殺人だと思います。
緊迫しているはずのドラマチックな状況に、でも明らかに場違いな〝サキュバス〟の一語を混ぜるだけで、もういろいろどうしようもないことに。いやおそらくオマージュ元と思われる映画の時点ですでにどうしようもないのですが(サメの竜巻)、でもそのどうしようもなさをさらに上書き・倍増してくるこの発想。だって元が完全なインパクトの塊なのに、それに押し負けない出力という時点で相当な異常事態ですよ……こんなの思いついた時点でもう勝っている……。
いや本当すごいです。おそらく『パロディ』と言っていいくらいにネタ元を連想させるタイトル(及び設定)ではあるのですが、でもその魅力や面白み自体はパロディのそれではないんです。作品外の何かに依存しない、独立した作品としての面白さ。逆に言うと『独立してるのに綺麗に被せている』という、ある意味矛盾したことを同時にやってのけているのがすでにすごい。
お話の内容は徹底したコメディで、頭を空っぽにして楽しめます。わかりやすさと勢いがあって、その辺りは下敷きとしたモチーフ、B級サメパニック映画のそれをそのまま再現しているような趣を感じるのがとても好き。ジェットコースターのように進行していくスリリングな状況を、ただそのまま(そして細かいあれやこれやに笑いながら)楽しめばいい作品だと思うのですけれど、でも同時に意外としっかりした人間ドラマが描かれていたりするところも面白かったです。
主人公であるメイスン・タグチの来歴や境遇、そしてそこに生じる苦悩や葛藤など。それが本編の活躍を経て解決あるいは前進するなどして、つまりよく見るとしっかり物語しているのだから侮れません。バーバラの存在や父との確執、そしてマークに対する感情の変化等、むしろ分量の割にはドラマが多いくらいなのだからまったく恐ろしい話。
とまあ、すごいところや好きなところ、そしてコメディとしての笑いどころはいくらでもあるのですが。中でも一番好きなのは——若干ネタバレになってしまいますが、このお話のラスボスにあたる存在です。ある意味どんでん返しとも言える衝撃の造形(※場合によっては「やっぱり!」あるいは「待ってた!」かもしれません)に加えて、今までの淫魔に比べて破格の扱い。いやむしろその「今まで」の方が軽すぎるのですけれど、でも実際ハリケーンの中に何匹でもいる以上はそりゃ大安売りにもなるよね、というこの無常感。笑いました。それもこの笑ったという感覚に、謎の爽快感がついてくるような不思議な面白み。
凄かったです。心を鷲掴みにして離さない強烈なインパクトと、その傍らで丁寧に綴られる人間ドラマ。にもかかわらず『B級』っぽさを失わない、しっかりした芯のある作品でした。
謎の念者
某サメ映画とは関係ありません。サメは何処にでもいるので皆さん気をつけましょうね。
謎のハピエン厨
ホラー小説といえばこのお方、芦花公園さんの作品です。
ホラーを得意とされる書き手さんにとって今回のお題は難しいかもしれないと思っていたのですが、自らが得意とする筆致で読み手の意識を引きずり込み、かつハッピーエンドというお題に対して非常に説得力のある物語を描き切ってしまうその手腕は、流石の一言に尽きました。
両親を亡くし、親戚をたらい回しにされ続けたワーリカという女の子。彼女と父を繋ぐ縁(よすが)は、かつて語られた物語と歌だけになっていました。そんなある日、彼女の元に影が姿を表します。その正体は父かと思いきや……一体、なんだったのでしょう。彼女はなにを呼び寄せてしまったのでしょう。
しかし「本当はワーリカも分かっていた」という言葉が示しているとおり、これは決して父ではないと知りながらも、影と一緒にいるとき、ワーリカは確かに幸せだったと思わせます。会話の時間を邪魔されるのは、怒られるのも嫌だ――本当は、そんなに優しい父なんてどこにもいなかったと分かっているのに、そこに縁(よすが)を見出してしまうほどに、彼女は疲れ切っていて、もう、眠かったのでしょう。
ワーリカの不遇さ、いたたまれなさは、最期の瞬間になってようやく報われたのだと、私は思いました。「ワーリカはやっと、笑顔で、眠ることができる。」この一文を見た瞬間、思わず「よかった」と思ってしまいました。残酷な言い方になりますが、このままずるずる生きていても幸せになれるような女の子だとは思いませんでした。だから本人が望む形で死を迎えられたのなら、それが本人にとっての幸福なのではないかと考えさせられました。
家族の喪失から来る孤独、そして縁(よすが)を求める少女の姿を描き切った物語。じわりと心に広がって残る余韻があり、非常に深みのあるお話でした。
謎の金閣寺
【怪異に魅せられている人の心境とは】
両親を亡くし親戚に引き取られた不遇の少女が、散々にこき使われる日々の中で〝影〟と交流するお話。
ホラーです。と、完全にそう言い切ってしまうとたぶん語弊しかないのですけれど、でも相当にホラいです。ジャンルは現代ファンタジーとなっており、もちろんその通りの内容ではあるのですが、でも登場するものがどう見てもホラーのそれというか。だって作中の「影さん」がどう考えても〝あちら側〟の存在、読者の胸の奥をゾワゾワざわつかせてくれるタイプの何かなんです。つまり『読者に恐怖を提供することを主目的とする作品』という意味でのホラーではないのですけれど(たぶん)、でもそれ以外はホラーだと思います。手触りとか味わいとか。
で、その上でタグにある通りの「ハッピーエンド」をやってしまうのですからとんでもない。
以下はその結末に触れるためネタバレ込みの内容になります。
これがハッピーエンドしていること、そう読まされてしまうことがもう凄まじいです。だってこれ普通に考えたら絶対ダメなやつで、少なくとも〝あちら側〟に取り込まれているのは確実なはずで、つまり普通ならバッドエンドの要素しかないはずの幕引きが、でも一切の疑問も含みもなく「よかったね」と思える。しかもそれが自然になされているので最初はなんとも思わなかったのですけれど、でも考えれば考えるほどすごいというか、いやなんでしょうこれだんだん恐ろしくなってきたんですけど?
というのも、たぶんこのお話、ホラーとして(=読者を怖がらせるのを主目的とした話として)書いたらそのままホラーになっちゃいそうに見えるんです。
というか、現状でも結構ホラーしている。作中の「影さん」はざっくり言えば、主人公を苦境から救い出す超常的な存在としての役割を果たしているわけで、言うなれば「魔法使いのお婆さん」や「無敵のヒーロー」と同じ役回りのはずが、でもそんな要素は一切ない。救済をもたらす存在なのにポジティブに書かれていない。徹底してただ〝正体不明のあちら側の存在〟としてのみ書かれて、というかどう読んでも本当にただの怪異そのもので、にもかかわらずのハッピーエンド。あれっどういうこと? 自分はいま何を読まされた? いや読了時点では普通に(もちろん多少のゾッとするような手触りは残しながらも)「よかったー」ってなってたんです。でもこうして内容を意識的に振り返ってみると、どんどん困惑が増していく。
たぶんこれ、ほぼホラーそのものの話を「素敵ないい話」として読まされてるんです。でもですよ、だとすれば今の自分はもしかして、怪異に魅せられている人間と同じ状態なのでは……? そんな疑念が拭えないというか、いやすみませんやっぱりこれホラーだと思います。たとえお話自体がファンタジーであっても、彼女に取ってはそうだとしても、でも読んだ時点で一個上の次元でホラー化しちゃう……というか、彼女は救われたのに自分だけホラーの中にいるんですけど? おかしくない? おうち帰して?
いやもう、凄かったです。個人的な趣味に寄りすぎた読み方かもしれないですけど、本当に。
あと最後にどうしてもここだけは言いたいのですけれど、終盤点前で明かされる真実が好きです。本当は彼女自身わかっていたこと。眠いばかりの素直な子だと思っていたのが、でも突然開示されるあからさまな欺瞞。嘘そのものよりも「これくらいの嘘なら自然に吐ける」という事実、暗黙の何かを破壊するレベルの鈍器で頭を殴り付けられた瞬間の、あのびっくりするくらいの気持ちよさ。最高でした。彼女、ワーリカさんの眠りが永遠に幸せでありますように。
謎の念者
ホラーの名手芦花公園さんの作品。ほねがらみ早く読まなきゃ……
両親と死別し、売られた先の家で馬車馬のように労働させられる少女ワーリカが、とある影と出会い交流するお話。ワーリカが「父」と呼ぶその「影さん」の正体とは……
芦花公園さんのお出ししてくるハッピーエンドとはどのようなものになるのか……というのは以前から気になってておりました。いざ読ませていただくと、なるほど確かに作者の色が出ているな……と思いました。ここに登場する「影さん」は、神の視点で眺める読者にとっては不気味で恐ろしい存在なのですが、一方でワーリカにとってはたった一つの救いとも呼べるもののようで、そこの食い違いがまさしくホラーじみていて、作者の得意な武器で攻めてくるのを感じます。
「主観的なホラーは客観的なコメディである」というようなツイートを以前見たことがあって、実際殆どのB級パニック映画(特に特殊能力を持ったサメなど)はそんな感じなのですが、この作品は「客観的には恐ろしい妖怪譚であり、主観的には心温まる交流である」とでも言えるものでしょうか。だからこそ、彼女の結末も「これ以上の閉幕はない」という意味でまさしくハッピーエンドなのでありましょう。
謎のハピエン厨
主従関係の二人が、ハッピーエンドについて語り合う物語。ただメタ的な会話劇で終わらず、ラストでしっかりにっこりさせてくれたのが嬉しいです。お嬢様と従者の関係性はいいぞ……! そして従者側が一枚上手っぽいのもいいぞ……! 日頃の二人の関係性が浮かんでくるようなやりとりは、想像がたいへん捗って読んでいて楽しかったです。
あと、伏線に「そぶり」というルビを振るのはとても個性的で面白いですね。思わずぼくも真似したいなと思ってしまいました。
ラストの展開で、慌てふためくミヤコさんがとても可愛らしいです。普段はどこか男勝りな印象を受ける話し方からの、「ずるいぞー!」はずるいぞー!! こんなの可愛すぎるに決まってますねぇ!(嬉しい) きっと顔を真っ赤に染め上げながら囁いたであろう最後の一言も胸がキュンとしました。ふつくしい……(今にも消えそうな吐息の声)
この物語のハッピーエンドについては、もう言うまでもありませんね。どうか二人で末永く幸せに暮らしてください!!!(極大感情)
あっさりとしたライトな読み応えの中でも、二人の親しさが感じられる良い物語でした。
謎の金閣寺
【高校生主従百合ストロングスタイル】
文芸部の女子生徒ふたりが、ハッピーエンドをテーマにした短編小説について、いろいろ例を挙げたり論じあったりする放課後のひとコマのお話。
百合です。物語の一番根幹の部分に、大河のように流れる雄大な百合。基本的には少女ふたりのゆるい対話劇で、掛け合いの軽妙さやそこに含まれる関係性の妙、あるいは見えない距離感のようなものを楽しむタイプのお話として堪能しました。
お話の筋そのものは至ってシンプル、ふたりだけの登場人物に固定された状況(場所)、時制も遡ることなくまっすぐ進むという、短編の見本のような堅牢な書き方。とはいえ決してシンプルなばかりではないというか、むしろ総体としてはかなりの変化球のように思えるのは、やはりこの作品に仕込まれたメタ構造の仕業だと思います(メタフィクション、という言葉だと少し意味が違う感じ)。
作中の登場人物である少女たち、ミヤコとトモコの置かれた状況。「ハッピーエンドをテーマにした短編小説を書く」、より正確には「コンテスト参加のために内容を考える」という行動(目的)自体が、この作品そのものに対して入れ子のような構造になっていること。おそらく見た目以上に乗りこなすのが難しいこの構造を、でも危なげなくシュッとまとめていること自体がもうすごい。
思いっきりネタバレになりますが、このメタ要素はあくまで話の枕として、そしてある種の迷彩として使われているだけで、決してそれに頼りすぎないところが好きです。この線引きというかさじ加減というか、やりすぎないように気を配る上品さのような。
迷彩の裏からしっかりストーリーを盛り込んできて、その上で一切メタのないところで(つまり完全に彼女たち自身の物語として)ハッピーエンドしてみせること。搦手のようでいて最後にはきっちり合っている帳尻、その説得力というか爽快感というか、とにかくラストの心地よさが最高でした。いや本当、うまく言えないんですけどものすごく綺麗なんですよ。彼女たちと同じ次元で見ていたら何もないはずのところに、でも読者の視点だからこそはっきり読み取ることのできる見事なフェイント。
あとはもう、百合です。どこまでも甘酸っぱく瑞々しい思春期年代の恋。ちょっと面白いのがキャラクター造形の味付けというか、同じ学校の生徒同士なのに主従の関係でもあるところ。詳細には書かれていないものの、でも必要な情報だけはしっかり提供されていて、それだけにその関係性をついつい想像させられてしまう、そんなキャラの強さが楽しいお話でした。
謎の念者
ある種のメタネタともいえるお話。ハッピーエンドがお題の短編小説コンテストを取っ掛かりにして、そこから様々な文学作品を引いてハッピーエンドについて探求していく少女二人の会話で話が進んでいきます。「春琴抄」の話になった時の谷崎潤一郎の性癖の話を読んだ時には思わず「わかる~」みたいな反応をしてしまいました(谷崎の刺青好きです)。様々な近代文学作品の名前が登場しますが、特にその時代の文学に造詣が深くない方でも読めると思います。
最後の締めくくりは甘々な百合漫画のようなハッピーエンドで、読後感もさわやかでした。女の子が二人いたらくっつくのは世の習いです(暴論)
謎のハピエン厨
幼少期に孤児院を訪れ、自分が為すべきことを見定めたライラ。しかし男女の平等がまだ完全に浸透していないため、思うように政策に意見ができません。それでも彼女は、自分が為すべきことへ真っすぐに挑み続けました。
「王族だから、この国を変えることができる立場なのだから、逃げてはいけないのよ…………!」というこのセリフが、彼女の芯の強さ、そして目標に向かって真っすぐに進み続ける姿を象徴していて、思わず心がガツンと揺さぶられました。氷姫の二つ名とは裏腹に、彼女の瞳には静かに燃える炎が揺らめていて、胸には熱い気持ちが灯されています。このギャップが非常によくて、ライラというキャラクターがとても魅力的に映りました。
また、メルが大鴉へと変貌を遂げるシーンがカッコよかったです。変身の魔術が使い手が巨大なものに化けるっていうのが好きなんです。変身はデカければデカいほど嬉しい。
結果として国は滅んでしまって、興亡の行く末については見通しが付かない状況です。だけど、二人とも生き残ることができた。ならもう一度、違う形で、きっと一歩踏み出していける。そういう希望を感じさせる終わり方=ハッピーエンドが、とても綺麗だと感じました。
ひととおり読み終えてもう一度冒頭から読み直したとき、「これは確かに彼女らしい言い回しだな」と思わせるところもよかったです。面白かったです。
謎の金閣寺
【誰ひとり『正しさ』を捨てることはできない】
民衆の反乱により滅亡の危機に瀕する王国の、その第一王女の半生を綴った回顧録。
というか、思い出話というのが正確かもしれません。偶然知り合った迷子の少女に、おとぎ話という体で語られる物語。舞台設定としてはハイファンタジーで、いわゆる剣と魔法のそれというか、ワクワクできる要素もしっかり詰まっています。
内容はなかなか骨太で、国家規模の動乱を王女の目線から描いた物語です。民衆と王族の階級闘争、あるいは互いの正義がぶつかり合うお話。一見、主題の部分をストレートにぶつけてくるようにも見えるのですが、でもこれがなかなかに曲者というか、読んでいてどうしても〝ひっかけ〟のようなものを警戒せざるを得ない、視点の罠を駆使した書き方が特徴的です。
主人公である王女ライラと、その親友であり護衛役でもある魔術師のメル。すべての物事が完全にこのふたりの視点を通してのみ書かれているため、ほぼ一方の偏った言い分を聞いているにも等しい状況。ましてや王族ということもあり、どうしても脳裏にちらついてしまう「もしかしてダメな為政者と化しているのでは?」という疑念。いわゆる叙述トリックあるいは〝信用できない語り手〟の変奏というか、こういった手法で読み手の側からの積極的な考察を誘発する、その罠にまんまと乗せられた感じです。果たして正義はどちらの側にあるのか? いやそれぞれに異なる正義があるのですけれど、でも自分だったらどっちにつきたい? という、その問いをずっと考えさせられている状態。
結果どうなったかはまあ、是非本編で——というわけで、以下は思い切りネタバレを含みます。
物事の善悪、自分ならどちらにつくかの判断材料は、結局最後の最後までほとんど伏せられたままでした。ヒントがあるとすればこの物語が『ハッピーエンド』であると、そうキャッチコピーで予告されているところ。というのも、単純に結果だけ見たならこれ、まごうことなき悲劇なんです。
一度は自らが王女となり統治せんと思っていた国を、でも何ひとつ守ることができなかった、という結末。彼女の視点からは最後まで民衆は唾棄すべき悪として捉えられており、しかしおそらくは国外に逃亡したと思われる彼女の、その得た後日談(隠匿されていた蜂起の理由)の正確さは果たしていかほどのものか。いえわかります、さすがにここが誤情報というのは希望的観測がすぎると思うのですけど、でもせめてそうであってくれないとあまりにも救いがないというか、だって取り残された無辜の民草の今を思うとあまりにも……という、もはや完全な八方塞がりの状態。
さてそれでは希望的観測を捨てた上で、この物語をあくまで『ハッピーエンド』と読むなら? 王族という重荷から解放され親友と共に過ごす〝彼女個人の幸せ〟か、でなければ傲慢な王族を打倒し息を吹き返した〝国家とその民衆の幸せ〟と取るか。あちらを立てればこちらが立たず、このあまりにも残酷な二律背反。『ハッピー』のために差し出さねばならないコストの重さ、その容赦のなさに打ちのめされたような思いです。
内容、というか細かい一要素なのですけれど、玉座が好きです。座り心地の悪い椅子に腰掛けて、それでもなお平然としていた王。一度でもその座についていれば見えていたかもしれない『何か』が、あるいはそんな『何か』などどこにもなかったという可能性も含めて、しかしその機会もないままただ運命に翻弄されるしかなかった無情。結局何も確証のようなものは得られず、だからこそ考えても詮ないはずの『歴史のif』を望んでしまう、悲しくも壮絶な物語でした。
謎の念者
とある国家の動乱、その渦中で懊悩する王女と魔術師の異世界ファンタジーです。中国史が好きなので王朝と農民反乱みたいなお話だなと思いました。王女の視点を通して歴史上の王朝転覆(例えば秦と陳勝呉広の乱や、王莽の新と赤眉の乱のような……)劇を描いた歴史小説を思わせる造りで読みごたえがあります。反乱軍の目的もまた歴史上の反乱に似ていて現実的です。急激な改革で奪われた利権を取り戻すための反乱というのはよくある話ですし。あと高貴な血筋の者を担ぎ上げてシンボルマークにするのも「あるある」って思いながら読んでいました。
個人的に気に入っているのが孤児院の描写。割れた窓や雨漏り、雑草だらけの庭などは孤児院の現状を読み手に伝える描写として効果的であったと思いますし、その後の王女の施策の説得力を増しているように思えました。
結局、予想の通りハッピーとは行かない情勢となってしまったのですが、敢えてハッピーエンドを見出すとするならば二人が生きているという事実でしょうか。荒れた時代にあっても自由の身のまま命脈を繋いでいるというだけで幸いであると言えましょう。
謎のハピエン厨
男性同士の恋愛を描いた物語。ぼくはBLというジャンルに造詣が深くないので的外れなことを言っていたら申し訳ないです。そんな私ですが、非常に読みごたえがあるお話として楽しませていただきました。
まず、二人の関係性を描くというのが卓越しているように思いました。特に「言外の内に語る」というのが非常にお上手で、例えば「目じりに浮かんだ皺に見惚れそうになって」という一文からはコーヨーが先輩をよーく観察していることが伺えますし、後半の「だけど、青色の靴は僕に近づいてきて、大きな手が僕の腕をとる。」という部分は、俯きがちに歩いていること、ひいては、先輩に対する後ろめたさを感じているということを、読み手に共有させてくれます。
そういう言葉のテクニックが光っているだけでなく、コーヨーの感じる息苦しさを表現することもまた、卓越しているように思えました。とくに、結婚して苗字を改名したと過程した際のやり取りでは、「もう春と冬はなくていい。夏と秋だけでいい。」という率直な想いが、興奮とともに表されていますよね。きっと先輩が、自然な会話として触れてくれたことが嬉しくて、コーヨーにそう思わせるのですね。先輩にピアスの針を開ける、と想像して緊張するシーンなんかも見ごたえがありました。
これはあくまで一例でして、物語が進むにつれ様々な場面でコーヨーの緊張、不安、心配を、切実に読み手に訴え続けてきます。なのでぼくはもう、読んでいる途中気が狂いそうになりました。それだけ真剣に読まされる筆致が、強く印象に残っています。
お話の終わり方も純粋なハッピーエンドでありがなら、誕生石とピアスを絡めた、深く余韻が残るものとして仕上げられております。読後感が素晴らしい。とても良いものを拝見させていただきました。
謎の金閣寺
【まるで血の色みたいな恋】
同性の先輩に恋心を抱く後輩の男性が、いろいろ雑談しているうちにその先輩の片耳にピアス穴を開けてあげることになってしまうお話。
BLです。血がドクドク流れ出たままの生傷みたいな恋のありようを、これでもかとばかりにゴリゴリ叩きつけてくる恋愛劇。効いたというか刺さったというか、読み進めるごとに「オアアアアーーーーッ!」ってなりました。いーやーこれはつらい……どうにもならない強すぎる想いが、でもただの「片思いの切なさ」なんて概念では到底収まりきらず、湧き出るそばから全部自罰感情に変換されてゆく描写の痛々しさ。お、おい! 死ぬぞお前!? もういい休め!(休めません)(恋なので)
いやもう、ほんと凶悪でした。文章は一人称体で、それも主人公であるコーヨーくんの心情にかなり密着したもの、どこか歌の歌詞を思わせるウエットな美しさを感じる文体(節回し)なのですが、だからこそビリビリ伝わってくるこの擦り切れるような痛み! その根源は明らかで、「(思いを悟られることにより)好きな相手から強く拒絶されてしまうことへの恐怖」だと思うのですけれど、でもなによりすごいのが〝それが直接的に書かれていない〟ところ。
彼の意識はあくまで『平和な現状を壊さない』ことだけに向けられており、でもそこに過剰な怯えが付随しているという事実ひとつで、彼の真に恐れるものを描き出してしまう——というか、書かないことで彼の逃避(直接的に想像するのを避けていること)を著し、そこからその怯えと痛みの度合いを、ひいてはその想いの大きさを浮き彫りにしてしまう。この書き方、一人称体だからこそのアプローチが見事にはまって、一文一文の熱量が見た目の数倍に跳ね上がるような感覚。恐ろしい……もう劇物ですよこんなの……。
実はお話の筋そのものは結構シンプルというか、作中で起こった出来事だけを切り出すのなら、とても短くまとまってしまうように見えます。それこそこのレビュー最初の一文がほとんどすべてで、でもそう気づいて逆に驚きました。このシンプルな出来事の中に、こんなにも強いドラマを埋め込んでくること。キャラクターの関係性や距離感、その機微の作り方と動かし方でこちらの情動をギュインギュイン振り回してくる、その繊細さから生まれる巨大な波に惚れ惚れします。
ほぼ全編を通して感じる不穏さのような感覚、語弊を厭わず言ってしまうのであれば、主人公のコーヨーくんがわりと危うい惚れ方してるっぽいところが最高に好きです。想いが成就することへの期待が低すぎるのか、恐ろしくナーバスかつ不安定な状態になっていること。ふとしたきっかけで簡単によくない結末に転げ落ちて行きかねない、そんな苦しく細い道を歩き通してのこの結末。強烈でした。ただ一語で『恋』と呼ぶにはあまりにも苛烈な、なんだか『錆びた釘と剃刀で作った団子のような何らかの感情』みたいなものを飲み込ませにくるお話でした。美味しいよ!
謎の念者
大学の先輩後輩に当たる二人の男性のお話。
爪の伸びを確認するくだりなど、描写の端々から後輩が如何に常日頃先輩のことを注視しているかが分かります。そういう丁寧な描写の積み重ねが、後輩の先輩に対する想いの強さをしっかりと読者に伝えてきます。後輩の心情描写も大変克明で、彼の興奮や懊悩がひしひしと伝わってきて、思わず息を呑んでしまいました。
この「想い人の耳にピアス穴を開ける」っていう行為がある種の占有欲を感じさせてエモーショナルなんですよね。自分の手で想い人の身体に何らかの跡を残すというのは占有や所有の欲求というものの発露に感じられて、何というかこう……扇情的なものがあるんですよね。
BLにそこまで詳しくはないのですが、色恋を扱った小説としては非常に丁寧かつ完成度が高く、読む側の感情を左右に揺らしまくってくれました。脱帽です。
謎のハピエン厨
痴呆症を患った夫の傍らで、妻が昔のことを思い出すお話。人の群れに紛れたくて、でも群れには加われなかった日のことを、静かに、そして鮮明に思い出しています。
人々の会話、フェスの熱狂感、そういった描写の一つ一つが、まるで「今そこにある」かのような真を伴って語られていく。文章力や表現力が卓越していて、とにかくレベルが高いというのが率直な感想でした。
また「溶ける」という言葉の使い方においても達人芸を感じたところです。バターが溶ける、脳が溶ける、気持ちが蕩ける。この物語に組み込まれた三段活用は、ぼくが逆立ちしても決して真似ができないと思わされました。本当にすごいことを思いつく方だと、正直、鳥肌が立ちました。
そして物語は、老夫婦の穏やかなやり取りで終わりを迎えます。静かで、優しくて、暖かい、きっと一緒に人生を歩みきった二人だから、こんな風に笑えるのだと感じました。
二人はもう同じ思い出を語り合うことは出来ないのかもしれません。それでも幸福な想いを胸に、夫に寄り添う妻の姿に、どうしようもなく「幸福な終わり」を見出さずにはいられません。二人の関係を描き切った素晴らしい作品だと思いました。
タイトルの意味を調べてみたのですが、ブレインダムドは直訳すると「呪われた脳みそ」という意味に当たるようですね。それもまさにこの物語を象徴しているようで、思わず感嘆の息を漏らしてしまいまいた。非常に良いお話を見させていただきました。個人的に五億点です。
謎の金閣寺
【の〜みそコネコネ】
遠い昔の思い出、彼(主人)と出会ったロックフェスでの出来事を振り返る田中さんの回想。
何を書けというんです? いやもう、とてもよかった、好き、という言葉以外なんにも浮かんでこない……。
打ちのめされました。とても静かで落ち着いた文体の中に、はっきりくっきり描き出されるこう、何か。やべーやつ。物語性の核にあたる部分というか、『溶けること』という要素に仮託されているなんらかの事柄。名前のない何かというか、容易に言い換えの効かない〝それ〟そのものだからこそこの物語の形以外は取りようがなかったという、その時点でもう面白いに決まってるし感想の書きようまでなくなるのでずるいです。
まずもって文章そのものがとてもうまくてただただ気持ち良いので、正直内容をどう読んだか言語化できる気がしません。一度物語に乗ってしまうともう逃げられない。終盤なんかもう目が勝手に先へ先へと引っ張られるような感覚で読んでました。なんでしょうこれ。本当に説明できる気がしない……。
これはとても個人的な感想になる(=人によって異論めっちゃありそう)と思うのですけれど、音の表現というか使われ方がすごかったです。フェスだし実際バリバリ上演されてる場面もあるのに、いうほど音楽が〝聴こえてこない〟。ワッときたりビリビリするような空気の振動と、群衆の発する湿った熱気、それに当てられた倦怠感に喉の渇き、さらにはスポーツドリンクを飲み下した瞬間の潤いと、感覚に訴えてくる描写がこんなにもてんこ盛りであるのに(しかもそのどれもがゾクゾクするほど生々しいのに)、でも音楽(聴覚)だけが少し違う。少なくとも「聴く」という感覚ではなくて、でも音の中に「いる」という感触はしっかりある。
フェスやライブイベントでの大音響ってこんな感じ、というのもあるのかしれませんけど、でもそれ以上にというかそれ以前にというか、彼との会話の方にピントが合って、曲は自分の周囲にぼやけて漂うだけであること。これがもうすごいというか嘘でしょ何これ怖いというか、なんか脳味噌をハックされたみたいな感覚になりました。思えばこの主人公、最初から音楽に関してはほとんどぼやけたままで、なにしろ目当てがあるわけでもないままでのフェス参加、さらにはTシャツに書かれたバンド名を読み上げてすら〝平仮名で発音〟だったりして、この焦点の合い方とぼやけ方そのものが終盤の山場、彼女自身の望みというか今現在のありようそのものにがっちり繋がっていく、という、なんかもうここまでやられると悔しくなってきます。おのれ天才め。お前(の筆力)が欲しい。
実はこの山場(特に「彼が溶かした。」の次、「私、」から始まる段落)、最初から実質丸裸というか、その通りに描かれてはいるんですよね。かなり序盤に出てくる『私は群集に溶け込んでしまいたかった』という動機、まったくその通りの行動と結末。なのにここで気持ちが「わあっ」と盛り上がるのがすごいというか、好きです。もう本当好き。いろいろ好きなところがいっぱいあります。序盤の溶け込みたかったのにうまくいかなかったところや、そのチルアウトの空気感(この辺すんごい共感しました)。『遠い過去を振り返る』という形式のおかげで静かな語り口と、その落ち着いた表皮の下でぐわんと立ち上がってくる大きな波。そして回想であることそれ自体というか、最終盤で一気に畳み掛ける「それから」の強さと、その上で辿り着く帰着点のこの、もう、何? 満足感? 本当もうなんにも言葉が見つからないんですけど、とにかくものすごい作品でした。面白かったです。大好き!
謎の念者
とある老夫婦の妻が過去のこと――音楽フェスで二人が出会った時の思い出――を回顧するお話。
音楽フェスというとこの間見たB級映画を思い出してしまう(これは私事なので聞き流してください)のですが、文章で空気感を表現するのが上手く、まるで読者を会場に連れて行ってしまうかのような力があります。筆力の成せる業ですね。
最後の場面の「彼はどんどん記憶が溶ける。私はそれをすくって味わいながら目を閉じる」という終盤の文ですが、この表現が非常に面白くて好きです。言語センスが光っているのを感じます。過去には彼(現夫)によって溶かされた感覚を味わった妻が、時を経て今度は溶けた彼の記憶をすくって食べる側になるというのが粋な表現だと思いました。
謎のハピエン厨
淡々とした筆致と作風が印象的なあきかんさん。今回のお話でも、得意の作風を生かしながらお題に挑戦していただきました。
勇者のパーティーと次々にお別れをしていくシーンは、淡々と描かれるからこそ物悲しさが際立っていました。また最終章で勇者の死が語り継がれる様は、悲しさの中にも爽やかさを思わせる、独特の雰囲気を感じさせました。もちろん世界に平和が訪れているという点で、ハッピーエンドというお題もしっかり回収されていました。
勇者の墓に刻まれた文言と最後の一文は、読んでいて思わず鳥肌が立ちました。ここに情報がぎっしり凝縮されていて、そして多くを語らないからこそ想像力がぶわっと広がっていく。
「勇者は世界の平和を心底理解できた頃に力尽きた」。この一文もすごくよかったです。勇者が何を思い、どういう死に方をしたかという「具体」を削ぎ落しているからこそ、「心底」という単語に想像力を巡らせずにはいられませんでした。
読み手によっては淡々とした筆致やキャラクターを物足りないと感じることがあるかもしれませんが、ぼくは非常に上手な使い方をされていると思いましたし、これは作者さんの武器であると強く感じたところです。今後も強みを生かしながら素敵な物語を作ってゆかれることを、一読者として期待しております。
謎の金閣寺
【『めでたしめでたし』のその先に】
魔王を見事打ち倒した勇者一行の、その凱旋、ではなくそれ以前の単純な帰路のお話。
ファンタジー、というか、ある種の寓話のような物語です。もう読む前からエンジン全開で殴りかかってくるというか、タイトルに対して各話章題の不穏さがすでにやばい。加えて冒頭の段落、シンプルに全体を俯瞰するようなこの一行目を見た時点で、この先なにを見せられるのかうっすらわかってしまう、というこの手際。もちろん具体的にどうなるのか、詳細な展開まではわからないのですけど、でもお話がどっちの方向に向かうのかくらいは見当がついてしまって、しかしだからこそ真正面から食らうしかないこの〝わかっていたのに躱せない〟一撃。しっかり丁寧に組み立てられたお話で、まんまとボコボコにされてしまいました。
設定というか、いわゆる『魔王と勇者』的なファンタジー観の、その使われかた(もしくはそれを採用していること自体)が好きです。この物語の筋だからこそ光る設定。この勇者と魔王、舞台設定の説明を大幅に省略できるため、ドラマの部分にのみ集中できる——という利点ももちろんあるのですけれど。でもそれ以上にこのお話ならではというか、普遍化された設定であるが故に生じるある種の寓話性みたいなものが、この物語の核そのものに対して落差として働いて、そのおかげで浮き彫りにされる無常感、あるいは残酷性のようなものが、胸にグサグサと突き刺さるかのようでした。
勇者による魔王討伐の物語。ハッピーエンド、無辜の民草からみた『めでたしめでたし』の物語は、でも当事者たる彼らにとっては必ずしも栄光に満ちたものではない、というお話の筋。きっとこの世界に永劫語り継がれるであろう伝承の、その裏側に存在する誰にも語られることのない悲哀。果たして彼ら自身はどう思ったのか、もしかしたら心残りなく覚悟の上なのかも知れないけれど、でも悲しいものはやっぱりどうしたって悲しい、つまりは観測者の立場で見るからこその残酷さ。
ハッピーエンドを主題に書かれたお話ではあっても、でも彼らのこの行く末を決して「幸せ」とは呼びたくない——と、そう読んでいたところに最後の最後、堂々書かれた結びの一文がもう本当に好きです。
もちろん、この終幕で何かが帳消しになるわけではありません。勇者一行の足跡それ自体は何ひとつ変わらず、彼らの苦悩や悲哀はまだ人知れずそこにあるのに、でもどうしてこの一文だけで何かが救われてしまうのか? すごいです。この一文、未来を描いたことで示される確かな救済。起きた現実そのものは打ち消せなくとも、でも犠牲を払えばこそ成し得た彼らの偉業の、そのおかげで人々はもう苦しまずに済むという現実。それから長い時を経てなお、そこに捧げられ続ける感謝と祈り。幸せな方へと繋がり広がっていく世界を、この締めかたひとつで書き表してみせることの、このどうにも言いようのない気持ちよさ!
素敵でした。直接に、また具体的には書かれずとも、でもそこに『ハッピーエンド』が確かにあるのだと感じさせてくれる、悲壮ながらも優しい物語でした。
謎の念者
魔王を討伐した勇者ご一行のその後のお話。失った仲間を主人公が埋葬したり、使い道のなくなった武器が売られていったり、脚色された英雄物語が歌われたりといった戦後世界が、心情描写を極限まで削り取り、極力事実のみを描写する淡々とした語り口で描かれてゆきます。争いのない戦後世界に馴染めない主人公や苦しむ仲間たちの姿と、平穏そのものな世界の様子が好対照で、構成として優れたものを感じます。
世の中が平和になって、主人公が武器を振るう場所をなくしたことが最大のハッピーエンドなのだろうと思いました。
謎のハピエン厨
ハッピーエンドという真っ向勝負のタイトルで企画に挑戦してくれたのは、ぼくのお友達であるアフロさん。小説を書くのが初めてとは思えないほど、一文一文の中に説得力が溢れているというのが率直な感想でした。
言ってしまえば、冴えない成人男性が淡々と日常を過ごすだけの風景。しかし「今日、俺は終わる」といった予感がどういう結末を迎えるのかといった期待や、主人公の思考、行動に違和感がないという点から、するすると次へ、次へ、と読まされました。生活という空気を感じさせるのが非常に上手いなと感じましたし、一行目から衝撃的な言葉を持ってくるという、一種の小説のお作法なんかもしっかり抑えられていたので、思わず唸りました。
冴えない成人男性にとってのハッピーエンド。そこで筆を置かれてもお題に対する説得力はありましたが、そこからさらにオチの展開を広げられたのも、読み手として嬉しく感じたポイントです。
「ふたりで作りましょう。“ハッピーエンド”を」このセリフを見て素直に「やられたな」と思いました。セリフとしてもすごくいいですし、前段の「私」の感情が上手く乗っていることも相まって、読後感の爽快さを強く演出してくれています。思わず背筋がゾワッと震えました。魅せますねぇ……。
本当に初めて小説を書かれたとは思えないほど、読み心地の良いお話でした。今回のご参加をきっかけに「小説を書く楽しさ」を感じてもらえたら、主催としても非常に嬉しいです。
謎の金閣寺
【もし今日この日があなたの最終回だったら?】
ある朝、目覚めると同時に〝今日が自分の最終回である〟と認識した男性が、その最終回を幸せなものにするため奮闘するお話。
約3,000文字とコンパクトにまとめられた小品で、ショートショートのような味わいの現代ドラマです。短いからこそ光るワンアイデアというか、日常の中に不思議空間を作ってくる感じがとても鮮やか。展開の巧さかそれとも構成の妙か、なんだかまとまりの良さのようなものを感じさせる作品で、特にハッとさせられたのはやっぱり冒頭の流れです。
フックの効いた書き出しからの、滑らかな序盤。この辺り、何度読み返してもだいぶ大胆な展開してると思うのですが、でもなんの違和感もなくスルッと飲み込めてしまうこの感じ。
実際、『今日この日が自分の最終回』なんて状況は絶対ありえないわけで(ましてそれを急に直感するとなればなおのこと)、にもかかわらずそれをほとんど説明のないまま、冒頭三段だけであっさりわからせる。さらにはそのまま即「ハッピーエンドを目指す」という本題になだれ込んで、ここまで話の早い導入というのはなかなかありません。もちろんこのお話の特性ゆえの側面もあるというか、作劇的な意味でのメタ構造を利用しているからというのもあるのかも知れませんが、それにしてもこの飲み込みやすさはすごいです。文体、というよりはむしろ書き方の効力というか、開けっぴろげでてらいのない感じ。自問自答の語り口の、このストレートさが読んでいて心地よいというか、書かれている内容の受け取りやすさがすごい。難しかったり迷わされたりするところがないんですよね。
また、それは書き方に限らず、総じて堅牢さを感じるお話だと感じました。綺麗に四つに分かれた構成は、そのまま起承転結——というわけでもないのですが(たぶん最後が転と結を兼ねる形)、でも話の流れがものすごく綺麗です。最終目標であるところの「ハッピーエンド」を追いかけながらも、その道筋の中で主人公の情報をきっちり読み手に提供して(物事の考え方や価値観であったり、あるいは日々の生活の跡そのものであったり)、そしてその上で辿り着く終盤の展開。結構な飛距離の展開のはずが、でもきっちりやられてしまうというか、この決着の仕方に感じる満足感。
なんていうのでしょう、展開が読めたわけではないのですけれど、でも「期待通りのとこに来てくれた!」みたいな感覚というか。こういうのってなんか言葉なかったでしたっけ? 王道? だと少し大袈裟な気がしますけど、とにかく欲しいものをきっちり与えてくれる、丁寧かつ誠実なショートショートでした。
謎の念者
直球タイトル作品。
冴えない成人男性が「今日、自分は終わるのだ」と直感し、どうせ最終回ならハッピーエンドで終わらせようじゃないかと意気込むお話です。
人生の最終回って何なんでしょうね……一般的に考えるならやはり死なんでしょうけど、そうなると人生のハッピーエンドとは何ぞや……と哲学的な思考を巡らせてしまいます。
そこの部分だけでも考えさせられるようなお話でしたが、ラストの部分でのハッピーエンド回収は舌を巻きました。私も自主制作クソ映画撮ってみたいな……(何からに影響された音)
処女作らしいのですがとてもそうとは思えないです。お話作る技術をしっかり持っていると思われます。
謎のハピエン厨
美容室に訪れた客と、店員さんの会話を中心に繰り広げられる物語。ちょっと愛想のない客という彼の印象が「人を殺してきたんです」の一言をきっかけにガラッと変わります。
枯草色の髪によって辛い幼少期を送ったことや、母との関係をぽつぽつと語る彼を、耳を傾ける店員さん。その内心に生じた焦りや恐怖が、こちらにも伝わってくるようでした。
彼が髪を切ろうとした理由が、母の遺した最後の言葉が、ずっ……と心にのしかかってきます。最後まで子供を想う親の気持ちに圧倒されて、店員さんの目から涙が零れると同時に、ぼくの視界も滲んでいることに気が付きました。
「じゃあ行ってきます」「お気をつけて。またのご来店お待ちしております」この最後のやり取りが、なんの変哲もないやり取りが、言葉にならないほど素晴らしくて、思わず叫び出しそうになりました。何度か読み返して講評を書いている今になっても、思いだして泣きそうになっているくらいです。二人の交わした短い会話に生まれた共感のようなものが、そっと背中を押すような優しさが、それ以外の言葉にならなかった心境が、ぐわっと詰め込まれている。非常に感動して、読後感に押しつぶされそうになりました。
この物語のハッピーエンドは、こんな風に二人が出会えたことなのだろうと思いました。本当に素晴らしいものを見せていただきました。個人的に五億点です……!
謎の金閣寺
【秘密の告白に内在する、ある種の暴力性のようなもの】
初めてのお客さんの相手をする美容師さんのお話。
現代ドラマです。時間にすればせいぜい小一時間程度、美容室の店内を舞台にした、客と美容師との小さな対話劇。人によって解釈に差が出そうというか、その解釈を言語化するのが難しくて、つまりどう言えばいいのか皆目見当もつきません。何度書いても語弊しかない感想になって、正直このままではどうにもならないのでもう諦めてそのまま書くのですけれど、これは日常と非日常の物語だと思いました。あるいは、侵食されるテリトリーのお話。
どうにも誤解を招きそうというか、例えば物語の類型として「日常の中の非日常」なんて語があるのですが、でもそれとは少し違います。この類型がさすところの〝非日常〟はSFやファンタジー要素、つまり非現実という意味合いを含んでいることが多いと思うのですが、この作品の場合はあくまで〝ただ日常ではない〟という意味です。現実に起こりうる非日常。具体的には『殺人』というのがそれにあたります。
初対面のちょっとやりにくいお客さんの、その突然ぶっちゃけてきた衝撃の告白。「自分は殺人者である」という自供。そこに対する主人公の反応というか、困惑や恐怖には大変共感できて、そしてこの主人公に共感させる構造こそがこの物語の本体というか、なにより大好きなところです。
物語としてドラマ性を含んでいるのは、この『お客さん』の殺人という経験。しかしそれを彼自身の独白によって綴るのではなく、ただたまたま聞かされる羽目になった赤の他人のモノローグとして語る形式。
その赤の他人であるところの主人公の、おそらくはいつも過ごしているであろう平和な日常。そこに突然叩きつけられた非日常、殺人という遠い世界の出来事はしかし、その客にとってはそのまま日常——とまでは言わないものの、でも日常生活の末に辿り着いたであろう現実であって、そしてその彼と主人公が同じ空間に同じ時間、同じ人間として相対していること。つまりこれは自分の保持していた日常が、他者の持ち込んだ非日常によって侵犯されるお話です。
いつもの店を『物理的なテリトリー』とするなら、この『日常』というもの、現実の出来事に引いた「起こる/起こらない」の線引きはすなわち、精神的な領土のようなもの。朝イチで来店した不審な客は、そのまま主人公の認識の平穏を破壊する侵略者であって、畢竟そこに生ずることになる恐怖や困惑が、でも果たしてどのような結末を迎えたか?
もうネタバレというか、ここまで描いた以上普通に核心を書いてしまいますが、結局何事もなく脅威は去ります。彼自身に別に侵略の意図はなく、なにより客である以上は用が済めば退店するのは普通のこと。日常は守られ、結局「何がなんだかわからなくて」という感想を抱いた主人公の、でも気づけば目からこぼれ落ちていた涙。自分では言語化できないながらも、でも彼女の中に確かに生じた涙の原因たる〝何か〟。それが何であるかはきっとひとことでは言えないというか、それゆえ「わからない」となるのでしょうけれど。でもその中身をつい考えてしまう、とても芯の太い物語でした。人によって受け取るものが違いそうな、つまりは思いのほか多くのものが語られているお話。考えさせてくれる物語はいい物語だと思います。
謎の念者
美容室での美容師と客のよくあるやり取り……かと思いきや、「僕、人を殺してきたんです」という客の言葉で空気が一変してしまうお話です。
「人を殺してきたんです」この一言、大変力が強いですよね。そう易々と信じられるものではなく、ともすれば悪趣味なジョークだと切って捨ててしまうでしょう。聞いた側の衝撃たるや察して然るべきものがあるこの一言を聞いた主人公の心情描写が克明で目を引きます。主人公の恐れや戸惑いがひしひしと伝わってきます。
最後の台詞がまた良いですよね。普通ならばありきたりな一言なのですが、それまでの二人の会話を踏まえてこの言葉をお出ししてくるの、まさにハッピーエンドでした。
謎のハピエン厨
幼馴染から校舎の裏に呼び出された男の子が、どうやら告白を受けるらしい……という展開から始まる物語。ぼくは青春の二人を描いた作品がとても大好きなので、こちらのお話もとても楽しく拝見させていただきました。あるものが透けているという描写で思わずガタッと立ち上がってしまったのは内緒です。
実は割と早い段階から「きっとこの二人は付きあうんだろうな」と予測していましたし、実際に葵さんの口から肯定的な言葉が出てきたので、これは約束された勝利の剣!と勝鬨を上げました。しかしながら「少し展開が早いか?」と思ったりもして、案の定、物語は少し雲行きが怪しくなっていきます。
逡巡を繰り返す葵さんに可愛らしいさを感じる一方、ドキドキしながら成り行きを見守りました。彼女が結論を出した時は気が気ではなかった。
彼女の後ろ姿を引き留めた主人公の口から紡がれた言葉は青くて真っすぐで、そして正直で、とてもいいなと思いました。これぞ青春です。物語の終わりにそっと添えられた最後の一行が、優しく希望に満ちた将来を象徴しているようでした。
読み手を揺さぶりつつ、安心して物語から意識を手放せるように結末までを描いた手腕がお見事でした。ハッピーエンドというお題に正面から挑んでいただいた、読みごたえのあるお話でした。
謎の金閣寺
【幼なじみ! 校舎裏! 告白! 以上!】
幼なじみ同士の高校生の男女が、放課後の校舎裏で告白したりされたりするお話。
ド直球の青春恋愛劇です。甘酸っぱいというかもどかしいというか、もう見ていて何もかも焼き尽くされる感じ。とにかく思い切りがよくて、内容は完全に恋愛特化、それも告白のワンシーンのみ、というこの潔さ。書かれているのは思春期年代の不器用な恋そのもので、というか本当にそれ以外の要素がほぼ皆無で、つまり読んでる間ずっと甘酸っぱさに悶えのたうつことになります。なにこのノンストップ胸きゅんブルドーザー。力こそパワー。
お話の筋はもうほとんどここまでに書いた通りで、本当にただ告白する(される)だけの物語なのですが。とりあえず前提として大きいのが、事実上の両片思い状態である、という点。
主人公は男の子で、幼なじみの少女から校舎裏に呼び出され、そして一体なんの用かはもう大体見当がついている、という導入。もっとも主人公の視点による一人称体、つまり彼自身の主観から書かれたものであるため、正直「いやこれただの勘違いなのでは?」という疑いもなくはない(というかものすごくある)のですけれど、いずれにせよその青春の迸りっぷりに違いはありません。はちきれそうな想いのハラハラ感と、その受け答えのムズムズするような不器用さ。恋愛劇というのはある種の不安感あってこそ光るものですが、でも両片思い(暫定)でこんなに不安になれるのだから凄まじいです。
このふたりの幼さというか、思春期年代特有の青臭さがとても絶妙でした。なんだか生々しいような、このいかにもこなれていない感じ。特に好きなのが彼の交際に対する認識というか、本文から引用するなら「だって、俺に彼女ができるのだから。」の一文です。
大好きなあの子と付き合う、という行為(状態?)を、でも「俺に彼女ができる」という見方で認識してしまえるこの、なんでしょう、突っ走りっぷり? まあ残念といえばそうなんですけど、でも思春期なりたてってこういうとこあるよね実際というような、この漏れ出る子供らしさの露骨っぷりがもう、もう! こんなのずるい……うわーってなってジタバタしてしまう……。
いやもう、すごいです。たどたどしいというかなんというか、見ているこっちの顔の方が赤くしてしまうくらいの青春っぷり。頬の熱が灼熱の太陽となって全てを焼き尽くすかのような、手心のない甘酢っぽモジモジ恋愛劇でした。
謎の念者
若い男女(高校生)の甘酸っぱい恋のお話。青春劇ですね。
前述(幸福討論の講評)の通り若い男女の惚れた腫れたはどうも分からなくて読み込めている自信があまりないです。のでそのことに関してご寛恕願いたいと思います。
構成としてはド直球な恋の成就のお話……でありながら、展開にひと捻り加えたことで男子側の心情に起伏が生まれて良い効果をもたらしていたと思います。ラストの夕日のシーンも美しく、情景を鮮やかに思い起こさせてくれました。
謎のハピエン厨
不幸体質の少年による恋愛の物語。青春を舞台として描かれたお話で、楽しく拝見させていただきました。
主人公は片思いをしていました。ですが自分の体質は自分が一番よく分かっていて、挑戦する前から恋を諦めていたのです。しかし転機が訪れるます。なんと片思いの女の子が自分を空き教室へ呼び出したのです。やったね! 今までの不幸はきっと今日への伏線だったんだ……とぼくは思わず立ちあがってしまいましたが、しかし主人公はそうではありませんでした。予想外の幸福を享受するには、これまでの人生があまりにも不幸すぎたのでしょう。本当は嬉しいはずなのに、素直に喜べず、逡巡する彼の様子からもそのことが伺えます。見ていて痛々しいと感じてしまうほど、彼は真剣に不幸と向き合っているのでした。
悩み苦しんだ果てに、彼は二階の窓から飛び降りてしまいましたが、それもまた不幸体質によるものでしょう、死にたいという願いは叶わず重傷を負うに留まったのです。
ラストの展開が非常によかったですね。あまりにもよかったのでしばらく床を転げまわりました。「ファーストキスは「あまずっぱい」とか言われるらしい」という伏線の回収が鮮やかで素晴らしいです。
このお話は、まさにハッピーエンドをお題に描かれたお話ですね。いつか主人公がハッピーエンドを認められる日が来ればいいなと、願わずにはいられません。どうか二人でお幸せに…!
謎の金閣寺
【幸せとは目に見えないもの】
不幸な目に遭ってばかりの少年が恋をして、でも不幸であるが故にそれを諦めようと奮闘するお話。
というか、その半生を綴った手記、という形式の作品。実際、この世に生を受けたところからお話が始まっていて、でもメインはあくまで彼の初恋の顛末。つまり初々しく甘酸っぱい恋物語ではあるのですけれど、でもそれ以上に青春と成長の物語であるような気がします。
といっても恋愛の比重が少ないとかそういうことはなく、むしろしっかり主軸になっていると思うのですけれど、でも実質的にはその恋によって何が起こったかこそが一番の要点というか、もうぶっちゃけてしまうのならこれは〝主人公が自分にかけられた呪いを解くお話〟ではないかと思います。
タグで示された対照的なふたつの要素、「不幸体質」と「ハッピーエンド」。つまり不幸を書くことで逆説的に幸せを描き出すお話で、となれば畢竟、〝不幸とは何か〟という点は避けて通れません。このお話の主人公はいわゆる不幸体質、やることなすことすべてうまくいかない特異体質の持ち主で、それが故に性格がすっかり後ろ向きになってしまった——と、少なくとも序盤ではそのように書かれているのですけれど。話が中盤に差し掛かり、恋模様が描かれる段になると、なんだかだんだん「どっちかというと因果が逆なのでは?」という疑念が頭をもたげてきます。
不幸が彼をネガティブに変えたのではなく、ネガティブが彼を不幸に誘っている。なにしろ目の前にあるとてつもない幸運、諦めたはずの恋の成就への入り口を、でもまったく信じようとしないわけで……こうなってくると前提であった「不幸体質」も怪しいというか、そこから逆じゃないかとも思えてきます。
自分のことをついていないと思い、その認識に合致する出来事ばかりに目を向けているから不幸になる。自分で不幸ばかりを見るようにして、それ以外を勝手に不可視化している。ある種の偏向、あるいはバイアスのようなもの。つまりありもしない不幸を自ら現実にしているのだとすれば、この「自分は不幸である」という認識は、まさに呪いそのものとしか言いようがありません(もっとも、本当に運がない側面も多々あるっぽいのですが)。
自ら作り上げた呪いの牢獄に囚われた主人公と、それを救い出す白馬の王子様。まあ伝統的・一般的なそれとは性別が逆ではあるのですけれど、でもそこがかえって魅力的でした。背が高くスポーツの得意な彼女と、それよりも小柄でしかも救いを必要としている彼。あべこべなはずなのに、でも絵面的にはむしろ似合うような気がするこの不思議。
主人公自身のいうところによれば「自伝」、つまり彼自身の書いたものという形式が好きです。中でも特に最高だったのが最後の結びの部分。手記であるからこそ書かれない(ぼかした)ものが際立つ、というのもあるのですけれど。でもそれ以上にこの最終盤、どこまでが手記なのかあやふやだと解釈できるところ。ずっと使われなかったカギカッコ、少なくとも単体の会話文としての用法は一切なかったそれが、でもここにきて急に(そしてやっと)使われていること。こういうところに仕込まれた想像の余地が、なんだかとても楽しい作品でした。
謎の念者
不幸体質少年の恋のお話。
不運に見舞われ続けたせいで思いがけない形での恋の成就に戸惑い、猜疑心を募らせたはずみで突拍子もない行動を取ってしまう主人公。確かに今までの人生を考えれば、(いきなり飛び降りるのはややオーバーな行動ではありましょうが)そうした猜疑心を抱いてしまうのも無理からぬことでしょう。
とはいえ、重傷を負って入院生活を余儀なくされた主人公の傍には例の彼女がいてくれたのです。そのことを思えば、(主人公は「僕にはハッピーエンドはあり得ない」と否定しておりますが)確かにハッピーエンドでありましょう。
謎のハピエン厨
今回の一番槍(スピードキング)、偽教授さんの二作目の作品です。
物語は紀元前250年、ローマとカルタゴの争いにフォーカスを向けられたお話となっています。
ローマの将軍として生き様を貫いたレグルス将軍は、講和の使者としての役割を果せなかったために、処刑の運命を辿ることとなってしまいます。逃げようと思えば逃げられたはずなのに、彼は最後まで義を貫くという選択を選びました。この圧倒的な強い意志を目の当たりにしたときは、思わず唸ってしまいました。
このお話でいうところのハッピーエンドは、私がレグルス将軍よりの目線で物語を俯瞰していたことも相まって、ローマが戦争に勝利した、というところだという風に感じました。ぼくは世界史のことがマジで分からないので、最後に登場した人物にハッピーエンドの意味も隠されてそうな気もしましたがよく分かりませんでした(無知ですみません)。
綿密な勉強と、知識に裏打ちされたからこそ書ける物語だと思いました。ぼくは世界史についての造詣が深くないため勉強になりましたし、読み物としても楽しませてもらいました。
謎の金閣寺
【ひとりの人間の生き様が歴史になる】
カルタゴの捕虜となったローマの執政官、マルクス・アティリウス・レグルスさんが、和平交渉のため特例的にローマへと戻るお話。
歴史ものです。時代ものとは異なりあくまで歴史の一部を描いたものであるため、事実や出来事に関してはかっちり堅実な手触りではあるのですが、でも同時にウェット(というよりは情緒的)な切り取り方をしているところがとても魅力的なお話。
キャッチである『これは、義に殉じた男の物語。』という文言の通り、〝義に殉じた男〟であるところのレグルス個人の物語であり、つまり登場人物のミクロな視点に寄せて描かれたお話です。例えば、文章そのものが一人称体である(=マゴーネさんを通して見た出来事だけが書かれる)こと。単一のエピソードを題材とした掌編だからこそのアプローチだとは思うのですが、それにしたっておそらく相当な芸当、少なくとも見た目ほど簡単ではないと思います。
歴史上の出来事を書くとなると、現在の常識や感覚ではそもそも想像が追いつかない部分も多く、加えてどうしても大局観みたいなものに沿って書かざるを得ない部分まで発生してくる。したがって〝神の視座〟のような自由度の高い(読み手も後世の人間であるため本当に無茶が効く)書き方が必要というか、これがないと相当しんどいことになりそうな気がするのですが、でも普通にしっかり書き上げられている。彼ら個人のドラマが展開されていて、するりとその心情に乗っかっていける。とても綺麗で、なんだかため息の出るような思いです。
そしてこの書き方だからこそ映えるというか、生々しく響いてくるのがお話の内容そのもの、つまり彼らの生き様の美しさです。これは心が震えるような英雄の物語、あるいは英雄〝たち〟というべきか、とにかく好きなのはマゴーネさんの物語でもあるところ。主人公と呼ばれるべきはあくまでレグルスさんで、視点保持者たるマゴーネさんは実はあんまりいいところがないのですけれど、でも彼は敵であるレグルスさんのことを憎らしく思う反面、その気高さをしっかり認めてもいる。この敵同士でありながらも通じ合う感覚が実に格好良いというか、その魅力がひしひし伝わってくるのは、やはり人物に寄せて書かれているが故のことだと感じます。
人間のドラマを描きながら、それがそのまま歴史につながっていることを伝えてくれる、まさに文字通りの『歴史の息遣い』を感じさせてくれる物語でした。
謎の念者
一番槍を取った偽教授さんの二作目。今度は歴史小説ですね。紀元前の地中海、ローマとカルタゴの間で勃発したポエニ戦争の中の一幕を描いた軍記物です。
義に殉ずる男の話、良いですよね。ローマ史にはそれほと明るくはないのですが、そういった類の話はやはり胸を打ちます。
命を捨てることになってまでローマ市民としてローマに尽くしたレグルス。最終的にポエニ戦争はローマの勝利に終わることを考えると、確かにマクロな目線ではしっかりハッピーエンドになっているのだと思います。
あと、最後に出てきた人物にはニヤリとしました。戦史の上に燦然と名を輝かせることとなるあの人ですね。最後は滅ぼされる運命のカルタゴですが、最後に登場するあの人物が功を立て名将として戦史に名を残すことを考えればこちらもハッピーエンドな幕引きであるかも知れません。
謎のハピエン厨
クトゥルフ神話といえばこのお方、海野しぃる先生の作品です。インターネットの話題をいち早く小説に昇華される見事な手腕を見せていただきました。アンテナの広さと筆の早さは強力な武器になり得ると感嘆した次第です。
生命の輝きという生命体であるヒカリと、研究者である有葉緑郎の物語。ヒカリが実にかわいらしい後輩だと思わせる一方で、生命の輝きについての情報が開示された途端、徐々に変貌を遂げていく描写がおぞましく、また恐ろしく感じさせました。そして読むにつれて、そうして変貌したのがヒカリだけでは無いと分かった瞬間、思わず背筋がゾッとするような思いでした。
そういった描写の迫力が凄まじかったですし、お題に対するアンサーにもしっかりと説得力が伴っているので、さすがだと思いました。
最後の一文で「そして、君も」と突き付ける手法も鮮やかです。これまで観測者だった読み手を、一気に物語という世界の輪に巻き込んできました。ぼくも思わず、読んでいてヒカリを可愛い、と思っていたことを思い出しました。認識深度がもう取り返しの付かないところまで進んでいる証拠かもしれませんね……。
謎の金閣寺
【ともすれば忘れがちな生命というものの無常さ】
とある研究施設における、曰く名状し難い謎の知的生命体に関する実験記録。
ジャンルは現代ファンタジーですが、SFやホラーのような手触りもあったりする作品です。なんならハートウォーミングな学園ラブコメっぽい要素も——いや、「ある」というのはさすがに言い過ぎですけど、「なくはない」なら嘘にはならないと思います(※個人の感想です)。
こう書くとなんだかよくわからん感じに見えるかもしれませんが、でも恐ろしくまとまりが良く完成度の高い、掌編のお手本みたいな作品でした。展開や設定に無駄弾が一発もなく、すべてが綺麗に繋がってひとつの物語を構成している感じ。
こういったところで作品外の要素について触れるのはあまり趣味ではないのですけれど、しかしこの作品に関してはどうしても避けては通れないというか、だってわずか数時間で書き上げられているんですよ? 元ネタ、というよりは実質「きっかけ」とか「お題」くらいのものだと思うのですけれど(本作の著作性はさほど元ネタには依っていないように思えます)、タグにもある〝万博のそれ〟が公表されたのが確か午後三時か四時くらいのこと。この作品の公開がだいたい夜の十時前で、つまり長くても六、七時間しか執筆時間がない。もっとも、ただ書くだけなら筆の早い人には不可能ではないかもしれませんが、しかしそんな〝だけ〟とはどう見ても程遠い出来栄えというか、なんなんでしょうこのすんごい完成度。設定を練るだけで結構かかりそうなものを、でもあんな一瞬でどうやって……まさか魔法……?
いや本当にただの時事ネタ、速さが勝負の一発ネタ的なものならよかったというか、正直そういうものだと勝手に思い込んで読み始めたのですけど。でも読み始めてすぐ「ごめんなさい完全に侮ってました」と土下座したというか、普通に面白いのが本当に腑に落ちません。この速さでこの内容。そこはトレードオフじゃないとおかしいっていうか、なんか世の理とかに反してしまうのでは……魔法……?
設定の見事さやそれを活かした構成、なにより演出のうまさはもう言うまでもないのでこのさい割愛するとして。触れたいのはやっぱりお話の筋そのもの、というか登場人物の抱えたドラマがとても好きです。特に主人公の人物造形、バイオ系研究者の事情の妙な生々しさに加えて、彼がなんらかの大きな病を患っていること。生命の輝きを主題とする作品の、その主人公が生命工学系の研究者であり、なにより生命についてとても逼迫した立場に置かれているという事実。
単純に「生命の輝き」という言葉だけではどうしても綺麗事めいたお題目みたいに響いてしまうのが、しかし生死の際にある人にとってはまた別の響きを伴って聞こえるのかもしれない、と、そんな当たり前の事実にいまさら気づかされたような気分です。ショックというかなんというか、それは自分が普段どれだけ生命というものに対して適当に向き合ってきたかということの証左で、でもそれってある意味とても幸せな身分なんだろうなあと、反省することしきりでした。普段、死を忘れて生きていけるのはある種の特権ですね。
あとはもう、こう、全部です。本当に好きなところがいっぱいというか、無駄弾がないから好きなところしかない。物語的に主人公の行き着いた先とか、書き出しと締めの憎い演出とか、あとなんだかとっても可愛いヒロインとか。いや可愛いというかなんというか、とてもキラキラしていてそばにいるだけで眩しくて、だからこそ納得のハッピーエンドでした。面白かったです。ヒカリちゃん大好き!
謎の念者
クトゥルーでお馴染みの海野しぃるさんの作品。何らかのロゴマークを題材に取った時事ネタですね。
何らかの実験生物と思しき、不気味な容貌の「ヒカリ」と、その研究を担当する研究者のお話です。嫌な予感がじわじわしてくるのがもう如何にもホラーって感じです。「ヒカリ」の正体と主人公の顛末が明らかになる場面なんかはもう「怖っ」って感じなんですけど、そういう類の話でありながらお題をきっちり回収してくる所に手腕を感じます。
個人的に好きなのがロゴマークを母子像と認識するシーンで、主人公の変質をはっきりと示してくれます。怖い。また、最後に読み手を怪異のフィールドに引き込んでくるのも怖かったです。
謎のハピエン厨
かつての同級生から手紙が届き、再会するお話。
姿なき声が聞こえた時点ですでに不穏さが漂っていましたが、かつての同級生がおぞましい姿に変わり果ててしまったシーンで、一気にホラーとしての雰囲気が引き締まります。
彼がどうしてそうなったのか、という動悸についてもおよそ理解の及ぶものではなく、「あ、間違いなく関わったらダメな奴だ」と思った時には既すでに遅し。
異形が容器から這いずり出てくる描写には思わず「うわっ」と声を上げそうになりました。吉岡が力づくでドアを叩く描写からは必死さ、縋るような思いが伝わってきて迫力がありましたし、それによって「開かない」に込められた絶望も深まっています。この演出の効き方は見事だと感じましたし、オチも含めてホラー作品として見事に纏まっている。そういう風に読ませていただきました。
このお話でいうところのハッピーエンドは、清水目線から見た世界にあると思いました。或いは、清水の一部となった吉岡にとっても、なのかもしれませんね。そこは想像が捗るところです。
謎の金閣寺
【言われてみれば一体なんだろう「輝く」って】
昔の友達から届いたあからさまに怪しいお誘いに、のこのこ出かけて行った結果あからさまに怪しい建物に着いてしまった人のお話。
ホラーです。紹介文によれば「輝けたのでハッピーエンドです」とのことで、もうこの言い方の時点で明らかにハッピーではないのですが、でもハッピーエンドの物語。何がハッピーでどれがそうでないかは個々人の立場によって変わるという意味でもありますし、また単純に「ホラーにおけるハッピーエンドってこうだよね」みたいな捉え方もできる作品でした。なるほど。
お話の筋としては最初の一行に書いた通りで、最終的には命が輝けます。この「輝く」の用法が面白いというか、それがタイトルと紹介文にしか出てこないところが本当に好きです。完全に物語の外、いうならメタ的な傍観者としての立ち位置からの用語。こうなるともうどう解釈したところで隠語的な意味としてしか解釈できないというか、実際こういうポジティブな語での言い換えはよくあるというか、漠としているけどでも〝絶対あかんやつ〟というのがわかるこの感じ。最後「あちゃー輝いちゃったかー」となるのがおかしいというか、この作中で起こった出来事をして「人間が輝く」という言い方をしているのが面白——いや面白いって言い方はどうなのかしらだいぶおっかないことになってますけどー、という感じでした。ブラックっていうかシニックな笑い。恐怖と両立するユーモア性のような。
よくよく考えると理不尽極まりないっていうか、主人公の当初の懸念とあんまり外れてないのがよかったです。「怪しい宗教やサロンの勧誘」。大差ない、というか実質それのすごいバージョンというか。別に望んでないのに無理矢理〝輝き〟に引き込む感じ、というか呼びつけた時点でそれが前提になっているのがもうだいぶ酷くて好きです。
はなから相手の合意とか考えてない感じ。だって輝けるのは幸せことだから、というか実際彼がだいぶ幸せそうなのが面白い。本当に、一般的に使われる比喩としての意味でも「輝けた」彼。ダブルミーニング、というのとはまたちょっと違うのですけれど、でもホラーとしての筋にもう一押し、「輝けた」という語の使い方そのものに旨味をのっけてきた、渋い技巧のようなものを感じる作品でした。
謎の念者
これもまた何らかのロゴマークを元にした時事ネタですね。例のロゴマークの力恐るべし。
小中学校の同級生であった清水という男から手紙が届き、指定された場所に赴いた主人公。昔はパッとしなかった清水であったが、再会した彼は異形のものへと姿を変えていた……というホラー作品です。異形となった清水は姿以上に精神に異常を来しているようで、主人公にも「狂っている」と断定されます。この清水の狂いぶりが実に気色悪くて、ホラーの雰囲気を存分に醸し出してくれます。パニック映画のラスボスとかにいそうですよね、彼。主人公の顛末も実に憐れで、嫌~な感じの読後感を与えてくれます。
ハッピーエンドというお題を何処に見出すかは悩み所ではありましたが、これまで何者でもなかった清水が誰もなし得なかった大きなことを成し遂げたというのがそうなのかも知れません。主人公を含め、巻き込まれた人々(最後の「私たち」という単語から犠牲者は主人公以前にもいたと思われる)は気の毒ですが。
24.公園でアイス落として泣いてる中年男性と仲良くしてみた/千石京二
謎のハピエン厨
千石さんの二作目の作品です。まさにタイトル通りに物語が始まるのですが、実際に読んでみるとおじさんのセリフから「これはただ者じゃないぞ」と伝わってきます。
ギュルスメギギズルを斃すためにネチュラキリスメを鍛え、ネチュラキリスメストスメスキリスメストスの位に上がるというのがおじさんの目的だったわけですが、この独特の語感がまさに異世界を思わせる響きで、物語にすっかり引き込まれてしまいました。ゆずと一緒に戸惑いながらも、おじさんのキャラクターにすっかり魅せられました。
最終章では、二人の会話にすっかり涙腺をやられてしまいました。おじさんがゆずとの思い出を胸に、「さようなら おやすみなさい」と言葉を残すところで、ガッと鳥肌が立ちました。読んでいる時は一体どういう結末になるんだろうと気になりましたが、想像していたよりさらに美しいオチを見られて嬉しいです。最上の幸福というテーマに触れながら、ハッピーエンドというお題もしっかり回収されています。いいお話を見せていただきました。
謎の金閣寺
【インパクトや急加速に負けない、丁寧かつ実直な職人の仕事】
コンビニでアイスを買った高校一年の少女が、たまたま通りかかった公園で、なんだかとっても見ちゃいけない感じになっている中年男性と出会ってしまうお話。
ひと夏の不思議な出会いを描いた現代ファンタジーです。何がどう見ちゃいけない感じなのかと言いますと、それは一字一句違わずまったくタイトルの通りで、つまり開幕からインパクト抜群の滑り出し——と思いきや(というか、でありながら)邂逅までが思いのほか丁寧に描かれていました。おかげでコメディ的な面白さがありながらも、同時に生々しい緊迫感にあふれているのがすごかったです。決してテンションと勢いだけで押すタイプのおかしさではなく、細かいところを丁寧に詰めていくからこそ出せる面白み。
設定の勝利か、それともお話の組み立てが丁寧なのか、とにかく物語のドライブ感が楽しいです。思わぬ展開や気にさせる要素のばら撒き方、要は話運びの巧みさというか。語られる内容が次へ次へと綺麗に繋がって、その流れに載せられるみたいにして話に釣り込まれる感じ。没入感というのか、気づけば結構な集中力で読んでいました。文章の自然さ、巧みさも一役買っている気がします。結構複雑な内容を語っていても、一切つっかえることなくするする読めてしまうんですよね。特に会話文ばかりが連続している場面も結構あるのに、それでこれだけわかりやすく自然というのは、結構とんでもない手管だと思います。
この先は内容に触れるというか、いろいろ大事なところのネタバレを含みます。
個人的に好きなのは、やっぱり最後の展開、というか最終章突入時の飛距離をも含めてのそれです。まさかそうくるとは、という驚きと、その後のストーリーの美しさ。こうして見ると実はこのお話、インパクトがありまた設定も一見奇抜なようでいて、でもその実お話の筋自体は至って堅実というか、ある種の王道に近いものですらあると思うのです。
ここに書かれているおかしさや悲哀、それらの人間のドラマはあくまで普遍的なもので、だからこそ読者の胸に強く響く——というのは理屈ではわかるんですけど、でも言うほど簡単なことではありません。
芯そのものはまっすぐなはずの物語を、でもキャッチーでフックの効いた手触りで読み手に届けて、でも文章自体は静かで自然ながらも技巧が光り、なによりオリジナリティというか『他にはない、この物語』といった実感を抱かせてくれる——という、なんでしょうもう自分でも何言ってるのかわかんなくなってきたというか、たぶん本当にわかってないんじゃないかって気がします。だっておそらくこの感想、要は「巧い」のひとことで済んでしまうので。長々すみませんでした。どう巧いのかに踏み込んできたつもりだったのですけれど……。
主人公ふたりの人柄が好きです。単純に性格がいいという以上に、それが文章の節々に滲み出ている感じが。総じて堅実かつ技巧的な物語、パッと目が行くインパクト面や展開の加速だけでは決してない(でもその力もちゃんとある)、パワーとテクニックの両取りを感じさせる作品でした。
謎の念者
千石京二さんの二作目。タイトル通りの導入から始まるお話です。導入こそタイトル通りなのですが、中年男性の言葉の端々から、ただ者ではないことが暗示されます。こういった手段で早い段階から「このキャラはただ者じゃない」ということを示すの良いですね。
最終話はやや唐突だった気がしないでもないですが、悲しくも温かい、良い締め方だったと思います。「さようなら。おやすみなさい」という場面は麗しい愛情を感じられてほっこりしました。
また、「幸福とは」という哲学的命題に接続したラストはお題の回収としてもナイスでした。
謎のハピエン厨
仲睦まじい夫婦の、夕食風景を描いた物語……と思いきや中盤から一気に急展開を迎えます。
鈴蘭には毒があると知った時にはもう遅い。彼は妻の表情に、一体なにを思ったのでしょう。罪悪感の表情を覗かせたということは、後悔の念がきっと押し寄せていたことと思いますが、後の祭り、後悔先に立たずです。
「今日は、私達二人が生まれ変わるための特別な記念日」そう思わせる妻の切実な愛の形が、きゅっと胸を締め付けるようなお話でした。追い詰められた妻にしてみれば、ハッピーエンドに至る方法はこれしか無かったのだと、読み終えて納得させられると共に、少し悲しい気持ちにもなりました。
お話の構成もさることながら、作者さんの草花に対する造詣の深さ、そしてタイトルの意味が一気に押し寄せてくるラストの展開は素晴らしかったと思います。個人的に五億点です……!
謎の金閣寺
【最善にして最悪のハッピーエンド】
おそらくは何かの記念日らしい、特別な食卓を囲む専業主婦とその夫のお話。
グルメ小説です。いやそれは言い過ぎというか軸はあくまで恋愛か人間関係のドラマ部分にあると思うのですけれど、でも食卓の描写のディティールが凄まじいことになっています。じっくりたっぷり分量を割いて、細部まで丁寧に描き出された食事の様子。その内容そのものの細やかさもあるのですが、より好きなのはそれが主人公の視点を通じて描かれていること、そしてそれゆえに読み取ることができる、微かな心の機微のようなものです。
専業主婦である主人公が、夫とふたりで囲む食卓のために、丹精込めて手ずから用意した食事。献立を考え料理する立場であるからこそ描かれる、それぞれに込められた想いやこだわりに、なによりそれを食べる夫の反応。例えば少食であることや、例え洋風のおかずでも白米を好むところなど。主人公自身はバゲットが好みなのだけれど、でもそこだけは夫の趣味を優先する——というような、これらの細かい描写によって、少しずつ肉付けされていく登場人物のリアリティ。
直接に語られているのはあくまで食卓のメニューそのもの、でもそれを通じて(あるいはそこに絡めて)人物造形や関係性をこちらに飲み込ませてくるところ。その自然さや水準の高さ、というのもたぶんあるのですけれど、でも自分にはそこまで論じられるほどの知見がないというか、単純にこの手法そのものがもうすごいです。『食』って人の個性の出やすいところではあると思うのですが、でもこうして実際にそれを文章で表現するというのは、おそらく見た目ほど簡単なものではないはずです。たぶんできる人にしかできない技術。ごはん要素って出てこない話は本当に出てこないので。
以下、ネタバレというか物語の核心部分に触れます。
その圧倒的な食事描写の末に描き出されるもの、つまりお話の軸となるドラマ部分なのですが、なるほど「ハッピーエンドはお好きですか?」という紹介文の通り……ではないです。やられました。すっかりはめられたというか、これは本当にやりきれない。
確かに主人公の中ではハッピーエンドではあるんですよ。でも読者という客観的な視点からでは悲劇にしか見えない、という。いやこの「はたから見たら悲劇」みたいな構図自体はそこまで珍しくもないと思うのですが、本作において明らかに光っていると感じたのは、その〝主観によるハッピーエンド〟の納得のさせ方です。
悲劇ってこう、あくまで他人事だから悲しめるという側面があって、つまり心のどこかで「自分ならこうはしない」という〝逃げ場〟を用意しながら読むという、いや個人的な読み方かもしれないですけどでも自分の場合はそういうところがあります。もちろんその逃げ道は実質ただの結果論というか、読者という立場で出来事の全体像を把握しているが故の後出しジャンケンでしかないのですが。でも「結果論にせよこうしていれば大丈夫だった」という、その無理矢理作った心の余裕すら、このお話は全部潰してくるんです。
例えば「ええいこんなやつに最後まで付き合う必要はない、私ならこいつだけスカッと抹殺する」と思ったところで、でも主人公自身がまだ彼のことを愛しく思っていますよと、それを理解させられてしまってはもう「じゃあそれは無しか……」と引っ込めるしかなくなってしまう。この調子でこちらの都合の良い妄想をあらかた潰して、最終的に残る唯一の選択肢がまさにこの作品の終着点であると、もう無理矢理認めさせられてしまう感じ。気持ちはまだ全然納得してないのに、でも「確かにこれはハッピーエンドでした」と、そう認めるしかないような状態。この感覚、まるで物語に力ずくでねじ伏せられるような、その「ぬわーっ!」ってなる読後感の不思議な心地よさ!
最高でした。なんというか、オセロとかでこう、「そこに置いたら次角取られて死ぬ羽目になるけどそこしか置けるところがない」状態に追い込まれたような感じ。なんだろう、どうも説明が余計にわかりにくくなってる気がしますけど、とにかく逃げ道を封じられる感覚が楽しい作品でした。
謎の念者
平穏な夫婦の食卓を描いたお話、かと思いきや、夫の不倫疑惑が開示されてから一気に雰囲気が変わります。不倫を確証した妻の取った行動とは……?
所謂サイコホラー作品というのでしょうか。「げに恐ろしきは人の情なり」といった作品でした。スズランの毒成分を諳んじる場面なんかは淡々としているだけにじわじわ来る恐怖があります。植物毒って怖いですよね……(トリカブトとかキョウチクトウとか……)
妻がここまで過激な行動を取った理由は未練があったからで、愛想を尽かしていたらここまでのことはしなかったのでしょう。
殺人の話ではありますが、敢えてハッピーエンドを見出すとするならば、本格的に関係が壊れる前に妻自らの手でエンディングを迎えさせたという所にあるのでしょう。
謎のハピエン厨
羽根のない人種が差別され地下に閉じ込められた、不平等な世界の物語。羽のある無しだけで価値が決まる世界で、そのどちらにも属せない片翼という人種が印象的です。あともう一つ翼があれば、今ごろ地上で神の使いと称えられていたはずのに、アデムは片翼であるために地下へ送られ、口に糊する生活を送るのがやっとという有様でした。
そんな彼の口から語られる言葉だからこそ、真っすぐな願いの言葉が響きました。差別のない、誰もが平等に飯を食える世界にしたい。世界中の人々が味方であっても難しいと思える目標ですが、だからこそ主人公やハルバード・ドッグの子供に対する期待、或いは未来への希望がいっそう強く輝いて、訴えかけてくる作品だと思いました。そういう点において、この小説ではまだ途上の段階でありながら、確かにハッピーエンドを描いているように感じます。
それだけに、物語の途上で終わってしまっている感が否めないのが惜しいところです。物語の終わりまで十分に描けるだけの世界感、そしてキャラクターの創り方をされているように感じましたので、登場人物たちがどういう風に夢を叶えていくのか、というところまで、ぜひ見届けたかったなと感じました。
謎の金閣寺
【そう遠くない未来、きっと彼らが歌うであろう唄が聴こえる】
地上に暮らす〝羽あり〟に対して、地下に生活するしかない〝羽なし〟と、さらにひどい扱いを受ける〝片翼〟のお話。
階級社会、あるいは差別を題材としたファンタジーです。あるいは少年ふたりの友情の物語。途中でもうひとり登場するので、正確には三人というべきかもしれません。
よかった、綺麗だった、と、真っ先にそんな感想が浮かびました。作品に対する評価としてはちょっと曖昧な言葉なのですけれど、でもその曖昧だからこそ本当にぴったりくる感じ。作品自体がものすごく寡黙で、一番胸に刺さる部分をほとんど言葉で語ろうとせず、ただ事実だけをぽつんと寄越してくれる。その感覚をそのまま受け止めての感想というか、余計なこと言って壊したくないと思ってしまうんですよね。今のこの形、これが一番綺麗なのだから、自分なんかが余計なこと言うのはまったくの野暮、というような。
なのでネタバレというのとはまた違うんですけど、でも気持ちとしてはほとんど同じというか、もし未読の人がこれ読んでたらここですぐ作品本編に行くべきです。以下は野暮でも一応内容について触れます。
設定がすごいです。シンプルでわかりやすく、なのに幻想的な世界。羽ありと羽なし、それだけでも階級社会は描けるのに、そこに片翼という存在を持ってきているのもまたすごい。ふたりの少年同士は共に被差別階級でありながら、でもお互いにも別の階級として分断されている、という二重の構造。共感と隔絶、その両方がある中での友情関係。
わずか3,000文字という短さでやることじゃない気がするのですけれど、でもしっかり過不足なくやってしまっているのがもうとんでもないです。念を押しておきたいのは「過」でも「不足」でもないことで、これでぴったり満ち足りている、ということを強調させてください。絶対もっと描けるんですけど、それでも物足りなさはまったくない。そう思わせてくれる話ってそれだけでもう最高じゃありません?
加えて、というかもう本当に大好きなのが、三人目の彼(彼女?)の存在。例の獣の子の、その秘密(というほどでもないけど、意外な真実)が明らかになるラスト。これがもう本当に最高でものすんごく好きで、だって本当にただそれだけ、事実が明らかになっただけで何かが解決されたわけじゃないのに、どうしてこんなに気持ちいいんでしょう?
肌が粟立つような爽快感、たぶんある種の物語的な救済と言っていいと思うんですけど、まるで未来が拓けたかのようなああいや本当これダメだもうこれ以上言いたくない……このままこの感想を胸の奥にただ抱かせて欲しい……まったく趣味にどストライクというか、心の真ん中鷲掴みでした。惚れ惚れします本当。こうなるとかえってこの短かさがすごい。
実際、何も解決はしてないというか、特に何かが前進したわけでもないところが好きです。この点はたぶん、きっと物語としては弱いと言えるポイントだと思うんですよ。でも好き。大好き。少なくともこのお話に限ってはそうでなきゃって思う。
だってこのふたりの抱えた困難、きっと将来立ち向かうことになるであろう大きな壁は、まずちょっとやそっとじゃ乗り越えられるものじゃないはずなんですよ。しんどいのがわかる。というか、普通に考えたらまずうまくいかない。少年ふたりと獣一匹、今の彼らでなんとかなりそうな要素がない。この〝その後〟に対して何もプラスとなる材料を(作中で)用意してないところ、そこが好きというかやられたというか、だって何にもないのにでもそれを読み終えた自分の中、彼らの行き着く〝ハッピーエンド〟がふんわり見えている、という。
この感覚。本当に好きです。もうこれ以上何を言うべきか分からなくなってきましたが、とにかく素敵なお話でした。とてもよかったです。
謎の念者
羽のある人々によって差別的な扱いを受ける羽なし人と、そのどちらからも差別される片翼人のお話。王朝、王様という単語から君主制国家が舞台でしょうか。差別の構造は差別者と被差別民の単純な二項対立ではなくもっと階層化されている、という現実を見つめる鋭い観察眼をお持ちであることが見て取れます。
全文に占める設定開示の割合が大きく、話が動き出した所で終わっているように思えます。欲を言えばまだ字数にかなり余裕があるので、倍ぐらい字数をかけてもう少しお話を動かしてもよかったかな、と思います。
謎のハピエン厨
不倫関係を描いた物語。終始ドキドキしながらお話を拝見させていただきました。書き出しの一文から、不穏な雰囲気を感じさせる文言で飾られているのは読み手として興味を持ちましたので良い導入だと感じました。
そして導入のインパクトに負けず、物語も終始説得力のある主人公の語りによって紡がれていきます。蜜月の相手との関係や、主人公の抱える不満が、読んでいて非常にもやもやとさせてどんどん先へと読まされてしまいました。
最後の展開は、主人公としては心残りのある終わり方ですね。しかしながら、彼を好きであるという気持ちもありつつ、このままではいけないと主人公も気が付いていたことが伺えます。「和希が非道い男で、私が駄目な女だということ以外に、この関係を終わらせる理由が欲しかったのかもしれない」という一文には、主人公の悲痛な叫びが顕れているように感じました。きっと、始まったときから間違っていて、救いようのない恋だったのかもしれません。
だからこそ、こういう関係とすっきり縁が切られたことは、彼女にとって良い終わり方だったと言えましょう。今後彼女が、新しい恋を見つけて幸福になるための、大切な一歩であり、そして大事な人間関係の終わりを描かれているように感じました。そういう意味でのハッピーエンドなのだということを、しっかり受け止めました。
彼女としても即座にすっぱり割り切れる感情ではないかもしれませんが、終わりはまた新たな物語の始まりでもあります。そういう人間関係の側面を思わせてくれる切実な物語は、一読者として非常に読みごたえがあったと感じるところです。
謎の金閣寺
【ホギャァァァーーーーッ!(※情緒を破壊され尽くしたので叫ぶしかない)】
どうやら他に本命の彼女がいる男性と、その彼と浮気な肉体関係を持っているっぽい女性の、なんか惑いや迷いや足踏みのお話。
まあ、その、もう、こう、アレです。叫びました。だってこれ、この、ああもうこの! いや本当これ読んでもらえれば絶対わかってもらえるというか、むしろ読み終えたらみんな間違いなくこうなってるはずっていうか、完膚なきまでに情緒をめちゃくちゃにされました。なんてことするの……。
さすがに内容に触れずにこのお話について書くのは難しいので、以下は思いっきりネタバレ、というかお話の核心部分に言及しています。
やっぱり一番凶悪だったのは最後の最後なのですけれど、でもそれもそこまでの積み重ねがあってこそのこと。というか、滑り出しからしてもう結構なパワープレイです。ラブホテルという要素のインパクトもあるのですが、「確か〜〜だったと思う」と露骨にこちらの興味を引きつけ、その上での「でも、結局私は〜〜」。この時点ですでに全体の軸となる〝未必の故意〟が出てきており、さらには「それがはじまり」と結ばれる導入部。
ここまでの情報量だけですでに凄まじいことになっているというか、前提や設定の全体象みたいなものが、ほとんどあやまたず理解できてしまう。それどころかこれが「はじまり」ということは、つまり「次」や「次の次」があると予告されているも同然なわけで、そしてまさにその「次」の話に乗っける形で、どんどん解像度を増してゆく状況の面白さ。
一切の隙がなくまた非の打ちどころもなく、ただとにかく「なんかヤバイのが来た」と震えるしかありませんでした。なにこの反則みたいな釣り込み方。読み手に「なんのこと?」とか「お、どうなるの?」と思わせるような、気にさせるポイントっていうか餌のぶら下げ方がうまく、しかもその「気になる」を追ってるだけで説明が完了してるんですよ。なにこれ。なんかヤバイの来た。みんなにげて!
というわけで、ここからはこの物語の幕切れについて個人的な悲鳴をあげまくりたいのですけれど、いやもう嘘でしょこんなのってあります? さっき上の方で「完膚なきまで」というを使いましたが、でもこの主人公の至った結末、これほど完膚なきまでに「完膚なきまで」してるお話は生まれて初めて見ました。
いやまあ、ある意味じゃそりゃ自業自得っていうか、この主人公だってまったく褒められたものではないのですけれど。むしろ客観的には結構最悪な女で、どうしようもない奈落に自分からハマってなお言い訳してるような絶妙な無能感はあるものの、でも全部許します。許しました。これを許さないはずがない、だって共感というか感情移入というか、この人は完全に私自身なので。
未必の故意。賢しくも故意だと自覚した風でいるくせに、まだ心のどこかでそれが犯罪成立要件にはならないと思ってるかのようなこの甘ったれ具合。ほらね私です。そしてこういうのは私のことだと思えば、即座に徳政令を発してなかったことにできるもので、特にこの場合は男の方もひどいから責任転嫁が簡単というのもあって、遅くとも中盤くらいにはほぼ「いいぞやっちまえ」というスタンスで読んでいました。
なにをやっちまうかはほぼ読んだまま、せめて一矢報いる、というかほとんど八つ当たりのような。自爆テロ。まずろくなことにはならないとはわかっているけど、でももう何だっていいからとにかくひどいことになれ的な。いやその結果どうなるかなんて考えてないというか、絶対一番痛い目見て泣くのは私なんですけど、そんなのそうなるまで見なければいいだけの話なので。なってから泣こう。大声で、誰かがなんとか後片付けしてくれるまで。ひたすら。
——という、そのつもりがまさかのこの結末。
まさかこんな、だって、いや嘘でしょここまで完膚なきまでに負けるか普通? という。
いやええわかりますよ、確かにこうなるしかないんです、実際それくらい差があるのは最初からわかって——いやわかってはいなかったですけど、むしろこの物語の流れなら行けると甘く見積もってましたけれど、でもわからされました。
いや後から読み返せばそうなんですよ、向こうふたりはもそもそも住む層が違う。でも、だからってここまで、こう……ひとかけらの手心さえないというか、最後一行とかもう悪魔かと思いました。あまりにもあんまりなその一文を、ただそれだけなら無理矢理耳を塞いで「はい見えなーい私なんも見ませんでしたー」と突っぱねることもできたものを、でもうっわあこれきっちり伏線(とは違うかも? でも予告済)張ってあるじゃないですかァァァ! とまあ、いや本当それ気づいた瞬間もうダメだと思いました。死んだ。こんなの情緒がもつわけない。未必的っていうか確定的殺意では?
やられました。メタメタに、もう感想も解説も言えなくなるほどに。実際悲鳴しかあげてないのはご覧の通りで、大変申し訳ない文章ではあるのですが、でも『ひとりの人間をこうしてしまった作品』ということの証拠として書きました。最高でした。とても面白かったです。
謎の念者
彼女持ち男性のセックスフレンドが自分の痕跡をわざと残していくお話。
始まり方から既に不穏さが滲み出ていたり、その後はある種の不健全な二人の関係性が開示されるなど、「これはどうなってしまうんだ」と読み手に思わせる力があります。本命彼女とはしないようなプレイをすることに関しては、漢の武帝・劉徹が劉徹の姉に仕える歌妓に過ぎなかった衛子夫と便所で交わって彼女を気に入ったというような逸話を思い出しました。
不穏さを感じさせながらエンディングは平穏な着地でありましたが、取り敢えず綺麗さっぱり関係が終わった所にハッピーエンドを見出すことができるかな?と思いました。
謎のハピエン厨
純粋で真っすぐな青春の物語。読んでいる最中、何度魂が浄化されたことでしょう。こういう真っすぐで甘酸っぱい青春を書くのって実はかなり難しいと思っていて、というのも「恥ずかしい」という気持ちが前に出てきがちになってしまい、自分の中に本来眠っているはずの言葉を表現できずに終わってしまうことが多々あるように思えるのです。しかし今回の物語では、自分の中に在る言葉や物語を、堂々と描き切っていただけたことをひしひしと感じました。
二人の会話に散見される「、、」や「笑」「?!」といった表現は、小説のお作法に詳しい方なんかは首を捻るところかもしれませんが、ぼくとしてはこういう表現があるからこそ物語の骨格たる青春感が醸し出されているように感じましたし、世界観に溶け込んでいる表現でいいな、と思いました。
物語もしっかりと山あり谷ありの構成を意識されていてよかったですし、特に最後の一行に込められた主人公の感情を前にした時は、思わず「ありがとう……」といいながら光の彼方に消えそうになりました。この一文は本当に浄化力が高くて素晴らしいなって思うんです。どこまでも真っすぐで純粋な感情をぶつけられると弱い……。
自分の中に眠る言葉を堂々と表し、こうして一つの小説として描かれるということは、なかなかできることではありません。今後もぜひ、真っすぐな感情を創作にぶつけていってもらえたらなと、一読者として期待せずにはいられません。
謎の金閣寺
【小細工なし、直球の青春恋愛劇!】
幼なじみの男子に密かな恋心を抱く高校生の少女の、その切なくも甘酸っぱい片思いの日々のお話。
恋愛ものです。恋愛小説以外の何者でもない、威風堂々たる王道の青春恋物語。完全に槍一本で勝負しに来ているというか、読者に何を見せたいのかがはっきりしていて一切ぶれることがない、この物語自体の持つ真っ直ぐなパワーがもうそれだけで気持ちいいです。
兎にも角にもわかりやすい。難解だったり複雑だったりするところがほとんどなく、また雑味のようなものすら一切排して、真っ直ぐお話の主軸のみを集中的に描く。設定そのものも想像しやすく、なにしろ必要最小限の構成を、しっかり時系列通りに書いていく構成。
幼なじみ同士の男女ふたりに、小中高と続く関係、恋の始まるきっかけからその後の日常、と、必要な部分を想像しやすい形で、かつ自然に提供してくれます。物語の内容を受け止めるのに必要以上のエネルギーを使わずに済むため、メインである恋物語の部分に集中できるのが素敵でした。設計というかスタンスというか、竹を割ったようなエンタメらしい姿勢。
また加えて特徴的なのが文章で、まさにその内容にぴったり沿うかのような味付けです。具体的にはかなり口語に近い一人称体、それも主人公の心の中をそのまま文字にしたかのような文体。実にウェットというか剥き出しの情動を感じるというか、そんなスタイルでそのまま色恋の甘酸っぱさをダイレクトに叩きつけてくるわけですから、これで身悶えないはずもなく。若さというか幼さ、青臭さのようなものまで一切減衰されることなく描き出されていて、このむず痒いと同時に思い出の裏側がひりつくみたいな、強くささくれだった恋の痛みのような感覚。
まさに恋愛ものならでは、という印象です。シンプルであることの強みを活かした書き方。友情等がテーマであっても不可能ではないのでしょうけれど、でもこれが一番ハマるのはやっぱり色恋のお話という気がします。
恋は恋であるというだけで物語となって、あるいは少なくとも需要のようなものがあって、つまり具体的に言うなら『魅力的な異性との魅力的な色恋の経緯』というのは、読みたいという人の絶えることのないところだと思います。それだけを提供する、というのはきっと言うほど簡単なことではなくて、だから最後まできっちり幸せな恋の姿を描いた、この物語のてらいのなさが本当に好き。
ハッピーエンドが好きです。幸せな結末であることと、その幕引きの爽やかさも。まさに青春といった雰囲気の溢れる、甘酸っぱくも瑞々しい恋物語でした。
謎の念者
高校生の男女による、ド直球な恋のお話。情景描写を極限まで削り、会話文と主人公の少女の心情描写に振り切って恋心を書き表す執筆スタイルは飾り気のないストレートを放り込んでくるような勢いがあります。
正直言ってあまりにも眩しいのと、自分自身に消化酵素がないために何を書けばよいのか分かりませんが、臆することなく直球勝負できるのはある種の能力だと思うので、これからもそうした力を生かして創作活動を続けてほしいと思います。
謎のハピエン厨
放課後の教室に残った二人が、「普通」について議論を交わす物語。この普通というやつは非常に厄介な概念で、どうしても、自分の置かれた状況下にだけ照らし合わせて考えてしまいがちです。ましてまだ学生、若い二人にとって「普通」の正体を見定めることは、難しい時期であるように思えます。
しかし凛は、飛鳥よりも一歩踏み込んだ場所で「普通」を俯瞰していて、飛鳥が「普通」の枠から羽ばたこうとする過程を、愛おしく見つめているような、一人占めしているかのような。そういうある種の独占的な好意と共に、二人の関係性が描かれているのを感じました。この物語のハッピーエンドは、これからも二人の関係性が続いていくのだ、と感じさせてくれた点にあるように思います。
ただ、読んでいてちょっと分かりにくいと感じることもありました。というのも地の文で凜を語る点、飛鳥を語る点が混在していて、視点が忙しくなってしまうのです。
また、もっと二人を行動させてほしいなと感じたところです。彼らの人間性に根差すところは地の文を見ても明らかなように、しっかり作者さんの中で把握されているように感じます。であれば彼らの持つ「普通」に関する考えた方を、もっと日常の風景に溶け込ませた形で見せて欲しかったと感じました。そうすることで飛鳥の「普通」に囚われている点なんかを、さらに説得力をもった形で訴えられるのではないかなと思いました。
謎の金閣寺
【放課後の小さな問答、対話の裏で擦れ合う思惑と思惑】
人のいない放課後の教室、少し風変わりな高校生ふたりの、雑談のような討論のような日常のひとコマ。
独特の手触りを感じる作品です。描かれている光景そのものは日常的なのに、どこか浮世離れした雰囲気の対話劇。ジャンルは現代ドラマ、キャッチには『普通とは何かを考える物語』とあって、確かにその通り、と思うと同時に、ふと「自分ならどんなジャンル/キャッチがありえただろう?」と考えさせられました。心の中の書庫の、どのジャンルの本棚に置くか? POPなり読書メモなりつけるとしたら、そこにどんな説明を書くだろう? この辺の答えがなかなか出ない、ピタリと言い表す語を見つけるのが難しい、そういう意味での〝独特の手触り〟。
実際、結構不思議な(あるいは尖った)構造をしているように思います。個性的なふたりの人物が出てきて、双方の心理を仔細に描きながら、でもごくごく短い会話だけでお話が成立している。下手を打てばただのキャラ見せだけに終わってしまいかねないハイリスクな博打を、でも危なげなくしれっと物語させちゃうこの手腕? ていうか奇跡? まあとにかく、すごいです。かなり稀有な技術なのでは。
もちろんただの構造、構成に限った話ではなく、というか読んでるときはそんなのほとんど気にしないわけで、だからこの作品の個性はむしろその内容にこそあります。特にふたりの関係性、容易に名前を付けられない独特の距離感のような——例えば「友人関係」とか「昔なじみ同士」とかでも間違いではないのだけれど、でもそれだと大事なところが全然言い表せていないと思わせる——つまりは〝このふたり〟以外に言いようのない関係が大変に魅力的でした。ふたりだけの教室。終業から一時間、人知れず発生する特別な空間。ある種の聖域のようなその空間を、作中に組み上げた時点でもう勝ちみたいな感覚です。
友情だけど友情じゃない、ましてや恋愛では——いやはたから見てるだけの野次馬的な立場からなら「お似合いじゃーん」くらい言えちゃいますけど、まあ違いそう。少なくとも当人たちにとっては。実際スキスキ感あふれる恋愛感情的なものは見えなくて、でも最初に出てきた「私たち付き合ってるんだって」という誤解は、正直さもありなんという気がしなくもない、というこの感じ。
だって少なくとも今現在、この物語の時点ではきっと、お互いに替えの効かない唯一の関係。最後まで読み終えてみればある種の執着や依存の芽くらいは読み取れなくもなくて、でもそれは決してベタベタひっつくような至近距離ではない。危うくも安定した、いや安定しているのに十分危なっかしい独特の関係。この距離感そのものをひとつひとつ、ヒントをもらうみたいな形で文章の端々から受け取っていく、その読書感覚がもうなんでしょう、無性に楽しいというか気持ちいいというか。例えば「友情」とかあるいは「愛」であるとか、それらの概念に該当する関係であったとしても、その一語では到底表しきれない細部を得ていくことの快楽。という、あってますよねこの読み方で?(急に不安になった)
そして、それによって描き出されているもの。彼らの距離感や〝その関係を作らせるもの〟がとても好きです。相手に望むものというか、作中では「愛」なんて言われたりもしている部分。そのまま読むと凛くんの方が上手というか余裕があるというか、状況のイニシアチブを握っているような感じですけれど。願わくば、というかただの個人的な願望として、案外そうでもなかったら嬉しいな、と思います。例えば飛鳥さんが思い通りに飛んだり閉じこもったりしてる分にはいいけど、もし自分の想定してない選択肢を取ったりなんかしたら、露骨に不機嫌になるとかキレるとかして欲しい。絶対似合う。というかそれ以外に解釈のしようのないラスト。好きすぎる……。
いやもう、なんか好き勝手言ってしまっていろいろ申し訳ない感じですが、でもそういう妄想を誘発させるだけのエネルギーを持った、静かながら高火力な作品でした。最後の一文が最高に好き!
謎の念者
五年来の縁である二人が放課後の教室で「普通とは何ぞや」という会話をするお話。哲学問答のようなお話ですね。そうでありながら単なる哲学問答ではなく二人の関係性を示しているのも良い所です。
個人的に見所と思ったのが、凛の飛鳥に対する想いです。相反する二つの願いを飛鳥に対して抱いた凛が「飛鳥に決定権を委ねたい」という答えを出した所に粘ついた独占欲を抱きつつも一歩引いた所から対象を観察する所に凛の為人が現れているように思えました。
ハッピーエンドをお話の何処に見出すかは悩んだ所ではありますが、飛鳥がどのような選択に至ってもそれでよい、と納得した所に、この物語のハッピーエンドを見出しました。
謎のハピエン厨
シミュレーターされた人生を送った男の物語。私はSF小説に決して造詣が深くありませんが、このお話は非常に良いと思いました。
男は自分の人生をバカらしいと感じ、間抜けな人生だったと語っていますが、平凡でありつつ満足な人生を送っていたとも感じているようですね。
指輪、というキーアイテムの使い方がよかったです。男の個性を物語る要素としてだけでなく、物語をまさかの展開に導く橋渡しとしても機能していましたね。
このお話の結末は、非常によいと感じました。シミュレーターされた世界で出会い、そして別れた二人の再会。それを世界観に上手く溶け込ませながら、ハッピーエンドというお題に着地させているのが、本当に素晴らしいと感じました。ぼくも死んだら二人のようになりたいと思わずにいられませんでしたし、読後感が初めて体験する類もので、非常に新鮮に感じられたので良かったです。個人的に五億点です……!
謎の金閣寺
【来世における巡り合いのお話(※語弊のある表現)】
約九十年の人生の締めくくり、間抜けな人生だと自嘲しながらも、でも満ち足りて往生するひとりの男性のお話。
しっとりと落ち着いた描写が胸に沁みる、切なくも優しい手触りの人間ドラマ、のようなSFです。ドSF。どうやってもネタバレになるというか、いやそもそもタグの時点で明かされてるも同然な部分なので〝そこ〟についてはもう気にせず触れてしまうのですが(困る人はいますぐ本編へ!)、シミュレーション仮説をモチーフにしたお話です。その辺りを端的かつ印象深く象徴しているのが、本作のキャッチである『あなたの愛する人は本当に実在するのでしょうか?』の一文。これ好きです。本編の内容を読み終えてからだと、より強く意味合いが強調されるような感覚(後述します)。
導入であるところの「九十年の人生」、それはすべて仮想現実だった、というところから始まる物語。宇宙船での星間航行中、どうしても持て余すことになる長い時間を潰すための、娯楽としての人生のシミュレーション。要は長い夢から覚めたようなもので、さっきまでの人生はすべて作り物でしかなかった、というのがこのお話の肝というか前提になるわけですけれど。
ここで面白いのがこの主人公、というか作中の人類全般のことなのですけれど、寿命が半永久的に続くんです。現生人類の人生一回分の時間くらいは、ほとんどあっという間の出来事。さすがに未来(千年後)の世界だけあって全然違うと、それ自体は特段なんてことはないのですけれど。
宇宙船のコンピュータによってシミュレートされた方の人生、それが千年前(作品外における現代)の世界であるということと、そして『シミュレーション仮説』というタグ。これらの意味するところというかなんというか、まあ要するにメタ的に見ることで作品の主軸とはまた別の妙味を上乗せしてくるという、この構造とそのさりげなさにニヤリとしました。あくまでも副次的に書かれている、そのお洒落というか上品な感じ。
さて、その上でその主軸、物語のメインとなるドラマなのですが。まんまとやられたというか綺麗に決まったというか、きっちり組まれた構造の綺麗さにうっとりします。単純にロマンティックないい話でもあるのですけれど、これ構造だけ見てちょっと見方を変えるなら、ある意味転生ものみたいなところもあるんですよね。いわゆる前世からの生まれ変わり、離れ離れになった運命の相手に再び巡り合うお話のような。王道であり古典でもあるその類型を、でもただSF的な設定の上に持ってきただけでなく、まったく違う手触りに変えてみせる。物語を自分の(作者自身の)ものにする、というのは、たぶんこういうことなのかなと思いました。
あと大好きなところ、というか絶対触れずにはいられないのは、やっぱり結びのあの一文。このサゲの爽快感がもう最高に好きです。伏線等も綺麗に回収しつつ、すべてがこの瞬間のために描かれた物語。とても綺麗で、しっかり壮大なSFでありながらも、その向こうから人の生を伝えてくれる素敵な作品でした。
謎の念者
89年の人生を終え大往生したかと思ったら、実はその人生はシミュレーターによって体験していたものだった……というSFです。SFには初挑戦らしいですが、そうとは思えないほどよくできているお話です。
サービスの内容も面白く興味深いのですが、最終話の美しさやお題(ハッピーエンド)の回収も鮮やかで、腕の良さを感じます。小説が上手いよ……
指輪を忘れた場面が主人公のただのドジ話で終わらずラストの展開の伏線になっている所なんかも粋な構成だなぁ~なんて思いました。SFにはそこまで詳しくないのですが、そんな私でも思わず唸ってしまうような作品でした。
謎のハピエン厨
湖底の三日月を取りに行く物語。これ、最初はてっきり入水自殺を図ってるのかと思いましたが、物語はまったく違う展開を見せていきます。
水底に沈む頭蓋骨、悠々と泳ぐ人喰いウナギが登場する辺りで、「あ、どうやらこの二人にはまだ生きる意志が残っているぞ」というのが分かってきて。そこからは、ファンタジーの世界にどんどん引きずりこまれていきました。そこを理解してから「酔っ払いに不可能はない」の一文を見直すと、なるほどこれは二人の背中を頼もしく押すようなキャッチフレーズで、面白いなぁと感じました。
湖底沈む三日月というアイテムの発想も素晴らしいと思いました。描写が美しくて非常に好きだと感じたところです。
そして最後には、偶然の贈り物とでも言うべきでしょうか。小さな欠片が二人を照らしているシーンを想像して、「これはいい物語を見せていただいたな」という嬉しい気持ちが湧き上がってきました。
物語としてコンパクトに仕上がっていること、またテキーラや三日月、人喰い大ウナギからファンタジーの雰囲気を醸し出されるのが非常に上手だったという点が印象的でとても面白かったです。
謎の金閣寺
【突然の転調と、そこから始まる幻想的な風景】
親に押し付けられた借金で首が回らなくなった『ぼく』が、杏子と一緒にテキーラを飲んで、そのまま石抱えて湖に沈んでいくお話。
とまあ、ここまで書くと完全に入水自殺のお話で、事実そのつもりで読んでいたのですけれど。よく見たら現代ファンタジーで、どうも現実の世界とはちょっと勝手が違うみたいです。
例えば5メートル級のウナギがいたり、あと入水しても酔っている間は窒息しなかったり。冒頭を抜けたあたりでの突然の転調、急に物語のリアリティラインが変わったように見えて、でも実は全然そんなことはない(ただそう錯覚させられていただけ)という不意打ちが面白かったです。入水自殺にしか見えなかった目の前の景色が、まったく違うものに見えるようになる瞬間。
タイトルと章題に共通する『酔っ払い』という語の通り、作品全体に通底する酩酊感、ちょっと酔っ払ったみたいな幻想の風景がとても魅力的です。青く染まった水中の景色。いえ夜の湖なので暗い(黒い)のかもしれませんけど、でも月光が届いているようなのでやっぱり青のイメージ。酔生夢死、というとちょっと意味が違うのですけれど、でも酔っていて生きるか死ぬかの際にあって、それでいて夢のような景色が続いているなので、むしろ今日からこっちが酔生夢死でいいと思います。
この世界の物理法則は結構独特なようにも思えるのですが、でもそのわりにはスッと飲み込めたのがなんだか驚きました。わかりやすさというかわからせ上手というか。なんだか絵本のような雰囲気、という感想は、でもたぶん嘘っていうか登場人物のおかげだと思います。だってやってること自体は絵本みたいな牧歌的な世界と程遠い(借金に追われての命がけの冒険)。にもかかわらずそんなに悲惨な感じを抱かせない、杏子さんと『ぼく』のこのふわっとした感じがとても好きです。
ふんわりした幻想的なお話ではあるのですけれど、同時にしっかり物語しているのも嬉しいです。苦難があり、それに立ち向かい、でも敵わず危機に陥ったり……と、だいぶしっかりした冒険をしている。特に終盤手前、絶体絶命の状況を半ば受け入れそうになりさえするのですが、でも悲劇的であっても暗い話にはならないんです。このふんわりした優しい雰囲気と、実際に起こっている出来事のハードコアさ加減、このふたつがうまく両立されているというか、それぞれいいとこ取りしているのがすごいなと思いました。どうやってるんです?
その上で、一番好き、というかもう心底最高だと思ったのは、やっぱり終盤から結びにかけての展開です。ハッピーエンド。それも個人的にはもうこれ以上ない、まさにお「手本のような」という形容のぴったりくる感じのそれ。幸せな結末の前にはまず苦難があって、その振れ幅が大きければ大きいほどハッピーエンドの威力は増すのですけれど、でもさっきの〝いいとこどり〟のおかげで、余計な副作用(重かったり辛かったりするところ)が抑えられている。読み手の心が折れないようにしてあるのに、でも落差だけはきっちり効いている、というこのずるさ。
よかったです。本当にただただ「無条件にいい」と言いたくなる、心の洗われるような見事なハッピーエンドでした。大好き!
謎の念者
借金で首が回らなくなり、湖で入水自殺を図る男女の話……に見せかけてそうではなかったお話です。こういう計算ずくのミスリード誘いを見るとやられたぜ!って笑いながら叫びたくなりますね(笑)
個人的に好きなのがデカい人食いウナギが出てくる場面です。この手の生き物、「ビッグ○○パニック」みたいなタイトルの映画に出てきそうですよね。こういうアニマルパニック映画に出てきそうな生き物が出てくると私はもう……大好きとしか言えなくなってしまいます。ウナギを討伐するシーンで五億点!と叫びました。
終わり方も、一攫千金とはならなかったけど悲劇は回避できたというプチハッピーな感じで良かったです。
謎のハピエン厨
あきかんさんの二作目ですね。今度は青春・恋愛を取り扱ったお話であり、またノンセクシャルという難しいテーマに触れながら二人の関係を描いています。
二人は終始仲がよいだけでなく、むしろ雫さんの方からそっち方面の歩み寄りに努めているようにも傍目には見えて、きっと二人の関係が変わる日も近いのではないかな、と思ったり。一方、楠くんは釣れない対応をしているように見えて「雫さんにはまだ早い」と判断をしているように思いました。気持ちが逸るあまり、この関係性を壊してしまいたくない。彼の面倒見のいい側面からも、そういった優しさが感じられて非常によかったです。性欲という怪物を飼いならし、鋼の決意で日々を過ごしているであろう楠くんを想うと賞賛せずにはいられません。
二人にとって本当に大切なものはなんなのか見極める。それが愛というやつの形なのかもしれないと思いました。ラストのしっかりオチが付いているところも好きでした。
謎の金閣寺
【人によって全然違う解釈ができそうなお話】
とあるカップルの食卓と、あと映画館デート、それと思い出話などの対話劇。
仲良しカップルがいちゃいちゃ過ごす様を眺める感じのお話で、ジャンルはラブコメとなっています。分量は約3,000文字強と非常にコンパクトで、登場人物は『楠くん』と『雫』の二名のみ、彼らふたりの対話を中心にその過去や関係性を掘り下げていく、といった筋の作品です。
非常にシンプルな構成で、わかりやすいというか話の筋そのものはとても追いやすいのですけれど、そのぶん主軸の部分で攻めてくるというか、いろんな読み方の可能性を提示してくるようなところがあります。
例えば、一番わかりやすいのが作品の紹介文、本文外の部分に書かれた「ノンセクシャル」という語とその説明。最初に目に入るところに書いてあったため、なんとなくそれを前提として読み始めたものの、でもこれは本当にノンセクのお話だったのか? その辺を確定できるだけの記述は本文中にはどこにもなくて、だからもしかするとミスリードなのかも——というのはさすがに穿ち過ぎというか、書いてある以上はそれに準ずる姿勢で読みはしたのですけれど。それでも(というか、それはそれとして)彼女や彼の自認や解釈、またその感覚についてどんどん想像させられてしまう、いわば想像の余地のようなものこそがこのお話の肝だと思いました。物語としての核というか、きっと一番おいしいところ。
もともとグラデーション(段階的)であると言われるセクシュアリティに関して、彼女自身の言葉で語られているわけでもなければ、恋人たる彼の見解が示されているわけでもない。なにしろ「ノンセク」という語を初めとして、セクシュアリティを直接的に言い表す単語は、作中に一切登場しないんです。ぼんやり想像しみただけでも、いろんな解釈が思い浮かぶ。
この「直接言い切ってしまわない」ところが好きです。もともと個々人で全然違うものを、でも便宜上わかりやすく大雑把に区分けする程度の言葉だとしても、やっぱりはっきりした名前で表されるとその印象が先に立ってしまう——逆説、はっきりそう呼ばないことで固定観念やイメージを先行させることなく、個人のパーソナリティとして書き上げること。前述の「想像の余地」でもあるのですけれど、それ以上にはっきり「彼女の(そして彼の)物語」に仕上げているところがとても魅力的でした。
その上で、というかなんというか、やっぱり好きなのはいろんな解釈が考えられるところです。彼女は自分をどう捉えているのか? そして彼にはどう見えているのか? ノンセクやAセクもそうですけれど、そうでなく性に対する抵抗感(いわゆる性嫌悪)であったり、また世に言うロマンティック・ラブ・イデオロギー的なものに対して辟易しているだけなのかもしれない。この辺どれでもあり得るというか、考え続けるうちに少しずつ「あれっ、このどれでもない可能性も……?」となってしまう、この不安な感じがたまらなく好きです。
誤読の恐怖、というか、自分が意地悪な人間になったような気分。ヒントになりそうな情報がどれもこれも危うく(地の文はすべて楠くんの主観でしかないというのもある)、特に最後一行なんかはもうものすごい爆弾投下で、それでも解釈に確信が持てないのはたぶん、自分がへたれなだけなのだと思います。なかなかに考えさせられることの多い、攻めの姿勢を感じるラブコメでした。
謎の念者
あきかんさんの二作目。ノンセクシュアルを題材に取った男女の恋愛劇です。
本筋とはあまり関係のないことかも知れませんが、二話の料理シーンが個人的にとても好きです。淡々と動作のみを描写したテンポ重視の文章の中にも、「彼女の匂いが魚の匂いに紛れ込む」という小粋な一文が差し挟まれて良いアクセントになっています。
物語自体はどちらかといえば平坦で、そこまで大きな動きはないお話なのですが、二人の見ている風景が以前とは違って輝いて見える、という所でしっかりとハッピーエンドというお題の回収がなされていました。
謎のハピエン厨
このお話、めちゃくちゃ好きです。読んでいる時に何度もゲラゲラ笑いました。もはや、読み終えた後にタイトルを見るだけで面白くなってしまう。あとキャッチコピーのところに「神話です。」って書いてあるのも面白くてずるい。
お話自体はマンティコアのティコ太郎が犬と出会って、己を解き放つという簡潔な内容ではあるのですが、そこに至るまでの文章が、句読点を極力減らしていることも相まって、疾走力が半端ないことになっています。とくに、主人公がティコ太郎の心情に勘づき始めた辺りからヤバいドライブがかかっていました。このお話のハッピーエンドは間違いなくティコ太郎が迷いから解き放たれたことでしょう。
終始ギャグセンスが素晴らしく、読み返す度に何度も笑ってしまいました。ありきたりな教室に、ぽいっとマンティコアを放り込んでしまえる発想も素晴らしかったです。
謎の金閣寺
【ジェットコースターの速度で回るメリーゴーランドのような小説】
授業中、校庭に犬が乱入してきて騒然となる教室のお話。
キャッチコピーに偽りなし、まさに神話という趣の作品でした。感想を言語化するのが非常に難しいお話で、何を言おうとしても「すごかった」になってしまうのが困ります。あらすじをうまく紹介できないというか、好きなところに触れるために作品の中身について語ろうとすると、まったくどうしていいか分からなくなるような感覚。お話の筋そのものがかなり前衛的というか、そのまま受け止めると相当に混沌としていて、要約ではただの意味不明な文章になってしまうんですよね。面白いのはわかるんですけど、でも「どこが」「どう」を説明するのがもう恐ろしく難しい。
とりあえずわかることとして、文章がとても最高でした。偉そうになっちゃうのであんまり言わないんですけど、それでも「上手い」と言いたくなってしまう文章。勢いというかドライブ感というか、なんだか読んでいるだけで気持ち良くなるような書きっぷりの良さがあって、それが内容のかっ飛び具合とも合わさり(というかこの内容だからこその文章だと思う)、とにかく読んでいて楽しいという実感がありました。
特に、というか個人的なツボとしては、中盤の山場であるシームレスに神話化していくところが大好きです。世界の外枠を規定するべきタガのようなもの、この場合はおそらく視点保持者の自我が、でも急にしゅわしゅわ溶けちゃう感じ。その上でまったく衰えない主張の火力、食い込んでくる牙の力が緩まないところ。もちろん言い回しの妙や読みやすさもあるのですけれど、とにかく不思議な心地よさがありました。
そしてもちろん、そこに決して負けていないのが物語で、特に中盤を抜けて終盤に入ってからの展開(神話を見せてからの現実的な危機)なんかはもう本当に大好きなのですけれど、でも本当に説明できません。きっと支離滅裂と言ってもおかしくないくらいのはちゃめちゃっぷりなのに、どうしてこんなに筋の通った物語を感じるのか? 危機が本当に危機していて、そこからの解決が本当に強いんです。「訪れた危機の解消」自体が解決であるのは当然なのですけれど、でも同時にそれを成したのが彼であることそのものが、彼の存在をはっきり確実なものへと変化させている、というような。
ここまでどこか現実味のなかったティコ太郎という存在、それが初めて実体を伴ったのがこの話の終幕であり、つまり物語的な状況を解決するのみでなく、彼そのものをも救済してしまっているところがこう、なんですか、本当に〝こう〟なるから困るんです。最初に言った通り、頑張って説明しようとすればするほど、異常な文章が出来上がってしまう……一体どう伝えたらいいんでしょう……。
いやもう、本当に面白かったです。地味にタイトルも好きです。ほんのり感動映画風。そして全然間違いではないところ。でもそこが主人公みたいな扱いだけどいいのかしら、という、細かいツボを突いてくれる作品でした。好きです。
謎の念者
自由に校庭を走り回る迷い犬と、授業時間に縛られた心の囚人たる生徒たちのお話……と紹介してよいのか分からないぐらい、良い意味でブレーキの壊れたはちゃめちゃなお話でした。この手の話は結構好きでニヤリとしちゃいますね。
マンティコアのティコ太郎。このキャラクターが急に放り込まれるだけでもう一気に物語の雰囲気がガラッと変わってトンチキワールドに引き込まれます。
トンチキワールドとは言いましたが、よくよく読んでみると抑圧からの解放、というようなメッセージが見えてきます。この「解放」こそがハッピーエンドの要素なのだろうと思いましたが、違っていたらごめんなさい。とにかく勢いが強いです。強火。
謎のハピエン厨
風のお話が書きたかったんです。
無事に人権を獲得できたのでハッピーエンドです。(強弁)
謎の金閣寺
【美しい自然に彩られた幻想の昔話】
山に住まう野分(風の一種)が、捨てられた人間の子を拾うお話。
昔話です。と、そう言い切ってしまうとちょっと語弊がある(というか人によってイメージが違いそうな)気がしなくもないのですけれど、でも個人的には昔話してる物語。おとぎ話とか童話と言ってもいいのかもしれませんけれど、でもどことなく和風な絵面というか、全体を通じてひしひし伝わる古代日本的なイメージが、まさに「昔話!」という印象です(伝われ)。
圧倒されました。何にかは正直わかりません。たぶん細かく散りばめられたいろいろなものに、というのが正確だと思うのですけれど、とりあえずその〝いろいろ〟の内のひとつとして、自然の描写の際立ち方がもうえげつないことになっていました。そういうお話、というかこれだけのパワー溢れる自然の描き方ができればこその物語だというのはわかるのですけれど、それにしたってとんでもない鮮やかさです。あまりにも彩り豊かなこの語彙力と表現力。なんだか文字使って絵を描いてるような感じ。
この表現力があればこそのお話、というのはまさにお話の筋や設定からもわかる通り。なにしろ主人公からして野分、すなわち擬人化された風そのものであり、他にもお天道様がいたり長老は熊だったりと、ここでは自然が人格を持って生活しています。ただいるだけでなく「生活している」というのがはっきりわかる描かれ方で、物語の舞台となる〝山〟は彼らの共同社会として機能しており、そして社会である以上そこには守るべきしきたりがあります。
物語としてはあくまで昔話(おとぎ話)、故に彼らはただ擬人化されただけの自然そのものと読むべきだと思いますが、でもそれ以外の解釈もできそうなのが面白いところ。伝承の中で擬人化される自然、神格化された存在(とそこにまつろうもの)はだいたい異民族のような存在だったりするとかしないとか、例えば狼の鳴き声の音韻表現なんかは露骨に示唆的な感じもするのですけれど、でもこの辺はどなたか詳しい人に任せます(すみません)。
いやもう自分ではあまりに力不足というか、真剣に紐解いていくには学がないと絶対無理なところ。ただ知識不足で全然わからない割には、それでもわからないなりのワクワク感があって、つまり下支えしている『何か』の分厚さがとんでもないのだと感じます。最初に言った通り圧倒はされたものの、それを説明できるだけの知識や知恵がない状態。己の浅学を恥じ入るばかりです。
以下は思いっきりネタバレ、というかお話の核心に触れる感想になります。
一番好きな点はやはりというか、この物語がハッピーエンドになっていることです。というのも個人的にはこのお話、本来どこにもハッピーエンドの要素がないように見えるんですよ。ここに描かれているのはいくつもの禁忌で、例えばいくら子供とて迂闊に異民族を招きいれるべきでないこと、一度コミュニティのしきたりを破れば二度とは戻れないこと、さらには弱肉強食の理などなど、ほとんど戒めの物語として読みました。であればこの物語は彼らが不幸に落ちてこそのもの、また実際そうなるべき材料しか見当たらないのに、でも一体何をどうしたらこうなるというのか、辿り着いた先はこれ以上ないくらいの見事なハッピーエンド。あまりに豪腕にただひれ伏すしかないというか、何をされたのか未だに理解できていません。魔法かな?
びっくりしました。読後の爽やかな気持ちと、分厚い満足感だけがしっとり肌に残る、でっかい油彩画みたいな力強い物語でした。狼たちがわーってやるところが好きです。命拾いしたはずなのに全然そんな気になれない、ゾッとするような光景の生々しさ。素敵。
謎の念者
山に住む風「野分」と人間の捨て子「ナギ」のお話。昔話風のお話です。語り口からすでに子ども向け絵本の昔話のような空気感があります。
捨て子のナギは最終的に人の世界にも山の世界にも居られなくなり、帰る場所をなくしてしまいます。そのナギに対する野分というのがこれまた執着心の塊のような存在で、粗野や荒くれ者に見えてじめっとした粘っこい妄執を感じます。
最終話がまた良い味を出していますよね。寂寥を感じさせつつも、すっと抜けるような爽やかさがあります。
一蓮托生となった二人。その二人の行く末をこの最終話で一切明示しないのも、良い余韻を生み出しています。芥川の羅生門の「下人の行方は、誰も知らない」のような暗く陰鬱なものではなく、(繰り返し述べますが)寧ろ爽やかな読後感を感じさせますね。こりゃすげぇや、と思わせる一作でした。
35.ブラックベアー・ディザスター~~二人の少年と人食いグマ~~/武州人也
謎のハピエン厨
武州人也さんの二作目です。今回は人喰いクマを描いたパニックホラーですね。キャッチコピーがもう「何も起こらないわけないよなぁ!」と思わせる「圧」を感じさせるのがいいですね。こういう「勢い」! みたいなのめっちゃ好きです。
前作のサキュバスネードのようなハチャメチャなキャラクターが出てくるのとは対照的に、今作は男同士の関係を美しく描かれておりました。
弓術の練習に明け暮れていた桃李の心には、幼馴染である理央の存在が影を落としていました。疎遠になった彼のことが、どうしても気にかかっていたのです。それは、彼の弓の腕を鈍らせているようでもありました。
二人は人喰いクマの襲撃をきっかけにわだかまりを解消するのですが、理央がそっとしなだれかかるところがいいですね。お互いが「関係性」に目覚める前の、躊躇いがちな手の伸ばし方を描く手腕は流石です。ふつくしい……(今にも消えそうなため息)
最後の爆発オチも、なんらかのメイスンを感じさせる終わり方で非常に好きでした。武州人也さん、マジで主催をピンポイントで狙っているんじゃないかと思うくらい狙撃の腕が凄まじいですね……(実際に刺さっている)
そしてやはり、ラストの美しさには触れずにいられません。「トンボが横切った」というありきたりな出来事が、二人の関係性の変化をこうも鮮やかに映し出すとは。本当にあのラスト一文が凄まじく好きでした。お話の展開から終わりまで、終始ツボに訴えかけてくるいいお話でした!
謎の金閣寺
【友情と信頼の先に結実する特別な関係】
突如人間の生活圏に出没した人食いツキノワグマと、運悪くそれに遭遇してしまった少年ふたりのお話。
キャッチコピーが素敵すぎます。見た瞬間ワクワク感が止まらなくて、なのに何ひとつ嘘をついてないというか、内容をそのまま完璧に要約しただけというのがすごい。あらすじ(紹介文)も非常に分かりやすくて、本編に入る前からすでに期待が高まる、このお膳立てというか入り口部分に手を抜かないところがもうすごいと思いました。やっぱり期待感の高い状態で読んだ方がお話に入り込みやすくて、結果として面白さがさらに上乗せされる部分はあると思うので。
内容はいわゆるモンスターパニックもの、圧倒的な力を持つ野生動物にめちゃくちゃにされる人々のお話です。互いの生存を賭けた戦いであり、手に汗握るピンチやそれを切り抜けるためのアクションが満載なのですが、同時に主人公である少年ふたりの関係性についてきっちり掘り下げているのが嬉しいところ。というか、むしろ物語としてはこちらがメインです。
作中の熊はしっかり凶悪に暴れまわっているのですけれど、でも「モンスター」と言ってもあくまで実在の動物、例えば架空の巨大怪獣のようなそれとは一味違います。現実味のある恐ろしさを孕んだモンスター。硬質な恐怖はあれども熊そのもののインパクトというか、設定の面での物語性はそこまででもなくて(例えばSFやホラー的なモンスターであれば、その正体や出自そのものがお話の種になりうる)、もちろんその気になればそういう味付けも不可能ではないのですが、でもこのお話の熊はあくまで現実的な範囲の脅威に留められています。
現実に十分起こりうる、わたしたちにも手の届く範囲の理不尽な災害。今日もこの世のどこかで起こっている悲惨な現実、その恐怖の中にあるからこそ生き生きと胸に迫る人間の姿。熊の存在の生々しさが少年たちの存在感を身近にする、あるいは少年たちのドラマがあるからこそ熊がリアルなのか、いずれにせよそれらがぶつかり合うことなく、相互に作用しながら物語を作り上げているのがとても印象的でした。
そして、というかむしろここからが本丸というか、とにかく最高だったのはやっぱりこの少年ふたり。桃李さんと理央さん。これは彼らの友情と信頼、そしてその先に結実する想いの物語で、つまりタグにもあるとおりBL(ただ露骨な性的表現はないので誤解なきよう)なのですけれど、このふたりの人物造形が面白い。
桃李さんの方はストイックな性格の弓道少年で、必然的に理央さんのことを庇うような関係性になるのですけれど、でもふたりとも「少女的」と形容されるくらいには中性的な容姿の持ち主なんです。成熟する前の未分化な少年であること。まだ男ではなく、といってもちろん女でもない、そしてただ子供と呼ぶにはもう大きすぎるくらいの存在。きっと人生のうちで(あったとしても)一瞬しかない季節、その妖しくも儚い何か『魔』のような美しさが、彼らの存在そのものから伝わってくるようでした。あくまで「存在そのものから」というのがミソでありツボです。
というのも彼らの言葉や振る舞いは、ただ純粋な友情とその先の恋心なんです(自分はそう読みました)。胸を揺さぶられたり甘酸っぱかったりはしても、その言動そのものに情欲を煽るものがあるわけではない。にもかかわらず香りたつこの色香の、その〝彼らの存在そのものかから〟〝しかも無自覚に〟発せられるこの感じ。魔です。これが魔でなければ一体何。
幻想の美に、でも生死の際という状況が血肉を与える感じ。あるいはこれがまったくの誤読、すなわち自分が一方的に見出しただけの幻だとしても、でも大事にしようと思います。美少年という概念そのものへのこだわりが存分に発揮された、『死』と『色』の重厚さが響く作品でした。
謎の念者
中性×中性はいいぞ。火矢のシーンと李広の故事成語が書きたかったんですよね。
謎のハピエン厨
とっても長いオトマノぺが特徴的なお話。さっと読むだけでは過剰さが目立つのですが、よくよく考えてみると男が大きな宮殿の作成に黙々と取り掛かる様子や、長い時間の経過を表しているように感じられます。斬新で新鮮で面白いと思いました。絵本的であるというか、作者さんの持ち味の一つとして感じられた次第です。
ただ、急に冒頭からトンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカントンカンコロコロザバアを18回も繰り返してしまうのは流石に過剰な気もします。もちろん過剰が悪いのではなく、これはこれで冒頭のインパクトとして作用していなくもないのですが、極端な話、通算50回も出てくると、なんというか、ただ文字数を埋めているだけかなーという印象を強く受けてしまうことも事実です。なので、オトマノぺを過剰に繰り返すことに見合うだけの必然性、説得力なんかが伴ってくると、さらに持ち味が活かせていいのではないかなと思いました。
謎の金閣寺
【擬音の大洪水】
別れた恋人に戻ってきてもらうため、立派な宮殿をひたすら建て続ける男のお話。
ショートショート、というかもう、単純にものすごく短いお話です。お話の筋を要約するのであれば、上記の一文でほとんどすべて。分量そのものは約3,000文字あるのですが、でもその大半が「トンカントンカン」という金槌の擬音で占められているため(まれに「コロコロザバア」という音も混じる)、実質的な物語の長さとしては、必然的にごく短いものになります。
かなり前衛的というか、なかなか解釈に難渋するタイプの作品で、実際読み取れていないところが山ほどあるんじゃないかという恐れがあります。とりあえずはハッピーエンド、長い長い苦行の末に、一度は破れた想いを再び遂げた男の物語、ということで、しっかり書き上げられているのがよかったです。一気に時制の飛ぶ最後一行、めでたしめでたしの『その後』を感じさせる演出も、余韻があってとても美しい。
前衛的でありながら、でもどことなく寓話的な雰囲気を感じる作品でした。
謎の念者
宮殿のような家を建てている、とある大工の話。
文章の大半が擬音語で占められている前衛的文章です。アヴァンギャルド。ただ、擬音の繰り返し自体はともかく、文章全体に占める擬音語の割合が大きすぎて、そのために物語の展開が唐突で駆け足すぎるように見えてしまうのが気になる所。
字数にはまだ大分余裕があるので、私見ではありますが思い人との再会の場面で心情描写を入れたり他の登場人物を動かしたりして人物描写を増やした方が良いかな、と思いました。
ハッピーエンドの要素は、大工の建てた家(宮殿)で、大工と思い人の二人が暮らしたという所にあるのでしょう。建てた家が死後に観光名所となったという所から、彼らの出来事が後世にも末永く語り継がれている、という点にもハッピーエンド要素はあるかも知れません。
謎のハピエン厨
ブレインダムドの草食ったさんが二本目に投稿したのは……架空の人物を描いたお話です!(強弁)これは完全に主催を狙った狙撃でしたね……。(実際刺さっている)
キャラクターの魅力にこそ真価があるお話だと、強く感じたところです。関西弁のキャラであるところの草さんや、流れ者の藤原という概念も、非常にキャラが立っていたので読んでいるだけで彼らのやり取りを楽しく拝見させていただいた次第です。
その中でも特に神崎ひなたというキャラクターがマジでめちゃくちゃ可愛く描かれていてよかったです。髪がピンク色で敬語遣い、そしていかにもチョロそうなヒロインというか……いいですね……これが男の子なんて信じられないのだが!? 新しい扉が開かれちゃう…。
お話の展開もゴリラに苛まれる架空の埼玉(敬称略)が描かれたりと、終始身内ネタに徹した展開で進んでいくのですが、だからこそぼく自身に深く突き刺さって面白かったのです。まさに企画の醍醐味という趣が感じられて、非常に楽しく読ませていただきました。
謎の金閣寺
【ザ・やりたい放題】
ノベルパワーで成績を競い合う特殊な学園を舞台に、野心に燃える少年・藤原くんが突然恋に落ちてしまい葛藤したり青春したりする物語。
現代ファンタジー、それもタグによると「努力・友情・勝利」がテーマの王道ジュブナイルのようですが、同時に王道のラブコメでもあります。ヒロインがかわいい。というかそのヒロインに対する主人公の想いのピュアっぷりがかわいい。ちなみに両者ともに男性ですので必然的にBLに該当すると思うのですけれど、でもそんなことはもはや些細な問題というか、とにかくやりたい放題なお話です。とんでもねえもん見ちまっただ……。
なにしろ登場人物は全員実在の人物、しかも設定までもが現実のそれをモデルとしたものだったりして、つまりはメタ構造——というか身も蓋もなく言うならいわゆる〝内輪ネタ〟としての側面があります。事情をある程度知る身としては楽しく笑いながら読ませてもらったのですが、でも前提となる知識のない状態で読んだなら一体どのように見えるか、まったく想像もつかないというか相当に混沌とするんじゃないかと思います。設定部分はまだしも、まず主人公の名前からしてもう……なんですの「藤原埼玉敬称略」って(※敬称略までが名前)。
というわけで、いろいろぶっ飛んだ不条理な世界観ではあるのですが、それでも普通に面白そうな舞台設定だったりするところがなかなか侮れません。風変わりな学園に独特な成績評価システム、熱いバトルを予感させる「ノベル」周りの設定。実のところ詳細は不明というか、結構ふんわりした設定のはずなんですが、それでも〝わかる〟のがまあすごい。めちゃめちゃそれっぽいし普通に見たい。この「それっぽさ」がいわゆるただのテンプレートではなくて、しっかり面白そうなのが見事っていうかいやむしろ「なんで!?」ってなるんですよね。いいの?! なんかもったいなくない?
設定からしてそんな状態ですから、もうキャラクターに至っては言うに及ばず。作品自体が短い以上、登場できる尺だって限られているはずなのに、でもしっかりキャラが立っている。バトルものもラブコメもどっちも行けそうな主人公に、惚れられる役に違和感のないヒロイン、そして明らかに一癖ある感じのライバルキャラなどなど。こちらもある種の「それっぽさ」を感じる造形でありながら、でも彼らの言動にはちゃんと厚みがあって、それは物語の組み立て方が非常に丁寧というか、勘どころを押さえた書き方をされているのだと思います。つまり普通に面白いから困ります。だって絶対「元ネタ知ってるからこそ」の面白みもあるのに(ていうかほとんどがそのはず)、単純にうまいおかげで切り分けられない……。
個人的な趣味の話をしますと、ライバルキャラがとても好きです。いかにも悪い男って感じの関西弁が色っぽくてもうダメでした。この人がよってたかってめちゃめちゃにされて必死に抵抗しながらも結局悲鳴を上げて堕ちていくスピンオフ(R18)みたいなのを今から勝手に想像して優勝してこようと思います。ウオオーーーごちそうさまでしたァーッ!
謎の念者
草食ったさんの二作目。何らかの人物をモデルに描かれた小説です。ゴリラですね、ゴリラ。ウホッ。
学園に入学した藤原が主催人の美少年に惚れるも、過去にside-Gを書いた報いで「Gの呪い」にかかり、腕がゴリラ化してしまう……勝手にドラミング始めたりバナナを探し出すの、客観的には面白おかしいですが主観的には非常に厄介ですね……終始テンションが高くはちゃめちゃで、笑いながら読ませていただきました。エピローグの草さんの発言も何らかを示唆していますね……
主催人が桃色の髪を結わえた可憐な美少年なのもめっちゃポイント高いです。そんなん……恋に落ちないわけないやん……っていう説得力がありました。美少年 is justice!!!
謎のハピエン厨
度胸試しのお話。子供の頃の人間関係というか、バランス加減を描くのが上手だと思いました。小さい頃は体がデカい奴が問答無用で強い……。
女性から渡されたスケッチの、エーデルワイスの花言葉が、まさに少年の勇気を称えるに相応しいアイテムとして使われている点も面白いなと感じました。あと魔法にも優しさが込められているようで、非常によかったです。
結局のところ、魔女の正体はなんだったのでしょうね。つい最近引っ越してきた、スケッチが趣味のお姉さんだったのか、それとも良い魔女だったのか。この辺はつい想像力を捗らせてしまいますね。個人的には女性の正体を象徴するような一言が、少年との最後の会話にあったりするとさらによかった気もしますが、あくまで個人的な好みなので、感想の一つとして捉えて頂ければと思います。
謎の金閣寺
【少年の日の小さな冒険】
小学生男子の四人組が、度胸試しを兼ねて、近所の公園で見かける『魔女』の正体を探るお話。
とても優しい手触りの現代ドラマです。なにより目を引くのは作品の細やかさ、丁寧に一歩一歩道を踏み締めて進むかのようなストーリーテリングで、それによってもたらされるリアルな質感というか、物語世界の実存を感じさせる手腕がとんでもなかったです。
主人公のケンタを含め、メインの登場人物であるところの四人組は、その全員が小学三年生で、つまりこれは子供の物語です。子供の世界を子供の視点から、子供の感覚で描いた物語。読む分にはただ普通に読んでしまうのですけれど、でも冷静に考えるとこの時点ですでにとんでもないことになっています。だって少なくともこの作品を書いているのは大人なわけで(たぶん。もしかしたら違うのかもしれませんが)、にもかかわらず子供の感覚をそれらしく、かつわかりやすく、しかも自然な形で書き上げるというのは、それだけである種の特殊技能みたいなところがあります。普通はできることじゃありません。
お話の筋そのものは至ってシンプルというか、『魔女』という存在が登場する割には、実に落ち着いた流れの物語です。少なくとも物語のリアリティラインは現実のそれとほぼ同等で、そして度胸試しと言っても具体的には『魔女に直接その正体を訪ねること』、つまりメインに来るのはあくまでも対話です。
特に派手な事件や魔法のような不思議が巻き起こるわけでもない、出来事自体はきっとなんてことのない物語。にもかかわらずそこには非日常があって、つまり『魔女』という非現実の存在がそれで、そして対話がメインであるにもかかわらず(会話が多くなるとそのぶん行動が起こしづらいのに)、そこにはしっかり冒険がある。
怖い魔女に挑んだ勇気の物語。彼の勇気と迷い、そこに魔女の与えたいくつかの答えと、それをしっかり受け止めての成長。ビルドゥングスロマン、少年の冒険と成長の物語に必要なものが、余すところなく揃っている。それも現実に起こりうる範囲の出来事に、対話メインの展開で。気づけばすっかりのめり込んでいたというか、もうこのお話の筋そのものが魔女の仕業みたいな感じです。
ここから先は個人的な趣味に偏った話になりますが、魔女さんの正体があくまで不明なところが好きです。もっというなら、本当に魔女なのかもしれないところ。彼女の思わせぶりな返答、というか絶妙ないなし方のおかげで、子供たちは結局彼女のことを半ば魔女と確信するのですけれど。しかし読み手はそれを〝大人として見ている〟わけで、したがってただの「魔女のふり」だというのは簡単にわかります。わかるのですけど、でも同時に〝読者として見ている〟のもあって、つまりこのお話が創作である以上、魔女であったとしても何もおかしくないという、この想像の余地がもう本当に最高でした。だってこんなの絶対「本当に魔女だったらいいな」と思ってしまう……。いわゆるロマンとはこういうことかと、言葉でなく心で理解させてくれるお話でした。結び周辺の心地よさ、はっきり伝わる主人公の成長が好きです。
謎の念者
佐倉島こみかんさんの二作目。小柄なことがコンプレックスの少年が魔女疑惑のある大人の女性に勇気をもらうお話です。
小学生向けの児童書にありそうな話で、何だが懐かしいような気分になりました。一部の漢字をひらがなにしている(「まちがわれる」や「なかがいい」など)もそれっぽい雰囲気あります。
子ども同士のやり取りを子ども同士らしく書くのってそれなりに技術が必要だったりしますが、本作ではその辺かなり解像度高く表現できていると思います。「この年頃の少年っぽい」感じが上手く出せています。
魔女さんの気の回し方がまた良いですよね。終始怪しくミステリアスに振る舞って魔女疑惑を有耶無耶にしながらも、ケンちゃんに対しては大人らしく気の利いたアドバイスをしてみせたり。子どもの幻想を敢えて否定しなかった所には魔女さんのちょっとした悪戯心が見て取れますが(笑)
終わり方もケンちゃんの成長を感じさせて良い読後感がありました。良いお話です。
謎のハピエン厨
タイトル通りの物語ですが、考察のし甲斐があるお話だと感じました。まず、このお話のハッピーエンドはどこにあるのか? という点についてぼくが着目したのは「どうして貴方はあんな願いをしたのでしょう」という、ばあやの呟きでした。これは恐らく、女の子の願いによって想像の世界でしかなかったお話が現実のものとなってしまったんでしょう。妖精は彼女の願いを果すために、彼女の語った主人公として、世界中を駆け巡ることとなったのでしょう。そういう前提があったと思えば、ばあやが最後に残したセリフにも辻褄が会う気がします。ばあや……つまり妖精にとっても、大好きな物語をなぞって旅を続けることが辛かったのでしょうね。そういう願いから解放されたのだと考えると、ハッピーエンドというお題の輪郭が見えてくるような気がします。ただ、私の考察力ではなぜばあやが姿を消したのか、というところまでは読み取れませんでした。恐らく、なんらかの形で願いは果されたのだ、と考えるのが自然のそうな気もするのですが……というか全体を通しての考察もただのぼくの想像なので、間違っていたらすみません。
なんにせよ、非常に考察のし甲斐があるお話には間違いなくて、全体としての雰囲気の良さもあり、非常に楽しむことができました。
謎の金閣寺
【人知れず歩んできたであろう人生の壮大さ】
床に就く少女のために寝物語を読み聞かせる〝ばあや〟が、その日だけ特別に自作の物語を読み聞かせるお話。
暖かい雰囲気のファンタジー、というか童話かおとぎ話のような物語です。実際に作中でおとぎ話が語られる様子そのものが物語となっており、つまり語り部による昔語りと似たような構造なのですが、でも時制や主観を完全におとぎ話(こういうのも作中作というのでしょうか?)の中に飛ばしてしまわないところがよかったです。
あまり見ない気がするので単純に新鮮、というのもなくはないのですけれど、でもそれ以上にその自然さが楽しい、という感覚。お話の内容に対して都度少女の反応があって、それが情報の補足だったり拡張だったり、あるいは単純に横槍だったりもして、でもそれをやんわりといなすようなばあやの返答。ただの思い出語りでなくあくまで読み聞かせというのがはっきりと伝わって、その優しい空気感がとてもホッとするという、その点ももちろん好きなのですけれど。
その本領、というかまんまとやられてしまったのはやはり終盤、一度読み聞かせの形で書いておきながらそれを転調させてくるこの書き方です。
一気に視点が作中作の中、完全に登場人物の主観に乗り移る形になって、つまり読み手のお話へ乗り込み具合の深度を、こういう構造の部分でうまく制御してくる。これ冷静に考えると結構すごいことしてるというか、だって文章がシームレスなのに視点と時制が一気に切り替わっているわけで、にもかかわらずそれが自然であること。内容の盛り上がりに合わせてカメラを大胆に動かしてきて、それにより読み手の没入感をコントロールする。輪をかけて上手いのが最後に再び視点が戻るところで、その瞬間はもう完全に少女と同化していました。まさに『目を見開いている』というような。もっとも読んでいる間はあんまり意識しないというか、すいすい話が進んでいつの間にか引き込まれてるから全然気づかないんですけど、総じてかなりの技巧を凝らしたお話ではないかしら、という印象です。よくよく見直せば前半ほとんど地の文に頼ってないですし(ほぼ会話文のみ)。えっ何これすごい。
キャッチコピーが好きです。全体を通して感じた印象とはまったくそぐわない、個人を評するのにあまりに強い『最悪』という語。この若干の違和感の示すものというか、そこから読み取れるものの美しさ。作中ではずっと語り部に徹し、そのうえ多くを語らないままだった〝ばあや〟の、その主観からでなければ出てくることのない言葉。その語から読み取れてしまう時間の長さ、歩んできた足跡の壮大さと、なによりそこにあるであろう想い。きっとそう簡単には言葉にできないであろうそれを、でも読後に深く強く感じさせてくれる、この〝寡黙の中に含まれる想像の余地〟のようなものが、もうとても嬉しい物語でした。
謎の念者
ばあやと呼ばれた初老の女性が女の子に本の読み聞かせをするお話。ばあやの読み聞かせる「少女の願い」という話のタイトルがそのままサブタイトルになっています。
ばあやの語り口はよく読んでみると実際に彼女か見たり聞いたりしたような感じで、そこに気づいた時には「あっ」と唸りました。書き手の技巧を感じますね。
ハッピーエンドというお題に関して言うと、何というか、どう探してみたらよいのか難しいです。結局、話の中に出てくる少女と、ばあやがお話を語り聞かせている女の子は同一人物ってことでいいんですよね……?ううむ……
謎のハピエン厨
灰崎さんの二作目は、巡礼の物語でした。目の見えない第一王子と、素性の知れない青騎士、たった二人だけで祈りの道を往く。
お話そのものの完成度が高いだけでなく、描写から感じられる登場人物の息遣いや、場面ごとの光景を浮かび上がらせる技量の高さを随所で感じました。例えば始まりの朝に青騎士が階段を登る描写は、これからの旅模様を暗示させるようであり、またアーシュカが青騎士の素顔を触るシーンは、手の動きに沿って青騎士の表情、その輪郭が象られていくようで、小説としての描き方が卓越しているように感じられました。
神は決して王子の願いに応えませんでした。しかしながら王族という檻から解放され、夜明けの名を冠した彼と二人で生きていくのだろうという希望が、確かに感じられるいい終わり方でした。第一王子としてではなく、アーシュカという一人の人間としてのハッピーエンド、その一つの形を見せて頂いたように感じました。面白かったです。
謎の金閣寺
【文字を通じて感じることのできる〝美しさ〟の理想型】
視力を失ったことにより「神に呪われた」とされた王子と、青騎士と呼ばれる謎多き従者の、巡礼の旅の一部始終を描いた物語。
ゴリゴリのハイファンタジーです。いわゆる『剣と魔法の』という喩えなら前半分だけというか、剣はあっても魔法やモンスターはない感じの舞台設定。あるいはただ書かれていないだけという可能性もあるものの、でも現実世界のそれとほぼ変わらない物理法則や生態系であろうとなんとなく予想され、でも同時に決して現実世界の「いつかのどこか」ではない(=いわゆる異世界である)と確信させてくれる、この堅牢かつ鮮やかな世界構築の手腕に惚れ惚れしました。物語世界に取り込まれるまでが早い。
文章自体の巧みさもあるのですけれど、それ以上に差し出される情報の順番と流れというか、〝文章を追うだけで全自動で脳内に世界が組み上がっていく感覚〟がすごいんですよ。なんででしょう? 序盤なんかとっても自然で、落ち着いた文章なのにものすごく惹きつけるものがある。登場人物個人にクローズアップされた内容を綴っているのに(だから読まされるのはわかるとして、でも)それを追うだけで世界のアウトラインが掴めてしまう。なにこれ。一体なにが起こっているのだ? こういうこちらの理解を超えた謎の技を繰り出されると、ただ「うまい」としか言えなくなるので困ります。
なによりすごい、というか個人的に好きすぎてもう降参する以外にないのが、この物語が『旅』を描いている点。ハイファンタジーはやっぱり旅をしてこそというか、このふたつが噛み合ったお話が面白くないはずがないという持論があります。逆説、旅というものを本当にしっかり描く、「読者を旅に連れて行ってくれる物語」というのはそれだけ難しいんじゃないかと思っているのですけれど、それを当たり前のようにこなしているのがこのお話の最大の魅力です。いや長編ならわかるんですけど。一万字ですよ? たったこれだけの尺の中でしっかり旅してる。異常というか圧巻というか、読み終えたときの満足感がすごかったです。実際の分量の二倍か三倍くらいのボリューム感。
そしてその旅を通じて描かれているもの、行く先々の光景から主人公ふたりの様子に至るまで全部そうなのですけれど、とにかく〝美しい〟作品だと感じたっていうかもうあれです、その美しさの質と圧がまっすぐこちらを殺しに来る感じがもう。いやこの辺はかなり個人的な感覚に沿った感想で、この「美しさ」という語は人によっては別の言葉の方がしっくり来るかもしれませんが、それはともかく。美しさへのアプローチの仕方、世界のありのままをこちらの情動にピトッと植え付けるみたいな、その書き方の筋道のようなものがもうとにかく強い。
荒涼とした美というか、「快」の感覚とは遠い要素を打ち出すことで描き出される造形の魅力。例えば序盤から引くのであれば、王子であるアーシュカの外見描写。最初にふんわり「太陽のごとく輝ける美しい御子」なんて書いておきながら、実際の描写はそれがどう失われたかを書き連ねているんですよ。なにこれ(二回目)。
とはいえ文字だからそこまでは、という感覚も否定はしないものの、でも描写としては十分に生々しくて、その悲痛さの手触りによって浮き立つ魅力というか、なんだか痛みを感じることで逆に生きていることを実感するみたいな、いやもうなに言ってるのか自分でもわからなくなってきました。とにかくすごい。人物の容姿に限らず目に映る光景や世界のありようについてもそうで、なんだかある種のフェティシズムみたいなものすら感じる独特の〝美しさ〟。なんでしょう、だいぶやばいものを食わされた気分です。
すごいお話でした。おかげで内容について触れている余裕がなくなってしまったというか、その辺はもうここまで書いたことからもまず間違いないとだけ言わせてください。とりあえずタグにある「王子/騎士/巡礼/旅/主従/ブロマンス」、これらの語から読者の望むものがしっかりきっちりたっぷり全部のせで、しかもそのどれもが生々しくも悲痛な美しさを伴って描かれていると、それはここまでに書いてきた通り。
最高でした。力と信頼と傷と引け目、それらが男ふたりを結び付ける過程を描いた、いやもうなんかもう本当たまらん感じの物語でした。面白かったです。
謎の念者
青銅の国の第一王子にして盲目となったアーシュカが、従者に任命された正体不明の「青騎士」なる者を伴って巡礼の旅に出るお話。ある種の冒険譚のような趣を感じます。
ものすごく読み応えのあるお話で、するする読めてしまう読みやすい文章でありつつ、筆致を尽くして書かれております。克明な情景描写は二人のいる世界を鮮やかに描き出していますし、二人の容貌の表現はまるで絵が浮かんでくるようです。本当に「小説が上手い」のひとことに尽きますね……
アーシュカと青騎士、二人の関係性がこれまた美しいんですよね。青騎士が「私があなたに生きていてほしいのです」と言う場面が個人的なお気に入りです。
二人の顛末も、特に何か解決したというわけでもないのですが、青騎士が名前を得たこと、お互いに共に生きる相手を得たという所がまさしくハッピーエンドでしょう。幸せな行く末を願うばかりです。素敵なお話でした。
謎のハピエン厨
電脳空間で人魚の姿をしている少女と、クラスの男子との恋を描いた物語。冒頭から水に揺蕩う美しい人魚の描写から始まっているのが印象的で、ぐっと雰囲気に呑み込まれてしまいました。冒頭に限らず、水にまつわる描写が綺麗で非常に好きでした。
ストーリーも二人の恋模様を真っすぐに描き続けてくれたのが嬉しいですね。こういう真っすぐな青春をお出しされると弱い……。自分に自信がない主人公と、そんな彼女のいいところをちゃんと知っている男の子が、しっかりお互いの気持ちを確かめられたのでよかったです。「彼はわたしの全てを愛してくれていて、彼にとってはテルクシノエーもまた間違いなくわたしの一部なのだ」この一文がまさに、物語のハッピーエンドを象徴していると言えましょう。泡となって消えた人魚姫をモチーフに、しかしながら泡となって消えていったのは少女の抱えていたわだかまりだったというこの展開も非常に綺麗だと思いました。二人にはこれからも幸せであってほしいし延々とイチャイチャしてほしいですね!!
謎の金閣寺
【水槽の内側から見る世界】
電脳空間で人魚姫になるのが趣味の少女が、ふとした出来事をきっかけに苦手な現実と向き合っていくお話。
人魚姫をモチーフにした恋物語です。舞台設定はほぼ現実の現代日本に近いのですが、VR技術が結構進化しているっぽい感じの世界。そういう意味ではちょっとSF的な要素もあるようなないような、この絶妙な舞台設定がなかなか興味深いです。
イヴェンチュアと呼ばれる巨大な電脳空間。おそらく技術的にはもう何年か先の未来、でもこういう電脳世界が日常の一部として存在している感覚そのものは、もはや未来とは呼べない程度には身近になっている、という現実。きっと一昔前であればファンタジーにおける〝あちら〟と〝こちら〟のような、現実と空想を分かつ境界として機能していたであろうものが、でも実質的に両方とも〝こちら〟であること。光景が幻想的である割にはそこまで異世界感がなく、せいぜい顔や名前を隠す程度の非現実性しか持っていない別世界。
実際、誰もが望んだ姿になれるはずの電脳空間は、でも主人公にとってはただの癒しのための場所、実際誰かと触れ合うどころか声ひとつ出せない、文字通りの水槽でしかありません。彼女の現実での生活は決して順風満帆とは言えず、例えば保健室登校だったり人と話すのが苦手だったりするのですが、でもそんな彼女は電脳空間だからこそ輝ける——みたいなことは全然なく(せいぜい見物人を集める程度で能動的な活躍はない)、つまりそういう意味でもこの電脳空間、なにひとつ〝あちら側〟の役割を果たしてはいません。このギャップというかフェイントというか、人魚姫の水槽が『ただの都合の良い世界』にならないところがとても好きです。
VRは異世界どころか実質ただのきっかけでしかなく、でも人魚姫というモチーフ自体にはしっかり意味があるというか、彼女自身の表象であるかのようにずっとお話の真ん中にいる、というこの使われ方。
もうひとつの世界を逃げ場にしない、せいぜい一休み程度の安全地帯。うまくいかない現実から目を背けるため非現実ではなく、あるいはそういう側面があるとしてもそれは彼女自身がしっかり自覚していて、つまり決して甘えにはならない。主人公はどこまでも現実を生きる人間で、だからその上で見せてくれる彼女の活躍、というか具体的な行動がとても好き。
あっちではなくこっちで見せてくれた頑張り。人魚姫の姿ならなんでもできる、というのではなく、彼女自身が積極的に動いていくこと。お話の筋そのものは非常にストレートな恋愛もので、出会いからいろんな揺れ動きを丁寧に追っていく物語なのですが、でもその過程で動いているのは常に現実の彼女。そしてやがて辿り着く結末の、その優しい暖かさが嬉しい作品でした。
謎の念者
人魚姫のアバターをまとう根暗少女と、そのアバターのファンになった美男子の話。
お話としては直球な恋愛劇なのですが、そこにアバター論のような命題を絡めてきたのが面白い発想だなと思いました。作り出したアバターがどれだけ魅力に満ちていようともそれは結局自分そのものではなく、人間は望みもなく自分の肉体に縛りつけられているという冷徹な現実はまさしく我々の世界にも存在するものですし、そこが主人公の苦悩に繋がることで物語に起伏を生み出していました。その部分があったからこそ、もう彼女の一部となっていた人魚姫が再び電脳空間を泳ぎ出したシーンが凄く心に響きました。流石の手つきですね。
あと八七橋くんがどうしようもなく美少年で好きです。こんな子が身近にいたら一発で落ちてしまいますね……。
謎のハピエン厨
ハッピーエンド法が施工された世界でエリートの道を歩む大学生が、とある二つの文献を見つけてしまう物語。 遺書(一)(二)という文献を見た人に飛び降り自殺を促す現象が起こり、しかもそれは一回で終わらず、次に引き継がれていく。書き手の執念がそうさせるのでしょうか。恐ろしい連鎖だと感じました。
佳仁が飛び降りるときの夜景の描写がとても好きでした。夜と朝焼けが混じり合う空の美しさを、明るい水色、薄紅色、燃えるという言葉で表現する。思わず、「あ、これが正解なんだな」と感じてしまいました。この表現力を羨ましく思いました。
しかし視点が目まぐるしく変わることや、登場人物の名前が似たり寄ったりで、読んでいて混乱してしまいました。作風上、この辺はどうしても仕方がないようにも感じますが…。
また、このお話を正しく理解できたのかと言われるといまひとつ自信がありません。バッハやメンデルスゾーンといった音楽作家、シェイクスピアなど古典文学の出典、遺書(二)の一二三でそれぞれ語られている冒頭のお話も、それぞれ作中のどこかで紐づいていたかもしれませんが、ぼく自身に教養がないということもあって、正しくお話を読み取れた自信がないのです。なので見当外れな事を言っているようでしたらすみません。
謎の金閣寺
【分厚いドラマを幾重にも重ねてくる物語の迷宮】
図書館のような施設にひとり、レポートを書くためバッハについて調べる学生のお話。
ホラーです。読み終えてジャンルを確認してみたらホラーでした。読んでいる最中は正直ホラーだとまったく思わないのに、でも最後まで読み終えるとしっかりホラーしている、このお話にでっかい蓋をされる感覚がもうとんでもないというか、完膚なきまでにやられました。すごい。ボッコボコに打ちのめされてもう立ち上がれない。冒頭の一発ですでに膝に来てるのに、読み進めるたびに威力を増していく物語。中盤に差し掛かる頃にはすっかりめまいがしていたというか、完全に過剰摂取です。物語の量と圧がもう、一本の短編に込めていい上限を明らかに超えている。どうしてこんな物語が書ける?
いやもう、面白かったです。本当にただただ楽しんだという感覚。おかげで自分なんかが感想みたいなこと書くのがもったいないくらいなのですけれど、でもやっぱりいても立ってもいられないので何か書きます。正直、完全に物語に呑まれたという自覚があるので、とてもまともに言語化できる気はしないのですけれど。
まずもって冒頭からもううまいです。遺書という強いタイトルの通りの鮮烈な書き出しに、その流れを途中でバッサリぶった切ってのこの、こう、なんだろう。転調、どころか別の話が始まるような。視点というか視座そのものが一気に遠くに引いて、ほとんど端的な説明のような形で世界設定を投げ込んでくるのですけれど、そこに列挙された単語のパワーがもうすごい。あまりにも威力があってかつ想像もしやすく、これだけでうっすら世界の輪郭が見えてしまうのに、そのまま勢いが途切れずぐいぐい引き込んでくれる。なんだこれ!? もう完全な奇襲攻撃なんですけど、でも思いついたところで実力がなければ成功しないタイプの奇策。考えに考え抜かれた冒頭であるのはもとより、単純な文章力の高さまでもが窺えます。
お話の筋そのものは、まごうことなきディストピアSF。最初にホラーって言いましたけどそれはあくまで最後まで読めばの話で、八割がたは骨太なSFしてると言っていいと思います。それもディストピアもので、少なくとも現実の現代日本とは異なる(はず。そう言い切れないのが怖いっていうか本当に脱帽するしかない!)価値観の中に生きる人間の、その感覚の書き方の繊細さ。文章の理路自体をさらりと理解させてきたうえで、感情的な面できっちり不協和音を引き起こしてくる。わかるのにわかりたくないような感覚というか、なんかもうあまりに作者の手のひらの上すぎて笑うしかないです。すごい。
その上で、というか挙げ句の果てにはというか、登場人物が実質主人公ひとりだけという点。それでしっかりストーリーが成り立っているばかりか、彼自身の抱えた葛藤や確執、すなわち人間のドラマまで描き切っていて、いやもうこの感想大丈夫ですか? どうしてもただベタ褒めしたみたいになっちゃうんですけど、本当にこう言う以外にない。どうしようもない。本音を言えばもっと芯の部分に踏み込んで語りたいと思わせるくらいの内容があって、でも完全に打ちのめされているのでその辺が言葉にならないという、いやもう本当に自分でも何書いてるのか分からなくなってきました。興奮して早口になってるような状態。
凄かったです。もう本当化け物みたいなすんごい作品で、こんなの本当に初めてでした。とても面白かったです。読めてよかったー!
謎の念者
表現の中で架空の存在が虐げられ傷つけられることを禁じ、人を悲しませるような、あるいは不道徳・差別的な行いを推奨するような表現の禁止を定めた『精神的苦痛防止に関する公共表現法』、通称「ハッピーエンド法」なる法律が施行された未来社会を舞台にした、とある書物を読んだものが自殺に誘引される怪現象のお話。ディストピア×ホラーな作品ですね。
「ハッピーエンド」というお題そのものをディストピア設定に組み込む発想がまず興味深くて面白いです。陰鬱で閉塞感のある舞台設定、そして暗闇の中で口を開けているような怪異が何とも恐ろしく、読んでいて肌が粟立つのを感じました。「世界はこんなに美しいのに、人のすることだけが愚かで醜悪で、ああでも、これでもう、偽りの肥溜めに潜っていなくてもよくなる」という部分には、疑問を抱きながらも雌伏を余儀なくされた者の、俗世間に対する強烈な批判精神と諦念をこれでもかと伝えてきます。ディストピアものとしてもホラーとしてもレベルが高く、それでいて読んでいてしんどくなるお話でした。
謎のハピエン厨
バグという不思議な生き物のお話。自分も同じようなことが多々あるので共感しながら読みました。どうして誤字脱字は公開した後にポロポロ出てくるのか……! バグ対策の特効薬が4,000円なら確かに買いですね。
お話の最後がしっかりオチていて面白かったです。認知にバグが侵食してきている…! もしかすると猫のマークの宅急便の従業員なんかも、本当は猫では無かったのかもしれません。或いは本当の従業員が人では無かったかも? と想像するのが楽しかったです。バグ、試しに一匹捕まえて飼育しつつ生体を見守りたい。魅力あるキャラクターとして描かれているバグが印象的で、面白かったです。
謎の金閣寺
【終わりがないのが終わり、それが校正作業】
バグという名の誤字脱字その他に悩まされる、とある物書きさんのお話。
いわゆる校正作業のキリのなさを、『バグ退治』として表現した現代風の寓話です。潰しても潰しても無限に湧いてくるミス、いくら続けてもまったく終わりが見えないばかりか、完璧だと思ってリリースした直後にとんでもない大ポカが見つかる、というような。
印刷原稿制作における校正作業の特性(というか、いわゆる「あるある」的なもの)。言われてもみれば確かに『バグ(虫)』、システム開発におけるデバッグ作業と似ている部分があって、それがユーモラスかつふんわり幻想的に描かれた独特の世界は、不思議でありながら妙に引きつけるものがありました。突飛と言えば突飛な設定のはずなのに、でも「わかる」という感覚一本でお話の世界に引きずり込んでしまう。
全体的にはバグやそれに悩まされる主人公の物語なのですけれど、でもお話の筋そのものはあくまで『バグ退治』をめぐる物語で、そしてこの『バグ退治』というのはバグをつぶす作業を指す言葉ではなく、作中に登場するとある商品の名称になります。
バグ対策のための便利な道具。パソコンに吹きかける、あるいはコネクタから吹き込むことにより、画面内の誤字脱字をポロポロ死滅させることができるという商品。ものがバグ(虫)だけに殺虫剤のようで、というか作中のバグ自体が実際に虫のような生態をしているらしくて(元気に動いたり鳴き声をあげたりもする)、とにかくその『バグ退治』を注文するところから始まる物語。
そして数日中に届くはずだったそれが、でもどうしてかまったく届かない——というところから物語は動き出します。
好きなのはまさにこの部分、『頼んだはずの商品が届かない』という現象で、実は「物語がここから動き出す」というより実質ここで始まっているというか、この現象が異世界への入り口であるように読めます。問い合わせた配送業者の職員が存外にファンシーだというのもあって、ここが現実でないとはっきり思い知らされる瞬間。とどのつまりは〝ウサギの穴〟みたいなものなのですけれど、でも面白いのがそれが序盤でなく、中盤くらいの位置にあること。ということはそこまでが現実なのかというと、どう見てもどう読んでもそんなことはなく、つまりすでに〝あっち〟にいるのにその入り口が道の途中で見つかるような感じ。
この煙に巻かれた感というか不思議な倒錯というか、一瞬迷子になったような気持ちにさせられるところが面白かったです。いや実際、ここで物語のファンタジーレベルが一段上がったような感覚があったんですけど、でもよくよく見直すとあれっもともとファンタジーだったよおかしいな? となる不思議。
その上でなお楽しい、というか完全にやられたのは、やっぱりこのお話の結末です。異世界からの出口は文字通りの扉、開けた瞬間の一瞬のめまいが境界になっていて、しかもあちら側から記憶や認識も持ってこられていない、というこの幕引き。待って急にあなた(主人公)だけ我に返るのずるくない? と、そんなことを言ってやる暇もなくスパッと閉じてしまう異界の扉。
この潔さというか速度感というか、突然のクイックターンで振り切る感じにやられました。異世界から現実への帰還、というのは確かにハッピーエンド、でもひとつ大事なもの忘れてますよというか、えっ待って私まだこっちにいるんですけど? 的な。ズズーン(目の前で扉が閉じる音)
楽しいお話でした。フェイント的というか、異世界への扉の一風変わった使い方。知らないうちに放り込まれていた上に、帰り道は一瞬しか開いていないというすごい難度。やられました。こっちで猫さんと幸せに暮らそうと思います。ていうか猫さん可愛い。好き。
作者様当人のTwitterタイムラインを見ていたのでわかるのですけれど、これ「頼んだはずのものが届かない」というのはちょうどタイムリーに生じた実体験に即しているようで、そのつもりで解釈すると現世と異世界が逆転してしまうのがなお面白いです。なんと届かない世界の方が現実。完全なメタ読みなのであくまで補記として。
謎の念者
小説を執筆している人の多くが「あるある」と頷いてしまうであろう現象を引き起こす「バグ」という生物と、それを駆除する商品を注文した主人公のお話。読みながら「あるあるぅー」なんて思ってしまいました(笑)
終始面白おかしい話として読ませていただきました。猫のマークの配送業者が本当に猫っぽい感じの話し方をしたり、荷物が届いた場面で「あれっ?」って思わされたり、愉快なお話でした。
バグという謎生物も人間にとって厄介な性質を持っており、所謂害虫のような扱いをされているのですが、その一方で何処かコミカルで憎めないような印象もあって面白いです。
44.浮かんだ姉さんと浮かばれない僕の話/雨季 志昇
謎のハピエン厨
交通事故で無くなってしまった姉との物語。交通事故を恨む死霊でありながら、弟の側にいるときだけは姉として振る舞う、その想いの優しさが響きました。幸福を奪おうとして奪えなかったことからも、それは痛いほどに伝わってきます。
結果として弟は、中途半端な結末を迎えることができないという代償を負ってしまったのですが、これは中々強烈で、尋常でない苦労を背負わざるを得ないという意味では一種の呪いめいてもいるんですが、それでも姉は、しっかり弟の将来を激励し、幸福を掴みとれると信じて、最後まで姉で在り続けた。その姿勢が眩しいというか、どこまでも優しくてひたむきで、いい人だったんだなと感じさせました。
ラストの展開でちゃっかり姉が盆帰りしている点と、無事に日々を送っているらしい弟の生活を感じさせてくれた点は、まさにハッピーエンドですね。非常にいいお話でした。
謎の金閣寺
【性格も物理もふわふわしたお姉ちゃんが魅力的】
幽霊となっていつも部屋に浮かんでいる享年十三または十四の姉と、いつしかその年齢を追い抜いてしまった弟の日常の物語。
姉弟の絆を描いた温かい家族もののお話で、でもなぜか一瞬「ラブコメです」って書きそうになりました。なぜだろう。作品全体の空気感、この軽妙で前向きな雰囲気を説明するのに、どうにもちょうどいい言葉が浮かばない感じです。強いていうならラブコメのそれが一番近いというか、いやお話の筋自体は全然違うのですけれど。キャラクターが生き生きしていて、明るさや楽しさのようなものが前面に出ている作品。ちなみにタグに「A面」とあって、おそらくは対になる短編がもう一編あると思われるのですが、そちらに関してはまだ未読のため、あくまでこの作品単体の感想として書いています。
弟である『シュン君』を視点保持者に、ちょっと不思議ながらも天真爛漫な『姉さん』の姿を余すところなく描いたお話で、つまりこの姉のキャラクターとしての魅力を主軸に、明るく楽しい日常の掛け合いが存分に描かれています。このスタンス、あるいはジャンル的なものといいますか、エンタメ(娯楽作品)としての土台がしっかりしているというのは、もうそれだけで嬉しいものがあります。その日の気分や調子を選ばず気軽に読める、読み手の精神に優しい物語。
とはいえ、ただ軽くて楽しいだけではなく、その上でしっかり物語してくれるというのがやっぱり一番の魅力。いくら明るい雰囲気が好きだといっても、本当にそれだけだとどうしても物足りなくなるもので、しかしこのお話にはちゃんとドラマがあります。立ちはだかる困難と主人公の葛藤、その上で起こした行動と、そして最終的な解決。特段なんらかの力や才能を持つわけでもない普通の少年が、でも自分自身にできる精一杯を尽くして困難に挑む、王道の物語をきっちり描いているのが最高でした。無条件にいいというか、こういうのに弱いんです。
あとすいません、ここにきて急に個人的な趣味というか事実上の性癖の話になってしまうのですが、『年上の姉』という概念がツボです。幽霊となった、イコール加齢が止まってしまったが故に生じる、姉弟間の年齢の逆転現象。作中ではきっちりしっかり姉っぽく振る舞っていて、実際結構しっかりしているのですけれど、でもこれ背も見た目も主人公よりちっちゃいんだよね……という、場面を絵的に想像したときのこのギャップ。ただ単純に「GOOD!」となりました。いやなかなか面白いというか、結構絶妙な距離感ですよ。見た目で年齢が逆転してしまっても、でも姉は姉であり弟は弟であるという、その関係性の描き方。想像して楽しいというか、なんとなくほっこりします。
とまれ、本当に楽しく明るい作品で、気軽に読めるところが最大の魅力です。それでいてちゃんと物語しているというか、しっかり王道のドラマを提供してくれる。作品としての軸がしっかり定まった、受け止めやすく飲み込みやすいお話でした。
謎の念者
事故死した姉の霊が見える少年のお話。おどけた風に弟をからかったりコミカルに振る舞う姉だが、実は秘密があり……
読んでいて、何というか……目頭が熱くなりました。弟の悲しみと姉の決意、そして意を決した弟の烈心が胸を打つようです。互いの想いの強さがひしと伝わってきて、読み手の心を動かしに来ますね。それらを踏まえた上でのラストの再会の場面は、コミカルながらもエモーショナルでした。
成長し続ける主人公と、止まった時の中でその姿が変わることのない幽霊姉という対比も、死者と生者の懸隔を表現する上で非常に良かったと思いました。
45.浮かばれない彼と浮かれる私の話/雨季 志昇
謎のハピエン厨
雨季さんの二作目は恋の物語でした。非常に好きなお話でした。
高梨さんが完全にぼくのストライクゾーンに突き刺さっていて、読んでいるときの動悸がヤバかったです。幼馴染+初恋+ちゃん付け=謎のハピエン厨は死ぬ。また嬉しい時にはガッツポーズを取る点が恋人とシンクロしていて「仲いいな!!!」と感じられた点や、家族との食事シーンでは緊張感を感じさせつつ、恋人のために一生懸命頑張る姿が描かれており、非常によかったです。シュン君のことがとても好きなんだということが伝わる、良いお話でした。
一作目と併せて読むとまた違った視点から楽しめたりもしたんですが、今回のレギュレーションで「それ単体として完結していること」と謳っている以上、あくまで単体で完結しているものと判断し講評させていただいた点については何卒ご了承ください。
謎の金閣寺
【告白から始まる、幼なじみ同士の初々しい恋模様】
中学最後の夏休み、密かに想いを寄せていた男子から告白されて、無事付き合うことになった少女の日々のお話。
恋愛ものです。中学三年生、お互い両思いの幼なじみ同士、手探りで進む初々しい恋愛の記録。もう甘酸っぱさと胸キュン感を煮詰めたみたいなお話なのですが、特に目を引くというか特筆すべきところは、このお話が告白とその成功から始まっているところです。
一般に恋愛のお話というと、その多くは告白までの物語、つまりは関係性の成立がゴールになっているものが多いと思うのですけれど。本作の場合はそのゴールこそがスタート地点、つつがなく恋人関係になってからの日々を描いたもので、つまり世に言う「いちゃラブ」的な物語となっています。
可愛らしいふたりの仲むつまじい様子が存分に詰まったお話。必然的に絵面が全部ハッピーというか、とにかく幸せな光景が続くのが最高でした。読んでいて全然肩が凝らない。いやまったくないわけではないのですけれど(悶えたりはするので)、でも出来事自体は受け止めやすく柔らかいものばかりですので、疲れた心にもスッと自然に入ってきてくれます。いやほら、これが例えば重たい話なんかだと、体調次第で読めないときとかあるじゃないですか。そういうのがない、というか、そういうときでもどんどんいけちゃう物語。
こう書くとなんだか起伏のないお話と思われるかもしれないのですが、さにあらず。実は本当に好きなのはまさにそこで、このお話は物語に必要なドラマの部分を、恋愛そのものとは別の部分から引っ張ってきているんです。
シリアスな人間のドラマ、それも主人公ふたりに共通する、大きな喪失の物語。ただ幸せなだけに見えるふたりの、でも思いもよらぬ過去というか、実は心にポッカリ開いたままだった大きな穴。身近で大切な人の死というあまりにも重い題材、それがこの幸せなお話の中に埋め込まれているという、そのギャップがとても素敵でした。
ただこの作品、タグに「B面」とある通り、対となるもう一編の作品が存在します。おそらく順番としては本作が後、実際自分はそのもう一編(A面)を先に読んでいて、つまり必然的にこの感想にはそういう前提があります。仮にこちらを先に読んでいたらどう感じていたかはわからないのですが、とりあえず個人的な意見として、この順番で読んで良かったとは思いました。先にA面を読んでいた方がきっと楽しめるお話。あの出来事の裏にはこんなことがあったのかと、そう読むからこそ浮き立つ悲哀のようなもの。二編の作品が相互に作用しあう、テクニカルな仕掛けを含んだお話でした。
レギュレーション的には単体の作品として読むべきなのですが、立て続けに読んでしまったためにどうしても印象が繋がっちゃうため、その辺はひとまず最後にまとめてくっつける形にしました。その点を加味するのであれば、最後の段(「ただこの作品、タグに〜〜」以降)を丸々無視して考えてください。
謎の念者
雨季さんの二作目。近所に住む幼馴染みの少年と恋仲になった少女の甘酸っぱい恋愛劇です。
主人公の一人称で物語は進むのですが、描写の端々から、どれだけ相手の少年を想っているかが伝わっています。喜ばしいところは素直に喜び、少年の背負っている悲しみに対しても共感し、彼に何かあれば私が支えになろうと決意できる。そういったところから、想いの強さを感じることができました。
ラストシーンがまた美しいですよね。空に向かって今は亡きジュン姉ちゃんに対して祈り上げるところが本当に美しいです。
謎のハピエン厨
こむらさきさんの二作目は、花と夜、それぞれを象徴する妖精二人の物語でした。美しい人物描写よって象られた二人のシルエットが、強く印象に残りました。
迫害を受けているバドの様子や、母親に疎まれている描写は胸が刺されるような気持ちでした。「やっと解放されるのね」に対するフロルの反応に、救いがあるというか、ほっとするような気持ちが生まれました。
そしてラストの終わり方が、非常によかったです。本来なら一人であるはずの春の踊り手が二人という特別感、そこに二人の願いが、交差するように叶った舞台の終わりを見届けて、ほっと物語から意識が手放せました。終始、非常に綺麗なお話だと感じましたし、最後まで楽しく読めました。
謎の金閣寺
【金髪は正義、黒髪は美学】
『美しい髪を持つ一族』と呼ばれる妖精たちの社会で、ひとり変わった髪色に生まれてきた『夜』と、一族の中でも東別に美しい髪を持つ『花』の物語。
ファンタジーもファンタジー、きっとファンタジー以外ではまず書き表しきれないであろうお話です。いろいろと感じたことや注目すべき点はあるのですけれど、でもそのすべてが最終的に「あっすごい、きれい……」に収斂されてしまうようなところがあって、つまりある意味ではビジュアルに全リソースを注ぎ込んだお話であると、少なくとも主観的な読書体験としてはそう言えると思います。画がすごい。脳内に展開される映像のパワー。
とっても綺麗で幻想的で、うっとりするような耽美(でもあんまり暗かったり重かったりはしない明るい耽美)の世界。ただ、映画や漫画ならまだしも本作は小説作品なわけで、つまり物理的な見た目はあくまで『ただ文字が並んでいるだけ』のもの、それをしてこれだけ絢爛な世界を描き出してみせるのですから、まったく並大抵のことではありません。どうなってるんだろう? おそらくはひとつひとつ積み上げられた細かな設定の力、コツコツ積み上げられる世界の土台固めの威力ではないかと思います。
例えば『花招き月』であったり『鷲獅子(グリフォン)』であったり、これらの「私たちの暮らす現代には存在しない言葉/名称/言い回し」の醸す効果。ファンタジー世界を描く手法としてはそこまで珍しいものではないのかもしれませんが、でも珍しくないからといってそう簡単にできるものでもなく、なにより本作の場合はそれらがすべて効果的に機能している印象。
お話を通じて描き出したいもののイメージが明確で、すべてがしっかりそちらを向いているのでブレがない。ちゃんとお話に彩りを与えてくれるのに、くどかったり邪魔するようなところがない、というような。彼ら一族の世界のありようをしっかり描きながら、でも読者の想像が余計な方向に広がりすぎることはなく、きっちり彼らの関係に集中できるのが本当うまいっていうか「YES!」ってなりました。そうですこの物語はあくまで彼らふたりの関係性のお話。
というわけで内容、というかお話の筋なのですけれど、最高でした。急に感想が雑で申し訳ないんですけどこれは仕方ないっていうかだって花の彼(フロルさん)が最高すぎて……なにこの眩しすぎる金髪長髪イケメン。いや物語の主人公という意味ではきっとバドさんがメインで、現に彼の方が視点保持者なのですけれど。
バドさんの抱えた困難、生まれ持った珍しい外見的特徴による不当な扱い。単純に差別や迫害といった要素を読み取れなくもないのですけれど、でもそのさじ加減が絶妙というか、悲劇としての痛みはあれど踏み込みすぎないところがよかったです(読む側が意図的に読み込もうとしない限りはえぐみを感じない調整)。ある種のシンデレラストーリー的な側面、というか誤解を恐れず言うなら『みにくいアヒルの子』的な要素があって、でも結末自体はむしろ真逆というか、ひとまわり上のレベルで上書きしてくるハッピーエンドなのがもう最高でした。
だって夜は夜のままで美しく、花は花として艶やかで、いやこんなに幸せな結末ってあります? 細やかなディティールとしっかり主張してくるキャラクター、それらが最後の最後に大輪の花となって咲き誇る、まさにハッピーエンドとしか言いようのない作品でした。金髪最高!
謎の念者
一番槍レース参加者こむらさきさんの二作目。髪の色が原因で迫害を受ける妖精のお話です。
まず出だしの金髪美男子の描写が神がかり的な美しさです。ここですでに圧倒されてしまいますね。物語の中で重要なファクターである髪の毛をここまで美しく書き切れるのは力量を感じますね。髪の描写だけでなく、ファンタジーの空気感を文章表現によって上手く作り出しているところもポイント高いです。
自分の苦難の原因であった黒い髪を愛してくれる存在に出会い、居場所を得ることができたのもすっきりしたハッピーエンドでした。良いファンタジー作品でした。
謎のハピエン厨
島育ちの二人の物語。めちゃくちゃよかったです。ぼくも限界集落で育ったので二人の気持ちがなんとなく分かりました。
二人は再会の約束を果すために、携帯電話からお互いの番号を消してしまうのですが、ここで胸がギュッとなりました。若さというか、青春というか、未来に対する希望とお互いに対する信頼が本当にあるからこその決意なのだと。結果としてその選択が、二人を長い間引き離してしまったことを思うと本当に胸が痛い。
だからこそ最後のハッピーエンドのカタルシスが素晴らしかった。細かい理屈を抜きにして、故郷を失った二人がまた再会できたということが、本当に良かったと心からそう思う居ました。素晴らしかったです。
ひんぎゃ、調べてみたら島の方言で「火の際」という意味があるそうですね。これも、故郷の情景を思い浮かべ、また島の辿った末路に想いを馳せてしまうような、非常に良いタイトルだと感じました。
謎の金閣寺
【望郷と初恋の物語】
小さな島で生まれ育った恋仲の男女が、高校進学のために島を出て別れ別れになるお話。
ピュアで切ない王道の恋物語です。全編を通じてどこかノスタルジックというか、読んでいて胸がきゅうっとなるような、独特の雰囲気の盛り上げ方がすごい。丁寧に組み立てられた各種の設定、というか道具立ての巧みさだと思います。自分は小さな島に生まれ育った経験はないのですけれど(田舎ではあったもののここまでではなかった)、それでもしっかり伝わるし想像もできる、この丁寧な語り口が魅力的でした。
例えば、小中学合わせて生徒児童が13人しかいないこと。ここまでの田舎というのはきっと珍しくはあるのですけれど、でも割合として珍しいだけで、フィクション的な意味での〝特別〟ではないんですよね。ふたりだけの思い出という意味での特別ではあっても、現実として不思議だったり奇跡だったりすることはない。序盤のまだ幼い彼らの足跡、初々しい恋模様はきっと誰にでもありえた普通の恋の積み重ねで、だからこそ伝わるというか感じられるというか、なんか脳の奥の方から勝手に湧いてくるみたいなこの甘酸っぱさ! さっきも言った道具立て、クローズアップする詳細の取捨選択が実に巧みで、例えば序盤であれば「グラウンドの端っこ」「停泊場」「オリオン座の下」とか、力のある強い情景を自然に投げつけてくるのが最高でした。舞台を島にした意味がはっきりわかるというか、絵的なイメージと彼らの心情が、しっかり結びついて胸に刻み付けられる感じ。
非常に甘酸っぱく仲睦まじい、初々しい恋の様子が描かれているのですが、当然物語はそれだけでは終わりません。この先はお話の筋に触れるためネタバレを含みます。
中盤以降、相思相愛のふたりの前に立ちはだかる障害。高校進学のためには島を出る必要があり、どうしても離れ離れになってしまうのですが、でもお互いいつかもう一度会おうと交わした約束。もっとも、ここまでは最初からわかっていたことで、だから本番はその先です。
そこからの畳み掛けるような苦難というか悲劇というか、ふたりを引き裂くことになる大きな運命の、その抗いようのなさが強烈でした。まごうことなき悲劇であり、そしてそれを乗り越えるからこそ光る恋。無条件に良いです。恋愛小説に求めるものをしっかり提供してくれる、この堅実さがとても好みでした。
一番印象深い、というか単純に好きなのは、やっぱり舞台です。舞台設定のディティールが、物語そのものの強さを裏打ちしているところ。小さな島。そしてタイトルにもなっている『ひんぎゃ』。自分自身はそこに過ごした経験もないのに、でも郷愁を誘う風景としてしっかり胸に食い込んでくる、切なくも力強さのある作品でした。
謎の念者
東京の離島で生まれ育った男女の、離別と再会のお話。
東京の離島には足を運んだことがないのですが、本州との(地理的のみならず心理的な)距離感が半端なさそうですし独特な雰囲気ありそうですよね(東京の多摩地区住みの私ですら都心部に対しては距離を感じるので況んや離島の住民をやといったところでしょう)。
(前述の通り)若い男女の色恋というのはどうも分からない部分が大きいのですが、これは離別の悲しみと、故郷を失い鬱屈とした惨めな生を送らざるを得ない悲しみとが、ラストの再会シーンの感動を高めているように思えました。「離別と再会」というシチュエーションは古典的ではありますが、そうであってもやはり人の心を強く揺り動かすものがあります。
ラストシーンも、感動の再会を果たした二人の行く末が気になる終わり方です。涙で目を潤ませながら東京タワーを視界に収めている状態を「東京タワーか溺れている」と表現したのは粋だなと思いました。
謎のハピエン厨
カフェでの待ち合わせに、不思議な人物と出会う物語 いかにも不審そうな男が主人公や恋人に声をかけていくのですが、結果としてその行動が登場人物たちの命を救うことになりました。その男の正体が、壊れかけた腕時計の様子となぞらえて明かされていくのが、とてもよかったです。大切に使っていたからこそ、彼に最後の気まぐれを起こさせたのでしょう。そう考えると、彼がどれだけ大事に使っていたのかということも分かりますし、あれが最後のお別れだったと気が付くシーンにも深みが演出されていると感じました。短いながらも的確に纏まっている点も、作者さんの力量の高さを感じたところです。
こういう不思議なお話がとても好きなので、強く印象に残りました。とてもよかったです。
謎の金閣寺
【ごく普通のカフェでの、ちょっとおかしな一幕】
カフェで恋人と待ち合わせ中の男性が、急に無言で相席してきた見知らぬ人の相手をする羽目になるお話。
シンプルかつコンパクトながらも、非常にまとまりの良いショートショートです。ただ実を言いますとこの作品、内容に触れてしまうとどうしてもネタバレになってしまうところがあって、つまりこの文章はその前提で書いています。一応、ネタバレ要素は可能な限り後ろの方に寄せていますが、でも本編の約3,000文字という分量の短さもあって、できれば余計な先入観のない状態で読んでもらいたいお話。
まず導入のわかりやすさと速さが魅力的です。見知らぬ人にいきなり相席される、という出だし。この『見知らぬ彼が一体何者であるか』がお話の主軸となるのですが、その謎の差し出し方が非常にスムーズです。単純にそこまでが早い(というか冒頭の一行目でもう始まってる)というのと、あと彼の正体を気にさせる手際というか、『少なくとも普通ではない』ことの匂わせ方がうまい。
例えば主人公の「どちら様」という質問を受けて、ようやく名乗るべき名前がないことに気づいたような様子を見せるなど。明らかに尋常の人間ではなくて、自然とその正体が気になってしまう——という、この流れの自然さがとても好きです。興味の引きつけ方というか、物語への乗っけ方の巧みさのような。
問題の彼(クロ)の、そのいかにも曲者という感じの人物造形も好きです。ニコニコしていて妙に親しげで、全然人の話を聞いていないくせに、でも愛想ばかりがいい男。正直〝主人公に感情移入している自分〟としては胡散臭いしいい迷惑なのですが、でも同時に〝読者という無関係な第三者としての自分〟の目からは、不思議な魅力を感じる存在です。なによりどちらの自分から見ても気になる存在には違いないのがすごい。気づけばすっかり乗せられていたという意味では主人公とまったく一緒で(今これ書いてて気づいた)、しかも最後まで読み終えてみると、この「彼が魅力的であること」がすごく生きてくるんですよね。
というわけで肝心のお話全体の感想、というか物語の核心に関してなんですけど、よかったです。ほっとした、胸に沁みた、というニュアンスの「よかった」。実は謎は彼の正体ばかりでなく、例えばこのお話自体がどっちに振れるか最後までわからない——つまりもしかしたら悲しい話や怖い話ってこともあるかもしれないと、そう思っていたところにこのラスト。
安心したというか、もう本当によかったです。とても嬉しいし後味もいい。なによりきっちり伏線を回収していて、ちゃんと「なるほどアレはそういうことだったのか」ってなるところが好きです。ただの不思議な話でもお話自体は成り立つのだけれど、しっかり説得力で下支えしてくれる。非常に丁寧に練られた、シンプルながらも切れ味のあるお話でした。
謎の念者
カフェで彼女を待っている最中にクロと名乗る怪人物と出会うお話。
最初読んだ時は怪人物の正体がよく掴めなかったのですが、もう一度読み直してみて「ああ、そういうことか」と膝を打ちました。時計が進んでいたことが未来予知に繋がるというのは何とも面白い発想だなと思いました。世にも奇妙な物語とかで放送してそうです。
不思議な話であり、同時にほっこりする話でもありました。良い読後感です。
謎のハピエン厨
めっちゃよかったです。魔法使いにダンサーというルビを振れる世界観、というのがまず、すごく面白いなと感じました。
歌姫になったディーナを追い続け、やっと魔法使いになれたルカの初舞台。水の舞う演出や、雷が落ち、火の舞う演出。それらを魔法で彩るのが、彼らの仕事。魔法にこんな使い方があるのだと、感嘆の息を漏らさずにはいられませんでした。
かたや歌姫、かたや魔法使いとなった彼ら。何者かになった彼ら。それでも、二人の心はずっと同じ風景を待ち望んでいたのでしょう。何者かになったからこそ、今この風景が見られる、という心象にコントラストを効かせるための演出……つまり子供の頃の思い出ですね。それも物語にマッチしていて非常によかったです。「幸せだね」という言葉が、そのありふれた言葉が、時間の流れと、二人の通い合った心を描き出しているようで幸福感が強く伝わってきました。
世界感でガッと心を掴んで、物語でしっかりハッピーエンドを描き切った作品だと強く感じました。個人的に五億点です!
謎の金閣寺
【華やかに彩られた風景の中の静かな恋】
歌姫を務める幼なじみと同じ舞台に立つため、『ダンサー』と称される魔法使いとなった少年の、記念すべき初舞台の日のお話。
恋愛ものです。それはもうゴリッゴリの恋物語なのですが、でも同時にがっつり異世界ファンタジーしているお話でもあって、つまり世界設定という面でもしっかり組み上げられています。特に序盤が顕著、というか最初からファンタジーとしての舞台設定の魅力をもりもり乗っけてきて、それがまた非常に華やかというか、キラキラと輝くような豪華絢爛さがありました。
端的にいうならショービジネスの世界。歌姫の舞台を盛り上げるための、バックダンサーと特殊効果担当を兼ねたような存在である『魔法使い』。宙を舞いながら水や風や雷で舞台を彩るそのお仕事は、当然誰にでもできるようなものではなく、つまり長い研鑽の末にようやく手にした栄光。主人公・ルカさんにとっての初舞台、その幕がいよいよ上がろうかという、その瞬間からこの物語は始まります。
全三話の構成のうち、第一話は完全に舞台上での演技の場面。派手で煌びやかな迫力があるのはいうまでもなく、それがしっかり導入になっているのがまたすごい。いやこう書くとごく当たり前のことのように見えるかもしれませんが、でも現実の演目ならいざ知らず、魔法を駆使した架空の舞台から始まるのってそう簡単じゃないはずです。読者にまず前提となる世界設定を理解してもらう必要があって、つまりこの辺は結構入り組んでるはずなのですが、でもさらっと語り通している。第一話の極々短い分量の中(数えたらなんと1,700文字くらいしかない!)、物語世界の説明に舞台の描写、さらには主人公とその幼なじみの情報まで自然に混ぜ込んで、この語りの自然さと周到さは尋常じゃありません。
基本的に、というか総じてお話の組み立てというか、語るべきことを過不足なく語っているという印象。そつがなければ隙もない。一話目の段階では『遠いところに行ってしまった幼なじみ』を見るような形だったのが、二話目でどうして先に行かれることにおなったのかが明かされ、そしてその上での三話目。溜めに溜めた末脚が爆発して、まさにザ・恋愛といった趣っていうかもう甘酸っぱい! 好き! いやーやっぱり幼なじみっていいなあと、なんだかうっとりするような思いでした。詳細な設定も組み上げられたお話も、結局すべてはこのためというか、やっぱり主軸は恋愛です。思い合うふたりの、初々しくも瑞々しい恋模様。
鮮やかさというか、彩りの豊かさ、というのがこの作品の最大の特色、あるいは美点ではないかと思います。繰り出される魔法の煌びやかな感じ。空を飛ぶだけでもなんだか綺麗で、そしてその上で描かれる三話目の〝青〟、その圧倒的な輝きの描写。総じて色の使い方にこだわりを感じるというか、本当に画面が綺麗なんですよね。ステージとか風景とか、広角に切り取られた景色の美しさ。でもただカメラが引いているわけではなく、しっかり情動も描いているという……。
すごいです。なんだろう、筆の射程が広い感じ(よくわからない例えですみません)。短い尺の中にギリギリいっぱいまで世界を広げて、その上で王道の恋愛劇をも貫いてみせる、実に贅沢な味わいの作品でした。
謎の念者
歌姫ディーナと、ステージを魔法で彩るダンサーのお話。「魔法使い」にダンサーとルビを振る発想が面白いです。様々な魔法を用いてステージを彩り観客を魅了する……という煌びやかな絵面を想像させてくれます。
ディーナのステージに立ちたいという気持ちのままに邁進しダンサーとなったルカの烈心がまず良いですよね。何らかの目標に向かってひたすら突っ走るキャラクター好きです。思いの強さってそれだけで物語を鮮やかに彩ってくれますよね。
最後に明らかになった歌姫ディーナの想い。幾年の時を経て変わってしまったと
思われた彼女も、実はルカのことを忘れてなどいなかった。最終話を読んでみて、変わるものもあれば、変わらなかったものもある……そういう話だと思いました。コノハの瞳の色と同じコバルトブルーに輝く花畑のシーンの美しさも含めて、素敵な最終話でした。
50.Happy Lucky Soda Magic!/七瀬モカ
謎のハピエン厨
恋愛を真っすぐに描いた物語。めちゃくちゃ好きでした。夏休み、という舞台がいいですね。普段の生活とは少し違って、二人きりの関係性を描くのには素晴らしいフィールド選定だと感じました。いいですよね、夏休みの独特な学校の雰囲気とちょっと特別な人間関係……。
車椅子の少年には、普通の人とって当たり前のことが眩しかったのでしょう。しかし「好きな人には出来るだけ弱いところを見せたくない」と思える真っすぐなところがひた向きで、とてもいいな、と思いました。
最後に「ソーダ飲んでて、よかったかも」と言った少女の瞳には、きっと涙が浮かんでいたのだと思います。その光景がまるで一枚のイラストのように浮かび上がってきて、読後感の爽やかさがぶわーっと湧き上がってきて良かったです。これはぜひイラストという形で見てみたいと強く感じさせるような、綺麗な描き方でした。めちゃくちゃ好きなお話でした。
謎の金閣寺
【ピリピリしてるけどシュワッと爽快な初恋の味】
高校三年生の少女の目線から描かれる、等身大の恋と青春の物語。
それ以外に形容のしようもないくらい、まさに恋愛オブ恋愛といった風格の恋愛劇です。恋に思い悩む少女の日常。きっと不思議なことや大掛かりな事件なんかは何ひとつなくて、客観的な視点からはそこにはただ、何の変哲もない日々が続いているだけなのですけれど。でも『恋をしている』という事実ひとつが、その何もないはずの毎日を、波乱万丈な冒険の日々に変えてしまう。その感覚が生き生きと描かれていましたっていうか、もうまさに〝それ〟そのものでした。
恋と青春をそのまま現物で持ってきたかのような迫力。ストーリーよりもキャラクターよりも(もちろんこれらがないというわけではないのですが)、ただ『恋の感覚を文章上に再現すること』だけを優先したかのような物語です。事実、カメラは主人公である咲良さんにべったり寄り添っていて(というかもうほとんど同化していて)、その時々の感情や情動に応じてくるくると色を変える文章の、その浮き沈みの激しさの醸す思春期独特の感覚。遠いあの日の青さと甘酸っぱさ。きっと他人からすればなんてことのない些細な出来事、そのひとつひとつに喜んだりあるいは不安になってみたりと、まさに恋の嵐の最中を行く感覚をそのまま文章にしたような風情。実に印象的で、なにより力強いものを感じました。
ストーリーはこれもある種の王道と言っていいのか、特別捻ったところはない(というか何の変哲もない日常が嵐になってしまう時点で捻る必要もない)のですが、でもこの作品独自のエッセンスとして、車椅子の存在が挙げられます。主人公が恋をする相手であるところの隼人くんの移動手段。どうしてそれを使うようになったかは書かれていないのですが、でもそれゆえの悩みというか引け目というか、コンプレックスのようなものがお話の主軸にうまく作用して、物語の展開に綺麗なメリハリを生んでいるように思います。なかなか多くの人には分かってもらえない苦悩。
また車椅子と同様に、作中に出てくるいくつかの要素、いわゆる道具立てにこだわりを感じました。タイトルにも出てくる『ソーダ』なんかがわかりやすいと思うのですけれど、作品のイメージをそのまま象徴するかのようなあれやこれや。音楽を聞く趣味とか、その曲の内容などなど。総じて非常に爽やかで、でも同時に思春期特有のヒリヒリした不安もある、まっすぐで甘酸っぱい恋愛物語でした。
謎の念者
車椅子の少年に恋する少女の一人称で進むお話。ストレートな恋愛劇でした。
とにかく恋する少女を真正面から描き切った作品でした。車椅子の少年に惹かれる恋心、そして彼を思うがあまりにぎりぎりと胸を締め付ける懊悩呻吟といった恋愛のあれこれをそのまま文章に写し取ったかのよう。一人称小説の特性を上手く活かして、彼女の心情を鮮やかに描き出しています。
最後のシーンに、またなんとも言えない小気味の良さがあります。タイトルのSoda Magic!をこんなところで回収してきたかぁ……としみじみ感じ入りました。
51.神崎ひなたの受難 藤原×神崎ss〜next ecstasy〜/藤原埼玉
謎のハピエン厨
神ひな小説の第一人者である藤原埼玉(敬称略)が新作を引っ提げて参加してくれました。やってくれたな藤原埼玉(敬称略)。ていうか今回もめちゃくちゃ面白かったです、おのれ藤原埼玉(敬称略)。
ネタが内輪特攻ガン振りの作品なので、講評というより楽屋裏、居酒屋での打ち上げ的なテンションで感想に代えさせて頂きます。
まずこの作品のすごいところは、内輪ネタではあるものの一発ネタだけで終わっていないというか、読んでてちゃんと一つのお話になってて面白い、というところなんですよね。内輪ネタって普通、やろうとしてもこんなクオリティで仕上げられないですよ……マジで才能がヤバイ。恐ろしさと嬉しさが同時に湧き上がっています。
子宮にウテルスというルビを振るとか普段何食ったらそういう発想になれるのでしょう。(爆笑)また、主催の遊んでいるゲームをしっかり抑えているあたり背筋がゾッとすると共に爆笑しました。いいぞもっとやれ。
惜しむらくは、企画とか文字数関係なしに書いて欲しかったなと思わずにいられないところです。魅力的で個性溢れるキャラクターのみなさんにもっと活躍して欲しかったという気持ちや、残念ながら今回登場させられなかったキャラクターも大勢いると感じたので、今度また色々書いてくれたら嬉しいと思いました。
藤原埼玉(敬称略)本来の持ち味である筆致の色鮮やかさを、真剣にこういった形で見せていただけた、というのは非常に嬉しいです。今後も新作をお待ちしております。
謎の金閣寺
【紹介文の時点で何か異常なことが始まっているとわかる稀有な作品】
女子校の文芸部を舞台に、(おそらく唯一の)常識人であるところの美少女「神崎ひなた」が、迫りくるストーカー女子「藤原埼玉」の魔の手をいなしたり躱したりツッコんだりする恋の物語。
百合ラブコメ、あるいはテンション高めのコメディです。まず最初に触れざるを得ない点として、この作品は実在の人物をモデルにしたキャラクターが活躍するお話であり、つまりタグの通り「内輪ネタ」が多分に含まれています。そして自分はまさにその内輪に該当しているので、それ以外の人からはどういうお話に見えるのか、その辺りは見当もつかないという前提での感想になりますっていうかえっ嘘でしょぼくが出てる……?(※自分からお願いしました、ただ本当に使われると思っていなかっただけで)
笑いました。なんですかこのやりたい放題は! いや本当内輪ネタの内輪っぷりがきっちりしているというか、現実というかモデルの実際の行動をものすごく大量に(かつ忠実に)盛り込んでいて、しかもそれがちゃんとコメディらしいのがまた余計におかしいです。例えば序盤、急に出てきたお嬢様にいきなり調教されて犬になるところなんか、普通にリアルタイムで見ていた覚えがあります。一見唐突なように見えて、いやインパクトって意味では十分唐突なんですけど、でもこれ一発でしっかり九瑛さんのキャラクターの印象が固定されてるんですよね。すごい……。
中盤の謎のパワーインフレ感が面白かったです。作者の人柄というかなんというか、出る人出る人みんな強キャラみたいになってて(とはいえその強キャラ性はそれぞれ方向性が違うのですが)、それをただのお祭り騒ぎと油断して眺めていたら、なんとみんなしっかり活躍の場があるという……。ノリと勢い優先なように見えて、実は結構しっかり仕事してるのが地味にすごいです。いや本当、怒涛のコメディ展開のおかげでついつい見落としそうになるんですけど、実はこのお話ストーリーがいいっていうか、大騒ぎの裏でしっかりタイトル通りの「藤原×神崎」を貫いているんです。
この先は直球のネタバレになってしまうんですけど、クライマックスにおける主人公の活躍、神崎さんがゴリラを打ち倒す瞬間。「目を覚ませ」という叫びが最高でした。そこまでの様子見てるともう「一生眠ってて」くらいでもおかしくないのに、いやこんなの愛じゃん……実質眠り姫の目を覚ますキスじゃん……ってなりました。藤原さんが我を失った催眠状態になったのは、もちろんゴリラのせいでもあるのですけれど、でも第2話の即落ちのシーンにもかかっているように読めて、実は神崎さんその辺から無意識下でうっすらもやもやしてたのかなー、なんて、この辺の機微がもう本当にうまい。どんどんいけちゃう。素敵。
あとどうしても欠かせないもう一点というか、九瑛さんが好きです。彼女のキャラクター性と物語上の扱いが。堂々たる悪役をこなしているのに、最後に嫌な感情が残らない。むしろ魅力的ですらあって、この後味の良さがあってこそというか、やっぱりコメディはこうでないとと膝を打ちました。
総じて明るい、どこまでもまっすぐな、心をスカッとさせてくれる気持ちの良いお話でした。実はシリーズ物の三作目(たぶん)に当たる作品みたいですけど、これ単品で独立して読めるようになっているのも好きです。
謎の念者
藤原埼玉さんが送り出してきた危険なニオイのするナマモノ百合創作です。ガチでぶっとんでる気配しかしないと思ったら案の定やってくれました。案の定と言いましたが想像した以上にぶっとんでます。
まず冒頭部分の独り言がもうアレですよね。ここだけでもうこの作品の危険性を物語っているのですが、そこで終わらずますます加速していく様はまるで暴走トラックのよう。内輪ネタなんですけれども話の筋や盛り上げどころなどはちゃんとしていて読み物として面白い。その上読者の腹筋を狙ってきます。登場キャラクターも元ネタになった何らかの方々をよく反映していて、途中でいきなり突っ込まれた能力バトルシーンにおいては遺憾なくそれが発揮されます。
そして最後は毛むくじゃらのあの生物。ゴリラ藤原は正直一発ネタで終わらせるには惜しいパワーがありますね。続編が出たりしないかなーとか思っちゃいます。次回作ではゴリラ藤原が巨大トカゲやら恐竜やらと戦ったりしてほしいですね(キ〇グコ〇グを踏まえた発言)
謎のハピエン厨
恐らく、ある女を介護する人の物語。女がどうしてそういう体になったのかも、男がどうして彼女の世話をしているのかも、作中では一切描かれることはありません。常に今へと視線を向けられて進んでいく物語。
非常にテクニカルで難しい形式に挑戦されたと感じつつも、しっかり二人の関係性を感じさせるように描いているのがすごいと感じました。主従関係が一貫していて、三日放置したにも関わらずきっと戻ってくると信じて待っていた女の心境は、凄まじいものだったと思います。
お互いがお互いを必要とする関係性をディープに、そしてミステリアスに描いたお話だったと言えるでしょう。「おかえり」の内包する記憶や、言葉、思い出に、想像力を巡らせながら読めました。短いながらも深みを感じるお話でした。
謎の金閣寺
【さかさまのハッピーエンド】
とある深夜、どこかの部屋を訪れるひとりの男性と、その中央で彼を待っていた女性のお話。
恋愛もののお話です。エッいや恋愛もの? ジャンル設定はそうなっていますし、もちろん間違いではないのですけれど、到底「恋愛」の一語に収まりきる内容ではありません。いわゆる甘酸っぱい恋物語的なものをイメージしていると大変な目に遭います。濃いというかブ厚いというか、ひと組の男女が辿り着いた感情の袋小路、限界ギリギリの関係性がそこにありました。
ぴったり3,000文字というコンパクトさもあって、具体的な内容に触れずに語るのは難しいです。したがってこの先はそれなりにネタバレを含みますがご容赦ください。
いきなり核心のようなところに触れてしまうと、これは依存のお話です。相手から見放されたら生きていけない関係であり、またそうであるが故に決して見放すことのできない関係。与えるものと与えられるものとの一方的な勾配、ある種の不均衡が完全に成立した状態から物語は始まります。
ベッドの上でしか生きられない女性と、その世話をし続ける男性。そうなるに至った詳しい経緯については明かされていないものの、でも直接的というか現象的な面での原因は書かれていて、それがまた壮絶というか強烈というか、まあ本当とんでもないです。どうにもならない傷跡というか、物理的にそうなるしかない一種のデッドロック状態。
完全に生殺与奪を握っているにも等しい関係性で、にもかかわらず精神的な力関係は正反対というか、物理的な弱者が強者を支配するためのロジック(というか仕組み? 仕掛け?)が最高でした。赦しがそのまま呪縛となって、それにより相手のすべてを支配する女。もちろん赦すには罪が必要なわけですが、でもそれもまた彼女自身がコントロールしているというか、相手の暴力を意図的に誘発している面すら伺えること。
作中で起こった(正確には三日前の)痛々しい出来事は、あるいは彼女がそう仕向けたのかもしれないと、そう思わせるには十分すぎるくらいの、あの最後のセリフ。主人公の持つ(そしておそらくは抑えることのできない)暴力性や身勝手な性衝動のようなものを、拒むでも窘めるでもなくただ無償で受け止め、その受容により彼の働いた狼藉がまるで『弱さ』であるかのように翻訳されてしまう。弱くて幼くて、だから間違ってしまう主人公。子供の過ちを受け止め、許し、そのうえ慈愛すら与えてしまえるのは、なるほど関係性において絶対的に上位にある側でなければ不可能なこと。
とてつもないです。書かれているものそれ自体と、なによりその胃もたれを起こしそうな凶悪な濃度が。彼女の底無し沼のような妖しい魔力、というのもそうなのですけれど、それ以上に主人公がもうどうしようもなく詰んでいるというか、彼女がわざと彼の暴力を誘っているように、彼自身もわかっていて自らその泥沼にはまっているような向きがあります。
つまりはある種の共犯関係、お互いに全部わかった上で、ただ無限に癇癪と甘やかしの永久機関をやっているようなもので、そして彼も彼女もその他に生きる道がないような状態。すなわち完全な〝詰み〟状態、行き止まりという意味ではまさに『エンド』そのもので、そして同時に『ハッピー』でもあります。なにしろお互いがお互いに、これしかないという唯一のものを与え合っているわけで、だからこれは紛れもない『ハッピーエンド』であると、いやいやいやいや本当にそう言っていいの? 怖くない?
少なくとも読者の立場、客観的な第三者の視点では完全に真逆、『終わりのない地獄』そのものにしか見えない。とんでもないです。まったく正反対のものの中に、でも主確かに『幸せな結末』を作り出してみせる、とんでもない濃厚さと破壊力を備えた作品でした。情緒をめちゃくちゃにされたよ! 好き!
謎の念者
どこか威圧的な物言いの女の世話をする男のお話。
所謂相互依存の関係でしょうか。物質的には部屋の女はこの男の世話なしでは生きられない脆弱な存在と化しているのですが、その一方で精神的にはこの男の弱みを握って逃げ道を塞ぎ、支配下においているというような関係性です。
物語全体に流れる粘質で嫌らしい空気は、読む人次第では顔をしかめてしまいそうではありますが、一方でそれ自体がえもいわれぬ蠱惑的な空気感を作り出しているものでもあるんですよね。
前に使ったフレーズと似ていますが、「客観的には不健全で破滅的な関係だが、主人公の主観的には救済である」というようなところでしょうか。そう考えればハッピーエンドというお題にも確かに合致したものであるかも知れません。
謎のハピエン厨
CDと本を交換する二人の男女の物語。ぼくもこういう青春が送りたかったです。お互いの物を貸し借りしていくうちに、好みや考え方が分かっていくような感覚っていいものですよね。また、カクヨムという創作の場を丁寧に、優しく描いている筆致がとても印象に残りました。お話のクオリティも非常に高く、青春を感じさせる爽やかも相まって、まるでカクヨムの看板小説のようだと感じました。
広川くんが自作を好きだ、と言ってもらえたときの嬉しさが、染み渡るようでした。複数冊ある本の中から選んだ貰えたとなれば、その喜びもひとしおでしょう。これからの二人の関係性がいい方向に発展していくのだろうと感じさせてくれる、とても爽やかでいいお話でした。
謎の金閣寺
【世界の殻を割って外に飛び出る雛鳥の不安と期待】
音楽好きの女子と読書家の男子が、ふとしたきっかけからお互いにCDや本を貸し借りするようになるお話。
ひと夏の青春の物語です。タグにある「友達以上恋人未満」という語がまさにそのまま本作の内容を表していて、つまりこの「以上」と「未満」のバランス感覚が最高でした。なかなか着陸の難しい狭い範囲にぴったり収まってくれるというか、「これだよこれ!」みたいなストライク感。このふたりの関係を説明するのに、「友情」という語は違うし「恋愛」というのはなおのこと違和感のある、つまりそう容易には言い換えの効かない関係。だからこそ物語で語られるべきであるかのような、「このふたりだけの特別」が非常に嬉しく思える作品です。
仲のよい男女のお話なのですけれど、そう安易に恋愛らしい部分に傾いていかないのが好みです。実際いかにもという感じの描写はほとんどなくて(個人的な印象かも)、でも「物語のその後」として勝手に夢想するのを許してくれるくらいの余地はあるという、これが読んでいて本当に心地がいい。といって、では「あくまでも友情の物語」となるかというと、それはそれでまた少しニュアンスが違うというか、実は友人関係としても日が浅かったりするのが面白いです。
あくまで互いの趣味を貸し借りし合うだけの関係で、でも「趣味が同じ」なのではなく、互いに自分のまったく知らない世界を教え合う間柄。ここが重要というかツボといいますか、考えようによっては「恋人以上」とも取れちゃうのが本当に好き。考えようによっては恋人に対してすら望めない関係性。自分の好きなものってそれこそ自分を形作るもので、それを他人に受容してもらえるかどうかって、すごくドキドキするものだと思うんですよね。不安と、そして受け入れてもらえた瞬間の嬉しさと。そういうものがさらりと、でもくっきり食い込んでくる形で描かれているのが、もう本当に青春という感じでたまりませんでした。この『前向きな不安』って最高じゃありません?
その上で、というかなんというか、このお話の内容というか筋というか、向かう先の力強さが素敵でした。若干ネタバレになりますがタグにもあるので言ってしまいますと、このお話は『創作』の物語です。つまりはこう、さっき言った『自分を形作るものを需要してもらえるかの不安と期待』が、中盤からそのままいきなり十倍くらい濃厚になって(正確にはその可能性を匂わせる形から入るのですが)、あるいはそれと似たような経験があればこその感想なのかもしれませんが、でもその書き方・組み上げ方がもう本当にすごい。
構成の面でのテクニカルさ。というのもこのお話、実は結構実験的なところがあって、主人公ふたりの視点を交互に行き来する形で描かれているんです。これがもう、本当に、すんごい活きているというかなるほどこの構成でなければこれは描き出せなかったというか、こういう『仕掛け』のようなものがしっかり仕掛けとして、作者の意図通りに機能している(そして読者としてそれに見事に嵌められる)感覚は、それだけでものすんごく楽しくなってしまうものがあります。
というわけで、ここまで述べてきた主観的な感想というか、「嬉しく」「心地がいい」「楽しくなって」等々からも分かる通り、とにかく幸せな作品です。ハラハラする不安だって期待の裏返し、嫌なことや重たいものは全然なくて、とにかく前へと拓けていく、まさに「ハッピーエンド!」という感覚を与えてくれる作品でした。素直に好きになれる物語だと思います。
謎の念者
CDと本を貸し借りする少年少女のお話。
広川の「君が読んでくれるなら、俺は書き続けられる気がするんだ」っていうセリフには共感しかありませんでした。彼の心境、まさしく小説を執筆してウェブ上にアップロードしている人のものとして大変解像度が高くて、読みながら福島の赤べこのように首を縦に振り続けてしまいましたね……。自分の作品を待ち望んでいる誰かの存在というのはとても得難いもので、書いてる側にとっては救いになったりするんですよね。その気持ち大変よくわかります。
ヒロインが狭山トルスの正体に勘付くシーンも、何というか探偵めいてていいですね。なるほどこうやって身バレが起きるのかぁ~なんて思いながら読んでいました。
謎のハピエン厨
蓮に蛍、この美しいモチーフが目を閉じた時、幻想的な風景として浮かび上がってきます。そこに歌う二人の少女が加わることで、文章を飛び越えてくるような、鮮やかな風景が確かに想像できました。
そうして筆致や風景の美しさだけでなく、歌えなくなった少女の気持ちや、解放されていく描写もしっかり描かれていてよかったです。大きな声を出せばスッキリする、という短絡的な類ではない、呪縛から解き放たれるような解放感を少女の視点でしっかり表現されていたことも良いと感じました。
物語の最後を「どこか楽しげだ」と表現されていたこともぼく的にはポイントが高くて、こうした控えめな表現に留めることで物語がキュッと、いい引き締まり方をしているように思えるのです。これは「蓮と蛍」という美しいモチーフを前に出しすぎず、少女の心情をきっちり主題として意識された結果のように思えますし、そうして物語が閉じられることによって、余韻というのでしょうか、蓮だけでなく、歌っている自らも楽しんでいるのだという少女の心情まで伝わってくるようで、非常にいいと感じました。
謎の金閣寺
【失った翼を取り戻すための儀式と、そのための一歩を踏み出す勇気】
かつて歌を歌うことがなにより好きだった高校生の少女と、その幼なじみの少女のとある一日のお話。
青春ものの現代ドラマです。合唱部での活動、あるいは歌うことそのものが主なモチーフ、と書くといかにも爽やかな青春模様を想像してしまいそうになるのですが、さにあらず。冒頭からなんだか不穏な雰囲気で、その重苦しい空気の書き表し方と引っ張り方がまた巧みというか、このシリアスさこそが本作の特色であり、また最大の魅力であるように思います。
読み始めて早々に、というかあらすじの時点でわかるのですけれど、主人公の蓮さんは何か大きな欠落を抱えた存在です。もっと言うなら、あからさまに何かを失った状態から物語が始まっています。この過去の喪失をはっきり描き出し、そしてその原因に対してじわじわ迫っていくかのような、この話運びの丁寧さがとても好きです。
匂わせ方というかなんというか、視点保持者である主人公自身が、それについてできるだけ考えないようにしているような感じ。なのにお話自身は当然そっちへ向かって、もちろん読み手としてはその真相が気になるのですけど、でも迫れば迫るほどなんだか見たくないような、このじわじわ積もる嫌な予感がすごい……っていうか、実際その予感の通りだったのがすごかったです。
タグにもある通り、確かにこれは「トラウマ」という言葉にふさわしい出来事。なかなか本格的というか洒落にならないというか、本当に人の邪悪な部分を持ってきていて、でもなによりどうにもならないのが「実際そういう現実ってあるよね」となってしまう部分。
ただ明るく爽やかなばかりではない、青春のいわば影の側面。面白いのはそれが主人公たちを当事者として描かれているのではなく、まるで不幸な貰い事故であるかのような形で描いているところです。
もっと具体的にいうのなら、主要な人物たちが〝やらかして〟しまうのではなく、ぽっと出のモブ(脇役)がそれを果たし、しかもなんの後始末もされないまま〝そういうもの〟として処理されてしまうあたり。さっき言った「そういう現実ってあるよね」というのはまさにこの書かれ方(というか事件の扱い方)を指してのことで、この主人公らに感情移入したとき「とても理不尽な感じ」のようなものが、とても胸に刺さると同時に大変リアルな手触りであるところが素敵でした。いや出来事そのものは素敵じゃないんですけど。作品として素敵。
これだけだとただの嫌なお話になってしまいますが、もちろんそんなことはなく。この洒落にならない嫌さをしっかり踏まえた上での、この物語の帰着点。ちゃんと乗り越えた上でのハッピーエンド。いや実を言うとだいぶ驚いたといいますか、最後の締めの部分がものすごく短いんですよ。ぱっと見で明らかに分量が少ないのに、この少なさシンプルさでしっかりトラウマを乗り越えていること。スパッと切れ味のいい綺麗な閉め方。なんだか潔さのような凛とした読後感が嬉しい、重たいながらも強く前向きな青春物語でした。
謎の念者
帰宅部の少女蓮と、合唱部に所属する幼馴染の少女蛍のお話。
トラウマを乗り越えるお話ですね。それに加えて、幼馴染同士の友情を鮮やかに描き出した物語でもあります。「どうやら、保育園からの幼馴染というのは、双子並のテレパシーがあるらしい」という一文には、彼らの付き合いの深さが読み取れますし、ためらう蓮を牽引するかのように蛍が大きく息を吸い込むシーンは、二人の関係性をよく示していています。
ラストシーンの描き方がまた芸術的でした。ホタルの輝きと河川敷に咲くハスの花の二つが情景を彩りながら想いの通じ合う二人の歌う様は、まさしく幻術のようです。人物の心情や関係性の描写だけではなくそうした美しい情景描写に力を入れているところも、この小説の魅力の一つと言えますね。
謎のハピエン厨
まずびっくりしたのが、めちゃくちゃ読みやすかったという点です。今回の企画に参加された作品はレベルの高い作品が多く、それだけに読みやすいお話も多かったのですが、この作品は頭一つ抜けて読みやすかったです。漢字、平仮名、カタカナのバランスが良いだけでなく、描写の上手さも合わさっているからこそ起こっている現象のように感じました。ワザマエがすごい。
お話自体も登場人物の行動自体は少ないのですが、冒頭でも話した圧倒的な読みやすさによって、物語に強い説得力を付与していると感じました。ほぼ回想だけなのに、登場人物の像がはっきりと結ばれていくんですよね。これはなかなか真似しようと思ってもできない、難しいことなんですがさらっとやってのけているのが凄い。
想いの人がまさか男性と……という事実は、主人公にとって大きな衝撃になってしまったのでしょう。ぼくは男性同士の恋愛というジャンルに疎いのでこの辺りを上手く汲み取れた自信は無いのですが、主人公の沈むと気持ちと幸福な食卓とが、コントラストとして非常に映えていて、「喜べない幸せがあるなんて、知らずに生きていたかった」という言葉の悲痛さをグッと引き立てている点も非常に上手だな、と感じました。人となりや感情を描くのが卓越している、そんな風に感じました。とても良い作品でした。
謎の金閣寺
【頭を空っぽにして浸れるゴリゴリのBL時空、という甘い罠】
会社の同僚である美しくも優秀な男性社員と、さらにもうひとり、可愛らしくも有能な男性社員、そのふたりを遠巻きに眺める、ひとりの女性社員のお話。
BLです。あるいは単純に女性向けといいますか、魅力的な男性キャラクターを存分に眺めるための物語。いや完全にそのためだけというわけではないのですけれど、でもおそらくは意図的にというか、かなり特別な目的を持ってそういう仕上がりにしていると思われるお話です。
どういう目的かはもう冒頭というか、作品紹介の欄に書いてあるのですけれど。これだけはっきり書いてあるのに、つまりわかってたはずなのに、えぇなんですかこの破壊力……どうして、っていうか、どういう……(読後まもないためまだ打ちのめされています)。
この作品の提供してくれる世界、あるいはそれを支配している法則そのものが、すべて読者の〝欲しいもの〟のために整えられているかのような。娯楽作品としてのサービス精神が旺盛というか、言うなればある種の「都合の良い世界」そのものなのですけれど、でもすごいのは全然そんな風には見えないところ。ある種の理想を提供してくれるのに、でもそれをリアリティを保ったまま実現しているので、一切の違和感も抵抗感もなく飲み込めて(というか飲まされて)しまうんです。
普通、素敵な男の素敵なとこばっかり山盛りにしてたら、いわゆるお花畑的な浮世離れした雰囲気なりそうなものを、でもしっかり地に足がついている。逆に物語に現実らしい手触りを与えようとするなら、そのぶん地味で嬉しくない要素も増えるはずなのに、でもその辺はうまく見えないところへと追いやられている。いうなら『こんなに美味しいのにカロリーゼロ』みたいな、本来トレードオフになるはずのものを両取りしているようなところがあって、つまりほとんど魔法っていうかもう、ずるいです。この作品だけエネルギー保存則崩壊してません?
というわけで、素敵な男性の素晴らしいあれやこれやを存分に味わわせてくれる佳作なのですが、でもそれは何から何まで全部罠です。最後にはすべてがしっぺ返しとなって我が身に跳ね返ってくる、そのためのお膳立てのようなもの。
こればっかりはもう、説明のしようがありません。読めばわかりますし、読むことでしかわかりません。その上でそれでも無理矢理解説するのであれば、ある種のNTR(寝取られ)的なショック——どころでは全然、ありません。なぜならそこは最初から予告されていて、つまり「彼は自分のものではなかった」と思い知らされる苦しみが大オチなのですけれど、でもそんなものは本当の本当に些末な問題、もはや誤差のうちにも入りません。
そこに苦しみを感じてしまったこと、または苦しみを感じた主人公に共感してしまったこと、それがトリガーとなり、自分自身がいかに醜い怪物であったかを思い知らされる展開。
身勝手な期待、一方的にそういう目で見て都合の良い妄想にふけることのグロテスクさ、なんならそこに含まれた卑劣極まる加害性まで。要は途中に出てきた「おじさま」たち、完全に悪役としての役割を果たすためだけに存在させられている彼らが、実は自分(読者)の写し鏡だったと明かされるラスト。いやせめてもう少し手心を、と思ったのはこの主人公、むしろおじさまよりよっぽどタチが悪いんですよ……。
なにひとつリスクを負わなくて良い、本当に無責任な立場からの身勝手な欲望。いや「でも直接はぶつけていないからセーフ」と言い訳したくなるのですけれど、でも裏を返せばそれって安全地帯から美味しいとこ取りしてるだけで、しかも何もしてないくせに自分のものになると思ってたということまで上乗せされて、まあとにかくどこにも逃げ道がない。すべての言い訳を封じられた、完膚なきまでの「詰み」状態。
よくよく考えたら法的にもアウトというか、かなりガチ目のストーカー行為に手を染めて、結果かなりプライベートな秘密まで暴き立ててるわけで、その上でまるで自分が被害者であるかのように悲劇のヒロインぶってみせるこの主人公の、その存在ではなく〝その気持ちにばっちり共感できてしまうように書いてある〟のがもう本当に、本当にもう、慈悲はどこ? 殺意しかなくない? ——というような。いやもう、真剣にぶっ倒れるかと思いました。完全に殺された。悪は死んだ。ハッピーエンド。
凄かったです。おっそろしいものを食らわされました。読者に対して容赦がなさすぎる……いやでも、結局そこが一番大好きなのですけれどね! 小説を作者と読者の対話と捉えるなら、無言のまま突然心臓をひと突きにされたかのような、最大かつ真実のコミュニケーションを感じさせる作品でした。反省しました。明日からはもう少し善良な人間として生きていきたいです。
謎の念者
美しい容貌の素敵な三十代男性社員の通話を盗み聞きするお話。BL、というかメンズラブ(以前こんな単語を目にしたことがあります)のお話ですね。
「ハッピーエンドの主役は、往々にして自分ではない」という書き出しがまず目を引きます。読み手としては、なぜ、この物語の主人公がそういう思いに至ったのかというのが気になってくるわけですね。こういう導入の仕方は非常に効果的であるように思えます。ウェブ小説というのは初手で読み手を惹きつけないとブラウザバックされたりしてしまうので、そうした努力というのは重要性を増してくるわけで、冒頭の一文で惹きつける力が強いのは明確な長所たり得るんですよね。
まずこの鈴城さんと真崎さんという二人の男性の描き出し方が色々とニクいです。小説の視点自体はあくまでも二人の外からのもの(つまりこの物語の語り手の目をレンズとして通してみたもの)で、それほど事細かに語られているわけではないのですが、それでも甘美な世界が広がっていることは容易に想像できて、もっとのぞき込んでしまいたくなるような気分になります。BL、殊に社会人同士のそれというのは私にとってほぼほぼ未知といってよいジャンルなのですが、それでも感じる麗しさ。
そして、タイトルの「ビター」が二度繰り返されているのも、おそらく彼らの関係性によるものなんですよね。光が差すところに必ず影が形作られるように、彼らの関係性が麗しいものであればあるほど、そこに入っていかれなかった主人公は悔恨の情に苦しむのでしょう。なるほどタイトルの通り「ハッピー」であり「ビタービター」なお話だと納得しました。
56.現代lemonismの諸問題とその超克について/上村湊
謎のハピエン厨
教員研修の中で、自らの心境と向かい合えた物語。人間とは複雑なもので、悩みの根本に何が巣食っていてどういう因果で繋がっているか、自分では分からないこともあります。仲澤さんの場合、それは村瀬先生だったのでしょう。決して直接的ではなくとも、彼にとっては何の気なしに発した言葉でも、それが自分を救ってくれたという事は、彼女にとって大切な指針になったのでしょう。しかし、とある事件がきっかけで、何かが歪んでしまった。これは、そうして歪んでしまった何かが修正された、そんなお話だと捉えました。
物語の中に閉じ込められた、群としての人間について、深く考察されながら物語が進んでいくのがですが、静かで、かつ迫力のある筆致が強く印象に残りました。心の複雑さ、生きることの難しさに真正面から挑み、描き切ったのだということが伝わってきて、非常に読み応えのあるお話でした。
謎の金閣寺
【『痛くて苦しくてつらいから普段目を背けていたもの』全部のせ】
とある教育実習生のお話。
面白かったです。ただひたすら圧倒されました。とても何か言わずにはおれないのですけれど、でも何を言っていいやらわからない。というかもう、何も言えることがない。凄かったです。あまりにも凶悪な作品でした。一文一文が抜き身の刃物のようで、読み終える頃にはもう全身傷だらけというか、たぶん三話目くらいでもう死体になってたような気がします。ああダメだ、本当に好きすぎて言葉が出てこない……。
ジャンルは現代ドラマとなっており、確かに他の単語が浮かばない程度には現代ドラマです。自分はいつもエンタメ作品ばかり摂取しているため自信がないのですけれど、こういうのを文学と呼ぶのでしょうか……いやもう死ぬほど面白いのは間違いなくて、でもその「面白い」は娯楽小説らしい手段によってもたらされるそれとはまた違う——なんて、あくまで個人的な印象ではあるのですけれど。でもそういう作品。この「文学」って言葉はどうも人によって意味が大幅に異なるみたいで、加えて自分もよくわかってないので滅多に使うことがないのですけれど、でもこればっかりは。言いたいので。
お話の筋は上にも書いた通り、教育実習中の女性の様子を描いたもので、でもそこはどうでもいいというか、少なくともここで(感想や解説として)ストーリーラインに触れる必要性は薄いように思えます。そこじゃないので。いや物語自体はしっかり存在していて、実際かなり丁寧に組み上げられたものだと思うのですが、それでもやっぱりそこじゃない。単純にお話の筋をあらすじのように要約してしまうと、どうしてか肝心なところが全部抜け落ちてしまう。
お話が展開していくその最中に、ひとつひとつあらわにされてゆくもの。いや最初からあらわではあるのですが、でも都度きっちり〝確定〟(というかもう〝トドメ〟というか)されていく何か、語弊を厭わず言うなら「主人公の持つどうしようもない部分」が、もう本当に胸に刺さるっていうかいちいちこっちを道連れにしてくるのが本当に凶悪なんです。
主人公の人物造形と、わかっているはずなのに曖昧に目を背けているところと、そして「ああ確かにそれは直視できない」と思わされてしまうところ。本当に見たくないもの(キャラがどうとかでなくお話を読んでいる自分自身が)をこれでもかとばかりに次々投げつけてきて、その手触りというか歯応えというか、「明らかに他人事でなく自分のこと」と感じられるところがもう、本当にすごい。
ちょっとおかしな例えになるのですけれど、例えば映画とかでなんか痛そうな流血のシーンを見たときにですね、「うわーやだ痛い痛い痛い」ってなって目を細めてしまうような、それのメンタル版みたいな感じ(ひどい例え)。しかも文字で食らわせてくるから、よく考えたらいくら目を細めても別にぼんやりしないんですよ。全部減衰なしの100%のダメージ。この人間の手触り。吹き出る血と膿んで爛れた傷痕の生々しい匂い。劇でなく、物語でもなく、まず人間を読まされているとはっきり実感させられること。恐ろしい……。
その上で、ネタバレにはなりますが、どうしても触れずにはおれないストーリー部分。最後の最後、あの手品みたいな一撃。もう意識が飛ぶかと思ったというか、単純に「は? 何が起こった?」ってなりました。
だってこんなの完全に魔法です。ここまでのあのボロボロの、傷だらけの本当にどうしようもない積み重ねを、でもあの短い最後の一話だけで〝こう〟できてしまう。本当にもう、何をされたのかわかりません。だめだ何もわからない……どう言えばいいのこの衝撃……。
本当に、ただただ面白かったです。小説に求めるものそのものを浴びせられた感じ。読めてよかったと心から思える作品でした。
謎の念者
教育実習中の女性と、彼女にかつて教わっていた少女のお話。
教育実習にまつわるあれこれの解像度が高くて、実際に教職課程を経験されていたのでは? なんて思ってしまいました(違っていたらすみません。違っていたとしてもしっかり取材をされたのだと思います)。ここがまず目を引くところでした。
自分にとって救いとなった存在が周囲から否定され貶められることは勿論、自分も周囲と同じように対象を謗らねばならなかったという状況がどれほどかなめさんの心を苛んだかは察するに余りあるもので、批判精神というものを村瀬先生から教わっておきながら、結局はその村瀬先生に関わることで毀誉褒貶の自由などないということを思い知らされてしまったのは何とも皮肉な話です。「私が国語の教師になりたいと思うようになったのは、高校時代に出会った、ある先生の影響でした」とはっきり他者に伝えられるようになったのはそうした呪縛からようやく解き放たれたということを意味しているのでしょうし、確かにこの物語はハッピーエンドといえましょう。
謎のハピエン厨
狐さんの二作目です。走り屋の男が翼の折れた天使と出会う、逃避行の物語。めちゃくちゃ好きでした。
荒廃を感じさせる世界観に、天使という存在を放り込む発想が素敵だと感じました。お話もきちんと起承転結の段階を踏んで進んでいくため非常に読みやすかったです。
また、主人公が真っすぐで、爽やかで、終始を好感を持てるような好青年として物語を牽引していく様子が、読み手として頼もしく映り、また物語の盛り上がりに拍車をかけてくれたように感じました。
クレーターを天使の羽で飛び越えていくシーンなんかも、アインズの信念を演出するシーンとして非常に効果的だったと思います。
物語の閉じ方もすごく良かったです。未来に対する希望とこれまでの選択、これからの選択について想いを寄せて走り去っていく、二人の後ろ姿がなんと爽やかなことか。
二人きりの物語を非常に上手に描かれた作品だと強く感じました。個人的に五億点です!
謎の金閣寺
【もうただひたすら格好よくって気持ちいい!】
どこまでも続く真っ直ぐな道の途中、翼の折れた天使をなぜだか拾ってしまった、とあるバイク乗りの旅路のお話。
SFです。とても気持ちの良い終末系SF。本来ならまったく交わることのなかったであろう対照的なふたりの、冒険の旅路というか一種の逃亡劇というか、なんだったらある種のロードムービー的な物語。いやロードムービーという語の使い方があっているかどうか自信がないのですけれど、でもその言葉のイメージがぴったりくるというか。
見渡す限り一面の荒野、ただまっすぐ伸びる直線道路と、そこを突き進む改造ホバーバイク。映画的な画の強さがあって、しかもそれがストーリーをそのまま象徴しているので、物語に入っていきやすい。その上でこの〝道〟が本当にいい仕事しているというか、ただの設定に終わらずテーマ性の部分までしっかり担っていて、総じてものすごく綺麗に組み上げられた物語だと思いました。いろんな要素の使い方がすごい。
まず登場人物が素敵です。彼らのキャラクター性というか、その存在が非常に対照的であるところ。折れた翼を背に生やした少女と、ハードな世界に生きる走り屋の男性。全然違う世界の生き物、というのは実はまったく字義通りの意味だったりして、しかもそれぞれの暮らす世界を象徴するかのような役割を果たしているのがまたすごい。先ほど『終末系SF』と書きましたけれど、実はこのお話にはもうひとつの顔があって、同時にディストピアSFでもあるんです。
まるで天使のような姿の彼女、アインズの暮らしていた『上』の世界。対する主人公ツクモの生きる世界、すなわち彼女の落ちた先は『下』であり、それは『上』からの落下物によってかなり不便な立場に置かれた世界。ある種の格差によって分たれているのは間違いなくて(少なくとも下よりは上の方が安全)、では『上』の世界が幸せなのかといえば、決してそうとも言い切れない——というか、まさにディストピアそのものの管理社会であるという。
この対照的なふたつの世界を、対照的なふたりがそれぞれ象徴して、でもふたりはいずれもその世界の代表でおなければ平均でもなく、むしろイレギュラーにならんと欲する存在であること。そしてそれが故に始まる冒険の、そのきっかけでもありまた原動力でもあるのが、お互いにとってお互いの存在である——という、もうなんでしょう、この構図やら関係性やらのえも言われぬ気持ちよさ!
すんごいです。こういう細かな要素を相対化させることで物事を描き出す手法というか、練り上げられた設定のひとつひとつがもう全部好き。例えば、天上の鳥籠を逃れるために彼女がとった行動が、なんと「翼を折る」だったこととか(普通は翼って羽ばたいて逃げるためのものですよ?)。あるいは無力な少女を手助けするヒーローであるはずの主人公が、でも同時に彼女のおかげで〝道を外れるための力を得ている〟ことも(それも意識的なもののみならず、物理的にも力を与えているからすごい)。こういういろんな要素の逆転やら対比やら、それらがあちこち幾重にも張り巡らされている上に、しまいには相互に連携しあってより強みを増すかのような演出(構造)。
いやもう、本当に気持ちが良かったです。そして書くタイミングがなくて最後になっちゃいましたが、純粋にキャラクターが格好いいのも嬉しい。それもいわゆる『強キャラ』的な格好よさでなく、姿勢や生き様から滲み出る魅力。立ちはだかる世界に打ち勝てるほどの力や異能があるわけでもないのに、でも決して臆せず前を向くふたり。いやふたりでいるからこそ前を向けること。きっとどこまでも進めるだろうし、むしろ進む先がふたりの道になっていくのだろうなと、そんな確信を抱かせてくれる物語でした。本当に爽快! ふたりとも大好き!
謎の念者
一番槍レーシング参加者の狐さんの二作目。荒野を走る走り屋と、折れた翼の天使のお話。異なる世界に暮らす二人が出会い、一蓮托生となる物語ですね。
まず舞台設定が素敵ですよね。荒野を走り屋が疾走する様も、警察とカーチェイスを繰り広げるシーンなどは映像映えしそうですし、映画化して劇場で見ると迫力がありそうな絵面が容易に想像できてしまいます。
それと、二人の世界の違いなんかも面白い要素の一つです。地上は地上で落下物のせいで気が安らかではないし、天上の世界は天上の世界である種のディストピア物のような制度設計がされている、という。異なる世界を出自とする二人が出会ったのが、二人がまさしく「規範から外れる」存在であったからというのが良いですよね。ツクモはツクモでバイクの違法改造に手を染めるアウトローですし、アインズはそもそも天上の世界の管理社会ぶりに閉塞感を覚えて逃避した身です。そういった意味で二人は生まれは違っても共通するものを持っているんですよね。
前述しましたが、映像化されてほしくなるような小説でした。
謎のハピエン厨
和風ファンタジー風の、犬神を主題として書かれた物語。おそらく舞台は平安時代でしょうか?
犬神という使役存在を軸に物語を上手く導いていると感じましたし、特に犬神が使役者を前にして自分を取り戻すシーンには見ごたえがありました。悪役がしっかり裁かれている点も良いカタルシスを感じさせる演出でよかったです。
最後に犬神の正体が明かされましたが、いや見事に騙されてしまいました。玉と蓮、二人の信頼関係を感じさせるラストのオチも綺麗で、一つの短編として美しく纏まっていると言えましょう。
強いて気になった点を挙げるとすれば、もっとルビを振ってほしかったかなということくらいです。特に「人探し」の章では世界観や登場人物の紹介をする役割が強い大事な章と感じましたから、登場人物や本営宮尚書寮、尚書寮、御所頭あたりが読めず、せっかくの物語を前に意識が逸れてしまうのが勿体ないと感じました。(これは単にぼくの教養が足りないだけのような気もしますが…)ここら辺まで丁寧にルビを振ってあげることで、お話への没入感がもっと深まるのではないかなと、個人的には感じたところです。
謎の金閣寺
【恐ろしくも美しい犬神の呪】
誘拐された犬神使いの家の息子と、それを救わんとするふたりの男のお話。
ファンタジーです。それもゴリッゴリの和風ファンタジー。実を言うと和風ファンタジーってあんまり読んだことがなく、そのうえ知識すらもない(歴史とか何もわからん)人なのですけれど、そんな自分が読んでもしっかり和風ファンタジーなのがすごい。
この作品の魅力をどんな言葉で伝えたものか、正直ものすごく難しいのですけれど、ひとことで言うなら『丁寧に組み上げられた世界そのものに面白みのあるタイプのファンタジー』。なんとなくSFっぽい印象すらあって(個人の感想というか、人によって〝この感覚〟を表す語が違いそう)、つまりあくまでも和〝風〟です。昔の日本そのものではどうもなさそうなのに、でもそれがものすごく日本日本〝している〟ような感覚。度肝を抜かれました。和風ファンタジーなのにしっかりハイファンタジー(異世界)してるというか。
歴史上の何かにオリジナルな設定を組み込むのではなく、どうもきっちり一から組み上げているっぽい世界(違ったらすみません)。でもしっかりと和風なんです。イメージ的に身近な和のエッセンスで想像できる。読んでいるとひしひし感じるこの感覚、こう書いてしまうと何がすごいのか全然説明できてない気がするんですけど、でもこれが本当に〝イイ〟んです。
社会制度や組織まわりの設定が架空のそれで、でも説明がなくとも名称だけでだいたいわかってしまう、この『だいたい』の気持ちよさ。っていうかもう、ただ単純に格好いいです。固有名詞等々がもう雰囲気バリバリで、自分の心のどこかのセンサーがずっと反応しちゃうような。こういうのなんて言えばいいんでしょう?
その上で、というか、その設定面の架空度合いだからこそ魅力が増してくるのが、この物語の主軸。すなわち、事実上の主役であるところの『犬神』です。
犬神という語(概念)そのものは現実にあるものですけれど、でもこの世界のそれは果たしてどのような存在か? 『黒犬玉』というタイトルに、暗闇の中に慟哭する飢えた獣から始まるプロローグ。この『呪』の不吉さと『獣』の生々しさ、対照的なふたつの恐れから成り立つ黒い生き物の、その恐ろしさが故の美しさ。さっき「ファンタジーなのにSFみたい」的なこと言っといて手のひら返すようであれなんですけど、なんだかホラーみたいな鋭さがあるなあ、なんて、いやもうめちゃくちゃ言ってるみたいですけどでもお願い伝わって! 全部本当だから! という、もう本当に説明に困ります。
終盤が好きです。あるいはキャラクターそのものでもあるのですけれど、とにかく少年(蓮)と犬神(玉)との主従関係というか、その信頼が垣間見られる光景がもう。総じて雰囲気の良さとセンスの光る、世界そのものに気持ちよく浸れる作品でした。
謎の念者
犬神なるものを使った陰惨な呪術と、さらわれた少年のお話。和風ダークファンタジーな作品ですね。名詞の端々に中国っぽさがあるところから、平安時代あたりの律令国家をモデルにされているような感じがします。
冒頭の部分の不吉さがまず良い感じにフックになっていますよね。この犬こそがお話の鍵であることが存分に示されていますし、ただならぬ存在であることもまたここで示されています。このおどろおどろしい感じが、犬神という存在を際立たせ、同時にダークな空気間を作り出しています。
内実この物語は少年と犬神の絆のお話で、両者の間に流れる関係性が何というべきか、とても麗しいんですよね。悪しき企みを絆の力が打ち砕く王道なファンタジーで、楽しく読ませていただきました。
謎のハピエン厨
ある青年の死刑を描いた物語。
リアリティを感じさせる筆致もさることながら、悲恋の描き方が非常に上手だと感じました。恋をして、期待と共にエメへと伸ばした手は、最後まで望むものに届くことはなかった。彼女の気持ちすら確かめることが出来なかった。悲しみはやがて絶望へと変わり、凶刃へと手が伸びてしまう。
結末は悲劇のように捉えられますが、ユルバックにとっては違うのかもしれません。死を前にすることで初めて清らかな心を得ることができ、そのまま死ねた。そういう意味でのハッピーエンドなのかもしれません。
或いはまったく違うのかもしれません。最後に添えられたフランス語にもある通り、見る人の心によって様々な解釈があり得るのだと、そう問われているように感じました。
謎の金閣寺
【ハッピーエンド、あるいは喜劇】
とある青年の起こした殺人事件、その足跡を辿る弁護士のお話。
上記の一文の他に、何も説明できる気がしません。例えばこの作品を誰かに紹介するにあたって、まずざっくりしたジャンル名からして思い浮かばないレベル。こういうお話、なんと呼べばいいのでしょう……例えば「なんだか翻訳ものの名作文学のよう」というのは、そりゃ「あくまでいち個人の感想」という意味では間違いではないのでしょうけれど、でもなんかいかにもアホっぽい感想で恥ずかしいというか。どうにも言いようがないです。そして言いようがないお話というものは、それだけでもう〝替えが効かない〟ということでもあったりして、つまり面白いので本当に困ります。どうしよう……。
引き付けられたというのか、ぐいぐい引っ張られるみたいにして読みました。書かれているのはひとりの青年の小さな恋と、それが敗れた末の悲劇的な結末。すんごい雑な丸め方をするなら『ふられた腹いせに相手を刺しちゃうお話』なのですけれど、まあこう、すごい。何が? 迫力……というのもまた違うんですけど、人のありようというか心の置きどころというか、なんかぐいぐい持って行かれるんです。なんでしょう本当。とりあえず文章が達者で読みやすいのは間違いないんですけど。スルスル読めちゃう。しかも頭の中にしっかり残る。別段わかりやすい派手さがあるわけでもないのに、でもはっきりしていて強い文。
お話の筋、というか書かれているものというか、明らかに響くものがあったのですけれど、正直言って言語化が非常に困難です。これはもう本格的な批評でもないと解体しきれないのではないか、という予感があって、つまり何もできないので震えています。それでも拙いなりに言語化を試みるのであれば、とどのつまりは『貧しさ』という語に収斂されるお話ではないかと、少なくとも自分はそのように読みました。
青年ユルバックの狭い世界、その貧しい想像力。あまりにも拙い先走りの恋や、その落とし前をあんな形でつけるしかなかったこと。また冒頭の虚勢、死ぬ勇気にこだわるところや、それを簡単に覆してしまうところも。貧すればなんとやら、結び付近の展開なんかはもうまさにというか、いえだめですやっぱり全然違う気がしてきた。ていうか違う。こうじゃない、これじゃないんですよ自分の〝好き〟は。本当に言いようがないので、ただ本文を読んでくださいとしか言えません。
凄かったです。何が凄かったのかすら説明できない。なんだか深く静かに圧倒されたような、ただとにかく強い物語でした。面白かったです!
謎の念者
惚れた相手を殺害し、死刑になる男の話。
舞台が舞台ということもあって、海外文学の翻訳のような雰囲気があります。海外文学アンソロジーなどに載っていそうです。とはいえある種の癖や読みづらさなどは殆どなく、寧ろかなり読みやすい小説でした。
最後のフランス語はスタンダールの「赤と黒」の言葉でしょうか。「小説とは街道を持ち歩かれる鏡のようなものだ」という文ですね。それをハッピーエンドという題に照らすならば、この一見悲惨に見える顛末も、主人公というレンズを通してみるとなるほどハッピーエンドたり得るのでしょう。慣れない考察をしてみましたが、変なことを言っていたらすみません。
謎のハピエン厨
待ってたゼ、ヒロマルさん……。今回はお嬢様とのサバイバル小説で本企画にご参加頂きました。個人的にめちゃくちゃ好きでした。
お話自体も起承転結がしっかり効いていて読みやすかったですし、展開に合わせて二人の間で交わされるリフレイン形式の会話にテクニックが光っていたと感じました。この演出によって二人のキャラクター、つまりお嬢様の博識っぷりや主人公の凡人っぷりが垣間見えたり、お話のテンポにほどよい緩急を……つまり、燃焼に必要な三原則のような話題を見せることで、よい読みやすさになっているように感じました。
お嬢様のまさに「ノブレスオブリージュ」という信念の開示されるシーンがカッコよかったですし、ゴリラとの熱い決戦シーンは臨場感があって見ごたえがあり、またラストの展開も綺麗に纏まっているだけでなく、二人のこれからに期待せずにはいられない落とし方で、非常に上手だと思いました。こういうお話が本当に大好き。個人的に五億点です…!
謎の金閣寺
【決して『出落ち』には終わらない、どこまでも強い王道のエンタメ小説】
海難事故に遭い無人島に漂着した青年と、同じく遭難したお嬢様のサバイバル冒険譚。
勢いとパワーのあるコメディ作品、には違いないのですけれど、でも決してそれだけにとどまらないお話です。一見飛び道具的というかむしろ出落ち気味というか、奇抜な設定が売りのお話のようにも見えるのですけれど、さにあらず。
いやその辺りも別に嘘ではないというか、タイトルやキャッチから受ける強烈な印象そのままにお話が展開していくのは事実で、でもその先にあるものが本当にすごかった。王道かつ正統派のボーイ・ミーツ・ガール、ひとりの青年の冒険譚であり、そして成長物語。
本当にもう、ただただ「よかった……」となるお話。なにどうよかったか、どういうラインの「よい」なのかと言えば、「こういうお話が読みたかった!」というような感覚。誤解を招きそうですけどそれでもあえて言いますと、自分の中ではこういう物語を『ライトノベル(少年向け)』の基本線であり理想系と捉えています。ジュブナイルをエンタメ小説の形に徹底的にはめ込んだ作品。太古の昔より伝わる王道を王道のままに、ものすごく食べやすい味付けにしてしまう神業のようなお話。
総じて、この作品の姿勢そのものが大好きなのですけれど、特にクローズアップして言及するのであれば、やっぱり登場人物のキャラクター性が好きです。
例えば、本作無二のヒロインたるお嬢様。相当に風変わりで個性的で、でもその突飛さがあくまで自然な範囲に着地しているところ。一見めちゃくちゃなようでいて、でもしっかり地に足のついたひとりの人間として描かれているのがわかって、だから尖っていても浮ついてはいない、身近な存在として認識できる。彼女のわかりやすい設定(お嬢様然としたところ等)はあくまで取っ掛かりでしかなく、その本当の魅力はもっと軸の部分というか、〝物語に沿わなければ見えてこない程度には深いところ〟にある、というこの造形。
惚れ惚れします。というか、惚れました。いわゆる「魅力的なヒロイン」って、ここまでやらないと張れないんですよね。相当なことで、それは主人公についても同じです。詳細は割愛します(というか読めば一発でわかると思います)が、最高でした。完璧に役割を果たしていたし、して欲しいこと(あるいはそれ以上)をちゃんとやってくれる主人公! そうだよ! それが見たかった! お前最高! 好き!
いやもう、本当、面白かったです。面白かったし最高でした。繰り返しになってしまうんですけど、こういうお話が読みたかったんです。もちろんネタ成分というかパッと見の飛び道具感も大好きで、それがトラップのように働いたというか、コメディとしての面白さをデコイに王道勝負を仕掛けてくる、この豪腕っぷりがもうただただ好きです。太くて強い物語。娯楽作品としての理想系を見た思いでした。
謎の念者
無人島に漂着したお嬢様と青年のお話。サバイバルものですね。
財閥令嬢って娯楽コンテンツだとそこそこ目にする存在で、登場人物として出てきても違和感なくスルーしてしまいがちなんですけど、実際には日本には存在しない浮世離れしたものなんですよね。そのことを物語にギミックとして組み込んだのは流石だなと思いました。最後にお嬢様の本当の正体が明らかになるシーンがまたエモーショナルで、何というか、心が洗われる気分でした。
あとゴリラとの対決シーン、ここもまた好きなところです。サバイバルモノで人間よりもパワフルで危険な生き物(例えばサメやワニ、クマ、アナコンダなど……)と対決するシーンが私は好きで、その部分も非常に美味しかったです。投石攻撃を仕掛けてくるなど、筋力があるだけではなく知能の高さと器用さを持つ生き物であるところのゴリラの特性が活かされているのもよかったです。
謎のハピエン厨
至福冥喚師のネフィティスが、様々な登場人物をハッピーエンドに導く物語。率直な感想としては「容赦ねぇな!」ですが、しかし、ハッピーエンドに導かれた当人にとっては間違いなく幸福の中で人生を終えているわけで、だからこそ「ハッピーエンド」について深く考えさせられるお話に纏まっていると感じました。
ネフティスは、魔族たちをあらゆる手段によって幸福に導きます。ちょうど心の弱いところを穿つようなやり方で、鮮やかに、時には長い時間をかけることも厭わずに。そうして強大な魔族が圧倒されていくシーンは非常に人間味を感じさせるというか、敵でありながらも彼らの充足感、求めていたものに手が届いた瞬間のカタルシスを感じさせました。
最後にネフティスが残した一言からは、「これらはほんの一例に過ぎない」と言われているようで、人の心が映し出す景色の多様さ、そして今後の彼女たちが辿る物語に想いを馳せずにはいられませんでした。
本企画の参加作にはハッピーエンドを逆方向から描くような作品も多々ありましたが、その中でもこの作品は頭一つ抜けていると思っていて、普遍的なハッピーエンドをこうして色濃いコントラストで魅せる手腕は流石だと感じました。
謎の金閣寺
【文字通りの意味での〝世界観〟の美しさ】
至福冥還師と呼ばれる特別な魔女、ネフティスが魔族を退治して回るお話。
物語世界の設定そのものに絶妙な切れ味を含んだ、ダークな風合いの異世界ファンタジーです。まずもってこの「至福冥還師」というものそれ自体がすごい。詳細はだいたい紹介文(あらすじ)にある通りで、ざっくりいうなら魔族を退治する人です。が、面白いのはその方法で、なんと『最後に幸福を与えて殺す』というもの。もちろん明確な理由あってのことで、そしてそれこそが本作の肝にして最大の魅力です。
この世界そのものの大きなルールというか、物理法則にも似た〝変えようのない仕組み〟の問題。生き物が死に際に残す悔いや恨みが、現世にそのまま〝祟り〟としてとどまり、それがいろいろ厄介を引き起こす、という設定。これを防ぐためには必然的に「幸福の中で死んでもらう」という手段を取ることになるわけで、作中ではその通りにいろんな魔族やら何やらが退治されていくわけですが、この設定から設定へと繋がっていく感じ、ひいてはそれが世界を構築している感覚が非常に魅力的でした。
個人的には〝世界観〟の面白さというか、この世界に住む人の目に見えている世界の、その美しさのようなものを感じます。例えば『死者の怨念』みたいな考え方やものの見方自体は、(それがこの作中の世界のように実在の現象として観測・認識されていないとはいえ)普通に現世にだってあるものだと思うんです。でもこの作品の中では、そこから「じゃあ幸せにして殺せばいいじゃん」に繋がる。筋が通っていて、実際「至福冥還師」はそういう生業として成立していて、それってどういう感覚なのかしら、と、そこを想像するのがとても楽しい。
実を言うならこの「幸福を与えることで厄介を解決する」という考え、現実にも似たような概念自体はあるわけです。例えば「この世に残した未練を解消させることで成仏させる」というような。多少順番が入れ替わるだけで構造は似ていると思うのですが、でも比べるまでもなく全然違う。筋道というか組み立て方をちょっと変えただけで、結果として出来上がる世界の全体像がまるで違ったものになる。この明らかにハードでダークなこのファンタジー世界が、実はその構成要素そのものは現世とそんなに違わないのではないか、という面白さ。いやこれはどちらかというと逆というか、軸に「幸福」「呪いや恨み」そして「人間」があるならほとんど一緒で、でも切り取り方や見方の違いでここまでの世界を作り上げている、その事実にうっとりしてしまったような感覚です。幸福をこう表現するのか、というような。
話の筋に触れている余裕がなくなってしまいましたが、次から次へとバシバシ始末されて(幸せにされて)いく魔族たちが軽快でした。設定部分が凝りに凝っている分、お話自体は真っ直ぐポンポン進んでいくのが好きです。組み上げられた設定とその醸す雰囲気が美しい、シニカルながらもストレートなファンタジーでした。
謎の念者
魔族退治がお仕事の魔女のお話。タグにもある通りのダークファンタジーで、特に中盤からラストにかけてはダークみが強いです。
「死ぬ間際の呪いや恨みは、そのまま現世に残って祟りをなす」という設定自体は悪霊や怨霊といった人口に膾炙した概念と違いものがあるのですが、それを防ぐための手段が「残留思念が生まれないように幸福を与えて殺す」というのがなかなかに酷ですよね。死後に祟りをなしたものを祭り上げて祟りを防ぐ例はよくありますが(有名なものとしては菅原道真や崇徳院)、死ぬ前に持ち上げておいてから落とす、所謂「上げて落とす」という手法で祟りを防ぐというところにある種の残酷性が感じられます。
このネフティスという魔女が食わせ者で、本人の言う通り本性は邪悪そのものであることがうかがえます。天邪鬼な少年に対して「醜さと痛みにさいなまれてお前は生きろ」という、「幸福を与えてから殺す」の真逆を行うところなんかはやはり邪悪な発想の持ち主でなければ至らないようなものです。
ハッピーエンドというお題を裏返して捉えた本作。なるほど優れたダークファンタジーでした。
謎のハピエン厨
友人にある日突然、死にたいんだけどどうしたらいいか? と相談されるシーンから始まる物語。お話としての完成度が非常に高いだけでなく、日常の会話でもキャラクターの個性を綺麗に演出されていると感じました。
誰にも迷惑をかけずに死ぬ方法を捜していた陽の、本当の目的が明かされるシーンでは説得力と、彼の優しさが本当の意味ですっと浮かび上がってくるようでした。
読んでいる途中では、ハッピーエンドに逆方向からアプローチするタイプのお話だと思っていたのですが、実にいい意味で裏切ってくれたなという気持ちでいっぱいです。
妹の話をしなくなったという一見見逃しがちな点、そして陽には病弱な妹がいたという伏線を、こうも鮮やかに回収してくるとは。お見事です。
全体としてレベルが高い本作ですが、その中でも特にひっくり返し方の秀逸さは、本企画に参加していただいた作品の中でも随一と言っていいでしょう。非常に優れた、素晴らしい物語だと思いました。
謎の金閣寺
【明るくカラッとした爽やかさのある、青春自殺ロードムービー】
唐突に「自殺に見えない自殺がしたい」という無理難題を吹っかけてくる親友に、不承不承ながらもその手伝いをする高校生の男子のお話。
とことん爽やかで前向きな青春もののコメディ作品、あるいはほんわかミステリです。いやジャンルは現代ドラマとなっていますけど、でもいわゆる人が死なないミステリの変奏のような。いろんな楽しみ方ができるというか、実はいろいろ詰まってます。すんごい完成度。
とっても面白かったというか、読んでいて「あれっ面白いじゃん?」ってなりました。いやこの言い方だとまるで面白くないのが前提のようにも見えてしまいますが、そうでなく。読めば絶対そうなるというか、ほんと思わぬところから思わぬ面白さが来るんですよ。
だって自分が読んでいるのは男子ふたりのちょっとおかしな掛け合いコメディのはずで、それがもうしっかり面白いんだからそれで完成しているはずで、だからこっちはそのつもりできっちり満足しているのに、でもあれっこのお話って〝そう〟でしたっけ? というような。実はミステリだったり実は現代ドラマだったりするところ。単品のハンバーガー頼んだはずがポテトとドリンクも付いていた状態。ぜいたく!
いやもう、すごいです。出来がいいというか隙がないというか、仮にわざと粗や不満点を探そうとしても、たぶん何にも見つからないんじゃないか、という印象のお話。言葉にすると簡単そうですけど、相当な仕事ですよこれは。
お話の筋はだいたい最初に述べた通りで、仲のいい高校生男子ふたりの物語です。より詳細には顔はいいけど頭の残念な親友と、それを見つめる主人公のおかしな掛け合い。明るく楽しくコミカルなのはもとより、こいつらのこの関係性の、文章から伝わる手触りがとてもいい。
本当に仲良いんだなこいつらっていうのが伝わってくるのと、あと本当に顔がいいんだな彼というのと、そしてそんな顔のいい男を思う主人公の心情がこう、全然ネトッとしない形でのびのび心地よく描かれていて、その自然な友情のありようが本当にたまりませんでした。
あと単純に陽くん(顔のいい彼)の造詣もいい。タグの「残念なイケメン」というのはきっと間違いではないのでしょうけれど、でもそのイメージとは少し軸の違う一面もあるというか、なんだか信頼できるところが最高でした。いやこんなのが身近にいたら十分憧れの対象ですよねと、残念なイケメンには珍しい信用を与えているのが、明らかに主人公の視点であるというのも。
最高でした。言うことなしっていうのはきっとこういうことだと思います。本当に最初から最後まで、まっすぐ前向きな気持ちでただ楽しんだ作品でした。面白かったです!
謎の念者
関西弁美少年が、「だから死にたいんやけど、どないしたらええかな?」と相談してきて、色々な自死の方法を考えるお話。
「自殺願望」というとかなり陰鬱なものを感じますが、しかし自死を試みる美少年(とはいっても関西弁を用いたフランクな話し方ゆえにある種の耽美性などは感じられず、寧ろおどけたような印象があります)の口ぶりからはそのような雰囲気が感じられないところに「おやっ」と思わせるものがあって、そこがフックになっています。読む側を牽引する力が強くて、お話を作るのが上手いなと思いました。
伏線の回収の仕方がまた見事で、見習いたいと思えるレベルでした。妹の話をしないことや痩せてきていること、ポイントカードの処分、原付通学から電車通学への切り替え…etcが全部つながっているとは……見事な手法としか言いようがないです。こういうテクニカルな作品を読むと思わず膝を打って感心してしまいますね。
とにかく、「小説が上手い」と思わせる作品でした。流石です。重ねて言いますが本当に見習いたいの一言です。
謎のハピエン厨
死んで転生を繰り返すたびに、世界が少しずつ歪んでいく…というお話? だと思います。主人公の九愛ちゃんが可愛いんですけど無残に死んでしまう……かと思えば、また違い世界線で復活したり、神様に怒られたり、ポロリを狙ったりと、フリーダムかつ独特なテンポで進んでいく斬新さが面白かったです。
なんというか、これはある特定の人を狙って書かれたような気がします。その人にはしっかりと伝わるような符号が随所に散りばめられていると感じましたが、ぼくはそこにあるものの意味を正しく理解は出来なかった……。申し訳ないです。
謎の金閣寺
【なに食べたらこういうものを頭の中に描けるようになるのだろう】
ことあるごとに「うわァァアアアーーーーーッ!」ってなって死んでしまう『私』のお話。
あるいは、主人公が自分の人生を雑に生きて死ぬ、その繰り返しの物語。いやもう一体なんと言えばいいやら、これ以外にはどうにも説明のしようがないというか、あらすじをまとめるのでさえ難渋します。なにしろニーチェで、それも永劫回帰で、いやタグに書いてあったからそのまま引き写しただけですけれど、でもそう簡単なものではないのはわかります。読後に検索したので。そうかニーチェ……ただ神を死なせただけじゃなかったんだなお前……。
というわけでたぶん「わからん」となっているところがいっぱいあると思うのですけれど、でも実はいうほどわかってないわけでもないというか、だって普通に読んでしまっているんですよ。ただ文字を読んという意味でなくて、ちゃんとお話を、それも相当にくっきりはっきりした強度で。本当にわからん話はまずこんなスラスラとは読めないんですけど、一体なにがどうなっているのでしょう。
いやこれ本気で感想なりなんなり書こうとしたら、いろいろ前提となる技能や知識が必要になるような気がします。それこそ永劫回帰についてもそうですし、あとどうしても批評の側面が出てくる。とても無理なので呑気に個人的な趣味の話に徹したいのですけど、このお話の一体なにが好きかって、やっぱり終盤(というか最後)の展開だと思います。
最終話。ここだけ明らかに手触りが違うというか、手前である種のネタバレを済ませた後の、ようやくの本番というような。ただし状況は最悪も最悪、これまでどんどん悪化してきたそれが今更ながらに重くのしかかってきて、そこからの逆転の道は果たして見つかるのか否か。この際ですのできっぱり言ってしまうと、その結末が最高でした。拍子抜けするくらいに短い終わり方で、でもしっかりと確かなハッピーエンドの感触。最後一文なんかもう感動しました。説明するのは難しいけど、でもすごく素直な感動。
キャラクターが好きです。主人公も班長も。どこかふわふわと浮ついているのに、なんだかしっとりした人間味みたいなものがある。とても魅力的で、どうしても引きつけられてしまう。なんででしょう。主人公なんかはわりとあかん子というか、序盤から中盤ほとんどふざけ倒してるのに。むしろだからこそなのか、どうにも説明に困るのですけれど、でも魅力的。
あと終盤手前までの世界の壊れ方も好き。大事なものが少しずつ剥がれ落ちていくかのような、このなんとも言えない薄気味の悪さ。迫ってくる驚異の実態が大きすぎてわからないところ。どういうものを食べたらこんなものが書けるようになるやら、本当に気になって仕方ないです。やっぱり何度考えても説明のしようがない、不思議な魅力の詰まった作品でした。
謎の念者
何度も何度もあらゆる方法で死んでしまう人物のお話。
とにかくめちゃくちゃぶっとんでて、ところどころに挟まる何らかのネタ(例のロゴマークとか……)に笑いました。死ぬごとにだんだんと変な方向に進んでいって、途中からは「ゆであか」なる不気味なモンスターの登場するパニックホラーになったりします。
多分物語の真意を理解できたかというと多分そうではないのではないかと思うんですけど、それでも全体に流れるある種の勢いに牽引されて割とするする読めてしまうのがすごいところ。そういう牽引力に満ちた作品といえましょう。
あとN話に出てくる美少年好き。変な死に方をするごとに世界がだんだんと壊れていくことを説明するキャラなんですけど、おかっぱ頭と短パンが似合う美形ショタってそれだけでもう「好き……」ってなってしまいます。「横チンだけは、是非拝んでおきたい」っていう欲望が駄々洩れになっているのも笑いを誘います。横チン……ゴクリ
謎のハピエン厨
一田さんの二作目ですね。一作目に負けるとも劣らない、容赦のないハッピーエンド物語を見せていただきました。お話のベースが現代社会ということもあって、こうした「世界がいつの間にか変わっている」という瞬間が、実際に起こりうるかもしれないと考えると不思議な気分がします。社会学に疎いためお話を完全に理解できたとは言えないのですが、そうした我々の生きる未来と幸福について、深く考えさせられたお話でした。
謎の金閣寺
【幸福を、そして不幸を可視化してしまった世界】
幸福促進税という「幸福でないこと」そのものにかかる税が導入された日本の、それからの社会の変遷と、その行く末のお話。
SFです。世界や社会そのものを大局的な視点から描いた、正真正銘のディストピアSF。こういう思考実験的なお話、というか社会実験の思考実験みたいな設定は、もうそれだけでわくわくしてしまうものがあります。ゾクゾクでもありますけど。こういうお話は少なからず現実(私たちの生きる世界)と地続きという側面があり、というか本作の場合は特にそれが色濃く出ているため、あんまり呑気に笑っていられないところが最高でした。破滅願望、といっては言い過ぎですけど、でも心の中のそういう暗い部分をくすぐられるお話。こんな世界に住むのは嫌だけど、でもみんな絶対見てみたいでしょ?
ディストピア感の演出が巧みというか、ガンガンぶっ込んでくる感じが心地よいです。「幸福推進勢」「ハッピーエンド」「パラダイス夕張」等々、一般にポジティブ印象を持つ語の、でもとことんシニカルな用法。みんな絶対好きなやつ。どんどん展開していく状況もものすごく読み応えがあって、都度いろいろ考えながら読むのが本当に楽しいお話。
この設定、一見不幸を不可視化しているようでいて、実は「ハッピーエンド」によって逆に可視化されているんですよね。このハッピーエンドというのは作中の特殊な用語で、現象的には自殺のことなのですけれど、でも公的というか社会の建前の上では「幸福な最期」を意味しており、要はある種のお為ごかしです。政治的に問題のない言い換え。退却を転進と言い換えるようなもの。
こうして名前とお墨付きを与えてしまったことで、人類の長い歴史の中でずっと透明だった一定数、ただ苦しみ死んでいくだけの人々に顔を持たせる結果となった。これまではただの死者数という結果の一部でしかなかった、必ず身近にいるはずなのだけれどでもまったく気にせず生きていられた『どこかの誰か』と、はっきり人間として向き合わなくてはいけなくなった世界。
実際、それは「ハッピーエンド」と決まったのですからもう放っておけばいいのに、でもなまじ顔が見えるようになったおかげで、これまでみたいに無視することができない。結果、いよいよ人間となった彼らがどう扱われ、何を為し、どこへ向かうか。やがて辿り着いた物語の先は、なるほど紛うことなきハッピーエンド。
とても笑って読んでいられるものではありません。不可視化されてきた者たちの復讐譚、痛快で気分爽快なその逆転劇は、でも私たちの敗北をもってなされているのですから——と、それはさすがに極端というか、読者はいずれの立場でもありうるとは思うのですけれど。
とまれ、大変厚みのあるお話でした。やっぱり最後のハッピーエンドが好きです。逆転劇に見えるけれど、でもただ上下がひっくり返っただけなのだとしたら、じゃあ結局ハッピーってなんでしょう? 自分の中のハッピーエンドの意味すら覚束なくなる、なんとも重厚な作品でした。
謎の念者
説明文にもある通りのディストピアSF。ディストピアものでありながら、同時に弱者による復讐劇ともいえるものとなっています。
実態の伴わない形だけの幸福の空虚さとそれを強要することの愚かさ、そして制度自体の欠陥(貧しい者ほど幸福ではないので逆進課税となり、一旦貧困に陥るとなかなか抜け出せなくなる)など、ディストピアSFとしてのエッセンスがこれでもかと詰め込まれています。国民側に対する抵抗手段も周の厲王の故事(王への批判者を処刑し始めた厲王に対して、国民は言葉を発することなく目配せをして互いの意思を確認しあうようになった)のようなものを思わせます。舞台の演出が上手いですよね。
夕張で砂運びをする者たちの呼び名が「幸福の詠唱者たち」なのも面白いです。一見煌びやかな名前に見えるのに、なぜか不安な気分にさせられるような……名前というよりその形成過程によるものなのでしょうけれど、そういうポジティブワードに不穏さを添加するのも、上質なディストピアものといった感じで大変読みごたえがありました。
謎のハピエン厨
ある夜族狩りが夜月王に挑むお話。めちゃくちゃよかったです。キャラクターの描き方が非常に上手で、また過去の悲痛な体験などが明かされていくにつれ、どんどん応援したくなる気持ちが強くなっていくのを感じました。吸血鬼と戦うシーンでは、彼らの特性や狡猾さをしっかり表現されており、すっかり世界観に没頭してお話を楽しむことができました。
また最終的に二人が掴んだ結末も、非常に良かったです。救いがあり、たった二人きりの物語がこれからも続いていく。そう思わせる、とても重圧なハッピーエンドのお話でした。世界観、登場人物、描写、展開、構成、どれをとっても高水準に纏まっており、流石だなと強く感じました。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【圧倒的な耽美と官能美の世界】
吸血鬼の住む森、彼らの王を倒すために訪れた夜族狩りの男と、その案内を買って出た美しい男のお話。
耽美も耽美、とにかくただひたすらに美しい異世界ファンタジーです。耽美小説というのか、平たくいうならいわゆるBL的なお話。まずもってファンタジーとしての世界を支える設定がうまいというか、単純にざっと眺めただけでも雰囲気バリバリなのがもうとんでもない。
不死者たる吸血鬼に、それと人との混血たる夜族狩り(ダムピール)。主人公はこの夜族狩りであり、吸血鬼の王である死月王とまみえようと深い森を訪れる。そこで出会った銀髪の男に案内され、連れ立って森の中を進んでゆく——というのが序盤のお話の筋で、もうこの時点ですでにワクワクが止まりません。いやこの要約ではあんまりピンとこないかもですけど、それは裏を返せばその〝要約の際に削られた細やかな部分〟が本当に神懸かっているということで、ただ文字を目で追っかけているだけでとっぷり浸れるんです。
単純に設定の魅力、道具立てのうまさと言えなくもないのですけれど。でもそれらを用語としての手触りや言い回しの機微だけでなく、語り方やその順番、タイミングまで気を配って、そこまできっちり詰めてこそのこの没入感。設定としての世界だけでなく世界観まで共有させてくれるような、このゾクゾクする美しさが本当にクセになります。
あとはこう、その、どうしても触れずにはおれない最大にして最高の魅力なんですけど、どうしてこんなに官能的なんでしょう……。いやもう、本当、こればっかりは言葉になりません。よくスラング的に「えっちだ……」なんて言ったりしますけど、本当にそれ。そのもの。いやふざけているようにも見えそうで困ったんですけど、だって本当にそうなんですもの。たぶん年齢制限とかそういうのはいらないと思うのですけれど、いらない書き方でなんでこんなに……? なんでしょう、なんだか描いてて恥ずかしくなってきました。逆説、恥ずかしくておたおたしてしまうくらいには官能的です。生々しく迫力のある人間の濃艶。
中盤あたりからあらわになってくる、この物語のもうひとつの(というか本当の)顔、荒涼として血なまぐさい雰囲気も魅力的です。特に森の深部に踏み入ってからの展開、夜族狩りとしての面が存分に出てくる場面の数々。ダークファンタジーというのか、重く救いのない地獄みたいなものがどんどこ重なってきて、その上で辿り着く物語の真相と結末。その分厚さというか、揺さぶりの幅がすごい。情緒をガッチャガチャにかき乱されました。なんかどうしても設定や雰囲気みたいなところにばかり触れてしまいますけど、結局それらが本当に突き刺さってくるのは、物語の屋台骨がしっかりしているからだと思います。なんだか骨太さを感じるストーリー。
凄かったです。というかもう、濃かった。空気感の分厚さにメタメタに当てられた感じ。総じて退廃的な空気と圧倒的な耽美の嬉しい、濃厚な艶を感じる物語でした。ドッキドキですよ!
謎の念者
一作目でディストピアものをお出ししてくださった鍋島さんの二作目はダークファンタジーなお話でした。
吸血鬼もののダークファンタジーなのですが、ダークで血なまぐさく酷烈でありながら、何処か美しいというか、耽美な雰囲気を存分に放っています。銀髪の美男子はいいぞ。
タイトルにある「死月王」には本文中でオルカというルビが振られているので、それに照らせばタイトルは「オルカのいずみ」と読むのでしょう。オルカといえば海洋生物の食物連鎖の頂点に位置するシャチの学名ですが、これはラテン語で「魔物」を意味するようで(調べました)、いうなればタイトルは魔物の泉という意味になるのですね。その死月王の住む森というのはさしずめ魔物の森ということになるのでしょうか。なるほどこういう遊びも面白いです。
最終話が本当に良くて、互いに同族となって一蓮托生の仲となるのがまたエモーショナルです。一蓮托生とは言いましたが実際には性愛の関係も含まれていて、何というかこれはもう濃厚なボーイズラブなのです。吸血鬼×BLって良いですよね……(語彙を喪失)
謎のハピエン厨
『終末企画』と『同盟』に所属する人造人間たちが争う世界で、人間と人間を掛け合わせて作られたヒューマンマンの物語。めちゃくちゃ面白かったです。
ヒューマンマンというキャラクターがすごくいいんですよね。人造人間でありながら特別な能力を持たず、末席として扱われるヒーロー。そういう彼の悩みや苦しみは、読み手であるぼくにとって非常に身近に感じ、親しみが湧いてくるようでした。また、彼が困っている人を助けるために戦うという、非常に真っすぐな一面を持っているのもとても感情移入がしやすかったです。
そして最後の戦闘シーンは素晴らしい見ごたえでした。主役になれなかった怪人やヒューマンマンの人知れない戦い。彼らの抱えていた苦悩。それでも尚、戦う理由を見出したヒューマンマン。それらが一つの物語として、しっかり嚙み合っており、読後の爽快感、素晴らしさはひとしおでした。
発想力やキャラクターの個性だけでなく、物語としての構成も素晴らしかったです。今回のお話も短編として完成されているのですが、叶うことならぜひ長編でも個性的な怪人やヒーロー、そしてヒューマンマンの活躍を見てみたいと強く思った作品です。非常に面白かったです。個人的に五億点です。
謎の金閣寺
【戦う者とその理由、そしてヒーローというもの】
自らを『終末企画』と名乗る悪の組織が暗躍する世界、それに対抗するための集団たる『同盟』がひとり、ヒューマンマンの戦いの物語。
めちゃめちゃ熱いヒーローもの小説です。いやどうでしょう、単純に「ヒーローもの」と言い切ってしまうのはちょっと語弊があるかも。確かにヒーローの活躍するお話ではありますし、またとても胸を熱くしてくれる物語でもあるのですが、厳密に「ヒーローもの」として括られるべきかどうかは難しいところで、むしろもっと普遍的な人間のドラマを描いているような部分があります。というか、そう感じます。好き。
ヒーローものというか日曜朝の戦隊ものというか、その雛形をそのまま生かしたような設定で、特に序盤の展開なんかを見るとわかりやすいのですけれど、「ヒーローもの」要素はパロディ的に用いられている部分があります。事実、序盤から中盤までの展開は完全にコメディで、いやそもそも「ヒューマンマン」というタイトルの時点で推して知るべしなのですけれど、とにかく笑いながら読みました。脱力ものの設定や展開、それをどこまでも生真面目にこなす主人公に、救出後の少女との軽妙な会話まで。コントみたいな掛け合いの空気感が面白く、普通に笑って読めるお話で、こういうコメディ的なお話は本当に大好き、なのですけれど。
やっぱりどうしても外せないというか、この作品を語る上で一番魅力的なのは、その上できっちり心を揺さぶる物語を展開させてくるところです。
個人的にこの「その上で」がポイントというか、つまり「思いっきり笑えるコメディをやってからのシームレスな王道展開」というのがもう非常に辛抱たまらんというか、これやられるとその場で白旗上げざるを得なくなります。いやこれ読む側としては普通に読んじゃうんですけど、でも見た目ほど簡単なことではないと思うんですよ。ある意味、お話の毛色が途中からガラリと変わっているようなもので、だからしっかり流れを整えてこっち(読者)の意識を誘導してやらないといけない。その点、本当にいつの間にかシリアスなところに放り込まれていた感覚だったので、その辺りが見事というか実に巧みでした。
そして、そのシリアス部分、このお話を通じて訴えかけられている主題。戦うものの悲哀であり、誰からも望まれずとも立ち向かう覚悟であり、またそれを貫くための哲学というか心情というか、とにかく主人公の生き様そのもの。いやもう、なんてものをぶつけてくれるんですか……。本当に好きで、ただ震えました。それを描き出す終盤の、その展開や描写そのものも。
序盤のコミカルさが嘘のような(普通に頭からすっかり吹き飛んでいました)、ただただ硬質で壮絶な格闘の場面。短文による淡々とした描写は序盤からの特徴なのですが、でもここにきてそれがなお生きてくるというか、ある種のストイックさのようなものを帯びて見えるような感じ。
鮮烈でした。当初の、というかタイトルをみた時点での予想を遥かに超える地点に連れていいってくれる、愉快ながらも力強い物語です。加えて個人的に一点、「ライトノベル」とタグづけされているところがとても好き。戦闘して、勝利して、そして手にするハッピーエンド。ヒーローの物語。この辺りがまさにライトノベルのイメージでした。
謎の念者
『終末企画』を名乗る組織と、彼らの送り込む改造人間と戦い対抗する『同盟』という二つの組織の戦いのお話。特撮ヒーローを思わせる、ちょっとギャグテイストな作品です。鍬マンで笑う。何処かのバカ殿様に仕えてそうですね……
このヒューマンマンの「人間と人間の性質を併せ持つ」っていう設定面白いですよね。「何言ってんだこいつ」って思ってしまうようなトンチキさがあるのですが、しかしそうなのだから仕方ない。ヒーローだけれどもヒーロー然とはしていない、その上力もそれほどではないのだけれど、それでもヒーローとしての行いを完遂するところに何ともいえないかっこよさがあります。
最後の鍬マンとの戦闘シーンがまたかっこいいですよね。戦闘シーンってなかなか書くのが難しいんですけど、ヒューマンマンと鍬マンの駆け引きの様子が克明に描写されていて見ごたえがあります。日曜日の朝に実写で見たくなる、そんな作品でした。
謎のハピエン厨
セクシャルマイノリティと交際をテーマに描かれたお話。邪悪ですね……。お話を一通り読み終わった後タイトルを見て、また複雑な気持ちになりました。
主人公の女の子の正義感、或いは価値観、そして行動力の高さが恐ろしく、ただただ圧倒されてしまいました。彼女にとっては確かに、よかれと信じて取った行動なのでしょうが……その結果は最悪の結末を迎え、また彼女はすぐに立ち直るというメンタルの強さを見せつけます。これが、このお話に言いようの知れない怖さをもたらしているように感じました。確かに、女の子にとってはハッピーエンドではあるのだけれども!
本企画にも多々参加していただいている、ハッピーエンドを逆方向からアプローチする作品とはまた違った新鮮さを味わわせて頂いた同時に、人間関係の難しさ、信念、そして幸福についての複雑を描き切った作品だと感じました。非常に読み応えがあり、また非常に考えさせられるお話でした。
謎の金閣寺
【この「タグから溢れ出る嫌な予感」がすごい2020】
ウオオオオアアアアアーーーーーーーッ!
上記一行で「全部」です。以下は余談。あるいは説明を試みようとして迷走する様。
すごい。かなりの爆弾、相当な劇物ですよこの作品。読み進めるのがこう、あの、純粋な毒物をストレートでグイグイ飲まされているようなもので、だって読んでいる間は実際に、ずっと心臓がバクバクしてましたもん。なんでだろう……いや「なんで」かは明白なのですけれど。
幸運にも現実にはこういうもの(こういう人、こういう状況)に遭遇したことのないはずの自分ですらこうなのですから、これ人によってはフラッシュバック起こすのではないかしら……? いやもう、凄まじい筆致でした。筆致っていうのかな。なんかこう、徹底した仕事ぶりというか、しっかり〝それ〟を浮き彫りにするその書き表し方が。
正直、内容に触れられる気がしません。だってまだ全然鼓動がおさまってない。ざっくりいうなら悪意そのものというか、「一応ギリギリ人間の形をしている邪悪そのもの」の一人称小説、みたいな感じです。
とにかく「すごい」、そう評価するのに一切のためらいが要らないというか、とにかく「すごい」ことだけは保証できます。ここまで徹底的に邪悪に振り切ったものが書ける、それだけでまず尋常じゃない。ただ不思議というかどうしてというか、いくらすごい作品だと言っても、それがどうしてここまで効くのかわからないんです。
主人公の造形。殊更に、極端に、明らかに嫌悪を感じるようチューニングされているため、ここまでくると逆に安心できそうなものなんですよ。だって本作はあくまでも創作、架空のお話でしかないわけですから。もちろん共感能力を介してこっちにダメージが来るのはよくあることなんですけど(共感性羞恥とか、あと痛みの描写なんかよくありますよね)、でもそれにしたってここまで来るもん? という。いや本当、なんでしょう。いま本当に変な汗まで出ていて、だからこれはおそらく、もしかして、自分の中に原因があるのかも。
このお話を読んでいる最中、主人公に対してただ『悪』としか思えず、なにより自分自身を彼の側——100%純粋な『弱者』で『聖者』で『被害者』の側に置いていたこと。この行為。この〝踏み絵〟を前にして、一切なんの迷いも疑問も持たず、自然に自分がやってしまっていたこと。自らを正義の側に置いて、現実には存在しない『許せない悪』に向かって、ただ怒りのままに「自分はこんなに傷ついたんだぞ」と拳を振り上げる行為。
いやまあ、一応はさすがに考えすぎっていうか、作中のそれは明らかに「ホラー」の根源として書かれてはいるんです。だからきっと、読み方そのものは間違ってない。つまり問題はその振れ幅というか、さすがにここまで冷静さを欠いてしまうのは、きっといろいろ気をつけたほうがいいかもしれないな、なんてことを思いました。一歩間違えば、いやすでにこの時点で、自分も彼女の鏡写し——同じホラーになっているのだと、そう判断するには十分すぎるくらいのやられっぷり。胸が痛い……肉体にダメージが出てきている……。
凶悪でした。もはや感想も何もなく、ただ感情的に心の中をぶちまけるしかなくなるくらいには。ていうか実際ほとんど自分自身のこと書いてますね(すみません)(でもこんな作品をぶつけてくるほうが悪い)。堂々と胸を張って「この作品に出会えてよかった」と言える、でも〝二度と出会いたくない〟物語でした。ひとりの人間を創作物でここまで追い込んだ記録として。
謎の念者
告白した相手がゲイだった女性の話。
一話を読んですでに「うわっキッツ!」となったのですが、全部読んだらもっとキツくなりました。読みながら「まさか……やめろよやめろよ」なんて思っていたら予想以上に話が悪い方向へどんどん転がっていってめちゃくちゃしんどかったです。
何というか、ホラーモノで化け物がじわじわ迫ってくるシーンを見ている時に感じるぞわぞわ感あるじゃないですか。あれに近いものが読んでる間中ずっと胸をざわめかせ続けてました。心胆寒からしめる、といった表現がぴったり合うような、そんな感じです。
しかもこれ、極めつけに終わり方がすごく後味悪くて、胃が痛くなりそうな読後感でした(この講評を書いている時の私の体調があまりよろしくなかったというのもあるかも知れませんが)。正直メンタルが弱っている時に読んだら一生レベルで心にしこりが残っていたかも知れません。ある意味、ここまでのものを狙って書ききってしまえるのは強みなのではと思いました。
謎のハピエン厨
とある事件を解決する物語。謎の開示から解決までの流れに、しっかりと起伏があり、結末もしっかり纏まっていて、思わず「すごい」と声を漏らしました。「たぶん、この謎を解くことはない」という〆の言葉からも優しさが感じられ、読後感の余韻を彩っていると感じました。
謎の解き方が鮮やかなだけでなく、誰かを想う気持ちがあるからこそ、キャッチコピーのセリフがいい味を出していると感じます。物語としての仕上がりや、ハッピーエンドというお題のアンサーにも磨きがかかっていますね。とても良い、面白い作品でした。
謎の金閣寺
【ライトな読み口にがっつり満足感のある謎!】
単眼族や有翼族など、幻想的な種族の暮らす世界での、とある学校の小さな事件のお話。
ミステリです。いわゆる人の死なないミステリで、学園を舞台にしたキャラクター文芸で、そのうえしっかりファンタジーです。それがなんと一万文字の短編で。いやいやこの分量でやれること? という、読み終えてまず思ったのがそこでした。すごい衝撃。全部の要素がしっかりと、余すところなく使い切られている……本当にこの設定、この謎、このキャラだからこその物語だというのがわかって、いやもう凄まじい完成度です。とんでもないもの読みました。
世界の設定が独特です。お話の主軸というか、「これがなんのお話か」という部分は完全にミステリそのものなのですけれど、それに対して思いっきりファンタジーしてくる世界。いわゆるローファンタジーで、例えば学校のありようとか技術レベルのようなものは現代そのものと思われるのですけれど、そこにいろんな異種族(いわゆる人外)が存在している世界。もちろんしっかり意味があって、例えば一番わかりやすいのは、探偵役であるところの単眼族、シクロくんの種族的な特性です。
なんと彼の目には、他者の感情がぼんやり見えてしまう。探偵にはもってこいの能力で、当然それはしっかり活かされるのですけれど、でもすごいのはそれらの設定の折り込み方というか、語り口の自然さです。結構尖った設定のはずなんですけど、普通にわかる。なんとなく読んでるだけでちゃんと頭に入る。
ちょっと個人的な話なのですが、自分は探偵ものに対して結構不誠実な読み方をしてしまうタイプで、つまりあんまり謎について考えないままノリでぐんぐん読んじゃうのですけれど(探偵の格好いいところが目当てなので)、でもそんな読み方をする自分でも本作、必要な情報の取りこぼしがない。順を追って、丁寧に、かつ難しかったり情報がパンクしたりしないように書かれている。もうこれだけで勝ったようなものだと思います。
キャラクター、というか主人公コンビが好きです。彼らの関係性というか、ほんのり漂う信頼感のようなもの。キャラクターはしっかり立っているんですけど、全然コテコテではなく自然なんですよね。単眼というすんごい派手な特徴があるのに。この感じ、どこまでも自然なところが好きです。すごく好感が持てるというか、気がついたら好きになっている感じ。
あとはもう、本作を語る上で絶対に欠かせない最大の魅力なのですけれど、やっぱり『名探偵は謎を解かない』です。その言葉の意味。いわゆるタイトル回収といえばそれはそうなのですけれど、ただ拾うという感じではまったくなく、〝本当にそれをただ最初から書いていたのだ〟というのが最後にわかる感じ。なによりだからこそ、でなければ絶対に辿り着けなかったであろう、この物語の結末の心地よさ。非の打ちどころのないハッピーエンド!
読後の余韻というか「あー」ってなる感じというか、もう本当に満足感がすごい。捨てるべき要素がなにひとつない、ぴったり綺麗に組み上げられた佳作でした。結末が好きです。格好良すぎる!
謎の念者
人間以外の色々な種族が暮らす世界における、名探偵の事件解決を描いたお話。推理小説×ファンタジーみたいな感じですね。
出てくる登場人物の全員がファンタジー世界に出てくるような人外種族なのですが、まずそれぞれの種族の特性が面白いですよね。特にカーバンクルの脱皮ならぬ脱石の設定が面白いなと思いました。
また、伏線の回収の仕方も鮮やかで、丁寧に作られた話であることもうかがえます。ミステリーって理詰めで書くイメージがありますが、これもちゃんと計算されて書かれているような気がします。読みやすい上に起承転結もちゃんとしていて、真面目に書かれているなと思いました。
ラストがまたいい感じで、タイトルを回収しつつ、爽やかな読後感を演出していて、よいハッピーエンドでした。
謎のハピエン厨
運命と出会うまでの物語。戦士たちが酸の道を越えるシーンでなんとなく「これは受精の話かな」と思っていたのですが、展開が分かっていても最後の一行には思わず「そう来るか~」と唸ってしまいました。
道中を戦士の一人旅として描くのではなく、英雄的な存在を登場させたり、主人公に老戦士を付き従えさせたのもワザマエです。キャラクター間のやり取りが生まれ、また英雄の塵様を描くことで、登場人物の人間性に深みが増すだけでなく、物語にもしっかりと起伏が生まれています。非常に楽しく読めました。
ハッピーエンドというお題に対する納得のさせかたも鮮やかです。最後の一行で思わず膝を打たせるような、緻密に練られた作品だと感じました。発想、筆致、構成、どれをとっても高水準で纏まっており、素晴らしかったです。
謎の金閣寺
【億千万のむくつけき益荒男どもの流星群】
ひとり静かに勇者の到来を待つ姫君のもとに、誰よりも早く到達せんと、互いに競い駆け行く運命の元に生まれた数多の猛者どもの物語。
寓話です。いや寓話なのか? こう、何かジャンル的な呼び名でもいいのですけれど、ちょうどひとことで表せる言葉がないような感じ。そういう意味で、この作品のジャンルとして指定されている「詩・童話・その他」というのはなるほどと思いました。童話に近いその他という感じ。
タグの「マッチョ」が好きです。必見というか、読み始める前に必ず見ておくべきタグ。いや戦士たちの競争を描いた物語ということもあり、思想や信条としてのそれの意味もあるのですが、でも別の意味の方が強いと思います。筋肉美という意味のマッチョ。もちろん作中でしっかり戦士の描写はあるものの、でもこの単語を先に頭に入れておいた方が絶対イメージの助けになるというか、実際なりました。数億の空飛ぶ筋肉ムキムキマッチョマン。なにこの絵面のパワー。最高。
紹介文にある「創世記」というのが言い得て妙というか、このお話自体がひとつの壮大な寓話のようなものなのですけれど、それを世界の成り立ちになぞらえる(というか創世の物語として描く)ところが面白いです。文字通りの大スペクタクル。己が宿命を果たさんと危険な道のりに挑む、その男たちの悲壮な覚悟を描いたお話で、世界の理のような大きな物語であるはずなのですが、でもストーリーそのものはミクロな個人の描写に立脚しているところが魅力的でした。姫と英雄、それに老兵と、そして若者。
単純に英雄譚や創世の物語として読めるのですけれど、たぶん真剣に読み解いていくといろいろな解釈ができそうで、その場合のキーワードが先述の「マッチョ」なのではないかと思います。さっきは一旦置いておいた思想・信条の方。
逃れることの叶わぬ戦場の中、名も実も残すことなく、ただ生まれて死んでゆくだけの無数の男。それを狭い鳥籠の中、できるのはただ眺めることだけで、手出しどころか身動きすら許されない女。それぞれに役割が固定されていて、交代も分担もまったくできない不自由さ。それを乗り越え辿り着いた先、彼や彼女の出した答え。説得力というかなんというか、厚みのある感動がありました。はっきりした『ゴール』の実感。
凄かったです。ここが終着点で、そして新たな世界の始まる瞬間だというのがわかる、壮大なハッピーエンドのお話でした。いろいろ語りましたがやっぱりムキムキの男たちが好きです。ナイスバルク!
謎の念者
何らかの目的に向かって一直線に突き進む者たちの物語。
小説というよりはむしろ散文詩に近い雰囲気を持った作品であると感じました。最初は何のお話なんだろう?って疑問に思いながら読み進めていたのですが、最後にこの物語が一体何であったか、という答えが提示されていまして、それを読んで意味が分かった後に読み返してみると言葉の一つ一つが何らかのことを指していることに気づいて、ああなるほど……と思いました。ううむそうきたか……
オチを言ってしまえば受精に至るまでの雌雄配偶子のお話なのですが、それをこういう風に正体を隠しつつドラマチックに描き出すのは面白い発想だなと思わされました。
謎のハピエン厨
素晴らしい。尊い物語を見せていただきました……最高……(光になって消えていく)
特に事件が起こるわけではありません。二人の関係に亀裂が生じるわけでもありません。それがいいんです。このお話では、二人の幸せそうな日常にフォーカスを当てられています。お互いが本当にお互いを大切に思っていることが伝わってくる。それだけで、不思議と幸せな気持ちになれる自分がいました。
短編という物語のボリュームをしっかり把握された上で、削ぎ落せるところは極力削ぎ落している、という技量を感じました。物語というのは、えてして全てを書きたくなってしまいがちです。よそ見をせず、寄り道をせず、真っすぐ物語の向かうべき方向へと向かって書かれている。それは簡単そうに思えて実はとっても難しいことです。そういった点を把握し、こういった物語の形として落とし込めるのは、頼もしい武器だと感じます。
作者さんには、これからも幸福な物語をたくさん紡いでほしいと思いました。応援しています。
謎の金閣寺
【まさに恋そのもの、混じりっけなし】
仲のいい男の子に恋愛感情を抱く少女の、もう心臓が爆発しそうなめくるめく恋の日々。
恋愛ものです。というかもう、恋。剥き身の恋そのもの。甘酸っぱいわ胸キュンだわ、もうハッピーエンドっていうかエンドに限らず全編ハッピーです。
一点突破というか一芸特化というか、やりたいこと・やるべきこと・見せたいものがすべて完全にひとつの答えでできている、そういう迫力を感じました。目的(主軸)がわかりやすくぶれないお話というのは、読んでいる側も物語に乗り込みやすいのは間違いなくて、そのぶん有利というか話の早い面がありますね。実際、すぐ乗れました。読み始めて数行でもう脳が恋愛モードに。
特筆すべきはやっぱりハッピー感。どこまでも幸せを描いているところが本作最大の魅力だと思います。もちろん思い悩んだり不安になったりする場面もないことはないのですが、でも有り余るいちゃラブパワーで全部吹き飛んでしまうというか、恋のポジティブな面が文字を通してバリバリ伝わってくる。
いや勢い「いちゃラブ」とか書きましたけど、このお話のふたりは一応、まだ恋人同士ではない状態なんです。なのに、それでも、このいちゃいちゃ感。もともと仲のいいふたりだから、というのもあるのですけれど、でもそれ以上に主人公が想いを寄せる彼、咲也くんのキャラクター性ゆえのことだと思います。
タイトル通り、『宝石みたいな』性格の持ち主。いや性格というよりは性質というイメージですけど、とにかくいつもキラキラ眩しくて、そして笑顔がよく似合う。お話のモチーフというかテーマというか、『宝石みたいな』という要素がしっかり軸になっているから、お話全体が明るくて楽しい雰囲気になる。
こういう前向きで幸せな話というのは、やっぱり無条件にいいものです。読むのに胃腸の心配をしなくて済むというか、しんどいときでも読めるので(暗い話や重い話はつらいときもある)。といって、じゃあまったく体力を使わないかというともちろんそんなことはなく、そのぶん思う存分もだえる胸キュン要素が満載なわけですけれど。
堪能しました。タグにもある「ハッピーエンド」目掛けて一直線の、極太の恋愛物語でした。ふたりの青春っぷりというか、初々しさと若々しい感じが可愛らしかったです。
謎の念者
直球な恋の物語。ひたすら年若い少年少女の色恋の模様が描かれています。
地の文の割合が非常に小さく、その分一組の少年少女の会話によってお話が牽引されてゆきます。いわゆる会話劇のような形の作品ですね。
何というべきか、もう余計なものを一切混ぜ込まずに徹底的に恋に発展していく若い男女を描き切った作品と言えますね。大変潔い速球放り込みスタイルの作風です。ハッピーエンドというお題に対しても、もう言うまでもないですね。甘々で幸せな要素が100パーセント詰め込まれています。そう、例えば糖分過多なケーキのような……
(何度か重ねて申し上げた通り)若い男女の恋愛劇に対しては体内での消化が難しいのですが、それでもある種の勢いを感じざるを得ない、そんな一作でした。
謎のハピエン厨
二人の黙劇人形の物語。終わった世界とレイヤー(画像編集ソフトとかで使われる用語)を上手く掛け合わせている発想が素晴らしいと感じました。主人公の思考に併せてカラーコードを表現として用いているのも、想像力の深いところに訴えかけるようで、非常にいいなぁと感じました。
惜しいのは、この魅力的な物語が一万字というボリュームに収まり切れなかったことでしょうか……多分、解決編とエピローグ編であと二章分はあるように感じたのですよね。そのせいか、アルの心情について、姿をくらませた理由について、謎が多い状態で完結となっているように思えます。その点だけが非常に惜しく感じてしまいました。
謎の金閣寺
【煌びやかな映像の洪水に呑まれる】
荒廃した終末世界、ときに廃墟に転がるジャンクをあさり、また怪物らしきものから逃れながら、日々生きてゆくふたりの少女のお話。
終末ものSFです。タグに偽りなし、ポストアポカリプスでサイバーパンクな物語。これらの語から想像されるものというか、欲しいと期待するものをしっかり提供してくれる作品で、とっぷり浸りながら読みました。
没入感というか、現実とはかけ離れた世界を描いているのに、そこへと引き込む手際が非常に鮮やかです。例えば何らかの敵に追われる冒頭や、そのあとの生き生きした食事の場面など。外敵による生命の危機、そして生命維持のための栄養摂取。いずれも生に直結した行為で、つまりただガジェットや技術が登場するのみでなく、それらを『そこに生きること』を通じて描き出している。この世界設定の飲み込ませ方がものすごく自然で、気づけば物語の中に取り込まれていたような感覚。
また肝心要のSF要素、この世界をサイバーパンクたらしめる技術的な部分もゴリゴリ刺さりました。具体的には映獣や〈くらやみ〉の正体など。理屈というか原理というかがしっかり組み上げてあって、それが現実の技術に立脚しているところ。あんまり難しすぎない程度にちゃんと「難しい」を与えてくれるというか、SFというジャンルでなければ出せないタイプの魅力をちゃんと織り込んであるのが嬉しいです。
その上でとにかく魅力的だったのが、そのSF要素によって描き出されたもの。つまりはクライマックスの映像美です。いやもう、その、すごかった……本当にただただ圧倒されるばかりで、脳内に次々炸裂する映像の花火というか、もうあの辺の盛り上がりが尋常でない。一文一文読むごとにテンションが上がる。単純に筆力もあるのでしょうけどそれだけではなくて、〝この世界〟と理解した上で読むからこその上がり方。きっちり組み上げた設定があって、そこに読む人間がしっかり乗った状態だからこそ、初めて100%の威力を発揮する文章。こういうの本当に好きです。仮にそこだけピックアップされて出されたとしてもこの光景は見えないはずで、つまりこれこそが「物語を文章として読むこと」の魅力なのだと思います。
総じて、鮮やかかつ骨太なSFでした。お話の筋というかストーリーも好きです。特に最後、というか最後へとつながる要素というか、『幸せ(ハッピーエンド)』というものの扱い方。それが出てきてからの、そこに向かって進んでいく感じ。好き。幸せについて考える彼女が、その過程で自分なりの答えというか、何か自分の心にケリをつけるとようなところも。荒涼とした世界の中、生きることについてしっかりと捉えた、幸せへと向かっていく人々の物語でした。
謎の念者
終末世界に生きる二人の物語。いわゆるポストアポカリプスSFのような作品です。
まずこの独特な世界観が面白くて引き込まれてしまいます。危険な怪物から逃げ回りつつ必要な物資を集めるシーンなどは、荒れ果てた世界で懸命に生きようとする彼らの地に足の着いた営みを感じられます。「どうやって生きていくか」というのは荒廃世界を描いた物語を読む上での醍醐味みたいなところありますよね。
そして彼らと世界の本当の正体。これがまた非常に面白くて良い発想でした。AIと拡張現実のもたらす世界というのが、読み手の想像力を掻き立てられて面白いです。「乗算世界」というタイトルもこの世界の正体によって回収されているのですがここもまた面白かったです。
彼らがその後どうなったのかが気になります。続きが読みたいな、と思いました。
72.デリヘル嬢がお仕事で元クラスメイトのキモデブと会った話/ラーさん
謎のハピエン厨
奇跡の出会いを果した二人の物語……といえばロマンティックですが、現実を真っすぐに突き付けてくるようなお話でした。同級生との再会を、生々しく、決して美しく脚色することなく、最後まで描き切っている。二人を取り巻く気まずさに、いたたまれなくもなりますが、だからこそ彼らのやり取りには現実味の強さというか、拭い難いリアリティが色濃く現れており、強く印象に残った作品です。
とくに山本の一発芸には、真っすぐな彼の良心が際立っていて非常にいいなと思う一方、そういう人間の「独特さ」とでも言いましょうか。いい人であることは分かるけれども、しかし強すぎる残念っぷりが、それを上回ってしまっている……。迫りくるようなリアリティを描くのが、非常に上手な書き手さんだと感じました。
ラストで川崎さんの取った行動にも奥深さを感じました。彼女自身、本当にこの先どうなるか分かってなくて、未確定な「これから」にワクワクしている様子が伺えます。
ハッピーエンドというお題を、登場人物の行動・心情によって深く考えさせると同時に、それが彼らにとってなんらかの転機であることを、非常に上手く表現されていると感じました。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【ある種のどん詰まりから見上げるハッピーエンド】
デリヘル嬢がお仕事で向かった先、待ち受ける客がなんと元クラスメイトのキモデブだったお話。
タイトル通りの内容で、なんていうかこう、えっちでした。いや別に官能小説とかでは全然ないんですけど、でも仕方ないでしょうえっちって思ったんだもの。なんだか序盤から妙にドキドキさせられたというか、いやこれもしかして「単に個人的な趣味嗜好の問題では?」という気もしなくもないんですけどそれはともかく、シチュエーションの魔にやられました。こういうのに弱い……いや弱いのか? ていうか「こういうの」って?
ぴったりタイトル通りの導入。想定外の事態に焦り動揺するのは、主人公だけでなく客たる山本(田中)さんも同じ。微妙な、でもどこか張り詰めた一触即発の空気の中、でもお仕事はお仕事なのでと雪崩れ込む淫靡な展開の、その、なんでしょう。危うさというか謎の緊張感というか。ハッキリ言うなら山本さんの見事なキモデブっぷり、文化や常識の隔絶から来る不信感のような、つまりは「いや大丈夫なのこれ?」という自分の中の偏見なのですけれど。爆発寸前の炸裂弾みたいな、この先いつどう転んでもおかしくない感じ。そのドキドキ感。やだ……もしかしてこれって、吊り橋効果……?(きゅん)
そしてそこからの急速潜行。
すっかりやられました。〝掴み〟だけで完全に持っていかれているというか、飾らずに言うならこの序盤、とにかくもう本当に読んでいて楽しい。実質この時点で外堀を埋められ武装解除させられたようなもので、あとはその先に何が来ようと、もうされるがままになるしかないという。約束された勝利のキモデブ。とはいえ、別に冒頭に限らず全体を通じて、とても読み応えのあるお話でした。
ある種のどん詰まりというか、タグにある通りの「格差社会」のお話。山本さんと主人公、「ピン」か「キリ」かでいうならどちらも後者の方で、でもそれぞれに違う道、違う要因による違う苦しみを抱えて、それでも生きていくしかないともがく姿。いや正直、山本さんの方は若干同情しにくい面もあるのですけれど。共感、というか我が身を彼の位置に置くことはできても、でもだからこそ情けはかけられないような。
だって現にキモくて、少なくとも主人公の視点では「キモい」と感じていて、もちろん一読者である自分としては建前上「キモいって言葉はよくない」と言うけどでも正直って心情的には「キモい」に異論はなくて、そしてそこがとても好き。
ちゃんとキモい。それも途中で都合よくキモくなくなったりせず、しっかり最後までキモいのに、でも嫌悪感はな……なくもないけど、こう、嫌いになれない。絶妙です。読後の今となってはうっすら好きになっている部分もあって、でも再読したらやっぱり読んでる最中は好きにはなれませんでした。本当すごいキャラ。大好き。いや大好きか? 目の前にいない間は好き。
この物語のハッピーエンド、ある種の救済のようなものは、もちろん中盤の「あの行動」に依るのは間違いないのですけれど。でもそれ以上に彼が彼であること、その事実そのものが主人公の救いに繋がっているようにも思えます。
結局、主人公も彼と同じどん底の存在で、なのにそれでもまだ彼を下に見ているところがあって、でもそんなの当然っちゃ当然、だって実際まあ下だものね山本さん——という、それらすべてが作用しているような。ただ『対照的に見えるけど同じどん底同士』みたいな言葉では括れないお話。少なくとも主人公はキモくもデブでもなくて、そしてもし山本さんがキモデブでなかったら、あの「ハッピーエンド」が救いになることはなかったと思うんです。
結末が好きです。ちょっと意外ではあったんですけど、でも〝あくまでサブ垢〟というところが。したたかに、なんなら可能な限りいいとこ取りで、うまく人生を乗りこなして行こうという姿勢。前向きな終わり方が嬉しい、コミカルながらも胸に沁みてくるお話でした。ふたりそれぞれの未来にそれなりの幸のあらんことを。
謎の念者
タイトル通りのお話。
何というか、世俗に生きる陰鬱な事情を持った人間を、美化も脚色もなくありのままに描いた話という感じがしました。ある種の自然主義文学の派生と言えるかも知れません。
過去の自然主義文学がそうであったように、露悪性であったり、読む側が思わず鼻をつまんでしまいそうなもの(特に主人公のデリヘル嬢が攻撃的な単語、例えばキモイといった言葉を多用するところは、それが嘘偽りのない生の感情であろうと思われるからこそキツさがあります)を存分に含んでいて毒気が強いです。
登場人物もまた絶妙に嫌な感じで、川崎さんは決して好感の抱けるタイプではないし、山本さんは何というか共感性羞恥を発症しそうになるタイプの人物で読んでてキツかったです。ほんと。
とにもかくにも怪作の一言がふさわしい作品です。感動の再会ならぬ最低の再会……
謎のハピエン厨
でかいさんの二作品目です。百地さんという非常に可愛らしい女の子を主軸に描かれた物語です。百地さんカワイイヤッターーーーーー!!!! 五億点!!
百地さんめっちゃカワイイの……。ちょっと構ってもらえないだけで涙目になるところも、破天荒で行動力が高いところも、主人公にはベッタリなところも、サバサドンを一撃で仕留めてしまう実力派なところも、すべてが愛らしい。好き……マジで最強のヒロイン……。
こうした素晴らしいキャラクター造詣によって、物語が強い輝きを放っているように感じました。百地さんという魅力的なキャラクターの行動が導いていくコミカルな物語は、読んでいて心が癒されました。浄化されたと言ってもいいでしょう。マジで百地さんカワイイ。ぼくの中で最優秀ヒロイン賞を贈呈したいほど好きなキャラクターでした。
百地さんの魅力をたっぷり描かれた物語を、非常に楽しんで読むことができました。こういった「読んでよかった」と思えるお話を描けるのは、とても素敵な才能だと感じます。非常に良かったです。ぜひまた続編を書いてください。
謎の金閣寺
【終始前のめりなハイテンションコメディ!】
隣の席に座る憧れの君、完全無欠の美少女(※ただし性格を除く)百地さんに振り回される、『僕』こといっちゃんの物語。
コメディです。激しい勢いと高いテンションでもって、最後までぐわっと一気に駆け抜けるタイプのドタバタ劇。ある種の不条理劇とも言えるくらいのめちゃくちゃをやりながら、でもなんとなく許せてしまうというか、読み手の意識をふんわり丸め込んでしまうのがすごい。いわゆる『ギャグ漫画時空』というのか、読んでて普通に「そういう世界なんだな」と納得させられちゃう感じ。
メインキャラクターふたりの人物造形、ひいてはその関係性が好きです。めちゃくちゃな行動力で主人公を振り回すヒロインと、それに渋々——どころかほとんど「この役回りだけは誰にも渡さん!」と言わんばかりの勢いで付き合う主人公。
特に面白いのが(というか、恐ろしいのが)このヒロインの造形で、ただ言動が突拍子もないだけでなく、現実にそれを実行してしまうだけの力を持っているんです。学力に腕力、権力財力に行動力と、性格以外のすべてを兼ね揃えた完璧超人(でもなぜか見た目だけは妙に地味っぽい:ここ最高に好き)で、つまりただ隣で相槌を打っているだけで大変な冒険に巻き込まれてしまう。といって黙っていても無駄というか、結局構ってもらえるまで同じ話題を繰り返されるわけで、いやこう書くとだいぶ厄介な人のように見えてしまうのですけれど、でも実際は(この作品の中での感想としては)全然そんなことはない。
彼女自身、別にわがままや気紛れで振り回しているわけじゃないのもありますし、なにより基本的に全部自力でやれる人なので、人に責任を押し付けることがないということもあります(自分で後片付けしちゃう)。でもそれよりなによりこれは主人公のおかげというか、いやむしろ主人公の〝せい〟というべきか、実はこの『僕』(いっちゃん)の方も相当ぶっ飛んでるんですよね。
とにかく百地さんのことが好きすぎて、なんでも魅力に見えているような状態。彼女を見つめる視線の優しさというか、ことあるごとにいちいち「(カワイイ)」をつけちゃうような、この「百地さん大好き感」がもう本当にいい。これのおかげでどこまでも楽しいというか、むしろお前のその姿勢が可愛いです。頑張って見栄を貼ろうとしてみたり、あと何かと彼女を守ろうとするところとか。なにより、一応ツッコミ役のような立ち位置にはいるんですけど、でも全然彼女のことを否定しないんですよね。本当に可愛いふたり。
楽しかったです。いや本当「楽しい」というのが一番ぴったりくる、とことん明るくて前向きなお話。ゴリゴリ前に進んでいくパワーが楽しい、スカッと気持ちの良いスラップスティック・コメディでした。kawaii!
謎の念者
百地さんという色々な意味でハチャメチャな少女に振り回されるお話。
とにかく「百地さん」というヒロインのハチャメチャさが目を引きます。こういう強火なキャラクターが暴れる話好きです。彼女の行動の一つ一つに突っ込みどころがありすぎるんですけれどもそれでも「百地さんなら」で済ましてしまうのがすがすがしいです。「空気のない宇宙空間では爆発は起こらない」というマジレスツッコミに対してとある映画監督が「俺の宇宙では爆発するんだよ」と返したなんていう逸話があるそうですが、この作品における百地さんの挙動の数々も、あるいはそういった法則性によって成り立っているのだろうと思いました。やっぱエンタメはこうでなくては。
最後に出てくるサバサンド、食べたいな……絶対おいしい。
謎のハピエン厨
少年たちの関係の変化を描いた、優しく暖かな物語。語り手の口調を敬語にすることで、物語の筆致に柔らかな印象を与えていますね。このお話にベストマッチな語り方で、非常にいいと思いました。
傍から見れば、子供同士の意地の張り合い、けれども彼らにとっては譲れない争い。そこに蝶の優しい言葉が、染み込むように広がっていく感覚がなんとも言えない心地よさを感じました。それを象徴するのが、おみくじの中にある「大(丈夫)吉」という表現です。これはすごいなと思わずにいられませんでした。優しさを言葉だけで語るのではなく、文字という形に落とし込むことで伝えてくる、非常に卓越された表現だと思います。
物語の中で語るべきものをしっかり語り、そしてほっとするような結末を描いた、丁寧で良いお話だと感じました。推都を舞う蝶という題材もよかったです。
謎の金閣寺
【やさしさだけでできた物語】
夕暮れの公園、ひとり縄跳びの練習を頑張る少年と、彼のもとに舞い降りた不思議な蝶々のお話。
優しい物語、というかもう『優しさ』そのものです。いやこれ本当にすごい……世に優しい物語は数多あれど、でもここまで柔らかく暖かなお話は見たことがありません。ジャンルとして指定された「詩・童話・その他」、加えて「すこし不思議」というタグがものすごくしっくりくるというか、この作品から受けたこの『優しい手触り』をどう表現していいか、そのすべがまったく見つからないような気分です。
それでもどうにか要約するなら、紹介文の「不思議な噂に絶えない街【推都(すいと)】」というのがきっとイメージ的にわかりやすい。物語世界、ひいては作品のコンセプトそのものを表現したような一文。この作品そのものはあくまで単話で完結しているのですけれど、でも舞台や設定を共有したまま連作になっていてもおかしくないような感触。つまり単話でありながら単話でなく、本作に描かれた範囲よりももう一回り大きな世界を感じさせてくれる、この読書感覚がとても素敵でした。どこか「町そのものが主役」みたいなところがある感じ。
お話の筋そのものはシンプルで、主人公の少年の抱えた葛藤を、不思議な存在である『蝶々』さんが解決してくれる、というもの。いやこの表現だと若干の語弊があるというか、確かに解決はしているんですけど、しかし刮目すべきはその方法——なんとこの蝶々さん、別に「不思議な力を発揮して」みたいなことはしないんです。
ただ遅くまで外にいるのを心配して声をかけて、うまく説得してお家へと返して、ついでにちょっとアドバイスしただけ。まあ不思議なおみくじをくれたりはするんですけど、それも実質は励ましの手紙みたいなもので、つまり蝶々さん自体は不思議な(現実には存在しない超常的な)存在であるにもかかわらず、解決をその不思議に頼らないんです。
対話によってもたらされる光明。なんなら蝶々さん自体はただ勇気づけたくらいのもので、ほとんど主人公が自分で大事なことに気づいているようなところがあって、これがもう本当にこう、なんでしょう。優しいというか柔らかいというか、読んでいてなんだか嬉しくなってしまうんですよね。本当になんでしょうこの感じ……空気感というか雰囲気というか、これまで味わったことない衝撃の優しさ。
あとはもう、単純に蝶々さん自身が好きです。この人(?)のキャラクターが、ていうかもう、優しい性格がドバドバ滲み出るようなこの口調! ずるい……こんなの一発で好きになってしまう……。いやもう、本当にいいもの見ました。ほっこりした幸せな読後感はもとより、なんだったら読んでる最中からずっとほっこりしちゃう、ただただ優しく幸せな物語でした。「好き」っていうのになんの躊躇もいらないお話です。好き!
謎の念者
とある約束から公園で縄跳びの練習をする少年と、言葉を話す蝶のお話。
ジャンルにもある通り全体的に児童文学の雰囲気を持っています。少年の懊悩、すれ違い、胸に抱かれたわだかまりが、言葉を話す不思議な蝶の言葉がきっかけで解決に向かうのですが、不思議な力を持つ蝶はあくまでそっと背中を押すにとどまり、ことの解決は当事者たる少年たちに委ねられたのがよかったです。
最後の二人のやりとりがまた微笑ましくていいですよね。よき友、よきライバルになることのできた二人を祝福せざるを得ません。いや本当に、「微笑ましい」という言葉を贈るにぴったりでした。
不思議な話であり、なおかつ心温まるような、ほっこりする話でした。良かったです。
謎のハピエン厨
バイオレンスなハッピーエンドの物語。芽亜里の立ち振る舞いや思想に、どことなくハードボイルドの気配を感じるお話でした。
プロポーズという、一見幸福の絶頂である瞬間を描きながら、その演出方法は過剰で、あまりにも露骨に退路を塞ごうとする彰人の魂胆が見え透いています。狡猾であり、いっそ邪悪といって差し支えない展開を、しかし芽亜里が悉く、文字通りに打ち抜いていくシーンは爽快でありました。爽快というには少し死んだ人間が多いようにも思えますが、そういった懸念は芽亜里の放った「これは私のハッピーエンドではないよ。」という言葉を抜きにしたらの話です。このセリフと、アイコとの関係が描かれるからこそ、芽亜里の信念が明瞭に浮かび上がってくる。この作品で語られようとしているテーマが、しっかり見えてくる。芽亜里の生き様に見蕩れると同時に、ここをスタートラインと断言した彼女の明日を思わずにはいられない……想像力が捗る良い物語でした。
謎の金閣寺
【ハッピーエンドとは何かという問いと、その答え】
恋人に誘われた食事会、ちょっと高めのレストランの席で、そこかしこに見え隠れする違和感の正体を探る女性のお話。
シリアスかつハードコアな現代ドラマです。うまいというか面白いというか、とても「よかった……」となったお話なのですけれど、でもどこからどう触れていけばいいのか少し悩みます。
好きなところやいいところの印象が、スパッと綺麗に整理できない感じ。逆に言うなら全体通じての完成度というか、文章や物語やキャラクター、それぞれの要素がそつなく綺麗に噛み合っているような感覚。安心感、と言ってはおかしいのですけれど、読んでいてものすごく「安定している感じ」がしたんです。スピードのある奇襲でなく、火力や物量で殴ってくるでもなく、一歩一歩真っ直ぐ歩いてきてきっちり詰めて殺すような作品。平たく言うなら巧みさを感じました。
まず文章がうまい。物の見方や思考法など、主人公の主観を反映した硬質な文章。おかげで冒頭から撒かれた「作戦」「戦場」という単語が、どうやら比喩でなく文字通りの意味だと早々に察しがつきます。ストーリーの流れは淀みなく、急だったり停滞するような箇所がないため集中を切らさず読める。途中に何度かカットインのように挟まってくる過去の回想も、普通は流れが途切れるとか混乱の元になるとかしそうなものを、でもごく自然なままに描き通していて、いや本当ため息の出る思いです。うまい……個人的に一番「すごい」と思ったのが登場人物の多さで、この短い分量にこれだけの人数を出して、でも誰が誰だか混乱することなく、しかもそれにきっちり意味がある。すごい。なんでしょう、なぜか「もう許して!」ってなりました。技巧の見事さもそうですけれど、それを丁寧に組み立てる仕事の細やかさがすごい。
以下はネタバレを含みます。ちなみにネタバレが致命的なダメージになるお話ではないと思うのですけれど、でもどうせならネタバレなしで読むのが一番だというのが個人的な感想ですので、もし未読の方がこの文を読んでいたならご注意を。
お話を通じて書かれていることそのもの、主題(テーマ)の部分がめちゃくちゃ最高でした。『ハッピーエンド』。本当にそれしか書いてない。「ハッピーエンドとは何か」という問いを立て、それを物語でじっくり追って、最後には明確な答えを叩きつけてみせる。問いと解法と答え。この物語のやっていることがはっきりわかるばかりか、そこに一切の雑味やごまかしがない、この気持ちよさといったらもう! いや個人的には最後の大暴れ、いわゆる『単純にわるものが始末されてうれしい』的な気持ちよさもあるので、その辺「気持ちよさ」の意味が紛らわしいのですけれど(あれがスカッとしちゃうのはしょうがない)。もっと大きな意味での、作品のスタンス自体が持つ気持ちよさ。
加えて、その答えの内容も好きです。ハッピーエンドの条件。ぶっちゃけタイトルや章題にゴリゴリ表されていた正解。なるほど、と思わされる以上に、あまりにも逆説的というか意外というか、なんだか皮肉のようですらある結論。だってこれが正解なのだとしたら、場合によっては「最初からハッピーエンドに至る道がどこにもない」ことだってあり得るような気がして、なのに、というかにもかかわらず、あの結び。最後一行の、投げやりな「あーあ」という嘆息の裏の、それでもスタートラインに再び立っている、という事実。ああもう好き……こんな事実だけで意味が分厚いのずるい……最高でした。もう正直何も言葉が見つからないのですけれど、とにかく巧みさと丁寧さの光る作品でした。ハードさが良い!
謎の念者
結婚の話かと思ったらバイオレンスアクションの話になったぜ……何を言っているのかわからねぇと思うが、そうとしか言いようがなかった……なお話です。
プロポーズというある種晴れやかなハッピーエンドが用意されているかと思いきや、流れる空気は決して穏やかなものではなく、不穏さが存分に滲み出ていて、読む側の心をざわめかせます。思えば中盤までの展開は完全にラストの惨劇までの助走になっていたのですね。
ラストの惨劇は、ある意味過剰な演出をして見せて徹底的に退路を塞いできた彰人に対してさらに過激な返答を行う意趣返しと言えなくもないのですが、しかしそれにしては過激、かつ唐突に過ぎる行いで、読み終わってから頭にハテナマークがたくさん浮かんできました。何といったらいいんでしょうかね……ちょっと上手く講評を書ける自信がないです。何でしょう、ある種のサイコスリラー小説みたいなものでしょうか……
ただ、「ハッピーエンド」というお題自体を正面からとらえ、一つの解答を示したお話であることは読み取れました。難しいお話ではありましたが、お題に対して真摯に向き合ったであろうことは伝わってきました。
謎のハピエン厨
寅吉さんと主人公の交流を描いた物語。近代文学を思わせる筆致でありながら、決して読みにくいわけではなく、むしろすらすら読めてしまうお話で、作者さんの技量の高さを感じました。一か月ごとに悪化していく寅吉さんの体調、そして遂には積み上がることすら忘れた原稿が、一人の人間が終わる寂寥を、言外の内に訴えかけてくる演出となっており、これが非常に映えていました。
この終わり方がまた、奥深いですね。正直、理解が追いついている自信は無いんですが、非常に良い終わり方であると感じたのは紛れもない事実です。そう感じた理由はおそらく、二人の人間関係と、物書きとしての寅吉さんの生き様が、絶妙に溶け込んでいるためだと思います。言外の内に語られている部分も含めて、想像力に訴えかけてくるような物語になっており、非常に読みごたえがありました。
謎の金閣寺
【最後一行のとてつもない威力】
明治くらいの小説同人(たぶん)、病に臥せ連載を取りやめた寅吉さんと、雑誌を口実に彼を見舞う久さんのお話。
言葉が出ません。完全に打ちのめされました。分量にしてわずか3,000文字強の掌編のはずなのですが、とてもそんな短さとは思えない。読み終えた瞬間のあの「ぐわっ」と来る感じというか、感情の揺さぶられ方みたいなものが、なんかもうとんでもないことになっていました。具体的には泣きました。すごいこれ。
最後一行が大好きです。もう本当にここ、この一文の威力が凄まじすぎる。もちろんそれだけではないというか、そこまでの積み重ねあってのこの威力というのはわかるのですけれど、それでもやっぱりこの終わり方が最高すぎて……こういうのを「万感のこもった」というのか、そこから読み取れる意味の手触りが強く豊かすぎて、もう完全にこのひとことのために書かれた物語にしか見えないと、本当にそう思うくらいには大好きな締め方です。
きっとこの一文でなけれ絶対高まで揺さぶられなかった、というのもあるのですけれど。それ以上に〝ここで物語が終わっている〟のが本当にすごい。もうどうやってもうまく言える気がしないんですけど、別に何かが明かされたわけでも解決したわけでもないただのひとこと、なぜ「非道い」のかの理由でしかないちょっとした台詞の、その影に添うように在る思いが物語を結んでいる。つまり、〝文字で書かれてはいないもの〟(しかも容易には言い換えの効かない何か)でお話が締めくくられている。それも単に演出とかそういう話でなく、本当にこれ以上ないくらい正しい終わり方をしている——なんなら「確かにこの物語はこの一文が出た時点でこれ以上書くべきことがない」と深く納得させられてしまうような、この、もう、ねえどう言えばいいの!? わかって!? いや本当、打ちのめされたという言葉がしっくりきます。この終わり方はやばい……死人が出るぞ……。
もちろん最後だけでなく、他にもいろいろと素敵なところ、魅力的なところはあるのですけれど。個人的には文章の巧みさと、シンプルにまとめらたお話の筋がとても綺麗に感じました。飲み込みやすく、そのおかげですいすい読まされちゃう。総じて自然で、どちらかといえば淡々とした描写のようにも思えるのに、なぜかしっとりと心に沁みるような風合いがあるんですよね。なんだろう、というか、どこから来るんだろうこの手触り……文章や描写に構えたような力みがなく、まるでさらっと書き下している感触が効いているのだと思います。いやどうだろう。あってるかどうかはともかく単純に好きです。
よかったです。病のお話、あるいは人が亡くなるお話というのは、どちらかというと好きではなかったはずなのですが(だって悲しいし)、でもそれすらあっさりぶっちぎられたような感じです。それもある程度の分量をもってグイグイ振り回してくるならともかく、この短さでやられたのが本当に衝撃でした。とてつもない物語だったと思います。面白かったです!
謎の念者
病床にある文筆家寅吉と、彼に自作小説を読ませる作家のお話。明治~大正あたりの日本が舞台でしょうか。その辺りの文学の香りがします。その辺の雰囲気を意図して描き出しているように感じられました。
全体的に低温多湿な雰囲気の漂うお話の中で、死に向かって一歩一歩着実に近づいていく寅吉の様子がもの悲しいです。一人の人間が弱っていく様が寂寥感たっぷりに描写されていて、「もう……目が霞んで……よく見えない」の部分などは、読んでいて身が切られる思いでした。その部分の溜めがあったからこそ、ラストの言葉で洗われる気分でした。月並みな言葉ですが、「尊い」という言葉がぴったりだったように思います。
技巧的に空気感を作りつつ、読み手の心情にこれでもかと訴えかけてくるのはまさに名文と言うに相応しい作品です。
謎のハピエン厨
QAZさんの二作目ですね。扉の鍵となってしまった少女が選択を迫られる物語。宇佐美さんがめちゃくちゃ強くていいですね。単純な戦闘力が高いだけでなく、自らの運命を選択し、切り開いていけるという芯の強さも相まって、非常に魅力的なヒロインとして映りました。
物語も面白くて、ループする世界や女神といったキャラクターにもしっかり意味を持たせていたのが良かったですし、梵くんというキャラクターと迎えた結末は、まさにハッピーエンドと言えるでしょう。確かに宇佐美さんの目覚めによって世界は終わりを始めていくのかもしれませんが、彼女が言っているとおり、「まだ実際にそうなるのかは分からない」のです。そういうお題に対する説得力を感じさせつつ、これからの二人の生き様にも期待してしまうような終わり方が、非常に印象的でした。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【ループする『強くてニューゲーム』の世界、からの】
幼なじみの男子がラスボスとして君臨する悪夢の世界、無限に繰り返される少女の冒険のお話。
現代ファンタジーです。ゲームの世界をモチーフにした、転生ものかあるいはその変奏——のように見えてそうでもないようなあるような、この「世界そのものの正体の分からなさ」が肝となる作品。平たく言えば、世界の真実を解き明かしていく物語で、複雑に入り組んだ舞台設定が魅力的でした。もっというなら設定そのものに加えて、その結果課せられる運命の壮絶さも。
少年少女を主役とするファンタジーやSFにおいては、ときにその世界全体が敵になることもありますが、まさにその系譜——と言ってしまうと少しイメージの違うところもあるかも。構造的にはその王道を踏襲しているとしても、その味付けの仕方が面白い。
まずもって冒頭が尖っているというか、いきなり最終決戦の決着後、つまりハッピーエンドの瞬間から始まっている。この「スタート地点でいきなり終わってる」というインパクトも凄いのですが、でもそれよりなによりこの冒頭の第一話、ここで物語全体の方向性がざっくり示されているのが好きです。
うまく言えないのでちょっと乱暴な丸めかたになっちゃうんですけど、状況自体はかなり複雑なのに、でも「ラスボス戦の後」の一語でほぼ完璧に理解できちゃう感じ。ゲーム的なものをイメージすると理解が容易で、しかもそれが章題にある「LOAD」の一語によって誘導されている。おかげでわずか500文字強で導入が済んでいて、そしてここが何より重要なのですけれど、わかりやすいのに真相や全体像はちゃんと謎のままになっているところ。わざわざ問いの形で謎を投げかけなくとも、自然と「どうしてラスボス戦になってるの?」を気にさせる展開になっている。とても自然で、スルッと入っていけました。二話三話も同様に、一歩一歩謎が解き明かされていくような感覚。
そしてその結果、というかやがて明らかになる真相なのですが、まあ壮絶でした。あまりにも強大かつ残酷な運命。いや世界を向こうに回す以上はそうこなくっちゃという部分ではあるのですけれど、でもこれが思った以上にハードというか、本当に「壮絶」という形容が似合う感じ。それも好きなところなのですけれど、でもなにより興味を惹かれたのは、その壮絶さがそのまま極まったかのようなこのラスト。
以下は結末に触れてしまうためネタバレになります。
いやハッピーエンド〝+〟ってそういうこと? と、後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃がありました。なかなかに業の深い物語。だって少年少女が感動の再会を果たす恋のお話が、そのままぴったり世界への復讐の物語でもあるんですから。総じて辛口の物語というか、所々に容赦無く顔を見せるハードコア要素を含め、残酷さと壮絶さの漂うダークファンタジーでした。
謎の念者
怪物の王となった幼馴染兼彼氏の梵くんと対峙するダークファンタジーなお話。
梵くんを殺す度に時間が巻き戻る。いわゆるループものの構図を持った物語です。現代ファンタジーでありつつ、ディザスターSF的な雰囲気が感じられます。
閉塞を打破すれば世界は滅亡してしまう。しかしそうしなければ自分は終わりのない夢を見続ける。主人公はいわば袋小路に入り込んでしまっているわけですね。
ループものといえばしばしばそういった「袋小路の打破」のような選択を持ちますが、この物語はまた壮絶でした。壮絶というか、「そうか、これは復讐劇でもあったんだな」と合点しました。袋小路の打破と(ある種の自爆特攻、道連れ的な)復讐がイコールに結びついているわけですね。
ハッピーエンドを逆説的にとらえた作品と言えるものですが、とても読みごたえがありました。
謎のハピエン厨
半人半神の祝福を受けた少女の物語。筆致の美しさが印象的で、とくに髪を描写するシーンが素晴らしかったです。フィフラの髪は自然に溶け込むような素朴さと、神々しさが一体となったような魅力があり、またヨキの登場シーンでは髪のゆらめく光景が神秘的に浮かび上がるさまを思い浮かべました。
大聖堂に火を灯すという日々の積み重ねがヨキに見初められ、また彼が側にいてくれるようになったという結末からも、ハッピーエンドというお題がしっかり回収されていることが分かります。
神と人が近しい世界、そこに生きる神聖な存在たちを美しい描写で描く、非常に読みごたえのあるお話だと感じました。面白かったです。
謎の金閣寺
【祈りと祝福、あとすっごい頼もしいイケメンの物語】
火の神の祀られる辺境の街、大聖堂に暮らす孤児の少女のお話。
異世界ファンタジーです。特筆すべきはやはり設定面というか、文化や因習に地理歴史宗教などなど、広範に渡りながらも仔細に掘り下げられた世界そのものが大変魅力的でした。安定感というか安心感というか、緻密な設定が物語全体を下支えする感じ。
特に好きなのはその手の広げ方と的の絞り方で、広い世界全体の存在を感じさせるのに、あくまで直接の舞台となる街(および大聖堂)を中心に描かれている点。火の神に対して隣の平原に雷神〝も〟いることや、帝国の存在があくまで平原や入り江の向こうのものであることなど。主客の感覚をしっかり定めた上で、詳細ではあっても饒舌になりすぎない程度に描写される〝モノ〟たち。この辺りの積み重ねかたが非常に自然で、世界のありように想いを馳せること自体に面白味がありました。主人公には手の届かないところにも、世界が地続きで存在している実感。その広さが感じられるからこそ、逆に主人公の住む世界の狭さが読み取れる、というような。
その上で語られる物語の優しさというか、王道にも似た手堅さのようなものが好きです。筋そのものはものすごくシンプルで、お伽話……という語ではちょっと柔らかすぎるのですけれど、でもある種の神話のような趣があります。祈りと祝福のお話、あるいは人と神との間に交わされる約束(契約)の物語。
以下はネタバレを含みます。
ヨキさんが最高でした。すみません急に頭の悪い感想で申し訳ないんですけど、でもヨキさんが最高の男してるのが悪いので知りません。めちゃめちゃ強くて頼りになる美形の男。いやそれ自体はともかく(こうまとめちゃうとただの設定でしかないので)、その姿や振る舞いからひしひし魅力が伝わってくるところ。なんでしょう、読んでて「ああ〜これは良いものだ……」ってじわじわ惹かれていくというか、なんか「この人なら全部任せても大丈夫!」みたいな安心感があるんですよね。
本当になんだろう? ちょっとこの魅力がどこからくるのか説明できそうになくて、おかげで「強くて美形の男は最高だぜ!」みたいな急に知能の下がった感想になっちゃうんですけど、たぶんどこかにあるはずです。コツコツ積み上げてきた設定の溜めが効いているのか、それとも主人公のフィフラさんの描かれ方がうまいのか(彼女に感情移入した立場から見ているからこその火力というのはあるはず)。いずれにせよヨキさんが最高でした。ずるいよこれは……。
個人的に強く惹きつけられたのが、最終話、視点が変わってヨキの側からの独白。ここの情報量が好きです。いろいろ解釈の余地が増えるというか、その気になればある種の残酷さのような、なにか人と神との違いのようなものまで読み取れる。総じて、優しく幸せなお話、神による救いの物語でありながら、人ならざるものの強さを描いた神話でもありました。ヨキさん好き!
謎の念者
戦争の足音が迫る、とある辺境の街のお話。
神様と人のお話であり、また神様(といっても半分は人である)視点では解放の物語でもあります。
何らかの戦争が起こっていることは匂わせつつ、しかしあくまで話を広げすぎない。戦火が及んだ後であっても、物語はあくまで一つの田舎町の中で展開されています。コンパクトなお話づくりを意図しているな、と感じました。実際に敵の軍隊が登場するシーンはわずかなのですが、短い中でも「異教徒など生かすに値しない」などのセリフから、彼らが残虐性を持った侵略者であることを存分に示してくれます。
赤い髪、というのがこのお話における一つの鍵なのですが、「祝福の色」たるその赤い髪の描写が美しいです。この髪の描写によって、鍵となる赤い髪がより際立って見えるわけですね。
神秘的でありながらもふわっとしすぎず地に足の着いた物語にも思える、素敵なお話でした。
謎のハピエン厨
青年と神様の交流を描いた物語。神様というキャラクターの発想が面白いなと感じました。青年の住む町の神であり、建築土木が得意分野。町に大穴を創ってしまうところも、なんか神様ってこういう発想するよな…と思えて、非常に楽しく読めました。
願いを叶える存在に「幸せになってほしい」と願うのは、創作において使われがちな展開ではありますが、しかし最終的に二人が落ち着いた関係は独特で面白いと思いました。確かに神様の能力は、町の行政に加担するならこれ以上ないほど頼もしい存在です。建築土木はとてもお金が掛かる分野ですから、財源的にも非常に頼もしい存在となるでしょう。そんな描かれていない未来まで想像させるようで、とても印象に残ったお話で。
独特な発想を活かしつつお話としてしっかり纏まっており、面白いなと感じました。
謎の金閣寺
【ショートショート風の世界に、でもしっとりとした日々の生活の手触り】
巨大な蛆虫が這い出てくる謎の大穴のある町、平凡な日々を過ごすひとりの男性が、ちょっと不思議な来訪者に遭遇するお話。
現代ファンタジー、というか、どこかショートショートのような味わいの掌編です。自分が暮らす街の真ん中に、なんかぽっかり開いた不思議な穴。中からはでっかい蛆虫みたいな生き物が湧いて出て、でもそれを餌にする(っぽい)巨大な鳥もいるのでとりあえず生活に支障はない、という、この鮮烈でありながらも不思議な舞台設定。この『穴』についてもそうなのですけれど、他にも作中の登場人物として『神様』(あくまで自称ではあるものの)が出てきたりもして、この辺りの道具立てがとてもショートショートらしいと感じました。
ただ、お話そのものはどうもショートショートっぽくないというか、それにしては妙に生々しい手触りがあって、その感覚が非常に面白い。主人公個人の実感というか、現実味、と言ってはおかしいのですけれど、でも彼の人生のドラマを追っているような手触りの文章。
出てくる神様も同様というか、『超常的な力で願いを叶えにきた(らしい)』という点においてはいかにも『神様らしい役柄』であると言えるのに、でも個人としてのキャラクターがしっかり立っている。彼らの掛け合いにはときにコメディのような軽妙ささえあったりして、なかなかに独特の味わいを感じました。なんだか『道具立て』の部分が放置プレイされているような、でも強烈なインパクトの後味だけはしっかり残っているような感じ。
急に趣味の話をしますけど神様が好きです。彼のキャラクターあるいは性格や性分。実は勝手に少年のつもりで読んでいたのですけれど(一人称が『僕』なので)、よくよく見直してみると性別がわからないんですよねこの子。いや神様ですからそもそも性別なんかないのかもしれませんけれど、とにかく小悪魔っぽいところが単純にストライクでした。いや神なのに悪魔呼ばわりも失礼かもですけれど。
以下は結末について触れるのでたぶんネタバレになります。
結末が良いです。物語の帰着点、その「え、そういう話だったっけ?」みたいなぶっちぎり感。まさかそこに落とすとは! なんだか裏切られたような衝撃すらあるのに、なぜか満足感しかないという……なんでしょうかこの気持ち。見事に幸せに終わっていて、どこか腑に落ちないような気がするのに、でも全然悔いがない。というか、実質望んでいた部分でもある。なんとも不思議なラストでした。
総じて、ちょっとグロテスクな雰囲気の圧が不思議な、でもキャラクターの魅力的な物語でした。やっぱり神様が好きです。あと「美秘書」というのも。
謎の念者
不思議な大穴のあいている町で、青年が神様と名乗る少年と出会うお話。大穴からは体長2.5メートルほどのウジムシが這い出てきていて、それを巨大な白い怪鳥が捕食したりしています。こういうちょっとゾワッとしちゃう舞台設定いいですよね。それがあっても特段困ることはない(と作中で言われている)んだけれども、少しばかり不気味な雰囲気を出しています。
神様のキャラが好きでした。話し方は特に威圧的でも厳かでもないのに超然としていて人間とは感覚がズレているところなんかはまさしく神様の神様らしい部分と言えますし、あとやっぱり顔のいい人外ショタは最高。正義。僕にも微笑んでほしいな……なんて。
オチがまた秀逸で、色々と想像の余地があります。あと美秘書って言葉すき。一見女性に使われそうな単語ですけど人外美少年なんですよね。
謎のハピエン厨
ハッピーエンドについて語られるお話。内容だけ見ると評論っぽいのですが、キャラクターの内面を発露させたお話とも解釈できますね。ハッピーエンドに関する考察については非常に納得のいくものです。まさに「これが俺のハッピーエンドだ」を提示していただいたと言えましょう。
謎の金閣寺
【言葉の中に滲み出る、絶妙な人間の根っこのようなもの(のような鏡)】
何か映画でも見るかーという話題から転じて、ハッピーエンドについての持論を展開してゆく、誰かに話しかける誰かのお話。
珍しい形式の作品で、なんと全編通してひと続きの話し言葉です。独白とは違って、明確に誰か他の人に向けての発話。要は事実上の長台詞、3,000文字ぶっ続けでのおしゃべりです。まずもってこれでお話として読めちゃうのがすごい……というと語弊があるのですが、もう普通にうまいというかしっかり乗りこなしているというか、この形式をちゃんと使い切っている感がありました。この形でなければ書けなかったものを書いている。
平たくいうなら、「本来であれば前提となる基本情報」の不足。話者たるこの人が誰で、いま現在はどんな状況で、そもそも話しかけられている自分は何? という、そこが必然的に全部抜け落ちた状態で進んでいく物語。普通は成り立たないというか、仮に長台詞から入ったとしても、読んでる側がしびれを切らす前にカメラが引くんですけど、このお話はそのまま最後まで行っちゃう。本来必要なものを全然気にさせない(仮に何であろうと話の中身には関係ない)形で話を回して、でも結末までにはちゃんと明かされる。そしてそこにしっかり意味があるというか、明されたこと自体がなんだか気持ちいいような。平たく言うと「出来がいい」とか「ちゃんとしてる」とか、曖昧な上に偉そうな言葉になって困るのですけれど、でもそれ。この感じ(伝われ)。
その上でなお巧み、というか非常に感想を書きにくくて困るのが、本当に基本的な情報しか明かしてくれないところ。実質的には伏せられたままの要素の方が多くて、でも全然『謎』のままではないというか、最低限この人を『ひとりの人間』『対話相手』として認識させられてしまっている点。
以下はその詳細に触れるためネタバレになります。
男性で、どうやら『わたし』の恋人らしい。よく考えたらそれしかわからないんです。いえわからないこと自体は構わないというか、お話として満足している以上そこは何の問題もない(むしろすごい)んですけど、この構造のトラップというか凶悪なところは、その『わからない部分に読み手が勝手に何かを補完してしまう(せざるを得ない)』点。だって顔も年齢もない人間というのは現実にはいないわけで、そしてそこに何を代入したかで、このお話の印象って結構変わると思うんですよね。
こういうところに想像の余地を残したお話は、自分はどうしても『えっぐいことする〜』という方向にゾクゾク喜んでしまうタイプで、つまり良く言えば慎重派です。常に最悪のケースを想定して歩くため、すべての踏み絵が自動的に『自分の顔した地雷』になる。つまりこう、彼のことをどうにも、いまいち、信用できないというか……わりと同キャラ対決と言いますか、見る映画一本決めるのにこんな長話する役回りはむしろわたしですけど? というのもあるのですけれど。彼氏にはただ黙ってニコニコ頷いていてほしいし、あとは年収と学歴と身長があれば何もいらない。いえ違うんですだってしょうがないじゃない、「この人こそは素敵な人かもしれない」と信じて後から痛い目見るのはもう嫌なの……(ごく自然な被害者ムーブ)
と、いうわけで、なんかもうどっぷり浸かってしまいました。完全に彼の話術に引っ張られたっていうか、無理矢理引きずり込まれた感じです。わずか3,000文字で潜れる深さとは思えない、ぎゅうぎゅう押し潰しにくる水圧が気持ちのいい作品でした。
謎の念者
「ハッピーエンドとは」という命題について語るお話。小説というよりは評論のように見えますが、一方でハッピーエンドに対して持論を語る主人公の一人称小説ともいえましょう。
この主人公の問題提起についていえば割と言い尽くされてきたようなところがあるのですが、そうであるからこそ首肯してしまう部分があるのも事実。「恐怖とか不幸とか、そういう感情の疑似体験には、間違いなく面白さがある。自分の安全が保証されたフィクションだからこそ、不幸が楽しめるわけ。そして、不幸の想像力には際限がない。この世では考えられない壮絶は不幸を物語では体験できる」という部分は、ホラーやパニック映画などを好む人々にはよく理解できるのではと思われます(ジョーズとかまさにそうですよね)。
主人公は終始ハッピーエンドというものに対して斜に構えているのですが、一方ではまたハッピーエンドを享受する者であり、ある意味この主人公は自分の哲学に振り回されないあっけらかんとした享楽主義者といえましょう。そういった皮肉な構造を持ってくるところもまた、書き手の手腕を感じました。
81.ハピエン厨の異世界転生者~テンプレチートで全世界をハピエン!~/こやま ことり
謎のハピエン厨
すべてを救済したい勇者の物語。異世界転生のテンプレートが詰め込まれた序盤から、一体どのような終わり方を迎えるのだろうと思ったら、予想を遥かに越えたハッピーエンドが提示されて思わず悲鳴を上げました。この主人公、爽やかな口調でとんでもないことを言ってます。
世界を滅ぼしてはいるものの、主人公にとっての願いや目的がしっかり提示されているため、確かに彼目線ではハッピーエンドになっているという構造、説得力が恐ろしいです。むしろこのくらい派手にやってもらえたことに清々しさすら感じました。まさに、ハッピーエンドには様々な形があると示してくれた物語のように思えます。
タイトルや序盤の流れですっかり油断していましたが、そういった奇襲性や、前述しているハッピーエンドの意外性も含めて、面白いと感じましたし、楽しませていただきました。
謎の金閣寺
【全世界同時極楽往生RTA】
いかにもなゲーム調ファンタジーの世界に、いかにもな手段で異世界転生した人が、いかにもな感じでメキメキ実力を身につけていく、のだけれど……? というお話。
異世界ファンタジー、ではあるのですけど、でもそれ以上にというかなんというか、実はショートショートのような構造をした作品であるように思います。ある程度予定調和のようなものを前提とした形で始まり、きれいに捻って落とすところに面白味がある物語。つまりは上記の「のだけれど……?」の部分が肝で、ここにどれだけの意外性や諧謔味を持たせられるかがそのまま物語の面白みに直結していると思うのですけれど、まあ見事にやられました。まさかの。いや本当に凄まじいのがきました。
というわけでこの先はどうあがいてもネタバレになりますのでご容赦ください。
実はこれ見た目よりはるかに深いお話というか、まったく異なる二種類の教養を必要とする作品であるように思います。ひとつは『物語のテンプレートとしての異世界転生もの』の知識。そしてもうひとつはおそらく仏教の知識です。実はその、自分はこのどちらも中途半端にしか知らなかったりするので、作者がこの物語に仕掛けた面白味をどこまで受け取れているか、ちょっと自信がない部分もあるのですけれど(すみません)。とりあえずそれでも最低限、物語がとんでもない捻りを見せたのはわかりました。前編のラスト、突然の「世界を滅ぼす」宣言。
まだこの時点だと急に悪堕ちしたようにも見えるのですが、さにあらず。幕間を読み終えると理解できるのですけれど、どうやら最初からそのつもりだったらしいということ。ここの機序というか動機というか、彼の考え方を形作るきっかけみたいなのが面白いです。
たぶんこの救済というのは弥勒菩薩(あるいはそれをモデルにした何か。神だし)のことだと思うのですが、まさかタイトルの「ハピエン」がそこにつながっていくの!? という衝撃。なるほどいくらハッピーエンドが約束されていると言っても、それが六十億年後じゃ遅すぎるわけで、結果生まれたのが〝ハピエン厨〟であるところのこの主人公。死を救済としているのはもうこの際仕方ないとして、六十億年というのがしっかり効いたか、こだわりがその達成スピードにあるところ。おかげで彼が転生するたびに繰り返される、世界滅亡RTA。なんてこった。これ実質魔王よりよっぽどヤバいブツがあちこちの世界をハシゴしまくっているのでは? お願い弥勒パイセン早く来て!
強烈でした。特に結び付近、彼のめっちゃ満足げな様子とかもう大変なことになっています。この落差と、そこに漂う皮肉な感じ。ブラックな結末が綺麗にショートショートしているというか、鋭く効いているお話でした。いつか彼に転生から解脱できる日の訪れんことを。
謎の念者
「何色」のこやまことりさんの二作目。ハピエン厨の異世界転生者がチートを用いて世界をハッピーエンドに導くお話です。
タイトルや紹介文からして「何というかハイテンションすぎて逆に不穏だ」なんて思ったのですが、
まるで異世界転生モノを戯画化したような文章で、先が気になってするすると読めてしまいました。一話の最後一行で一気にズドンと落としにくるのも流石です。この一文が入ることによって読む前に何となく感じていた予想が的中しそうに感じてしまうんですよね。そしてやはり、「案の定」でした。
「世界救済RTA」って言葉がなかなかに凶悪ですよね。救済に慣れてしまって以降の彼がゲーム感覚で救済を行うようになっているというのがこの単語に表れています。救済対象にとってはゲーム感覚で滅ぼされてはたまったものではありませんが、現世否定的な思想の持ち主にはそれが善行なのだからどうにもしようがないというところに恐ろしさがあります。
このお話は仏教の要素が組み込まれているのですが、仏教には四苦という概念があり、生老病死は全て人間を苦しめるものだとされてきたんですよね(この辺は日本の中世文化にも受け継がれている概念ですよね。憂世とか)。仏教にそれほど詳しいわけではありませんが、仏教思想が下地になっていることは読み取れました。
現世否定とハッピーエンドを織り交ぜた、読んでいて面白い小説でした。
謎のハピエン厨
妖精の家で暮らす少年の物語。「おそろしいもの」を感じさせる描写が非常に上手だと感じました。突然猫が喋り出すシーン、牛乳が急に消えるシーンでは思わず「ひっ」と叫びそうになりました。
人間の発展のために燃やされる妖精、というモチーフが印象的でしたし、ナニーのキャラクターが非常に魅力的でした。良き保護者から悪役に転じるシーンでは、背景にある「かつて妖精だったもの」たちの描写を差し込むことで、彼女の恐ろしさがしっかりと演出されています。またラズモアを誘惑する言葉も非常に魅力的でよかったです。
また最後の一文も、ラズモアが目指す未来からハッピーエンドを思わせましたし、文章としてとても美しく、素晴らしいと感じました。
妖精という存在、そして人間との関係性について考えさせられるお話で、とても面白いと感じました。
謎の金閣寺
【大人になるための最後の童話】
身寄りのない子供たちの生活する場所、〝妖精の家〟の一員であるラズモアの、不思議な出会いと冒険の物語。
童話です。あるいは童話の世界を描いたファンタジー。何かに守られた子供の世界を抜けて、自分の足で歩くようになる少年の物語。実質的にはいわゆるビルドゥングスロマンというか、少なくとも個人的にはそのように読みました。童話の世界を抜け出すための最後の童話。
まずもってこの『童話』がすごいというか、本当に童話してるところが素敵でした。子供だけを集めた『妖精の家』という舞台と、視点保持者であるラズモアの、素直で純粋ながらもやはり幼い主観。甘く優しくコーティングされた世界はまさに童話そのもので、その居心地の良さにすっかり騙されてしまった……なんて言ったら人聞きが悪いのですが、でも感覚としてはそれに近い。いやそもそも冒頭から不穏なので騙されるはずがないのですけれど(あの夢が先の展開をちゃんと予告してるので)、にもかかわらずすっかり絡めとられてしまった、この感覚が絶妙でした。前提となる部分の説得力。
キャラクターが好きです。彼らの持っている個性やキャラクター性が、その物語上の役割とガッチリ噛み合っているところ。特に中盤を過ぎてから、ケットシーとナニーの両者に共通して言えると思うのですけれど、その自然でありながら生々しいところというか、こちらの心に傷を残しにくるような不思議な妖しさがもう! 「絶対に後戻りできない」とわかる恐ろしさがあるのに、それでも惹かれてしまうこと。これはラズモアの目から見ているが故のことではあるのですけれど、しかし同時に(というか逆説)これだけラズモアに感情移入させている、そのこと自体がもうとんでもない話です。読んでいてずっとソワソワした不安を感じる。
あとはもう何というか、ただ脱帽したとしか言えないのがやっぱり主題(テーマ性)の部分。大人になること。『間違う』ことの意味。いやもう本当にこれ大好物っていうか、心のド真ん中をぶち抜かれたという個人的な趣味の問題もあるのですけれど、でもそれを差し引いてもやっぱりすごい。
単純に、主題そのものやそれを示す語の扱い方。ここまでストレートに、しかもはっきり明言する形で、物語の主題を打ち出してきているのに、それが自然にまとまっていること。普通ここまで剥き出しにしたら説教くさかったり押し付けがましくなったりしそうなところ、スラッと綺麗に歩き通しているんです。むしろそこが気持ちいいくらいというか、実際ゾクゾクきてました。だってほら、「君も間違えようよ」なんて言われたらもう……ここで完全に惚れたというか落ちたというか、ケットシーさん大好きです。
あとこれ言うかどうかすごい悩んだんですけど、ナニーさんも。彼女の言う「大人になる」の意味。このお話、この場面、この前提でそれが出てくることの、このどうにも言いようのない鮮烈な邪悪さ! やばい好き。ここの彼女に感じるこの「嫌い」が大好き。
悶えました。いや悶えたって表現はどうなのか。総じてものすごく優しく柔らかい物語で、なのにその中にゾクゾク痺れるみたいな不穏さを孕んだ、なんだか甘い毒のような作品でした。善いものとそうでないものが表裏一体になっている感じが最高に好き!
謎の念者
身寄りのない子供たちが集められた、通称「妖精の家」で暮らす少年のお話。
元々妖精は堕天使であり、文明の発展によって信仰を失い矮小化して妖精と呼ばれる存在になったという設定が面白いです。「妖怪とは零落した神様である」に近いものを感じました。科学が発達するにつれて消えていく迷信の哀愁のようなものを感じます。後半に明らかにされる真相とその解決はまさに鬼気迫るといった描き出しで、恐ろしさを感じさせるとともに手に汗握るような展開でした。
信仰と科学であったり、文明と自然の対立を織り込みながら、その犠牲になりゆくものたちとの関係性が見直されることが予期される、良いハッピーエンドでした。
あと猫耳の人外ショタいいっすね~尻尾を揺らすところとか最高っすよ(欲望が漏れる)
謎のハピエン厨
ロビンソンという謎の人物を巡る不思議な物語。実在の気配を感じさせつつ、最後まで登場しないロビンソンという人物が幻想的です。彼の正体が最後まで明かされることはありませんが、かといって不気味なわけではなく、むしろ「なにかを超越した暖かな存在」として感じさせる描き方が非常に印象的でした。合唱コンクールに起こった不思議な出来事、そしてクラスの感じた一体感も非常に読みごたえのあるところだと感じました。
流れるような文章が美しく、非常に読みやすいお話で、不思議な読後感を味わう事ができました。面白かったです。
謎の金閣寺
【姿なき旅人を示す特別な名前】
合唱コンクールを控えたとある学級と、その教室内、一番奥の不思議な空席のお話。
すごい話です。いやこれ、本当、すごかった……何か言わずにはおれないのに、何も言える気がしないのが本当に困ります。単純にあらすじを要約することすら難しいというか、そうしたところで大事なところが全部ポロポロこぼれ落ちていきそうな感覚。この作品の魅力はきっと作品本文でしか書き著しようがないし、またそれを読むことで受け取った何かを、別の言葉で説明するのも難しいです。個人的な感想としては、文学作品のようだと感じました。この作品から感じたもの、面白みや情動の揺さぶられ方の種類は、その分類以外には仕分けようがありません。
とあるクラスの全員が見た、ある種の集団幻覚のお話です。特にその中のひとり、不幸にも指揮者役を押し付けられそうになった少年が主人公、とも言えるのですけれど、でも同時にクラス全体のお話でもあります。これがなかなか絶妙というか巧妙で、基本的にこの『ロビンソン』、その存在自体はクラスの全員が共有しているのですけれど、でもそれが「各自どういうものとして認識しているか」までは書かれていないんですね。中盤で描かれるロビンソンについての詳細、彼が旅人であることや、その名前の持つ特別性は、でもあくまで『少年』個人の中にある祈りでしかない。
であるにもかかわらず、という、この「かかわらず」がこのお話の核というか、そこで粉々にされました。最後の最後、歌い出しがぴったり合うところ。
手の届くはずのない夢や願望が現実になったかのような、それを自らの手で成した実感を覚えるかのような、いやそれよりなによりそれによって、本来主人公の少年には(あるいはクラス全員でかかっても)打ち倒せるはずのない何かを乗り越えたかのような。事実、歌い終えたあとには「会場は」「誰もが」とあって、この瞬間クラスメイトたちの中にしかいられないはずのロビンソンが、その壁をこえて現実に穴を穿っているわけです。このカタルシス、なによりそれが「旅人の送ってくれた土産である」という、主人公のその解釈の心地よさといったら!
圧倒されました。されましたけどこう、なんというか、やっぱりこうして感想にしてみるとどうしても違う。全然伝え切れていないというか、上記の感想ではまだ表層をなぞった程度という自覚があって、つまりもっと物事の理解や認識の深い部分に食い込んできたような実感があります。とても伝え切れない。というか、言語化が非常に難しい。自分の不甲斐なさをただ恥じるばかりです。
とまれ、というか、なので、本当にすごい作品でした。ロビンソンという語(名)ひとつに重ねた憧憬の繊細さに、展開してゆく物語の美しさ。幻という形をした紛れもない青春。とても語り尽くせるものではない、ただ「読んでね!」としか言えなくなってしまう作品でした。面白かったです。結びの一行の画が大好き。
謎の念者
姿を見せない正体不明のクラスメイト、ロビンソンのお話。
不思議な、かつ優しいお話でした。このロビンソンなる存在の正体は最後まで明かされないのですが、しかし何かしらの不思議な力が働いて、その少し前まで不穏な空気さえあったクラスに幸福をもたらした、という物語です。
実際、ロビンソンというものの正体が何であったかはわかりません。そもそも実態の伴わない空想上の存在ととらえた方がよいのかも知れないと思うぐらい、掴みどころのない存在として描かれています。ただ、多分ロビンソンの正体そのものはこのお話を読むそこまで大きな重要性を持たないのでは、とも思ってしまいます。重要なのはこのロビンソンなるものがもたらした結果の方である……そう考えました。
謎のハピエン厨
書き出しのインパクトに定評のある和田島さん。今回は少年と青年の関係を描きつつ、宿舎を焼き討ちにする物語を描いていただきました。なにを言ってるんだ? と思われるかもしれませんが本当にそういうお話なんです信じてください。
毎回、和田島さんの描くお話では冒頭からすごい文章が飛び出してくるのですが、今回もその驚異的なキャッチ力は健在でした。ヤベー奴が出てくるぞ、という期待を募らせるような素敵な書き出し。
二人の関係性が逆転する場面では、それまで強気だったカナタが押し倒される光景に昂るものを感じました。ぼくはBLに対する見地がないのですが、それでも強い引力を感じました。感情と関係性の変化を描く演出の仕方がいい意味でエグいです。
ラストで明かされた事実も、カナタの癇癪に対する救いのようなものが窺えていいな、と感じました。
冒頭で強く興味を惹く書き出しと、濃いキャラクターの織りなす物語だと思いました。非常に読みごたえがあって面白かったです。
謎の金閣寺
何って……藤ィ・原ン(敬称略)さんと神なたさんがいちゃいちゃするお話を書いただけだが?(すみませんでした)
謎のハピエン厨
あっ、そういうことだったの!? (今さら名前の意味に気が付いて爆笑してる)
謎の念者
どうしよう……すげぇもの見ちまっただ……
まず、紹介文の「【登場人物】天使みたいな顔の生意気な美少年」のところで自分の中の何かがアップを始めました。始まったのは虐げられる長髪イケメンの新人教師とその案内役を務める美少年の関係、そして放火……この作品をどう形容したらよいのかわかりませんが、「怪作」という言葉が相応しかったです。こんなエロティックなものをお出しされたらもう……私は……
この美少年の独白によってストーリーを追っていく一人称小説なのですが、一人称の強みを活かして綿密な心情描写が描かれています。この書き込みがまた物語の耽美性を強めているように見えます。彼の心情の変化に引っ張っていかれるように、読む側の心もまるで深淵の底へ誘われるような……ちょっと月並みな表現かも知れませんが、そのようなものを味わいました。
ボーイズラブ的な描写はどちらかといえばソフトで婉曲的な方なのですが、それでも匂い立つエロスは隠しようがない、強い耽美性で身を焼き尽くされるような話でした。強気で生意気な子が抱かれる側になるのエロい。
謎のハピエン厨
アリスの冒険を描いた物語。作中でも四度目、と言われていることから不思議の国や鏡の国を終えたあとの物語なのかな、と思ったりしました。うさぎさんが可愛い!
ライトな書き口であることや、スムーズに展開が進んでいくことも相まって非常に読みやすかったです。幻想的な世界で頑張る、アリスの心情なんかもセリフから読み取れるようで、まさに冒険という感じが楽しめました。ぼくはアリスの不思議や国や鏡の国といった作品を読んだことが無いのですが、知っている人にとってはさらに楽しめる作品なのではないかなと思いました。
謎の金閣寺
【少女の冒険はいつだってウサギの穴から始まる】
白ウサギに招かれ、突然訪れた『トビラの国』で、不思議な冒険に繰り出す『アリス』のお話。
ファンタジーです。転生もの、と言っては語弊しかないのですけれど、でもおそらくはごく普通の少女が、急に異世界へといざなわれるところから始まる物語。タイトルからも明らかな通り、『不思議の国のアリス』をモチーフとしているようで、白ウサギに帽子屋、ハートの女王など、登場人物も共通しています。
ふわふわと優しく、どこまでも柔らかい世界がとても魅力的でした。なんだか童話か児童書のような雰囲気。上記の通り本作は「冒険」の物語で、危険を顧みず問題解決に挑む展開もあるのですけれど、それでもなお優しく暖かな世界。負担になるようなネガティブなものが一切なくて、なんだか可愛らしい不思議生物たちがわちゃわちゃやっているような、そんな空気に癒されます。
冒険というか、そこに至るまでの展開も含めて、主人公の心境の変遷も素敵でした。序盤はまったく状況が理解できず、ただ目の前の出来事に流されるばかりで、しかもそれらに対してどうしても消極的だった主人公。森を探検する段ではまだ不安の方が大きかったのが、しかし終盤、状況を解決できるのが自分以外にいないと知ると、勇気を持って自らそれに挑もうとする。まさに冒険のお話であり、だからこそのその後の幸せなパーティ、そのハッピーエンド感が浮き立つかのようでした。
不思議の国のアリスになぞらえた世界での、ひとりの少女の小さな冒険。夢の中のような雰囲気を優しい手触りで描いた、ふわふわした心地よさの漂う物語でした。
謎の念者
不思議の国のアリスをもとにした冒険譚。
元ネタが元ネタだけあって子ども向け童話ファンタジーな雰囲気のあるお話です。多めの会話文によって物語が牽引されていきます。
簡潔でさっぱりしていて読みやすく、それに加えて童話ファンタジーに見られるような柔らかい雰囲気がよく作り込まれていて、舞台と描写が上手くマッチしているように感じられました。不思議の国のアリスが元ネタでありながらア〇ジンの魔法のじゅうたんが出てきてちょっと笑いました。こういう読む側の息抜きになるようなくすっとしちゃうネタ好きです。
優しく、羽毛のように柔らかい雰囲気を持った良作童話ファンタジーでした。
謎のハピエン厨
女性同士の関係を描いた物語。大人で、後ろめたくて、どこか痛々しさを感じる二人のやり取りが痛烈な印象をもたらしました。
璃沙さんは恐らく失恋のために、綾という存在を受け入れることが難しかったのでしょうし、綾さんも捨てられたくないという縋るような思いで璃沙さんに迫っていたのでしょう。一緒に暮らせるくらいには仲がいいのに、関係を変えるための一歩を踏み出そうとした時に限ってすれ違ってしまう。作中でも登場する「好きってなんだと思う?」という問いの奥深さを前に、途方に暮れてしまいした。
人間関係の難しさ、複雑さ、過去、過去から形成される気持ち、それらが渾然一体として一つの物語に溶け込んでいる。こういった形容しがたいものを描くという手腕が非常に優れていると感じました。
最後まで読み終えて、それでも二人は少しずつ変わっていけるだろうと思いました。ハッピーエンドというお題の複雑さ、難解さ、その清濁を併せ呑むようなお話で、非常に見ごたえがありました。
謎の金閣寺
【埋め合うことのできない空白を抱えたまま、それでも寄り添うふたりの日々】
それぞれに事情を抱えたふたりの女性が、ある日偶然バーで出会い、そして共に暮らすようになるお話。
百合です。それも「社会人」というタグの通り、しっとりした手触りの大人の百合。個人的に百合というと、最初に思い浮かぶのがどうしても思春期年代のそれになってしまうのですけれど、でも本作のそれは大人と大人の関係性を描いており、そこが最大の特色にして最高の魅力です。社会人(成人)の女性同士でなければ成立しない、決して描くことのできない物語。これが果たされている時点でもう勝ったようなものというか、物語の依って立つ土台がしっかりくっきりしている作品というのは、それだけで強い力を持っているように感じます。
さて、具体的に何がどう大人なのか、その辺りは非常に説明が難しく、またかなり個人的な感覚・感想に沿ってしまうことをご容赦ください。実はこの「大人」という語、自分で勝手に持ち出しておきながら全然しっくり来ていないところがあって、成人年代すなわち年齢的な意味では間違いなく大人と言えるのですけれど、ややこしいのはこの語に「精神的な成熟」といったような意味が含まれてしまう点。
彼女らの惑いや迷い、またその元となる欠落や傷のようなものは、確かに大人のそれ——すなわち中高生年代のそれとは絶対に違う種類と深さを持っているのですけれど、でもそれを抱えたままもがく姿を見てきた(読んできた)身としては、それを大人という語で括ってしまうのに抵抗がある。別に子供と言いたいわけではないんです。それにきっと、大人になれないってわけでもない。でもだからといって大人っていうのは乱暴というか、彼女たちに失礼な気さえする。例えば成熟とか諦めとか折り合いをつけるだとか、そういうもの——大人というイメージに内包されるもの——をもう少しでも持つことができたなら、彼女たちはこうまで苦しまずに済んだような気がしてしまうのです。
いや、勝手に自分で出してきた語でこんなこと言うのはおかしいのですけれど(言いがかりもいいところ)、でも物語の中身というかありようというか、それを説明するのにちょうどいいと思ったので。そういうお話。だたの甘い恋や愛だけでは終われない、自分の足で立って生きていかなきゃいけない人たちのお話。どうしてもいびつな、そう都合よく噛み合ってはくれないふたりの、それでも互いに寄り添い立とうとする姿勢を描いた物語。
いや本当、感想としてめちゃくちゃ曖昧だというのは自分でも分かるのですけれど、でも他に言いようがありません。言いようのない、ギリギリですれすれの狭間にこそ浮かび上がる〝何か〟をぴったり捉えてみせた、替えの効かない物語だと思います。静かで深くて脆くも強い、とてもとても素敵な作品でした。
謎の念者
恋愛がらみの複雑な事情を抱えた女性二人のお話。見ず知らずであった女性二人の仲が進展していくさまを描いた百合物語ですね。
心情描写の書き込みが克明で、この部分がまず目を引くところです。傷を負った人間の精神を上手く描き出しているのですが、これによって二人の人間の間に紡がれる関係性に厚みが生まれています。百合という二人の関係性ありきな作品を書く手腕が遺憾なく発揮されているのが見えます。
また、言語センスにも抜きんでたものがあって、「静かで、これからその首に剣が降るのではないかと思わせた。その剣は同時に璃沙の首も落とすのだろう」という比喩表現が面白いと思いました。切迫した心境が上手く喩えられていると感じます。
この手のアダルティな百合作品にみられるような粘質で低温多湿な雰囲気を持ちながら、しかし希望を見せるような終わり方にもなっている良い百合でした。
謎のハピエン厨
戸嶋の登場シーンが好きです。彼の悪役っぷりを裏付けるような描写がとても丁寧で、かつ迫力がありました。思わず「うっ」と唸ってしまうような邪悪さとでもいうのか、非常にリアリティがあり、雰囲気に呑まれてしまう自分がいました。
お話も邪悪な人間の企みが成功してどうなることか、と思っていたのですが、最後の展開では思わず笑ってしまいました。まさかあんなリアルな筆致から、ジェットコースターのようなオチが待っているとは想像出来なかった……。確かに少年からすると、このまま生きてドロドロの生活を送ったり、後遺症に苛まれるよりはよほどいい終わり方のようにも思えます。あれだけ策略を練っていた邪悪な人達の企みも水泡に帰した、と考えるといい気味だと思えます。
新しい世界で果たして日本円が使えるのか分かりませんが、そのあたりのドタバタも含めて続きを想像してしまうような作品でした。意外性があり、面白かったです。
謎の金閣寺
【〝少年〟、そして〝暴走トラック〟といえば……?】
まったくぴったりタイトル通り、とある少年に暴走トラックが突っ込む顛末のお話。
ショートショート、というか小ネタというか、一撃の切れ味鋭い小品です。ただ困ったことに感想をどう書けばいいのか難しいというか、いいところや好きなところに触れようとすると、どう頑張ってもネタバレは避けられない。加えて、絶対に予備知識なしで読んだほうが面白い作品だというのもあって、もし未読の状態でこの文章を読んでいる人がいたら、今すぐ作品本編に向かってください。
以下はネタバレになります。
タグにある「脱力系」、まさにこの語の通りの作品です。最後の最後、結末までたどり着いた瞬間のこの落差。一見腰砕けのオチのように見えて、でもこれが結構すごいというか、腰砕けなのに爽快感があるんです。いわゆる勧善懲悪、スカッと胸のすく心地よさ。仮にただの脱力系の小ネタで終わっていたとしたら、まず物足りなく感じていたであろうところ、でもこの要素のおかげでしっかり物語している(正しくは因果が逆というか、ちゃんと物語しているので心地よい)。
加えてもう一点、この大オチのとんでもないところは、実質最初から丸見えだったところです。ある種の出オチ。タイトルの時点で見えていたはずのものが、でも完璧に迷彩されていたと、そう気づいた瞬間のこの「やられた」感。お見事というか気持ちいいというか、最初に言った「切れ味鋭い」とは本当に文字通りの意味で、もうスッパーンと首を落とされたような気分。
というわけで最後のオチ、そのワンアイデアがとにかく強い作品なのですが、でもそこに至るまでのドラマが地味にいい仕事してます。うまい、というか堅実というか、普通にシリアスなサスペンス(?)をやっていて、普通にのめり込んでしまう。いやここでの強い緊張があってこそ、最後の「脱力」にカタルシスが生まれるのですけれど。総じて見た目ほど単純じゃない、というか読んでいるときの印象以上に仕事が細やかな、でもその辺一切気にせず読める見事な作品でした。上品な感じ。
謎の念者
登校中の少年を轢いてしまうトラック運転手の男性。しかしその事故の裏側には陰謀が渦巻いていた……というようなお話。
短いお話ながら、事件の裏側に渦巻く裏社会の陰謀とその犠牲になる小さな存在、巻き込まれる一般市民の懊悩といった要素が詰め込まれていて読みごたえがあります。こうした地に足の着いた陰謀劇から、まさかあのラストに結びつくとは思っていませんでした。こりゃ一本取られました。
どんでん返し(と言いつつも最初の部分で何らかが示唆されており伏線となっている)のラストは、とあるジャンルにおいてテンプレと呼ばれる展開を戯画化しもじったような展開で、くすっと笑ってしまいました。
謎のハピエン厨
辰井さんの二作目は、とある宮廷魔術師と召使の物語。まず文章力が非常に高くて圧倒されました。「読ませて」「想像させて」「思わせる」文章というのは、言葉にすれば簡単ですが生み出すのは非常に難しいことです。本作においてはそのどれもが突出していると感じました。
お話の方も「美と滅び」について密接に絡み合っており非常に読みごたえがありました。召使の傷口を舐めるシャアバーニのなんと耽美なことか。ぼく自信BLに対する素養はありませんが、それでも召使の感じた幸福についてはひしひしと伝わってくるようでした。
国という最も強大で、美しいものが滅ぶ予感を、二人はどれほどの高揚感をもって受け入れていたのでしょう。ぼくの脳裏では、恍惚の表情を浮かべる二人の姿がくっきりと浮かび上がってきました。まさに、二人にとってのハッピーエンドを「思わせる」「想像させる」力が強いお話だったと言えるでしょう。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【美貌の裏に潜む魔に対する、もはや止めようのない陶酔と依存】
美貌の宮廷魔術師イスマイール・シャアバーニと、その元に愛玩目的で召された少年アルタン・トスカの物語。
ボーイズラブです。実際、タグにも「微BL」と——んん? 〝微〟……? いやどういう意味の「微」かはなんとなくわかるのですけれど、でも個人的にはどう見ても〝ド〟の間違いでした。ドBL。大変おいしくいただきました。これは良いものだ……。
ちなみに先にこの「微」について述べるのであれば、たぶん『そんなにダイレクトな描写(もしくはそれを確定させる要素)はないよ』的な意味ではないかと思われます。なるほど「愛玩用」の意味だって〝そう〟と決まったわけではない。でも個人的には逆にというか、そっちの方がよっぽど濃艶というか、読者の側で〝そのつもり〟で見るなら無限にそれを見出せるように作ってあると思いますので、〝ド〟と思って臨んで問題ないものと思います。素晴らしい。
分量にしてわずか4,000文字弱の掌編なのですが、その中できっちりすべきことをやり切っているような印象。具体的にはキャラクターの仕上がりと、その威力を100%出し切るための空気づくりがすごい。例えば魔術師のイスマイールさん。台詞自体もそこまで多くなく、またそのどれもが普通の受け答えで、なのにその言葉や所作のひとつひとつに込もる色香の妖艶なこと! 本当、読んでて不思議なくらいというか、素直な実感としては「え? いま何された? なんでいま自分こんなにキュンキュン来てるん?」という感覚。何が起こった……見えないところから魂ごと持っていかれた感じです。平たくいうとこの男はやばい。「魅力がある」というか、魅力が侵食してくるような男。やっばい。
もちろんそれに一役買っているというか、むしろ全役持って行っているのが主人公(視点保持者)のアルタンくんなんですけど。きっとこの子相手でないと見せてくれなかった一面。またアルタン君自身の魅力もあります。主人を一心に慕う忠誠心……というよりは雛鳥の盲信にも似た陶酔と、そして剥き出しの幼さ。自然に寵愛を受けることができる幼子の特権に、でも主人を慕う姿の不器用さが同居するさま。軽くつついただけでも割れてしまいそうな〝少年〟の美。加えて本文が彼の独白なのもいいというか、彼の内面がダイレクトに伝わるのみならず、このおかげで話が早くコンパクトに纏まっている。
というわけで、もう本当に言うことがないというか、普通にただただ楽しんだのですが、何より素晴らしかったのはやはりこの物語の主軸、イスマイールさんの好きなものです。それを知るための物語であり、それがどうなるか——いえそれにより引き起こされた結末ではないのですけれど、でも結末と結びつくことで見える〝その先〟のようなもの。すごい。物語として一本通った筋が、もうただただ美しい。美しさの中にうっすら感じていた何らかの〝魔〟が、じわりと現実に溶け出す感覚というか……いやもうダメですこんな風に語っていたらきりがない。というか読んだ方が早い。とにかくただただ妖しく美しい、静けさの中に歪みを孕むような耽美小説でした。イスマイールさん大好き。
謎の念者
宮廷魔術師イスマイール・シャアバーニに仕える少年のお話。
まず目を引くのが宮廷魔術師イスマイール・シャアバーニにまつわる描写の美しさ。彼が如何に美しいか、ということが語り手の少年の目をレンズとして鮮やかに描写されています。文章力の高さがはっきりと見て取れます。
この宮廷魔術師の性癖と、「あの馬鹿どもは私のことを道化師だとでも思っているんだ。けれど許してあげる。愚かさが美を生むこともあるからね」というセリフ、そして隣国との戦争のことを思うと、実は彼はこうなることを予期して敢えて仕官していたのか、それとも内側から弱体化させて国を破滅に導いていたのではと疑ってしまいます。どちらにせよ国家の滅亡を自身の欲求充足に使用するさまはねじ曲がっていると形容せざるを得ないのですが、そうした彼の歪な人格もまた、この小説の耽美性をより高めていると言えます。
また、語り手の少年自身も艶やかな魅力に満ちています。最初の一文において言及されている通り彼もまた麗しい容姿を持っており、加えて献身的な奉仕と主人に対する観察力、ふとした際に見える幼さは読んでいてどきどきしてしまいました。彼のような子が傍にいてくれたらな……。
この二人の関係性は、歴史上に少なくない例を見ることができる主従の男色関係(例えば中国の皇帝や貴人が美形の男子を色子として囲っていたような……)に似たようなものを感じます。と思ったらタグに微BLと書いてありましたね。微とある通り肉体関係の描写などは特にないのですが、それでもただならぬ関係性を幻視してしまうような、そんなところがあります。「そっとあの方の首筋に頬を寄せました」のところとか最高です。
ハッピーエンドというお題に接続してこのお話を考えてみると、国家の滅亡というのは明らかなバッドエンドですが、しかし宮廷魔術師にとってみるならば、この王国が戦火に巻かれて滅びゆくさまを見届けるのはまさしく最後に言及されている通り幸福であると言えましょう。
筆致を尽くして書かれた、素晴らしい耽美主義小説でした。こういう小説読むと思わずニヤリとしてしまいます。
謎のハピエン厨
恋に浮かれる少女の物語。これが文字通り「浮かれる」という意味で使われている時点でもう発想がすごいのですが、空中風景や回想が非常にリアルなため、突飛な発想も決して置いてけぼりになっていません。この物語の操舵力、技量が凄まじいなと思わされました。
それだけではなく、物語としての展開も非常に好きでした。とくに、友人のために落下していくシーンの焦燥感は凄まじく、読んでいて心臓が加速するような感触を覚えました。羽を毟り、血を流しながら一刻も早く。そうして友人の元へ向かおうとする心情、光景は素晴らしく見ごたえがありました。
一読者としていい意味で振り回されながら見届けた最後の一文も、物語を象徴するかのような、そしてハッピーエンドというお題を見事に回収される素晴らしいものでした。読後感がすごい。すごいものを読んでしまった。とても面白かったです。個人的に五億点です……!!
謎の金閣寺
【空想のような景色だからこそ浮き彫りにされる恋の実体】
天高く恋に浮かれる『私』と、はるか奈落の恋に落ちる『友人』の、恋のお話。
タイトルの通り恋のお話です。ジャンルは「現代ファンタジー」となっており、確かに間違いではないのですけれど、でもそう聞いてパッと思い浮かぶであろうものとはだいぶ手触りが違う作品。おそらくはタグの「言葉遊び」というのが発想の起点となっているというか、ある種の比喩的な心象風景の描写みたいなものが、そのまま物理法則として成り立ってしまう世界の物語です。
圧巻でした。それ以外に言葉が浮かんでこない……まずもって冒頭二行の言い切りがすでに強い。恋に浮かれるものと落ちるもの。さらにそこから意味段落全体(というか『だから私は〜〜』の行まで)を読めば、もうだいたい世界に取り込まれてしまう。この説得力。言葉遊びの巧みさや発想の美しさもあるのですけれど、単純に文章力がすごいんですよね。言い回しの妙に独特の節回し。一文一文に小さなフックがあって、ただ読んでいるだけでいちいち楽しくなってしまう文章。それが内容としっかり噛み合って(あるいはこの内容だからこの文章なのか)、引きつけられるみたいにグイグイ読まされてしまいました。なにこれすごい。
心象風景が物理法則を上書きするような、ある種不思議な世界を描き出しているのですけれど、でも書かれているもの/こと/人は、あくまで現実そのものであるところがとても好き。主人公である『私』やその『友人』は、別にわたしたちと全然違う世界に住む何者かではなく、むしろ常識や価値観をそのまま共有できる存在なんです。最初に言った「だいぶ手触りが」というのはこのことで、単純に現象だけ見ればファンタジーなのですけれど、でも読んで受け取ることのできる実感や味わいは完全に現代ドラマのそれ。この時点でもうだいぶやばいことになっているというか、これを成立させてしまっている時点でもう勝ちだと思います。こんなの面白くないわけがない。
内容、というかお話の筋というか、書かれているもの自体も最高でした。恋の話。ここまで主人公の主観に沿った形で描かれているのに、その熱情や感傷の上にしか成り立たないものであるのに、くっきり疑いようもない形で恋そのものを切り出している。
急におかしなことを言うというかこの先は完全な持論なんですけど、恋というのは元来その当事者にしか知覚できないもので、故に他者が(読者という立場であれ)それを物語を通じて実感するには、どうしても〝その人の恋〟という形にならざるを得ない部分があると思うのです。〝恋をしている誰か〟を通じて想像するもの。が、しかしこの作品は全然そんな感じがしないというか、なんだか手を伸ばせば掴めそうな形で『普遍的な恋そのもの』を描き出しているような感覚。いや自分でもなに言ってるかわからなくなってきたんですけど、でもこれ形が見えません? 単に『私』や『友人』への共感(同化)のさせ方がうまいってだけではない気がするんですよね。
満喫しました。最後のハッピーエンドなんかもう言葉が出ないくらい。本当にタイトル通り、まさに恋そのもののを目の前に削り出してみせた、心はずむ冒険のドラマでした。面白かったです。
謎の念者
タイトル通り、女の子の恋のお話。
この作品について何か言うならばまず外せないと思ったのが、文章力の高さですね。言葉を紡ぐのが非常に上手い。この一言に尽きます。
物理的な上下、というか「浮く」「落ちる」という言葉と概念的、比喩的な「浮かれる」「落ちる」を接続したある種の言葉遊びが面白いです。そこ以外にも粋な比喩表現があって、なるほど言葉の操り方の上手さを感じます。
それに加えて心情描写も卓越していて、友人とのシーンは切迫した心情を見事に表現し切っていました。「もっと速く、速く、速く!」の反復の使い方が特に好きです。最後の一文では「ああーそう来たかぁ」なんて無邪気に関心してしまいましたね。
技巧を凝らしつつ、恋に浮かれる者と恋に落ちるものを描き切った、素敵なお話でした。
謎のハピエン厨
女の子同士の日常の戦いを描いた物語。くりすの気持ちにとても感情移入しながら読めました。いつも誰かに勝てないという悔しさ、よく分かります。
しかし、くりすは拗ねるわけでもなく、諦めるわけでもなく、卑怯な手段に出るでもなく、あくまで自分の実力で勝つために努力を続けていきます。その姿がとても眩しくて、また常に親友が見守ってくれていたところにも、優しさを感じました。
二人の関係が変化していく様子にも見入ってしまいましたし、最後の一文も非常に良かったです。
体のこともあるのでこれまで通り、とはいかないかもしれませんが、きっと二人はこれからも良い友人であり続けるのだろうと思いました。非常に真っすぐで、眩しいお話を読ませていただきました。読後感が素敵で、とても良かったです。
謎の金閣寺
【はじめてのれっとうかん】
成績やコンクールの結果を競い合うふたりの小学生、くりすさんとのえるさんの学校での日々のお話。
百合です。あるいは、少女ふたりの友情と成長を描いた物語。なにより特徴的、というか読み始めてすぐに注意を引かれるのは、やはり主人公をはじめとした登場人物たちの年齢。小学生。おそらくは高学年かと思われますが、とにかく完全に子供の物語であるところです。
小学校、すなわち子供だけの社会を舞台に、完全に子供の視点のみを通じて描き出された世界。ついつい牧歌的な風景を投影しがちなその光景の中、でも描かれているのは主人公・くりすさんの等身大の葛藤です。そもそもにしてタイトルからしてもう「きらいなあの子」で、つまりお話の筋そのものは結構シビアというか、ゴリゴリのシリアスな人間ドラマです。少なくとも第三者的立場の大人が勝手に見出したがるような、呑気な「きゃっきゃうふふ」みたいな何かはほとんどない、その姿勢に頼もしさのようなものを感じました。彼女たちにとってもまた読者にとっても、これは決して都合のいい世界ではないのだということ。
物語の核、と言いますか、書かれているものは非常にシンプルで、これは劣等感と嫉妬のお話です。きっと誰にでも、それこそ大人にもある(というか大人にこそ合う)醜い感情。まだ確立したばかりの小さな自我に、おそらくは初めて芽生えたであろうそれを、でも必死で乗りこなそうとする主人公の姿。立派というかなんというか、普通に舌を撒きました。えっこの子わたしより大人なのでは……? いや本当にすごい子だと思うのですけれど、でもそれだけに本当にやりきれない。
だってこのお話、誰も悪いことはしていないんです。嫉妬心をうまく制御する主人公含め、劣等感の対象である天才少女のえるさんも、また他のクラスメイトたちも。どこにも、本当に誰ひとり、悪い奴どころか間違った子すらいないのに、でも彼女の大事な日常が崩れていく。当たり前に持っていたものをひとつひとつ、剥がされるみたいにして全部奪われていって、その痛みとハラハラ感が身に迫るかのようでした。不穏さ、というか、いつか主人公が爆発してしまうんじゃないかという不安。
だからこそ辿り着いた中盤の山場、もう本当にほっとしました。焼却炉前、ふたりが直接交わした対話。どうしてもネタバレになってしまうんですけど、最後まで悪いことや嫌な方に傾かず、しっかり耐えて歩き通してくれた。劣等感を乗り越えた先の友情。いや友情なんて言葉では収まりきらないというか、このくりすとのえるだからこその、他に替えのきかない特別な感情。
素敵でした。いがみ合い、そして認め合うふたりの物語。子供の物語ながらも可愛らしいばかりではない、まっすぐな真剣さを感じる作品でした。最初の一行と最後の一行が好きです。
謎の念者
作文コンクールで後塵を拝したのをきっかけにクラスメイトを憎むようになる少女のお話。
タグにある通り百合です。紛れもない百合でした。「百合とは女同士の任意の関係性である」という定義論を以前目にしたことがありますが、まさにその通り、このお話は(重ねて言いますが)百合なのです。
自分が何か危害を加えられたわけではないのに、ただ自分より上回っているというだけで嫌悪感を覚えてしまう。大人でもそうした妬みやっかみはありますが、未成熟な子どもであるならなおのこと。そうしたある種理不尽な悪感情が積み上げられていく様子は、読む側に不穏な気持ちを抱かせてくれます。「この先どうなってしまうんだ」という気分にさせられて、そこがフックになるのですね。
そうして物語の大きなターニングポイントとなった、のえるの入院の話……そこからラストに至るまでの流れはこれでもかとカタルシスを感じさせられました。この、オセロの駒が一気に裏返っていくような感覚、悪感情が友情へと変容していくさまが、ハッピーエンドというテーマにもぴったりはまっていて、心が洗われるようでした。本当に、素晴らしい百合小説でした。
謎のハピエン厨
凄まじいお話でした。泣いています。泣きながら講評を書いています。
とある家族の物語。一家の大黒柱が意識不明となり、徐々に疲弊していく家庭の様子が深く心に突き刺さりました。お母さんも、子供の様子も見ていられません。
だからこそ部屋に留まる「意識」の決意や、守ろうとする気持ちが非常に映え、一読者としてとても応援したくなりました。また、彼の努力の結果で家庭が少しずつ修復される様子も、見ていてほっとしました。
このまま物語が終わるのもいいな、と思っていたところで見事にひっくり返されました。明かされた驚愕の事実。そして登場人物たちの優しさ。感情の洪水。ここの魅せ方や展開の持っていき方が素晴らしく、また説得力も伴っており完全にやられたなぁと思いました。最後の一文を見届けたあとの読後感にはもう言葉も忘れるほど綺麗なものでした。
文章力、構成、臨場感の出し方やオチの展開、全てにおいて非常にレベルの高い作品だと感じました。個人的に五億点です……!
謎の金閣寺
【その救済は誰が為のもの】
とあるアパートに暮らす幼い姉妹そとその母親、そしてその生活をただ見守るように漂う、曖昧な霊体である『私』のお話。
現代ファンタジー、より詳細には『超常要素を含む現代ドラマ』といった趣の作品です。とある一家を襲った抗いようのない不幸と、そこに起こった小さな奇跡を描いた物語。いろいろと素敵なところ、引きつけられたところはあるのですけれど、どうしても印象が強いのはやはり序盤から中盤にかけての展開、描かれる不幸の生々しい手触りです。煽り方の巧みさというか、グイグイ身に迫る感じ。
アパートにひとり、まだ幼い娘ふたりを抱えて生活する母親。収入を得るための仕事も家事育児もすべてひとりでこなさねばならず、娘の前では元気に振る舞うものの、しかし無理をしているのはもう言うまでもない——というのがこのお話の導入で、こうしてあらすじ的に要約しちゃうと全然わからないんですけど、この辺どん詰まり感が伝わりすぎてもう凄まじいことになっていました。
不幸や不運の書き方・積み重ね方はもとより、読者へと投げつけられるタイミングの適切さも。特に効いたのが第一話の最後の方、いよいよ明らかにされる(=ここまであからさまに伏せられていた)父親の事情で、ここでサラリと出される「すでに六ヶ月経過してる」ことの絶望感が本当に凶悪でした。これはしんどい……母親の心の折れる音がはっきり聞こえるかのようで、というか導入だけでこんなに効いていたらその先が大変というか、実際ズタボロにされました。こちら(読者)の感情の追い込み方がえげつない。
特に好きなのはその手触りというか、不幸のありようがリアルなこと。確かに悲劇的な状況ではあるのですけれど、でもこういう『つらい現実』はきっと、この世のあちこちに存在しているはずなんです。現実に、普通にありうる範囲の地獄。であればこそ我が身に置き換えやすいというか、転げ落ちていく様にどうしても『もし』を考えてしまうんです。
例えば「周囲に頼れる人がいれば」とか、「この子たちがもう少し大きければ」とか。あと一歩で踏みとどまれたかもしれない、その可能性が十分に想像できてしまうところ。絶妙でした。状況の組み上げ方のうまさもあるのでしょうけれど、おそらく『私』の存在も効いている、というか、この物語の内容を考えたらむしろそちらが主軸なのですけれど。
ただそこにあって状況を見つめているだけで、何も介入する力を持たない主人公。あと少しで守れたはずの何かが、めちゃくちゃに壊されていくのをただ黙って見ているしかないという、この構造というか何というか。もう本当に効きました。そしてこの溜めがあればこそ、後半の展開にのめり込める。いわゆる感情移入なのですけれど、でもよくよく考えてもみればこの『私』、わりと読者そのまんまでもあるんですよね。その場に存在しないし一切介入もできない、ただ見ているだけの曖昧な何か。それがその立場のままに物語に介入するというのは(ましてこちらからそれを望まされるというのは)、なかなかに面白い読書体験でした。
最後がハッピーエンドなのがよかったです。もっというなら終盤手前の時点で結構ハッピーで、そこからさらに積み重ねてくれる感じであることも。可能性としていろいろな結末を想定してみたとして、でもこの話ほどこの終わり方をしてくれて良かったと思えるものはない、とても心温まる物語でした。凄かったです!
謎の念者
父親がこん睡状態にある、とある家族のお話。悪徳新興宗教団体の毒牙から家族を守るために奮闘する霊体の努力の物語です。
すごくいいお話でした。いささかチープで月並みな表現に思われるかも知れませんが、「泣ける」お話でした。不幸な一家と、疲弊した母につけ込むように一家に迫る危機、それを眺めながら「自分はこの一家の父親だ」と自覚し家族を守ろうと決心する霊体……。悪くなる一方の状況を何とか打開しようと奮闘する霊体さんに、自然と応援の気持ちが湧いてきます。そうした不幸と危機、そして努力の描写を積み重ねてあるからこそ、無事に悪徳宗教を撃退したシーンに胸のすく思いを感じられます。
結末がまた衝撃的でした。衝撃的でありながら、しかし胸がじんわりと熱くなりました。最後の部分はなぜ霊体さんが一家を守ろうとしたのかの説明にもなっているのですが、そこがまたすごくよかったです。単なる不思議な話では終わらせない、強い説得力があります。
とにもかくにも、心がじんわりと温まる、非常に面白く読み応えある話でした。小説が上手いです。本当に。
謎のハピエン厨
ぼくのお友達である無名さんが描いてくれたのは、バーの常連さんと店員さんのお話。常連さんの所作や話し方から上品さが感じられて、非常にぼく好みな女性でした。クールでミステリアスなお姉さんはいいぞ。また描写からもバーの雰囲気が強く感じられて、冒頭からお話に没頭してしまいました。
映画の感想を通じて、少しだけ二人の距離が近づいていく。まるで本当にあった出来事のように感じられるその自然な描き方が、とても印象に残りました。常連さんの映画に対するスタンスもなんというか、非常に彼女らしいと思わせるもので、ますます魅力的な女性だと感じずにはいられませんでした。
バーという空間を緻密に描き、またそこで起こった交流についてもとても味わい深く楽しませていただきました。またこの常連さんが登場するお話が読みたいです。書いたら教えてください。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【観客がスクリーンの上に、そしてその先に望むもの】
映画好きの集まるバーの店内、スクリーンで上映される映画を観る常連の女性客と、彼女のことを気にする店員さんのお話。
タイトルは『short short』ですが、本作自体がいわゆるショートショート的な作品というわけではありません。少なくともよく見かける用法でのそれ、「不思議な要素のある捻りの効いた小話」といったような作品ではなく、でも単に『ごく短い掌編』という意味のショートショートではあるかもしれません。
お話の筋はいたって簡潔——では全然ないのですけれど、でも作中で起きている事柄というか、場面そのものはとてもシンプルであるように思います。映画観賞のできるバー、美人の常連客、どこか高嶺の花のようだったその女性と、でもたまたま会話する機会を得た主人公(店員さん)。対話の内容は当然映画のことで、それもまさに店内で上映されているフランス映画のお話が主。と、ものすごく大雑把にまとめるとこのような筋なのですが、その中で揺れ動く思惑というか見えない本音というか、常連客さんのどこか浮世離れした存在感が魅力的なお話です。
ある意味では主人公のおかげというか、こんな店で働いているわりに全然映画のことを知らない、店員さんの目線で見ているから、というのもあるのですけれど。肝は常連の彼女の言葉や返答、そこから考えやその意図するところの読みづらいところ。それを読者としてもついつい探ろうとするというか、あるいは本気で考えちゃうというか、その過程で(というかこの過程に至っている時点で)完全に主人公と同化していました。彼(主人公)自身はどうも目的が不純というか、彼女が美人だからということで必死にお近づきになろうとしている様子ですけど、そうでなくてもなんだか気になってしまう。こんな店の常連なのに、はっきり映画好きと言い切らない理由は果たして?
以下はたぶんネタバレになりますのでご注意ください。
微妙なすれ違いっぷり、というとたぶん言い過ぎなのですけれど、でも絵的にはちょっと素敵な出会いのようで、でも同時に(深刻なものではないとはいえ)不安が残りまくるのが好きです。だってこの主人公、本当に容姿しか見てない……いやこの目線もそれはそれで好きというか、本当に彼女に参ってるんだなというのが伝わって楽しいのですけれど。反面、彼女の望むものを想像すると「大丈夫か?」となる、この感じがなんだか楽しいです。
たぶんなにがしかのズレはありそうで、でもそれがちょうどうまくいっているようにも解釈できる感じ。語弊を厭わず言うのなら、この主人公のいまいちあてにならなさそうな感じと、彼女に依然として残る謎めいた雰囲気が好き。なんとも絶妙な距離感というか、人物造形とその関係の、しっとりと落ち着いた手触りがとても綺麗です。
なお、作中に登場する映画は実在のものとのことで、試しに検索してみたらなんだか面白そうでした。作中に出てくる固有名詞というか、名前的なものがこれだけなのが象徴的で楽しいです。いや作中どころか作品の外でさえ。よくよく考えたらタイトルも筆者名も実質存在しない(※自分が読んだ時点では)。どこか象徴的なものを感じさせながら、でもしっかり現実的な場面を描いてみせる、綺麗で落ち着いた雰囲気の小品でした。
謎の念者
映画を上映するバーにおける、映画を見ない男性と一人で映画を見る女性のお話。
映画を通じて、二人の人間の距離が縮まるお話といえましょう。確かに、映画って娯楽であると同時にコミュニケーションツールにもなりえますよね(名作と呼ばれる映画だけでなく、例えば実写デ〇ルマン界隈みたいにZ級とか駄作とか呼ばれる映画の話題を共有し合うようなこともあったり)。「ときどき無性に、作品の空気感というか、雰囲気のようなものを共有したくなるときがあるんです」という台詞には共感しかありませんでした。「退屈で、つまらなくて、とてもわたし好みでした」という台詞などは、何らかのZ級映画を話題にする人々を想像してくすっと来てしまいます。
この、瀟洒な空気感の作り方がいいですよね。アダルティだけど下品ではない、みたいな……。飾り気に乏しいが故に、地に足の着いた現実味のある作劇になっているのを感じます。
これからの二人がどうなるのか気になりますね。殺人トマトが襲ってくる映画とか頭がたくさん生えてるサメの映画とか二人で見てほしい……
謎のハピエン厨
ナツメさんの二作目。今回はゴリラに挑戦していただきましたね。
まず、初手の鳴き声がいいですね。力強いスタートダッシュ、読み手をガッと物語に引きずり込むような導入となっていると感じます。
お話の方も、非常に本格的です。職場や人間関係の苦悩、そして夢に向かって努力する姿が描かれ、しかし、やはり自分がゴリラであるという事実からは逃れられないという、ゴリ美の心情が痛いほど伝わってきました。この点も、非常に心を動かされました。
唯一残念だったのは、最後のオチです。ここで少し冷静になってしまったのか、それとも文字数が足りなかったのか……ここまでの流れが非常によかっただけに、最後の展開がなんだか投げやりな感じに終わってしまっている感が否めないのが惜しいと感じました。
しっかり地に足のついた展開をされてきただけに、最後の展開をどう受け止めていいのか……正直に言って困惑しました。最後の数行で、地の文がゴリラに侵食されているところは思わず笑ってしまいました。
ゴリラという難しい概念に正面から挑んでいただいたお話だと感じました。ぼくとしてはオチの部分でもいかにゴリラというモチーフを活かして保ったまま描き切るか、という点さえ補強できれば、非常にインパクトがありつつ、お話としての仕上がりももっと良くなるに違いないと感じましたので、ぜひ次の機会に活かしてほしいと感じました。
謎の金閣寺
【簡単には割り切らせてくれない各個人の中の清濁】
見た目がどう見てもゴリラな心優しい女性リミちゃんと、その彼氏であるともくんの、日々の生活と夢のお話。
現代ファンタジーです。いやファンタジーなのか? いや作品のジャンル分けをいくら考えたところで詮無いことではあるのですけれど(それで中身が変わるわけでなし)、でも本作の場合はそこに謎の厚みがあるというか、「意外とどの枠でもいけるのでは?」みたいな感覚が面白いです。
主人公とリミちゃんの恋模様を見守る恋愛ものであり、でも最初から恋人同士なのでいちゃいちゃしたラブコメ的な楽しさがあり、そしてゴリラ要素を除けばそのまま現代ドラマでもある(ある意味ショートショート的?)。さらにはそのゴリラという非日常要素も、ただ単に理屈が書かれていないからファンタジーなのであって、アプローチとしてはむしろSFのようにも感じられるところ。総じて『ゴリラ』という要素のネタっぽさとコミカルさの割には、ものすごく真面目で読みごたえのあるお話なのが凄かったです。謎の手堅さに正体不明の厚み。なんなのだこれは……?
きっとその気になればいろいろな読み方ができそうな作品ですが、個人的に好き、というかどうしても惹きつけられてしまうのは、彼らの織りなす人間ドラマの部分。もっというなら個々のキャラクターがそれぞれに抱える、功罪や清濁のようなある種の〝割り切れなさ〟のような部分です。
率直に言って登場人物全員、「悪い人ではない」んですよ。悪い人じゃないけど、でもどうしても受け入られないし擁護すらできないような部分がある。部長の無神経さとその結果のハラスメント、清野さんの他者を傷つける役にしか立たない正義と、主人公にも(自覚はしているものの)微妙に偏見と敵味方で物事を見てしまいがちなところがあって、平時は一番まともに見えるリミちゃんでさえ、ひとりで溜めるだけ溜め込んでは勝手に爆発するという最低最悪の悪癖がある。
赤の他人と思えば全員そこそこにクズ、可能ならあんまり関わり合いになりたくないタイプの人間のはずで、なのにここが本当に不思議なのですけれど、どうやっても嫌いになれないんです。彼らの欠点は結局すべて我が身に跳ね返ってくる(人が誰しも持つ普遍的な邪悪さであるため、結局は同族嫌悪でしかない)、というのもあるのですけれど。でもそれ以上に彼らの愛すべき部分、いえ尊敬できるところをしっかり書いていたりするのが、いやもう本当に意地が悪い!(※褒め言葉です)
この座りの悪さ。架空の物語でしかないはずなのに、善玉悪玉を簡単には割り切らせてくれないところ。つまり読んでいてこいつらを好きになればいいのか嫌いになればいいのか、まったく判断がつけられない。この絶妙な人物の描き方に滲む、もう中毒起こしそうなくらいに生々しい〝人間〟の手触り。
やられた、というかもう、あてられました。見た目の軽妙さに比べてかなり複雑、というか癖の強い珍味みたいなところがあるお話だと思いますけど、そのぶん食べ応えはとてつもなくあります。きっと他ではなかなか食べられない、というのも強み。簡単に割り切らせてくれないという点において、間違いなく読者を〝問い〟の解答席に引きずり上げてみせる、ゴリラ並の腕力を感じる作品でした。
謎の念者
リミちゃんなる、毛むくじゃらでゴリラのような容貌の女性のお話。
ゴリラパワーに引っ張られそうになるんですが、多分これはゴリラの部分をサメ人間とかトカゲ人間に置き換えても成立する話で、市井の人間のつらさ、もっと言えば社会で多数派との折衝を否が応でもせざるを得ない少数派を描いた硬質な社会派ドラマだと思いました。彼女の特異さそれ自体が他者の無神経なハラスメントのみならず望まない配慮や忖度を呼び込み、結果として繊細なる彼女のメンタルは削られ続けてしまう、という世知辛さと、明確な悪役が存在しない代わりに登場人物たちのほとんどが大なり小なりリミちゃんの精神に悪い影響を及ぼしているという構図はゴリラの皮をかぶっていてもリアリティがあります。
問題のラストですが……うーん、何と言ったらよいのでしょう。これまでと同じように何らかの戯画化であることはわかりますが、少なくとも作劇の上で評価するとギャグ漫画の爆発オチみたいなものを感じます。
社会派ドラマにゴリラの皮を被せた、とにかく爆弾とも言うべき怪作でした。
謎のハピエン厨
夜を吐く少女と治療のお話。めちゃくちゃよかったです。とくに歌と小説をひとつに纏めてしまう、その発想と手腕がすごい。しかもそれが一つの物語としてしっかり纏まっているのがすごい。歌をテーマとしたお話は何度か読んだことがありますが、このお話からは歌も小説の一部である、と強く感じさせられました。「#幕間:ある妖精の記憶」や最後の章の、歌が魔法のように作用するシーンが特に好きでした。
イリシオンと小夜の間に生じた呪いがしっかり溶けた、という点でハッピーエンドというお題も綺麗に回収されています。また、最後の一行がもたらす読後感も非常に素晴らしくて鳥肌が立ちました。
歌と言葉、それぞれが美しく絡まり合った素晴らしいお話だと感じました。
謎の金閣寺
【歌が切り拓いていく幻想の風景】
不思議ななんらかの病、その『夜を吐く』という症状に悩まされる少女の、成長と冒険の物語。
鮮烈な感性で世界を切り取ったような、独特の設定が美しい現代ファンタジーです。例えば「童話」「お伽話」という語のイメージほどには柔らかくはないものの、でも幻想的で繊細な画(風景)の放つ魅力が素敵です。なにより好きなのはその一番の魅力をしっかり冒頭に持ってきているところで、おかげでいきなり心を鷲掴みにされました。早い段階でこちらを惹きつけにくる、そういう物語は間違いなくいい物語です。
冒頭、『夜を吐く少女』という、とても幻想的であると同時にインパクトの強い場面。この時点でもう最高というか、これが好きにならないはずがない……なにがすごいって絵面が完全に詩や絵本の世界なのに、『吐く』という行為そのものはまったくファンタジーのかけらもないんです。
胃や食道は焼かれるように荒れてヒリヒリと痛み、さらに事後には重い自責と自己嫌悪の念に苛まれる。実際、これは悪夢(正確には悪魔)から逃れるために自ら意図的に行なっていることで、しかも本来は医者に止められている(らしい)行為。とどのつまりはある種の自傷であると、その手触りというか立て付けが本当に生々しいのがすごい。
実のところ、この世界の現象や物理法則は確かにファンタジーなのですが、でもそれ以外(という言い方もおかしいのですけれど)の部分はかなり現実しているんです。主人公の抱えた苦しみや、これまでに負ってきた様々な傷。例えば単純に「吐けば苦しい」という現実もそうですし、他にも学校での苦労や家族との不和なんかは、本当にそのまま現代に生きるわたしたちとぴったり同じものなんです。この感覚、現実の部分はかなり現代のそれを色濃く残したままに、でも強めの非現実が同時に共存しているところ。独特なだけでなく実に不思議で、なんだか癖になるような心地よさがあります。
ストーリーはある種の王道に近い、素直で真っ直ぐな冒険と成長の物語です。過去を受け止め乗り越えるお話であり、また大事な人との巡り合いの物語。マーニさんの存在自体も好きなのですが、ふたりの関係性というか結びつきが好きです。ただ与える/与えられるだけでなく、与え合う関係のような。
最後に一点、この作品を語る上で絶対に外せない特色として、『歌』の美しさというのがあるのですが、でもこれはもう言及を諦めます。だって「本文を見て」以外に説明のしようがない……総じて、幻想的な画と歌声の美しさが際立つ、でもその一方で現実の皮膚感覚も保った、独特な手触りのファンタジーでした。柔らかく包み込むような不思議の感覚が好きです。
謎の念者
夜を吐く呪いにかかった女性と、その治療を行うカウンセラーの男性のお話。
「夜を吐く呪い」という、それだけでは何なのか分からない呪いと、歌で呪いを解く、それも歌詞のない曲に乗せて自分の内面を吐き出すように歌詞をひねり出して歌うという治療行為が興味深く、作者のセンスと独創性を感じます。夜を吐く描写の、痛々しくも何処か幻想的ですらある描写が目を引きました。ここだけでもう、他の病気による症状と似ているようで異なる、ファンタジックな演出がなされています。ここの掴みが良いですよね。
短いお話の中に、懊悩する少女とカウンセラーであるマーニの交流、その彼の正体と悲壮な決意、そして大団円と、起伏に飛んだ物語はしっかりとまとめられており、非常に読みごたえがありました。お題のハッピーエンドもきれいに回収されており、お話の組み立てが良かったです。
美しく幻想的で、なおかつ心が温まる良い現代ファンタジーでした。
謎のハピエン厨
60歳で死にたい男の物語。余命二百年、という突飛な数字が冒頭から登場するのはいいですね。ここでもう一気に物語に引き込まれてしまいました。
わりと無茶苦茶な設定にも思えますが、しかし、近代医療発展の目覚ましさを引き合いに出したり、人生の進んでいく様子をリアルに描くことで、その点を不自然に思わせない手腕がお見事だと思いました。
寿命を削ることに躍起になっていた彼が、50代で本当の幸せを見据える。この場面がとても印象的で見入ってしまいました。少しずつ健康的な生活を通じて、小さな幸福を積み重ねていく様子は、読んでいてほっとする気持ちになれました。さらに、最後のオチも秀逸でとても面白かったです。
夢に向かって生きること、そして本当の幸福と向き合うこと、二つの命題に向き合って描かれたお話だと感じました。なんというか、勉強になったな……という気持ちになれて、とても良い読後感を味わえました。
謎の金閣寺
【自分の人生のハッピーエンド】
六十代のうちに幸せなまま天寿をまっとうすることを夢とする男が、医者から告げられた200年という余命を、どうにかして縮めようと奔走するお話。
ショートショートです。ほんのりSF風味といいますか、現代よりちょっと(かなり?)発達した医療システムのある世界。簡単な検査から余命を予測できるようになっており、結果宣告されたのは200年の余命。しかしそれは主人公の望みにそぐわないものであり、そのために寿命を縮める努力を始める——という、なんだかあべこべなお話の筋が魅力的です。シニカルな風合いのユーモラスさと、前提となる設定の飲み込みやすさ。約4,000文字弱という分量のコンパクトさも含めて、まさに王道のショートショートといった趣の作品でした。
短く切れ味の鋭い作品なもので、あまり大仰にあれこれ感想を言うのも空気読めてない感があるのですが、でも主題(テーマ性)の部分がとても好みでした。高度な医療により伸びる平均寿命。安楽死制度や延命治療の是非を問う、というほど直接的な問いの立て方ではないものの、でも突き詰めていけばどうしてもその辺りに繋がっていく問題。現代社会の抱える課題を軸に据えながら、でもそのエグ味やクセのようなものを綺麗にアク抜きしてある——というか、物語全体のスタンスに対して、主張の部分がでしゃばりすぎないよううまく調節してある。この味付けの巧みさ、素材をあくまで素材として使うような、この上品なまとまりの良さが好きです。
いや本当にこの〝まとまりの良さ〟がものすごく印象深くて、例えば全体の構成や物語のペース配分にしてもそう。この綺麗に起承転結している四話構成。なんだか安心して読める感じというか、気づけば自然と引き込まれている。細かな段落・文単位で見てもそれは同様というか、物事の理路がものすごく整然としている。一歩一歩しっかり段階を踏むように流れていく文章なので、途中で迷ったりすることがないんです。すごく丁寧な仕事。
物語の内容に関してというか、この先はネタバレを含みます。
最後の大オチが好きです。結局それ、というかなんというか、なんとも皮肉な結果のようにも見える帰着点。非常に綺麗に決まっているのですが、でも普通はこれ「とほほ」的な解釈で終わるであろうところ(少なくとも構造としてはそう)、その先の『主人公の受け止め方』が最初と違うんですよね。一周して辿り着いた同じ地点の、でも最初とは明らかに違う主人公の中の変化。言い換えるなら成長のようなもので、これがもう本当にものすごく気持ちいい! シニカルでブラックだった話が、でもちゃんとハッピーエンドに収まっている。この発想というか解釈というか、もう本当に大好きで惚れ惚れしました。これはいい……「その発想はなかった」と「そうこなくっちゃ」の両方が来たような感覚。
やられました。最後一文のこの清々しい感じ。総じてスルスルと気楽に読めるものの、でも読み終えた頃にはなかなか厚みのある内容を受け止めさせられている、丁寧さと上品さの光る作品でした。
謎の念者
医学が進歩した世界で余命200年を宣告された男が、60歳で死ぬために様々なことを行って寿命を調整しようとするお話。
作中に登場する129歳まで生きた老婆のように、人生というものはよく「どのくらい生きたか」を計られますが、先に別の講評で引用した呂氏春秋の「迫生は死に如かず」(間違った生は死に及ばない)という言葉があるように、この主人公も「人生は量より質である」という哲学の持ち主なのだということが読み取れるのですが、ただ結局のところ寿命調整のための数々の行い(言ってしまえば少しずつ自分の体を傷つけていく緩慢な自傷行為のようなもの)による悪影響が人生の質に影響するという観点が抜け落ちていて、まるで寿命の数字にのみ拘泥しているように見えるところに何処か滑稽味があります。
ラストでは結局一周して元に戻ってきてしまったようなことになっているのですが、以前の主人公の心境との変化が見られていて、良い締めくくりでした。
謎のハピエン厨
邪神の贄として捧げられてしまった子供と、謎の青年の物語。時生の不遇さ、いたたまれなさが最終的にはしっかりと報われてよかったと感じました。蠖シ縺ョ陷倩や時生の独特なセリフも個性があって、非常にいいなと思いました。
最後まで時生の純真さが、見ていて眩しかったです。また耽美な描写も素敵で、思わず昂ってしまいました。
自らを縛り付けてきた世界と別れ、長月彦と一緒に旅立っていくという展開にも、確かにハッピーエンドが感じられました。独特な世界観、そこに生きる人間の息遣い、時生と長月彦の関係性がしっかり描かれており、見ごたえのあるお話だと思いました。面白かったです。
謎の金閣寺
【この世ならざる何者かとの契り】
親に見捨てられ生贄として旧家に引き取られた男児・時生と、座敷牢の奥に住む正体不明の少年・長月彦の、不思議な交流のお話。
ボーイズラブです。それもホラーテイストというか、旧家を舞台とした和風ファンタジーといった趣の作品。この辺はタグの「因習系旧家」「座敷牢」が分かりやすいというか、それらの語から期待されるであろうものがたっぷり詰まった、ハードでダークな淫靡さのあるお話です。この辺の道具立てというか、あるいはその積み重ね方というべきか、とにかく雰囲気の出し方漂わせ方が本当に丁寧で、浸っても浸ってもまだ沈んでいけるような感覚が魅力的でした。
読み始めてすぐに興味を惹かれるというか、「おっ」と思わされるのが主人公の〝言葉〟に関しての設定。台詞を見るとどうもおかしいというか、どう解釈しても支離滅裂にしか見えない。にもかかわらず意識や認知は明瞭というか、少なくとも地の文で説明される主人公の思考を見る限り、別に頭がおかしくなっているわけではない。本当に意思の疎通だけができない、つまり発話の時点で言語がおかしくなっているような状態。とどのつまりはこれがタグにあった通りの「文字化け」なわけで、この独特の設定が物語にうまく作用しているのが分かります。
通常の対話、声による発話で生じる謎の文字化け。認知や概念がバグっている、という現象の、この背筋がゾワゾワくるような不気味さ。旧家の因習、古い怪異を描き出すのに、ある種デジタルな(そのものがではなくて、元ネタというか発想の起点としては)ものを持ってきている、この取り合わせの妙が実に魅力的でした。何がどうしてそうなるのかはわからないけれど、とにかく何がおかしくなっているのだけはわかってしまう、その説得力というか力強い恐怖。
また、それがただのギミックでなく、話の軸に絡んでいるのがなお好きなところ。この文字化けにより誰とも、少なくとも人間とは対話の叶わなかった少年(男児)の、でも生まれて初めて話の通じた相手。もうこの時点でいろいろ滲み出るものがあるというか、どうみても唯一の存在であると同時に、あからさまに異界の存在であるとわかってしまうのがたまりません。
明らかにこの世ならざるものである、美しい少年、長月彦。彼の優しさに取り込まれていく様は、どうしても禁忌の扉を開くかのような背徳感があるのですが、でも同時に彼と交わるほどに、時生が人間らしく成長しているようにも見えるのですよね。二律背反、といっては言い過ぎかもしれませんけれど、でも安心なような不安なようなこの絶妙な感じ。そしてその末に辿り着いた、ある種壮絶な物語の結末。起こった出来事そのものを考えると結構すごいことになってるんですけど、でも明確にハッピーエンドとして描かれていて、しかも納得できることのこの、何? 嬉しさ、でもあるのですけれど、同時にゾッとするような感覚も残る。
うっとりしました。恐怖と背中合わせの美しさと、そこに溺れることの背徳的な快楽。絶妙な恐怖と耽美を描き出した、仄暗くも幸せな物語でした。
謎の念者
親に捨てられて身売りされ、神様の生贄に捧げられる少年と、彼が出会った不思議な少年のお話。タグの「ボーイズラブ」と「男の娘」にワクワクしてしまいました。
期待通り、いや、期待以上でした。人外美少年×薄幸少年の匂い立つような妖艶なボーイズラブを浴びせられて、胸の高鳴りがマックスでした。美少年+耽美+ボーイズラブという約束された勝利の方程式が決まっていますね。
「お嫁さんになる」のくだりが凄く好きです。誓いを立てて口づけを交わし、長月が時生の肉体を寵愛するシーンの破壊力たるやすさまじいものがありました。直接的な行為の描写こそないものの、そこには確かに匂い立つエロスがあります。また、強固な結びつきを求める長月のある種の独占欲のようなものが見て取れて、それがまた艶めかしさを感じさせます。あと時生くんが女物の服を着せられているのも、倒錯したものが感じられてえっちだなぁと思いました。
二人の関係性が妖しく美しい、そして読後感も何処か抜けるように爽やかな、そんなお話でした。
97.シャイニングバスター高校の超常的日常 ~ハッピーエンド篇~/かぎろ
謎のハピエン厨
破壊力抜群の日常系ドタバタラブコメ。タイトルとあらすじ、そして章タイトルの「平成108年」でもうめっちゃ笑ってしまいました。
ツッコミどころが多すぎて一つ一つ挙げていくとキリがないのですが、とにかく冒頭の書き出しからインパクトがあり、とても素晴らしいです。パワーが凄い。しかもその勢いが、最後まで継続しているのも凄い。また登場するキャラクター全てが濃くて、読んでいてすごく楽しかったです。
物語の結末も非常ににぎやかで、最高でした。可愛い女の子同士の関係はいいぞ……。
エンタメとコメディーの極限を垣間見たかのようなお話で、とても面白かったです。こういう賑やかなお話が大好きなんです……!
謎の金閣寺
【エンドするまでもなくハッピーな世界】
シャイニングバスター高校を舞台に繰り広げられる、キス魔の少女とその標的となった少女の、とある放課後のひと騒動の物語。
百合コメディ、それも嵐のようなテンションで一気に持っていくお話です。というか、テンションです。テンションそのもの。いやタイトルと紹介文(あらすじ)の時点でうっすら予感はしていたのですけれど、想像以上の暴風雨が目の前を突き抜けていきました。おおおおなんですのこのとてつもない勢いは……。
いや本当にただ「楽しかった」とか「笑いながら読みました」とか、そういう主観的な感想でしか言い表せません。というのもこの作品、たぶん相当に説明が難しいタイプのお話で、きっと何を言っても野暮になってしまうところがある。基本的にコメディ作品って、真面目に説明しようとすればするほど、いわゆる「ボケ殺し」か「ハードル上げ」になってしまう面があるので……。
というわけで、ここから先はあくまで軽い気持ちで読み流して欲しいのですけれど、とにかくすごい熱量でした。いわゆる不条理コメディ、あるいはスラップスティックと呼ばれる種類のお話。一見、とにかくはちゃめちゃなお話のように見えるのですけれど、実はその荒唐無稽さはほとんど設定面に起因していて、お話の筋それ自体はそこまでめちゃくちゃでもない……とは言い切れないのですけれど(結局設定の面が強すぎて行動に波及してくる)、でも軸そのものはきっちり百合してるんです。
主人公を追いかけ回すキス魔の少女、フニャニャペさん。文化や習慣の違い、ある種のディスコミューケーションが産んだ悲しきモンスター。ハリケーン級の大災害として描かれる彼女は、でも実際にはなんの変哲もないひとりの純粋な恋する少女でしかないと、そう言い切ってしまうにはやっぱり被害が大きすぎるのですが、でも感動しました。
終盤のクライマックス、謎の感動と言ったら失礼なんですけど(謎ではないので)、でもあまりにも素直で真っ直ぐな愛の告白! そしてその後の展開も含めて、結構しっかり恋の物語している。それも見事なハッピーエンドで、全体的に明るく前向きな作品だということもあって、読後はもう大変な爽快感がありました。
と、ここまで書いてきてやっぱり「余計なこと言わなきゃよかった」と思うのは、こう書いてしまうとどうしても違うんです。そこを期待して読んで欲しいわけじゃない。ただ流れに身を任せるように読んで、ただ結果として残るのはとても前向きなものなはずですよと、そのくらいに受け取って欲しい感じ。この作品の主軸はやっぱりコメディで、勢いと不条理感、弾けるような強さが魅力の作品です。とても楽しい物語でした。最後の二行が大好きです。そんな終わりかたって!
謎の念者
キス魔の異邦人美少女、フニャニャペ・ユユユ・スチャマヤムニャモに追いかけられる女の子のドタバタコメディ。
喜劇であり、同時に百合物語でもあります。とにかくハチャメチャかつスピード感があり、隕石がもたらしたとされる数々の非現実要素が完全に背景化されてしまうほどにキス魔のパワーが高いです。ハイテンションを維持したまま最後まで駆け抜けていくさまは爽快痛快のひとことでした。
作中のファンタジックな要素(幽霊だの超能力だのゴーレムだの……)の発生要因を「インドに落下した隕石」で説明つけているのが良いですね。ある種のアニマルパニック映画と同じで、頭空っぽにして楽しめます。
ラストもハチャメチャながら、女の子同士で結ばれる良いハッピーエンドでした。百合はいいぞ。そりゃ目に涙を溜まるでしょうし拍手喝采も起きましょう。
謎のハピエン厨
ぼくのお友達であるKさんが描いてくれたのは、かつて楽曲作成者だった男が、とあるアイドルの楽曲を創ることになるお話。もうめっちゃ最高でした。
水野というキャラクターの描き方がとても良かったです。煙草というアイテムの使い方、そして終始散見される諦観具合が、彼というキャラクターを個性的に彩っていて魅力的でした。こういうキャラの男、好きなんですよね。
また作中で何度も繰り返し登場する「エルロンの往く空に、ついてきてね!」とセリフがめっちゃよかったです。希望のある未来を思わせるフレーズ、どこまでも突き抜けるように進んでいくという前向きさが、物語の構成や展開も相まって、ひしひしと伝わってくるのが最高でした。
最後の四行も素晴らしく、読んでいて鳥肌が立ちました。「彼女たちの往く空に置いてかれてしまう」という一文から感じる、青空のような爽やかさがとても素敵でした。
自分自身を見失っていた男が、また新しい一歩を踏み出せると思わせる点においても、ハッピーエンドというお題を鮮やかに回収されていると思いました。とても良いお話でした。個人的に五億点です……!
謎の金閣寺
【届かなかった空の青さ】
ミュージシャンの男性が久しぶりの仕事依頼を受け、三人組アイドルの楽曲を作ることになるお話。
堅実で静かな手触りの現代ドラマです。アイドルや音楽、いわゆる芸能の世界がモチーフなのですが、でもアプローチの仕方が少し変わっているというか、キラキラした派手なイメージとは正反対の切り口から攻めてきます。若い才能がスターダムを目指すお話ではなく、その裏あるいはすぐ傍で、それを支える位置にいる人々の物語。
いえ正確にはただ立ち位置や仕事内容の違いではないのですけれど、でもそこに触れるとどうしてもネタバレになるため、この先はそのつもりでお願いします。一応、ネタバレが即座に致命傷になるようなお話ではないと思うのですが、でも気にする方でまだ未読のかたはご注意下さい。
魅力や特色はいろいろとあるのですが、まず目が行くのはやっぱりこの作品の空気感です。静かで落ち着いた、というかどこか煤けてざらついた手触りの情景描写。冒頭、すべてのきっかけとなる仕事依頼のメールでさえ、たまたま気まぐれから開いたような調子で(本当なら無視していた?)、なんだかやさぐれたような様子が伝わってきます。
それもそのはず、これは過去に一度スターダムを目指し、しかしうまくいかず破れた男の物語です。
過去の栄光と挫折、そしてそれ以来その世界の眩しさに怯えるようになった主人公。いやずっと刺さったままの棘のようなものというか、とにかくこの感覚の生々しさが鮮烈でした。うっかり夢が叶ってしまうことの功罪。最も輝いていた頃の記憶というのは、確かに宝物には違いないのですけれど、でも同時に手からこぼれ落ちてしまったものでもある以上、振り返るたびに心が苦痛に軋んでしまうのもまた事実なわけです。つらい……。
このひりつくような日々の描写に対して、でもお話の筋自体は実に真っ直ぐというか、ちゃんと前に向かって進んでいくところが好きです。夢破れ傷ついたままの主人公が、でも新しい才能の輝きに励まされ、再び立ち上がるまでの物語。その上で特にというか、個人的に面白いと思ったのが、彼に救いをもたらすアイドルグループ『エルロン』の描かれ方や使われ方です。
彼女たちは作中に存在する人物で、描写や言及自体はそこそこあるはずなのに、でもどこか抽象的な感覚。電話越しに聞こえた言葉ですらどこか聖句めいた響きがあって(実際それは彼女たちのキャッチコピーのようなもの)、つまりこの作品において彼女たちは、本当に偶像としての役割を果たしているんです。主人公にもたらされる救いの光明としてのエルロン。この辺りがなんとも象徴的で、不思議な美しさを感じました。物語的な救済の強さを際立たせているような感覚。
うまく言えないのですけれど、沁みました。個人的に序盤の主人公の境遇、あのくさくさした感じがとても好きというか、どうしても共感させられてしまうお話です。華々しいスポットライトの輝きと、その下の栄光と挫折。素敵な物語でした。
謎の念者
作曲家の男と、三人組アイドルグループのお話。
夢破れて挫折した者の復活劇、のような感じのお話でした。簡潔で飾らない文体で綴られる水野という作曲家の独白からは、熱意の消えかけた彼の様子が現れています。それと相反するかのように電話の女の声は活発そのもので、その対照がまた面白いところですね。陰と陽がくっきりしているように見えます。
自分の好きなものを書いて、それを好きだと言ってくれる人が現れる。何かしらの創作を行っている者にとって、それが果たされた時の喜びというのはひとしおでありましょう。それに、過去の自分(それも捨て去った名義の頃の)のファンであったというのもまた、喜ばしいことです。希望を感じさせる終わり方が美しく、爽やかなハッピーエンドでした。
謎のハピエン厨
犬のおまわりさんが、とある事件を解決する物語。ヤマさんやセイイチさんや初めとするキャラクターの造詣が非常に可愛いらしくて好きです。地の文も優しく、柔らかく、このお話にぴったりな語り口を選ばれているなと感じました。
お話を最後まで読んで、とても驚きました。というのも、作中に登場した要素がすべて伏線となっており、綺麗に回収されていたのです。我慢の訓練や海苔の話が、まさかこんな風に繋がっていくとは……という驚きがすごかったです。作者さんの技量に感服しました。最後のオチにも、思わずクスッとしてしまいました。
とても優しいお話で、読んでいてとても笑顔になれました。続編があればぜひ読んでみたいなと思いました。すごく面白かったです。
謎の金閣寺
【まるで絵本みたいなほんわかした世界】
警察犬を引退した老犬ヤマさんが、新たな飼い主セイイチくんの元で、交番(私設)を開いて〝犬のおまわりさん〟としてのお仕事を続けるお話。
童話です。ファンタジー、というよりは明らかにメルヘンの世界。いや本当に真正のお伽話というか、出てくる人や物事がすべて優しく柔らかい。読者の負荷になるようなところがまったくなくて、読んでいて本当に心が和むんです。この時点でもうだいぶすごい。この緩やかさを保った上で、でも物語の起伏自体はきっちりしているというのは、きっと見た目ほど簡単なことではありません。
個人的に好きなのがその起伏というか、物語自体のスタンスのようなもの。ミステリ的、と言ってしまうとたぶん語弊があるのですけれど、でも構造的にはいわゆる『探偵もの』に近い読み口のお話だと思います。
主人公であるヤマさんの〝犬のおまわりさん〟としての活動は、「人から困りごとの相談を受けてそれを解決する」というものであり、まさに事実上の私立探偵そのもの。また人の言葉を話せない彼に代わり、翻訳というか仲立ちのような役回りをするのが、その飼い主であるところのセイイチくん。彼には事件を解決するための能力はないものの、でも彼がいなければヤマさんは〝おまわりさん〟としての活動ができないのも事実で、つまりちょうどお互いを補完し合うような彼らの関係性の、このわかりやすさと安定感。なにより単純に仲良し同士というのもあって、スッと物語に入っていけました。
そして実際のお話の筋、彼らの解決するちょっとした事件。具体的には少し不思議な失せ物探しということになるかと思うのですが、この辺りの発想というかアイデアというか、世界観に合わせたバランスがもう本当に大好き。だって「体毛の柄をなくして困っているパンダ」ですよ!? 何がいいって「そりゃ確かに困る(解決の必要がある)」というところと、そうなるに至る事情がしっかりあって、それがヤマさんだからこそ解決できたところ。
一般に「どうにかする必要のある出来事」とか「探偵にしか解決できない何らかの事件」というのは、必然的にそれなりに重かったりハードだったりしてしまうものだと思うのですけれど、でも本作の〝事件〟はそうではない。普通にこの世界の童話的な優しさの範疇に収まっている。この匙加減というかバランスというかが、あまりにも綺麗でうっとりしました。事件を作るのって結構難しいもので、特にそれが「発生から解決までの一連の流れに、まったく違和感のないもの」となればなおのこと。
こうして書くとなんだか大掛かりなようにも見えますが、お話自体はとにかく優しい、ふわふわした童話のような物語です。ここまで書いたことはあくまで「それはそれとして」というか、読む際には全然気にしなくていい部分。ただそのまま飛び込んで、そして読後にはふんわり暖かな気持ちになれる、とてもゆったりした手触りの童話でした。おにぎり屋のおじさんが好きです。
謎の念者
元は犬の警察であったヤマさんのところに、目の周りの黒い模様を落としてしまったパンダが訪ねてくるお話。
童話ジャンルの通り、児童文学のような雰囲気が全体から漂っています。柔らかな文体による語りが穏やかな空気感を演出しています。
登場人物たちも擬人化されたような動物たちで、そういったところも児童文学らしいな、と思います。子どもの頃にこのようなものを読んだような気がして懐かしい気分になりますね。
この事件の結末がまた面白かったですね。まさかそう来るとは……と、読んでいて唸ると同時にくすっと笑いました。シロクマとパンダをこういう風に扱う発想が興味深く面白いです。
穏やかで温かいお話で、胸が温まりました。良かったです。
謎のハピエン厨
物語の結末に悩むとある作家の物語。良心と欲望が言い争いをしているところへ、いきなり謎の女性がエントリーしてくる場面が好きでした。しかもかなり「狂」を感じさせる女性です。ぼくは狂属性の女の子も大好きなので、この場面はとても笑わせていただきました。言ってることもやってることもヤバイと思わせる、魅力的な演出だったと感じます。
作家さんが無事に〆切の期間を守れたのでハッピーエンドです!! 一体彼がどんなお話を書いたのか気になる終わり方ですね。インパクトの強いキャラクター造詣が光るお話だったと感じました。
謎の金閣寺
【嘘でしょ!? 一番ヤバイやつが放置されたままなんですが!?】
完成直前になって物語の幕引きに悩み始める、締め切りギリギリの作家さんのお話。
コメディです。コテコテの、と言ってはちょっとおかしいかもしれませんが、なんとなく予定調和な展開をふんだんに盛り込んだ、ある種のお約束感が楽しい物語。それも読み始めてすぐノリが掴めるので、「オッケーそういう話ね!」と肩の力を抜いて読むことができます。個人的な分類では癒し系。突拍子のなさや愉快な発想力、間の取り方はずし方も丁寧なのですが、それ以上にこちらのガードを解くのが巧みという印象です。
なにしろ冒頭からしれっとベタなところを突いてくるというか、いきなり主人公がこちら(読者)に語りかけてくるんです。それも別に何らかの台詞とかではない、いわゆる『第四の壁』を超えてきているのだというのがすぐにわかる。そのまま手早く状況の説明を済ませて、次に出てくるのは何と『良心』と『絶望』。主人公の脳内に住む別人格、というかいわゆる天使と悪魔の綱引きみたいなアレです。
いやこれこうして書いちゃうと本当に良さが伝わらないと思うのですけれど、でもここまでの流れがもう本当に心地よいんです。なにこのわかりやすさ!? だいたい道具立てがここまでベタだと、どうしてもある種のチープ感が出てしまいそうなところ、でも全然そんな感じは……いやしなくもないんですけど、でもそれすら折込済みで面白みに変えてしまっている。何でしょうかこの抜群の安定感。結構ピーキーなはずのいろんな要素を、しれっと武器として使いこなしている感じ。
というわけで普通に笑いながら読んだので満足なのですが、特に好きなところを一点挙げるのなら、やっぱりアレです。中盤の。『良心』と『絶望』の次に来た人。どう見てもヤバイ人。もうめちゃくちゃ笑いました。なにこの設定好きすぎる……っていうかひとりだけいろいろ豪華すぎません……? ラストなんかはもう衝撃でした。いい話風、いやそんないい話でもないけど、でもそれ以前にアイツどこ行った!? いいの!? あんな〝魔〟をその辺に放ったままで! みたいな衝撃。もうほんと好き……。
笑いました。何だかとっても好きな感じの作品。安定感のある語りで攻めてくる話かと思えば、こちらが油断したところでしっかり飛距離を出してくれたりもする、ベタでありながらも多彩な作品でした。短さとわかりやすさを突き詰めたような文章の技巧が好きです。
謎の念者
必死になって小説を執筆している締切直前の作家が、タイトルの通りに物語の結び方で悩むお話。
途中で出てくる女性に対する反応が面白くて笑いました。「いや、マジでやばい奴来たんですけど」ってギャグ漫画みたいな反応は笑っちゃいます。
そこからは、まさに急展開といった感じでした。このファンを名乗る女性が色々とおかしな人物で、物語を怒涛の速度で牽引していきます。このハイパワーな登場人物が暴走車両のように走り回るさまには戸惑いを感じる方もいらっしゃるかも知れませんが、私は面白おかしく読ませていただきました。ギャグ漫画的なノリですよね、これ。
何とか無事に原稿をお出しすることができた主人公。その先で受ける評価がどうなるかはともかく、完成させたという事実だけ見ればハッピーエンドというお題はきちんと回収されているように思いました。
謎のハピエン厨
来たな……藤原埼玉(敬称略)(二回目)! 今回は喫茶店でバイトをすることになった女の子と、マスターの関係性を描いた物語。
年の差恋愛のお話でもあるのですが、その要素だけに頼らず、マスターと千春さんの人となりを丁寧に描写されているのが印象的でした。マスターの老成した落ち着き具合がとてもよく、それが千春さんにとっては頼もしい存在のように映ったのではないでしょうか。
最終章では、千春さんの背中を推すマスターの言葉がとても心に残りました。人生の大半を歩き切った人にしか出せない言葉と、彼の包み込むような優しさが、激励という形になっているのが美しいなと感じます。また、最後の十行も非常によい表現でした。まさに物語を締めくくるに相応しい、優しい結末だなと感じずにはいられませんでした。
タイトルの印象とは裏腹に、とても優しく、柔らかい感触のする物語で非常によかったです。
謎の金閣寺
【〝好きになれる〟がいっぱい詰まったお話】
将来に悩む不器用な女子大学生・千春が、偶然見つけた小さな喫茶店『いそしぎ』と関わることで、いろいろなものを見つけ成長していく物語。
ど直球のビルドゥングスロマンです。いやジャンルは恋愛となっており、もちろんそれは嘘でも間違いでもないのですけれど、でもこの内容で恋愛を看板に持ってきていること自体がもう大好き。個人的な感覚としては、「いわゆるエンタメ小説としての恋愛もの」という趣ではなく、でも、というか、〝だからこそ〟といった印象の作品。痺れました。ストーリーが最高すぎる……。
主人公の千春さんが好きです。この人物造形は魅力的すぎる……一見ごく普通の人、少なくともそこまで極端なキャラクター性を付加されているわけではないのに、なんだか無性に惹きつけられる。要領が悪く、そのうえどこかヘタレたところがあって、つまり自己評価が低くまたどちらかと言えば自責的な傾向さえ見えるのに、根っこのところが陽そのものなんですよ。なにこれどういう仕組み!? いやこれものすごくずるいっていうか、ポンコツでわりとウジウジしてそうなところにはめちゃめちゃ共感してしまうのに、基本姿勢がポジティブだから、どれだけ読んでもまったく嫌な気持ちにならない——っていうか、あっという間に好きになってしまうんです。なんだこれ……? 世に言う「人柄」ってこういうこと? もう本当に大好きです。キャラクターの造形に嘘や気取ったところがなく、素直でありのままのような手触りがあるんですよね。
この先ネタバレを含むというか、お話の内容そのものにがっつり触れているのでご注意ください。
特に好きなのが中盤の展開、マスターとの偶然の急接近の場面。一人称体で描かれるドキドキ感の、その浮き彫りにする千春という人間の輪郭が、もうびっくりするくらい心に刺さりました。
うたた寝するマスターの腕や手指、もろに〝男〟の部分に迷いなく目が行くこと。恋に対しての思いのほか直接的なスタンス、いやそれ自体は別にかまわないんですけど、でもお前普段あんだけヘタレなのに! という、そこがでも同時に「いやでも、わかるわ……それはそうだよ……」ってなるのが本当こう、もう、何? 一体どう言えば伝わるやら、とにかくたまらない絶妙さがありました。生々しいのにえぐみがないの。本当に好きになっちゃうやつ。
またその直後の財布のところ、忘れ物を届けるまでの場面も最高でした。第五話の最初の方。この辺すんごいさらっと書かれているんですけど、読み取れるものが多すぎて溺れそうになるほど。「よこしまな気持ち」「言い訳」とはっきり強い語での言及。この辺彼女は賢くて、ちゃんと自分の気持ちをわかった上で言い訳にしていて、でもそこに徹して割り切れるほどには器用でもなく、つまり気持ちは自省的というかうじうじ風なのに行動はただただ前進しまくっているという、この感じがもう本当に! お前!
加えてその直後、「何だか胸の奥がドキドキした」で完全に打ちのめされました。おい何のドキドキだそれ! いや何種類もの意味深長なドキドキが複雑に混ざり合っているのは明らかで、それを何だか思春期の初々しい恋みたいな声と顔でしれっと言い切ってしまう、この辺の機微がもうおっそろしいことになっていました。普通の人がやったら黒くなるか苦味が出るかでなきゃ粘度が増すかするはずのものを、でも普通にふわふわしたままやり切ってしまう、この千春という人間のポテンシャル。なにより、それがもう本当にただただ〝わかる〟こと。こんなの痺れないはずがない……。
その上で、というかなんというか、本当に凄かったのがこのお話の帰着点。まさかそこに着地させるとは、というのと、でも同時に「いやそれはそうだよ、うんそうでなきゃ」という深い納得感があって、もうただただ満足感がすごい。真正面から恋を描いたお話で、にもかかわらず彼女が手に入れたのはいろいろな現実で、なのに最後に辿り着いたハッピーエンド。最初から最後まで素直で優しい、ただ好きになるしかないお話でした。千春さん本当に大好き!
謎の念者
危険な香りのするナマモノ創作をぶっぱなしてこられた藤原埼玉の二作目は、紳士的な喫茶店のマスターに恋をした女性のお話でした。
すごく読み応えのある人間ドラマでした。ものごとが上手くいかなかったり、これから社会に出なければならないことに怯える大学生の懊悩が丁寧に描かれていて共感してしまいました。悩める大学生とは対照的に喫茶店のマスターの方は落ち着いていて、人生の先輩として主人公にアドバイスを行う頼れる大人として描かれています。この対照がまた良い構図だなと思いました。
何というか、人間観察が優れているんでしょうね。タイトルと紹介文では如何にも恋愛劇ですが、その枠を飛び越えた厚みのある人間ドラマといった感じの作品です。色恋だけではない人間の心情の揺れ動きなどの内面世界の様子が克明に描き出されていて、卓越した手腕を感じることができます。
キャラクターとしてのマスターがまた魅力的でした。自分自身も余裕がないはずなのに、それでもおっとりと落ち着いていて渋みがあり、大人の余裕を見せてくれる。そりゃ惚れますねぇ……。
謎のハピエン厨
呪いの剣を装備してしまった勇者の物語。勇者のドジっ子っぷりがとても可愛らしいです。間違って剣を装備してしまうことはともかく、神父さんのセリフを聞き逃してしまうのがなんとも彼女らしいです。さらに勇者だけでなく、魔王幹部(最弱)のキャラクターもよかったです。慌てふためいて転んじゃう……愛おしい……。
キャラクターの造詣が光っていただけでなく、物語の結末も秀逸でした。意外な展開に、すっかり騙されてしまいました。顔を真っ赤にして最後のセリフを放った勇者ちゃんを想像すると、とてもニコニコしてしまいます。
コメディーものとして非常によく纏まっている、とても楽しいお話でした。面白かったです。
謎の金閣寺
【どこからともなく鳴り響く例の不吉な音楽(トラウマ)】
魔王や勇者のいるファンタジー世界、旅の途中でうっかり呪われた剣を装備してしまった勇者の、その後の奮闘と苦悩のお話。
コメディです。舞台設定としては異世界ファンタジー、それもかなりテンプレート的というか、まるで古典的なゲームの中に転生したかのような世界設定。加えて完全に「攻略」と意識しての冒険、さらに主人公が先の展開を知っているようなふしさえあって、つまりタイトルは本当に「そういう意味」です。
ゲームでおなじみ呪いの武具。一度装備したら外すことができず、教会での解呪が必要になる。タイトル見た瞬間、誰もがうっすら想像したであろうその設定を、そのまま下敷きにしたドタバタ劇。言い換えるならある種の予定調和の世界で、そういう意味で本当に肩の力を抜いて読めます。余計な重さや冗長な説明がないため、軽いコメディとしての軸だけに集中できる。
お話の筋、というか全体の流れとしては、なぜか解くことのできない呪いに勇者が振り回されるというもの。つまりはスラップスティックなのですけれど、面白いのが当の呪いの剣当人。おどろおどろしいナリのわりには可愛いというか、なんとこいつ喋るんです。なんだか邪悪なような、ただふてぶてしいだけのような、この彼(?)のキャラクターが妙に可愛らしく、つまり掛け合いの面白味のようなものもある……というか、むしろそっちがメインです。
対話劇、というか、登場人物のキャラクター性に魅力のあるお話。それもこのふたり(勇者と呪いの剣)だけでなく、終盤に登場するもうひとりの人物なんかは、もうその設定(来歴)からしていろいろ脱力感があります。
誰も彼もなんだか憎めない人物ばかりで、そんな彼らがわちゃわちゃするのを眺めるお話。クスッときたりほんわかしたりと、その読みやすさ(というか受け止めやすさ)がとても心地いい。リラックスしてのんびり読める、ふんわり優しい手触りの小品でした。なんだか四コマみたいな空気感。勇者さんも好きだけど、やっぱり呪いの剣さんが一番好きです。
謎の念者
見るからにアカン感じの呪いの剣を装備してしまった勇者の話。
アホっぽい(褒め言葉)感じのコメディです。面白おかしく読ませていただきました。勇者と剣のやり取りが面白いです。剣の造型がまたグロテスクで、確かに「これを四六時中身に着けるの嫌だなぁ」と思わせる説得力があります。13個の眼が不規則に動いたり自発的に浴びたくない紫のオーラをうねうねと吐く剣とか嫌すぎる……そりゃさっさと外したくなりますね……
ラストは呪われた剣さんの正体が明らかになるのですが、これがまさかのどんでん返し。教会での出来事が伏線だったのか……。正体が明らかになった時の剣さんの台詞がまた邪悪そのもので笑いを誘われました。
終始アホっぽくて面白いギャグファンタジーでした。
103.なんでお前にハッピーエンド扱いされなきゃなんねーんだよ?/成井露丸
謎のハピエン厨
失恋した男と、昔馴染みの物語。作中でハッピーエンドについて明言されているわけではありませんが、それを示唆するような人間関係は、見ていて少し甘酸っぱい気持ちになりました。うーん、青春!
人によってエンドロールの流れる場面は違う、というセリフが印象的でした。ハッピーエンドについて考えさせられるお話はたくさん見てきましたが、その中でもこのセリフの説得力は随一と言えましょう。ぼく自信、自分の感覚を上手く言語化されたような印象を受け、とても腑に落ちる感覚を覚えました。
芽衣子さん、絶対主人公のこと好きですよね……いやそうじゃないのかもしれない……と想像しながら、いい意味で振り回されました。お話のコントロールが上手だと感じました。また最後の「なにかの始まり」を感じさせる締めくくり方が爽やかで、とてもよかったです。
謎の金閣寺
【成長途上の人たちによる、人生のちょっとした幕間のようなもの】
恋人に振られたばかりの男子大学生と、その友人であるアクティブな女子大学生の、講義後のちょっとした対話のお話。
ラブコメです。いやラブコメかしら? 少なくとも「男性主人公の周りに個性豊かな美少女たちが群がるやつ」的な意味でのラブコメではなくて、でもなんとなくラブがコメコメした感じの物語。色恋に思い悩む男女を軸に、でも惚れたはれたのゴリゴリの恋愛ものでなく、あくまで軽妙な対話でもって進んでいくお話です。
実はお話の筋自体はそんなにラブコメでもないのですけれど(たぶん恋愛ものでもない)、でも登場人物ふたりのキャラクター性と配置がラブコメしているので、読み口としては軽妙というか、結構ライトな感じです。
視点保持者たる沢木くんの絶妙な普通っぽさに、篠宮さんの饒舌な構いっぷり。どういう関係なのかはすぐに透けて見えるというか、まあ総じてタグにある通りの「じれじれ」感。この絶妙な距離感にじれったさ、そして滲み出る青臭さを眺めてニヤニヤするタイプのお話で、なかなかにやきもきさせられました。
なんと言うのか、名付けようのない彼と彼女の機微が楽しいです。意地の張り合いというほど衝突しているわけではないし、といって探り合いというほど何かを隠しているわけでもない。強いていうならなんだか気取っているというか、ちょっとした背伸びにも似たわずかな衒い。きっとふたりとも真剣ではあるのだろうけれど、でもそのおかげでかえって茶番めいてしまう上滑りした対話の、そのあまりにも剥き出しの青春っぷり。
絶妙でした。中高生ほど子供ではないけれど、大人というにはまだ足りない、ちょうどモラトリアムの時期。落ち着いた対話のようでいて、でも実質ただ恋に振り回されるばかりのふたり。あまりにも青春すぎる……。
特筆すべきは的の絞り方というか、話の内容がただそれだけに集中していること。講義が終わったあと、きっと十分かそこら程度の短い会話。それだけでお話が完結しており、もちろん対話の内容自体はあれこれ変遷していくのですけれど、でも目指すところが一切ぶれないところ。ふたりの会話のやきもきする感じ、というか、ふたりの言葉の向こうにある感情を想像する楽しみ。意味深長だったり何か他の意図が透けて見えそうだったり、それらの寄せては返す波のような揺らぎがたっぷり詰まった、なんともむず痒い青春の一幕でした。まだ道半ばのふたりですけれど、いつの日かハッピーエンドを迎えることを祈っています。
謎の念者
失恋に沈む男子と昔馴染みの女子のお話。失恋という事象をハッピーエンドの定義論に接続したお話とも言えます。
男女の色事については正直理解が浅いもので何とも言えないのですが、深く考えさせられる小説でした。人の一生は死ぬまで連続したものですが、物語はその一部分を切り取るだけでも成立するものなのですよね。だからある地点を切り抜けたハッピーエンドでも、別の地点で切り抜けばバッドエンドに見えるかも知れない……。そして作中で言及されている通りエンドはバッドエンドとハッピーエンドの両端だけではなく、その性質によって様々な呼び名があるのですね。この部分は創作を行うものとしても胸に刻んでおきたいところです。
短い中に深い洞察が見える、良いお話でした。
謎のハピエン厨
幸福症候群が蔓延している世界の物語。誰かにとってのハッピーエンドというより、題材としてのハッピーエンドを描いた作品だと感じました。
冒頭の情報開示が上手い、と思いました。症候群や世界観について、地の文で語るのではなくインタビュー形式にされているので、とても飲み込みやすくて親切な書き方だと感じます。
このお話で特筆するべきは、美都さんの人間性でしょう。彼女の言葉や生き様には、このお話のテーマが詰まっているようで非常に印象的でした。病に蝕まれながら、決して「生きる」ことから目を逸らさない、その強さに打ちひしがれました。
また最後の展開も、「生きるか、それとも幸せになりたいか」という命題に「弱いのは自分だけじゃない」と添えられるところに、優しさがあると思いました。
設定が非常に作り込まれており、まるで短い映画を見ているような濃密感を味わわせていただきました。とても読みごたえがあり、また作中で投げかけられた命題についても考えさせられるようなお話で、面白かったです。
謎の金閣寺
【人間の幸福と尊厳、そして交錯する人々のドラマ】
幸福な夢のうちに死を迎える新種の疾患、〝幸福症候群〟の蔓延する世界、変容する社会とそこに暮らす人々の物語。
群像劇です。いや群像劇!? 分量9,000文字しかないよ!? と、読み終わってひっくり返りそうになりました。一体何が起こっているんだ……? 名前ありの人物が次々に登場、それぞれが内に秘めたドラマを持っているばかりか、しっかり見せ場まで用意されている。その彼らの人生の交錯する様を通じて、描き出されるのは一本の大きなストーリー。群像劇です。それ以外の何物でもない。絶対無茶してるはずなのにこの収まりの良さは何!?
現実の現代日本を舞台に、架空の病が蔓延するという『if』を放り込んだ物語。アプローチ自体はSF的なのですが、しかしあくまで現代ドラマであるところが面白い。というか好き。いやここが本当に絶妙で、本当に惚れ惚れするバランス感覚なんですよ。主題の部分、かなり生々しく際どい題材を取り扱っているわりに、ひとつの娯楽作品として完全に独立している。
作品そのものの核である疾患、〝幸福症候群〟。この設定の向こうに読者が何を見出すか、物語を読み解く上で連想するであろう現実の何かは、きっといくつもあるものと思います。例えば社会不安や自殺の問題、加えて尊厳死や安楽死の是非に、また昨今の感染症対策にまつわるあれこれまで。ひとつでいろんなものを象徴できる設定、いや必然的にいろいろな考えを誘発してしまうそれが、でも実質そのどれからも独立していること。
現実の諸問題を想起させはしても、でもそのどれとも安易に結びつくことがない。このどこまでもフラットな中立性、仮に作者の中に何らかのイメージや想定しているモデルがあったのだとしても、しかしそれを微塵も透けさせることなく、完全に創作中のいち設定としてコントロール下に置いている。いやすごいことですよこれは……ここまで主題の部分が強く、また現実のそれに隣接していると、どうしても何かクセか手垢のようなものが滲みそうなものなのですけれど。なんでしょうかこのスマートな仕事人っぷりは……。
物語的な面での結論というか、紹介文で問われている『ハッピーエンド』、そこに対する答えも最高でした。いや実を言いますとこれ完全に騙されたというか、もっとブラックでシニカルなお話だと思ったんですよ(主に「人それぞれ」タグのせい)。それがこの結末。確かに「人それぞれ」には違いないんですけど、普通に読んだら投げやりな意味に取るじゃないですか?
実際は正反対というか、なんと「すべての答えを否定しない」という意味の「人それぞれ」。特に『5.黒坂美都』で叩きつけられた答えがもう本当に大好き。古典的かもしれないし、綺麗事と言われるかもしれないけれど、でもそこを見捨てないのがもう本当に嬉しい!
素敵でした。それぞれに抱えたものがあって、それぞれに異なる価値観でもって、それぞれの終わりを見つめる人々のお話。そのうえで、彼らの道が交わることで見えたもの。強いテーマを真正面から捉えながら、それに負けることなく描き切った見事な人間ドラマでした。余韻のある結びが好きです。
謎の念者
「幸福症候群」なる感染症が蔓延している世界でのお話。その手の感染症パニック映画のような舞台設定ですが「パニック」というような浮ついた騒がしい雰囲気はあまりなく、しっとりとした社会派SFのような印象の作品です。とはいっても作り自体は中立的であり、特定の立場に立った強い主張をぶつけてくるような作品ではないため、ある種の社会派SFが帯びがちな臭み(説教くささといった方が良いのかも知れません)がなく読みやすいです。「幸福症候群」とそれに対面した人間の動向などは自殺や安楽死といった現実の社会問題を思わせるところがありますが、それらを一旦思考の外に置いてエンタメとして割り切って読んでも非常に面白く優れた作品でした。
登場する人々もそれぞれの立場があり、考え方があり、それらが良質な人間ドラマを作り出していました。あいな様こと草薙藍那の「あなたは——生きるのと、幸せになるの、どちらがいい?」という問いかけは、生と幸福をトレードオフの関係に変えてしまうこの感染症そのものを言い表しているようで印象的なフレーズです。
作り込まれた舞台設定と丁寧な話運びで、非常にレベルの高いSFでした。
謎のハピエン厨
高度次元生命体ラディカンスペルクと同棲するお話。めっちゃくちゃ面白かったです。
人間に認識できない領域の事象を表現する手腕が天才的でした。「素浪湾を開胸し、暖かい砂利色のととと頭部をががが掻いた」という文章も、最初は何かの間違いかと思ったのですが、読み進めるにしたがって、それが人間の認識の限界なんだと気付いた時は本当に凄い表現をされる方だと感服しました。読み進めるにしたがってこういった表現が出てくる度に、思わず見蕩れてしまいました。ラディカンスペルクという超越した存在を、こういう風に表現する方法があるとは……勉強になりました。
お話の方も、とても爽快感があってよかったです。ラディカンスペルクとやりたい放題するだけでなく、危機を乗り越えるところにも見ごたえがありました。
そして終わり方、いいですね……「私達も病気みたいに精神を不安定にさせて、それでもずっと一緒にいましょう」というセリフが非常にいいです。ラディカンスペルクが言うからこその魅力があるというか、非常に蠱惑的な誘い文句のように感じました。
今までに見たことのない、すごいお話だったと感じました。とても面白かったです。個人的に五億点です……!
謎の金閣寺
【君たちに明日はない】
夜の住宅街、偶然にも「ラディカンスペルク」と遭遇してしまった男性が、なんやかやあってそのまま同棲を始めるお話。
SFです。ひとりの男性の元に突如舞い降りたとてつもない何か。地球外生命体、といいますか、もう認識すらぶっちぎって何もかもを超越した上位存在との、心温まる交流の物語。いや「心温まる」というのはちょっとミスリード気味というか、嘘ではないにせよでも温まる以上に肝が冷えるようなところがあって、つまりある意味ホラーっぽい側面もあります。人の抱える根源的な恐れ。あるいは、曰く名状し難き何かに覚える恐怖のような。
その恐怖の表現の仕方、というかラディカンスペルクに関する描写の仕方が好きです。文章そのものは主人公・吉川善一の主観に沿った一人称体で、だからこそ可能な芸当なのですけれど、ところどころで文章が明確におかしくなるんです。
いわゆる「バグった」ような狂い方。この症状は決まって「ラディカンスペルクに関して描写しようとしたとき」にのみ発生しており、これが理解不能な存在に対するゾッとするような恐れをそのまま書き表すと同時に、彼らがどういう存在かを端的に示してもいる。この感覚、感性そのものが魅力というのもあるのですけれど、でもそれがこうまで映えるのは、やはり主人公のキャラクター性あってのこと。
単純にこの吉川さん、これだけとてつもない存在に遭遇していながら、恐れも怯えもしていないんです。どこか投げやりというか達観しているところがあって、だから普通に同棲までできてしまう。そういう性格、と言えばそれまでなのですけれど、でもそこにしっかり理由があって、しかもそれがきっちりお話の筋に食い込んでいること。単に人物の個性というだけでなく、「彼だからこそこの展開なんだ」というのがちゃんとわかる、このキャラクター性と物語の連結が本当に魅力的でした。なるほど、と納得させられてしまうすごい力。
この先ネタバレを含みますのでご注意ください。
逆説、この説得力がなければまず無理だったであろう結末が好きです。本当に地球を握り潰すかのようなブラックな終幕。彼ら以外の人々にとっては最悪の悲劇のはずが、でも読者の目線では全然後腐れなくハッピーエンドしている、という事実。なにこの魔法。
これはかなり個人的な趣味の入った解釈になるかもしれませんが、ある意味ではこのお話、実はある種のお伽話の王道に近いというか、ヒロインの呪いを解く物語としても読めるんですよね。身を呈して彼女を庇うこと、つまり愛ゆえの行動が鍵となり、美しい姿へと生まれ変わる彼女。さっきまで恐怖の表現だったものが、でも実はもっともっと強い仕掛けのためのものだったと、この時点で完全にノックアウトされました。
これはすごい……一直線に滅びに向かう最後も、でもだからこそこれ以上のハッピーエンドはないと解釈できてしまう。地球を握り潰して手に入れた幸せ。「恐怖」と「愛」をしれっと同じところに据え付けてみせた、怪作かつ王道の物語でした。最後の「病気みたいに精神を不安定にさせて」という表現が最高に好き!
謎の念者
奇っ怪な地球外生命体(明らかに地球の在来生物とは比べ物にならない上位種)と同居することとなった男のお話。
人間と地球外生命体、何から何まで違いすぎる二人の交流が面白いです。読み終わってから改めてタイトルを見直してみると、確かに例の地球外生物は「地球を握りつぶして」しまえるような存在で、スケールが明らかに常識外れなのですが、それに主人公が順応しきっているのがなかなか面白いところなのですが、そこにもきちんと理由があって、ただのぶっ飛びコメディでは終わらないところが魅力的です。
およそ地球人類の常識を超越しきった存在の描き方がまた秀逸で、一話目から見事に異様な存在であることを描き切っています。ぶっ飛んでいるにはぶっ飛んでいるのですが、勢いだけではなく計算して書かれているようなところも見受けられる小説でした。
106.世界幸福保険営業員・立花アルマの輝かしい日々/不死身バンシィ
謎のハピエン厨
終われなかった物語を終わらせるために奔走する、二人の物語。
完結に導かれた二つの物語を巡るお話が、とても勢いがあって楽しかったです。とくに一章での「コンセプトを一つに絞ってきてほしいですね」と、魔王の慌てふためきぶりは声を挙げて爆笑してしまいました。
かと思えば、終盤でしっかり二人の関係性を描いて魅せてくれたのは流石でした。生い立ちや営業員として働く意味、さらにはアルマとエルモの関係が明らかになるところは非常に見ごたえがありました。
ジェットコースターのように緩急の効いた物語で、笑えるところはしっかり笑えて、心を動かされるところはしっかり揺さぶりをかけるようなお話だと感じました。構成、展開の描き方が上手で、とても面白く読ませていただきました。
謎の金閣寺
【いつまでも続く日々の途中、きっと最後に辿り着くであろう幸せな結末】
収拾のつけられなくなった物語に介入し、ハッピーエンドをもたらしてくれる不思議な存在、世界幸福保険営業員・立花アルマの活躍の物語。
メタを前提としたコメディ作品です。もうキャッチ・紹介文の時点でハートを撃ち抜かれたというか、ずるいぞ……こんなの面白くないわけないじゃない……。
ある意味では出オチ的な面もあるのですけれど、その初見のインパクトに負けない内容が素晴らしいです。こちらが期待した通りの面白みをしっかり提供してくれると同時に、最後にはそれ以上のものを叩きつけてくる。「それだー!」ってなりました。そうだよこれだけ人の話をハッピーに導いているんだから、彼女の物語自体がハッピーエンドでないと締まらない。
お話の筋としては最初一行の通りで、説明しようと思うと難しいのですけれど、でも内容(というか物語の構造)そのものは至って簡単です。いくつもの物語世界を渡り歩き、その内側から登場人物として干渉、半ば強引にでもハッピーエンドへと導く特殊なお仕事。その実例、というか作中で実際に二作ほど解決しているのですが、なるほど彼女に依頼するのも無理もない話で、それぞれの作中作(?)のめちゃくちゃっぷりがもう本当にすごい。笑える、というかもう涙が出そうなくらいで、気づけば自然と「頼むアルマさん、早く楽にしてあげて!」と祈っていました。いやすみません、だってこれ全然他人事じゃないから……。
いや半ば身を切るような痛みもありながらも、でもだからこそ本当に笑えるというか、生み出されてしまった鬼子を幸せな終わりへと導く、その主人公の活躍が本当に楽しい。というか、笑ってしまいます。あまりにも無責任に広げられた大風呂敷に対する(正直この風呂敷を思いつくだけでももうすごい)、彼女のツッコミ——というよりも、堪えきれず漏れ出る容赦のない悪態のような。「わかる」と「ごめん」と「たのむ」みたいな気持ちが湧いて、ついつい感情移入してしまいます。
以下はネタバレ、というほどバレでもないのですが、でもできれば未読の人には見てもらいたくない内容を含みます。
その上で、というか本当に大好きなのが最終話『休憩室にて・2』、すなわちこの作品自身の物語とその決着です。最後に叩きつけられる〝それ以上〟の部分。まさかここまで真っ当(失礼)かつ真っ直ぐなストーリーを喰らわされるとは、正直微塵も思っていませんでした。
なにしろ前提としてメタをかなり広く自由に使ってしまっているので、どうしても物語自体が〝なんでもあり〟になっちゃう部分がある。あるはずなのですけれど、でもその状態から主人公自身のドラマをゴリゴリやって、しかもハッピーエンドにできる手段があったなんて……(※キャッチの伏線回収)。
いや本当、この最後一話だけでそれをやって、しかもそれがものすごく自然なんです。納得できる。普通に沁みるものがあるうえに、散々『ハッピーエンド』をやってきたこのお話の、自身が迎えたハッピーエンドがこの形というのがたまらない。端的な状況そのものとしては明らかに『つづく』(=エンドではない)で、つまりふたりの道自体はまだまだ先があるのですけど、でもいつか辿り着く終着点だけが予告されていること。
幸せなゴールの予感、という形のハッピーエンド。最高でした。発想力と物量でこちらを魅了しながら、最後にはメタをきっちりストーリとして使い切ってみせる(ハッピーエンドをもたらす存在自身の迎えるハッピーエンド)、とても綺麗な物語でした。
謎の念者
物語をハッピーエンドに終わらせるためにあらゆる手を尽くす二人の物語。ある種のメタネタみたいなお話ですね。「『下水工事の業者さんってこういう気分なんだな』と思い知りましたわ」で笑いました。
話の方向性を決定づけている一話がもうここからハチャメチャで面白いです。何というか、雑なものやチープなものを笑いながら楽しむ文化ってありますけど本作はそれをメタネタとして扱いつつ笑いに昇華しているような感じです。本当に笑ってしまう。
『蒼天のトライアド』で収集つけるために奔走する二人の猛烈な爆走ぶりは本当に面白かったです。本人たちは真剣にあくせく働いているんでしょうけど作中の登場人物たちは露ほども彼らの事情を知らないというズレがまた面白い。僕も同じ立場だったら「爆発オチで全員まとめて始末しろ!」とか過激なことを考えてしまうかも知れない……。
とにかく疾走感のあるコメディで面白かったです。腹筋に来ました。ほんと笑えます。
謎のハピエン厨
招き猫のタマさんと、とある男の生涯を描いた物語。言葉では言い尽くせないほど最高のお話でした。五億点です。いや五億点では足りない。天元突破点です。
まずタマさんというキャラクターがあざと可愛いくて最最最高なのですが、お話の方も非常によかった。少しずつ変わっていく主人公、そして変わらないタマさん。二人の会話から人生という重厚な時間が言外のうちに物語られているようで、圧倒されました。さらに「400年生きたからこそ分かる」というタマさんのセリフがリフレイン形式で効いているのがすごくいい。それが、二人の最後の会話になっているのも情緒をぐちゃぐちゃにされました。最後の一文も非ッッッッ常によくて、涙が止まりません。ハッピーエンドというお題とタイトルの意味を回収する、非常に鮮やかなお話でした。
泣いています。泣きながら講評を書いています。今まで読んできた中で、一番強く心を動かされました。正直、講評としての体裁を為していない文章になってしまったように思えますが、それほどまでに最高でした。このお話と出会えてよかったです。ありがとうございました。
謎の金閣寺
【描かれていない数多の夜を超えて】
偶然拾った(正確には拾われた)化け猫に気に入られ、なし崩しで部屋に住み着かれることになってしまった、ひとりの男性の物語。
個性的なキャラクターたちの織りなす、コミカルな掛け合いが楽しい王道ラブコメディ——かと思いきや意外や意外、静かで落ち着いた人間ドラマでした。いや最初の一話を見る限りどう見てもいわゆる〝落ちもの〟的なお話で、なにしろヒロイン(?)の人物造形が人物造形です。
自称『幸福を呼ぶ招き猫』のタマさん。時代がかった年寄り口調で喋るばかりか、見た目が頭に猫耳生やした小中学生くらいの女の子という、「ははーんなるほどそういうお話ねオッケー大好物」とこちらをすっかり懐柔してからのこの展開。やられました。単に「思った以上にいい話」というだけでなく、物語の形式というかスタンスというか、描き出される主題の大きさと暖かさがすごい。
でもその前に、というか「順を追って」と言いますか、なんだかんだタマさんの造形が好きです。普通にかわいい。ある種のありがちさ・あざとさがしっかり魅力として機能していて、つまりわかりやすい属性は結局どうしたって強いというのと、でも〝キャラクターとしての軸自体は決してそこに頼っていない〟からこその魅力を感じました。こういう人って本当に好き。ネタに走るでもなくてらいもなく、記号や属性をしっかりキャラクターの一部としてしまうこと。よく見れば主人公も結構それっぽいというか、例えばこのタマさんに全然なびかないところや、各話冒頭が呼びかけで始まっているところなんかは、非常にライトな手触りを感じました。絶妙。
と、コメディっぽい空気に見せかけておいて、というかその軽妙な文章/キャラクターの形式もそのままに、展開していく物語のこの、何? シリアスさというか内容の太さというか、とにかく胸に沁みました。嘘でしょ……まさかこんな物語が待っていたなんて……。
端的に言ってしまうならひとりの男性の、その生涯を幕切れまで追ったお話になるのですけれど。何がこんなにも「良い」のか説明が難しいというか、結構いろいろ積み重なっている感覚。主人公の人生における様々な苦楽であったり、長い年月を経ても変わらないふたりの関係であったり。ただその中でも一番強烈だったのは、やはり最後の第四話、タマさんの視点から見た物語の終幕です。
彼女の言う、「ひとつの幸福が生まれた夜」。その言葉から逆説的に連想される、彼女がこれまでに見送ってきたであろういくつもの夜。幸福なこともあればそうでないこともあったであろうそれらに、でもひとつだけ共通しているのは、彼女は常にそれを見送る側であったということ。胸に迫るその事実を、でも一切書かないままに表現してしまう。
効きました。想像の余地、という語で合っているのか自信がないのですけれど、でも言葉でもって語られないからこそ語られること。人と人ならざるものとの交わり、そこに避けようなく生じる道の長さの違いを描いた、まさかのラブコメ風人間ドラマでした。やっぱりタマさんが好きです。特に第一話、わりとドン引きものの過去をあっけらかんと語る場面。謎の生々しさと猫っぽさ(というか野生動物っぽさ)。大好き。
謎の念者
猫嫌いな男が少女の姿の化け猫と出会うお話。とある男の一生を描いた物語であり、同時に人間と人ならざる者との(そして寿命の違う二人の)交流を描いたお話でもあります。
めっちゃ良い話でしたね……四話を読んでいる最中はちょっと震えました。寿命の違う者同士、見送る者と見送られる者という関係性がまた切なくも麗しいです。長い生涯の中で様々なものを見てきた化け猫が、今またこうして離別しようとしている主人公にこれまでのことを語るシーンがとても心に響きました。
こういう「時間的スケールの違い」って上手く扱えるとすごくエモーショナルになる要素なんですけど、この作品では上手く扱えてるのを感じました。月並みな表現ですが小説が上手いです。
切なくも温かい読後感のある、素敵な締めくくりでした。
謎のハピエン厨
童話のようなお話から始まる物語。博士の元に訪れた男と、眠ったままの女性。この物語をどう解決に導くか、というのが見どころでした。またお話の雰囲気もよく、リアルな筆致でありながら非常に読みやすかったです。
最後の章で、冒頭の童話の意味が明かされた際は、「そういうことだったのか……」と思わず頷いてしまいましたが、強いていうなれば、少し分かりにくかったので、もっと直接的な表現をしても良いのかなと思いました。
ハッピーエンドというお題についても、無事に女性が救われ、また特効薬を生み出せたという点においてもしっかり回収していると言えるでしょう。
謎の金閣寺
【きっといつまでも続く、お伽話のその後】
お伽話の舞台となった深い森、その奥にある館を訪れる少年と、そして館の主人である博士の物語。
ファンタジー、あるいは伝奇のような(言い過ぎかも)風合いの物語です。全体的にダークな雰囲気が漂っているものの、でもダークファンタジーというのは少し違うような感覚。童話やお伽話をモチーフにするだけでなく、その裏に隠された現実やその残酷性を、ファンタジーという形で描き出したような作品です。たぶん。少なくとも自分はそのように読みました。
構成というかアプローチというか、物語のイントロである第一話『お伽噺』が興味深い。本当にここだけ短話完結のお伽話で、実質的には第二話から物語が始まっている。おそらく同一の森であることはすぐに察しがつくのですけれど、でもこのお伽話が物語にどのような形でつながっているのか、予測しながら読み進める感覚の独特さ。具体的にはリアリティラインの引き方というか、実際どこにどう線引きされているのか、それを手探りで見つけていくような読み心地が面白い。
というのも、本編がファンタジーであるのに対し、序章は完全にお伽話そのものなんです。例えば「魔女」やら「呪い」やらの存在が、でも果たして実際には「何」だったのか? いや創作的なファンタジーの世界と思えば、わりと字義通りのそれそのものでもおかしくはないのですけれど。でも『お伽話の魔女』と『ファンタジーの魔女』ではやっぱり違うわけで、ついついその辺りの繋がりや裏の意図を想像してしまう。特に絶妙だったのが第二話以降のファンタジー度合いというか、出てくるのは怪しげな館と博士であって、全然魔女とか呪いとかは出てこない——どころか、着せられた濡れ衣という形(いわゆる魔女狩り)という形で出てくるんです。
この感じ、材料だけは与えながらも確定させない、煙に巻かれるような感覚がとても好きです。本当なら可能な限り早く明示すべき『物語世界のルール』を、でもあやふやにしておくことでそれ自体を面白みに変えてしまう。言うなればある種のミスリードのようなもので、またそのために作中世界に伝わるお伽話を引いてきたことも絶妙でした。単純にイントロとしての役目を果たしながら、でも必然的に基準がふたつになるため、自然とそこに考えが向いてしまう。
以下はネタバレを含みます。
お話の筋というか、描かれる物語も素敵でした。特に結末で明かされるあれやこれや。本当にお伽話の世界というか、ある種の暗さのようなものも含めて、綺麗だけれど寂しさのある終幕。いつまでも森の奥で続く彼らの生活は、でもこの先もきっと今回のように、誰かのハッピーエンドの手助けをしていくのだろうと思わせる余韻。まさにキャッチコピー通り、終わらない世界に幸福を寄り添わせてみせた、優しくも耽美な物語でした。
謎の念者
「魔女」と呼ばれた少女を助けるために森にいる博士を訪ねる少年のお話。「むかしむかしあるところに、たいそう心の優しい、正直者の王子様がおりました」という童話や昔話のような書き出しから始まります。
冒頭の昔話と二話以降のお話がどう繋がるのかがちょっと分かりづらかったです。最後まで読めば分かるのかと思ったのですがすぐには分からなくて何度か読み返しました。途中に挟まる詩のようなものも、物語との関連性がいまいち分かりませんでした。ごめんなさい。
「勿論だとも。ヒトの根幹は同じだ」「それでも、同じであるからこそ、何に触れるかで如何様にも変わる」この言葉が好きです。「悪魔」や「魔女」といった濡れ衣を着せて私刑を行う人間の愚かさや残酷性といったものに直面した者の言葉として重みを感じました。とはいえ湿っぽくなりすぎず、小気味の良い締めくくりであったとこがお題の回収とも相まって良かったです。
謎のハピエン厨
吸血鬼、不死者となった二人を描いた物語。登場人物にハッピーエンドが訪れるというよりも、ハッピーエンドをテーマとして描かれたお話だと感じました。
料理と食事のシーンがとても印象的で良かったです。「それ」を当たり前の生活として送っているところに、二人の超越性が現れるような描き方に、思わず唸ってしまいました。この光景をここまでの解像度で描ける手腕がすごい。
とても切ないお話です。切なすぎて最終章の一つ手前の出来事が受け止めきれませんでした。同類が別な個体であってほしいと思いました。だからこそ最終章の鋭さが、耽美さと退廃さが合わさって凄まじい破壊力になっていたのだと思います。正直、圧倒されました。
切なくて、退廃的な不死者という存在、そして関係を描ききったお話だと感じました。水面の揺れるようなさざめきが、静かに、そして確かに心に残るようなお話でした。
謎の金閣寺
【幸福でなかった終わりと、終わることのない幸福と】
不死の特性を持つ吸血鬼ふたりが、家で共に食卓を囲むお話。
歴史の影に生きる吸血鬼の姿を描いたローファンタジー、あるいはある種の『if』を描いたSFです。が、その辺(区分けとしてのジャンル名)は正直どうでもいいというか、もしこの作品をひとことで紹介するのであれば、もっと別の単語を探したいような印象。ちょうどいい言葉が見つからなくて困るのですけれど、それでも無理矢理形容するのであれば、「人間の機微、心の細やかな有り様を描いた物語」というのが一番直観に近いかもしれません。というか、そこが好き。
面白かったです。とてもよかったのですけれど、でもどうしよう本当に言葉にできない……とりあえずぱっと見てわかることとして、文章の感覚がとても好きです。簡潔でわかりやすいのに情緒的というか、視点保持者の心情をその手触りごと活写したかのような一人称体。語り口だけでなく物事の切り取り方まで含めて、文章・文体そのものに人柄やその時々の感情を重ねる、この文章のウエットな感触が本当にたまらん感じでした。一文、あるいは一語から読み取れるものの多さ。
全体の構成は少し風変わりで、ふたりの主人公それぞれの視点を、各話ごとに交互に行き来する形で書かれています。なんならストーリーそのものも主人公ごとに別々と考えてもいいくらい。ただそこで生きてくるのが先述の文章の魅力で、書き分け、という言い方が正しいかどうかはわからないのですが(なにしろリズム自体は一緒というか、抵抗になるようなデコボコ感はない)、でも描かれているものの質感の違いにびっくりしました。
例えば男性の方(『おれ』)。淡々と、客観的な事実をただ並べる形で語られる物事。そしてその多くがこれまで歩いてきた足跡、すなわち過ぎ去った過去の物語であること。
そしてもうひとりの女性(『わたし』)。描かれるものは主に現在で、その先に見ているものもどちらかといえば、『わたし』や『貴方』の内側に存在している何かであること。
ずっと終わることができなかった人と、きっと終われないこの先について思う人。同じ不死の悩みを抱えながらも、まるで見ているものが違うふたり。互いの関係性の中にどうにもできない〝何か〟を抱えながらも、でもこの先も永久に共にあり続けるであろう/あり続けざるを得ないふたりの、この、こう、なんというか、あれです。何か。いやすみませんだってなんて呼べばいいのこの気持ち……ちょっとそう簡単には言い換えることができない、そういうものをこちらに投げつけてくれるお話は、間違いなく素晴らしいものだと断言できます。
特にそれが顕著(というか濃厚?)だったのが、やはり最終話である『幸福ぬ・終わら(終わらぬ幸福)』。この辺もうものすごく読み取れるものが多いというか、読んでいてビリビリ伝わってくるものがあるのに、でもそれを安易に「わかる」とは言いたくないところが本当に大好き。仮に自分なんぞがわかってしまったら、つまり吸血鬼でもなんでもない自分の理解の射程内にそれを翻訳してしまったら、その瞬間に魅力だけが一気に色褪せてしまいそうな恐れ。
感想にしてしまうのがもったいなく、何かを語るのもおこがましい。まるで大事な宝物のような「良い」を与えてくれる、壮大・壮絶ながらも繊細な物語でした。面白かったです!
謎の念者
吸血鬼の長い生涯のお話。5000字ほどの短いお話の中に人間とはタイムスケールの違う長命種族の生涯が詰まっています。
「いいけど、幸福に終わろうね」という同類の言葉に反して結局終わりを迎えることができない、というのは何とも皮肉な境遇だと思いました。「終わりがない」という、不死の種族の悲哀が心に響きます。
「ハッピーエンド」という概念そのものをテーマにしていると思われますが、「終わりがない」ものたちがどうしてハッピーエンドなど迎えられようか、ということを考えると、激しい情動もなくただ退廃的に体を重ねるのみとなってしまった彼らの顛末にも納得がいきます。
読み終わって、なんだかしんみりとした気分になりました。読後に心に残った寂寥の念も「悪くないな」と思えてしまう、そんな話でした。
謎のハピエン厨
絶対に「もうダメだろ」なお話。爆笑しながら読ませていただきました。「熟成……」じゃあないんですよ! とはいえぼくも危機管理能力が壊滅的で、賞味期限切れのフルーツサンドで腹を壊したことがあるので非常に共感しながら読めました。
どうなってしまうんだ、このまま限界クッキングが始まってしまうのかとドキドキしながら見守りましたが、最終的にはちゃんとしたステーキにありつけたのでよかったです。ハッピーエンドですね。あと、二人の仲の良さが微笑ましかったです。
ぼくは美味しそうな料理のお話よりも、こういう明らかにヤバイ料理のお話が好きなので、とてもツボに刺さりました。とても笑わせて頂きました。面白かったです。
謎の金閣寺
【きっと愛の物語(※個人の感想です)】
とある『日付』と格闘するひとりの男性の、長い葛藤と覚悟の物語。
ワンアイデアというかワンシーンを鋭く磨いたような、日常の小さな事件にクローズアップした掌編です。内容(というか題材)に加えて、約3,000文字という分量の短さもあり、この先はどうやってもネタバレになってしまいますがご容赦ください。冒頭ですぐに明らかになることではあるのですけれど、でもそこも含めてこの作品の魅力だと思いますので。
笑いました。紹介文(あらすじ)のなにやら深刻そうな雰囲気、日付って一体なんのことかと思ったらまさかそれとは! あるいは勘のいい人ならうっすら予想できたりするのかもしれませんけれど、自分は完全に想定外でした。やられたというかなんというか、タイトルの意味が早速わかってしまう瞬間。
そして基本的に半分以上はこのタイトル通りの内容、つまり主人公のジリジリした葛藤の物語なのですけれど、特筆すべきはまさにその主人公です。人物造形が面白い、というか、かわいい。なんでしょうかこの溢れ出るポンコツっぷりは……。
文章自体は三人称体、いわゆる神の視座で書かれたお話で、主人公についてもちょっと引いたカメラで観察している感覚なのですけれど、でもこの人がとにかくもう……なかなか稀有なキャラクターというか、特に激しかったり突き抜けたりしている何かがあるわけでもないのに、眺めているだけで笑いが湧いてくるって初めてです。セリフの三点の多さと、あと自分に言い聞かせるみたいな独り言、というか同じこと何遍も言ってるところ。そして言ってるうちにだんだん「イケる」気がしちゃってるところ。ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。
たぶん「放って置けない人」ってこういう人のことをいうんだろうなと、そんな感想をでもまさかというか、そのまま肯定するかのような後半の展開。放って置けない人を放って置けない人の登場。その彼がまたなんというか、あまりにも気が効くというか気遣いが完璧というか、溢れ出る愛を感じました。おおよそアガペーですけどでも解釈は自由、十分エロースでもイケる感じ。
というのはまあ冗談としても、しかしなんでしょうかこのほのぼの空間。最後までポンコツな主人公と、どう見てもその扱いに慣れきった理解のある彼。微笑ましい光景がお話の筋にうまくマッチした、でも突然の『飯テロ』が凶悪極まる脱力系コメディでした。主人公がおんなじこと二回繰り返すのが好きです。またそれがいわゆる〝天丼〟になっている(でも実は繰り返しの意味が微妙に異なる)のも。
謎の念者
管理能力が壊滅的な男が消費期限切れの牛ステーキ肉を食べようとする話。冒頭数行ですでに笑いそうになりました。
「ああ、イケると思うぜ。きっとあの世にな。絶対に食うのはやめとけよ馬鹿野郎」っていう友達の言葉が好きです。こういう洋画にありそうなジョーク、良いですよね。すごく好きです(最近洋画のパニック映画ばっかり見ている人)。
消費期限の切れたステーキの描き方が絶妙にいやらしくて、望むと望まないとに関わらずえげつないものを想像してしまいます。糸ひいてるのとかほんと最悪……うえっ。ほんと良い意味でキツい文章でした。
この肉を食べようとするのは……と読んでいて顔をしかめてしまうのですが、その一方で腐っていることを頑なに認めようとしない主人公の心情にも少しは理解できるところがあって、何というか、もったいない精神が発動してしまうんですよね。このもったいない精神がなかなか厄介で、かけたコストが高ければ高いほど諦められなくなってしまう……
友達が本当に良いやつで、彼の存在が本当に救いでした。彼がいなかったら主人公はハッピーエンドどころか死出の旅路へ向かっていたかも知れない……。
本当に面白いおバカ小説でした。こういうゲラゲラ笑えてしまう作品好きです。
111.光(ヒカリ)と光(ヒカル)/@yuichi_takano
謎のハピエン厨
なんだろう、このお話は……と思いながら読み進めて、最後の展開で度肝を抜かれました。悲鳴が出そうになりました。ヤンデレ、死生観のタグが物語っているように、まさに「そういうお話」だと認識した時の鳥肌がすごかったです。ある意味、ホラーのようにも感じました。ていうか、ヒカルの方もそれを受け入れているのが凄い。愛……。(LOVE……)
非常にインパクトが強くて良かったのですが、前半の「ーーーーーー」の持つ意味だけが汲み取れませんでした。そこはもう少し分かりやすいものであった方が良かったのではないかなと思いました。
謎の金閣寺
【絶対に揺らぐことのない愛を証明するために】
女子高校生のヒカリさんが、男子高校生のヒカルくんに向けてまくし立てる、生と死と愛についての長い口上のお話。
恋愛ものの掌編です。約3,000文字という分量の短さもあるのですけれど、でもある意味ではそれ以上に短い物語。なにしろ完全な一場面、おそらく十分にも満たない一瞬の出来事を切り取ったもので、しかもかなりの分量がセリフで構成されているため、勢いというかライブ感のようなものがありました。時間の経過が一定というか、読むのにかかる時間と作中の時間の流れが、そのまま正比例しているような感覚。
冒頭の勢いというか乱暴さというか、巻き込まれ感のようなものが強烈でした。大量の長音記号で埋め尽くされた本文。解釈に自信はないのですけれど、でも意識がクリアになった瞬間にはもう遅いというか、状況が掴めないままに一方的に捲し立てられているような感じ。加えて語られる内容が内容というか、滲み出る不穏さの質と量がすごい。愛について語って、そこから死が解放であるとかないとかのお話。しかもこちら(主人公)の返事を一切求めないあたり、どう好意的に解釈したところでまず尋常ではない。
とはいえ、果たしてこれがどういう状況なのか、そもそもふたりはどんな関係なのか、前提はまだなにひとつわかっていないのですけれど。いきなり無手で投げ込まれた『なんらかの状況』の中、会話や地の文から少しずつその詳細が明らかになる——のかと思えば全然そんなことはなくて、ただ一方的にまくし立てられるばかりなのが楽しかったです。っていうか怖い!
なるほど、まさしく「ヤンデレ」というタグの通り。ってことはこれ早く状況を掴まないと大変なことになるのでは? と、必死で読み進めるも、しかし辿り着いた先はまあ案の定の結末。この諸行無常感。なにより、結局最後までなにもわからなかったところ。この人たちの関係性どころか、性格や容姿等の人となりすらも。
なんだか衝撃的でした。パッと現れてパッと燃え尽きる火の玉のようなお話。そしてなにもできないまま、そこに巻き添えにされるこちらの命。いわばヤンデレシミュレーターのような、とにかく臨場感のある作品でした。ヒカリさんの長広舌が好きです。正確にはそこへの回答が、命を握られたヒカルくんの立場で読むのと、安全圏から眺める立場とでは違ってきそうなところが。
謎の念者
死生観について語るお話……と言えばいいのでしょうか。
冒頭の「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」が目を引きますが、目を引いただけで終わったという印象があります。単なる一発芸にしか見えませんでした。
作中で語られる死生観について言えば、タグに「ヤンデレ」とあるように精神を病んだ人間の支離滅裂な言葉と解した方が良いのだろうか、と思いました。あまり深く考えても仕方ない、というか深く考えすぎるとドツボに嵌まってしまうようなものなのかも知れません。その考えに至るまでの経緯が一切描かれていないところが何処か不気味さを醸し出していて、心胆寒からしめるものがありました。
112.ハッピー・マイライフ・エンド/@yuichi_takano
謎のハピエン厨
yuichiさんの二作目ですね。お婆さんと介護員の物語。全体的にお話の流れがしっかりおり、上手だなと感じました。
お婆さんが介護員に一目惚れをしてしまう、という冒頭の展開から「一か月以内に死ぬ」という不穏な噂を耳にする。この流れがいいですね。どういう展開になるのか気になって、するする読み進められました。
最後に待ち受けていた意外な展開には思わず唸りました。これ、県さんは最初からお爺さんを憑依させていたから、お婆さんが一目惚れをしてしまったということなんでしょうかね……。大切な想い出の中で逝けたお婆さんのことを考えると、ハッピーエンドというお題に対しても納得がいくものです。
ぼく自身、あまり見たことのないタイプのお話でとても楽しめました。介護員×降霊という発想が面白かったです。
謎の金閣寺
【実質十三歳の恋(※語弊のある表現)】
数年前に夫を亡くした七十三歳の女性が、二十三歳の訪問介護員の男性に一目惚れするお話。
恋愛ものです。いや世間一般に言うところの恋愛小説、ロマンティックな娯楽性を提供してくれる作品であるかどうかはともかくとして。恋愛を主軸に据えた物語という意味では、きっとこれ以上ないくらいには『恋愛もの』です。
なにしろ主人公の設定がすごい。七十三歳の未亡人。それも何か創作らしい特殊な設定があるわけでもない、ごく普通のお年寄り。小説の主人公、特に視点保持者としてはかなり珍しいタイプでないかと思います。一般に青年期くらいの主人公が多い中(感情移入等を考えるとどうしても有利)、これだけでもう十分挑戦的であると言えると同時に、ある意味では創作としての強みを存分に生かした作品と言えるかしれません。自分で経験したことのない物事であっても、つまり読者の年齢がまだまだ七十代に遠く及ばなくとも、でも創作なら想像させたり共感させることができる。
以下はネタバレを含みます。結構重大だと思いますので、本編未読の方はご注意ください。
お話の筋というか、展開の持って行き方が好きです。単純な惚れたはれたや恋の鞘当てのお話でなく(いや恋愛感情そのものはこれでもかってくらいに描かれているのですけれど、でも)ストーリーとしての起伏はまた別のところにあること。
憧れの相手である県さんにまつわる噂。不穏な噂というか危険な香りというか、どこか得体の知れないところのある彼に、でもどんどん惹かれてしまう主人公。この辺が実に巧妙というか、主人公はその『噂』を聞いてなお一顧だにしないのですけれど、読者の立場だとどうしても警戒してしまうんですよね。何か良くない結末が待っているんじゃないかと。
それだけにこの物語の結末、明かされた真相が本当に素敵でした。安心したというか反省したというか(疑ってごめんなさいってなりました)、最後にほっとできる優しいお話というのは、やっぱり素晴らしいものだと思います。
ストーリーをざっくり俯瞰で要約するなら、『人生の締めくくり直前に起こった奇跡(あるいはそれをもたらす人)』のお話ということになると思うのですが、でもそれをヒューマンドラマのようなアプローチでなく、恋のお話として描いているところが独特でした。生きた主人公の皮膚感覚に沿って描かれる、臨場感のある恋のドキドキ感。いくつになっても恋は恋であると、そんな主張を強く感じると同時に、でも老いのせいで体がついていかない部分もしっかり描かれている。理想だけでは回らない世界。老いや人生の終わりを真っ直ぐ捉えながら、でも恋の輝きを綺麗に活写してみせた、寂しくも優しい物語でした。
謎の念者
老婆が訪問介護員に恋をするが、その介護員には不穏な噂があり……というお話。
実に上手い小説でした。恋する老婆の焦燥や罪悪感などの懊悩を描きつつ、県さんにまつわる不穏な噂を持ってくることで「先が気になる」という気にさせてくれて一気に読み進んでしまいました。
ラストはやや唐突ではありましたが、どんでん返しに唸らせられました。お婆さんがハッピーなエンドを迎えたという意味でお題も鮮やかに回収されていました(読み終えると、なるほどタイトルの通りのお話だったな、と思いました)。嗚咽をもらす県さんにかけられた言葉が、胸にじんわりと染み渡るようです。
切なくしんみりとしつつ、胸に染みていくような、そんなお話でした。
謎のハピエン厨
かぼちゃにまつわる物語。読みながら泣いてしまいました。
お話はとある人物の半生を振り返りながら、そこにかぼちゃが添えられている、というものです。お婆さんにとっては辛く、悲しい想い出なのですが、それで泣かされたというより、時間の流れや追憶、お婆さんの心情をしっとりした筆致を描かれていたため、その素晴らしい雰囲気に涙腺を持っていかれた、という感覚が一番近いです。強い脚色やエンタメ的な演出に頼らず、ありのままの風景が語られているからこそ、強く胸に響いたと感じます。 また、辛い想い出と向き合えるようになった、という観点からもハッピーエンドに対する説得力が上手いと感じました。
上手く講評に変えられた自信は無いのですが、心が透き通るような良い読後感のあるお話だと感じました。とても良かったです。
謎の金閣寺
【過去の傷を上書きするのは大事な人の幸せ】
幼少期、戦後の食料事情から散々かぼちゃばかりを食べさせられた女性が、長い年月を経てそのトラウマを克服するまでのお話。
かっちりした手触りの現代ドラマです。いい話、なんて言い方ではあまりにも漠然としているのですけれど、でも本当に心温まるいい話。
食卓に上るかぼちゃを題材に、ひとりの女性の人生の足跡を振り返るお話で、『食』によって世界を切り取るアプローチの丁寧さと、時代の移り変わりを感じさせる時間のたたみ方が光っていました。特に魅力的なのがその現実生の手堅さ。謎や事件や不思議が一切出てこない、ひとりの人間の人生をただそのまま描いた、その姿勢というか物語自体のコンセプトのようなものが嬉しい作品でした。
少し風変わり、というか読み始めてすぐに目を引かれるのは、構成(形式?)の独特さです。一話おきに時制が切り替わり、特に偶数話は現代からの視点となっているところ。つまり本作は主人公が現在から過去を振り返る形式のお話で、この構成が非常に技巧的でした。現代パートは比較的短く、全体のリズムを整えるような役割も果たしているのですけれど、でもそれ以上に好きなのは、先に解決を予告している点。
というのもこのお話、実質的にトラウマに苦しむ様子を描いた物語には違いなく、またその発端も戦後の食糧難というシビアな現実だったりするわけです。もしそのまま時系列順に語ったなら、きっとどうあがいても暗い話になるであろうところ、でも先に現代を見せることでその重さを回避している。おかげで読んでいて辛くないというか、少なくとも先の見えない暗闇の中を歩いているような感覚はなくて、そしてそれこそが本作の肝、あるいは一番大事なところです。このどこまでも優しく晴れやかな読後感は、きっとこの構成であればこそのもの。
そして「辛くない」とは言ったものの、でも好きなのはやっぱりこの過去の出来事。発端となった幼少期の思い出を皮切りに、青春期に出会った意外な救済(というほどではないにせよ、でも重荷を少し分け合えたような小さな救い)、そしてそれを『乗り越えるべきもの』として対峙する母としての日々。それぞれにしっかりとした手応えがあり、まただからこそ描き出される彼女の成長の、その自然さが胸に沁み入るかのようでした。
伯母さんの嫌なやつっぷりと、あと前山さんのちょい役っぷり(※語弊のある表現)がものすごく好きです。特に後者。人生のうちの一瞬関わっただけだけど、でも強く胸に刻まれる人。総じて、大袈裟な舞台装置や派手なレトリックに頼ることのない、どこまでも堅実で実直な人間のドラマでした。
謎の念者
戦時中に幼少期を過ごしたとある女性と、彼女のトラウマとなったかぼちゃのお話。中学校の教科書に載っている戦争文学作品のような雰囲気を感じます。
戦時中の辛い体験がその後の人生の呪縛となり、それに苦しめられていた主人公が、最後にその呪いから解放されるお話だと思いました。タイトルにもあるかぼちゃは物語における小道具のようなもので、いわば戦争体験の象徴みたいなものなのですね。
そうした経緯を踏まえて最終的に孫たちのためにかぼちゃの料理をテーブルに並べる場面を読むと、何かこう、心を動かされますね……。そこに至るまでの主人公の心情が克明に描かれているからこそ、この解放のカタルシスがより強いものとなっているのだな、と思いました。
軛からの解放を描いた、良いハッピーエンドでした。面白かったです。
謎のハピエン厨
恋人にフラれたあとの物語。ハッピーエンドとはなんぞや、という問題提起を、しっかり物語の中に落とし込めていましたね。こういった問題提起は、やはり登場人物の体験、信条を通して語られる方が説得力がありますから、そこをしっかり抑えていただいたのはよかったです。だからこそ、委員長のキャラクターもしっかり立っていると感じました。
お話の結末は元の鞘に収まらない形となりましたが、それでも二人にとってはいい結末のようにも思えました。綺麗な人間関係の終わりというか、大人になって思い出した時に「そんなこともあったな」といい意味で思えるような、そんな終わり方のように感じました。
謎の金閣寺
【フィクションだったらゴールになるはずの地点】
念願叶って憧れの女子と付き合うことになった男子高校生が、でもその三ヶ月後にあっさり振られ、やり場のない気持ちを抱えて右往左往するお話。
コメディです。初々しくも苦々しい青春の失敗をコミカルに描いた物語。身も蓋もない言い方をしてしまうなら「フラれ男の悲哀」のような、わりとどうしようもない自家中毒についてのお話です。したがって必然的に、といっていいのか、主人公がひたすら青臭く、なにより結構ポンコツなところが素敵でした。まさに青春。
実質的に出オチしている導入が好きです。というか、それを可能にしてしまう主人公の人格そのものがすごい。憧れの相手と付き合い始めることを、『ハッピーエンド』と事実上のゴールとして捉えているところ。詳細はわからないため一概には言えないといっても、でも順当に考えたらそりゃそうなりますよね普通——と、皆まで言わずとも伝わってしまう、冒頭二行のこの説得力。初手から剥き出しにされるキャラクター性。いやこれだけならまあ幼さの範疇と言えるのですけど、でも「だけ」で済もうはずもなく……他にもあげたらキリがないというか、細部からバリバリ伝わる「いや逆によく三ヶ月も保ちましたねお前?」感。
例えば最初の一話だけでも結構露骨で、そして二話三話はもう言うに及ばず。というか、どんどん加速します。ううー若い! いや若さとかの問題なのかこれは!? 主人公の人物造形がなんとも絶妙で、なんだか自分のなかの何かをめちゃめちゃに煽られたような気分です。
もうすっかりやられたというかいろいろガッタガタにされたというか、見た目以上に質量のある青春物語でした。
謎の念者
恋人に三か月で振られた男の子のお話。
色恋の話は(前の講評にも書きましたが)咀嚼が難しいので、作中で語られるハッピーエンド論についての講評に代えさせていただきます。
「何か良いことがあっても、次の日には悪いことが起きるかもしれない。人生はハッピーエンドとバッドエンドの繰り返しだよ」という言葉が印象に残りました。この言葉、中国の陰陽思想に通ずるものがありますよね。なるほどハッピーエンド論としてはもっともだと納得できます。「禍福は糾える縄の如し」という言葉もあることですしね。そこから「ハッピーエンドがあるから、バッドエンドも乗り越えられるってこと」とさらに一歩踏み込んで希望を持たせる形になっているのもよかったです。
終わり方も前向きで、からっと爽やかでした。綺麗な終わり方だったと思います。
謎のハピエン厨
姉が亡くなってしまった女の子と、その彼氏の物語。悲しい出来事を乗り越えるための、彼氏の言葉が非常に良かったです。
最終章で挟まれる、姉との想い出。その質感に圧倒されました。脳を揺さぶられるような衝撃でした。たまに唐突に思い出す記憶としての再現度というか、リアリティがすごい。そのせいもあってか、このシーンで少し泣いてしまいました。非常に素晴らしい描き方だと感じました。またドリアンソーダがアイテムの使い方もいいですね。形容し難い味と、一筋縄ではいかない過去の出来事が、まるで対比のようだと思いました。
お話として非常によく纏まっており、良い読後感のあるお話だと感じました。面白かったです。
謎の金閣寺
【受け止めきれない喪失と、それでも続いていくその先のお話】
三週間ほど前に姉を亡くした高校生の少女が、付き合っている男子と初めて「そういうこと」をしようとするお話。
面白かったです。きっと誰にでも訪れ得る喪失、身近な人の死を題材とした現代ドラマで、でもいわゆる「泣けるお話」とは違います。もちろん胸にこみ上げてくるものは山ほどあるのですけれど、でもこのお話を悲劇や感動の物語として括るのはさすがに無体というか、とどのつまりは正真の成長物語です。ビルドゥングスロマン。それだけ、というか、本当にそこにのみ軸を絞った物語。
文章が好きです。特に、というかはっきり印象に残るのは、やっぱり冒頭一行目の鮮やかさ。書かれた内容、「死」と「そういうこと」の強烈な印象以上に、それら(文の前後)がどう繋がるのかわからないところ。興味を引きつける力があって、またその先も滑らかに進むため、あっという間にのめり込んでしまいました。
総じて読みやすく、また情報の出し方並べ方も巧みで、本当にスイスイ読まされてしまう文章なのですけれど。でも真の魅力というか本当に恐ろしいのは、その語り口に宿る気配の切れ味、文体ひとつで一個の人間を表現しているところです。視点保持者の性格や人柄、またその時々の心情に沿った一人称体の、その精度なのか練度なのか、とにかくこんなの初めて見ました。なにこれすごい。
文の意味や内容でなく、その書き方自体に宿る情報の濃密さ。つまり〝読んでいる内容と同時にそれ以外のものをも読み取る〟ような感覚。これがもう最高に気持ちがよくて、いやそれ以上に脳への染み込み方がやばいというか、共感や感情移入を引き起こす力が凄まじい。
以下はネタバレを含みますが、でも物語の内容に関しては正直なところ、とても語りきれるものではありません。したがってどうしても語弊のある言い換えにしかならないのですが、どうかその点ご容赦ください。
ハッピーエンドというものの解釈というか、それをもっと大きく広げた「意味」というものの扱われ方が好きです。「意味を付け添えてしまわないように」という主人公の望み。そのための行動である「全部チャレンジ」や「そういうこと」。それは姉の死を受け止めるための——というよりは、姉の死と同じところに〝姉の死以外のすべて〟を持ってくるような行動。
きっと傍目には大丈夫じゃない彼女の、それは露骨な無茶というか、自棄にも似た行動なのでしょうけれど。でもそこ(彼女の中)にはしっかりとした理路があって、そしてそれはどうしても実践されなくてはならない、という、その焦燥がはっきり実感として(それも文字としては書かれていないにもかかわらず)伝わること。
そして最後、第三話でもたらされる解決がもう最高でした。主人公の、一見淡々と語るようでありながら、でもあちこち揺らぎっぱなしの心許ない文の歩み。でもその介添えとなる唯一の存在、笹山くんの付けてくれた筋道の明るさ。その結果として物語の最後に辿り着く答え、「この先も絶対になくなることはない」という結論、それ自体も素敵なのですけれど。しかしなにより重要なのは、それが彼女にとって「大事にとっときたい」言葉によって示されたことなのだと思います。
手繰り寄せるようにメモされた言葉は、姉を失って三週間、きっとようやく目の前に現れた〝縋れる何か〟。そこへ向けて必死に伸ばされる手の、いや実際にはスマホを操作している場面なのですけれど、でもだからこそなおのこと、その姿が本当に胸に刺さるというか、いやその、もう自分でも何を言っているのか分からなくなってきました。この物語から受け取ったものが多すぎて、そこに感じたものはあまりに鋭く、だからそのすべてがまったく言葉になりません。とにかく大好きなお話でした。好きすぎてとても言葉にできそうにない(できてない)。
笹山くんが好きです。笹山くん自身のことが好きな以上に、彼がこの物語にいてくれたこと自体がもうどうしようもなく好き。例えば、これは本当にただの想像としての『例えば』なのですけれど、もしそこに笹山くんがいなくて、いつか彼女がひとりでその答えを手に入れたとしたら。それは成長物語ではあったとしても、きっとハッピーエンドではなかったはずだと、ほとんど確信のようにそう思うので。とても面白い物語でした。大好き。
謎の念者
姉を事故で失った女の子と、その彼氏のお話。
生と死について考えさせられるお話でした。兼好法師の徒然草にある「四季はなほ定まれるついであり。死期はついでを待たず」(四季には決まった順序というものがあるのだが、死期は季節のように順番待ちなどしない)「人皆死あることを知りて、待つこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る」(人は皆死があることを知っているのだが、しかし急に死ぬなどと思っていない時に、思いがけず死というものはやってきてしまうものだ)という言葉が思い出されます。
「私の中にある「お姉ちゃんがいた意味」は、この先も絶対になくなることはない。巨大な無意味がそれを連れ去っていこうとしても、決して放してはいけない」という独白が印象に残っています。この部分からは、唐突に姉の命を奪い去った不幸に抗い、不幸を乗り越えていく力強さを感じることができました。
謎のハピエン厨
ペンギンのお話。もしも彼らの声が聞こえたら……という想像のようなお話で、面白いなと思いました。ペンギンの生態についても興味深く感じました。
卵の由来を巡る二人の行き違いは、まるで人間同士のドラマを見ているような気分になりました。ペンギンも大変なんだな……としんみりします。
最終的には卵の由来は分からずじまいでしたが、そういう分からないことを受け入れつつ、協力して子育てに励む二人の姿はまさにハッピーエンドと言えましょう。信頼という言葉の本当の意味を改めて考えさせてくれるような、奥深いメッセージのこもったお話だと感じました。
謎の金閣寺
【ペンギンのカップルのお話】
とあるペンギンの同棲カップルの、恋と子育ての物語。
不思議な手触りのお話です。設定面、少なくとも「ペンギンが喋る」という点においては童話的(ファンタジー的)なのですが、でもお話の内容自体はそこまで牧歌的でもない。愛らしくはあっても決して子供っぽくはなく、描かれているのはあくまで恋人同士のドラマ。同性カップルではあるものの別にBLというわけではなく、でも物語世界自体はものすごく自然にそこに存在している。ちょっとうまく言えないのですけれど、この作品全体を言い表すための個性というか、「このお話らしさ」のようなものが、ジャンル的/類型的なものに依らず独立しているような感覚。この物語のありようがとても魅力的でした。自然で、しっかり確立されていて、しかもスッと理解できる。
お話の軸そのものは恋人同士の葛藤、小さなすれ違いとその解決を描いたものです。のんびり屋さんで鈍感な主人公・ジッタと、繊細で神経質なところのある恋人・フィン。この性格の差から生まれるすれ違いから物語は始まっているのですが、彼らのこの性格の生々しさが最高でした。
例えば、というか、特にわかりやすいのがフィンの方。いきなり大声出して対話不能になっちゃうところとか、からかわれると強い力で叩いてくるところとか。この、なんでしょう、ありありと伝わるピーキーさのような。というか、ジッタをして「なんというか」と言い澱ませてしまうところ(この「なんというか」の一語から伝わる情報量好きです)。
この関係。非常に危なっかしいようでいて、でもそんなに重くも黒くも感じないのは——まあ彼らがペンギンだからというのもあるのでしょうけれど、でもそれ以上に——フィンを見つめるジッタの目線が優しいからだと思います。もちろんフィンはフィンでその気持ち自体は本物というか、さっき挙げたあれこれも結局は思いの現れみたいなところがあって、その辺りの真っ直ぐさがもう本当に大好き。心が温まる、なんて言い方ではちょっと他人事すぎるというか、だってもう単純に可愛い。何かわかりやすい激しい場面、強烈な展開があるわけではないのに、交わされる言葉や向けた視線のような細部から、お互いに思い合う気持ちの強さがちゃんと読み取れてしまう。
なにより触れずにおれないのが結びの展開、というか最後の一文です。きっとただ感じたままを述べたわけではなく、ある種宣言にも近いなにかであることを示すこの「少なくとも」の用法! なにより彼をしてそう言わしめる心の中の論拠というか、このお話を経て生じた変化のようなものがとても好きです。成長というか、はっきり「乗り越えた」というのがわかること。総じてなんだかにやけてしまうというか、嬉しくなっちゃうような素敵な作品でした。柔らかくて優しい漢字の開き方が好きです。
謎の念者
ペンギンのカップルのお話。ペンギンの生態、特に同性カップルの形成にスポットライトを当てたお話であり、彼らを擬人化して描いた作品でもあります。
ささいなすれ違いとその和解、解決に力添えする存在……など、「ペンギンの人間ドラマ」のような雰囲気があります。登場人物がやや多く、作中に登場するペンギン同士の関係性の把握に少しばかり難渋しました。
「夫婦喧嘩は犬も食わないってな。犬なんか見たことないけど」このジョーク好きです。人間であれば犬を見たことのない人は殆どいないでしょうし、ペンギンだからこそを感じることができます。思わずくすっと笑ってしまいました。
謎のハピエン厨
不死者の王とダニエルの物語。世界観も描き方もさることながら、文章遣いが非常に上手だと感じました。冒頭のシーンでダニエルが両親を指差すシーンは、情報を極力削ぎ落しているからこその情緒深さが演出され、また各章の冒頭で描かれるダニエルの呼ばれ方からは、暗に時間の経過を示されています。こういった手法が上手だと感じました。
お話としてはよく纏まっており、世界感も非常にいい雰囲気だったのですが、というかこれは完全にぼくの好みと興味全部によるんですが、設定の開示がもう少し欲しかったな、という気持ちが強かったです。不死者とはなんなのか、十字架の青い宝石はどういうものだったのか……。この辺りは是非とも知りたかったです。それが無くとも二人の関係を描き切った点においては十分完成していると言えるので、完全にぼくの好みの話なのですが。
ハッピーエンドというお題の回収も絶妙でした。一歩踏み違えればバッドエンド一直線の展開を、上手くコントロールしながら救いを感じさせてくれました。とても面白かったです。
謎の金閣寺
【寄る辺なきもの同士の長い道行き】
不死者の王と呼ばれる麗しの乙女・ココと、彼女に拾われた天涯孤独の少年・ダニエルの、長い旅路とその行く末のお話。
ファンタジーです。どこか童話やお伽話を思わせる、寂しくも優しい雰囲気の物語。大筋としては王道、というか物語としてのカタルシスや満足感のようなものをしっかり与えてくれるお話で、紹介文の通り「めでたしめでたし」で終わってくれるところが魅力的でした。いや正確にはまったく手放しで「めでたし」と言えるかどうかは難しいのですけれど、でもそこに〝だからこそ〟と言えるのが、このお話のいいところ。というか、一番好きなところです(後述します)。
物語全体から醸される、どこかうら寂しいような雰囲気が好きです。主人公らの抱えたある種壮絶な背景、例えば主人公が天涯孤独の身であること、というか家族を処刑されていること(しかもその場面から物語が始まっている)。また事実上の保護者となったココの、その背負った運命の重さなどなど。
濃厚な死の匂いと、死ねないものの持つ悲哀。でも暗く寂しい物語だからこそ、寄り添う彼女の手のひらの温かみがよりはっきりと伝わる。というか、もう言葉を飾らず個人的な欲望に素直な感想を述べるのであれば、とても素敵な〝おねショタ〟だと思いました。好きなんですこういうの。その後の展開、というか設定上の必然、この旅がいつまでも続くわけではないというその予感も含めて。
この先はネタバレを含みますのでご注意ください。
不死者の王としての特性として、ずっと老いることもなく死ぬこともないココ。彼女と旅路を共にした『ダニエル』たちは、でも必然的にいつかは彼女を置き去りにすることになる。その種族差に起因するすれ違い、生きる時間の違いによる別離がとても沁みる——というか、この構成だからこそなお効きました。
主人公の「いつか大きくなって彼女を守る」という夢が、でも「いずれ先立つことになり彼女をひとりにしてしまう」という現実と重ね合わせになっていること。あるいは逆転というか、望んでいたはずのものが実は一番望まない道だったという、この残酷さが非常に印象深く、そしてなによりというかなんというか、その上で迎えたこの物語の結末がもう。
素敵でした。無事に間に合い、彼女に手が届くというハッピーエンド。実のところこの終幕、ただ幸せなばかりでは決してないというか、起こった事象を客観的に見るのであれば、より険しく悲壮な道へと我が身をなげうっているとも言えるんです。壮絶な覚悟がなけれはなしえなかったその行為を、でも決して「悲壮な自己犠牲」などとは思わせず、しっかり「幸せなゴール」として読ませてくれる。この説得力、優しく納得させてくれる物語の力のようなものが、なにより嬉しいお話でした。
謎の念者
不死者ココと彼女に連れられるダニエルのお話。
いずれ死ぬ者と死なない者同士の関係性を描き出し、死にゆく者がその答えを出す、といったお話でした。
最後のダニエルの選択はこの手の話としては古典的でありますが、そこに至るまでの書き方が秀逸です。老人との交流、明かされる真実……結末は何となく読めてしまうといえばその通りなのですが、それでも心揺さぶるものがありました。
文章力がまた高くて、ごちゃごちゃとせず洗練された文章故に読みやすく、疲れた頭でもするすると読めました。読みやすさってとても大事ですよね。
不穏さを含んだ空気を含ませつつ、最後は救いのある終わり方で、良い読後感でした。
謎のハピエン厨
とあるエルフの物語。死期が近いと宣告されてもなお、淡々と普段通り生活していると思いきや「実は怖いんだ」と吐露する場面は非常に見ごたえがありました。静かに、淡々とした生活感を演出するのが非常に上手で、とても雰囲気がいいお話だと感じました。
最後のシーンも良かったです。インリドが「歌おう」と思ったこと、「笑おう」と思ったこと、それ自体がハッピーエンドなのだと思わせるに十分な、美しい締めくくり方だと感じました。
不思議な静けさを持つお話で、読んでいて穏やかな気持ちになれました。非常に良かったです。
謎の金閣寺
【「百合とは何か」という問いに対するひとつの正解】
田舎の村に住むようになって百年超、不意に体調を崩したエルフのインリドが、老齢の女性医師ヨハンナの診察を受けるところから始まる物語。
百合です。エルフの存在する異世界を舞台にした、日々の生活と回想のお話。できることならただ「よかった」と、そのひとことで済ませてしまいたいくらい。綺麗で、静かで、でも深く胸を打つ作品です。
驚いたのは、というか何よりも好きなのは、このお話が本当に「百合」としか表現できないところ。インリドとヨハンナ、このふたりの女性の関係性を、もっとも適切に形容しうる言葉は何か。少なくとも「恋」ほど甘くも切なくもなく、「友情」というには深く穏やかすぎて、「絆」なんて語では何も言っていないに等しい。あるいは「愛」なら間違いではないのかもしれないけれど、でも熱く燃えるような性愛のそれとは正反対で、なのに博愛では決してない。翻訳のできない何か。故に「百合」という、ある種曖昧な共通認識のもとにのみ成り立つ、そして定義の辺縁を綺麗に断ち切ってしまわない運用をされる語の、その範疇だけに含まれる——というのはもはや当然として。
その芯に限りなく近い部分を、ぴったり撃ち抜いてくるかのような作品。
というのもこのお話、いやこう書くと語のインパクトが強すぎてイメージを既存しそうだから言いにくいのですけれど、老齢同士の百合なんです。
片一方(主人公の方)はエルフなので絵面的には若々しいのですけれど、でも老いの度合いで言えば(実年齢でなく、人間に置き換えても)むしろこちらが上。もう一方は現役のお医者さんで、でも六十歳前後の人間なので見た目は結構おばあちゃん。こう書くとどう考えてもキワモノっぽく見えてしまって困るのですけれど、でも実際は全然飛び道具でも捻った話でもなく、しっかりお年寄りしてるのに王道かつ高濃度の百合そのもので、もうこればっかりは「読んでみて! 本当だから!」以外に言葉がありません。どう説明しろっていうの!
以下はネタバレを含みます。というか、これだけだと実質ただジャンルを説明したにすぎないので、この先はもう少し内容に踏み込んだ話になります。
本作はいわゆる異類婚姻譚、というか種族の差による寿命の差を題材にしており、つまりは「死別」を描いたお話です。ただ先立つ方が一般的なそれとは逆で、つまりアプローチが逆転しているところもあるのですが(そしてそうでなければ描けないものが詰まっているのが魅力なのですが)、いずれにせよ言えることとして、このお話の行き着く先には『死』があるわけです。
避けようのない終点、老いによる「終わり」の物語。見送ってきた側がそちらに立つことで見えてくるもの、あるいは長命なはずの存在でさえ逃れられないという現実、等々、意味や意義はもう山ほど詰まっているのですが、でもそれ以上に胸に突き刺さるのは、それを〝自ずから読み解かせてしまう〟力。
死という終わりがあって、そこに対する恐怖がある。あることがはっきりわかるのだけれど、でも書かれてはいない。最期の瞬間を描かないのはもとより、恐れという感情すらたった一行、終盤手前に独白として置いてあるだけ。書かれていないものが読める、というか、書いてないからこそわからされてしまうこと。その先やその奥を自発的に考えさせられてしまうような、なにか物語性の力学のようなものを巧みに使った、きっと小説だからこそ可能な情緒の揺さぶり方!
最高でした。きっと文字媒体でなければ描き表し得ないお話。心の底から「ストーリーを摂取してる」と実感できる、本当に素敵な物語でした。面白かったです。
謎の念者
死期の迫ったエルフと、そのエルフを診察する医者のお話。「長命種が直面した死」というものを扱ったお話でした。
魔女の噂のくだりが好きです。エルフが村に移り住んだ時にできた噂が人から人へと口伝いに受け継がれていっているのをエルフが傍観するさまは、人間とエルフの時間的スケールの違いを感じて効果的だと思いました。
もう一つ、会ったばかりの子どもに自分の抱える恐怖を明かすシーンが印象に残りました。死が遠いものであるからこそ、いざそれが目の前に迫ってきた時の恐怖たるや、想像を絶するものがあるのかも知れない……などと考えてしまいました。
「死」というものを扱う以上全体に流れる湿っぽさはあるのですが、それでもしっとりとした美しさを感じます。「枯れ木も山の賑わい」という言葉がありますが、本作は枯れ木のようでありながらそれ自体にえもいわれぬ魅力がある、そんな感想を抱きました。
謎のハピエン厨
都市伝説の物語。ゴリラを出すタイミングがめっちゃ上手でした。ぼくとしては最後、もっと強めにゴリラをドライブさせてもよかったんじゃないかな、と思いました。それが許されるくらいゴリラを出すタイミングが上手かったし、都市伝説の解決としての落としどころにも納得がいくものだったと思います。
ゴリラが出るまでのお話もリアリティが感じられて良かったですし、不意打ちが非常に利いていて上手いな、と感じました。この調子で不意打ちゴリラを極めましょう。
謎の金閣寺
【『〝物語〟にまつわる実話』風の物語】
主演女優の命を奪う呪われた舞台演劇と、その呪いに巻き込まれた劇団員、そして彼ら相談を受けた都市伝説ハンターのお話。
実録ルポ風のホラーです。より正確には「実録ルポ風のホラー風の物語」といった趣の作品。 お話の持つカタルシスの方向性というか、要は面白さの軸のようなものが、巧妙にスライドしていくような感覚。ただこれは「フェイント」や「騙し」といったものではなく、どちらかといえば形態模写、いわゆるパスティーシュの楽しみというべきものではないかと思います。
見た目のホラー感、「怪異による恐怖を読者に与える」というのはあくまで表面上の形式にすぎず、実際には「事件の発生とその解決(及び謎の解明)」にこそ物語の面白みがある。非常に凝った構造の作品で、メタ構造(というかある種の建前のようなもの)をうまく使ったお話でした。
と、こう書くとなんだか難解なお話のようですけれど、でも難しいところはまったくないというのがまたすごい。単純に構成面、例えば章題一覧を見ても入り組んでいるのは明らかなのに、でも普通に真っ直ぐ読んでいける。この構成、劇中劇の場面(幕とつく回)と都市伝説ハンターによるルポ(Chapterで始まる回)とが交互に並んでいるのですけれど、でもただの演出かと思えばそうではなく。この二本の流れが最終回、ぴったり収束するのが心地良かったです。
以下はネタバレになります。それも未読の方は絶対見ないほうがいいやつなのでご注意ください。
事件の真相、というか、そこへとなだれ込むための強烈なフックというか、具体的には第五話『五幕』の一番最後の一文がもう大好き。やられました。これでやられない人間はいない……こういう不意打ちは大好物というか、この舞台装置は不意打ちで使ってこそというか、そんな「よくぞやってくれた」というような爽快感ももちろんあるのですけれど。
なにより好き、というかもう手放しで称賛できるのが、〝それ〟が一切の無理なく物語に合流しているところ。
初見のインパクトとは裏腹に、その存在をしっかりストーリーとして理屈づけられ、なによりそれが物語上の最大の鍵として機能していること。その丁寧さと、そして物語自体の真剣さ。どう見てもふざけているとしか思えない一撃を解き放っておきながら、でも物語そのものに対してはなにひとつふざけることはなく、ただ王道の結末に向けてしっかり歩き通す。この感動、というか盛り上がりはもう、どう言葉にしていいかわからないくらいです。なんというか、「そうだよこうでなきゃ!」というような。もう本当に大好き。
結末が好きです。悲劇からの救出という、まさに文句なしのハッピーエンド。実質的にはホラーではないからこその終わり方というか、この幕切れだからこそホラーたり得ないというか。いずれにせよ本気でストーリーを貫き通してくれる、その手抜きのなさが気持ちの良い作品でした。やっぱり〝それ〟が好きです。あの瞬間のインパクト。最高。
謎の念者
とある演劇にまつわる都市伝説のお話。
かなり読み応えのあるホラーでした。所謂「公演したら呪われる」呪いの演劇のお話なのですが、恐怖の演出が凄くよかったです。虚構が現実に侵食し危害を加えてくるこの感じ、ぞわっとしました。このぞわぞわしたり、いやーな気分になる感じ、まさしくホラーですよね。
ことの解決にはあの黒い毛むくじゃらの獣が登場するのですが、あのGから始まる霊長目の使い方も上手くて舌を巻きました。あのGの獣ってインパクトが強すぎて登場させるだけで場の雰囲気を完膚なきまでに破壊してしまう爆発物みたいな印象があるのですが、ただの一発芸で終わらず登場させる理由立てもきっちりしていて、Gの獣を扱う上での手本になりそうなお話だったと思います。
120.凍った海の底で/Pimeles 大井川 Levalier
謎のハピエン厨
すごいお話を読んだな…というのが率直な感想です。とんでもなく高い文章力から繰り広げられる登場人物の情緒には、思わず何度も唸りました。近未来という作品の世界観を、こうも手に取れるように感じさせる手腕はお見事です。
また、お話としても非常にインパクトが強いと感じました。主人公の愛、執念、決意、そうした感情が最後の数行で一気に押し寄せてきました。スケールの大きさに驚くことしかできないのですが、同時に、そうしたスケールの大きさに振り回されることなく物語を閉じた手腕に驚かされます。
最後の一行に込められた思いにも、ハッピーエンドというお題をよく昇華されていたと感じました。非常にハイクオリティかつハイレベルな筆致が印象的で、とても面白かったです。
謎の金閣寺
【物語の異常な分厚さ、あるいは無闇矢鱈と重たいパンチ】
長い眠りから覚めた男性が、二十年ぶりに知人と会うお話。
SFです。それもゴリゴリのハードSF——という括りが正確かはわかりませんが(自分はそう断じることができるほどのSF者でもないので)、でも個人的にはそう呼びたい作品。作中、積み上げられた医療・科学技術関連の情報の、その密度や形そのものがお話の面白さを構築していて、読み終えた今とても頭が良くなった気がしています。
いや本当すごいですよこれ。めちゃめちゃ難しい(であろう)ことがいっぱい書いてあるのに、何も悩まず迷わず読めてしまう。科学技術に関する知識って本来それだけで面白いもので、でも本当にそれを面白いと感じるには相応の知識と学習が必要になるのですけれど、でもその手間抜きに面白さだけを寄越してくれる。綺麗な詐欺であり心地の良い嘘、個人的に「創作というものに求める娯楽性」の核みたいなものを、SFとしてのみ描き出せる形で提供してくれる。自分はこの物語を本格、あるいはハードと形容するのに、一切の躊躇を必要としません。
語弊を招きそうなのでもう少し詳しく述べますと、個々のSF的な要素そのものにガジェットやギミックとしての魅力があるタイプのお話ではありません。本作で描かれる世界は、現代よりも少し先の未来。この「少し」というのは時間的な遠近を指すのではなく、現代からそのまま地続きの未来という意味で、つまり『現実』から一手一手積み重ねるかのように、『可能性としていずれ起こりうるひとつの盤面』を描いています。ワクワクする空想としての未来ではなく、ただ現実より少し先なだけでしかない舞台。ある種のシミュレーションと捉えてもいいのですけれど、個人的には単純に「現実味のある仮定」として捉えました(未来予測的なもの、実験的な『if』であればもっと大胆な設定もあったはず、あるいはそこが軸になるはず)。
とどのつまり、この作品の中で真に描かれているのは、というかその土台として存在しているのは、やはり人間のありようや生き方そのもの。そしてそれを、この〝仮定(舞台設定)〟だからこそ生じうる事象の元に描いている。この設定、このお話だからこそ生じ得た状況、でもそこに悲哀やこちらの情動を揺さぶる何かが生じるのは、結局それが人間の物語であるから——特にこの物語の場合、人それ自体は現代の我々と同じものとして描かれているのもあります。
この先はネタバレを含みます。
個人的にこの物語、人はいかにして生きるか/いかにして生きたら人であるかというお話として読みました。身近な人の死、そして家族(親類縁者)というもの。ちょっと今からすごく雑な括り方・例え方をするのですが、よくファンタジー等で描かれる『異種間の寿命の差による別離』に近い部分の構造を含んでいて、しかしその特性上どうあがいても寓話的な悲劇としての形しか取れないそれを、でもSFという設定を使うことによって、現実の我々の手の届く場所まで引き摺り下ろしてくれたような感覚。こうして突きつけられてみると当たり前のことが、でも何ひとつ見えていなかったことの不思議と言いますか、とにかくいきなり頭を鈍器でぶん殴られたような凶悪さがありました。
これはただの切ない話や、ましてや悲劇なんかではないんです。私たちの〝根〟を掘り返し、白日の元に晒す試み。人として生きるということ、家族というもの、ふわっとして輪郭のなかった(ないままだからこそ生きてこられた)それを、「そこに線を引け」と迫ってくるお話。こちらを脅してくるような、あるいは生じる責任から逃してくれないような、もうそれだけで面白いとわかる作品でした。面白かったです。タイトルがとても好き。
謎の念者
所謂近未来SF。テクノロジーの発達した近未来社会を舞台にした、とある男の執念の物語と言えます。
硬質なSFといった印象の作品です。文章も漢語の多用ゆえの硬さはありますがテクノロジーの発達した近未来SFの雰囲気を上手く演出できていて上手いです。
字数に対してやや窮屈な印象はありましたが、それでも愛する者を助けるために手を尽くす執念といったものをしっかりと描き切っていて、読む側の心に彼の心情を伝えてきます。
最後の一文も、彼の烈心を上手く描きながら余韻を残し、ハッピーエンドというお題も回収されていて良いものでした。
謎のハピエン厨
2121さんの二作目です。ぼくが勝手に「川の最終便」と呼んでいる方なのですが、今回もその名に相応しく素敵な、また完成度の高い作品を描いて頂いたと感じました。
インク瓶の付喪神に金魚が入れられてしまうお話。登場するキャラクターが個性的で、また非常に魅力的でした。
世界観やキャラクターの成り立ちがしっかり描かれているため、インク瓶という独特なキャラクターが決して悪目立ちすることなく、自然とお話の中に溶け込んでいるのが非常に上手いと感じました。モチーフとアイテム、そこに宿る追憶を絡ませて非常に魅力的なキャラクターに仕上げてしまう、この手腕に感服しました。
物語の締めくくりも非常によく仕上がっており、ハッピーエンドというお題の回収も無理なく、しっかり為されているのが流石です。
講評というより長めの感想になってしまった感が否めませんが、非常に好きなお話でたいへん面白かったです。個人的に五億点……!
謎の金閣寺
【異形のいる日本の原風景】
頭部の形状が空っぽのインク瓶である『私』が、電車でちょっと居眠りした隙に、その頭に生きた金魚を入れられて困り果てるお話。
ファンタジーです。現代日本を舞台にしたローファンタジーで、異能や異形がもりもり登場するのですが、でもアクション的な派手さはないタイプの物語。
特筆すべきはやはり設定面の豪華さ、「付喪神(異形頭)」「幻想師」などの設定の独特さです。ファンタジーならではの、そしてアクの強い不思議を用意した上で、でも描かれているのはあくまで日常の小さな事件。これだけの存在を配置しながら、でも戦いや惨劇のようなものがどこにもない、その平和さがとても魅力的でした。
厳密には平和であることそのものではなく、平和なお話だからこそクローズアップされる(できる)物事。ちょっと語弊のある表現かもしれないのですが、描き出される情景やそこに出てくる道具立ての、その外連味がもう気持ちいくらいバシバシ趣味に刺さるんです。この辺もう冒頭から全開なのでわかりやすいと思うのですけれど、花火大会に夏の終わりのお祭り、その描き出す情景からどんどん滲む、この胸の奥がキューってなるような郷愁の念! ノスタルジーというのかセンチメンタルというのか、とにかくたまらないものがありました。味付けの巧みさはもとより、その方向性がはっきりしているような感覚。
お話の筋は非常にストレートというか、金魚の元の持ち主(=勝手にインク瓶の中に入れた犯人)を見つけるお話です。とはいえミステリ的な犯人探しではなく、どちらかと言えば『私』自身の変化を描いたドラマであると思います。面白いのはこのお話の連作的な雰囲気、というか実質的な主人公が『幻想師』(=『私』が相談を持ちかけた相手)の方であるところ。
インク瓶の付喪神である『私』は、あくまで視点保持者、言えても「この事件の当事者」という意味においての主人公です。探偵ものに例えるなら、探偵役は『幻想師』、『私』は依頼者と助手を兼任するような感じ。つまり活躍を見せるのは『幻想師』の方で、そして好きなのは「でも本作はあくまで『私』の物語である」という点。
この先はネタバレを含みます。
『私』の持つ役回り。派手な活躍はなくとも、でも彼の担う変化や成長といった部分、つまり物語の主題がとても好きです。もともとが空っぽのインク瓶、それも主人を亡くしてなお在り続ける付喪神。本文から引くなら「なぜ私はいまだにこうして姿を保ち続けているのであろうか」という疑問、つまり存在意義の喪失に対して、でもその隙間を埋めるように満たされた答え。いや金魚そのものは始まってすぐ投入されているのですけれど、でもただの『不可解な事件』でしかなかったそれが、彼を満たす答えになること。とても素直で、なにより真っ直ぐなテーマ性を持った、不思議ながらも実直な物語でした。
謎の念者
インク瓶の頭をした付喪神の頭の中で金魚が泳いでいる……という奇天烈なお話。
奇妙な和風ファンタジーといった作品です。こういう奇抜な発想は良いものですね。金魚を飼うための設備を整えるシーンなどは妙に地に足がついていて面白みがあります。
去っていった者と残された者という関係、その残された者の心情を上手く描き出していたと思いました。インク瓶頭さんの頭の中に金魚が泳いでいるというビジュアル的な珍奇さに振り回されずにしっとりとした雰囲気を演出できています。
「思い出は美しいものだが、引きずるものではないのだろう」と悟る場面がまた良いですよね。喪失による呪縛からの解放をよく表していました。素敵な締めくくり方であったと思います。
謎のハピエン厨
怒涛の122作品、ラストワン賞は神崎赤珊瑚さんの作品でした。
異世界転生のお話。大逆転を想像させる最後の展開は非常に胸が高鳴りましたが、この作品に関しては、そこで終わってしまっているのが惜しいと感じました。有り体に言えばもっと読みたかった。一万字というボリュームで描くには、ちょっと厳しかったのではないか…と感じたのが正直なところです。逆に言えば、長編でガッツリ読んでみたいお話だと感じました。
四人のユニークスキルの名前がとても面白いですし、大魔王すら斃した後の世界で何が起こっているのか、という部分にも強く興味を惹かれました。ぜひこのお話を足がかりとして、長編小説に挑戦してほしいと感じました。
謎の金閣寺
【ど直球の異世界転生、その〝裏面〟】
異世界に転生した高校生四人組が、魔王を倒し大団円を迎えた瞬間、案内役の精霊に意外な真実を告白されるところから始まる物語。
異世界転生もののファンタジーです。あるいはその雛形なり構文なりを使ったショートショート、と、ストーリーだけを見るならそのようにも読めるお話。でもやっぱり本筋としてはゴリゴリの異世界転生というか、まんまファンタジーだと思います。現実の現代社会ではない、空想上の『ここではないどこか』を組み上げるための作品。
微に入り細を穿つ設定の数々。分量のうちの大半が細かな設定の描写に終始しており、おかげでディティールはすぐに掴めます。平たくいうなら古典的なゲームのような世界。剣と魔法と魔王はいいとして、スキルやステータスというものが普通に存在しており、なにより「こちらの世界」と「元の世界」がはっきり認識されていること。第一話、仔細に並べられた四人のプロフィールは、そのまま物語舞台の説明でもあって、とにかく設定がてんこ盛りでした。
この先はネタバレを含みます。わりと大事なところに触れてしまっているので、未読の方はご注意ください。
お話の筋そのものは至ってシンプル、というか実質的にかなり簡潔なもので、主人公の高校生四人と、もうひとりの友情の物語です。もともとあちら側の存在である案内役の精霊。主人公らを元の世界に帰すための狂言を、でも主人公らは嘘であると看破し、そして再び〝裏面〟の冒険の旅へ、というストーリー。つまりタイトルに偽りなし、終幕の先を描いたお話です。
精霊のついた嘘と、そしてその意図を察しながらも助けに戻ってきた主人公たち。彼らの勇気と友情の大きさが伝わる、堂々とした冒険の物語でした。
謎の念者
全122作品のトリを飾ったのは神崎赤珊瑚さんのこの作品でした。
異世界を救った後のお話。現実世界に戻った転移者たちがもう一度異世界へと踏み込みます。一話で衝撃の真実を告げられる展開がまた良いフックになってますよね。これによって先が気になってすぐに読み進んでしまいました。
わんころことスピカの正体が良いですよね。一話で真の悪役みたいに見せかけておいて実は……みたいなキャラでしたが、こういうキャラ好きです。勇者たちが戻ってきた時の反応が本当に良かったです。
先が気になるのですが、気になったまま終わってしまいました。お話としては短編小説というよりも中編長編の導入といったものに見えます。その先の彼らの活躍を読んでみたい、そういった作品でした。
◆大賞選考
謎のハピエン厨(以下、ハピエン厨)
選考方法は本物川小説大賞と同じく、評議員がそれぞれ三作を選出して、その中から選びます。意見が割れた場合は、合議によって決めたいと思います。ぼくの推しは『幸福が生まれた夜』『恋の話』『ブレインダムド』の三作です!
謎の金閣寺(以下、金閣寺)
ものすごく悩みましたが、『みひつのこい』『遺書』『現代lemonismの諸問題とその超克について』の三作品を推します。
謎の念者(以下、念者)
私は『何色』『イスマイール・シャアバーニ』『まだイケる』です。
ハピエン厨:ひ……ひとつも被ってない!?
金閣寺:ものすっごい割れましたね!?
念者:おお…見事に一つも被らず…。
ハピエン厨:こういう時ってどうですればいいんでしょうね……ぼくが調べた限りでは、過去に評議員同士で一切被りがなかったという事態が無かったので本当にどうしましょうねぇ(あたふた)。
念者:私もちょっと調べてましたが大体一つくらいは被ってましたね…
金閣寺:想定外の事態に慌てふためく評議員たち……もしかして……評議員同士のデスゲームで決めることに……?
ハピエン厨:うーん、ひとまず、それぞれの「これが大賞!」って作品を聞かせていただこうかしら? ぼくはビガンゴさんの『幸福が生まれた夜』ですね。ピックアップの記事にも書きましたが、122作の中でも一番心を動かされたし、ハッピーエンドというお題の回収の仕方も一番良かったと感じたので!
金閣寺:この中からさらにひとつですか……ちょっとまって……悩む……。
ハピエン厨:①お話としての面白さ、完成度 ②ハッピーエンドというお題に対する説得力 という二つに重点を置いて決めてほしいです! やはり大賞ともなると作品の完成度という点を重視したいので、そういう意味でもぼくはビガンゴさんの作品が優勝かなと思って最推しにしました。
金閣寺:ううー、ものすごく難しいですけど、上村湊さんの『現代lemonismの諸問題とその超克について』でお願いします! 面白かったのは言うまでもなく、ハッピーエンド感もトップクラスだと感じたので。特にぼくの挙げた三作の中では、一番ストレートにハッピーエンドしている作品であるとも思います。
念者:難渋しましたけど私は『イスマイール・シャアバーニ』を推させていただきます。傑出した描写力、二人の関係性、宮廷魔術師の性癖、締めくくり、全てが目を引きました。
ハピエン厨:了解です。ならば大賞は、『幸福が生まれた夜』『現代lemonismの諸問題とその超克について』『イスマイール・シャアバーニ』の三作から選ぶことにしましょう。これはぼくの案ですが、この三作から一人二作ずつを選んで、得票数の多かった2作でさらに決戦投票、という形で決めるのはどうでしょう。
念者:分かりました。
金閣寺:了解しましたー。
ハピエン厨:僕が選ぶ二作は、『幸福が生まれた夜』と、『イスマイール・シャアバーニ』ですね。前者にについては前述の通りですし、シャアバーニは美と滅びの世界感が美しく、また小説の完成度としても高かったと感じるからです。
金閣寺:ぼくは、『現代lemonismの諸問題とその超克について』『イスマイール・シャアバーニ』の二作で!
念者:『現代lemonismの諸問題とその超克について』『イスマイール・シャアバーニ』の二つでお願いします。
ハピエン厨:シャアバーニ3票、lemonism2票ですね! この二作で決戦投票の流れになると……ぼくと念者さんがシャアバーニ、金閣寺さんがlemonismとなり、大賞はシャアバーニになりますね! ということで、大賞は辰井圭斗さんの『イスマイール・シャアバーニ』でよろしいでしょうか?
念者:ですね。
金閣寺:オッケーです!
ハピエン厨:ということで大賞は『イスマイール・シャアバーニ』で決定!! おめでとうございます!
金閣寺:大賞おめでとうございます!
念者:おめでとうございます。
ハピエン厨:そして、金賞と銀賞も自動的に決定でいいですかね。得票数的に、金賞が『現代lemonismの諸問題とその超克について』、銀賞が『幸福が生まれた夜』という感じですが!
念者:そうですね。
金閣寺:ですね! 金賞・銀賞も文句なしです!
ハピエン厨:というわけで、金賞は『現代lemonismの諸問題とその超克について』、銀賞は『幸福が生まれた夜』に決定しました!! 受賞されたみなさん、おめでとうございます!
念者:おめでとうございます。
金閣寺:おめでとうございます!
ハピエン厨:今回、大賞レースに絡んでくる作品が多かったので、その中からさらに一作ずつ評議員賞を選んでもいいかもしれませんね。お二人は「これぞ!」という作品があったりしますか? ぼくはぼくは『恋の話』を評議員賞に選んじゃおうかな。あのお話の発想、疾走力、そしてラストのオチまで非常に見ごたえがあってとても好きだったので!
念者:じゃあ私は『まだイケる』で。あれは腹筋が痛めつけられました。「笑える話」という点で見ると一番だったかなと思います。
ハピエン厨:まだイケる、はめっちゃ笑いました。「熟成肉……」の時点でもう爆笑しまくってました(笑)
金閣寺:評議員賞、十作くらい枠が欲しいところです……本当に悩むんですけど、灰崎千尋さんの『みひつのこい』で! なんというかもう、本当ど真ん中でした!
ハピエン厨:評議員賞も決まりですね!! 受賞となったみなさん、おめでとうございます!
金閣寺:おめでとうございます!
念者:おめでとうございます。
ハピエン厨:ここからは総評というか雑談になるんですが、今回、本当に票が見事に割れましたね……それだけ面白い作品がたくさん集まった、ということとも言えますが。(本当にありがたいです……) その中でも大賞に選ばれた『イスマイール・シャアバーニ』は小説としてめちゃくちゃ上手かったですね。登場人物の人となりがすごく伝わってくるだけでなく、息遣いなんかも聞えてくるような、非常に繊細な筆致が印象的でした。
金閣寺:『イスマイール』、すんごいうまかったですもんね……。そして個人的には趣味にどストライクすぎました。あれはずるい。大賞おめでとうございます!
念者:これぞ耽美主義小説!って感じでしたね。二人の関係性の描き方も素晴らしかったです。今回は母数が大きいこともあり、傑作が多数あって選出に悩みました。
金閣寺:本当に面白いの多くて、絞り込むのがもう大変でした……挙げたいの山ほどありましたもの。
ハピエン厨:ぼくもピックアップ記事を三回かいたんですけど、その中の作品もすごく面白いのばかりでしたからね……『ヒューマンマン』とかすごく好きでした。
金閣寺:『ヒューマンマン』は名前の時点でもう強い……しかも内容はガチですからね。よかった。
念者:旧式兵器で戦う兵士同士みたいな哀愁がありましたね、ヒューマンマン。
ハピエン厨:めっちゃ分かる……そういう哀愁とかも含めてあの作品が好きなんだよな……。
念者:僕はイサキさんの『フィズィ・アラン』がツボでしたね……匂い立つエロスの耽美小説って感じで……。
ハピエン厨:『フィジィ・アラン』、和田島さんらしさもありつつ(冒頭のインパクトとか)お話自体もめっちゃ完成度が高くてビビりました。そして登場人物の名前が藤原と神崎を示唆しているのに気が付いた時はしばらく爆笑しましたwwwww
金閣寺:そう言っていただけるとめちゃめちゃ嬉しい! でも正直いいますと、『イスマイール』見た瞬間「これあるならぼくのいらないのでは!?」ってなりましたよね、拙作……。
ハピエン厨:イスマイールは男性同士の関係を描く作品の中でもひとつ頭が抜けている印象でしたね。ハッピーエンドというお題の回収の仕方も、二人の関係をすごくよく表すのに使っててめっちゃ小説が上手いな、と思いました。BL系の作品でいうと『何色』もすごかったですね。あれは二人の感情の描き方とか心情の書き方がすごいな、と思いました。
金閣寺:『何色』、パワーありましたねー。現代もので真っ直ぐ攻めてくるBL。道具立ての魅力と、あとひりつく痛みのような感覚が好きなお話です。
念者:同性に恋をする男の懊悩や独占欲を上手く描き切っていましたね。『何色』に限らず、面白いBLが色々あって「ワイのが埋もれてまう…」と密かに嫉妬の炎を燃やしてました(笑)
金閣寺:ものすんごくわかる!w<嫉妬
念者:刃を研がねば…シュッシュッ。
ハピエン厨:ぼくってあんまり百合とかBLに詳しくないので、その辺は評議員のお二人に頼ろうと思ってたところもあるんですけど、その点『何色』や『イスマイール・シャアバーニ』なんかは胸にグッとくるものがあってすごかったですね……マジでビビりました。逆に言うとBLはどうしてもその二作と比べてしまったので、BLの書き手の方はこの辺の作品をぶっ倒してやろうという気概で次回作に挑戦してほしいと思ったりしました。
金閣寺:今回BL多かったですよね? いや個人的には嬉しかったんですけど!
ハピエン厨:色んな作品が多くてマジで総評にも困るんですけど、ぼくはやっぱりビガンゴさんの作品がすごく好きでしたね……ぼくの中では優勝ですあの作品。ハッピーエンドというお題を色んな形でお出しする作品があったんですけど、あのお話を見た時は「あ、こういう話が見たかったんだな」って納得したところもあってですね……激推しなんですよ……勝手に主催に刺さったで賞……!
金閣寺:『幸福が生まれた夜』、個人的にはあざといところが好きというか、嫉妬しちゃうやつでした。キャラクターの造形といい、その使い方の巧みさといい、というかバランス感覚みたいなのが本気で羨ましいです。その上であのストーリーですからね……もう本当すごい……。
念者:時間的スケールの違いを二人の心情に落とし込むのが上手かったですよね、『幸福が生まれた夜』。
金閣寺:あの始まり方からあっち(時間的スケールの違いのお話)に流れていくのも鮮烈でしたね。そうくるとは思ってなかったし、それがまた自然(しかも語り口はそのままで!)なのが本当によかった。
ハピエン厨:お二人からもそういう強く心に刺さった作品のお話を聞きたいな……!
金閣寺:せっかくなので自分で推薦した『lemonism』について語りたいんですけど……あれはもう、こう、正直、とても言葉にできないというか……。いろいろ完全にぶっちぎられているので……。一文一文が全部面白くてやばかったです。読んでる最中、何度死ぬかと思ったことか。なので、講評はだいぶ無理しました。本当にあのお話について語るには、自分の中にいろんなものの蓄積が足りなすぎる。言葉に対しての感受性も。
ハピエン厨:金閣寺さんの講評読んで、「マジでこれは刺さってるな……」って感じてました(笑) というか金閣寺さんの講評、全作通して「力」ありすぎますよね……文字数が半端ないですよ!
謎の念者:金閣寺さんの講評毎回すごかったですね……ここまで読み込めるとはすごい、と感心してました。
ハピエン厨:金閣寺さんの講評マジですごいので、参加していただいたみなさんに読んでほしいですね……ぼくは割と「ここがよかった」という点を抽出して書いたんですが、金閣寺さんの講評には毎回圧倒されてました。すごい。
金閣寺:講評、ずっと「もうちょっとシンプルにまとめる力が欲しい!」って泣いてましたね……。でも何かパワーみたいなのを感じてもらえたなら嬉しいです。
ハピエン厨:講評といえば、念者さんの書き方もめっちゃ勉強になりました ピンポイントでまとめあげる力がすごいというか……やはりお二人を選んで大正解でした……!
念者:僕は毎回「こんなんじゃ足りない気がするけどこれ以上は限界だ……」みたいな感じでしたね……参加者のみんなごめんよ…オラの力(つから)が足りねぇばっかりに…。
金閣寺:講評、結構着眼点が違っていてものすごく勉強になりましたね! ふんわり例えるなら、ハピエン厨さんがパッション、念者さんがクールという感じ。
ハピエン厨:これでも講評は割りと感情的になりすぎないように気をつけたんです! ダァァァァァァァァァァァァァ!!!(感情) とか言わないように気を付けたつもり!
念者:心に刺さったと言えば、「月と酔っ払い」に出てきた巨大ウナギが妙に心に残ってます。アイツを主役にしたパニック小説が読みたい……! ビッグ・イール・パニックみたいな。
金閣寺:思えば『みひつのこい』も『遺書』もぶっちぎられた枠でした。『みひつのこい』はもう全部好きですけど、その上での最後の一撃のあの容赦のなさ! あれで完全にやられたというか、「絶対勝てない」と「ああーもう大好き!」が同時に来た感じ。『遺書』には完全に脳を破壊されました。ぶん回してくれる物語と、作り上げただけで勝利確定のあの世界設定……好き……なんか作品について話すとオタクの早口みたいになってるなぼく!? でも好きなんだからしょうがない。好きだぞお前ら。聞いてるのか作者さんたち。
ハピエン厨:この内容はしっかり講評の方に反映しますので……!(笑) お二人とも、これだけは言いたいとか、言い忘れたこととか大丈夫ですか!?
金閣寺:まって……触れたい作品、刺さった作品がまだ十作以上待ってるの……!(キリがない) 個人的にジュージさんの『自殺に見えない自殺の仕方』がとても好きです。いわゆる人の死なないミステリだと思うんですけど、完成度というか、読後感の良さがものすごかった……。逆立ちしても書けないけど、いつかこんな話を書いてみたい……。
ハピエン厨:『自殺に見えない自殺の仕方』、よかったですね…! お話としての完成度がめっちゃ高かった。伏線回収の仕方なんて非常に綺麗で思わず「おお……」って唸っちゃいましたからね……。
金閣寺:あと木船田ヒロマルさんの『無人島お嬢様』! こういう完成度が高くて素敵なエンタメ小説がぼくは最高に好きです。楽しくて嬉しく、そしてうまいし憧れるお話でした。そして古川奏さんの『ドリアンソーダにのぼる泡』。ストーリーが素晴らしいのでみんなに読んで欲しいです。とにかく良い成長物語。絶対刺さる人いっぱいいるやつ。信じて。
ハピエン厨:ヒロマルさんのお話もピックアップ記事にあげるくらい好きだったし、ドリアンソーダもアイテムの使い方めっちゃ上手かったですね!! すごく印象に残ってます!
念者:上に挙げたもの以外だと『いつかかみさまのふところへ』が五億点あげたい作品でしたね……人外美少年×薄幸少年は正義っすよ……。
金閣寺:もう好きなの多すぎて……本当はまだまだあるんですけど……。
ハピエン厨:今回語り切れなかった分については、ぜひ直接作者さんのところに行って届けてきてあげてください!
金閣寺:あと、講評の方で触れられなかったんですけど、おそらくぼくが宣伝してたのを見て参加して下さった方、ありがとうございました!遅くなりましたがこちらでお礼申し上げます。直接名前をあげてしまうと大変な名前の界隈に括られてしまうので……。
ハピエン厨:大変な名前の界隈www ぼくもお友達に参加のお誘いをしたんですが、参加してくれた方が多くて嬉しかったです!! ありがとうございます!! これを機に小説を書く面白さなんかに目覚めてくれたら嬉しいな……。
◆主催からの総評
大賞選考、および講評では語れなかったことについて、ここに記載させていただこうと思います。
正直なところを申し上げると、今回の「ハッピーエンド」という、ある意味難しいお題の中で、122作もの作品が集まるとは完全に想定外でした。参加いただいた皆様には、改めてお礼申し上げます。
大賞選考および総評――あるいは雑談の中で、「今回は特にBL作品が多かった」という記載がありますが、個人的には、真っすぐにハッピーエンドというお題に挑まれた、青春や恋を描いたお話も多く参加をいただいたな、という印象も強く受けました。そういった作品は主催の胸に強く刺さり、またとても楽しむことが出来たのも事実です。また、主催を取り巻く友好関係(暗喩)を描いた作品なんかも、正直に申し上げて非常にツボに刺さった次第です。講評にも書いた通り、非常に良い作品が多かったと感じるのが正直なところです。
その一方で、「ハッピーエンド」というお題について書くのが難しかった中で、挑戦していただいた書き手さんも多数いらっしゃったように感じます。書き慣れないテーマに挑戦することは不安があったり、勇気が必要だった方もいらっしゃったのではないか、と思います。
しかしながら、そういった自身にとって「難しい」と感じるお題で小説を書き上げたという経験は、間違いなくよい経験に繋がると思います。なんだかんだいってハッピーエンドは普遍的に多くの読み手を魅了するテーマの一つですが、昨今はハッピーエンドが蔓延しているからこそのバッドエンド、メリーハッピーエンドというテーマも脚光を浴びつつあるのも事実です。
だからこそ、「ハッピーエンドとはなにか?」と考えて作品を生み出されたことが、今回参加していただいた作者さんにとって、自らの内にあるものを深く掘り下げる、という意味では非常にいい機会になったのでは、と思うのです。
そうでなくてもなんらかの糧や経験として、今後の創作活動に昇華していただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。今回、真剣に書き上げていただいた作品を糧に、ますます素晴らしい作品を描くための一助としていただけたなら、真剣に講評を書き上げた主催および評議員一同、これ以上冥利に尽きることはありません。
今企画は、評議員が大賞に選考した作品が一作も被らない、という異例の事態となりました。逆にいえば、それだけ多くの良作が集まったという証左でもあります(もちろんこれは、大賞レースに名前の挙がらなかった作品も含まれるでしょう)。
なので今回、賞に選ばれなかったからと言って、決して「つまらなかった」ということにはなりません。どの作品にも、各評議員が講評の中で申し上げているように、「ここがよかった」という点は必ずあります。むしろ、どの作品を大賞に選考するかという時点で、大いに悩んだのはどの評議員も共通です。それが一番大変だった、といっても過言ではありません。もし仮に評議員が違っていれば、当然また違った結果になっていたのは言うまでもないでしょう。これは大手出版社の公募企画にも言えることだと思いますが、運もまた実力の内です。
自らの作風における強み、長所をさらに伸ばし、今後も楽しく創作活動に取り組んでいただければいいな、というのが、勝手ながら主催の抱いている願いでもあります。これは個人的な考えですが、自分にとって「本物だ」と思えることを描くのが、人の心を動かす作品になりやすい、と思うのです。たった一人の心を動かし、その心に残る作品に創り上げる、というのは創作の本質であるようにも思えます。
なので、今回受賞されたような作品を書くぞ、という目標よりも、今回の受賞作のような深みまで掘り下げて書くぞ、という方が、個人的には素晴らしい作品が生まれやすいのではないかな、と思います(あくまで主催の意見ですが)。
また、より高みを目指される方にとっては、複数の評議員に指摘された点について熟考される、という点でもさらにステップアップが見込めると感じます。
最後になりますが、本記事における最終的な文責は主催である私にあります。何かあれば主催の方までご連絡をいただくようお願いいたします。
◆告知および閉会
ハピエン厨:ぴーーっす!!!! 告知の時間だにょ!!! 私の方からはKADOKAWA読書タイムスさんより出版されている「5分で読書 キミは絶対に騙される」をご紹介します! 主催の書いたお話が掲載されているので、興味がある方はぜひ読んでみてください!!
念者:ショタコンお姉さんが人間を虐殺する魔族国家と戦うおねショタバトル小説『最強格闘お姉さんの人間解放戦線』ただいま連載中です!戦闘能力の高い女主人公が組織化された敵軍隊を相手に大立ち回りするよ!悪役美少年好きな方にもおすすめ。
金閣寺:前に書いた長編を……! 『もこ神さまのいるところ』 あたまのゆるいラブコメです。なんかかわいい女の子の出てくるやつです。読んでくれると泣いて喜びます。ハートや星なんかくれたらもう足舐めちゃうんだから。
ハピエン厨:そんなわけで、そろそろ締めに入らせていただこうと思います! お二人には長期間、お付き合いいただいてありがとうございました! 本企画を無事に終了できたのは、お二人のご尽力があってこそだと思います……本当にありがとうございました! 大変お疲れさまでした!
それではこれにて、第一回神ひな川小説大賞、終了を宣言いたします!!!! 撤収-------!!!!!
金閣寺:撤収ーーーーーー! ありがとうございました!
念者:ありがとうございました。お疲れ様です。
◆関連リンク
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