新・サンショウウオ戦争
第二章 文明の衝突
12 ヒュマンダ奴隷帰国運動
奴隷ヒュマンダの帰国運動に一役買ったのが、ペリー琢磨である。幕末日本に開国を迫ったアメリカ合衆国海軍提督マシュー・ペリーを先祖に持つ純血なヒトではあったが、日米の混血だった。アメリカ合衆国出身の母と日本出身の父を持つ彼はハワイで生まれ育ち、同地の太平洋艦隊司令部に就職した後、アニメ好きが高じて日本への転勤を願い出た結果、めでたく横須賀の第七艦隊に配属となった。
日本にやってきて彼が驚いたのは、先祖マシュー・ペリー、通称ペリー提督がこの地で超有名人だったことである。そして“ペリー”の名を聞いた人々は一様に、「つまりは唐人お吉の、」と耳慣れない名を口にし、納得した顔でうなずくのであった。琢磨はそのトウジンオキチをインターネット検索して驚いた。先祖マシューとほぼ同時期に来日した通商条約締結の命を帯びたアメリカ人商人との噂が残る女性である。人びとは彼とペリー提督を混同し、彼の先祖を幕末の日本に子種を残していったやや好色なアメリカ人と思い込んでいるのである。ほぼ全ての教養ある日本人が同じような反応をするのを見て、彼は閉口すると同時にこの地における歴史教育の浸透力に感嘆も禁じえなかった。
さて、そのペリー琢磨は来日してすぐこの地ではヒュマンダ差別があまり露骨にはなされていないことに気づいた。休暇ごとに出かける秋葉原では店員にも客にもヒトと同じ割合でヒュマンダが混ざっていたし、ヒュマンダのうち見栄えのいい者を集めてアイドルグループを結成してTVに出演させたりもしている。ヒトと大サンショウウオとその混血児たちがゆるやかに入り混じっているこの世界に、彼はなぜか居心地のよさを覚えた。そしてある日、ひとりのヒュマンダと恋に落ちた。
彼女はかなり大サンショウウオ寄りの見た目だったが、彼の先祖の名を聞いても「唐人お吉の、」と口にすることなく、こちらが「お吉」を口にすると「それはタウンゼント・ハリスの話でしょう。」と訂正した初めての相手だった。レキジョを自認するそのヒュマンダ女性はヒトとヒュマンダの歴史についても詳しく、奴隷制度の野蛮さについても彼に教えてくれたのだった。
ひとつだけ彼女の容姿で気になったことといえば、その歯である。サンショウウオ独特の鋭いぎざぎざを隠すために黒く染めていたのだ。そのため、ニッとほほえんでも黒い穴倉が広がるばかりで、笑っているのかどうかがよくわからない。それさえやめてくれれば、と思いはしたが、ヒュマンダ女性の間での流行は彼の力ではいかんともしがたかった。
折りしもアメリカでは奴隷ヒュマンダ帰郷運動の波が押し寄せていた。ペリー琢磨は合衆国海軍有志を率いて立ち上った。そこに立ちふさがったのがジーボルト会である。