新・サンショウウオ戦争
第二章 文明の衝突
16 報復
ビキが引き起こした南太平洋海底の暴動では、監督官側のヒュマンダは十二名が負傷、労働者側は約三十名が負傷と発表されたが、双方合わせての死亡者十名については伏せられた。建設会社は工事を中断し、雇っていた労働者全員を一旦解雇することに決めた。どの個体が反抗的で、どの個体が親ヒト的なのか、見分けがつかなかったためである。再度、エージェントに「特に従順な」と指定をつけて発注しなおすほうが、コストが抑えられると判断したのだった。しかし、残念ながらエージェントは旧オオサンショウウオシンジケートの流れを汲む営利最優先企業で、コンプライアンスという概念が欠如していた。
雇い直した監督官と労働者は計七十名。会社の受け入れ担当者には、みなそれなりに従順そうに見えたが、何せサンショウウオに近い風貌の「梅クラス」ヒュマンダたちのこと、表情を読みとるのは難しい。ここにビキ自身が紛れ込んでいると気づく者は会社側にも労働者側にもいなかた。
案の定、作業を再開した矢先、またもや暴動が起こり、今度は監督官が皆殺しになるという惨事を引き起こした。暴動とはいえ妙に組織立った行動で、労働者側に全く損害がなかったのを不審に思った会社側がようやく、今回雇った「梅の下820157PJ」が以前働いていた「梅の下377825LK」と同一個体と気づいたのは、ビキが南太平洋を去って三日後のことだった。宿舎にはメッセージが残されていた。
「人間を殺す。人間の手先となっているヤツも殺す。世界をサンショウウオの手に。」
これをインターネット上で公開したのは、二度めの暴動に加わったヒュマンダ労働者だと考えられている。「これは、われわれにとっての預言書である」とキャプションをつけ、ビキの引き起こした海底暴動の現場映像を同時にアップした。監督官ヒュマンダが数人並べられて背後からツルハシで脳天をかち割られるシーンが映し出されると、あまりのむごたらしさに一度は動画サイトから削除された。だが、話題の動画は決して消滅することなく却って増殖していくネットの常で、ヒュマンダによるヒュマンダ殺戮の映像は世界中をかけめぐり、「ヒュマンダの報復が始まった」と囁かれはじめた。