煙と夜風とあずきバー

 なんかおしゃれなタイトルやな(笑)
 
 タバコを久々に吸いたくなった。普段は吸わないけど、タバコはお守り代わりに部屋に置いている。なんだろな、小さい頃、おじいちゃんがタバコを吸っていたからか、タバコの匂いをかぐと、なんだか懐かしくなるのだ。最近は、妹が吸うようになったので、妹に会ったときは数本もらっていた。
 8月に、自分自身のことも、身近な人たちのことも、いろいろなことが重なって、抱えきれない、いろんな気持ちに囲まれたときに、衝動的にコンビニでタバコを買った。自分で買ったのは初めてだった。一緒に買ったあずきバーを食べた後、吸った。少しクラクラとして、なんだか落ち着いた。そうでもしないと保てないことがあった。その後、妹に会いに行ったときに一緒に数本吸ったが、それ以降、自分で吸うことはなかった。

 昨日のお昼は、知り合いの方とごはんを食べに行ったのだが、なぜか少ししんどかった。普段はとても楽しいことなのに、楽しくないときは、小さなSOSのサインなのかもと思う。思えば、前日は久しぶりに体を動かして作業をしたのに、シェアハウスのいつもと違う環境に身を置いたからか、なかなか眠れなかった。体が疲れすぎていると、すんなり眠れないことが多いので、そのせいもあったのかもしれない。午後は学童のバイトに行ったが、あまり集中できず、人数も多かったのでぼーーっとしてしまった。「最近、先生の数増えたなぁ。卒論のこととか考えると、そろそろ辞め時かな」なんて考えてしまう。
 学童のバイトを終えて外に出ると、もう真っ暗だった。暗くなるのが早くなったなぁ。昼間は、風がとても心地よくて、秋が来たなぁとわくわくしていたけれど、日が短くなると、もはや冬の気配を感じてなんだか寂しくなる。帰ってきて、タバコを持って外に出た。
 公園のベンチに座って、一本取り出し、火をつける。吸っているうちに、足や手の先に酸素が回っていない感じになってくる。頭にも酸素が回らなくなって、少しクラクラしてくる。少し気持ちが楽になる。だんだん火が手元に近づいてきて、手先に熱を感じる。ああ、妹と話したいな。火を消して、少し迷って、妹に電話をかけた。

 電話に出た妹は、なんだか元気がなさそうだった。妹が死にたいと思いながら生きていることには、少しずつ慣れてきた。でも、やりたいことを紙に書き出しているし、12月に大事な用事があるからまだ死なないらしい。「死ぬの先延ばしにして、やりたいことやったみたら?」と伝える。
 でも、そうだよな、お父さんが壁だよなぁ。父の「大学に行って、しっかりした会社に入れ」みたいな思想。父がそう思うに至った経緯も、最近分かってきた。でもね、それは、父がその選択をしてきて、運よくその選択で幸せだったから、そう思えているだけでしょう?とも思う。「大学に入って、就活をして、1つの企業に勤めて」っていうのは、選択肢の1つであって、確かにお父さんのようにそれで幸せな人もいるけど、そこにハマれない人もいるって気づいてほしい。それにハマれないからって、幸せじゃないと思いこまないでほしい。少なくとも、つまづいたポイントこそ違うけれど、私たち姉妹はそこにハマれなかった。

 何もなかったら、その道を疑わずに進めていたかもしれない。でも、高校時代に精神的にしんどくなっていく友だちをたくさん見てきた。妹もそのうちの1人だった。大学入ってからも鬱の子は周りにたくさんいた。そんな状況で、「良い大学に入って、良い企業に就職すること」が、必ずしも幸せになることだとは思えなかった。そんな考えはとっくに壊れてしまった。
 私はどうしていくつもりなんだろう。「こういう生き方もあるんだぜ」って、自分が生きていく中で示していけたら、あの日の友だちように苦しむ誰かの救いになるだろうか。そんな友だちを見て、何も言えなかった過去の自分を救うだろうか。そんな考えは傲慢か。

 妹との電話を切ってコンビニへ向かう。あずきバーを買って外へ出る。袋を開けて、食べながら帰る。シンプルで、甘くて、大好きなのだ。
 タバコだけじゃ保てない何かがある。あずきバーだけじゃ保てない何かがある。秋の気配がする、夜の風がとても心地よかった。
 


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