不幸ってなにが?
体調が優れないので、先日お休みを一日もらった。
私の言う体調不良。
多分多くの健康な人は、これを体調不良とは呼ばない。
休むようなことでもないと、言うかもしれない。
体調不良の内容を具体的に書いても仕方がないので、割愛する。
話は変わるけど、私は「永遠」という言葉と、「不幸」という言葉が嫌いだ。
「永遠」に同じなんだ、とか。
この2つの言葉をミックスして、「私の不幸は永遠に続く」なんて言う人と、出会ったこともある。
「永遠」なんて、言葉の枠が大きすぎるし、永遠という、微妙にお耽美な言葉を使って、酔っているのか。
確かに私(たち?)の患う病気に完治はない。
治ったかも、という状態はあっても、何かの拍子にひょっこり顔を出して、簡単に再発、悪化する。
薬はずっと飲み続けなくてはならないし、そして少し良くなって、社会に出ても、周りから、病気の苦しさの理解も共感も得られにくい。大抵は、分かってもらえない。
挙句の果てに、薬漬けだから、病気が逆に治らないとか、事情も知らないくせに堂々と解説する門外漢もいる。
薬漬けの病人は、病院の陰謀にひっかかった愚か者だとか。
薬なんかなくても、病気は治る! と誰もがすがりつきたくなる言葉を弄して、中身のない人とか。
健康保険会社から、あなたは長期間同じ薬を飲み過ぎです。見直しましょう、とか、余計なお世話な手紙も届く。
病気になったことは、幸せなことではない。
ならない方がよかった。
でも、永遠に、どうしようもなく、何もできない、私はかわいそうな病人です。
って言うつもり?
と思うと、そんなの嫌だと私は思う。
「永遠」に病人だろうと、「永遠」に別れることのできない病気であろうと、なってしまったものは、もはや仕方がない。
私のことを「かわいそうに」と言う人がいる。
「(病気でかわいそうなのに)よく頑張っているね」。
大きなお世話だ。
私はかわいそうではない。
ようやく仕事ができるようになって、今を生きている自分に、誇りを持っている。
不幸ではなくて、最高に幸せなのだ。
病気の私でなくても、誰もが思うようには、うまくいかない人生を歩んでいる。
私には、病気というおまけがついただけ。
確かに、日常の苦しいこと、辛いこと、周りに分かってもらえない虚しいこと、病気の症状との戦い。
もう死んでもいいかなと思うことがある。
でも、ここで死んでも、後で死んでも、結局同じ。
どちらがより迷惑をかけないかと考えて、死ぬのをやめたこともある。
その程度の感情とも言えるし、死ぬこと、生きることの定義がおかしくなっているとも言える。
あと10分だけ死ぬ衝動を我慢して、それでも死にたかったら死んでもいいことにしよう、とか。
そんな風に生きてきたけど、私は今生きている。
生きるって素晴らしい!
なんて、嘘でも言わない。
生きることは苦痛だ。
だからと言って、私は自分を不幸だとは思わない。
永遠に治らないからと、病気の不幸を呪って生きることもしない。
不幸、幸せ、みんな自分が決めることだ。感じることだ。
自分をかわいそうと思うかどうかも、自分が決めることだ。
私は幸せ。
それだけ。
今生きている、それだけが事実。
【今日の英作文】
落ち込むと逃げ場を失ったような気持ちになります。
I feel like I have nowhere I can escape when I feel down.
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