第12話 セルフスポークス
もはや、ビジネスではない。
陽陽の店では、双子園の白はんぺんやその他の製造品、そして、私が取引をつないだ地域の名品などが販売されている。
それ以外に販売されているのが、ポパイ園のお惣菜やお弁当、お菓子類。それらを盛り立てる為に、あえて別の生産者のお惣菜も販売されていた。
ごく一部の惣菜以外は、ポパイ園の売上が増えてきたらフェイドアウトさせる計画ですべては始まったが、ポパイ園の商品があまりに酷かったので、違う生産者のお惣菜が売場を温める形でポパイ園の商品の安定化を待っている状態だった。
ポパイ園以外の商品のすべては、納品元と何の問題もなくビジネスとして成り立っていた。しかし、ポパイ園はもはやビジネスではなくなっていた。
その大きな要因は安定しない商品でもなく、陰で何をやっているかわからないかもしれない職員達でもない。ウサギの会話のクオリティの低さだけだった。
お米や玉子焼がすり替わっていたという重要事項であっても
ウサギは「あ・・・これは・・・。うん!だね!」
という、たいへん非常識な会話の仕方だ。
例えば、黒陽の
「あのおにぎり弁当の不味い梅干しさあ、業務スーパーなんかの中国産でしょ?」という問いかけに、ウサギはこう答えていた。
「ピンポーーーーん!当たりで~す♪」
仕事の会話なのにピンポー--ン?私からすれば、完全に異常だ。関わりたくない人間。
「焼きそば、ちょっと味が濃いと思わなかった?」と聞かれれば
「そうなんですよ~。私もしょっぱいと思いました~!!」
「しょっぱいと思うなら納品するな」と黒陽はウサギに直接言わずに私に愚痴っていた。
ポパイ園から納品される商品には納品当初から「一口試食」というのが一緒に納品されることになっていた。
その日納品される商品の試食が一口ずつ、すべて入っている。一口試食は販売する黒陽用と管理者であるウサギ用の二つ作られていた。
ある日の昼12時前、試食を食べた黒陽がウサギに電話をしていた。
「煮物の味がないんだけど!ちゃんとチェックしたの?商品大丈夫?」
「まだ食べてないんですよお~」とウサギ。しかも自分を肯定するかのような口調。何?忙しいアピール?
そもそも、納品する前にその試食を食べなければ、意味がない。よくそんな仕事の仕方が出来るな。
「それから昨日、となりの店で買わせた塩サバ。随分焼き縮みしているけど、ちゃんと解凍したの?解凍しないで焼いたからこんなに縮んだんじゃんないの?」の黒陽の声には
「と、思いますよ~!」と、やはりウサギは軽い。しかも、思いますって確認はしてないんだ。
「いやあ、これはちゃんと解凍した仕上がりじゃないね。凍ったまま焼いたね」
と、塩サバをポパイ園に売ったとなりの店の仲間が首を捻った。お魚屋さんだから見る目は確かな筈だ。
黒陽とウサギはまだ通話中。
何故、となりの店の仲間が速攻そう言えたかは簡単だ。黒陽とウサギとの会話はすべてオンフック、つまり大音量のハンズフリー状態で周囲に完全に丸聞こえだったからだ。
しょうがないよね。私が陽陽の店に常駐して、それを止めることも出来ないし「ハンズフリーはマズイでしょ」と言っても私がいなければ黒陽は絶対にそうするだろうし。
たまたま黒陽のところに用事で来て、その会話の声の大きさに驚く。でも、忙しいから会話中だと知ると走り去る、いつもそんな感じだった。
陽陽の店がある大きな商店街は、色々な店舗スタイルで商店街が構成されていた。陽陽の店を含む周辺は、完全なる市場スタイルのお店ばかりで向こう三軒両隣以上の店舗にその会話が、毎日のように響き渡っていた。
音量の設定は音が割れる程の最高設定。ちょっとしたスピーカー並みの迫力だ。周囲にご来店のお客様、そして、通りがかりのお客様にも確実に聞こえていた。
そんな状態で
「ピンポーーーーん!当たりで~す♪」
「そうなんですよ~。私もしょっぱいと思いました~!!」
「まだ食べてないんですよお~」
「と、思いますよ~!」
と、ご機嫌にやればウサギの善良性は確実に消失する。いや、もうほぼ消失していた。
だから、ちゃんとしようよ。ちゃんとしないから見えない力でこんなペナルティみたいなことが起きるんだって。
仲間達は馬鹿じゃない、むしろ海千山千の商売の熟練者達だ。一般客だけではなく、飲食店の仕入れ客も大勢いる。
「そうなんですよ~。私もしょっぱいと思いました~!!」
と言えば、聞こえはいいかもしれないが「私じゃなくて悪いのは職員なんです」と言っているのと同じだし
「まだ食べてないんですよお~」
と言えば、ちゃんと仕事をしていないことも露呈。
責任者がそんな人間である製造所の商品を買いたいだろうか?
だからお惣菜もお弁当もどんどん売れなくなる。
例え、会話が周囲に聞こえていても、その内容に共感を持てるものであれば商品は売れていくだろう。心を込めて仕事をして、謙虚と努力が通じれば物事は動いて行く筈だ。
だから、黒陽のハンズフリーはあまり関係ないんだ。周囲に聞かせているのはウサギ自身の何かなんだ。きっと写像的何か。
そもそも、ウサギの基本の会話が変。
黒陽はポパイ園にとって買取をしてくれるお客様だ。だから、その会話の主導権は黒陽にあっても何ら問題はない。
しかし、それに対してウサギは何故、井戸端会議的会話になるのかが不思議だ。仕事だぞ?年上のお客様だぞ?
「この商品の作り方おかしいんじゃないの?」と聞く黒陽に対して
「うんうんうんうんうん!そうそうそうそう!そうなんですよぉ!!!私もそう思います」と納品当初からこんな感じだ。
対応も雑なら、会話も雑だ。どこまで雑なんだろう。
「この商品の作り方おかしいんじゃないの?」
なら
「おかしいと思います。改善します。申し訳ありません」とかで良い筈だ。
ちょっと譲って、フレンドリーなコミュニケーションを心がけていたとしても、そのフレンドリーさは時に限度を越えている。
そして、
「私もしょっぱいと思いました!!」などは
そういう商品の納品を許可した自分の仕事の落ち度を棚に上げた上で、黒陽には、すり寄るかのように同調する職員に対しての裏切りだ。
ポパイ園の実働のナンバーワンの責任者だぞ。管理者のやり方じゃない。
輩要素に井戸端会議的会話その融合が生む強烈な悪循環。
輩である黒陽は、そもそも何にでも言いがかりをつけたいタイプだ。少し味が濃いだけ、少し麺がやわらかいだけ、そして、少し自分が好まない食材がお惣菜に使用されているだけでも、とにかく文句を言いたい体質だ。
適当にベラベラ喋るウサギの井戸端会議的会話は黒陽の言いがかり体質をどんどん引っ張り出してしまう。
その循環は、もう私の手には負えない状態になっていた。無駄な電話での会話は1時間に及ぶ事もあるという。
井戸端会議のように、ただしゃべり続けることで必要なことが、どんどん埋もれて行ってしまってもいた。会話の泥沼化だ。
黒陽「何?あのナポリタン。ピーマンが全然緑じゃなかったんだけど。それにあの味付け、私好きじゃない。パスタものびてて美味しくない」
ウサギ「陽さんが入れるように仰ったピーマンなんですが最初、味がないピーマンがのっていて私がそれを見つけて炒めさせたんです。色か味かを考えたらああなりました。味付け変えてみますね、あと茹で加減も」
・・・・・・。
日々、多くの商品についての会話が同様になっている。
ナポリタンのパスタは全然のびてなかったし、別に飾りのピーマンは炒めてあればしっかり味がついていなくてもいいし、味などを黒陽の好みにする必要もない。
この件はこう解決した。
「パスタは伸びていません。問題なし。ピーマンを必ず入れないといけないというのは、固定観念。そんなに色飛びを気にするならマッシュルームにすれば良いことです。味の好み?はあ?これはビジネスですが?」
この指摘に二人は完全に黙った。よし、勝った。これが仕事というものだ、とは綴るが、関わりたくない低レベル。
謎のウサギスイッチ。
ウサギの会話の質の悪さは別のところにもあった。
ああ言えばこう言うタイプのウサギは、謎のスイッチが入ると反論せずにはいられないという点だ。
黒陽に「こんな商品どこででも売れないでしょうが」と言われスイッチが入り「AAスーパーでは売れています!」と猛反論。
ちょっとは売れなきゃ困るよね、納品しているんだから。でも、私見たよ全然売れていない様子を。全然売れていないこともお店の方にこの耳で聞いたよ、ってことになる。
言わなきゃいいのに。「そうだな。売れてないな」と認めればいいのに。
フレッシュパイナップルの件もそうだ。お弁当の中に入れてしまえば、レンジUPの時にせっかくのフレッシュパイナップルも温まってしまう。その件に関しても指摘されると
「たまたまいただいただけです!」と自己満足以外何もない反論になる。
「そうですね。考えないといけませんね」とは口が裂けても言えないんだろうな。
パイナップルをくださった方も、その生産者も美味しい生パイナップルのそんな状態を知ったらガッカリすると思う。
「冷たくした方が美味しいのにな。。。」と誰かのお心を寂しくする。
福祉施設は物をいただき過ぎるから、麻痺してくる部分もあるが無くしてはいけない感覚が絶対にある筈だ。
でも、ウサギって人は「もらってラッキー!600円弁当の1角埋まるぅ~♪原価下がるぅ~♪」で、くださった方と食材への感謝が消えそうだ。
生のパイナップルにだって心があるんだよ「美味しくたべてもらいたい」ってね。