うさぎとハリネズミ通信(3)
クモは かわいい
『うさぎとハリネズミ きょうもいいひ』を読んでくれた方から、「やっぱり、クモが出てきたねえ」と声をかけてもらいました。「あのエッセイが好きでねえ」と。
そうなんです。私、クモが好きなんです。せっかくなので、以前、エッセイに書いたクモの話をご紹介します。
『クモと言葉』 原正和
子どもの頃、母は家の周りにクモの巣をみつけてもすぐに払ったりせず,いつも「ここは邪魔になるからごめんね、別のところに張ってね」と語りかけていた。すると不思議なことに、数日のうちにクモはいなくなり、同じ場所にはもう巣を張らなかった。母によればクモは賢く、人の言葉をよく理解するらしい。だから一生懸命つくった巣をむやみに壊したりせず、ちゃんと言葉で説得すれば分かってくれるのだそうだ。たまに未練が残ってなかなか巣を手放せないクモがいる時は、母は巣の糸を一本切り、少し揺らして、「このままだと壊さなきゃならないよ」と、もう一度諭した。
玄関先でクモの巣をみつけた時、払い落とそうとする妻を止めて、この話をした。そして、都会のマンションでも通用するかどうか、クモに語りかけてみる。やはり、クモはいなくなった。
ある夜、ふと目が覚めて明かりをつけると、壁に見慣れない黒い影があった。よく見るとそれはクモで、脚を広げれば5、6センチはありそうである。さすがに大きくて、外に出そうとしたが出ていかない。屋内のクモにも通じるかどうか、「いてもいいけど悪さをするなよ」と言って寝た。黒いクモが出てくるようになったのは、その日からだった。
夕食を終える頃、気がつくとクモがリビングの壁にいる。見つけるたび、「また来たか」と話しかけた。8本の脚でゆっくり歩く姿は恐ろしいが、クモに悪いので言葉にはしない。クモが出てくる頻度は日ごとに増していき、壁を這っていたのが、カーペットの上を歩いてくるようになった。寝転がってテレビを見ていると、隣にゆっくりと近づいてくる。「いっしょに見るか」と話しかけると通じたようで、傍らでじっとしている。テレビから聞こえてくる音に耳を澄ましているようだった。
それから毎日、クモはテレビを見にやって来た。そして、私の体に登ってくるようになった。初めは手の上に乗り、そのうち胸の方に歩いてきて、じっと見つめてくる。このクモは、一体いくつぐらいなのだろう。ずいぶん懐くものだなあ、などと思っていたら,その日からぱったりと、クモは来なくなった。
気味悪がっていた娘も、いなくなると気になるようで、「最近見ないねえ」などと言っている。そうするうち、妻がベランダでクモの遺骸を見つけた。あの黒いクモだった。
寿命だったのだろうか。「お父さんのことが好きだったよね」などとクモの話が出るたび、家族みんな妙に切なくなってしまい困った。
(全国信用金庫協会「楽しいわが家」2018年9月号掲載)
クモは、『うさぎとハリネズミ きょうもいいひ』のなかの、第2話「つたえたいこと」で登場します。
(H)
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