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髪の毛

 長髪の女性なら、こういう体験はしたことはないだろうか。風に髪の毛が煽られ、顔にそれが張り付き蜘蛛の糸が絡まったように感じること。


「怖い話なんかじゃないんだけど」

 ガタイの良いの彼、木田紘一、はそう語りだした。

 大学生の木田は実家から離れて、一人暮らしをしている。オカルト好きの私とは違い、木田はオカルトには全く興味がなかった。そんなことより電車の話ばかりする奴だ。
 怪談は心霊スポットに行ったとか、怪談をすごい怖がっているとか、登場人物が心霊などに対して何らかの感情を持っていることが多いと思う。そういう意味で、木田は怪談から遠い存在であった。

 だから木田がそういう話をし始めるのには私はとても驚いたのだ。思わず身を乗り出して木田の話を促した。もちろん、スマホのレコーダーを起動するのは忘れずに。

「俺がバ先の話なんだけど」

 彼のバイト先はホテルで清掃の仕事をしている。ラブホテルなどいかがわしい場所では断じてない。彼の名誉のためにそれは言っておく。
 木田の職場は21階建てのうち、12~15階担当らしい。部屋は一階当たり20部屋らしいから80部屋が彼の担当だ。

「ここ最近、俺が担当する部屋のゴミ箱の中に絶対、ショートの金髪が入るようになったんだよ」

 そう言われてチラリと木田の髪を見た。ホテルの職員は明るい色に髪を染めるのは禁止されているらしい。木田も例にもれず黒髪だ。それに木田が務めるホテルはある程度格式の高いビジネスホテルだ。黒髪の方が多いはず。
 見間違いとかではなく? 私がそう聞くと、木田は首を振った。

「そりゃねぇよ。ちゃんと髪の毛、とってあるし」

 木田はリュックサックの中からノートを取り出し、机に広げて見せた。
 
 私はハッと息をのむ。10㎝ほどの短い髪の毛がノートにびっしりと張り付けられている。1ページに200本くらいあるだろうか。思わず目を逸らし、木田にノートを閉じてと言った。わーったよ、木田は投げやりに言って、ノートを閉じ、リュックサックに仕舞った。

「なんか……思い当たること、とかある?」

私がそう聞くと木田は首を振る。

「おれ、オカルトとか、興味ねぇし」

そう言って、ごみを払い落とすように顔を撫でた。

「あぁ、まぁ、最近、顔に蜘蛛の糸?的なものが付くことが増えたな。頭に蜘蛛でも住み着いてんのかってくらい」

 木田はガハハと豪快に笑ってまた顔を撫でた。私は木田の周りの人間を思い出す。私が知る限り、そんな派手な人はいない。それよりも木田がノートに髪の毛を保存していることが恐ろしかった。どちらかというとおおざっぱで細かいことが苦手な木田が、恐ろしく程、整然と髪の毛を並べられるとは思えない。

「他になんか、気になることかないのか?」

 そう聞いた瞬間、木田の表情がスッと消えた。

「いやねぇ俺の家のゴミ箱には金髪が入ってるようになったんだ沢山沢山人の頭くらい集まったんだそれがどうってわけじゃないんだが箱の中に詰めてその中にマネキンの頭を入れてみたんだ」

 木田は一息でそう言うと、リュックを漁りだす。ガサゴソと数十秒探ってから、唇をゆがめて「あったぁ」と声を上げた

ゴトン

 机の上に置かれたのは金のショートカットのマネキンの首だった。

 木田の顔を見ると、人形のように模範的な笑みで私に問いかけてきた。

「なぁ、この子に合う服ってどんなのだと思う?」

 顔に張り付く髪の毛の感覚。それは幽霊のものだと言われることをご存じだろうか。それが本当だとすれば、木田の頭上にはもう金髪のショートの女の子が縋りついているのかもしれない。

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