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【絵本】緑の国のへんてこ王子



 これはある時代のどこかの大陸のお話。魔物がいると恐れられている広大な大森林がありました。その森を中心として、四つの国がそれぞれ東西南北に位置していました。大森林に阻まれて、それらの国の交易は用意ではありませんでした。それぞれの国の王様は、魔物や他の国が攻めてこないかといつも怯えていて、軍隊を強く大きくすることに力を注いでいたのです。
 
 

 大森林の南方に赤い国がありました。土と岩に囲まれたその国では、なかなか雨が降らず、人々はいつも水を求めておりました。
 ある時、国のはずれの採掘場に不思議な男の子が迷い込みました。地面にあいた無数の穴を避けながら、男の子は危なっかしく歩き回ります。
 ところが足場が崩れ、穴の中に真っ逆さま……になりそうなところを間一髪、穴掘りをしていた青年に、男の子は抱えられました。
「危ないぞ。こんなところで何をしているんだい?」
 男の子は困ったように笑ったまま「ヘンテコ」とだけ言いました。
「へんてこ? なんだいそりゃ」
 安全な地面へおろされた男の子は自分の懐を何やら探っていましたが、青年に小さな麻袋を渡しました。青年が広げてみると、中には赤い種が入っていました。その数およそ100粒。
「これは一体なんの種だい?」
 顔を上げた青年の前から、男の子は姿を消していました。穴におっこちてしまったのかと、青年はそこらを探しましたが、男の子の姿はどこにもありません。
 青年はもらった種を植えてみることにしました。それは乾いた土でもぐんぐん成長して中に水をたっぷりと貯える植物でした。その枝を切れば、染み出す水をいつでも飲めるようになったのです。
 不思議な植物はどんどん増えて、赤い国は少しずつ緑の国になっていきました。
 
 

 大森林の北方に白い国がありました。雪と氷に閉ざされたその国では、人々は寒さに凍えて暮らしておりました。
 ある時、国のはずれの小さな家に不思議な男の子が現れました。窓枠にかじりついて、ブルブルと震えながら家の中を覗いています。
 ちょうど帰宅したその家の少女が、男の子の肩を叩いて聞きました。
「あんただれ? そんな恰好でどうしたの? 寒いから中に入りなさいよ」
 男の子は困ったように笑ったまま「ヘンテコ」とだけ言いました。
「へんてこ? どういう意味?」
 少女は戸惑いながらも、男の子を家に招き入れました。家の中は温かく、少女のたくさんの兄弟姉妹たちが不思議そうに男の子を見つめています。
「その子だれ?」
「窓から見てたよね?」
「迷子かもね。とりあえず体を温めましょう」
 少女は震える男の子にあたたかいスープを差し出しました。
 スープをすっかり飲み干した男の子は、懐から小さな麻袋を取り出しました。少女が広げてみると、中には白い種が入っていました。その数およそ200粒。
「これ、もしかして食べられる?」
 顔をあげた少女の前から、男の子は姿を消していました。半開きになった扉がキィキィとかすかな音を立てています。
 少女が外に出てみると、先程までの吹雪はおさまっていました。まっさらな雪の上には男の子の足跡が点々と大森林の方へ伸びていました。
 少女はもらった種を兄弟たちと一緒に植えてみることにしました。それは寒さに負けずに大きく育ち、豊かな葉で人々を吹雪から守ってくれる植物でした。その枝は、長くじっくりと燃えるいい薪になったのです。
 不思議な植物はどんどん増えて、白い国は少しずつ緑の国になっていきました。
 
 

 大森林の西方に青い国がありました。海の真ん中にあるその国は、度々津波に襲われ、いずれ国は水没してしまうだろうと言われておりました。
 国のはずれの灯台に、不思議な男の子が訪ねてきました。ノックの音に応対したのは灯台守のおじいさん。
「おやおや、小さなお客さんだね。何の用だい?」
 男の子は困ったように笑ったまま「ヘンテコ」とだけ言いました。
「へんてこ? はて、どこの国の言葉だったかな?」
 おじいさんはどこかでその言葉を聞いたことがあるように思いました。
 気になったら調べないではいられない質のおじいさん。書庫の古い本を手当たり次第に引っ張り出していると、男の子がひとつの本を指さして叫びました。
「ヘンテコ!」
「おお、そうか。君はこの国から来たんだね……」
 おじいさんが労し気に男の子の頭を撫でると、男の子は懐から小さな麻袋を取り出しました。おじいさんが広げてみると、中には青い種が入っていました。その数およそ300粒。
「これは随分貴重な物じゃないのかい?」
 顔をあげたおじいさんの前から、男の子は姿を消していました。おじいさんは灯台の天辺へ登って、周囲を見回してみましたが、辺りに人影はひとつもありません。
 おじいさんは男の子が迷わぬよう、その日は早めに灯台の明かりをともしました。それからもらった種を植えてみることにしました。それは塩水に負けず、絡み合って強く太く成長する植物でした。その枝の上に家を作れば、もう波に飲まれる心配はありません。
 不思議な植物はどんどん増えて、青い国は少しずつ緑の国になっていきました。
 
 

 「ヘンテコ」とだけしか喋らずに、その国の助けとなる植物の種を置いていく不思議な男の子。その噂はあっという間に広がりました。人々はいつしかその男の子をへんてこ王子と呼ぶようになりました。
 それは大森林の東方の黒い国でも同様でした。工場が立ち並ぶその国では、たくさんの煙突から黒い煙が絶えず出ており、家も人も空気も黒く汚れていました。国中には病気がはびこり、あちこちで苦しそうな病人の声が聞こえます。汚染された土には草の一本さえ生えていませんでした。
 ある時、国のはずれの王宮で、不思議な男の子が捕らえられました。王様が威厳たっぷりに言いました。「おぬし、我が国で一体何をしている。目的を言え」
 男の子は泣き出しそうに「ヘンテコ」とだけ言いました。
「へんてこ? どういう意味だ」
「王様、彼です。噂のへんてこ王子です」
 大臣が興奮したように叫び、王様は身を乗り出して家来に命令しました。
「我が国に繁栄をもたらす種を持っているはずだ。身ぐるみ剥いで探し出せ」
 次の瞬間、王様の前から、そしてたくさんの兵士たちの前から、男の子は消えていました。
「どこへ逃げた? はやく捕まえるんだ」
 しかし大勢の兵士たちが三日三晩探しても、男の子は見つかりません。
 ただ一人の兵士が、大森林の入り口に小さな麻袋が落ちているのを発見しただけでした。その中には黒い種が入っていました。その数およそ400粒。
 王様の命令で、町中に黒い種が植えられました。それは汚い空気を吸ってきれいな空気に変える植物でした。国中に蔓延していた病気もだんだんよくなっていったのです。
 不思議な植物はどんどん増えて、黒い国は少しずつ緑の国になっていきました。
 
 やがて黒の王様は気が付きました。
「我が国はだんだんと緑に飲み込まれている。これは大森林の、緑の国の侵略なのだ。へんてこ王子は魔物に違いない。我々の国を奪われてなるものか」
 黒い国は大森林にむけて大砲を打ち込みました。
 そうして二つの国の間で戦争が始まったのです。
 
 

 黒い国が最初の大砲をうちこんでからひと月がたちました。その後、何度も何度も大砲を打ち込みましたが、緑の国から反撃がくることはありませんでした。大砲どころか、弓矢も、石の一つさえも飛んでこないのです。
 不思議に思った黒い国の兵隊がおそるおそる偵察に行くと、うっそうと茂った大きな大きな木の洞に、あの男の子がたった一人で震えていました。
「お前しかいないのか。ほかの魔物はどうした? 緑の国の住民はどこへ行ったんだ?」
「ヘンテコ」
 へんてこ王子は泣きそうな声でつぶやきました。
「へんてこじゃあわからないだろう」
「らちが明かない。とにかく王様のところへ連れて行こう」
 兵士がへんてこ王子の腕を強くつかんだその時でした。赤い鎧に身を包んだ兵隊の一群が現れ、雄たけびをあげながら黒の兵隊へ武器を振りかざしました。
「何者だ!?」
 慌てふためく黒の兵隊の後ろから、今度は白い鎧の兵隊、青い鎧の兵隊も次々に現れました。誰も彼もが黒の兵隊に武器を向けています。黒い国の兵隊たちは、へんてこ王子のことなど忘れて大慌てで逃げ出しました。
「へんてこ王子、もう心配いらないぞ」
 そう言ってへんてこ王子を抱え上げたのは、いつかの赤い国の青年でした。
「緑の国の恩義に報いるため、我らの王様が軍隊を出してくれたんだ。なんと白い国も、青い国も来てくれたんだぞ」
 色とりどりの鎧を着た兵士たちは皆誇らしげに王子の顔を見るのでした。
 
 

「王様!大変です!赤い国の軍隊が現れました。白い国もです。青い国もです。奴らは魔物に屈したのです!」
 逃げ帰ってきた兵士の話を聞いて黒の王様は怒り狂いました。
「我が国に盾突くものはみんな敵だ。この森ごと焼き尽くしてしまえ」
 兵士たちは手に松明を掲げ、森のあちこちに火をつけて回りました。
 
 赤い国、白い国、青い国の連合軍は、緑の国とへんてこ王子を助けようと、協力して懸命に働きました。赤い国から大きな岩がたくさん運びこまれ、大砲にも炎にも負けない高い城壁を作りました。白い国から運ばれた氷は澄んだ水となり、森に回った火を消し止めました。青い国から大量の塩と食料が運び込まれ、連合軍の志気を高めました。
 次から次へとやってくる赤・白・青の隊列の中から、ひときわ高い声がしました。
「よかった、無事だったのね」
 飛び出してきたのはあの白い国の少女。
「私たちみんな心配してたの。へんてこ王子を助けてくださいって、王様にたくさん手紙を書いたのよ」
「ヘンテコ」
「喉が渇いているでしょう。氷をたくさん運んできたからね。うちは白い国一番の氷屋なんだから」
「ヘンテコ」
 二人の様子を見ていた白の兵士が聞きました。
「嬢ちゃん、へんてこ王子と話ができるのかい?」
 少女は一瞬眉をひそめて、生意気そうに言いました。
「言ってることはわからなくても気持ちは通じるのよ。知らないの?」
 なるほど、それはその通りだと周囲の大人は頷きました。
 
 

 三つの国はそれぞれ違う言語を使っていましたが、お互いの言葉がわからなくても「ヘンテコ」と言えば通じ合うことができました。
「さあ今日の分の飯だ。たんと取ってくれ」
「これは飯か? 俺たちが食べていいのか?」
「なんて言ってるかよくわからないけど、多分そうだ。ヘンテコだ」
「ヘンテコか。わははは」
 そうして交流を深める中で、他所の国の言語を習得する者もあらわれました。三つの国の絆はますます強固になっていくのでした。
 
 気付けば黒い国の攻撃はやんでいました。もう一週間もなんの音もしません。
 不審に思い、偵察に行った兵隊たちは驚きました。国を覆っていた植物は少しずつ枯れ始めて、黒い国はまた汚染された国に逆戻り。不思議な植物も、排出を続ける工場の煙に勝てなかったのです。
 黒の王様は汚れた空気の毒に侵されて寝たきりになり、もう戦争をする元気はなくなっていました。枯れ木のようにやせ細ったかと思うと、やがて死んでしまいました。
 黒い国の兵隊たちは降参しました。
「本当は戦争なんてしたくなかったんだ。黒い種の植物で、家族の病気が治ったんだ。へんてこ王子には感謝してもしきれなかったのに」
 兵隊たちはわんわんと声を上げて泣きました。連合軍の兵隊たちは黒い国の言葉がわかりません。けれど、気持ちはわかりました。
「大丈夫だ、もうヘンテコだ」
「気にするな、ヘンテコだから」
「そうだそうだ、ヘンテコだ」
 きょとんとしている黒の兵隊たちの前へ、へんてこ王子がとことことやってきて「ヘンテコ」とだけ言いました。そして胸元から大きな麻袋を引っ張り出し、黒の兵士に渡しました。
 兵士がおそるおそる広げてみると、中には黒い種が入っていました。その数およそ10000粒。
 黒の兵隊たちはまた泣きました。「ヘンテコ、ヘンテコ」と大声で泣きました。それから10000粒の種を、集まった連合軍みんなで協力して黒い国に植えました。
 そうしてこの一方的でへんてこな戦争は終わったのです。
 
 

 戦いの終わりを祝う宴が催されました。赤も、白も、青も、黒も、いろんな色が混ざり合い、楽し気にヘンテコヘンテコと騒いでおりました。
 その喧騒の中から知っている声が聞こえた気がして、へんてこ王子はきょろきょろと辺りを見回しました。
「やあ、無事でよかった。君に渡そうとこれを持ってきたんだよ」
声の主は青い国のおじいさん。手にはいつかの古い書物を持っています。
「君が持っているのが一番だと思ってね」
 へんてこ王子は本を受け取るとその胸にしっかりと抱きしめ、「ヘンテコ」と言いました。
「その本はなんでしょう?」
 赤い国の青年が拙い発音で聞くと、おじいさんはゆっくりと答えました。
「とても古い書物さ。もう滅びてしまった国のことが書いてある。魔術と呼ばれる不思議な力を持った国だったが、内乱でたくさんの人が亡くなってそのまま滅亡してしまった。緑の国はとっくになくなってしまったんだよ」
 皆がへんてこ王子のことを見つめましたが、王子はきょとんとしています。
「この子はきっと人の役に立ちたくて、大森林を出てきたんだろう。君の種は多くの人を救ってくれた。ヘンテコヘンテコ」
「ヘンテコ」
 へんてこ王子はにこにこと答えました。
「ねぇ、ヘンテコってどういう意味なの?」
 白い国の少女が流暢に問いかけます。おじいさんはなるべく大勢の人に聞こえるように声を張り上げて言いました。
「挨拶だよ。こんにちはでもある。こんばんはでもある。ごめんなさい、ありがとうという時にも使える。さようなら、また会いましょうという時ももちろんヘンテコだ。相手を思ういろんな気持ちがヘンテコには詰まってるんだ」
 
 
10
 連合軍はそれぞれの国へ戻っていきました。
 植物の力を借りて、どの国も豊かに発展していきました。貿易も始まりました。白い国の氷が赤い国の熱さをやわらげ、赤い国の岩が青い国の建築を支え、青い国の塩が白い国の気候と合わさり質のいい保存食が次々と作られました。
 そして黒い国の優れた科学技術は、空気を汚染しないエネルギーをとうとう見つけ出したのです。黒い国はすぐさま各国にそれを伝えました。
 
 その後王様が何代も変わり、いくつかの時代が過ぎていきましたが、戦争は一回も起きませんでした。言葉も文化も違う国同士でしたが、挨拶だけは同じ言葉を使っていたのです。戦争なんて起きるはずもありませんでした。
「ヘンテコ」と言えば、相手のことをとても大切に思っていると伝わるのですから。
 
 今でも時々、不思議な種を渡してくる男の子は現れるんだそうです。それもそのはず、ここらの子供たちの間では、初対面の人に種を贈る習慣があります。
たいていは一粒。でもたくさんの種をいれた麻袋ごと渡してくる男の子が居たら……
それは、本物のへんてこ王子かもしれませんね。
 
(完)

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