見出し画像

【舞台】乗っ取り譚


【登場人物】
男    外見男、中身女。
女    外見女、中身男。


【第一幕】十九歳
一人暮らしの女の部屋に男がいる。
そこへ女が帰ってくる。

男   あ、おかえり。
女   あ、来てたんだ。
男   うん。
女   あれ、久しぶり? 二週間ぶりくらい?
男   先週…は来てないね。
女   なに。なんかあった?
男   うーん。
女   どうした。
男   まぁあとででいいじゃん。ご飯つくったけど食べる?
女   マジで? 冷蔵庫なんか入ってた?
男   しなっしなの人参とマーガリンしかなかった。
女   なに、しなしな人参のマーガリン掛け?
男   豚の生姜焼き。
女   やったー!
男   材料費あとで払ってよ。
女   はいはい。いただきます。
男   めしあがれ。
女   ごちそうさまでした。
男   おそまつさまでした。
女   やっぱいいよなぁ手料理は。
男   あんたも料理しなさいよ。人参が可哀相でしょ。
女   人参って切るの面倒くさくない?
男   そう?
女   皮向いた上に、千切りとかさ。
男   グラッセとかにすればいいんじゃ?
女   あんまりでかいのは好きじゃない。
男   小学生の時も同じこと言ってたわ。
女   そうそう人の好みなんて変わんねーよ。あ、デザートないの?
男   それはあんたが気を利かせて買ってくるとこでしょう。
女   だってバイト代入るの来週だし。
男   じゃあ今日はなしね。
女   なに、デザートなしで話せる話?
男   うん。
女   どうした?
男   二人の今後について。
女   今後って。
男   就職先決めた?
女   何かと思えばそんな話かよ。真面目だねぇ。
男   重要なことでしょう。
女   まだあと三年あるじゃん。
男   あと二年八カ月しかないよ。
女   細かい。
男   うるさい。ちゃんと考えてんの? まさかフリーターとか言わないでしょうね?
女   まぁ一応どこかの会社には入るつもりだけど。そっちは、希望とかある?
男   ……。
女   ケーキ屋さん?
男   それは小二の時の夢。
女   じゃあお花屋さん?
男   それは小四。なんでそんなに覚えてるの。
女   ここに卒業文集が。
男   やだ、なんでそんなの持ってんの。
女   貴重な思い出じゃん。小六の時は、あーあったあった。「かわいいお嫁さんになってかわいいお母さんになること」だって、どこまでもメルヘンチックww
男   それは夢って言うか憧れ的なもので、今はちゃんと目標があるんだから。
女   なに?
男   公務員。
女   かたっくるしい。
男   そっちこそどうなの。
女   俺、昔から憧れてた職業があるんだよね。
男   なに。
女   とび職。
男   嫌だ。
女   かっこいいじゃん! 自分の腕一本で稼いでるって感じがさぁ!
男   絶対嫌だ!
女   ……それぞれなりたいものになればいいじゃん。
男   でもさ。戻った時どうするの。あんたがとび職になってたら無理だよ、私高いところ苦手だし、そんな体力ないし。
女   そしたら転職すればいいじゃん。
男   中途で公務員になるの凄い大変なんだからね!
女   そもそもさ、戻れんの、俺ら。
男   何言ってんの。戻るに決まってるでしょ。
女   どうやって。
男   どうにかして。
女   ありとあらゆること試したじゃんか。あの時の状況何十回再現した? 医者にも頭の弱いカップル扱いされただけだったろ?
男   だってこんなのおかしいじゃん。戻らないわけないんだよ。だって入れ替わりものは絶対最後には元に戻ってるもん。
女   俺知ってるだけで2つ。
男   え?
女   元に戻らない作品だってあるよ。
男   ぐすっ。
女   ごめん。……プリン買ってくるよ。
男   ダッツ。
女   了解。

女、退場。

男   もう、7年か。


【第二幕】二十二歳
それぞれの職場。
女は建築事務所、男は役所で働いている。

女   では思い切ってここは柱だけにするというのは? 通気性も確保できますし、開放感ありますよ。××さんこういう雰囲気好きだと思います。じゃあこれで次回ご提案しますね。あ、午後は△△邸の上棟です。その前に〇〇邸の進捗見てきますね。いや、私現場行くの好きなんですよ。本当は大工さんになりたかったので。

男   お待たせしました。私の方で対応を変わります。はい、本日は大変込み合っておりまして、番号順にお呼びしておりますので椅子に掛けてお待ちください。……先輩、大丈夫でした? 本当しつこかったですねあの人。いやいや、お礼なんていいですよ。でも……すみません、今日は用事があって。えっと、土日はちょっと忙しくて。来週ですか、はぁ。

一人暮らしの男の部屋に女がやってくる。

女   泊ーめーてー。
男   別にいいけどさ。まだ電車動いてるじゃん。
女   こっちの方が会社近いから。
男   あれ、今日スカート? 珍しい。
女   飲み会の接待要員。
男   セクハラとかされてないでしょうね。
女   させるかよ。キモい。本当女は女ってだけで舐めてかかられて大変だよ。
男   そうねー。うちも女性にはでかい態度とるおっさんいるわ。そういう時私が出てくと大抵大人しくなるのよね。なんで性別だけで人を見てるんだろう。
女   確かに性別の呪縛ってあるよな。女らしくとか、男のくせにとかな。
男   そう! この前なんか男だったら虫平気でしょって言われてあれ退治させられたのよ。
女   あれ? G?
男   本当無理、大っ嫌いなのに。
女   やったの?
男   だってその場に私と女子職員しかいなかったんだもん。私がやるしかないでしょうよ。
女   偉いじゃん。
男   あんたも。頑張ってるね。スカートあんなに嫌がってたのに。
女   嫌だよ、スース―するもん。落ち着かない。脱いでいい?
男   ちょっと待って! あんた仮にも私なんだから、男の前ですぐ脱ごうとしないで!
女   男っつってもお前じゃん。
男   他の男の前でそういうことしてないでしょうね。
女   するか、馬鹿。
男   はいジャージ。
女   ありがと。
男   私もたまにはスカート履きたいなー。
女   ……本当マジ勘弁してくれよ。仮にも俺なんだから。
男   あんたばっかり可愛い服着てずるい。
女   好きで着てんじゃねえよ。
男   たまには女らしいことしないと、女である自分をさ、忘れそう。
女   どういうこと?
男   なんか職場の先輩から微妙にアプローチかけられてるんだよね。
女   うそ。女?
男   当たり前じゃん。
女   美人?
男   うん、まあ顔は整ってるんじゃないの。
女   お前がそう言うなら相当美人だな。
男   何回もご飯誘われてるんだけど、もう断るネタがなくて。
女   なんで? 行けばいいじゃん。
男   行けないよ。むこうは好意持ってるんだよ。あんたの外見の、中身私に。騙してるみたいで悪いじゃん。
女   そうかなぁ。別に職場の仲間と飯行くくらいよくない? 俺行ってるよ。
男   は!? 男と!?
女   うん。
男   やめてよ絶対!
女   なんで。円滑な人間関係を築くためだろうが。
男   そんなこと言ってて酔いつぶれたりしたらどうするのよ。本当心配。
女   え、心配してくれんの。
男   私の体を心配してんの!
女   大丈夫、俺酒強いから。俺っていうか、お前の体? ウイスキーがぶがぶ飲んでも全然大丈夫。
男   それ余計に心配だからやめて。
女   お前は?
男   なに?
女   酒。
男   飲めなくはないけど、顔真っ赤になって心臓がばくばくする。
女   弱いじゃん。
男   あんたの体がね。
女   じゃあ元に戻ったら俺酒飲めなくなるのかなぁ。やだなぁ。戻りたくねえ。
男   ちょっと。冗談でもそういうこと言わないでよ。
女   ごめんごめん。じゃあ戻ったら一緒に乾杯しようぜ。
男   そういえば一回も飲んだことないね。
女   俺が酔いつぶれたら介抱しろよ。
男   わかった、その辺に転がしとく。
女   おい。
男   別に平気でしょ、男なんだから。
女   優しくないな、女のくせに。
二人  はははは。
男   女扱いしてくれんの、あんただけだもんなぁ。
女   されたいの?
男   そりゃ、まぁ、男扱いよりは、ねぇ。
女   よしよし。(頭を撫でる)
男   ……これ子ども扱いじゃない?
女   え、違った?
男   別にいいけど…。
女   ……。
男   ……。

女、男を抱き寄せる。
が、逆に男女の体格差が強調される。

女   ごめん、やっぱ今日は帰るわ。
男   あ、うん。
女   まだ終電大丈夫だよな。
男   だと思うけど、駅まで送ろうか。
女   平気平気。
男   でも、夜道危ないし。
女   それはお前もだろ。
男   平気だよ、男だし。
女   駄目だよ、女なんだから。
男   ……。あんたも気を付けてよ、女なんだから。
女   わかってるよ。じゃ、近いうちにまた来るなー。
男   はいはい。

女、退場。

男   はぁ。……あいつ、ジャージで電車乗るつもり…?


【第三幕】二十五歳
女の部屋でくつろぐ二人。

女   ねぇ。
男   ん?
女   前さ、アプローチしてくる先輩がいるとか言ってなかった?
男   あぁ、うん。
女   どうなった?
男   どうもなってないよ。なんで?
女   付き合ったりしないのかなーと思って。
男   付き合うわけないでしょ。
女   ふーん。
男   え、なに?
女   なにが?
男   付き合えばいいと思ってんの?
女   いや、まぁなんとなく。
男   なんとなく?
女   俺、いつになったら童貞卒業できるんかなと思って。
男   ……最低。
女   三十歳まで童貞は避けたい。魔法が使えちゃう。
男   使えるようになったら言うわ。リモコン探す時に便利だね。
女   ほかに使い道あるだろ。
男   鍵探す時もいいね。
女   お前好きな奴とかいないの?
男   男で?
女   女…いや男…どっちでもいいけど。
男   ……いないよ。
女   ちょっといいなーとか、気になるなーとか。
男   男で?
女   男…この際男でもいいよ。
男   いいのかよ。……そんな人がいたとして、恋愛なんてできるわけないじゃん。本当の自分じゃないもん。
女   まぁそうだよな。
男   うん。
女   ……一生童貞か…。
男   うるさいなぁ。元に戻ってから好きなだけすればいいでしょうが。
女   じいさんになってたらどうするんだよ。もう起たないかも。
男   最低!
女   俺は真剣に悩んでるんだよ!
男   ……まぁもし、好きな人ができたら、ちゃんと本当のこと話したい。理解してもらえるかはわからないけど。
女   「中身は女なんです」って?
男   性同一性障害だと思われるかな。
女   まぁそうだろうな。こんな状況が理解できる奴なんて一人しかいないだろ。
男   え? 誰?
女   俺。
男   え、まぁ、そりゃあそうだけど。
女   考えたんだけどさ、俺にはお前しかいないし、お前には俺しかいないと思わない?
男   待って。待って待って待って。
女   なに。
男   どうしたの、いきなり。
女   いきなりじゃないよ、ずっと考えてた。
男   マジで。
女   マジだよ。本当の自分を見せられるのは、お互いしかいないだろ。
男   は?
女   なに?
男   そんな、そういうの、消去法っていうか、私しかいないから仕方なくっていうこと?
女   そんなこと言ってない。
男   言ってるじゃん。
女   違うよ。
男   あんたはただやりたいだけでしょ?
女   どっちかっつーとやられる方だわ。
男   違う。本当に好きじゃなきゃ、そういうことはしちゃいけないの。
女   ……。
男   ……。
女   ごめんごめん、言ってみただけ。よく考えたら自分の顔相手に勃たないしな。
男   いや勃つもんついてないし。
女   心のね、あれよ。
男   ばっかじゃないの。
女   馬鹿ですよ。
男   本当にね。
女   ……。私……俺さ。
男   今私っていった?
女   ん、でた。
男   なんで私といるのに私って言うの。
女   いや、だってさ。
男   なんで。
女   もう「私」でいる時間の方が長いじゃん。
男   ……。
女   そろそろ覚悟決めた方がいいんじゃないの。
男   どういう意味?
女   俺はお前として、お前は俺として、生きていかなきゃいけないんじゃないの。
男   今だってそうじゃん。
女   今日、こういう話してんのはさ、実は付き合ってくれって言われてんだよね。
男   誰に? 男に?
女   当たり前でしょ。
男   誰?
女   元々取引先の人で、時々飲み行ったりして、サッカー好きな奴だから観戦行ったりとか休みの日フットサルやったりとか。
男   だってあんた、そんな、男好きなの?
女   男好きではないけど、友達としてはいい奴だと思う。告白されて戸惑ったけど。
男   断りなよ。
女   お前に合うなって思った。
男   は?
女   お前の彼氏として紹介されたら納得するなって感じのやつ。むしろ俺が勧めたい。
男   だから付き合うの? 付き合うって何するかわかってんの?
女   わかってるよ。逆にいいの、お前は処女のままで。
男   …は、なに、馬鹿なこと、そんな、はぁ!?
女   俺はさ、一生ずっと停滞したままでいるのは嫌なんだよ。いい加減前を向くべきなんじゃないの? お互いに相手を見つけて、ちゃんと人生を生きなきゃいけないんじゃないの? 俺とお前じゃそういうことにはならないんだからさ。
男   もしどこかで戻ったら…。
女   可能性の低い話するな。
男   ……。
女   もう、わかってるだろ。
男   ……好きにすれば。
女   そうするよ。

女、退場。

男   ……馬鹿。

【第四幕】二十八歳
男にスポットライトがあたる。

男   あなたとは、同じ境遇で、同じ悩みを抱えていました。すぐ落ち込んで悩んで一人では何も決められない私を、あなたはいつも引っ張ってくれて、笑って大丈夫だよと言ってくれて、同じ悩みを持っているのに励まされるのはいつも私の方でした。あなたがいたから、ここまで歩いてくることができました。その持ち前の明るさと優しさで、今度は、最愛の人を支えてあげてください。今、こうしてあなたにお祝いを言えることを心から嬉しく思っています。ご結婚おめでとうございます。

SE拍手。
女の結婚式会場。
式が終わり、招待客が帰ろうとする中で男は女に呼び止められる。

男   いいお式だったね。
女   来てくれないかと思った。
男   正直迷った。
女   だよね。
男   でも来て良かった。
女   ありがとう。万が一元に戻ったら、そのまま旦那と仲良くしてやって。本当いい奴だからさ、あいつ。
男   まだ元に戻れるなんて思ってないよ。
女   強くなったね。
男   そりゃあね。
女   二次会行く?
男   ううん、明日早いから。
女   そうか。じゃあまた。
男   もう会わないよ。
女   え。
男   既婚者が、異性と頻繁に会ってちゃまずいでしょ。今日の友人代表スピーチだって相当ひそひそ言われてたよ。
女   外野の言うことなんか気にすんなよ。これからもちょこちょこ会おう。親友だろ。
男   旦那さんに悪いよ。
女   そんな小さいこと気にするような男じゃない。
男   信頼してるんだ。
女   旦那だからな。
男   いい人見つけたねぇ。
女   お前にも絶対いるよ。性別とか越えて好きになれる人。
男   どうかな。
女   別に無理に女の子相手じゃなくてもいいと思うよ。男同士でも今は寛容な時代だし。
男   そうだね。
女   私幸せになるから、お前もちゃんと幸せになれ。
男   ……うん。
女   私は。
男   わかった。わかったよ。
女   うん。
男   じゃあまた連絡するよ。大親友だもんね。
女   おう。お前の結婚式の友人代表スピーチは私だからな。
男   頼むわ。
女   任せろ。
男   じゃあ、バイバイ。

女、退場。

男   バイバイ。

【第五幕】二十九歳
男の部屋。
男だけがいる。

男   私たちが入れ替わってからもう、十七年。男として生きた時間の方がとっくに長くなっていて、男として見られるのも当たり前になっていて、それでも恋愛だけはできなかった。ちょっと素敵だなーと思う男の人がいて、そして奇跡的にその人は男女共に好きになれる人で、この人ならうまくいくかもと思ったけれど、あれの時、決定的に違うと感じてしまった。自分の存在がとても不自然で、おかしくて、間違っていると。その人に性転換手術を勧められたけど、そういうことじゃなくて、私はやっぱり私に戻りたいのだと思う。いっそ死んじゃおうかなとかも考えたけど、でもあいつの体に傷をつけるのは嫌だった。だからただただ仕事に行ってただただ時間を消費してる。こんな生き方をして、あいつに申し訳ない。もうとっくに前を歩いてるあいつにはこんなこと言える訳が無い。だから結婚式に出た日から一度も連絡をとらないまま1年もたってしまった。っていうのに。

女、男の部屋に入ってくる。

女   お邪魔しまーす。
男   あんた普通に来るし。
女   なんだ、生きてるじゃん。連絡しろよなお前。死んだかと思うだろ。
男   いや、あんたこそ来るなら連絡しなさいよ。
女   俺はいつでも顔パスだろうが。
男   俺?
女   ちゃんと飯食ってんの? なんか痩せてない?
男   だから、人妻がそうやって他の男にべたべたと…。
女   もう人妻じゃないよ。別れた。
男   え、なんで。
女   性格の不一致?
男   いい奴って言ってたじゃん。
女   うん、すげーいい奴。だから俺にはもったいない。
男   そう、なんだ。
女   いやー、結婚生活はうまくいってたんだけど、俺やっぱり直前で怖気づいちゃって。できなくて。ずっとレスだったからあいつにも悪くて。
男   あんたも?
女   え?
男   私も、なんかそういう感じの人がいたんだけど、やっぱりちょっと違うなって思ってできなくて。
女   好きな人できたの? 凄いじゃん。
男   でもできなかったけど。なんか間違ってるような気がして、自分が気持ち悪くて。あんたもそういう感じ?
女   俺は……自分っていうかお前の体が…? 他の男に抱かれると思うと嫌だったんだ。
男   自分じゃなくて、私の体が…?
女   うん、ごめん、自分でも何考えてるのかよくわかんない。けど、嫌だった。
男   ……。
女   そしたら浮気疑われた。
男   ほら言ったじゃん。
女   ごめんな。
男   なんで謝るの。
女   俺さ、お前をお母さんにしてやりたかったんだ。
男   もしかして卒業文集の?
女   そう。
男   そんなことのために結婚したの。
女   いや、本当に旦那のことは一人の人間として好きだったよ? それとは別に、もし、元に戻った時にお前がもうお母さんになれない年だったらって思ったら、俺にできることはそれくらいかなと思って。
男   うわあ。
女   引くなよ。
男   なに、私のために? 結婚して? 子供産んで? 幸せな家庭を用意してくれようとしてたわけ?
女   改めて言われると気持ち悪いな、俺。
男   さんざんもう諦めたって言ってたのに。
女   自分に関しては諦められるけど、お前の可能性潰すわけにはいかないだろうが。
男   ……なんでいつも私のことばっかり。
女   親友だろ。
男   あはは。
女   なんでそこで笑うんだよ。
男   いや、ごめんごめん。駄目だなー私。自分のことしか考えてなかった。
女   別にいいんじゃないの? 俺が勝手にやってることだし。どっちにしてもさ、お前には幸せになってほしいわけよ。
男   うん。
女   ってこれ結婚式の時も一生懸命伝えたつもりだったんだけど。
男   ごめん、そうだね。わかってたつもりだったんだけど、わかってなかったわ。友人代表スピーチやってもらわないとね。
女   …そうだよ。
男   心配してくれてありがとう。今後、どうなるかはわからないけど、どうなったとしても後悔しないように私一人で頑張ってみる。好きになれる人、ちゃんと見つけるから。見つからなくても、ちゃんと一人で生きていくから。もし元に戻った時にあんたにちゃんと幸せだって思ってもらえるように生きていくから。
女   おう。なにかあったら連絡しろよな。
男   うん。あ、久しぶりに飲もうよ。
女   いや酒は。…戻った時に取っておこうぜ。
男   諦めないねー。
女   当たり前だろ。
男   じゃあ甘いものは?
女   なんかあるの?
男   駅前に新しくできたケーキ屋がある。
女   駅前かよ。
男   めちゃくちゃ美味いんだよ。
女   そう言われると気になるな。
男   チャリですぐだから。行ってくる。

男、退場。

女   ……やっぱり言えないわな。

【第六幕】三十歳
病室。ベッドに横たわる女。
そこへ男が駆け込んでくる。

男   なんでもっと早く連絡してくれなかったの。
女   びっくりした。
男   こっちのセリフ。
女   なんでここがわかったの。
男   元旦那さんが電話くれた。
女   あいつ。
男   本当、いい人だよね。
女   だろ。
男   いつから?
女   一年くらい前にわかって、これでもだいぶ生きた方だよ。
男   前会った時に言ってくれれば。
女   言ってもなんにもならないだろ。
男   そうかもしれないけど。
女   魔法、使えるようになった?
男   さっきから元気になれって念じてる。
女   やっぱりリモコンしか探せないのかもなぁ。
男   死なないでよ。あんたがいなくなったら私どうしたらいいかわかんないよ。
女   大丈夫だよ。この一年一人でちゃんと生きてきただろ?
男   それはあんたも頑張ってると思ってたから。
女   一緒だよ。俺が生きてようが、死んでようが、お前は一人で頑張れるんだから。

女、手を伸ばす。
男、手を取る。

女   違うよ。頭、撫でさせて。
男   ……。
女   なんも状況変わんないんだよな。お前と入れ替わって、なんで俺たちがこんな目にって思ってたけど、生きてる以上幸せになる努力はしなきゃいけないし、誰もがいつか死ぬし、他の人となんも変わんないんだよ。俺たちはそうやっていかなきゃいけないんだよ。お前も、この先死ぬまで。
男   うん。そうだね。
女   俺が死んだら、元に戻るかなぁ。
男   それって結局どっちが死ぬの。
女   わかんね。
男   ……。
女   ……。
男   一つだけ、試してないことがあるの。
女   え?
男   もしこれがさ、呪いとか、そういう類のものだったらキスすれば解けたりしない?
女   メルヘンチックだな、相変わらず。すればよかったじゃん。
男   怖かったの。別の意味をもつのが。
女   たぶん俺も同じ気持ちだったよ。

男、女に口づけしようとする。
女、それを拒む。

女   今元に戻ったら、お前が死んじゃうじゃん。
男   いいよ。
女   駄目だよ。俺はさ、もしかしたらお前を死なせないために入れ替わったのかもしれないな。
男   なんでいつも私のことばっかり。

女、軽く微笑み、目を閉じる。
それきり反応がなくなる。
男は女に口づけする。
心停止の音が鳴り響く。
口を離した男は、自分の体と、女の死に顔を交互に見る。

男   ……うわあああーーーー……!

入れ替わりが元に戻り、女が死んだのか。
元には戻らずに、そのまま男が死んだのか。
その嗚咽からは判断できない。
男はいつまでも女に縋り泣き続ける。
閉幕。

いいなと思ったら応援しよう!