【舞台】銀河の底(2009年度版)
【登場人物】
女王鵜鷺
アル・スハイル・アル・ムーリフ
ラカーユ
ナオス
カノープス
カビ爛々
カビ凛々
カビ恋々
舞台上にはビニールプールがひとつ。
少女が一人。
絵日記のようなものを書いている。
使用しているのは青と黒のクレヨンだけである。
ラカーユ 実験開始1日目。シャーレに蓋をする。
同時に暗転。
ラカーユ 実験開始2日目。変化なし。……。実験開始3日目。変化なし。……。実験開始4日目。…カビが発生する。
照明に変化。光が徐々に増えていく。
ラカーユ 実験開始5日目。カビが増殖する。
照明に変化。
ラカーユ 実験開始6日目。コロニーを形成する。
照明に変化。
ラカーユ 実験開始7日目。宇宙船が降って来る。
真っ黒な空間。浮かび上がる輝くような円形のライン
が印象的である。
それは水滴のように見える。
病気による痣のように見える。
月のクレーターに見える。
穴があいているように見える。
その穴から人間が顔を出す。
人間?人間ではない。
人間の身体の法則性を無視した動きをしている。
紛れるように現れた一匹だけが人間の形をしている。
鵜鷺である。
女王鵜鷺 うさぎうさぎ 何見て跳ねる 十五夜お月さま見て跳ねる
カビ うさぎうさぎ 何見て跳ねる
女王鵜鷺 何を見てるの。何を見てるの。何を見てるの。何を。
アル 何を見てる?
ビニールプールが宇宙船の一室になる。
そこにいる男アルと少女ラカーユ。
生き物のようであったカビがオブジェのように固まっ
ている。
ラカーユ ホーシ。
アル 伸ばしすぎだ。あれは星。
女王鵜鷺 何を見てるの。
ラカーユ 金貨よ光ってるもの。
アル 星だ。
女王鵜鷺 何を見てるの。
ラカーユ 虫だわ光ってるもの。
アル 星だ。
女王鵜鷺 何を見てるの。
ラカーユ あれ。欲しい。
アル だから伸ばしすぎだ。
ラカーユ ホーシ。
アル そんなことよりまだ見えないのか。
女王鵜鷺 何を見てるの。
アル この狭苦しい宇宙船で旅立ったのは太古の昔。オレの曾々々々々爺さんよりももっと爺さんが生まれる前の話。タイヨー系第三惑星。別名水の惑星。青い星。その星の名はチクウ。違ったかな。確かそんな響き。うまく発音もできないくらいにオレにとっては過去の遺物。オレの眼球はもっと先を見据えているのさ。
女王鵜鷺 何を見てるの。
アル 宇宙の端っこ。…誰か何か言った?
女王鵜鷺 ……。
女王鵜鷺、退場。
アル 沈黙。なるほど空気のない宇宙は代わりに沈黙で満ちている。並々と注がれた沈黙はけれども決して溢れることはない。なぜならば。
ラカーユ ペトリ。
アル 宇宙は広がり続けているから。膨張を続ける宇宙の端っこ。その天井でも壁でも床でもいい。そこに辿り着いて手形をつける。太古の昔に月へ足形を残したアームストロングのように。それがオレの使命。それがオレたち一族の使命。
固まっていたカビの一部が動き出す。
それはアルとラカーユの祖母となる。
祖母爛々 アームストロングなんかに負けちゃいらんないよ。きっと奴は腕力だけの人間だったんだ。何しろアームがストロングだから。
アル じゃあなんでそのストロングなアームを使って手形をつけなかったのかな。
祖母爛々 そこがアームストロングの駄目なところさ。足を使っちまったんだからね。もちろん足より手のほうが偉いんだよ。心臓に近いからね。
アル 手よりももっと偉い顔型を付けるってのはどうだろう。
祖母爛々、アルを殴る。
アル なんでぶつんだよ。
祖母爛々 蹴られるよりマシだろ。手のほうが偉いんだからね。
ラカーユ チクウは偉かった。
祖母爛々 うは。
アル 青かった。
祖母爛々 アル。お前はどうしてそう妹を邪険にするんだい。
アル 間違いを正してやってるだけだ。
祖母爛々 どうして間違いだなんて言えるんだい。チクウを見たことあるのかい。
アル ないけど、航海日誌にちゃんと書いてある。この一番最初のページ。「うっわ、マジじゃん。チクウ超青いんだけど」…軽薄だな。
祖母爛々 確かにチクウは青かったかもしれないさ。でもラカーユの言うように偉かったかもしれないよ。エロかったかもしれないよ。
アル それはないよ。
ラカーユ 実験開始18231750日目。そしてペトリ。
祖母爛々 もうそんなに経つんだねぇ。どれどれ。『航海日誌』「チクウを旅立つんじゃなかった。太郎に貸した金返してもらえばよかった。憧れの花子に告白しておけばよかった。」確かに後悔日誌だ。
アル なんともまぁ情けない。オレの子孫が読むだろうオレのページは冒険譚として残すことにする。
祖母爛々 何百人の祖先が書いた航海日誌にお前の書く隙間なんてあるのかい。
アル 全員3日坊主だったんだろ。ばあちゃんだって書いてないくせに。
祖母爛々 こういうのはどうも苦手さ。あたしゃ文才がないからね。
アル 脈々とその血を受け継いだオレもへのへのもへじ以外は大の苦手だ。
祖母爛々 そりゃどっちかっていうと絵だね。
アル だからラカーユにやらせる。
祖母爛々 またそうやって面倒事を妹に押しつけて。だいたいこの子がそんな真似できるわけ。
アル よく聞けラカーユ。冒頭はこんな風に始まるんだ。膨らみ続けるこの宇宙はまるで○○だ。
ラカーユ ○○?
祖母爛々 伏せなきゃならないような卑猥な単語をこの子に教えないでおくれ。
アル 違うよ。いい例えを思いつかないんだ。宇宙は、宇宙は。
ラカーユ カップケーキ。
アル 宇宙は。
ラカーユ メタボ。
アル 宇宙は。
ラカーユ 借金。
アル 膨らみ続ける。
ラカーユ 借金。
アル 駄目だ駄目だ、もっと明るくて可愛くて夢のあるようなやつはないのか。ところでばあちゃん何やってんの。
祖母爛々、いつのまにか布団を敷いている。
祖母爛々 子作りの準備さ。
アル ………。
祖母爛々 ………。
アル だから嫌だって言ってるだろぉぉぉ!
祖母爛々 馬鹿言うんじゃないよ!ここで一族の血を途絶えさせる気かい?
アル だってオレたち家族だよ!?
祖母爛々 家族である前に男と女。密室に、二人きり。やることは、一つ。
アル ラカーユもいるじゃん。
祖母爛々 3人プレイがお望みかい?
アル そうじゃなくて、無理だよ。できないよ。
祖母爛々 じゃあお前誇り高き一族の使命をどうするつもりだい。膨張を続ける宇宙の端っこに手形をつける。それがあたしたち一族の使命。決して一代や二代で果たせられない壮大な使命だ。限られたこの空間で使命を果たす子種を残すために、父と娘が!兄と妹が!
アル そんなきわどいエロゲーみたいな単語並べるなよ。
祖母爛々 家族の殻を脱ぎ捨てた男と女が、如何わしいことして血を繋いできたんだよ。お前も、死んだお前の父さんとばあちゃんが如何わしいことして生まれてきたんだよ。
アル ばあちゃんってオレのばあちゃんじゃないの!?
祖母爛々 ばあちゃん且つかあちゃんだよ。そしてこれからはお前の奥ちゃんだよ。
アル 重い。
祖母爛々 何が。
アル ばあちゃんの気持ちと、一族の使命。
祖母爛々 それは重ねてきた血の重さだよ。そこにお前の血も重ねて我が子に背負わせておやり。
アル こんな重いものを押し付けられたら可哀相だ。いいか。これ以上罪を重ねてはいけない。
祖母爛々 なんだって。お前、重ねた血を罪と読んだのかい?
アル 何事もやり過ぎは禁物。積み重ねれば罪になる。
祖母爛々 だったらその罪に対する罰は。
アル 我が一族はことごとく病弱、短命、生まれてくれば知恵遅れの子供。ラカーユを見ろ。オレと3つしか違わないのに頭の中はいつまでたっても赤ん坊だ。何もかも積み重ねた血の罰のせいだ。近親相姦の繰り返しで血が馬鹿になってやがる。どろどろの血は病を引き起こす。新しい血を入れる必要がある。それもとびっきりさらさらのやつ。
祖母爛々 輸血かい?
アル 膨張を続ける宇宙の端っこに手形をつける。その使命を果たすため、オレは新しい血を輸血する。
祖母爛々 ばあちゃんが旅してきた99年という時間の中で、一族以外にまともな人間を見たことはないよ。
アル この際贅沢は言わない。まともな生物ならいただろう?
祖母爛々 足が8本だったり10本だったりするんだよ。
アル 便利じゃないか。
祖母爛々 目玉が100個あったり、首が伸びたり、小豆洗ったりするんだよ。
アル それ宇宙人じゃないんじゃないの。
祖母爛々 そんなのしかいないんだよ。
アル この広い宇宙だ。きっといる。一族以外の人間が。よし、オレの航海日誌はそんな風にして始まろう。ラカーユ、ちゃんと聞いてただろうな。
アル、ラカーユの手にしていた日誌をとりあげる。
祖母とアル、その中身に驚愕する。
そこには青い球体が描かれ、そのまわりは黒で塗りつ
ぶしてある。
アル その航海日誌は青と黒だけでできていた。真黒い宇宙にぽかんと浮かんだ青い丸。まるでその目で見てきたかのように、そこにはチクウが描かれていた。
ラカーユ チクウは青かった。まるでペトリ。
祖母爛々 いい例えを思いついたよ。
アル なに?
祖母爛々 宇宙は風船だ。
アル 風の船か。風もないこの宇宙なのになかなかどうして的を射ている。
祖母爛々 ほら。
祖母爛々、どこからか風船を取り出して膨らます。
祖母爛々 ほら膨らみ続ける。
アル いいな。明るくて可愛くて夢がある。
祖母爛々 そうかい?
アル そうだろ?
祖母爛々 膨らんだ風船はね、破裂するか萎むかしかできないんだよ。
祖母爛々、どこからか針を取り出す。
アル ちょっと待てばあちゃんそれどこから出した。
祖母爛々 それはまず風船を取り出したときに言う台詞じゃないかい。もう遅い。
アル 耳を塞いで。(客に)
祖母爛々 行く手を塞ぐな。行ってみせる。宇宙の端っこに手形をつけるんだ。
風船が割れ、紙吹雪が舞う。
アル ビッグバン…。
祖母爛々 こういうことさ。
アル どういうこと?
祖母爛々 ……。
アル まさか、そういうことなのか?宇宙の端っこに手形をつけるとはビッグバンを引き起こすことなのか?オレたちは宇宙の創造者になれるんだ。
祖母爛々 ああぁ。
アル ばあちゃん!?
祖母爛々 今の音で心臓に負担が。
アル 自分で割ったんだろ。おいばあちゃん。しっかりしろ。しっかり。
祖母爛々 いいかい。必ず新しい血を輸血して一族の使命を果たすんだよ。
祖母、事切れる。
アル 進むべき指針を見失った。オレの行き先は奈落だ。
アル、ラカーユ、奈落へ。
祖母爛々は事切れた体勢のままカビと化す。
二人のあとをつけるように現れた女ナオス。
固まっていたカビの一部が動き出す。
それはコンピュータとなる。
ナオス これはつけ回してるわけじゃないの。
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス 同じ航路を辿っているだけなの。
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス むしろ一緒に旅をしていると言っても過言ではないわ。だって二人は愛し合っているんだもの。一緒にいたいと思うのは当然じゃない?
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス 私はM。いじめられるのが好きなんじゃないわ、磁石のM。あれN?M?アルファベットって難しい。ただ彼がSだということだけははっきりしているの。いじめるのが好きかもしれない磁石のS。この引力には逆らえないわ。
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス はっ!これは!彼が落としていった紙吹雪。(風船のなかに仕込まれていたものが散らばっている)かき集めなさい。コレクションに加えるのよ。
CPU凛々 ……。
ナオス どうしたのイエスマン。お返事なさい。
CPU凛々 …イエス、マスター。
紙吹雪回収係凛々。
見るに見かねて周りで固まっていたカビたちが手伝っ
てあげている。
ナオス コレクションが増えたわ。彼の横顔写真837枚、彼の髪の毛36本、彼が割った風船の紙吹雪が…いくつ?
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス 私はいくつと聞いているの。いくつ?
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス それしか言えないの?
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス 本当使えないったら。もっとも私がそういう風につくったのだけれども。融通くらいきかせてくれてもいいじゃないの。本当使えないわ。お前もそう思うでしょイエスマン。
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス だったら改善の努力くらいなさい。
CPU凛々 …イエス、マスター。
ナオス あぁ、だめ。彼と赤い糸で結ばれた私の小指が引っ張られる。あーれー。
CPU凛々 ………。
ナオス、CPU凛々奈落へ。
それを追うようにして、カノープス登場。
固まっていたカビの一部が動き出す。
それはカノープスの弟分となる。
カノープス 見たか。
弟分恋々 見ました。
カノープス 何だった?今の、何だった?待て、言うな。科学…じゃなくて、物理…じゃなくて。
弟分恋々 生物でした。
カノープス 生物だ。しかも、待て、言うな。人参…じゃなくて、ニンニク…じゃなくて。
弟分恋々 人間でした。
カノープス 人間だ。しかも、待て、言うな。女だ。
弟分恋々 女でした。
カノープス じゃあ俺たちはなんだ。
弟分恋々 男です。
カノープス 違う!
弟分恋々 え、違うの?
カノープス いや、違くないけど違う、そうじゃない。俺たちの職業はなんだ。
弟分恋々 宙族です。
カノープス そうだ。宙族だ。響きはちょっと可愛いがな、ネズミじゃないぞ。山賊、海賊、空賊の上を行く、大宇宙を荒らしまわる宙族だ。
弟分恋々 …だから?
カノープス 逆らう奴は皆殺しにしてきた。もう俺に楯突くやつはいない。
弟分恋々 よ!兄貴宇宙一!
カノープス 困るんだよ。
弟分恋々 なんで?
カノープス 逆らう奴を皆殺しにするのが生きがいだったのに、もう俺に逆らう奴は誰もいない。寂しいじゃない。
弟分恋々 面倒くさいなぁ。
カノープス お前俺に逆らえ。
弟分恋々 滅相もない。
カノープス 逆らえという命令に逆らう気か?そうか、俺に逆らうんだな?
弟分恋々 え?あ、いや、え?逆らいませんよ。
カノープス それは逆らえという命令に逆らっている。
弟分恋々 じゃあ逆らいます。
カノープス そうか、逆らうんだな。
弟分恋々 勘弁してくださいよ。
カノープス 逆らう奴は皆殺しだ。
弟分恋々 ちょ…ちょっと!
弟分恋々、カノープス、奈落へ。
固まったカビたちが動き出す。
舞のような仕草。
とある星に住む謎の生物と化す。
ところは謎の生物がいる謎の星。
奈落からカノープスが顔を出す。
カノープス えらい目にあった。なんだって船が落ちたんだ?おうい兄弟、出て来い。おうい、おうい。この俺が出て来いって言っているんだ。俺の命令が聞けないっていうのか。沈黙はイエスととるぞ。
返事がない。
カノープス 命令を聞く耳はあるか?耳もないのか?耳の付いてる人間もいないのか?おうい。
視線をはずしている時にはカビたちが動き回る。
視線を戻すとその動きが止まる。
カノープス いや、誰かいる。命令を聞く耳を持つ誰かがいる。ということは命令に逆らう誰かがいる。よし俺の命令に逆らえ。
誰かを探しに行く。
奈落からナオスが顔を出す。
ナオス ちょっと、どういうこと?ここはどこ?彼はどこ?どうして船が落ちたのよ?
視線をはずしている時にはカビたちが動き回る。
視線を戻すとその動きが止まる。
ナオス 誰かが私を見てる気がする。やだ、もしかしてストーカー?そういえばイエスマンがいないわ。イエスマン?イエスマン?返事をなさいイエスしか言えないイエスマン?
返事がない。
ナオス うんともすんともイエスとも言わないならここにはいないのかしら。もちろんうんとかすんとか言えないようにつくったのだけどね。だってなんかムカつくじゃない。すんって。うんならまだしもすんって。とりあえず私だけの彼がいれば問題ないわ。彼との距離が10メートルも空いたら私胸が張り裂けて死んでしまうかも。ね、イエスマン?もう、本当にどこに行ったの。
主に彼、ついでにCPUを探しに行く。
奈落からアルが顔を出す。
アル ここは…どこだ?呼吸ができる。どこかの惑星か?まさか、辿り着いたのか、宇宙の端っこに。
手形を付けてみる。
何も起こらない。
アル わかっていたさ。ここが宇宙の端っこでないことくらい。どうなったんだ。宇宙船は墜落したのか?おうい。おうい。おうい。
返事がない。
視線をはずしている時にはカビたちが動き回る。
視線を戻すとその動きが止まる。
アル 誰かに見られている気がする。
ラカーユ それはペトリ。
奈落ではない箇所からラカーユが姿を現す。
アル ラカーユ!お前生きていたのか!よかった!
ラカーユ 宇宙船が降ってきた。
アル そうだ、よしよし。航海日誌はしっかりつけておけ。
視線をはずしている時にはカビたちが動き回る。
視線を戻すとその動きが止まる。
アル このじめっとした感じはまさしく誰かの視線。絶対に何かがいるぞ。うまくいけば生物、人間、女かもしれない。そんな目で見るなよ。ばあちゃんの遺言だ。仕方ないだろう。探しに行こう。
3組がそれぞれ人を探しているのに全く出会えない。
いろいろな箇所から、同じものを目撃する。
それは人の形に見える生き物。女王鵜鷺。
女王鵜鷺 うさぎうさぎ 何見て跳ねる 十五夜お月さま見て跳ねる
ついにアル、カノープスが女王鵜鷺を発見する。
カノープス 科学でもなく物理でもなく!
アル 生物だ!
カノープス 人参でもなくニンニクでもなく!
アル 人間だ!
カノープス しかも女!
アル 新しい血!
女王鵜鷺 そこにいるのはわかっているわ。
二人 !
女王鵜鷺 見ているでしょう?さっきからずっと。
二人 ……。
女王鵜鷺 隠れるのはやめて出てきなさい。
二人 バレてたか。
すごすごと出て行こうとするが、女王鵜鷺は別のもの
にむかって話しかけている。
それは月のように見えるこの星の衛星。
女王 いつまでそうしているつもりなの。
二人 おれじゃなかった。
アル びっくりした。
カノープス 驚かせやがって。
二人 うわぁ!
アル 誰だお前。
カノープス 誰だてめぇ。
女王鵜鷺 誰、貴方達?(アル、カノープスに気付く)
二人 あ。
アル あーえーあー。ワレワレハ。
カノープス 馬鹿それは宇宙人側がやるやつだ。
アル でもオレにとってはあの人もあんたも宇宙人だ。
カノープス 俺に逆らうのか?お前だって俺にとっては宇宙人だ。
アル じゃあオレもお前も宇宙人で合ってるじゃないか。
二人 あーワレワレハ。
女王鵜鷺 貴方達も光の速さでものを言うのね。
アル え?光の速さで…?
女王鵜鷺 そう。
アル えーっとー、それは…どーゆー…。
女王鵜鷺 そんなでんでん虫みたいな喋りはやめて。
カノープス でんでん虫って喋るんだ。
女王鵜鷺 鈍間な音はすぐに置いていかれるの。光の速さでないと会話にならない。
アル そうか。これは早押しということか。ピンポーン!
カノープス くそ。
アル お名前は?
女王鵜鷺 名前は、まだない。
アル 夏目さんかな?
カノープス 吾輩さんかも。
アル ピンポーン!
カノープス あ。
アル 何をしてるの、こんなところで一人で。
女王鵜鷺 一人?一人なんて言わないでちょうだい。
カノープス はっはっは、お手付き一回だな。ピンポーン。一人じゃないなら他にも人間がいるのか?
女王鵜鷺 一人じゃない。私を数えるなら一羽と言って。
カノープス は?
女王鵜鷺 一本でも人参、二足でもサンダルよ。
アル ピンポーン!じゃあ君は一羽でも…何?
女王鵜鷺 一羽でも女王。
アル 女王。
女王鵜鷺 ここではね醜いものほど上等なの。華やかで美しく綺麗な私は一番下等な女王。
カノープス 自慢なんだか謙遜してんだか、よくわかんねえな。
アル ピンポーン!お近づきのしるしに写真を一緒に撮りませんか?
カノープス お、いいな。
アル 君はいいよ。
カノープス お前、俺に逆らうつもりか?
アル なんで嬉しそうなんだよ。だったら右上にでもいればいいじゃないか。
カノープス それは欠席者の場所だろう。
アル 写真ができたら送るよ。住所は?
女王鵜鷺 そこよ。そこに送って。
アル え、どこだって?
女王鵜鷺 はいチーズって伸ばすのは駄目よ。鈍間だから。
アル じゃあ光の速さで、一瞬でいくよ。
こっそり影からナオスが紛れこむ。
アル はいチズ!
フラッシュが光るごとにカビが近づいてくる。
いつのまにか大人数での集合写真になっている。
二人 うわぁ!
アル なんだこれ。生き物?
カノープス 気味が悪い。並べ替えろ。
アル イキモノじゃなくて、キモイノ。
カノープス 何をしやがるかわからねぇ。その汚れから目を離すな。
女王鵜鷺 ここではね醜いものほど上等なの。名前はまだない。この容姿に相応しい名前をあげたいわ。華やかで美しい…そうね、華美。
アル このカビ臭さはこいつらのせいか。
女王鵜鷺 吐き出された胞子は光の速さで飛ぶの。星になるのよ。それらが蔓延る場所を銀河というのならここは、銀河の底。
アル 銀河の、底。
女王鵜鷺 写真ができたらそこに送ってね。
女王鵜鷺、カビを引き連れ退場。
アル なんだったんだ、一体。
カノープス くそ、俺に逆らう奴を一羽逃しちまった。
アル カビまみれの女の血を輸血しても健康に悪そうだ。
ナオス この展開は…ライバル出現?でも私負けない。
カノープス 誰だ?
ナオス !
アル あ、自己紹介が遅れたな。
カノープス いや、まあそれもあるが。
アル アル・スハイル・アル・ムーリフだ。
カノープス 長い。覚えられん。
アル アルでいい。
カノープス それはアル・スハイル・アル・ムーリフの前半のアルか、後半のアルか。
アル 覚えてんじゃん。前半のアルだ。
カノープス なるほど。俺はカノープス。この大宇宙を荒らしまわる誇り高きちゅ…。
アル ちゅ?
カノープス …いや、俺の職業なんだが、何だったかな。ちゅ…。
アル スチュワーデスじゃないか?
カノープス え…。
アル 宇宙をまわってたんだろう、観光で。
カノープス いや、え?そうなのかな?
アル 君は同じ航路をくるくると回ってたのかもしれないが、オレの一族はある目的のためにずっと宇宙をまっすぐに進んできた。その目的とは、宇宙の端っこにて…。
カノープス て?
アル あれ?確か何かをつけるはずだったんだけど。
カノープス 切手じゃないか?
アル 切手!?そんなことの為にオレは旅を続けてきたのか?
カノープス やべえな、記憶が薄れている。
アル 墜落のショックか。それともこのカビ臭さに脳がやられちまってるのか。
カノープス お前も墜落したのか?
アル あぁ。でも何故墜落したんだろう?覚えていない。
カノープス 脱出しようぜ。人間の住む場所じゃねぇ。
アル 君の船は?
カノープス 墜落でこなごな。お前は?
アル 同じだよ。
カノープス じゃあお前は?
アル 誰?
カノープス いただろう、お前の後ろに女が一人。
アル 怖いこと言うなよ。
カノープス 写真にも写りこんでたぜ。
アル 嘘!
カノープス あいつも同じように墜落してきたんだろう。
アル 成仏できない霊ってやつか。
カノープス 違うよだから。
ラカーユ さもなくばペトリ。
アル あぁラカーユのことか。
カノープス ラカーユ?
アル 妹だ。
カノープス 妹?全然似てねえぞ。
※カノープスはナオスのことを言っている。
※アルはラカーユの話をしている。
アル そんなことない、そっくりだろう。血を重ねすぎて瓜二つなんだ。
ナオス、恐る恐る出てきて手で×印をつくる。
カノープス むこうの船も駄目だそうだ。
アル 当り前だろう、同じ船に乗ってたんだから。
カノープス 八方ふさがりか。
アル 八本っていえばさ。
カノープス 言ってねぇよ。
アル いやいや宇宙人は足が8本あるって聞いてたもんだから。普通なのがいるもんだな。足2本だし、目2つだし、小豆洗わないし。
カノープス なんだそれ。
アル でもあんたが普通でもしょうがないんだよ。女王が普通ならな。輸血できるのに。
カノープス お前血が足りないのか。
アル どろどろだ。さらさらにしたいんだ輸血して。
カノープス 俺の血を分けてやろうか?
アル …嫌だよ。
カノープス こう見えても俺は玉ねぎが大好物だ。血なんてさらくらいだぞ。
アル そういう問題じゃない。
カノープス せっかくの俺の好意を無下にするつもりか。
アル いやいやいやいや。無理だし。
カノープス 俺に逆らうというのか?
アル なんで嬉しそうなんだよ。
カノープス 頼む。一緒にいてくれ。
アル 嫌だ!
カノープス あ、また逆らってくれた!お前最高だ!
アル なんなんだあんた!やっぱ宇宙人はめちゃくちゃだ。ナリはオレたち人類と一緒のくせに。
カノープス 当たり前だろ、人類だ。
アル え?
カノープス お前も人類か。
アル そう。
二人 ……。
カノープス なんてこった初歩的なことだ。
アル そういえば、あれ、言葉が通じる!
カノープス 完全に騙されたぜ。フィクション特有の好都合な設定かと思ったら。
アル 同じ外見、同じ言語、ということは同じ故郷。
カノープス 俺たちは同じ星の生まれだ。
アル せーので言おう。せーの。
二人 チクウ。
アル こんなところでチクウ人に出会えるなんて。
カノープス あるもんだなぁ。
アル これわかる?[ ]←アドリブ
カノープス わかるわかる。[ ]は?
アル 知ってる知ってる。
カノープス 元気はつらつ?
アル オロナミンC!
カノープス ファイト一発?
アル リポビタンD! じゃあこれは?「チクウは青かった」。
カノープス 知…知らねぇ。
アル え?有名だろ。ほら。「チクウは…」
カノープス 「チクウは白かった」。
アル え!?
カノープス 「白かった」だろ?
ラカーユ チクウは青かった。昔は。
カノープス 白は枯れ果てた大地の色だ。
アル じゃあ海は…青い海はどこにいっちゃったんだよ。
カノープス そんなもの知らん。
ラカーユ 応答願います。海はどこにもありません。応答願います。
アル オレは青だと言い、君は白だと言う。青か白。それじゃあまるで、空じゃないか。海は青一色だったはずなのに、いつから白に浸食されてしまったのだろう。
ラカーユ 殺されたんだ。
アル 女王が何か知っているはずだ。彼女も同じ言語を話した。ならば彼女もチクウ人だ。
アル、ラカーユ、カノープス退場。
カビたちが空間を分かつ。
女王鵜鷺、入場。
アル、入場。
女王鵜鷺 何を見てるの。
アル 目よりも今は耳が大事。聞きたいことがあるんだ。
女王鵜鷺に触れようとする。
女王鵜鷺 手形をつけないで。破裂してしまう。
アル ごめん。え、手形って?
女王鵜鷺 いけないわ。手形をつけないで。
アル 手形、まさか、君が。宇宙の端っこ。
女王鵜鷺 宇宙の端っこ?
アル そんな馬鹿な。宇宙の端っこが人型?どおりで進んでも進んでも辿り着かないわけだ。
女王鵜鷺 私を探していたの?
アル あぁ。ずっと一族総出で。君だけを求めていた。
女王鵜鷺 それは愛の告白?
アル そうなのかもしれない。どう思う?
女王鵜鷺 嬉しいわ。
アル なら君からも告白してほしいのだけど。
女王鵜鷺 好きよって?
アル それでもいいけど、もっと別のことを。例えば君がオレと同じ言葉を喋っている理由なんかを。
女王鵜鷺 同じ言語なら同じ故郷なんでしょうね。
アル 君もチクウ人か。
女王鵜鷺 そうなのかもしれない。どう思う?
アル 嬉しいよ。でも複雑。「チクウは青かった」って知ってる?
女王鵜鷺 知らないわ。チクウは白いのよ。
アル 海はどこへ行ってしまったんだ?
女王鵜鷺 わからない。殺されたんだとしたらどこかに埋まっているのかも。だって隅々まで探したのに見つからなかったのよ。
アル 探したって、どこを?
女王鵜鷺 そこを。
アル !?
女王鵜鷺、アルにずいと近づく。
キスができそうな至近距離。
アル 君に触れるとビッグバンを引き起こすことになるのか?
女王鵜鷺 そう。私は創造主。ここで星を生み出し、観察を続ける者。
アル オレの目的は君に触れることだったんだ。
女王鵜鷺 いけないわ。
アル かまうものか。
アル、女王に触れるが何も起きない。
アル あれ?
女王鵜鷺 鵜という鳥をご存知?
アル う?
女王鵜鷺 人の話を鵜呑みにしないことね。
女王鵜鷺、カノープスのところへ。
カノープス あんたに聞きたいことがあるんだがな。
女王鵜鷺 嫌よ。私何も答えないわ。宇宙は沈黙に満ちているんだもの。
カノープス 俺に逆らう気か。
女王鵜鷺 貴方がそう望むのなら。
カノープス 俺が望んだ?
女王鵜鷺 貴方が望むことに従っているのだから、逆らったことにはならないわ。
カノープス いや、俺は質問に答えてほしいんだ。
女王鵜鷺 でも逆らってほしいのでしょ?
カノープス そうだ。
女王鵜鷺 じゃあ答えない。答えない代わりに独り言を呟く。それがたまたま貴方の聞きたいことだったら、私は貴方に逆らいつつも従っていることになる。
カノープス そいつは便利だ。
女王鵜鷺 そうね、同じ言語なら同じ故郷。チクウは白いし海は殺された。
カノープス お前みたいな奴を探していた。俺に逆らった奴は何故だか皆死んじまう。永遠に俺に逆らい続けてくれる奴が必要なんだ。
女王鵜鷺 それは愛の告白?
カノープス そうなのかもしれない。どう思う?
女王鵜鷺 嬉しいわ。でも複雑。私より相応しい者がいると思うの。
カノープス 誰だ。
女王鵜鷺 望むものをあげるわ。貴方につき従い、時々は逆らって、殺されてくれるような。カビたちは従順よ。従順につき従い、従順に逆らって、従順に殺されてくれる。
カノープス そいつは凄い。どうすれば俺のものになる?
女王鵜鷺 3回まわってワンと鳴いたら。
カノープス 3回。
女王鵜鷺 3回。でも回るのは自転じゃなくて公転ね。タイヨーの周りよ。
カノープス タイヨーだって?
女王鵜鷺 一周365.25636日。
カノープス ちょ、ちょっと待て。かける3だから…。
女王鵜鷺 鷺という鳥をご存知?
カノープス さぎ?
女王鵜鷺 どうして人を騙すとサギと呼ばれるんでしょうね。
男二人を手玉にとるようなシーンが繰り返される。
その目まぐるしさに、ついに二人は倒れる。
そこにナオス登場。
ナオス 待ちなさいよ。見てたわ全部。
女王鵜鷺 何を見てるの。
ナオス 弄ぶのはやめて。あの大男ならともかく、彼を騙すなんて酷過ぎる。彼は草食系なのよ。草ばっかり食べてて私くらいしか女を知らないような人なの。「餌を与えないでください」。そもそも私とあの人は愛し合っているの。あんたが入る隙間なんて胞子一つ分もないんだから。
女王鵜鷺 ふうん。
ナオス 何よ。
女王鵜鷺 いいえ。
ナオス わかったら今後二度と彼に近づかないでちょうだい。
女王鵜鷺 わかったわ。引力に逆らって潔く身を引きます。でも最後にひとつだけ聞かせて。彼の名前を。
ナオス 名前?
女王鵜鷺 一度でも愛しく思った人の名前なら覚えておきたいでしょう?
ナオス ……。
女王鵜鷺 まさか、「カレ」や「アノヒト」なんて名前じゃないでしょう?
ナオス 当り前よ。
女王鵜鷺 彼の名前さえ知らないの?
ナオス 忘れてしまったのよ。ここに着いてから記憶が曖昧になっているの。
女王鵜鷺 すぐにでも聞けばいいじゃない?
ナオス 仕方がないの。宇宙空間には空気がないの。沈黙で満ちているの。だから彼の名前は聞こえないのよ。
女王鵜鷺 でも私には彼の言葉が聞こえたわ。愛の告白だった。
ナオス 幻聴よ。
女王鵜鷺 彼のぬくもりも感じたわ。
ナオス 幻触よ。
女王鵜鷺 何それ。派手な色?
ナオス 幻の触覚よ。
女王鵜鷺 何もかも幻にしてしまう貴女もきっと幻なのね。彼は貴女のこと知らないって言ってたわよ。
ナオス 嘘よ嘘。
女王鵜鷺 鷽じゃないわ。
ナオス そんな言葉鵜飲みになんかするもんですか。騙されないわよこの詐欺師。
女王鵜鷺 あら。よくわかったわね。私の正体。
ナオス チクウ人なんでしょ。
女王鵜鷺、シャボン玉を吹き始める。
ナオス 何をしてるの。
女王鵜鷺 綺麗でしょう?
ナオス 何なのこれ。
女王鵜鷺 触らないで。破裂してしまう。
ナオス 地面に落ちても破裂してるわよ。
女王鵜鷺 私はいいけど、貴女が困ると思うわ。
ナオス だから何をしてるのよ。
女王鵜鷺 胞子を撒いているの。時間をまいて光の速さで言えば、星を生み出している。
ナオス 何それ。身体に悪そうじゃない。
女王鵜鷺 はい。
ナオス え?
女王鵜鷺 貴女の肺、気をつけてね。侵入した胞子は2、3日は変化なし。でも4日目に発生して6日もたてばコロニーを形成する。
ナオス ちょ、ちょっと起きなさいよ!
アル、カノープス、目を覚ます。
ナオス ここにいたら死んじゃうわ。早く逃げないと。
アル え?え?ここに来て初登場キャラが。
カノープス そう思ってるのはお前だけだ。
ナオス 初めて宇宙空間の沈黙を乗り越えた。けど浮かれていたら二人に死の沈黙が訪れてしまう。
カノープス 二人って。
ナオス 早く逃げましょう。二人で愛の逃避行を。
カノープス 二人って。
女王鵜鷺 嘘よ。
ナオス え?
女王鵜鷺 冗談だったのに鵜呑みにしちゃって。詐欺にかけたつもりはないんだけど。
ナオス え…。
アル 君は誰?
ナオス ………………………ナオス。
女王鵜鷺 何を見てるの。
アル 何をしてるの。
女王鵜鷺 胞子を撒いて、星を産んでる。紛れこむのよ。隠れているの。
アル 銀河の底のこの環境は君がつくっていたのか。
女王鵜鷺 木を隠すなら森の中。胞子を隠すなら星の中よ。ほら見られているの。
カノープス どうせそれも嘘なんだろう。
アル 馬鹿正直なオレは君の話を鵜呑みにし。
カノープス この俺を詐欺にかけやがった。
ナオス 私には両方よ!
女王鵜鷺 そうよ騙したの。最大の嘘はね、そこ。
アル どこ?
女王鵜鷺 そこ。銀河の底の話。
アル やはり。
女王鵜鷺 ここは銀河の底なんかじゃない。貴方達の故郷。
二人 チクウ。
ナオス え、チクウ?
女王 いいえ。
三人 え?
女王 チクウの衛星、月よ。
三人、女王を見つめながら距離を取るようにはける。
女王 私は鵜鷺。鵜の羽と鷺の羽をもつ4枚羽の鵜鷺。
記憶は過去へ飛ぶ。
ラカーユ入場。
航海日誌の最初のほうのページをめくる。
それは実験結果を読み上げるようでもあり、昔話を読
むかのようでもある。
ラカーユ かつてまだ地球と呼ばれていたタイヨー系第三惑星。青い星の異称に相応しく、そのほとんどを海洋が覆っていた。
カビが蠢いている。
ラカーユ しかし地球は次第に衰退していくことになる。同時に生物も死に絶えていく。文明はすべて滅び、原始的な生物のみが生き残った。それらは独自の進化を遂げたが、かつての文明レベルには遠く及ばなかった。
カビが蠢いている。
ラカーユ 海洋はすべてマントルに吸い込まれ、残されたのは大地と空だけになった。そうして星に新たな名前がつけられた。大地と空の星、地空。
蠢いていたカビの動きが研究をすすめる研究者たちの
それとなる。
研究者爛々 えー諸君。チクウである。チクウなのである。この星の寿命がもたないことは明らかである。
研究者凛々 知っている。
研究者恋々 だからこうして偉大なる先人達が遺した旧文明の文献を紐解いているのではないか。
研究者凛々 寝る間も惜しんで。
研究者爛々 口よりも手を動かせ。
研究者たち ……。
研究者爛々 あ、待って。
研究者恋々 まだ読んでない?
研究者爛々 うん。
研究者恋々 …まだ?
研究者爛々 話しかけないで。
研究者恋々 遅いよ。
研究者爛々 あーもうわかんなくなっちゃうじゃん。
研究者凛々 まだるっこしい!あるなしクイズ。
研究者恋々 あるなしクイズ?
研究者凛々 旧文明にあって我々にないもの、なーんだ?
研究者恋々 夢。
研究者爛々 希望。
研究者凛々 未来。
研究者恋々 それがないのは何故だ。
研究者凛々 それがある為の何かがないからだ。
研究者爛々 何かがないから我々には夢も希望も未来もないのだよ。
研究者恋々 わかりました。海です。
研究者爛々 海とは。
研究者恋々 かつてチクウにあったものです。巨大な水たまりです。
研究者凛々 しょっぱいです。味付けは非常に濃い目です。
研究者爛々 身体に悪そうだ。塩分は控えめにしなさい。
研究者凛々 しかしこのようなデータも記載されています。人間は塩がなければ生きていけない。
研究者爛々 なに。塩を摂取していない我々は、てっきり人間だと思っていたのにもはや人間ですらなかったのか。
研究者恋々 逆に塩と水さえあれば30日は生きられると。
研究者爛々 なに。塩も水も摂取していない我々はてっきり問題なく生きていると思っていたのに30日すら生きていなかったのか。
研究者凛々 すべての生物は海から生まれたと。
研究者爛々 なに。
研究者恋々 海の向こうには新大陸があると。
研究者爛々 なに。
研究者凛々 海は広いな大きいな。
研究者恋々 月が昇るし日が沈む。
研究者凛々 海の日。
研究者恋々 火の海。
研究者凛々 海人。
研究者恋々 上海。
研究者爛々 どこへ消えてしまったんだ。海とやらは。
研究者恋々 あ。
研究者凛々 どうした。
研究者恋々 見つけました。
研究者爛々 何をだ。
研究者恋々 海です。
研究者爛々 どこにだ。
研究者恋々 18231750ページです。これが海です。
それはラカーユの描いたチクウの絵。
研究者爛々 真黒い中にぽかんと青い丸。なるほど水たまりだ。
研究者凛々 違います。これは海ではありません。星です。あの衛星です。
研究者恋々 あの衛星には海と名の付く箇所が非常に多くあります。
研究者凛々 我々の星の海はあの衛星に移住してしまったと考えられます。
研究者爛々 おお。
研究者凛々 海さえあれば夢も希望も未来も我々の元に帰ってくるでしょう。
研究者恋々 今こそ我々の海を取り戻しましょう。
研究者爛々 鳥を呼べ!
生き残った者の集会。
研究者恋々 これは実験である。
研究者凛々 我々に海を取り戻すその為の実験である。
研究者爛々 誰か飛び立てるものはいないか。
研究者凛々 私が。
研究者恋々 私が。
研究者凛々 誰か飛び立てるものはいないか。
研究者恋々 私が。
研究者爛々 私が。
研究者恋々 誰か飛び立てるものはいないか。
研究者爛々 私が。
研究者凛々 私が。
研究者たち 誰か飛び立てるものはいないか。
女王鵜鷺 ……。
ラカーユ ここに、翼を持つ者がおります。
研究者爛々 なに。翼とは。
ラカーユ 漆黒の鵜の羽と純白の鷺の羽。異なる二つの羽、それが翼です。
研究者凛々 ひとつ、ふたつ。みっつ、よっつ!
研究者恋々 その4枚の翼なら、誰よりもはやく到達できるだろう。
研究者爛々 その4枚の翼を用い、あの衛星へ飛べ。鵜鷺よ。
研究者たち 月へ!
女王鵜鷺 嫌です。
研究者爛々 今なんと。
女王鵜鷺 私は鳥ではありません。野山をかける兎です。
研究者凛々 ではその翼はなんだというのだ。
研究者恋々 それこそが鳥である立派な証。
女王鵜鷺 望まない翼です。地上を離れたくはありません。
研究者恋々 なに?
研究者凛々 それこそ宝の持ち腐れ。
研究者爛々 アヒルやニワトリやペンギンに申し訳ないと思わないのか。
研究者凛々 飛びたくないと申すのならそれなりの理由を述べよ。
女王鵜鷺 母なる星が消えゆくのなら、どうぞ共に滅びの道を歩ませてください。
研究者恋々 ならん!ならんぞ!
女王鵜鷺 何故ですか。
研究者凛々 歩むなどと。お前は翼を持つ者として飛ぶのだ。歩いてはならん。
女王鵜鷺 どうぞ聞く耳をお持ちください。
研究者爛々 笑わせる。お前のように滑稽な耳など願い下げだ。
研究者恋々 知っているのだぞ兎。お前はいつも月を見て跳ねているそうではないか。地上から離れよう離れようと跳ねているのだろう。
研究者凛々 嫌だ嫌だと言いつつも体は正直だこと。
女王鵜鷺 確かにお月さまに想いを寄せたこともありました。しかし私にとって大切なのはこの星。今、この星が滅びようとしているのならそれは旧文明の人間が酷使した報い。私たちはその子孫として終末を見届ける義務があります。
研究者恋々 貴様、我らが祖先を愚弄するつもりか。
研究者凛々 身の程を弁えよ。
研究者爛々 兎。これ以上言葉を積み重ねれば罪になる。
女王鵜鷺 かまいません。旧文明の人間がこの星を殺したのです。だからどうか、私もその墓に眠らせてください。
研究者爛々 飛ばない翼を持つことは許さぬ。その4枚羽を?ぎり、船をつくれ。
創造される船。
女王鵜鷺 4枚の羽を部品にした。4つの部品を船にした。月へ行くための船。アルゴー。その日の晩、お月さまが丸く輝く明るい夜に空を渉った。十五の夜に見上げて跳ねたその満月に私は降り立った。
足を踏み出す女王。
まず足形を残す。
それから辺りを見回す。
女王鵜鷺 こちら、月の鵜鷺。応答願います。こちら月の鵜鷺。月には海などありません。水も食料も何もありません。夢も希望も未来もありません。応答願います。
ラカーユ 降り立ったのは静かの海。水の一滴すらも無い名ばかりの海。
女王鵜鷺 実験開始1日目。シャーレに蓋をする。実験開始2日目。変化なし。実験開始3日目。変化なし。実験開始4日目。変化なし。(同時読み)
ラカーユ 実験開始1日目。シャーレに蓋をする。実験開始2日目。変化なし。実験開始3日目。変化なし。実験開始4日目。変化なし。(同時読み)
研究者恋々 これは実験である。
研究者凛々 我々に海を取り戻すその為の実験である。
研究者恋々 実験開始5日目。変化なし。
研究者凛々 実験開始6日目。変化なし。
研究者爛々 どうだ。対象に変化は。
研究者恋々 実験開始から既に7日目。対象に変化はありません。
研究者爛々 観察を続けろ。
研究者凛々 しかしこのままだと。
研究者爛々 どうした。
研究者凛々 30日を経過してしまうのでは。
研究者爛々 30日。
研究者恋々 塩も水も摂取していない我々は30日も生きられません。
研究者爛々 するとどうなる。
研究者恋々 どうなる。
研究者凛々 どうなる。
研究者たち ……。
研究者爛々 それも含めて観察対象とする。
研究者2人 了解。
研究者たち 実験開始8日目。変化なし。実験開始9日目。変化なし。実験開始10日目。変化なし。……。
観察を続ける研究者たち。
女王鵜鷺 実験開始からすでに何百日。この観察日記はそのまま航海日誌に代わる。けれど書き記す内容は変わらない。変化なし。変化なし。この月は何の変化もない。チクウからの応答もない。母なる星はますます白くなった。きっともう、誰も生きてはいない。
何者かの視線を感じる。
女王鵜鷺 誰かが私を見ている気がする。
満月がゆっくりと欠けていく。
欠けた黒い部分がぐるりと回転する。
それは目玉となる。
女王を監視し続けている何者かの目玉が現れる。
女王鵜鷺 何を見てるの。
女王の動きを捉える目玉。
視線に耐えきれず、女王退場。
やがて時を経て現代へ戻ってくる。
アル あれは。
カノープス 目玉。
ナオス 目玉よ。目玉だわ。
アル ここに来てからずっと感じていた視線はあれか。
ナオス 何を見てるの。
カノープス 知るか。
ナオス 誰が見てるの。
カノープス 知るかよ。
アル オレ達は観察されている。動くな。
ナオス 何故?
アル 観察するものに変化があるから観察する。変化がなければ観察しない。
ナオス そうかしら。
アル だって面白くないだろう。
ナオス でも私はずっとずっと見てたいわ。変化がなくても。それが好きなものなら尚更。希望を託しているのなら更に尚更。尚更々。
アル 何を見てるの?
ナオス 何も見てないわよ!
アル なんだよ。
カノープス ……。
アル どうした。
カノープス 喋るのはいいのか。
アル いいぞ。
カノープス 呼吸するのは。
アル 存分にしてくれ。
カノープス でも見られている。ほら。瞬きの回数まで見られている。
アル そこまでは。
カノープス 見られているよ。じっと。覗きこんでいる。
ナオス 望遠鏡を覗くみたいに。
カノープス それならまだマシだ。
ナオス じゃあ何を覗いているの?
アル 顕微鏡だ。
カノープス 畜生。俺達を微生物扱いだ。
アル 星は胞子。なら銀河はカビ。ここはシャーレの中だ。
カノープス 冗談じゃない。とっとと逃げようぜ。お前ヒゲダンスしろ。
アル なんで?(やる)
カノープス こいつが忙しなく動いていれば目玉はこいつを見るって寸法よ。
ナオス 彼を囮にするというの?
カノープス 逃げるためだ。多少の犠牲は仕方ない。
ナオス そうかもしれない。
アル おい。
ナオス でもどうやって逃げるの?
カノープス わかんねぇよ。
ナオス 何よそれ。
カノープス お前こそ少しは考えろよ。
アル なぁもうやめていいか?
カノープス いい考えがあるならやめていい。
アル あるぞ。やめるぞ。逃げ出すなら船しかない。
カノープス どこがいい考えだ。続けろ。
アル 船で逃げ出すんだよ。
カノープス 確認したろう。オレ達の船は全部こなごなだ。どこにも船なんかない。
アル いや、ある。あるったらある。
カノープス 自己紹介してんのか?
アル 女王の話を思い出せ。
ナオス あ、アルゴー。
カノープス アルゴー?
アル それだ。
カノープス どれだよ。
ナオス 女王が乗ってきた船。アルゴー船。月へ渡る為の宇宙船よ。
アル きちんとここに着陸したのならそいつもどこかに眠っているはずだ。そいつを探そう。
カノープス おいおい。あの話を鵜飲みにするつもりか?詐欺女の言うことだ。本当かどうか怪しいぜ。
アル それでも他に手段はない。
カノープス ないな。
アル 決まりだ。
ナオス 探しましょう。でも、どこを?
カノープス そうだ。ここに着いたとき一通り見て回ったが、そんなもんどこにもなかったぜ。
アル 確かに見渡す限りどこにもなかった。なら、見えないところにあるんだ。
カノープス どこだってんだ?
アル アルゴー船が隠されているのはこの銀河の底の、底だ。
3人、地面を掘り始める。
その穴は巨大なクレーターとなる。
カビ爛々 実験開始1日目。
アル 誰か何か言った?
カノープス 何も。
カビ恋々 実験開始2日目。
カノープス 誰か何か言った?
ナオス 何を?
カビ凛々 実験開始3日目。
ナオス 誰か何か言った?
アル 言ってない。
ナオス 愛してるって、そう言った?
アル 言ってない。
カビ爛々 実験開始。…日目。
アル 待て。今何日目だ?3日目か?
カノープス 3日目?何が。
アル 穴を掘り進めてだ。
カノープス そんなに掘ってない。せいぜい3分。
アル 嘘だ。もう何日も。
ナオス 何言ってるの。かれこれ数時間。
カノープス いや違う。何カ月もたった。
アル そいつはおかしい。ほんの数秒だ。
ナオス 何か変よ。
アル 何か変だ。航海日誌をつけてる者はいないのか。
カノープス 言ったそばから忘れてく。忘れたそばから思い出す。でもそれが正しい記憶なのかわからない。
ナオス 私たちにとっての何カ月がほんの数秒に変わる。これは星の記憶よ。
アル オレ達の記憶が喰われてるぞ。
カノープス はやく掘り進めろ。
が、何も出てこない。
カノープス くそ。くそ。
ナオス 汚い。
カノープス 土汚れくらい気にするな。
ナオス 違うわ。貴方の言葉遣いが汚い。
カノープス くそが駄目ならふんか。
ナオス ふん。
カノープス ふんふんふんふんふんふん。こんなに掘って何も出てこないってのはどういうことだ。
ナオス こんなにと言いつつ、実はそんなに掘ってないんじゃないの。
カノープス けれどクレーターはこんなにでかい。
アル それでも船は見つからない。いったいどこにあるんだ。
ナオス 巨大な宇宙船なんでしょう。そんなに深く埋められるものかしら。
アル あるはずだ。きっとあるはずなんだ。
その動きをカビたちが邪魔する。
カビ爛々 実験開始1日目シャーレに蓋をする。
カビたち 実験開始2日目変化なし実験開始3日目変化なし実験開始4日目変化なし実験開始5日目変化なし実験開始6日目変化なし実験開始7日目変化なし実験開始8日目変化なし。
カノープス この野郎。
カノープス、カビ恋々を攻撃。
途端にカノープスに記憶の断片が戻る。
カノープス 宙賊だ。
アル え?
カノープス 思い出した。俺の職業は宙賊だ。
アル 記憶が戻ったのか?正しい記憶が?
カノープス はっきり正しいとわかる記憶だ。何故だか急に。ふっと頭の中に飛び込んできた。
ナオス それは胞子じゃない?
カノープス そうかわかったぞ。こいつらが俺の記憶を喰っていやがったんだ。
アル なんだって。
カノープス こいつらの身体から破片がこぼれ落ちた。その瞬間だ。もやもやしてた頭が急に眼を覚ましやがった。こいつはあれだな、星屑ってやつだ。屑は屑でも価値ある屑だ。なんたって俺の大切な記憶だからな。
ナオス 私の記憶も持ってるの?大切な彼の名前の記憶。
カノープス やってみろ。カビ共を傷つけてみろ。記憶を取り戻せ。
カノープス、カビ恋々を攻撃。
カノープス また思い出した。俺は宙賊で、兄弟と共に宇宙を荒らしまわっていたんだ。
ナオス、カビ凛々を攻撃。
ナオス 思い出したわ。私にもイエスマンっていうコンピューターがいた。いたはずなのに、今はいない。どういうこと?
カノープス そういえばうちの弟分もいない。あいつをどこへやった?返しやがれ!
カノープス、カビ恋々を殺害。
ナオス、カビ凛々を殺害。
途端に二人にすべての記憶が戻る。
カノープス 俺に逆らえ。
弟分恋々 兄貴もうやめましょうよ。
カノープス 頼む、俺の願いをきいてくれ。俺に逆らってくれ。殺させてくれ。
弟分恋々 なんか変ですよ兄貴。
カノープス 俺はこの上なく正気だ。その上本気だ。やる気満々だ。俺に従え。俺に逆らえ。
カノープス、弟分恋々を殺害。
カノープス よし、俺に逆らう奴は皆殺しにした。見たか弟よ。返事をしろ弟よ。
弟分恋々 ……。
カノープス 返事がない。返事をしろよ。俺の命令に逆らう気か?殺してしまうぞ?いやもう死んでる。そしたらもう殺せないじゃないか。殺したい。だから生き返ってくれ。命令だ。生き返れ。俺の命令に逆らう気か?殺してしまうぞ?いやもう死んでる。
弟分恋々 ……。
カノープス なんか変だ。
カノープス、茫然自失。
ナオス 本当使えないんだから。お前のせいで私の心は張裂けてしまったわ。そういう態度は改めた方がよくってよ。この辛さがお前にわかる?
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス 嘘おっしゃい。
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス ほらやっぱり嘘。お前も一度壊れてみるがいいわ。そしたら私の心の痛みがわかるから。これは貴方のためを思って言ってるのよ。さぁ壊れなさいイエスマン。
CPU凛々 イエス、マスター。
ナオス、CPU凛々を破壊。
ナオス いい子ね、イエスマン。私の気持ちわかった?
CPU凛々 ……。
ナオス わかったのかって聞いてるの。なんとか言いなさいイエスマン。イエスしか言えないんだから、イエスって言いなさい。何も言えないの?私を肯定しなさいよ。 どうしてもイエスって言わないのならお前をスクラップにしちゃうわよ。あれ、もう壊れてる。
CPU凛々 ……。
ナオス なんか変だわ。
ナオス、茫然自失。
アル 殺してきたのか二人とも。大切な人を、殺してきたのか。それで宇宙船が墜落したのか。
ナオス …ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
アル ナオス。
ナオス ごめんなさい。
カノープス 俺は死んでほしくなかった。俺に逆らう奴がいなくなるのは嫌だ。だから死んでほしくなかった。でもあいつは死んだ。俺の命令に逆らって死んだ。でも許す。許すから俺の命令に逆らってくれ。
アル なんか変だ。
ナオス 謝らなくちゃ。ひどいことをしたわ。イエスマンに謝らなくちゃ。今すぐつくってあげるイエスマン。そして私の心からの謝罪を受け取って。許してくれるかって聞くの。きっとイエスマンはイエスって言ってくれる。だってイエスしか言えないもの。私を許してねイエスマン。
アル 何を言ってるんだ。そういうことじゃないだろう。
ナオス どういうこと?
アル そんなことじゃ君たちの罪は許されないよ。
ナオス どうして?イエスって言ってくれるわ。それしか言えないもの。
カノープス 勝手に死んだあいつを許すんだ。もう殺さない。こんなに俺は寛大だ。
アル そうじゃない。そうじゃないよ。
ナオス わからない。どういうこと?
カノープス どうすればいいんだ?何か変だ。
ナオス 何か変だわ。
ラカーユ入場。
ラカーユ 1つ、2つ、3つ、宇宙船が降ってきた。
アル ……。
ラカーユ 1つめはコンピュータを壊した。2つめは操縦者を壊した。3つめは。3つめは?
アル オレ?オレは違う。何も壊してない。大切なラカーユはここにいる。ばあちゃんは…ばあちゃんは…心臓の病で死んだ。それで宇宙船が墜落した。
ラカーユ それ本当?
アル そうだろう?忘れたのか?
ラカーユ 忘れちゃったの?
アル え?
ラカーユ 貴方の罪を。
ラカーユ、アルの手をとり自分の首へ。
アル、その手を振りほどいて。
アル 逃げるぞ。
二人 え?
アル 君たちの罪は許されない。ならばその罪をこの銀河の底に置き去りにするんだ。こんなに広い宇宙だ。塵のような罪なんて星たちが覆い隠してくれる。そうだろう?
女王鵜鷺 逃げられないわ。
女王鵜鷺、入場。
まぎれてカビ凛々、恋々退場。
女王鵜鷺 罪を犯しておきながら逃げるなんて許されない。あの監視の目玉がある限り、私たちはこの牢獄で罪を贖いつづけるしかない。
アル 君は看守か。
女王鵜鷺 いいえ、私も罪人。母なる星を見殺しにした、親殺しの罪人。
アル ならば何故いつまでもこんなところにいる。
女王鵜鷺 罪を贖うためよ。
アル 模範囚でいれば出所が早まるのか?オレ達はここを脱する。アルゴー船を渡せ。
女王鵜鷺 アルゴー?
アル 君が乗ってきた船だ。その宇宙船に乗って銀河の底から逃げるんだ。
女王鵜鷺 アルゴーは宇宙船じゃない。帆船よ。
アル なんだって。
女王鵜鷺 風もないこの宇宙を渡る船。
アル 風もないこの宇宙を帆船なんかで渡れるか。
女王鵜鷺 渡れるわ。宇宙は風の船だもの。
ナオス 逃げられるの?
カノープス そいつでいい。脱出できるならなんだって。
アル アルゴー船を渡せ。
女王鵜鷺 彼の罪も、彼女の罪も、貴方の罪ではないのに。何をそんなに必死になっているの。
アル いいから渡せ!
女王鵜鷺 無理よ。
アル 何故だ。
女王鵜鷺 部品が足りないわ。
アル 部品?君の羽からつくったという4つの部品か?
女王鵜鷺 アルゴーを構成するのは4枚の羽、4つの部品。竜骨、とも、帆、そして羅針盤。
ナオス それがあれば逃げられるのね?
カノープス 足りないのはなんだ?
女王鵜鷺 竜骨にとも、そして帆の準備はできている。けれど羅針盤に乗船意思はない。
アル 乗船意思?
女王鵜鷺 乗りたくないと言っている。
アル まるで人間のような口ぶり。
女王鵜鷺 私は逃げない。
アル え?
女王鵜鷺 私は乗りたくない。
アル 君が羅針盤?じゃあ他の3つは。
女王鵜鷺 乗船意思のある竜骨、とも、帆。
カノープス まさか、俺たちが?
女王鵜鷺 竜骨はカノープス。ともはナオス。帆はアル・スハイル・アル・ムーリフ。そして羅針盤が私。
アル そうか、オレたちが部品になる。いける。逃げられるぞ。あとは羅針盤。進むべき指針を指し示す君の乗船意思さえあれば。
ラカーユ だから、ペトリ。
アル ラカーユはどうするんだ?部品じゃなくても乗れるんだろうな?
女王鵜鷺 ……。
アル まさかラカーユを置いていくつもりか。
女王鵜鷺 部品以外は乗ることはできない。
アル こんなところに置き去りにするつもりか。何故だ。知恵遅れで役に立たないからか?だからってそんな仕打ちが許されるものか。ラカーユはオレの妹だぞ。
女王鵜鷺 どこにいるの?そのラカーユという人。
アル え?
女王鵜鷺 ここには私達4人だけ。4つの部品以外誰もいないわ。
ラカーユの姿が幻に変わる。
アル ラカーユ?どこだ?
女王鵜鷺 どこにもいないわ。
アル 嘘だ。ラカーユがいた。いつもオレの隣にいただろう?
女王鵜鷺 いないわ。
アル 君が見てないだけだ。カノープス、君には紹介しただろう?
カノープス あぁ。ラカーユってのは聞いた。
アル ほらな。
カノープス でも俺はこの女(ナオス)のことかと思った。
アル え?
カノープス 一番最初に会ったときから、お前は一人だったよ。
アル そんな馬鹿な。
カノープス 時々独り言を言っていた。誰かに話しかけるように。
アル 話しかけていたさ。だって、ラカーユがいたんだ。確かに隣に。
ナオス 私知ってるわ。
アル ラカーユを知ってるの?
ナオス 知ってる。
アル ほら見ろ。やっぱりいるじゃないか。君からも言ってやってくれ。
ナオス ……。
アル どうした?
ナオス 見てたのよ。貴方をずっと。斜め後ろから。時々は真横から。だから。見た。
アル 何を見た。
ナオス 言えない。あんな恐ろしいこと。
アル オレは何をしたんだ。
女王鵜鷺 それが貴方の罪。きっとそのカビが知っている。
ナオス、カノープス、女王鵜鷺退場。
アル、カビ爛々を殺害。
途端にすべての記憶が戻る。
宇宙船が墜落する前。
祖母爛々 いいかい。必ず新しい血を輸血して一族の使命を果たすんだよ。
祖母爛々、事切れる。
アル 進むべき指針を見失った。オレの行き先は奈落だ。
ラカーユ ひゅーすとん。ひゅーすとん。応答願います。
アル ラカーユ。どうしよう。どうしたらいい。
ラカーユ どこに行けばいいのでしょう。わかりません。応答願います。
アル オレ達は宇宙の片隅で、端っこなんかじゃない中途半端なところで誰にも見られることなく死んでいくんだ。オレ達が死んでもこの宇宙は何も変わらない。変化なし。変化なし。そんなのはとても耐えられない。重力もないこの宇宙なのに、この重圧はなんだ。使命をやり遂げなければ。使命を使命を使命を。重い。ばあちゃんの気持ちと一族の使命。なんでオレだけがこんな目に。
ラカーユ あ。
アル 何を見てる。何を見てるんだ。
ラカーユ ホーシ。それとペトリ。
アル オレをそんな目で見るな。
アル、ラカーユに襲いかかる。
アル そうだラカーユ。子供をつくろう。オレとお前の子だ。そうすれば使命を果たせる。こんな重たいものオレが背負ってたまるものか。オレの血を重ねて我が子に背負わせてやる。そうやって、そうやって生きてきたんだオレ達一族は。積み重ねれば罪になる。更にその上に罪を重ねて、生まれた時からオレの血はどろどろの罪に塗れていたんだ。そいつをまた新しい罪人に、我が子に押しつけよう。そうすればオレ達はきっと大丈夫だ。
アル、ラカーユに馬乗りになり、勢い余って首を絞め
る。
ラカーユ やー!
アル なんでわからない。なんでわからないんだよ!なんでお前はそんなに馬鹿なんだ。畜生。畜生。畜生。畜生。…………。ラカーユ?
ラカーユ ……。
ラカーユ、動かない。
アル 大人しくなったな。わかってくれたのかラカーユ。さぁ子供を作ろう。さぁ。…………。元気な子供を産んでくれよ。男の子と、女の子を一人ずつだ。双子だといい。ラカーユ?ラカーユ?返事をしろ。子供を産め。お願いだからオレを一人にしないでくれ。
ラカーユ 思い出した?
アル オレは…ラカーユを…。
ラカーユ 殺した。
アル あ…あ…。
ラカーユ 殺したんだよ。
アル じゃあお前は誰だ。
ラカーユ もちろん君のラカーユではないよ。いいじゃないか、彼女は馬鹿で、何も分からない。せいぜい子作りくらいにしか使えない。種の存続のためを見れば君の判断は正しかったと言える。ただまぁ殺したのはいただけない。
アル 嘘だ。この記憶はでっちあげだ。オレの本当の記憶はどこにある。カビ共は全員殺した。あと残ってるのはどいつだ。
目玉と目が合う。
アル お前か。お前か!
アル、目玉を切りつける。
暗転。
暗闇の中で声がする。
アル 割れた!地球が割れたぞ。ざまぁ見ろ!ぱっくりと割れたその傷口から生々しいマントルが見える。その奥に見える物はなんだ?何か蠢いているぞ。あれがオレの本当の記憶か?あの星に息づいているのは…鵜鷺?
地球が抱えていた記憶が流れ出す。
月へ降り立った鵜鷺の姿が見えてくる。
高次元からそれを見ているラカーユ。
しかしラカーユが見ているものは掌のシャーレ。
ラカーユ これはきっと実験開始1日目。
女王鵜鷺 こちら、月の鵜鷺。応答願います。こちら月の鵜鷺。月には海などありません。水も食料も何もありません。夢も希望も未来もありません。応答願います。
ラカーユ 降り立ったのは静かの海。水の一滴すらも無い名ばかりの海。
女王鵜鷺 誰かが私を見ている気がする。
ラカーユ ……。
女王鵜鷺 何を見てるの?
ラカーユ ……。
女王鵜鷺 何を見てるの?
ラカーユ ……。
女王鵜鷺 何を見てるの?
ラカーユ ……。
女王鵜鷺 何を。
ラカーユ 君を。
女王鵜鷺 ……。
ラカーユ 君を見てるの。
女王鵜鷺 !
ラカーユ 観察対象第一号鵜鷺。
女王鵜鷺 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ラカーユ 変化なし。変化なし。今日も鵜鷺は謝り続けて頭を垂れる。
女王鵜鷺 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ラカーユ 母なる星が滅びたというのに未だ続く生への執着。生き物は何故こんなに醜いのか。顕微鏡で覗かなければ見えないほどに見にくいのか。
女王鵜鷺 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ラカーユ この銀河の底では醜いものほど上等だ。いや失礼。正しくは「このシャーレの中では」。早くに死なれては観察にならない。この鵜鷺は実に観察しがいのある変化の無さだ。
ラカーユ、観察日誌を置く。
アル なんだ、これ。
アル、観察日誌を拾う。
アル 実験開始1日目。シャーレに蓋をする。実験開始2日目。変化なし。実験開始3日目。変化なし。実験開始4日目。変化なし。変化なし。変化なし。変化なし。変化なし。……。なんなんだこれは。どこまで行っても白紙のページばかり。変化なし。変化なし。こんな空虚をオレは知らない。こんな孤独をオレは知らない。お前はこんな真っ白な日々を生きてきたというのか、鵜鷺。それは生きていると言えるのか、鵜鷺。
女王鵜鷺 ……。
アル 沈黙。それもただの沈黙ではない、耳に痛いくらいの沈黙だ。お前のその長い耳には、この無音はさぞかし痛かろう。
女王鵜鷺 ……。
アル その幼気な白い胸は何を思う。打ち明ける相手もいない想いなど、生まれるはずもないのかもしれない。けれど、その胸は呼吸するためだけにあるものではないはずだ。
女王鵜鷺 ……。
アル その泣き腫らした赤い目玉で、何を見てる?
女王鵜鷺 誰か何か言った?
アル 届いた?届いたのか?
女王鵜鷺 誰か、何か、言って。
アル …届いてない。
女王鵜鷺 誰か!
アル 届け!届け!
女王鵜鷺 何故こんなことになった?どこで私は間違った?願っただけだ。星と共に逝くことを願っただけだ。すべてのイキモノに平等に訪れる死は私を見過ごしているのか。片隅にいる私に気づいていないのでは。早く終われ。早く終われ。始まりがあったのなら終わりもあるはずだ。始まりはいつだったか。もしかすると最初から私はここにいたのではないか。そんな気さえしてくる。そうであったなら、この無限の日々は終わることはない。あぁ鵜鷺は、こんなにも寂しいのに何故死ねない。もはや私は変化を起こすこともできなくなってしまった。私だけでは何もできない。
アル 駄目だ、まるで変化なしだ。こんなものはもう見ていられない。いっそ死んでしまえ。死んで楽になるんだ。
女王鵜鷺 ……。
アル どうした。何故生きてるんだ。
女王鵜鷺 ……。
アル そうか。お前。……。ならば終わりという変化はいつやってくるんだ。
アル、真っ白ではないページを見つける。
アル 見つけた。ここだ。真黒い宇宙にぽかんと浮かんだ青い丸。このページに何か変化があるんだ。この18231750日目に。早く来い。早く来い。早く鵜鷺を解放しろ。
研究者爛々 実験開始18231747日目。変化なし。
アル この声は?
地球にいる研究者たちの姿が浮かび上がる。
アル 地球と月とが混線している。とっくに滅びたと思ってた地球からの観察もまだ行われていたんだ。
研究者恋々 誰だ。塩を摂取しなければ30日も生きられないと言ったのは。
研究者凛々 しょっぱいものなど食べてないのにこんなに実験を続けられる。
研究者爛々 そうか、我々はとっくに人間ではなくなっていたんだ。
研究者凛々 海が殺された時に。
研究者恋々 我々は何者なのですか。
研究者爛々 元人類。今は塩も水も摂取せずに生きられるものだ。
研究者恋々 それはイキモノじゃなくてキモイノですね。
研究者凛々 我々は恐らく。
研究者爛々 カビだ。
研究者凛々 実験開始18231748日目。変化なし。
アル いいぞ。もうすぐだ。
研究者恋々 実験開始18231749日目。変化なし。
アル ……。
研究者爛々 実験開始18231750日目。変化…あり?
女王鵜鷺 変化があった。この月に初めて変化があった。実験開始18231750日目。宇宙船が降ってきた。
アル あれはオレ達?
女王鵜鷺 墜落した宇宙船は3つ。カノープス。ナオス。アル・スハイル・アル・ムーリフ。誰も彼も私と同じ罪人たち。罪を犯しておきながら未だ生に執着している。なんて醜いのだろう。なんて愛しいのだろう。彼らを見ていたら私の罪深さがよくわかった。この変化のない日々を終わらせよう。終わらせて私の罪を償おう。
女王鵜鷺、自決しようとする。
アルがそれを止める。
アル 届いた。
女王鵜鷺 手形をつけないでと言ったでしょう。
アル 君に触れることがオレの目的だと言ったはずだ。
女王鵜鷺 破裂するわ。貴方の皮膚が。
アル やめろ!
女王鵜鷺 ひと一人殺しといて、鵜鷺を一羽助けようだなんて、おこがましい。
アル 君が死んだところで、この宇宙は変化なしだ。
女王鵜鷺 私にとっては大いに変化ありよ。
アル じゃあ何故今まで生きてきた。膨張を続ける孤独の中でどうやって生きてきた。オレが君ならとっくに死んでる。
女王鵜鷺 死ぬきっかけを探していた。
アル 違う。生きていたかったんだろう。
女王鵜鷺 私は死にたかった!
アル 黙れ!君は生きていたかったんだ。
女王鵜鷺 何故そう思うの。
アル イキモノとはそういうものだ。理由なんてない。
女王鵜鷺 妹の命を奪った者がどの口で言うの?
アル オレだってそんな減らず口叩けないように、今すぐこの喉を突いてやりたい。ラカーユもきっと生きていたかったんだ。星を見て喜び、絵を描いて楽しみ、オレを見てよく笑っていた。オレなんかより真っ当に生きていた。そんな妹をオレは殺した。それでもまだ、オレは情けないことに生きていたいと思っている。
女王鵜鷺 あはは、なんて醜いの。
アル 今オレが死んだら誰が君を救うんだ。
女王鵜鷺 !……とってつけたような理由ね。
アル 理由をとってつけて生きるのがイキモノだ。悪いが、君をオレの生きる理由にする。
女王鵜鷺 それは愛の告白?
アル 違うだろうな。
女王鵜鷺、周りを見渡して。
女王鵜鷺 大きなクレーターを掘ったのね。
アル アルゴーを探して。でも何も出てこなかった。
女王鵜鷺 まだ深さが足りないからよ。もう少し掘れば発掘される。
アル 何が。
女王鵜鷺 理由。
アル え?
女王鵜鷺 貴方だけ理由があるなんて不公平よ。墜落した3つの宇宙船どれも愛しいもの。だから他の二人にも理由をあげる。
女王鵜鷺、地面を優しく掘る。
そこから光が漏れだし、地盤が崩れ落ちる。
暗転。
アル ここは。
カノープス 何だ。いきなり足元が崩れて。
ナオス 落ちたの?ここはどこ?
女王鵜鷺 地球から流れ出た最下層の記憶。この場所こそ、銀河の底の底。
ナオス 誰か…いるの?
銀河の底の底で眠りについている者。
それはかつて殺めた者たち。
ナオス イエスマン。
カノープス 弟よ。
ナオス イエスマン。大丈夫なのイエスマン。
CPU凛々 ……。
ナオス 言いたくないなら言わなくていいの。首を縦に振るか、横に振るかでいいわ。
CPU凛々 ……。(頷く)
カノープス すまなかった。すまなかった。
弟分恋々 ……。(首を振る)
カノープス お前がいなくなって本当に困った。俺はどっかで間違えたらしい。逆らう奴も従う奴もいなくてつまらねぇんだ。お前いなくて、寂しいんだ。弟よ。俺もそっちに行っていいか。
弟分恋々 ……。(首を振る)
カノープス そっか。駄目か。仕方ないな。間違った俺が悪いんだ。
シャボン玉をふいているラカーユ。
ラカーユ あるいは…ペトリ。したがって…ペトリ。ところが…ペトリ。すなわち…ペトリ。
アル 何を、見てるの?
ラカーユ ホーシ。それと。
アル ペトリ?
ラカーユ それと、おにーちゃん。
アル ごめんな、ラカーユ。
アル、ナオス、カノープスを許すように後押しするカ
ビたちとラカーユ。
それを見守っている女王鵜鷺。
女王鵜鷺 愛しい人たち。貴方達は理由をとってつけて生きていけばいい。貴方達に死は似合わない。さて、死にかけの鵜鷺はどうしようか。
カビ爛々、女王鵜鷺を後押し。
女王鵜鷺 え?
手を振るような、行けというような仕草。
女王鵜鷺 何故?
研究者爛々 もう行け。変化がないのは飽き飽きだ。
女王鵜鷺 でも。
研究者爛々 今の鵜鷺は死んでいるも同然。イキモノなら生きろ。イキモノなら変化しろ。生きていたい、生きて、痛い思いをするのがイキモノだ。我々のようになってはいけない。痛みも分からず、塩も水も摂取せずに生きてはいけない。
女王鵜鷺 私の罪はどうしたらいいの。
研究者爛々 許されない。逃げろ。
女王鵜鷺 逃げる?
研究者爛々 逃げろ。逃れよ。免れろ。抜け出せ。ずらかれ。逃げ伸びろ。生き伸びろ。鵜鷺ならば得意だろう、高飛びは。
女王鵜鷺 私は母なる星を捨てたの。
研究者爛々 そうとも言える。けれどこうとも言える。お前は亡命したんだ。
女王鵜鷺 え?
研究者爛々 逃げることは旅立つことだ。旅立つことは生きることだ。生きることは贖うことだ。罪は許されない。贖わなければ許されない。
女王鵜鷺 私は都合のいい夢を見ているの?
研究者爛々 我々が夢を見させてもらっている。
女王鵜鷺 どういうこと?
研究者爛々 痛みを抱えて生きていけ。行け。鵜鷺よ。お前は人類の夢だ。希望だ。未来だ。その翼で我々が届かないところまで飛んで行け。月には海がある。お前は塩も水も摂取して生き続ける。万が一、月の海さえも滅びていたというのなら、新たな船を創造しそこから逃げ出せ。海を求めて、そこから飛び立て。チクウの、いや地球の記憶を抱えて、我々の罪を贖ってくれ。
女王鵜鷺 私は。
高みから観察しているラカーユ。
ラカーユ 逃げるのか。
女王鵜鷺 旅立つ。
アル 旅立つ…。
ラカーユ 観察対象に変化あり。餅をこねてればいいものを、逃げるのではなく旅立つのだと、屁理屈をこねる。
女王鵜鷺 逃げることは旅立つこと。旅立つことは生きること。生きることは贖うことよ。
ラカーユ 他の三人もか?
女王鵜鷺 竜骨のカノープス。どうする?
カノープス わかんねぇよ。俺は馬鹿だからわかんねぇよ。でも、同じことは繰り返さない。
ラカーユ それを学んだのなら馬鹿ではないな。女は?
女王鵜鷺 とものナオスは?
ナオス 私は許してほしいわ。イエスマンに。だから作り直すの。
ラカーユ そうだ、きっとイエスって言ってくれる。
ナオス そうよ。生まれ変わった最新型なの。移動速度だってあがるから、紙吹雪だって素早く拾えるの。それから、それから、今度はノーっていう機能もつけてあげる。
ラカーユ 興ざめだな。さて近親相姦の罪はどう捉える?
女王鵜鷺 私は羅針盤の役目を背負っているけれど、帆であるアル・スハイル・アル・ムーリフの行先は貴方が決めなければいけない。
アル きっとこの答えは正しくはない。けれど正しい答えなんて初めからないとしたら。行先はどこでもいいとしたら。進むべき指針は初めからオレが決めるべきだったんだな。オレのやるべきことはここにはない。
女王鵜鷺 私たちのしたことを私たちが罪と呼ぶのなら。生きましょう。
アル 積み重ねれば罪になる。
女王鵜鷺 ならばその罪の重しをバラバラにして、薄く延ばして、繋ぎ合わせる。それは巨大な布になるでしょう。すべてを縫い終わるには一生かかるかもしれない。一生かかっても終わらないかもしれない。けれどそれが償い。その巨大な布を掲げて旗にしよう。この月面にたてる墓標だ。大きすぎたなら包んでしまおう。死者を弔うゆりかごだ。それでも余ったならそれは帆にしよう。
巨大な帆船の姿が現れる。
女王鵜鷺 ここを出ましょう。アルゴー船を出航させる。
アル オレの使命を果たす。それがオレの償いだ。
ナオス 私も。きちんと謝りたい。
カノープス 偉そうなことは言えねぇ。俺は馬鹿だ。大馬鹿者だ。だから今度はヘマしねぇ。絶対に。
ラカーユ 君たちには失望したよ。残念だ。けれど、実験を終わらせるわけにはいかない。
女王鵜鷺 船を出して!
ラカーユ 逃げられやしない。蓋をしてやるから。
女王鵜鷺 舵をきって!
ラカーユ 残念。胞子が1個飛びだした。観察を続ける。
カノープス 銀河の底は遥か彼方だ。
アル 追いつけるものか。
ナオス なんて速さなの。
ラカーユ 変化あり。対象は速度を上げる。
女王鵜鷺 いけない。これは。光の速さ。
カノープス かまうものか。もっと速度をあげろ。
女王鵜鷺 忘れたの。胞子が光の速さで飛べば。
ラカーユ 星になる。
途端にアルゴー船が星座へと変わる。
ナオス なに?
カノープス どうした?
女王鵜鷺 アルゴー船が。
ラカーユ 変化あり。対象は巨大な星座に変わる。
アル 問題ない。星の海を渡るにはちょうどいいくらいだ。
ラカーユ 問題大ありだ。
ラカーユ、シャーレを落下。
途端にスローモーションになる。
ラカーユ 巨大な星座は天を覆った。その余りの大きさに他の星座の迷惑になる。よって、天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカーユにより、アルゴー座は4つに分割される。
ラカーユ 帆座アル・スハイル・アル・ムーリフ。
ラカーユ とも座のナオス。
ラカーユ 竜骨座のカノープス。
ラカーユ 女王が鎮座するは羅針盤座。
ラカーユ 元の部品に戻そう。4枚の羽を散り散りにして天に貼り付けよう。
カノープス どうなってる。
ラカーユ 航海は終わりだ。それぞれの場所に座れ。
ナオス 身体が胞子になっていく。胞子は星になる。星が座れば星座になる。
女王鵜鷺 駄目よ。私たちは何も償ってはいない。このままでは終われない。
ラカーユ 終わりだよ。実験はもう終わり。観察対象がシャーレの中から飛び出したんじゃ、もう顕微鏡じゃ覗けない。
望遠鏡は飽き飽きだ。星座になった君たちに興味はない。
女王鵜鷺 終わりじゃない。地球の記憶を抱えて、海に辿り着かなければ。
ラカーユ 終わったと言っている。だってもうページがないもの。観察日記はこれで終わり。
アル 始まりだ。
ラカーユ なんだって?
アル 終わったならまた始めるんだ。新しい観察日記を。
ラカーユ 君たちはもうすぐ天に貼り付けられる。宇宙の一番遠いところで何もできない星座になる。変化なし。変化なし。観察したってしかたがない。
アル 磔なんて好都合だ。
ラカーユ なに?
アル オレが磔られるのはどこだ。天井か?壁か?床か?とうとう一族の使命を果たす時が来た。膨張を続ける宇宙の端っこ。そこに手形をつける。どうなるか知っているか。
ラカーユ まさか。
アル 始まりを告げる鐘、ビッグバンだ。
アル、手形を付ける。
破裂する宇宙。
ビッグバンにより宇宙は最初のページへと戻る。
そこには生き物の姿はない。
やがて星星が生まれる。
カビ爛々 星が発生する。
カビ凛々 星が増殖する。
カビ恋々 銀河を形成する。
カビ凛々 太陽が生まれ、太陽系が生まれる。
カビ恋々 大地と空と海の星、地球が誕生する。
カビ爛々 理由もなく生きていたいイキモノが登場するのはまだ少し先のページ。
光が徐々に増えていく。
閉幕。