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「山のは」より - 2024/8/31 処暑

拝啓 台風の被害が心配です。日本各地で大きな被害が出ているようですが、ご無事でしょうか。このあたりでは影響も少なく、ただ蒸し暑さが苦しい日々が続いています。

米不足も騒がれていますが、今年のお米はたくさんできているようです。茨城の田園も稲が金色に姿を変えました。暑すぎても冷夏でも良くない稲作ですが、今年は天候があっていたようで、いつもより随分育ちが早い、と周囲の声が聞こえてきています。8月中から収穫を始めた農家さんもちらほら見受けられるので、新米を楽しみに待ちたいと思います。

この夏の出来事といえば、やはり家の改装です。先月も書きましたが、大工さんの見事な段取りのおかげで工事は着々と進み、ほぼ予定通りのスケジュールで2階の作業場が完成に近づいています。

漆風呂の設置も完了(2024年9月4日撮影)

煤だらけの物置と化していた場所に、下地を組み、天井を上げ、壁ができ、大きな窓が入り、塗装がされ、左官屋さんが壁を塗り、綺麗なフローリングが貼られ、電気屋さんが配線し、扉がつき、部屋が完成するのです。

煤だらけの物置(2024年6月4日撮影)

専門の方からすれば当たり前のことかもしれませんが、こうしてできあがるのか!と新たに感動が湧き上がってきます。工事の現場は好きで、過去にも前職の工房の工事や、実家の改装など色々と見る機会はありましたが、ここまでじっくりと工程を観察することは初めてなので毎日ワクワクしています。

そして楽しい分、大変なことも多いです。何しろ決めることが大量にあります。ここの隙間はどうする、素材はどうする、高さはどうする、色はどうする、『どうする?どうする?』が押し寄せてきます。もちろん日々の仕事は止めるわけにいかないのでフルパワーで仕事をしながら、ちょっとした隙間時間で改装のことをひたすらに考える毎日です。脳が完全に栄養不足で、気を抜くと5分くらいフリーズしていることがあります。

大きさもジャンルも随分かけ離れてはいますが、蒔絵の作品作りというのも家を作ることと似ているように思います。

蒔絵の作業風景

蒔絵作品の制作には数えきれない工程があり、その一つ一つの専門性があまりに高いのでかつては分業が主流でした。フルスペックで分業をするとなると木地師、下地師、塗師、上塗り師、下絵師、蒔絵師、象嵌師、呂色師あたりでしょうか。一つの作品を形にするのにこれだけの人が関わり、また全体のプロデュースをする人がいたりするので、総勢10名近く(さらにその前に漆掻きや漆を育てる人がいます)の人の手を渡って作品が完成するのです。

現在では社会や経済の変容で各分野に携わる人が減ってしまったので完全な分業ができる例は少ないですが、大きなプロジェクトになるとたくさんの専門家が力を合わせて作品を作ることもあります。

家を作るのも蒔絵の作品を作るのも、同じくらい考えることがたくさんあるなあと、あらためて感慨に耽ったりします。

違うことといえばサイズ感。蒔絵の世界は金粉を一粒ずつ貼り並べたり、0.1mmの細さの線の外側と内側を描き分けたり、直径20μm(0.02mm)の金粉を半分研ぎ落としたりと、気が遠くなるような細かさのコントロールが求められます。

蒔絵祭器「灯台」(2020年制作)

家を作るのにミリ単位の精度が求められるとして、蒔絵の仕事はその100分の一単位、ではもし自分がスモールライトで100分の一になって蒔絵の箱を作るとしたら、それは立派な家を作るような感覚なのかもしれない。もしくは自分が100倍になって家を作ったら蒔絵の箱を作っているような感じかな。などとよくわからない妄想をしていると沼にハマります。

こういうことを他人に話すと、ぽかーんとされてしまうので、ここだけの話にしておいてください。それではまた。

敬具

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