「山のは」より - 2024/3/31 春分
拝啓 令和5年度、最後の夜です。
今日は全国的に暑く、東京は3月の歴代最高気温を3度も更新したとニュースで報じられていました。今年は3月に入っても寒さが続き桜も遅い開花となりましたが、突然のこの陽気、いかにも近年の気候変動らしい急展開です。
工房のある諸沢も日中は初夏を思わせる日差しと暖かさでしたが、家の中は涼しく、窓を開けると心地よい風と沈丁花の香りが通り抜け、穏やかな気持ちで過ごすことができました。
山の季節は冬から春へ、みるみる変化を遂げていきます。足音はしないまでも、まさに一歩一歩、春が近づいてくる気配を感じます。草木は早いものから順に芽を出し、着々と花開きます。
ここでもまた新たな発見がありました。2月から咲き始めた梅の花ですが、どうやら私が生まれ育った東京と諸沢とでは咲いている長さがまるで違うようです。東京ではものの一週間ほどで散ってしまう梅が、こちらでは1か月も満開に咲き誇っています。おそらく気温の違いかと思われますが、こんなにも梅の花を長く楽しめるとは、また嬉しい驚きです。
菜の花、スミレ、木瓜、ユキヤナギ。モノクロの世界が鮮やかな絵の具で彩られていくような感覚です。
この時期はいろいろな作物の植付けが始まります。ウルシノキも植栽の季節。今年は奥久慈の作家仲間数名で新しく畑を管理することになり、私も参加させてもらえることになりました。
この畑にはもともと180本ほどのウルシが植わっていました。去年樹液を採取したあとに伐採され、今年から2周目を育てます。100本ほどは新しく苗を植栽し、残りはヒコ生えを育てようという計画で、研究的な目的もあります。移住して初めて、一から携わるウルシ畑なので、しかも数名の作家仲間と一緒に管理するという新しい試みで、ワクワクしています。
大学の仕事が2月までで一段落したこともあり、3月は制作の仕事も集中して進められるようになってきました。工房としてスタンダードナンバーのような、それを通して奥久慈の漆の魅力について話に花を咲かせられる「何か」を考えたいと思っています。奥久慈の漆は透明度が高く、とても綺麗です。その綺麗な漆の価値が伝わるよう、頭のひねりどころです。
ようやく工房らしく仕事ができるようになってきたので、長らく止まってしまっていた個人作家としての作品制作も再開しました。まだリハビリ程度の小さなものですが、久しぶりに蒔絵をしていると不思議と心が落ち着きます。作品へ向かう思いも、以前とはずいぶん変わったように思います。
3月の最後の日、知人が山のはを訪ねてきてくれました。市内に住む、とある高校生。ちょっとしたご縁で知り合い、漆や私の仕事に興味を持ってくれ、高校を卒業して大学生になる節目の一日に、工房見学にきてくれたのでした。
過疎化が進み、悲観的な声も少なくないこの地域に育った彼は、自分の街が好きだと言っていました。大学で勉強をして、この街を盛り上げるための力を付けたいと、その目は真っ直ぐに未来を見ていました。なんと尊い。その表情と言葉は私の心にも火をつけてくれました。感謝の気持ちでいっぱいです。
いつか大人になった彼と一緒に仕事をする日を夢見て、新年度からまた、頑張ります。 敬具
宜しければ「工房 山のは」の活動にご支援をお願いいたします。いただいたサポートは、奥久慈漆の植栽、漆畑の管理等の活動に充てさせていただきます。