小説 「白道」から〈白羊のT〉
迷子の僕は、通りがかりのおじいさんへ道を尋ねた。
「白道?そこの、駅へ行く近道のことだろ?」
言われた通りに路地裏を抜け、次の角を曲がった。
そうして、目の前に現れた満月に驚いた。だって腕時計はきちんと〈14:00〉を表示しているから。
なぜだ。どうして夜になってしまったんだ。
「遅れてしまう」焦りながら、電話をかけるためにスマホを取り出す。単に、相手へこの気持ちを伝えたかっただけなのかもしれない。でも、誰にかけていいか、わからなくなっていた。
そもそも、どこへ行くんだっけ?
晩ごはんを作りに、家へ帰らなくてはいけない。そうだ、思い出した。
僕は、夜道を進む。田舎の道は薄暗い。外灯も申し訳程度に立っているだけ。なんて恐い場所なんだ。
「帰らなくちゃ」
目の前の青年へ訴える。彼は言った。「そんな心配はしなくていいんですよ。今夜はここに泊まっていってください」
僕は返答に悩んだ。「家に子どもがいるんです」
「お子さんも大丈夫です。ここにTさんがいることもご存知ですよ」
「そうなの?」
腕時計を見る。6時を過ぎたところ。窓の外を見る。夕焼けが。真っ赤な空が、きれいだな。良い匂いもしてきた。
「はい、Tさん。夕飯がきましたよ。今日はお魚です」
「わあ」
目の前に置かれた、美味しそうなお膳。きれいな藍のお茶碗には温かいご飯。そして焼き魚、お味噌汁に、おみおつけ。青菜の和え物もある。
何か思い出しだけど。よくわからなくなった。それもどうかしてしまった。
僕はお味噌汁をスプーンで掬い、飲む。知らない出汁の味。隣に座る老人を見る。赤いエプロンをつけ、さっきの青年からご飯を食べさせてもらっている。老人は穏やかに目を閉じ、もごもご飯を頬張る。もう一度僕は、空を見る。月があった。
「もうすぐ十五夜かな」
「月と言えば、団子。10個は食べちゃうな」水色の介護服を着た青年は胸をはる。
「あら、みんなの分も食べる気?だめよねえ、Tさん?」
「ははは」僕は白衣の女性へ笑う。
「観月会の歌。演歌でいい?踊れる曲にしましょうよ」周りの人達が賑やかに話す。
僕は、そういうあったかい雰囲気が好きだな。だから、聞き役に徹し、食べた。
お腹いっぱいになった。
「お薬をどうぞ」
白衣の人からビーズみたいなきれいな薬をもらって飲み、歯磨きとトイレをすませ、あったかい布団に入る。
『路地裏の事を、どうしようか?』
道ばたのお地蔵さんが、僕へ尋ねてきた。
「ううん。大丈夫」
それを聞いたお地蔵さんは狐に戻って、僕の白髪頭を撫でる。
「そうか。それならよかった。おやすみ」
「おやすみさない」
僕は昔読んだ〈星の図鑑〉を思い出し、赤い一等星の名をまじないの様につぶやく。
そうして、羊の様に眠った。
(了)
『小説家になろう』作品ページ 著:宮本 尚
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