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文化財のこと「出雲伊波比神社のやぶさめ」

11月3日 風が少し強い秋晴れ
清々しい青空の下。毛呂山町で長く続く恒例のお祭りがあるので行ってきました。
創作の取材も軽く兼ねて(アポは取ってないから現地見てまわるだけ)だったんですけど。

どこかというと、出雲伊波比いずもいわい神社でやってる「やぶさめ」です。
馬に乗って矢を射るアレです。「ゼルダの伝説 時のオカリナ」で、おとなリンクがエポナに乗ってゲルドの谷で挑戦できるアレです。

平成17年3月22日に、埼玉県の無形民俗文化財に指定されてます。
県の資料によると「出雲伊波比神社のやぶさめ」はNo.40、指定番号(指定証書番号)は「埼文証第47号 埼文指第501号」となってます⑴。
矢を射る「矢的やまとう」は午前と午後でおこないます。
⑴ は下のページから確認できます。

実は公務員試験に落ちてから「自分が住むまち」についていろいろ考えることがあり。地元出身の競泳選手や野球選手がオリンピックで活躍したり、町立の中学生が部活の全国大会に出場したり、図書館を使った調べるコンクールでも研究成果が書籍(研究そのものではないけど)になったりと、私の知らないところでいろんな人が活躍してる。
ううう、私もそれに乗っかりたい! ということで「このまちを舞台にした物語でも書いて、町長か副町長に読ませてやろう(無謀なチャレンジ)!」と思ったわけです。

披露するのは「おとな」じゃないのが「出雲伊波比神社のやぶさめ」の特徴で「忌み事のなかった家」から出すと決められてます。こどもが乗るから、表現すると「乗り子」になります。
春と秋に流鏑馬行事があるから、連続で同じ地区から出ることもあれば、5年とか7年とか間があいて選ばれることもあります。今年は10年以上あいてた地区から乗り子が選ばれたそう。
本祭の前にある準備、練習などはこちらを参照のこと。

簡単に「出雲伊波比神社のやぶさめ」の説明を。
春のやぶさめ ⑵   開催日:3月の第2日曜日
毛呂山町が奉納する「やぶさめ」の起源は「春のやぶさめ」であるとされてます。乗り子は7歳に満たないこども。「7つうちは神の子」とされて、より神に近い存在なんだとか。
さすがに7歳未満のこどもを口取り役やほかの人のサポートなしで騎乗させたり、走る馬上で手を離して矢を放たせるのは大変危険なので、春は「願的がんまとう」だけ。秋とは対照的に規模も小さめ。でも、とっても大事な奉納行事。

秋のやぶさめ ⑵   開催日:11月3日 文化の日
春の流鏑馬と違って規模も大きいです。馬は一の馬、二の馬、三の馬。それぞれ乗り子がいて、白の衣装(源氏)、紫色の衣装(藤原氏)、赤の衣装(平氏)を身にまとって登場。乗り子の年齢は13歳から17歳くらいの間で選ばれます。
春の流鏑馬では聞こえなかった掛け声(ホイホイ言いながらお世話する口取り衆のもの)とか、馬の後ろに続く軍勢とかも特徴的。

馬や乗り子が待機所として使うところを実際に歩いてまわることもできます⑶。ふだんは閑静ですけど、この時期はお祭り特有の雰囲気に。

午前行事

朝的《あさまとう》
9時から9時30分の間に「矢的」があります。朝やるから「朝的」。早起きできたら見に行こうと思ってたんですけど、起きられませんでした。
乗り子は陣笠じんがさ陣羽織じんはおりで登場、そのまま馬場を一往復してから騎射きいにうつります(騎射が変換できなかった! なんてこと!)。一の馬から三の馬が1回ずつ走り抜けます。1回ずつだから終わるのも早いです。
朝早い時間帯で空気は冷たいし、会場も神社が持ってる流鏑馬専用の馬場だから、それだけで神聖な感じがしますし、朝の日差しも受けるから雰囲気も荘厳といいますか。ギャラリーも少ないから、乗り子の勇姿を拝みたい / 写真におさめたい人は「朝的」をやる時間帯に訪れるのもいいかも。
朝矢で使う矢は先端が尖ってます。的が藁でできてるから、命中するとドスっと刺さります。一般的な流鏑馬のイメージはこっちかもしれないですね、

「朝的」が終わると「野陣のじんの儀」をおこないます。馬場の南側に陣幕を張って、乗り子が接待を受けるというものです。
ここまで終わったら、乗り子は的宿まとうやどに戻って午後に備えます。

私が到着したのは「朝的」が終わってから1時間近く経ったころ。境内、下の福祉会館の駐車場にも屋台が何台か出て、人がたくさん集まってました。
今年のはじめに買っておいた御朱印帳に記帳してもらおう! と思って持ってったのはいいんですけど、なんと手書きはやってませんでした。祭礼中だからだったのかもしれません。書いてはもらえなかったけど、違う形のものをゲット!

行事に合わせて「流鏑馬奉納」

午後の部が始まるまでの間は、馬場を見渡すことができます。出雲伊波比神社は山中にある神社だから、とても静か。神社の脇にある長い道を、乗り子を乗せた馬が颯爽と駆け抜けてく様は圧巻です。

「朝的」が終わると「夕的」の準備です。

午後の部までの微妙な時間が発生してしまったため、すぐ近くにある図書館で過ごそうと思ったんですけども、まさかの休館日。ぜんぜん見てなかったわァとなって、一旦引き上げるかどうか悩みました。
時間も時間だし、ラーメンでも食べながら考えよう…とすぐ近くにあるラーメン屋に。すると「ホイホイ」掛け声が聞こえるじゃないですか。お店の外を見ると、なんと口取り衆と三の馬(+その乗り子)たちの姿が!
調べてみると「出陣しゅつじん」だそうで、一部の地区をまわってから神社に向かうとか。
はじめて「出陣」に遭遇しました。町中で出会うと心が踊りますね!

よく行くラーメン屋に。人はいつもいっぱい。
この日はチャーシュー麺をオーダー。

午後行事

夕的《ゆうまとう》
「夕」とついてるけども準備は13時ごろから始まります。最初はきらびやかな正装、花笠はながさ母衣ほろをつけた状態で馬場を往復して鳥居まで戻ります。このときはゆっくり歩いてくれるので写真が撮れます。

これは二の馬の「復路」

「馬見せ」が終わると、いよいよ矢を射る「矢的」です。乗り子も馬も役員も、みんな準備して、神社にいる人全員がそのときを待ちます。
まずは「願的」から。流鏑馬奉納の御礼としておこなうもので、一の馬だけが任される神聖な儀式。先端が特殊な構造をした「神頭矢じんとうや」を1回だけ放ちます。そのあと乗り子は正装から身軽な格好に着替えて、ここから一般的にいわれる「走る馬の上から矢を放つ」行事をおこないます。
一の馬から順番に的を狙って矢を放ちます。命中すると「カン!」とか「パン!」とかいう小気味いい音がします。動画はOKなので少し撮ってたんですけど、スピード速くて追うのが大変でした。
かなりのスピードが出てる中、しかも安定しない馬の上から放つから、当然失敗することもあります。あれを命中させるのは相当な集中力が必要。ギャラリーもどんどん増えるから、余計に緊張感があります。ど緊張の中でやるの、こどもにはプレッシャーすぎる、、
いつもは颯爽と駆け抜けてく馬たちですけども、今回は興奮して落ち着かなかった馬もいたようです。私は「朝的」を見てないからよくわからないけど、人が多く集まったから、緊張と興奮で落ち着かなかったんですよね。ギャラリーも「だいじょぶかねえ」って心配そうにしてました。
一の馬、二の馬が駆け抜けて、三の馬の出番。まだ興奮しっぱなしだったのか、口取り衆に促されながら歩いて登場。乗り子も不安そうにしてました。そりゃ不安にもなるよね。三の馬が姿を見せると、ギャラリーから控えめな拍手が(控えめなのは馬を興奮させないため)。
これを3回繰り返して「矢的」行事は終了。でも、まだまだ「出雲伊波比神社のやぶさめ」は終わってません。このあともまだ続きます。

動画から切り抜き。乗り子がちょうど矢を構えたところ。

馬上芸《ばじょうげい》
馬に乗りながら披露する芸で、1頭につき1種類ずつ。「馬上芸」は5種類あって「センス」「ノロシ」「ミカン」「ムチ」「モチまき」「ムチ」の順で披露されます。「矢的」のときと同じように駆け抜けてくから、動画モードにして撮るのがおすすめ。
「ミカン」「モチまき」で撒かれた  みかん  と  おもち  は持ち帰りOK。

センス→手綱から手を離した状態で、両手に開いた扇子をひとつずつ、口にもひとつ咥えてそのまま走り抜ける。
ノロシ→手綱から手を離した状態で、長い紙(吹き流しみたいなもの)を両手に持った状態で走り抜ける。
ミカン→馬に乗ったまま、馬場の外に「みかん」を撒く。
ムチ→馬に乗ったままの状態で、80センチくらいのムチを右、左と大きく打ちながら走り抜ける。
モチまき→馬に乗ったまま、馬場の外に「もち」を撒く。「もち」を包む紙にはくじがついている。
ムチ→馬に乗ったままの状態で、80センチくらいのムチを右、左と大きく打ちながら走り抜ける。

さまざまな馬上芸。

私は1回目の「ムチ」が始まる前に帰っちゃったんですけど、離れてもアナウンスは聞こえました。次は最後までいようと思いました。

毛呂山町、もう少しまち全体で「やぶさめ」をPRしてもいいような、とも思ったんですけど、祭礼区は決まってるし、関与してない地区もたくさんあります。あるんだけど、まちのことだから関心持ってほしいです。
直近だと「鎌倉街道上道かまくらかいどうかみつみち」も国の指定史跡になったから、関心を持つ人が増えることを願って。

参考にしたもの
⑴ 埼玉県 埼玉県の国・県指定等文化財
⑵ 毛呂山町 流鏑馬の見どころ〜朝的・夕的〜
⑶ 毛呂山町 流鏑馬ゆかりの文化財散歩
  毛呂山町 流鏑馬行事

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