ジェンダーフリーなんかこわくない
そろそろ潮時だな。ため息をつき、ソファの向かいの棚に目をやる。窓から夕日が差し込み、キラキラと輝いている。ここには俺が赴任してからの約10年で指導してきた生徒たちの獲ったトロフィーやメダル、盾などが陳列してあるのだ。教え子と俺の輝かしい実績の象徴をながめてもう一度ため息をついてから、体育教員室に置いてある私物の整理を始めた。
近年、欧米を中心にいわゆるLGBTQに配慮したジェンダーフリー化が顕著である。たとえば、カナダのバンクーバー市では “he”(彼)でも “she”(彼女)でもない三人称として “xe”という新語が造られたり、イギリスの劇場内では “ladies and gentlemen” というフレーズの使用が自主規制されたりしている。
そして、例のごとく欧米の猿真似を始めた日本においても、ジェンダーに関する言葉狩りが強引に推進されることとなった。以前にも「看護婦」は「看護師」に、「保母」は「保育士」にというような職業の改称が行われたけれど、そういった改称には一定の合理性もあった。しかし2025年現在、常軌を逸した言葉狩りが横行してしまっている。
というのも、文科省が学校内でのジェンダーフリー化を推し進め、全国の公立学校に対し「男女差を助長するような指導および男女を明示するような呼称の使用は控える」ことを義務づけたからだ。
これに伴い俺の勤務する公立高校でも、「男」や「女」のつく呼称はすべて廃止された。たとえば「男子トイレ」「女子トイレ」というものはなくなり、それぞれ「トイレB」「トイレA」と改称された。また「男子バレー部」「女子バレー部」などといった部活動も「バレー部B」「バレー部A」などと呼ばれるようになった。ちなみに女子がAで男子がBなのは、男性を優先することによる女性差別を防ぐためだという。
また、従来の学校指定制服も廃止された。それまでの女子高校生たちは制服の可愛さを学校選びの基準のひとつとしていて、制服が廃止された後も思い思いにコーディネートしたいわゆる「なんちゃって制服」を着用し、スカート姿で登校する女子が多かった。ところが、ネット上ではそういう女子を「性を売り物にするな」「アバズレ」「名誉男性」などと誹謗中傷する書き込みが後を絶たず、「なんちゃって制服」女子が多い学校に嫌がらせの電話をかけた者が威力業務妨害の罪で逮捕される、という事件まで起こってしまった。
そこで文科省は、あろうことか一部の異常なジェンダーフリー論者の圧力に屈し、表向きは女子生徒の性被害を防ぐためという名目で、全国の公立学校に異例の「制服禁止令」まで出したのである。その通達によれば、たとえ私服であってもブレザーやセーラー服などのような「制服に見える服装」は禁止せよとのことで、明らかに行き過ぎた施策である。
一連の愚かな政策を撤回させるべく、俺は公立校に勤務する身ながら様々な抗議活動を行ってきた。ネット上では正々堂々と実名で文科省批判を行ってきたし、学校内でも愚かな言葉狩りに屈せず、「男子トイレ」や「女子バレー」といった呼称を使い続けてきた。生徒の制服着用も容認している。
俺と志を同じくする同僚の教師も数名いた。けれども、俺たちは敵対勢力から「女の敵」「ロリコン」などといった誹謗中傷を受け、ある者は精神を病んで退職し、またある者はあまりのバカバカしさにもっと楽な職に身を転じ、残ったのはとうとう俺だけになってしまった。
その俺も、もはや校内に居場所はない。「制服好きのロリコン教師」というレッテルを張られ、クラス担任を下ろされてしまった。ネット上ではSNSで毎日罵詈雑言を浴びせられ、なぜか住所や電話番号まで特定されてしまい、嫌がらせの電話がかかってきたり不審な郵便物が届いたりしたため、引っ越しを余儀なくされたのである。
「先生」
突然開いたドアから声が聞こえ、俺は驚いて目を見開いた。チカチカする目をこすってまばたきすると、そこには制服姿の川口舞華(かわぐちまいか)が立っていた。彼女は俺が昨年担任をしていたクラスの生徒で、今は3年生。くりくりとした黒目がちな目をした美少女である。ダンス部に所属している彼女は活発な性格で愛嬌もあり、学業成績も優秀と非の打ち所がない。おまけに、スレンダーな体型にもかかわらず胸だけが非常に発育していて、俺の見立てでは少なくともFカップはありそうだ。
「先生、私って男尊女卑社会を助長する名誉男性ですか? 私の胸は女性を不快にさせる環境型セクハラですか?」
不意に彼女がまくしたてたので、俺は戸惑い聞き返した。
「えっ、何? どういうこと?」
「そう言われたんです、私。友達に撮ってもらった動画をネットに上げただけなのに」
聞けば、彼女が踊っている様子を収めた動画をネット上の動画投稿サイトにアップロードしたところ、その動画を発見した急進的なフェミニストが彼女を非難し、晒し上げ、同志を引き連れて誹謗中傷の限りを尽くしているのだという。
さっそくスマホでその動画を見せてもらうと、たしかにすごかった。何がすごいってもう、彼女の推定Fカップの乳房が本人よりも激しく踊り狂っているのだ。しかも彼女はまだあどけなさを残した顔立ちの美少女で、禁止されている「制服」を着て踊っているのである。思わず喉が鳴ってしまった。
「私、ネットでからんできたおばさんに『おまえの胸を見てると不快になる』とか言われて、私だって好きで胸が大きくなったわけじゃないって返したら、『減胸手術を受けないおまえが悪い』って」
「そんなバカな話があるか!」
つい大声を出してしまい、俺はあわてて声を落とした。
「ごめんごめん。きみに怒鳴るつもりはなかったんだ。川口は悪くない。きみの胸はすばらしいよ」
「先生、そんなふうに言われたらちょっと、恥ずかしい」
「あ、ごめんごめん、今のはセクハラ発言だよね」
Fカップに興奮して思わず本音を言ってしまい、慌てて彼女に謝罪した。
「え、そんなそんな。むしろ私の胸を褒めてくれてうれしいです、先生」
舞華は上目づかいで俺の顔を見上げた。頬が赤く染まっている。
「先生、私の胸、もっと褒めてほしい。環境型セクハラなんかじゃないもん。ね、先生?」
そう言うと、彼女は俺の手首を握り、むにゅっとやわらかいふくらみへ導いた。俺は驚き、必死に自問する。揉むべきか、揉まざるべきか、それが問題だ。今ここで劣情に負けたら退職金はパー。下手をすれば逮捕されてしまうかもしれない。
「先生、やわらかいでしょ。Gあるんだよ、私の胸」
「G?」
Gカップ。その響きとうらはらにやわらかいGカップが、俺に答えを教えてくれた。フェミニストが何だ。ジェンダーフリーが何だ。青少年健全育成条例が何だ。俺はGカップの乳房を揉みしだき、しゃぶりつくす。フリーセックス。それが俺のポリシーだ。