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私と菌と菌従属栄養植物と

またまた一週間ぶりにこんにちは。うるくとと申します。

先週の記事に引き続き、今回の記事も生物学類アドカレに参加しております。

【生物学類アドベントカレンダー】

なんと三週目も無事に更新。快挙です。

【前日の記事はこちら】
(まだ投稿されていません)

この一年は、私にとっても顕微鏡環境が大きく整った一年でした。
もっと研鑽を積んでBIOPHOTOを使いこなせるようにならないと……!

ではでは前置きはこの程度にして、本題の方に入ってまいりましょう。
本日のお題は、菌従属栄養植物です。

菌従属栄養植物って何?

菌従属栄養植物とは、菌類に糖類やミネラルなどの栄養を依存(従属栄養)するという生態を持つ植物の一群です。
もう少し簡単に言い換えれば、菌類に寄生する植物だと言えるでしょう。

彼らはその生態ゆえに、普通の植物が栄養を得るために光合成する場である、緑色の葉や茎といった植物体を持ちません
そのため、菌従属栄養植物の多くの種は、普段は地中で根だけの姿ですごし、時期になると突然花茎だけを地上に伸ばして花を咲かせ、果実をつけるとまた姿を消す……という生活を送っています。

こういった、一見植物とは思えないような奇妙な外見、突然あらわれ消えるという神出鬼没さ、そして中々見ることができないという希少性、これが私の考える菌従属栄養植物の魅力でもあります。

私と菌従属栄養植物

私自身は、冬虫夏草を初めとする菌類が大好きで、彼らを主なターゲットとしてフィールドワークをしています。

しかし実は、菌従属栄養植物もそれに次ぐくらいには好きで、しばしば探しています。
とは言っても、菌従属栄養植物だけを目当てに探すことはあまりありません。

どういうことかと言うと、菌類に寄生するということはすなわち、菌類が沢山いるような環境に彼らはいるわけです。
つまり、菌類目当てのフィールドワークをしながら探すことができるのです!

一回のフィールドワークで2倍美味しいわけですから、これは中々嬉しいことです。
(情けない話、菌類の方が外れても菌従属栄養植物的にはアタリ、ということもあります)

という訳で、ここからは私がフィールドで出会ってきた菌従属栄養植物たちを順にご紹介していきたいと思います。

いざ魅惑の菌従属栄養植物ワールドへ!

ギンリョウソウの仲間

まずご紹介するのは、ギンリョウソウの仲間(シャクジョウソウ亜科)。

菌従属栄養植物の中で、最も身近なのがこのギンリョウソウの仲間ではないでしょうか。
中でもギンリョウソウは、別名ユウレイタケなどとも呼ばれ、「菌従属栄養植物」という言葉は知らずとも、目にしたり聞いたりしたことある方も多いかと思います。

ですが身近なグループとはいえ、つい最近になって新種(キリシマギンリョウソウ)が見つかるなど、実はまだまだ謎も多い仲間です。

ギンリョウソウ Monotropastrum humile

最も有名かつ身近な菌従属栄養植物、それがこのギンリョウソウ Monotropastrum humile でしょう。

雑木林や社寺林といった身近な環境で見かけることができ、また発生地では個体数も多い傾向にある気がします。
しかし身近とはいえ、探すと意外と見つからないという、菌従属栄養植物らしい神出鬼没さも持ち合わせています。

2018年5月, 奈良県にて

そして、光合成色素を失ったことによる、「本当に植物なの?」と思ってしまうような、菌従属栄養植物らしい見た目もしています。
まさに、菌従属栄養植物の代表と言ってもいいでしょう。

ちなみに、見た目が似た別種にギンリョウソウモドキ(別名アキノギンリョウソウ)という種がありますが、むしろこれは後述するシャクジョウソウに近い種です。

シャクジョウソウ(?) Monotropa hypopitys?

シャクジョウソウ Monotropa hypopitys は、ギンリョウソウに近縁な別属(シャクジョウソウ属)の種で、姿かたちはギンリョウソウにやや似ています。
大きな相違点としては、シャクジョウソウは1つの花茎に複数の花がつくこと、そして色が薄黄色をしていることです。

シャクジョウソウ. Qwert1234 • CC BY-SA 4.0
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Monotropa_hypopithys_Japan_7.JPG#mw-jump-to-license より引用

そんなシャクジョウソウ、私もそれらしきものを見たことがあります。
それが下の写真。

2017年8月, 大阪府にて

キミなんか違くない?
一目見てお分かりかと思いますが、色がピンクです。
形態はシャクジョウソウによく似ているのですが、あまりにも色が違いすぎます。

今回の記事を執筆する動機の一つが、このシャクジョウソウ(?)の正体を知りたい!というものでした。

これくらいの色の変化は、シャクジョウソウの個体変異としてありうるのでしょうか?
それとも別種なのでしょうか?

詳しい方、ぜひお教えください。お願いします!


ホンゴウソウの仲間

さてさて、私が一番好きな菌従属栄養植物、それがホンゴウソウ属 Sciaphila の仲間です。
この記事のトップ画像も、ホンゴウソウ属の、その名もホンゴウソウ Sciaphila nana です。

ホンゴウソウの仲間の魅力は、なかなか一言では表せません。

  • これが植物?と思ってしまうほど特殊化した形態

  • 種ごとに少しずつ異なる色あいの、美しいワインレッドの色彩

  • 意外と高い種多様性と、まだまだ分類学的な新発見があるという謎の多さ

などなど。

また、私が本業(?)である冬虫夏草探しをしているからこそ見つけられるというのも、嬉しい点。
実はホンゴウソウの仲間、普通の植物としてはかなり小さいのです(だいたい草丈が2cmくらい)。前に植物屋の後輩に見せたときも、「これは(植物屋には)見つからない!」と小ささに驚いていました。

普通に植物を探しているだけでは見つからない小ささのホンゴウソウ。
ですがそのサイズ感が、むしろ冬虫夏草を探しているときの目にはピッタリきます。
それゆえに、自分の特技を生かせている感じで嬉しくなってしまうのです。

そんなホンゴウソウの仲間ですが、日本からは10種1変種が知られています(Suetsugu et Kinoshita 2020)。
今回は、そのうち私が見たことある3種をご紹介したいと思います。

ホンゴウソウ Sciaphila nana

その名も「ホンゴウソウ」という、ホンゴウソウ属の最普通種。
日本産のホンゴウソウ属で最も分布が広く、南西諸島から宮城県まで分布します。

2022年9月, 京都府にて.

本州に分布するホンゴウソウ属は本種とウエマツソウ Sciaphila tosaensis のみですので、本州でのフィールドワーク中に出会うホンゴウソウの仲間はほとんど本種です。

2021年12月, 大阪府にて.

最普通種というだけあって、私も南は石垣島から北は関東地方まで、幅広い範囲で観察しています。

ここまでの写真で一番目を引く、キイチゴのようなものは果実(雌花)でして、雄花は別に咲きます(雌雄異花)。

ホンゴウソウ属の種を同定するにあたっては、雄花が非常に重要なのですが、ほぼ通年見られる雌花や果実に対して、雄花は一年でも数週間しか見られません。
事実、ここまで載せた画像には咲いている雄花は一枚も写っていません(蕾は1枚目に写っている)。
そこが、ホンゴウソウ属の種同定の難しいところです。

2023年4月, 石垣島にて

ちなみに、ホンゴウソウの新鮮な雌花と雄花はこんな感じ。
拡大写真(右)の、左下のキイチゴ的なものが雌花、上に咲いている一見普通の花のような形をしたものが雄花です。

イシガキソウ Sciaphila multiflora

ホンゴウソウ属の多様性の中心はボルネオ島にある(Suetsugu et al. 2017)らしく、日本国内でも種多様性が高いのは南西諸島や伊豆・小笠原諸島などの南方です。

なので、本州では先のホンゴウソウとウエマツソウ(西日本以西)の2種しか見ることができません。

ですが、南西諸島に行けば話は別。
日本産ホンゴウソウ属10種のうち8種が、南西諸島に分布します。

私は昨年と今年の2回、冬虫夏草目当て石垣島を訪れ、その際に本州では見られないホンゴウソウの仲間も見ることができました。
そのうちの1種が、ここで紹介するイシガキソウ Sciaphila multiflora です。

2024年6月, 石垣島にて

先にご紹介したホンゴウソウに比べると、ホンゴウソウが紫っぽいのに対して、本種は朱色っぽい印象を受けます。

ノソコソウ Sciaphila corniculata

石垣島で見ることができたもう一種、それがノソコソウ Sciaphila corniculataです。
ノソコソウは、ソロモン諸島とインドネシアのパプア州という、南半球のみで知られてきましたが、2017年に石垣島で見つかり、日本そして北半球初記録となりました(Suetsugu et Sugimoto 2018)。

2024年6月, 石垣島にて

そんなレア種(?)のノソコソウですが、最大の特徴は雄花の花弁が全て同形で、その先端が糸状に伸びること。

雄花の拡大写真. 2024年6月, 石垣島にて

先のイシガキソウと同じく、ホンゴウソウに比べると色鮮やかで赤っぽいような印象を受けます。とても美しい種だと思います。

私が石垣島で冬虫夏草を探していたこの場所では、ここまでに紹介したホンゴウソウ属の3種が混じりあってたくさん生えてており、ホンゴウソウウォッチャー的には最高の場所でした。

また、石垣島はオモトソウというまた別種のホンゴウソウ属も見つかっており、ホンゴウソウ多様性の高い島であります。
最近は開発問題で揺れる石垣島ですが、願わくばこの場所の環境が、ずっと守られていくことを祈っています。

ヒナノシャクジョウの仲間

私の憧れにして、ホンゴウソウに引けを取らない魅力を持つ菌従属栄養植物の仲間が、ヒナノシャクジョウの仲間(ヒナノシャクジョウ科)です。
何しろ、ホンゴウソウ科とヒナノシャクジョウ科は、極めて形態の特殊化が進んでいるという意味で、菌従属栄養植物の中でも双璧をなしているのです。

特にヒナノシャクジョウ科には、本当に奇妙な形態をした種が多数所属しています。

有名どころだと、タヌキノショクダイヒナノボンボリなどでしょうか。
知らない方は、ぜひ検索してその姿に仰天してください。

さらに、ここで挙げたようなヒナノシャクジョウの仲間は、極めて発見例が少なかったり、発生地が限定されていたりとメチャメチャ珍しい種ばかりです。
つい先日も、コウベタヌキノショクダイの新産地が見つかったという報告がTwitterで話題でした。

そういった意味でも、私の憧れの菌従属栄養植物です。いつか見てみたい種ばかりです。

ヒナノシャクジョウ Burmannia championii

そんな珍種ぞろいのヒナノシャクジョウ科の中で唯一、比較的簡単に見ることが出来るのが、このヒナノシャクジョウ Burmannia championii
ヒナノシャクジョウ科の他の種に比べると見た目は控えめ(?)ですが、よくよく見てみると奥ゆかしい魅力があります。

2022年9月, 京都府にて

そういえばヒナノシャクジョウは、ホンゴウソウとセットでよく見かける印象があります。
この個体も、先に掲載したホンゴウソウと同所に発生していたものです。

2024年6月, 石垣島にて

石垣島でも、イシガキソウ・ノソコソウと同所で発生していました。
ホンゴウソウとセットで見られるということは、同じような菌に寄生しているのかな?と思っています。興味深いですね。


菌従属栄養のランの仲間

元々、ランの仲間はみなラン型菌根という寄生的な菌根を形成するので、菌従属栄養性の種もたくさんいます。

ランの仲間で面白いのは、部分的な菌従属栄養性の種から完全な菌従属栄養性の種までいること。
部分的な菌従属栄養性→完全な菌従属栄養性への進化が、ラン科の中の様々な系統で独立に生じているわけです。これは面白い!

さて、ここまで述べた通り、ほとんどのランの仲間は部分的な菌従属栄養性を持つわけです。
そのうち、光合成をする(葉を持つ)ものの、栽培が困難なレベルで菌類に栄養を依存する種としては、ネジバナやキンラン・ギンラン、サイハイランなどが身近にあります。

サイハイラン. 2023年6月, 茨城県にて

一方、光合成をしなくなった(葉がない)完全な菌従属栄養性の種も、マヤランやショウキラン、ヤツシロラン、タシロラン、ツチアケビ、ムヨウラン、タカツルランなどなど多数あります。

これらのうち、今回は私も何度か見かけたことがあるマヤランをご紹介しようと思います。
ちなみに、マヤラン以外にも、タシロランやツチアケビも見たことがあるのですが写真を撮ってませんでした……。反省。

マヤラン Cymbidium macrorhizon

2017年7月, 大阪府にて

完全な菌従属栄養性のランだと、一番普通なのがこのマヤラン Cymbidium macrorhizon ではないでしょうか。
自然豊かな山地に行かなければ見られないという訳では全然なく、むしろ公園などのちょっとしたところにも出現する、神出鬼没なヤツです。

地元の大阪で見かけて以来長らく出会えていなかったのですが、今年になって後輩がなんと学内で見つけてくれました。

驚き。
しかも、後輩くんによると一箇所だけではなく複数箇所で発生を確認しているとのこと。

シュンラン属(シンビジウム)に属するだけあって見た目も華やかで美しい本種、ぜひ身近な場所でも探してみてはいかがでしょう。
(なお見つけても見守るだけにしましょう!どうせ栽培できません)


あとがき

私が、冬虫夏草探しがてらサイドミッション的に観察してきた菌従属栄養植物たち。
今回の記事を書いたことで、年に1、2回出会うだけでも、8年も続けていると意外と多くの種に出会えているんだな、ということに気づけました。

とはいえ、本腰を入れて観察されている方と比べると足元にも及ばず、見てみたいなとは思っていても見れていない種もたくさんあります。

本州にも分布する種でいえば、ヤツシロランやムヨウランの仲間は、私はまだ見たことがありません。

特に、ヤツシロラン類は人工栽培が可能(!)ということが知られており、ぜひ種子だけでも入手して栽培に挑戦してみたい!と思っている今日この頃。
来年はヤツシロランを見れるといいな、と思って筆を置かせていただきます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

引用文献

Suetsugu, K. and A. Kinoshita 2020. Sciaphila kozushimensis (Triuridaceae), a new mycoheterotrophic plant from Kozu Island, Izu Islands, Japan, based on morphological and molecular data. Phytotaxa 436 (2): 157–166

Suetsugu, K. and T. Nishioka 2017. Sciaphila sugimotoi (Triuridaceae), a new mycoheterotrophic plant from Ishigaki Island, Japan. Phytotaxa 314: 279-284.

Kenji Suetsugu, Takaomi Sugimoto 2018.  First Record of the Mycoheterotrophic Plant Sciaphila corniculata (Triuridaceae) from Ishigaki Island, Ryukyu Islands, Japan, with Updated Description of its Morphology, in particular on Stylar Characteristics. Acta Phytotaxonomica et Geobotanica 69 (1): 69-74

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