#49 鶺鴒の話
筆者の職場の軒先に鶺鴒(セキレイ)が巣を作っている。もうすぐ巣立ちかもしれないが、雛の鳴き声もたまに聞こえてくる。鶺鴒は草むらの茂みや物陰など地面に営巣するものだとばかり思っていたので、はじめは燕(ツバメ)の巣だと思っていたが、雨風を凌げれば建物の下屋でもいいようだ。
遠目ではハクセキレイかセグロセキレイか分かりづらかったが、眼下部に白い部分が多いのでハクセキレイと思われる。実はハクセキレイは、20世紀以前は北海道や北東北にのみ分布する鳥であり、本州は主要な生息域ではなかったらしい。人間と近しい鳥であるため、人口増加や人家の広がりとともに生息域を広げていったと考えられている。たしかに鶺鴒はあまり人を怖がらず、かなり近づくことができる。地面を速足でチョコチョコと歩き回り、長い尾羽を上下に振るしぐさがかわいらしい。
かかる尾羽を上下させる動きは鶺鴒の特徴でもあり、『日本書紀』では鶺鴒のことを「にはくなふり」と記すが、尾羽を「ふる」動作を表現したものとされている。日本神話では国産みの伝承の中で、伊弉諾(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)に性交の方法を教える役割を担っており、尾羽を振る動作から性交を教えたのだという。婚礼調度品の鶺鴒台は、かかる夫婦和合の説話に由来するものと考えられている。一般的には州浜形の床飾りであり、雲形の足を持ち、台上には岩を根固めに鶺鴒のつがいを配置する。実際に鶺鴒はつがいで暮らすことが多く、中国語では「相思鳥」と呼ばれる。
基本的には水辺に棲む鳥であり、街中ではあまり意識されないが、鶺鴒を見かける場所の近くには川が流れていたりする。セグロセキレイもハクセキレイもおおむね人家近くで生活しており、カラスなどの天敵除けに人間を使っているのである。我が国では神の鳥として大切にしている地域もあり、出雲大社では神使とされている。東京都あきる野市、神奈川県松田町、青森県黒石市、岩手県盛岡市、福島県喜多方市、栃木県小山市、茨城県水戸市、兵庫県宝塚市、高知県高知市など自治体指定の鳥になることも多い。
なお、腹部が黄色いキセキレイは、山里に生息するためあまり見かけることが少ない。筆者は神奈川県伊勢原市の山地寄りの発掘現場で一度だけ見たことがある。今思い返してみれば、現場は川のすぐ近くであった。
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