総合型選抜と年内入試が高等教育に及ぼす影(2/2)
4.総合型選抜の目的と成果
文部科学省の『大学入学選抜における総合型選抜の導入効果に関する調査研究(成果報告書概要)』に回答を寄せた大学全体(n=765:大規模校n=60、中規模校n=118、小規模校n=587)には短大n=271も含まれており、在学生10,000人を超える大規模校と活用方法や選考基準を同列に論ずることはできないが、小規模校には、資格取得を目的としてされた大学(短大)も多く含まれることから、アドミッションポリシーが明確で具体的であり、得られるべき資格を目的として総合型選抜を受験するものが多く含まれていると推定される。と同時に、入学定員未充足校の大半が小規模校であることから、定員充足の有効な手段として、総合型選抜が利用されていることにまちがいはない。
問題は、大規模、中規模校である。それらの大学のアドミッションポリシーは、創立者のご高説を冒頭に掲げ、その大学、学部で学ぶ教育方法、カリキュラムが、大学、学部は違えども判で押したような文体で高らかに謳われており、受験生はこのポリシーに魅了されて、あまたの大学の中からその大学、学部を選択したとは到底考えられない。
大学が高校生時代の学力、活動、ポテンシャリティ、大学での学びに対する深い関心と意欲等々、多面的な側面から志願者を評価し、入学の合否を決定するのが「総合型」というのであれば、受験生は、その大学、学部、学科に対する(偏差値を含む)社会的評価、教育的評価、学術研究的評価、知名度等を多様な情報手段を駆使して入手、分析し、高校の教員、塾の講師等の助言を得て総合型選抜を出願しているのであって、出願書類の要をなすといってよい「志望理由書」は、塾の教師や両親の懇切丁寧な査読を踏まえて書かれたものも多く存在するであろう。今後は生成AIが代筆してくれることになるかもしれない。
他方、面接官は志願動機の深層心理的な分析能力を持っているとはとても思えないし、そういう教育を受ける機会も与えられているとは思えない。結局、印象評価を超えることはできない。面接官の判定基準を客観的に評価するシステムも総合型選抜には内包されていないし、事前に受験生に公表されてはいない(一般選抜については、文科省は受験年次の2年前にその内容、評価方法を公示すべきことを各大学に通達しているにもかかわらず)。
結局のところ、英語であれば、英検、GTEC、TOFEL等の外部試験の成績に依拠して判定しているとしか思えず、「何が総合型か?」という怨嗟の声を消すことができない。25年度入試より情報教育を受けた受験生が志願してくることになるが、面接官の「情報リテラシー」は、今後大学内において基礎共通教育科目となりつつあるデジタル・サイエンスの基礎を十分に踏まえたものになっているのであろうか?
5.「総合型選抜」の導入目的と課題
とはいいながら、少子化の進行、大学進学率の上昇傾向が引き続くかぎり、総合型選抜は、大規模、中規模校にとって、一般選抜の偏差値による大学の序列化と並んで、否、それ以上にそれぞれの大学のアイコンとなり、至高の評価基準となっていく可能性を有している。
▶「総合型選抜」導入の目的
そのためには、志願者を対象に、入学後に学力伴わず留年、退学といった不幸な結果を招くことにならないか、一般選抜入学者、学校推薦型選抜入学者、附属校、提携校からの進学者と足並みをそろえて大学生活を送ることができるか、高大接続プログラムでの学びに適切に対応できるか、つまるところアドミッションポリシーに適う志願者であるか否かを判定するために、事前に文字通りの「アドミッション・オフィス」に「入学」させ、「入学制」の適正を可能な限り客観的に精査する機能を大学側が用意すべきではなかろうか?そのために9月入学制度を導入しても何の差しさわりがないと思われる。すでに留学生、帰国生を対象に9月入学制を導入している大学は多数あるのだから。
▶「総合型選抜」導入の効果
他方、毎年度入学定員の確保が最大の経営課題となっている中規模校、小規模校にとっては、アドミッションポリシーと総合型選抜は、「定員の確保」の道具以外ではなく、年内入試で受験戦争の呪縛から一刻も早く解放されることを望んでいる受験生にとってはまたとない「進学マッチング」の場と化している。
▶「総合型選抜」導入課題
同じ総合型選抜と称しながら、選考基準、選考方法、選考評価等が透明性を欠き、公平性が担保されていない以上、すでに二極化しているこの選抜方法は、やがて瓦礫のように崩壊していく恐れがある。
総合型選抜の自然崩壊を未然に防ぐためには、本調査「5「総合型選抜」導入課題(n=655)」に示された各大学の苦悶を一つずつ解決していくより方便はない。
特徴的なものを例示しよう。
①「他の選抜方法より評価する観点の設計が難しい」:59.4%
②「他の選抜方法より評価結果の点数化が難しい」:54.1%
この二項目は、「総合型選抜」の根幹をなすものであり、それが平易で、「他の選抜方法」と有意な差を持たないような設計でなければ、一つの大学に全く異なる評価基準を有する選抜方法が併存することとなり、大学としての一体性を放棄していることを示すことになる。「多様性」と開き直っても、社会は入試制度の混乱に露わになった大学の腐敗を放置しないであろう。
その様な不幸な結果を招くことを防ぐためにこそ、「アドミッション・オフィス」を整備して、総合型選抜に関わる諸課題の解決を業務とする専門家集団を組織化することが求められる。
③「他の選抜方法保より、合否判定が難しい」:25.6%
④「 〃 受験生や高校に対し合否に関する説明が難しい」:26.2%
⑤「 〃 公平性を確保するための体制や手段の確立が難しい」:26.3%
⑥「 〃 選抜の実施に専門的な知識が要求される」:29.3%
①、②に比べれば低い数値になっているため、一見見過ごされる項目であるが、受験生や高校に合否の経緯を説明できない試験とは、もはや試験としての体裁を保っているとは言い難いし、③~⑥の課題に応えるために、くどいと吐き捨てられることを覚悟しつつ、あえて「アドミッション・オフィス」の早期の整備を求めなければならない。
⑦「他の選抜方法より十分な実施体制を整える負担が大きい」:52.0%
⑧「他の選抜方法より選抜に関係する業務時間が大きい」:56.9%
正直な現場の声として、一概に否定することはできないであろうが、当方も正直な声を出すとしたら、「総合型選抜を導入する資格はない。即刻撤退すべきだ」という以外ない。
6.年内試験の行く末
年内試験は、周知のように、この総合型選抜以外にも附属校、提携校からの進学、学校推薦型選抜(専願制)、学校推薦型選抜(公募制)からなり、年明けに共通テスト、大学ごとに多種多様な一般選抜が行われる。
朝日新聞の調べでは、2022年度の入試は、一般選抜からの入学者が全体の49.75%、総合型選抜による入学者が19.3%、学校推薦型選抜(専願制、公募制)31.0%とされているが、上述のように附属校、指定校からの進学がこれに加味されることとなる(大学側からこの数値を公表される例は、ほとんどない)。
専願制の学校推薦型選抜は、大学からの指定校の選定と通知によって決まるが、大学は有名進学校を指定することにより、できるだけ成績優秀な志願者を確保することに力を注ぎ、高校は少子化が大学より3年先行するため、経営基盤の強化を目的として、できるだけ上位校からの指定を得ることに力を注いできた。しかしここ数年、在籍者数より大学からの指定要望数が上回り、指定校制の意義が空洞化し始めている。
一方、所謂公募制推薦は、高校の推薦状を必要とするものの複数の大学に自由に出願することが可能であり、課される受験科目も一般選抜よりわずかな場合が多く、文字通り「青田刈り」と化している。
かくして総合型選抜と公募型選抜は、年内入試の主軸となりつつある(公募型選抜を総合型選抜と自称している大学さえ現れ始めている)。
大学全入の時代、多様な入試が、多様な学生を大学という高等教育機関に招き入れている現状は、社会が要求する現象の一つで、何ら否定するものではないが、そのようにして入学した大学での学びが、本人の成長と「予想不能な時代」(いつの時代も予測不能であったのでは?)の社会構造、産業構造の目まぐるしい変化に柔軟に対応することができるパーソナリティ―の醸成に役立つものであることを願ってやまない。