「JOL2020-3バスク語」の解説

本記事では、日本言語学オリンピック2020(JOL2020)の第3問、バスク語の問題の簡単な解説を行います。

問題には以下のリンクからアクセスできます。
https://iolingjapan.org/preparation/

問題の構成

それでは早速、問題を見てみましょう。

まずは、18個のバスク語の動詞について、それぞれ「完了分詞」「不完了分詞」という2つの形が与えられています。また、このうち7個の動詞については、「関連する名詞または形容詞」も与えられています。

そして、続く9つのバスク語の動詞については、「完了分詞」・「不完了分詞」・「関連する名詞または形容詞」のいずれかが欠けた形で与えられています。設問では、この欠けた部分を推測することになります。

そして、忘れられがちですが、問題の最後の「註」までしっかり読みましょう。ヒントになることが書いてある場合があります。

なお、JOL2020はマークシート式の試験でした。そのため、本問題も「空欄に入る語形としてもっとも(適切な / 考えにくい)ものを選んでマークしなさい」という4択の形式になっています。

ステップ1 分解

まずは、完了分詞と不完了分詞のそろっている18個の動詞について、この2つの分詞の関係を調べることにしましょう。具体的には、完了分詞から不完了分詞を導く(あるいはその逆をする)ことを目標にします。

コツとして、2つの分詞を比較して、共通する部分と異なる部分に分けて考えると、わかりやすくなります。

スクリーンショット (485)

整理すると上のようになります。(∅の記号は、何もないことを表します)

(追記:完全に先走ってしまったのですが、この段階では、1, 12 は apaizt-u, apaizt-en や hozt-u, hozt-enと分解されるべきですね。この場合、この解説で書いてることに加えて、ステップ2で、tu や ten にそろえたい、そろえた方が筋の通った規則を立てられそうだという発想をする必要がうまれます...)

ここで、たとえば3の atertu と atertzen が、なぜ atert-u と atert-zen のように分解されないのか疑問に思う方もいるでしょう。

この疑問の答えは註にあります。

tz は英語 cats の ts (=[t͡s]),

つまり、バスク語において、 tz は二重音字、つまり「綴りの上では2文字だけれども、発音は1つの子音」ということになります。このため、ここに区切りを入れないようにして考えるべきでしょう。

(尤も、ある程度定まった正書法を持つ言語の場合は、この原則に当てはまらない可能性もありますが、言語学オリンピックでよく出題されるような、表音的な表記法においては、まず二重音字は1文字の子音と同じように扱われるんじゃないかと思います。)

ステップ2 規則の発見

つぎに、表とにらめっこして、規則をまとめていきます。

まず、共通する部分は単語の前の方、異なる部分は単語の後ろの方であることが分かります。

そして、完了分詞の形にしたがってタイプに分けると、以下の①~④のようになります。

スクリーンショット (490)

ここで、③と④が非常にによく似ていること、さらに、tz+i, z+ten やts+i, s+ten とみると、②とも似ていることが分かります。

次に、①と②において、-ten と -tzen がどういう使い分けなのかを考えます。

スクリーンショット (488)

不完了分詞の形によって、はじめの表を並べ替えてみると、上のようになります。

不完了分詞に -ten が現れるものに注目すると、共通部分が -z か -s で終わっていることが分かります、そして、-tzen が現れるものには -z や -s で終わるものがありません。このことから、共通部分の最後の子音によって、ten と tzen を使い分けているようだと分かりました。

これで、だいたい完了分詞と不完了分詞の規則性が分かってきました。次のステップに移るまえに、見つけた規則の反例がないかを、実際に完了分詞から非完了分詞を作ってみて、もう一度確認しましょう。(追記:「保護する」も完了分詞と不完了分詞がすでに与えられているので、19個の動詞について確認することになります。)

反例がありましたね? jaiki の不完了分詞はタイプ②で導かれる jaiktzen ではなく、タイプ⑤で導かれる jaikitzen です。このことから、完了分詞の末尾が i のときは、直前の子音によって、②~⑤のどれになるかが決まると考えて、z, s, r, l の時はタイプ② tz, ts の時はそれぞれ③と④、k の時は⑤ということになります。

さて、伏線回収のお時間です。次の文章を思い出して下さい。

ここで、③と④が非常にによく似ていること、さらに、tz+i, z+ten やts+i, s+ten とみると、②とも似ていることが分かります。

実は、これらの場合にも ten の前にくる音は s, z です。この z や s が完了分詞の tz, ts の音変化したものだと考え、むりやり共通部分に含まれているものだとみなすことで、パターン②に統合することはできないでしょうか。

つまり、以下のような音変化の規則を考えるのです。

-tz + t- > -zt-
-ts + t- > -st-

さらに、このような音の変化は、既に一度見ています。そう、ten, tzen の使い分けです。これもまとめてしてしまうと次のようになります。

-z + tz- > -zt-
-s + tz- > -st-
-tz + tz- > -zt-
-ts + tz- > -st-

以上の規則を考えることで、

完了分詞がtuで終わる→ tu をとって tzen をつけると不完了分詞
完了分詞がzi, si, ri, li, tzi, tsi で終わる→iを取って tzen をつけると不完了分詞
それ以外→そのまま tzen をつけると不完了分詞

となって、とても簡潔にまとめることができます。

ステップ3 解答①

ここまでで、「関連する名詞または形容詞」の情報は使っていませんが、もう一部の問題は解いてしまうことができます。具体的には、「関連する名詞または形容詞」の情報がない [22] [25] [26] [28] です。

[22]は、完了分詞の末尾が、①~④のどれにも当てはまらないので、⑤のタイプで、igotzenとなるため、答えは d. となります。

[25]は、完了分詞の末尾が ki なので、タイプ⑤が適用されて、irekitzenとなるため、答えは d. となります。

[26]は、完了分詞の末尾がtxiなので、上の規則からはタイプ⑤のように思われます。しかし、tz, ts, tx がそれぞれ「破擦音」という似た音であることを考えると、タイプ③や④から、ixten という形が類推され、答えは a. となります。

[28]は、タイプ①の結果だと考えれば uztu、タイプ②の結果だと考えればuzi、タイプ④の結果だと考えれば utziとなるので、考えにくいのは d. となります。

ちなみに、[30]は、タイプ①の結果だと考えれば erortu、タイプ②の結果だと考えれば erori となるので、考えにくいのは b. と d. で絞り切れないので、後回しにする必要があります。

ステップ4 2度目の分解

では、「関連する名詞または形容詞」と、今まで見てきた2つの分詞の関係を見ていきましょう。

スクリーンショット (492)

明らかに、完了分詞が -tuであり、不完了分詞が -tzen (-ten) のタイプしか現れませんね。

ここまで、この記事を読み進めて下さった方には、もうお分かりの事でしょう。名詞・形容詞から完了分詞をつくるプロセスにも、先ほどのとよく似た音変化が潜んでいます。ただし、5のrri の場合と、17のdi の場合は、ここで初めて登場するので、規則に加えておく必要があります。

-(t)z + t(z) > -zt-
-(t)s + t(z) > -st-
-rr + t > -rt-
 -rr + tz > -rtz-

※括弧内はあってもなくてもよい

ステップ5 解答②

ここまでで、すべての分析は終わりました。例によって、規則ですべて説明できるか確認してから、解答に移りましょう。

[21]は、garbiがもとになっているので、タイプ⑤で(実際には存在しませんが)完了分詞の garbitu が想定でき、これはタイプ①なので不完了分詞が garbitzen だと分かります。よって答えは d. となります。

[23]と[24]は、ikatzがもとになっているので、タイプ③で、完了分詞がikaztu、不完了分詞が ikazten となり、それぞれ答えは c. と a. です。

[27]は、もとになった itsusi からも不完了分詞itsustenからもわかりますが、完了分詞は itsustu なので d. となります。

[29]は、タイプ①と考えれば bebes、タイプ②と考えれば bebesi、タイプ④と考えれば bebetsi なので、最も考えにくいのは c. となります。

[30]は、さきほど b. か d. の2択まで絞りましたが、-rr + t > -rt- の規則が新しく見つかったので、b. erorri も適切であるとわかりました。したがって、考えにくいのは d. となります。

総括

註もしっかり読もう!
慣れと忖度も実力の内!

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