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【寝前小説】:ジャスミンティー
ジャスミンティーが嫌いだ。美味しくない。独特な味から木造の床を惨めに舐めたような感覚に襲われる。敗北の味だ。
苦かった。
上手くできない自分への罰か反抗か、僕は最期の味にジャスミンティーを選んだ。
この春今の会社に入社し、新社会人となった。
入社した当初は懸命に働いて会社を変えてやろうと意気込んでいた。
だが、僕のやる気は空回りし、会社を変えるどころか人並みの仕事すら満足にこなせなくなっていった。
自分の目指す理想と戦った僕は打ちひしがれ、ことごとく負けていったのだった。
橋に寄りかかって目を落とす。
僕は社会という川で上手く泳げず、流れに飲み込まれ、流されたようだ。 子供の頃はよく川で泳いだ。
「あの頃はよく泳いだな…」
他意はなかった。
大した理由もなく物語の主人公かのような含みのあるセリフを吐いてしまった。
僕は最期の僕に花を持たせているのかもしれない。
人並みに仕事もこなせず、負け続けてきた僕だというのにだ。
持たせる花もないであろうに。
考えると笑えてきた。
いつから主人公を気取っていたんだろう。というより、いったいいつから主人公じゃなくなったんだろう。
だいたい川に泳ぎに行った僕は浮き輪に掴まって流されていただけだ。楽しかった。
思えば自分の理想に打ち勝ったことなんてあっただろうか。
でも楽しかった。
だから主人公だった。
ジャスミンティーを飲んだ。
意外とおいしいのかもしれない。