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【寝前小説】残暑もまだ暑い

坂を上る
坂を上った先で
キラキラとした水面を眼前に見ながら
急勾配の坂をきれいにブレーキを使って家路につく

 

限界だった。
会社に行く時間だったが俺の身体はベッドから起き上がらなかった。
携帯が鳴り止まなかった日はいつだろう
親が帰ってこいと言った日はいつだろう
いや、思い出したって意味はない
俺は早く社会に復帰しないといけないのだ
自分の居た社会という場を思い出すと吐き気がした
手で口もとをおさえる
ジョボジョボと音が聞こえた
手に持っていたラムネがこぼれていたようだ
ラムネを心配するよりもっとやることがあるんじゃないか…
ここまでの人生、学業も人間関係も頑張ってきたつもりだ
でもそれは何も実を結ばなかったのだ
俺の頑張りは一瞬で傾き、こぼれていった
俺の人生はなんの意味もなさなかったのだ
最後のラムネが雫となってこぼれ落ちた



思い出した
この辺に友達の家があるんだった
用がある訳じゃない
ただただ会いたかった

「よぉ…。」
「…おお   久しぶり」
「…。」
「…どしたよ」
「あの…さ」
「…。」
「チャリ…貸して」
「…いいぜ」
カギを受け取り特に会話も無く自転車に跨る


理由は聞かれなかった
急に来て理由も無く自転車を借りる…俺がされたら正直普通に嫌だ
けど何も聞かれなかった
俺はペダルを踏みながらえもいわれぬ安堵感に涙が出そうになった


坂を上る
自転車がギシギシと音をたてる
額から汗が滴り落ち、手の甲に沈む
体力が落ちているのだろう 息遣いが荒くなる
体力はまたつけられる
今はこの息遣いが心地良い
坂で隠れていた光が少しずつ差し込んでくる

眼前にキラキラと光る水面が見える
急勾配の坂をブレーキもかけずに進んで行く
腕が風を切っていき
自転車がギシギシと泣く
それでも気にせずただ風を切っていく


最後までこぼれたと思っていたラムネはまだわずかに残っていた
最後の甘いラムネを飲み干して捨て、ペダルを踏む
夏はまだこれからだ

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