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初めての #ボードゲーム 制作記⑧

進捗ありません。

「このゲームが上手く行かない」は徐々に分かるようになってきましたが、「どうすればゲームになる」かはまだ自分の中でしっくり来ておりません。

一度作ろうとしたゲームを没にしてなお、ゲームを作ろうとなんてするもんじゃないです。いや本当に。

ただここで引き下がるのも悔しいので、ゲムマ申し込みまでは粘ってみようかなと思います。


さて定期報告としてはこれで終わりなのですが、それではあまりにも寂しいので思考メモを少しだけ残してみます。

〜以下メモ〜

ゲームをプレイしていて"自然で無い"アクションには違和感が生じてしまいます。これはフレーバーに適合していないといったゲームの世界観の話だけでなく、一般的な常識から外れていたり、別ゲームの経験に沿わない場合にも起こってしまいます。そして"自然で無い"アクションはゲーム体験を著しく下げてしまうことでしょう。

何を当たり前と思ってしまいがちですが、私は頻繁に見逃していました。

例えば、「カードを獲得する」というアクションを実装したいとします。ここで"獲得"とは"プレイヤーの選択によって決定される"という前提が多くのプレイヤーに自然と共有されています。そのため、獲得を実装する際に"ドロー"のようなランダム性が高いものを採用してしまうと、プレイヤーはストレスを感じてしまうのです。

プレイヤーが有無を言わさず獲得するものは、ドミニオンにおける呪いのようなデメリットで獲得させられてしまうものの方が無難でしょう。

ただし、獲得にランダム性が実装できないかといわれるとそうではありません。StS系のローグライクでは、ランダムに選ばれたカードからカードを獲得せざるを得ないという状況がしばしば発生します。そのような状況であれ、最後の選択肢をプレイヤーにゆだねることで、(獲得したくなかったという思いはあるでしょうが)プレイヤーに一定の納得感を与えることができます。


もう少し深堀りして、獲得とドローの違いを考えてみましょう。私はこの違いはある種の領域移動の有無にあるのではないかと思います

獲得する前のモノは公共的な領域にあります。これは共通の山札であったり、サプライのような売り場だったり様々です。それに対して"獲得"を行うことで自分のデッキや盤面のような私的領域にソレを移動することができるのです。

ここで大事なのは自分のデッキや盤面のようなものを作り上げるゲーム性が存在した場合、そこに何かを入れる行為は獲得になるということです。ゲーム上の動作ではありません。これ自分がどんなゲーム作ってるかを見失うと容易に実装方法を間違います(というか何度も間違えました)。

(宗教上の理由でやらないので詳細は分かりませんが、麻雀のツモは獲得の境界線のような気もします。)

以上。あくまで素人意見なので参考までに。加えてゲーム制作において、これをやるとミスるはやらなければ面白くなると同義ではないため注意。

来週は形にしたいですね。



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うりはり
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