【掌編】きっと明日は角煮祭【ML】
僕がいる会社では、社員同士の口論は日常茶飯事だ。
そんなに大きくもない部品製作会社である。苗字よりも名前、名前よりも通称が知れ渡っている位の近い距離――敢えて嫌な言い方をすればなあなあな関係でありながら『ネジ』さんと『まこ』さんは今日も殺伐とした雰囲気をまき散らして、事務方のお局様こと『ユミ』さんに呆れられていた。
ネジさんは製作現場の所長であり、通称の通りに螺子をはじめとした金属小物等の管理をしている。好きこそものの何とやらで、新たな仕様の設計をしては営業と製作を集めてああでもないこうでもないと議論を交わし、モノ作りに情熱を燃やす男だ。
まこさんは事務所内の見積書や請求書、また経理も兼ねて日々書面と計算ソフトに囲まれている。穏やかな音の名ではあるが、現場や営業の走り書きにも似た依頼書や予定表に雷を落とす程度には苛烈な性格をしている。
「だから、別に買うなって言ってるんじゃないんだよ。消耗品だってのも分かっているんだ。ただ、だ。ただ読める様に品番を書けって言っているんだ」
「だ、だ、だ、だ、とうるッせえなぁ、書いてんだろうがよ、日本語読めねぇのか!」
「お前の!字が!きたねえんだよ!わかるか、これで発注ミスったらそっちの流れも滞るし、発注した若手が気まずい思いをするんだ。若手が悪いというなよ?読めるように書いてないお前が悪いんだからな!」
今日も始まった小さな注文からの言い争いにユミさんがやれやれとため息をついて容赦なくラジオの音量を上げた。
所で僕は知っている。ヒートアップしようがクールダウンしようが、毎日変わらずネジさんとまこさんのお弁当の中身が同じ事を。今だって口喧嘩しながらラジオのパーソナリティが紹介している角煮レシピに若干意識が向かっている事を。
「まこちゃん、今日タカダで卵安いって」
「……そうかい」
「ネジさん卵はやっこいのと固いのどっちが好きなんすか」
「あん? ……俺ぁ固ゆでが好きかなあ」
僕とユミさんがそれぞれに声をかけると今日の喧嘩は終了だ。明日の二人の弁当箱には、きっとレシピ通りの角煮と固ゆで卵が詰められているに違いない。
喧嘩するほど仲が良いとはきっとこういう事を言うんだろう。実の所、このやりとりは嫌いじゃないなんて思っていて。
お詫び代わりに作ってくれるお裾分けの角煮をほんのり楽しみに、僕は業務に戻る事にした。