なにかが変わる弟子屈暮らし vol.17
東京都出身神奈川育ち一度も地方に住んだことがないのに、好きなだけで阿寒摩周国立公園の町 弟子屈町(てしかがちょう)に住んでみた感想や実体験を綴ります。 自分の心の変化の記録ですが、北海道への移住を検討中の方々の参考となれば幸いです。
-5℃より高いと「まあ今日は暖かいな」という日々がやってきたこの頃、最強寒波襲来のネットニュース。
弟子屈の天気予報を確認すると、最低気温は-15℃とあり「そうでもない」感覚。
関東の友人が期待を込めて「寒波はどうか?」とわざわざ聞いてくるが、むしろ普段のよく晴れた日の方が放射冷却で気温は-25℃近くまでグッと下がっている。
ただ強風は身体の体温をジワジワ奪ってきて、すこしの時間外に出ていたら肺が痛い気がして車に戻った。
去年は寒さで体調を崩したこともあり、今年は念入りに腹にカイロを貼り付けている。
弟子屈で過ごす初めての正月
仕事の関係で正月は弟子屈で過ごす事となった。
過ごすといっても仕事なので特に出掛けたりとかはないのだが、年末スーパーへ行くと鯛の形をしたド派手な落雁や大きなタラバガニや毛蟹、北海シマエビなど贈答品レベルの海鮮が普通に陳列されている景色が、地元のそれとは異なり新鮮だった。
元旦、摩周湖に初日の出を拝みにトルクの頼もしい某車にて坂を登る。摩周湖へ向かう道にテールランプが連なっているのは初めてみる光景だった。
甘納豆のお赤飯もはじめて食べた。
1950年代、忙しいお母さんのためにと札幌の光塩学園の南部明子氏によって考案されたのがはじまりと言われており、今も北海道では赤飯といえば、食紅に甘納豆を混ぜて炊いたピンク色の甘いものになる。
小豆ももちろん美味しいが、私はこっちの方が好みかもしれない。おはぎが好きな人は向いているだろう。
森から聴こえる音
この日は川湯ビジターセンターの皆さんと一緒にアカエゾマツの森を歩く。
私が時間を逆算できないせいで、午前中に行くと言って着いたのが14時になってしまった。それからまた話し込んで、さあようやく行くかという頃には日は傾き。背が高く、もともと光が入りにくい針葉樹林の森は、だいぶ薄暗くなっていた。
それでも随分と日が伸びたなぁと思う。
最近、クリスマスの起源は冬至の祝祭日だと聞いて、なるほど、日長が延びることを祝う気持ちがよくわかるような気がした。
森を歩いているとコンコンと音が響いた。
初めて聞いた音だった。
「誰かが木魚叩いてる」
そんな感じの音だ。どうやら日中あったまった後に急激に冷え込むとこんな音がするらしい。
普段からよく歩いている人たちもみな一様になんだろうねと言っていた。
厳寒期の洗車とは
新しい車になってからよくコイン洗車をする様になった。
水洗い→シャンプー→水洗いのコースを選ぶ。ボディの泥と融雪剤を落とす。
水をかけた場所から凍っていく。
スポンジを取ろうと思ったら車の中で凍って張り付いていた。
タイヤのところに付いた雪を取るのが好きで、黒くなった雪がくっついているのを見かけると、他人の車でも蹴りたくなる。
休みの日に洗車する訳だが、一日大して何もしてなかったとしてもたった6分、洗車をしたという事実がどういう訳かその労力以上の満足感を生む。心なしか光った車が嬉しそうにこちらをみているような。まあ、すぐ泥だらけになるのだが。
美しいクッチャロの氷
-20℃を越える厳しい冷え込みが続いたあと強風が吹いたある日、釧路川源流を漂う氷をみた。
釧路川源流の入り口となる眺湖橋へ行く。
ここは屈斜路(くっしゃろ)の語源のひとつとされる喉元(アイヌ語でクッチャロ)の場所だ。
これが厳寒期の合図でこれから湖が凍るのだという。さらに冷えるだなんて勘弁してほしいと思う。なんだか去年よりも寒く感じる。