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創作小話 三日月/焚火/紫色の
一次創作短編小説です。新社会人になる4月を控えた大学生のお話。
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3月3日、ひな祭り。こち亀の両さんの誕生日。
4月から新社会人というプレッシャーの薄い膜が身体にまとわりついているのか、普段ならアラームなしに起きることなんてまずできないのに、なぜかすっと目が覚めて、枕もとのスマホを傾けるとまだ6時にもなっていなかった。
2月の末にやってもらったバイト先の送別会でもらった花束を、扱いも分からず適当なコップに水を差して飾っていたが、もうくたびれてる。
「引っ越しの準備、しなきゃ」
大学入学を機に学生向けのアパートで独り暮らしを始めた。この小さな部屋で暮らしたのは実家で過ごしたよりずっと短い期間なのに、部屋丸ごと自分の身体みたいな感覚になっていた。
何を置いても、どれだけ散らかしても誰かに何を言われるわけでもない。
ロフトから降りる梯子に足をかけながら、引っ越し先にはロフトなんてないし狭くなるから、捨てられるものは捨てないとと考える。引っ越しまでに可燃ごみの日が1回しかないから、そろそろ焦らないといけない。
焦らなくてはいけないのだけど、そういう時に限って、早起きしたことだしちゃんと朝食でも取るかという気分になってくる。お湯を沸かして、お茶でも入れよう。なんか前にもらったティーパックがあったはず。そういうのをどんどん使っていくのも断捨離だよね。と心の中でごちながら、電気ケトルのスイッチを入れた。
朝ごはんになるものを探すが、すぐ食べれそうなものが先月賞味期限が切れたカロリーメイトしかない。ここのところ昼前に起きることが多くて、朝食という朝食を用意しておくという習慣が欠けていた。乾麵類ならあるが、鍋で湯を沸かすのはやりすぎな気がした。
上は寝巻のまま、下だけ替えてコートを羽織った。髪を気持ち整えて、マスクをして家を出た。この時間なら誰かに会うこともないだろう。
コンビニで惣菜パンとゆで卵を買って、レジに持っていくと、なんとなく欲が出て煙草とライターを買った。ライターなんて家にいくらでもあるのに。コンビニの店員は大学生バイトのようで、おそらく夜勤だろうに疲れを見せずテキパキと接客してくれた。ひとつふたつ年下だろうか。
天気がよくて良かった。のんびり歩いて家に向かう。途中に橋があって、その真ん中で川を見下ろした。たぶん支流で、大きくはない。きれいでも汚くもないけど、魚が泳いでいたり、鷺がいたりする程度には川らしい川だ。ここに越してきたとき、この景色にホッとした覚えがある。
川は途中で南に逸れているけど、わりと遠くまで見通せていい。あたりは静かで、コンビニのある通りはときたま車が通ったが、人も車も少ない。ちょうど6時になる頃か。家を出たときはまだ薄暗かったのに、少しずつ朝の空になっている。
煙草のフィルムをはがして、一本火をつける。
「加藤?」
馴染みのある声がして振り向くと、サークルの同期の高橋がいた。
「え、どうしたん。早起きだね」
「や、カエルんちで麻雀してた。帰るとこ」
「カエちゃんってもう越したんじゃなかったっけ」
「あいつさ、引っ越しは終わったけど、なんか荷造り終わんなかったとかでムスんち泊まって片付けてるらしい」
「うわ、他人事じゃないわ~」
高橋が手元の煙草に目をやったのに気付いて、いるか仕草で聞いてみたが、首を振られた。
「引っ越しいつなん」
「次の木曜日」
「ファイトな~。…篠原はいつ引っ越しか知ってる?」
「自分で聞けばいいじゃん。あー、いや、シノは1月末に早々に越してたよ」
「あー…そか。了解。どうもどうもね。ほんじゃ元気で」
「うん、そっちも。まあまた集まろうや。おやすみ」
シノと高橋は2年くらい付き合ってて、去年の夏くらいに別れた。別に喧嘩別れと言うわけでもなさそうだったが、いまさら友達というにはぎこちない感じで、そういうもんかと思う。
川を観ながら、昔シノに勧められた読んだ本を思い出す。水の上は何もないからいい、みたいなことを登場人物が話していた。話の本筋ではないけど、そのやりとりが頭に残っている。だれかの言葉が、頭に棲んでいる。
シノは今頃寝てるだろうな。この近くに住んでいたのに、引き渡しの都合だとかで早々に都心部に引っ越していった。今日は何をするんだろう。連絡してみようか。
携帯灰皿を持っていなかったので、地面で煙草の火を消して、吸殻を手にもってそそくさと家に向かう。あまりに間抜けな姿だから、今こそは誰にも会いたくない。
家に着くとパンを食べながら、さっき淹れて冷めた紅茶を飲む。ダンボールとゴミ袋を開いて、作業を進めていった。社会人になったら古着は着れないのかなと思いながら、あまり着てないものをゴミ袋に詰めていく。服は軽いけどスペースを取って、思ったよりダンボールを消費してしまった。
「食器…?」
この際いくらか処分したいけど、食器って何ゴミなんだろう。危険物?割れてなければ不燃ごみなのか?調べればいいのだけど、要らなければ引っ越し後に捨てればいいやと、後回し癖が出て、とりあえず緩衝材に包んで詰め込んでいった。ダンボールひと箱で済んだけど、かなり重い。
作業しながら気づいたことだが、今日も可燃ごみの日だった。なんとか8時までに捨てられるものはまとめてしまいたい。テキパキ動いていると温かくなってきて暖房を止めた。
漫画や小説類は迷いなくダンボールに詰めたが、雑誌類は捨てる。絶妙に思い入れのある空いた酒瓶も捨てることにした。教科書とノートは悩みながら選別。こういうのは資源ごみだよな。
タオル類は新調してもいいけど、まだもう少しここで暮らすわけだし、次のごみの日でいいや。買ってすぐしか使わなかった小さいキッチン家電類は、捨て方が分からないからとりあえず持っていこう。
プレゼントの包み紙、雑貨の入ってた空き箱、お菓子の入ってた缶類。こういうのが一番悩む。雑貨類を乱雑に置いている棚を片付けていると、奥に紫色のキャンドルを見つけた。
一昨年の誕生日プレゼントにシノがくれたものだった。何度か火をつけた形跡が残ってる。さっきコンビニで買ったライターで火をつける。ちなみにライターは片付け中に4本出てきた。
”これね、焚火の音がするの。良くない?”
明るい声でプレゼントの説明をしてくれたシノ。キャンドルなんて洒落たものを使う文化がなく、少々面食らっていた自分を差し置いて、シノはプレゼント包装を自ら破って見せてくれた。
”ネットで見つけていいな~と思って!自分用にも買っちゃった。ほら、お揃いで!”
色違いのキャンドルの写真を見せながら、通販だから香りのイメージがいまいち分からなくて、好きじゃないニオイだったらごめんねと眉を落としていた。
キャンドルの芯に火をつけると、パチパチと焚火の音がした。ラベンダーがベースだったはずの香りは、あの時は優しい香りに思ったけど、今は甘ったるく感じる。
シノとはサークルの新歓キャンプで出会った。サークルの活動内容はキャンプとは全く関係がないのだけど、新歓イベントとしては恒例らしく、その後自分も歓迎する側で参加していた。
1年生の頃、まだ18歳で、田舎から出てきて一人暮らしを始めて、さみしさと自由で身体が軽かった。キャンプといいつつ基本はコテージ内で過ごす形だったけど、夜に焚火を囲っていろんな人と話す時間があって、本当は先輩と交流を深める趣旨だったんだろうけど、私とシノはずっと二人で喋っていた。シノが屈託なく笑うから、私は自分が面白い人間になったような気がして気持ちよくなんでも話してた。
4月のキャンプ場は寒くて、コテージに戻る人も多かったけど、私とシノは焚火にあたりながらずっと話していて、あとから先輩たちに幼馴染なんだと思ったと言われてまた笑った。
それからシノはサークルと学部が同じ高橋と付き合って、わりと長く続いて、その間も私とは仲良く、二人で遊びに出かけたりお互いの家に行くことも多かった。私も何人か付き合ったり別れたりして、それなりに大学生らしく過ごしてきたと思う。
シノへの感情を単に友情とは言い難いような気がしていた。その思いはシノが高橋と付き合ったときと別れたときに特に強くなった。素直になんでもは話せなくなってしまって、そんな私のことをシノがどう思っているかは分からない。
パチパチと音がなる。優しい煙が、甘い香を運ぶ。
対抗するように煙草に火をつけた。
シノはちゃんとしている。成績優秀者にも選ばれていたし、大手らしいメーカーに就職も決まった。人当たりもよくて、私以外にもたくさん友人がいるし、社会に出てからも活躍するだろう。たぶん私のシノへの感情は、嫉妬や僻みに分類されるものだと思う。でもそんなこと恥ずかしくて誰にも言えない。
ピピピとアラームが鳴った。8時のごみ回収に間に合うようにセットしておいたものだ。期待ほど進捗はなかったが、2つできたごみ袋を持ってアパートのごみ捨て場に運ぶ。
もうすっかり晴れた青い空で、夜の名残もない。太陽の方に目を向けると、白く細い月が見えた気がしたけど、気のせいかもしれない。
明るいところに出たから、部屋に戻るとやけに暗く感じて、付けっぱなしのキャンドルも弱弱しく見えた。蓋をして、火を消す。キャンドルは全然減らなくて、捨て方も分からないから、捨てられない。
”三日月は太陽と同じ方向に出るから日中は見れないんだよ。夕方に見てみるといいよ”
シノの言葉が、頭に棲んでいる。
あとがき
お題メーカーでランダムに出たお題で小話を書いてみました。
焚火の音のするキャンドルは
カメヤマローソクさんのWoodWickをイメージしてます。