そこに花がさいている
きのうはトラクター仕事をしていた。
未整備の狭い田んぼを耕していると、その田んぼと田んぼの間の細い道を、押し車を押しながら高齢の女性がとことこと歩いて行った。
どこへ行くのかなあと思って見ていたら
わたしの実家の地域では、耕作しなくなった田んぼや畑にコスモスを植える取組をしていて、毎年この時期に花を咲かせてくれる。
ここでべつの高齢の女性と待ち合わせをしていたのか、
偶然会ったのかわからないけど、
しばらくお話しをしたあと、二人で帰路についた。
そこに花がさいているだけで、場所になる。
待ち合わせ場所に、
話す場所に、
写真を撮る場所に、
訪れる場所に、
立ち止まる場所に、
なる。
花ってすごいなあ。
小学生のとき、学習発表会で「花さき山」の主人公のあやを演じた。
花さき山の話って、現代では自己犠牲の話だと思われてるのかな。
もちろん、自己犠牲的な側面はあると思う。
だけど生きていく上で大事な鍵のようなもの、
「自分を自分で律する」ということにわたしは出合えた。
くやしかったり崩れそうだったり「どうして自分ばっかり」と思うことが重なったり、
人生は思いがけないことがたくさん起きて、
そのときは足元がぐらぐらする。
ほんとうに立っていられなくなるときは横になって休んだらいいのだけれど、
ふんばってがんばらないといけないときもある。
だれかになにかをもらえることはすごくうれしい。
この間ももらって、めちゃくちゃうれしかったばかり!
でもそんなラッキーはやたらめったらには訪れない。
だからだれかになにかをもらわなくても、
自分で、自分を、立たせることができる力を持ちたい。
その力をくれる本だなあと思ってる。
「あっ!いま花さき山で、おらの花がさいてるな」
と思う生き方をしたいな。
地元のコスモスは、おっちゃんらが植えてくれたコスモスで花さき山の花じゃないけど、
そこに花がさいているということ、
花がさくということ、
その喜びをもらった一日の終わりでした。