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2024-3-4

本格的に政治活動をはじめて1ヶ月以上が経った。
今回情報発信のメインをInstagramにしていて、そちらの更新を心がけていたらnoteが書けなくなってしまっていた。
時間配分むずかしいし、同時にたくさんのことがわたしはできないんだな~。

今はリーフレットのポスティングをほぼ毎日していて、一日2万歩以上歩く日々を送っている。
そんな日々を1ヶ月過ごしたら、最近は疲れがたまってしまったのか玄関で腰を下ろすと立ち上がれない。

ポスティングをして、たくさんのことを味わっている。

とにかく風景が美しい。
それは同時に生活での困難も持ち合わせていると思う。
なぜそう思うかというと、町の中心部では、自然とカメラを構えてしまうような風景は少ないからだ。
風景の美しさと生活の困難さは親和性が高いと言える。

そして一人ひとりの人生が、ドラマティックだということ。
庭先におられるかたとはお話ししながらポスティングしていて、
当たり前なんだけど、
どんな人にも、そのかたの生きてきた歴史がある。
そしてそれがとてもドラマティックなのだ。

今日はもうすぐ90歳になるという女性のかたが、家の前の畑で仕事をされていた。
・子どもたちは都会へ出てしまってなかなか会えないこと。
・車もないから買い物へ行くのも一苦労で、子どもたちへ米を送っていたのもやめたこと。
・子どもたちは米を店で買うことに抵抗がなかったこと。
・一人で住むには大屋敷は大変なこと。
・昔はお祭りのときはごちそうを用意してみんなで集まっていたこと。
・今の毎日の食事はそのときのごちそうみたいだということ。
・7キロある親戚の家まで歩いて行っていたこと。

前は、もう96歳だという女性のかたが、こちらも家の前の畑で仕事をされていた。
・戦後17歳で嫁いできたこと
・子ども三人を育てるのに土方したり縫製工場で働いたりとにかく働きづめだったこと
・姑さんにはとっても意地悪されてつらかったこと
・自分の人生をふり返るとつまらんかったなあと思うこと
・息子が同じ町に住んでいて、病院や買い物に連れてってくれること
・記憶力が低下してきたので、一日の出来事を帳面につけていること

高齢のかたの慎ましい暮らしを見るたびに、自分の贅沢さ、傲慢さを思い知る。
畑を耕し自分の食べるものを育て、庭や家を保とうと晴れた日は仕事をする。
単純に「昔に戻れ」とは思わないけれど、こうした高齢のかたの人生からは、学ぶことがたくさんあるとわたしは思う。
特別なことなんて何にもしなくていいのだけれど、
家族が居なくなっていく世代や世帯の人と分かち合う場づくりを、日常の暮らしの中でできないものかな、
そんなことを考える。

大変なこと、苦しいこともあるけれど、
それでも生きてきてよかったな、
ここで暮らしてきてよかったな、と
思える瞬間がどんな人にもあってほしい。
その瞬間が連続して、人生が続いていってほしい。
要は一人一人の中に、希望の炎が、どんなに小さくなろうとも弱くなろうとも、決して消えることなく灯されたままであること。
そういう社会にしたい。
いろいろなものが満たない、減らされていく地方で、そういう暮らしを続けていくには「何」が「どう」必要なのか。
それは全体から見下ろすのではなく、
一人ひとりの人生から考えていきたい。
その立場をあらためて、今回の活動でわたしは明確に感じています。

また、
高齢になって、身体が思うように動かなくなり、現役世代ではなくなった途端に、社会からまるでお荷物のように扱われる現代に、やっぱりわたしは抗いたい。
それは何も年齢だけじゃない。
ケガをしたり、病気になったり、障害を負ったりしたら、今はそういう目にあうんじゃないだろうか。
無意識に社会全体が「生産性」とか「役に立つ」とかで人をはかっているのではないだろうか。
子どもに対しても「将来の納税者」という目線で見ていないか。
その渦の中に、もちろん自分も入っている。

どうしてこんなに社会は疲弊してしまうのだろう。
今わたしは毎日クタクタに疲れているが、疲れたらそうなってしまうんだろうか。
時間に余裕もなくてタスク処理が追いついていないけれど、余裕がなくなるとそうなってしまうんだろうか。
逆にお金や時間が満たされていれば、それはなくなるのだろうか。

社会が他者に寛容さを持ち合わすためには、いったい何が必要なんだろう。

夕方のニュースを伝えるテレビでは、
株価が最高値を記録して、金テープが舞っていた。




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