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【書く】染まる

朝晩七時にお題が届く執筆アプリ「書く」より
お題:染まる


「東京に染まるなよ」と言われた。

上京して約半年。実家の自室よりも狭いワンルームで、ふとそのことを思い出す。
そう言ったのは誰だっけな。家族だったか、友人だったか、親戚か、東京で出会ったクラスメイトか、はたまたネット上の知り合いか。
「東京はいいぞ」という言葉は聞かない。少なくとも私のまわりでは。私も「東京はいいぞ」と思っていたのは、最初の二ヶ月くらいだった。

利便性は人を急かす。強欲に、我儘に、自己中心的にさせる。かといって世界はそんな人間を許さないので、東京にいる人たちは、胸の中にどろりとした欲を抱えながら、私は決してそんなことありませんよ、みたいな顔をしている。たまに欲を剥き出しにして街を歩いている人もいるが、大抵はすましている。皆誰かを必要としているのに、誰かに必要とされる余裕がない。利便性が急かすためだ。電車が、会社が、街が、世界が、私たちの焦燥感を煽りに煽る。

「東京に染まるなよ」

言われた当時は意地でも染まってやろうと思った。シティ・ガールになって堂々と街を歩いてやろうと思った。だけれど、今ではすっかり気づいている、私は「東京に染まれなかった」のだと。

地元の方言が好きだ。マクドと言うのが好きだ。電車を二十分以上待って、田んぼと町を見ているのが好きだ。私が住んでいた三重県は空港も新幹線もなく、片道七百円くらいかかって行く名古屋に頼りっぱなしだったから、そこだけ不満だけれど、セミは静かだし、涼しいし、人が少ないし、カラオケは安かった。あの町が好きだ。
もっと言えば、東京を好きになれなかった。マックと聞けば「MacBook?」と思ってしまうし、夜中でも車の音が聞こえてくるし、セミは煩いし、ヒートアイランド現象とかいうやつのせいで暑いし、渋谷駅なんかじゃあまっすぐ歩けないほど人が多いし、駅に出口が何個もあるし、カラオケは千円を超える。


疲れてしまったのだ。東京に対してもそうだが、新しい学校に通うのがつらくなった。

私は沢山友人を作るタイプではないけれど、それでも春頃は新しい街新しい学校の新しいクラスメイトに浮き足立っていた気がする。なんだかこう、まっさらのノートの1ページ目、1行目は綺麗に書こうって意気込むみたいな感じで。できることなら皆と仲良くなろうと思ったし(まあ仲良くなれなくても別にいいやとは思っていたので受け身ではあったけれど)、話しかけてもらって、そこから仲良くなれるのが嬉しかった。

しかし夏に地元の友人と話して確信した、私もうこの子らくらいじゃないと友人って呼べない、と。
その子らは通信制高校でできた友人で、年齢とか性別とか関係なくしこりみたいな過去を持っていて、それが偶然私と似たようなもので、だから気が合っていた。もっといえば生死観、倫理観みたいなものが似ていた気がする。そこが合わないと関わるのがしんどいんだ、と気づいた。
授業中にペアワークするくらいならほぼ他人でも構わないのだが、放課後遊んだり課題を一緒にしたり休日に出かけたりするのは友人が良い。私が定義する友人というものがかなり深い関係を指すのでそれもあるのだろうが、今のクラスメイトとは根本的に何かが合わない。生まれ育った都道府県から違うし、年齢も違う、だがその齟齬があっても好意的な人はいるので、やっぱり生死観、倫理観が合わないのかも。そしてクリエイター向けの学校ゆえ、作品への向き合い方も関係してくるのかもしれない。私はあの人たちに友人と呼ばれているが、私はあの人たちを友人だとは思えないのだ。
とどのつまり、地元の4人の少女たちは、本当に素敵で綺麗で最高の友人だと、罪を隠蔽するような着地の仕方をしておく。
「マクドにでも行かん?」
そう言ったとき、いちいち「マクド派なんだ、関西の人なの?」と挟まれないのは大変心地良いので。
ちなみにそう聞かれたら、三重は関西じゃないと思っているから「違います」と返すが、「マクドって言うのに?」と訝しげにされる。動物園に来たみたいに、地方人を珍しげに眺めるのはやめていただきたい。

「マクド、久々に食べたわあ」
「定期的に食いたくなるよな、ていうか」
「ん?」
ナゲットを食べながら友人のほうを見ると、その人は笑って言ったのだ。
「マクドって言うたよな、染まってない」
何故だか涙が出そうになって、きっと久々のマクドが美味しかったからだと仮定した。そうに決まっている。
「染まるわけないやん。むしろ、東京の奴らを染めにいく気持ちでマクドって言ってる」
「いいぞ、東京マクド化計画!」


染まる。私の世界は色濃く染まる。友人によって、地元の風景によって、地元のマクドーーあの駅前の、ポテトがやけに塩からいマクドによって。
てれて、てれて、の音楽を遠くに聞き流しながら、次住むのはせめて関西がいいかも、なんて思う。

宜しければ。