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【超短編】檸檬と鞦韆(再投稿)

2021年03月21日投稿作品

まだ蕾のままの花を抱えて、僕は歩き出す、夜明け前ーー。

あなたの香りがした。
何も嘲るもののない無機質な部屋。透明な四角に夜景が映る。もう、今夜は終わる。

とうとう帰って来ませんでしたね。わかっていたけれど淋しくて堪らない。どうせ僕らはこれきりの関係で、小さい子を出鱈目な玩具で弄ぶくらい安易な設営なんだ。さらさらのシーツがいやに冷たい。あなたがいないから。

僕は二歳の頃にはブランコに一人で乗れていたらしい。となると今の僕はそれ以下だ。あなたの支えがなければ、この鞦韆しゅうせんは動かない。ただ不安定に震えているだけだ。早く会いたいのに我儘を言えない。

夜空に檸檬を搾って色を変えたい。夢に吊り上げられてしまう前に、蕾が開くところをあなたに見せたい。その瞬間にきっとあなたは赤い糸を切る。それでもいい、編んで一つになるまで何度でもまたぱちぱち切ればいい。

鞦韆は二文字の間でゆらゆらしている。す、と、き、の二文字。どちらも言えば好きと伝えられるのだから言えばいいのに、そんな勇気とてもない。これだから改札は通れない。弱虫。

あなたの香りがする。
目を開けると、もう蕾が開いていた。赤い糸は一本のまま。透明の四角には、快晴がゆっくりと滲んでいた。

宜しければ。