夜行バスの光
一年前、会社初の女子役員になった。子どもは浪人をすることになり、夫は「何もこんな時に!」というタイミングで起業を始めた。追い討ちのように、半年前、父が体調を崩し、入院をした。
一昨日の夕方仕事から帰った時、買い物帰りの隣の奥さんと家の前で会い世間話をした。
「色々重なる時ってこれでもかってくらい重なるのよね〜」
彼女は私とは全然関係ない話をしていたが、そのセリフが沁みた。
今の私はキャパオーバーで擦り切れそうだ。
実家は千葉の房総にあった。自宅の所沢から行ったり来たりするには結構な距離だ。今日、会社帰りに父の病院へ行く満員電車の中で、私はふと意識を失いそうになった。
このまま立っていると倒れてしまうと思ったので、東京駅から夜行バスに乗ることにした。切符を予約すれば必ず座れる。スマホで左側の一番前の席を予約する。
金曜の夜九時半に東京駅で梅干しとシャケのおにぎりを買って、バスに乗る。
目の前の風景がビルや複車線で折り重なる車、ブルーの道先表示版が続く都会をバスが走る。ちょっとゴミゴミした下町を抜けて羽田方面に行き羽田空港をぐるっと回り、時折、止まって人を乗せたり降ろしたりする。そこから高速に乗るともう遠くの工場とビルの光しか見えない。
子供の頃、父母と住む千葉の家から車で祖母の家に夜帰ったことを思い出す。それほど仲が良いとは言えない家族だったが、房総へ帰る車の中はいつも楽しかった。
「赤紫の工場の光が見えると丁度半分まで来たところだよ」父が教えてくれた。
子供の時、窓にしがみついて観た様に、バスの一番前の席で外を観る。
電車で病院に行く重たい気持ちが流れる風景と共に高速道路で吹き飛んでいく。
私はすっかり旅に行くような気分になり、おにぎりを取り出しお茶を肘掛けに着いているドリンクホルダーに入れた。
レインボーブリッジを通りながら、おにぎりを食べる。電車の喧騒から離れて、突然手に入った自由に気が緩んで涙が出る。光が滲んでいく。
<了>