【タロット自由研究】愚者
ご無沙汰しております、占い侍です。
タロット自由研究を始めます。
タロット解説ではありません。
カードのリーディングに関しては、分かりやすい解説書や、無料で公開されている動画がたくさんあります。
そういった実用的な知識だけではなく、雑学が盛りだくさんの記事を書きたいと、常々考えていました。
僕はタロットを始める直前まで、占い全般に大した興味を持っていませんでした。
でも、ふとしたきっかけでタロットについて調べたときに、その成り立ちやタロットを巡る歴史の面白さに気付いてしまったのです。
だから、占いをしている、もしくは占いが好きでタロットのことも知っている方はもちろん、全くタロットのことを知らない人でも楽しめるようなコンテンツを作れないものかと考え、それをかたちにしたのがこの記事です。
まだ手探り状態なので分かりにくく拙いとは思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
また、タロットカードにはたくさんの種類がありますが、考察ではウェイト版をメインに扱いながら、時折マルセイユ版にも触れることができればと思っています。
さて、記念すべき第一回目のテーマは、大アルカナ最初のカード、愚者です。
【タロットに書いていること】
これはウェイト版の愚者のカードです。
背景の白い太陽と黄金の空は『希望』を、
奥にそびえる氷山は『困難』を、
足元の崖は『危険』を表しています。
左に向かって歩いていますが、実は大アルカナの中で移動をしているのは愚者だけです。
また、左は多くの場合『精神世界』のメタファーであり、視線が空(希望)だけを捉えていて氷山(困難)や崖(危険)は見ていないことから、愚者が現実よりも理想を重視していることが分かります。
手にしている薔薇と身に着けたインナーの白は彼のもつ『純粋性』を、頭の羽飾りは彼が『自由』な存在であることを示しています。
旅人であるにも拘らずかなりの軽装で服がボロボロなことからは、彼が準備を入念にするタイプではなく、場当たり的に生きていることが伺えます。
白い犬は『本能』を表していて、それが吠えているということは、彼が自身の本音や衝動に正直であることが分かります。
希望的でポジティブな言葉との結びつきが強いカードですが、絵の通り地に足が着いていない状態であることを表しています。
【愚者のイメージと語源】
みなさんは、『愚者』という言葉を聞いてどんなイメージを持ちましたか?
昔、友人を占っていたときに『愚者』のカードが出て
『自分は馬鹿だってこと?』とがっかりされたことがあります。
『愚か者』という言葉がある為、そういうイメージを持つことはごく自然です。
但し、このカードにおける『愚者』の意味はそれだけではないのです。
『愚者』の英語表記としては『fool』が一般的ですが、
英語圏では『Jester』と呼ばれることもあり、
それを再び和訳すると『宮廷道化師』になります。
『愚者』は、『愚か者』『馬鹿な人』という意味を持つだけではなく、
『宮廷道化師』を指す言葉でもあるのです。
そもそもfoolの語源は、ラテン語のフォリス〈follis(ふいご)〉からきていて、
道化師の無意味な言葉を「風」にたとえたものだと考えられています。
【宮廷道化師】
『宮廷道化師』とは、主に中世ヨーロッパで王族等に仕えて芸を披露したりしていた人々のことです。
彼らは音楽や曲芸で主人を楽しませるだけでなく、そのユニークな風貌を逆手に取り、ジョークや風刺を織り交ぜた話をしてみせて、時には主人に対する無礼な言動すら許される特別な存在でもありました。
絶対王政の世の中にあって、他の人が言えないようなことも王様に伝えることができる唯一の例外=トリックスターのような役割を担っていたのです。
彼らのなかには身体的・精神的に障害があるか、
小人症と言われる人々が一定数いましたが、
当時、そう言った人々は神に近い存在として畏れられてもいました。
つまり、彼らは人々に笑われる存在でありながら、同時に畏敬の念も抱かせるような二面性を持っていたのです。
ポーランドの代表的な道化師にスタンチクがいます。
優秀な芸人であると同時に歴史や政治への造詣が深い彼の発するジョークにはハッとするような警告や風刺が織り込まれており、主人である王達は事あるごとに彼の助言に耳を傾けたと言います。
道化師の発言が、一国の動向に大きな影響を与えていた可能性があるなんて、少し信じられないような話ですよね。
【道化師 アルレッキーノ】
もう少し道化師について掘り下げていく為に、
文化人類学者の山口昌男氏の著作『道化の民俗学』を紹介しつつ道化師のルーツを探っていきましょう。
本書は、イタリアの喜劇「コンメディア・デッラルテ」に登場する道化師アルレッキーノに関する考察から始まります。
アルレッキーノは、フランス語ではアルルカン、英語ではハーレイクインと呼ばれます。
DCコミックに登場するジョーカーのパートナーの名前はこれに由来します。
二人の見た目が道化師なのは一目瞭然ですが、名前もしっかり道化師にまつわるものだったのですね。
「コンメディア・デッラルテ」とは、劇の様式のひとつであり、そのうちの『二人の主人を同時にもつと』という物語の粗筋を本書は詳細に説明していますが、ここでは割愛します。
誤解を恐れることなく物語を簡単に説明すると、
ひょんなことから2人の主人に同時に仕えることになった召使いのアルレッキーノが、巧みな話術や類まれなる運動神経を存分に発揮して、主人達にそのことがバレないように誤魔化していくストーリーです。
物語のなかでアルレッキーノは、架空の友人を作り出して彼に罪をなすりつけたり、時には実際には存在しないその人物になりきって登場します。
また、2人の主人が同じタイミングで食事を取りたいと言ったときには、アクロバティックな動きの連続で配膳をこなします。
コンメディア・デッラルテは即興劇の為、細かな台本はありませんが、代わりに各登場人物に明確な役割があり、役者達は決められた役割の枠組みの中で演技をしなければなりません。
しかし、役割そのものが破天荒なアルレッキーノは例外的な存在でした。
その為、唯一アルレッキーノだけが全ての枠組みを壊して、縦横無尽にそして自由に振る舞っているようにみえるのです。
山口氏によるとアルレッキーノが破壊するものはそれだけではないと言います。
劇中、アルレッキーノは平たい木剣のようなものを持ち、自分の身体などを叩いて音を出します。
彼の発するパシンパシンというリズミカルな音や、イタリア語でまくし立てる軽快な言葉の連続、コミカルな動きにより、周囲の人々はまるで彼に操られたように動いてしまいます。
召使いであるアルレッキーノの言葉に従って、主人達が身体を動かしてしまうなんてことは、普通ではありえないことです。
アルレッキーノが使用する言葉は、『意味を持った言葉』ではなく、『音楽的な特長をもった言葉』でした。
本来、言葉というものはそれぞれに意味を持ち、それにより人々の次の行動を決めるものです。
実際に、主人達はアルレッキーノに「これを持っていなさい」「誰々を連れてきなさい」と言葉で指示をします。
しかし、アルレッキーノは、ほとんど意味のない言葉と身振り手振りを用いて、主人達に足踏みをさせたりその場から何歩か歩かせたりするのです。
このように、『意味を持つ言葉』ではなく『音楽的な特長を持つ言葉』によって、アルレッキーノが主人達を操ってしまうことを、山口氏は『アルレッキーノが日常性を破壊している』と表現しています。
演劇の舞台が非日常的な世界であるということはなんとなく理解できると思います。
演劇を鑑賞することは日常と非日常の境目に留まることに近いのもしれません。
役者が演技をするときの要素として、言葉と動き(=身振り手振り)のふたつに分けたとき、言葉は人間が進化の過程で新たに獲得したものであり、動きは生命が誕生したときから存在するものです。
先に身振り手振りがあって、それに言葉を当てはめていったことになりますが、演劇において、役者が発する言葉も本質的には身振り手振りのひとつなのだと山口氏は論じます。
ここで敢えて、山口氏の言葉をそのまま引用します。
『……結論的にいえば、アルレッキーノがその全体性において我々を導くのは、劇の始原的な地点すなわち、人間がそこで真の「世界」とのかかわりを回復し、蘇る地点へなのであるということになるのである』
さぁ、ここで「世界」という言葉が出てきました。
「愚者」は大アルカナ0番目のカードですが、最後に当たる22番目のカードは他でもない「世界」です。
愚者が僕達を真の「世界」へ導くとはどういうことでしょうか。
山口氏の論説を分かりやすく言い換えると次のようになります。
『アルレッキーノが言葉ではなく、音や身振り手振りで人々の行動に影響を与えることは、
日常性を破壊する行為であるとともに、それを目撃する観客達を身振り手振りが本来の力を取り戻した世界へ誘う行為でもある』
更に補足すると、道化師は常識では不可能なことをやってのけるわけですが、その常識では不可能なことをやってのけることを『日常性の破壊』と表現しています。
そして、それらを目撃する観客は、日常的に暮らしているのとは異なる「世界」へと、道化師によって移動させられるというのです。
道化師は、簡単に言ってしまえば『なんでもできてしまう存在』です。
次回に説明する魔術師も同じようにみえるのですが、魔術師の場合はタネも仕掛けもあります。
ところが、道化師のそれは手品ではなく、常識では不可能なことが実際に起きているのです。
たとえば、体を切断するマジックがありますが、あれは実際に体を分離しているわけではなく、あくまでそう見えているだけです。
でも、道化師が大きなボールに乗って、不安定な状態でジャグリングをしているのは、実際にそこで起きている事象です。
ふたつとも日常では起こり得ないことですが、道化師はそれを実際にやってしまうのが大きな違いであり、最大の特長です。
そして、それを目撃し居合わせた観客は、『道化師によって日常とは異なる「世界」へ移動した』と言えるのです。
【オリンポス十二神 ヘルメス】
アルレッキーノに関する考察から道化師の性質について説明をしてきました。
アルレッキーノは道化師のルーツのひとつともいえる存在ですが、そのアルレッキーノにもルーツがあります。
それはオリンポス十二神のヘルメスです。
ヘルメスはゼウスの子で神々のメッセンジャーとして誕生しましたが、商売や牧畜、旅、そして嘘の神と言われています。
生まれてすぐにゆりかごから抜け出したヘルメスは、そこからはるか遠くにあるピエリアという土地までその日の内に移動し、同じく十二神の1人であるアポロンが飼っていた牛50頭を盗みました。
その際、足跡を辿られないように牛を後ろ向きに歩かせたり、自分の足跡を偽装する為に奇妙な形の草履を作って履くことで、アポロンを撹乱することに成功しますが、アポロンは様々なことを見抜く能力を持った予言の神でもあった為、結果的に犯人がヘルメスだとバレてしまいます。
ところが、ヘルメスはアポロンに詰め寄られても、「生まれたばかりの自分にできるわけがない」と言い張りました。
ゼウスの前に連れ出されても「嘘のつき方など知りません」と言って、認めません。
その場にいる誰もが、ヘルメスが犯人で間違いないと確信しているにも拘らず、です。
最後にはゼウスに諭されて牛を返すことになりましたが、ヘルメスはアポロンの機嫌を取る為に自作の竪琴で曲を奏で、更に即興の詩を作り歌って聞かせました。それに感心したアポロンはその竪琴が欲しくなり、先程返してもらったばかりの牛と竪琴を交換してヘルメスを許しました。
のちに、ヘルメスはケリュケイオンと呼ばれる魔法の杖をアポロンから授かりました。
上記のエピソードにより、
生まれてすぐに大移動をした → 旅の神
アポロンの詰問に動じることなく嘘をつき通した → 嘘の神
竪琴と盗んだ牛を交換するという自分に有益な交渉をした → 商売の神
牛を手に入れた → 牧畜を司る神
と言われています。
もう一つ、紹介したいエピソードがあります。
美と愛の女神アフロディーテは、誰もが憧れるような魅力に溢れた女性であり、ヘルメスもそんな彼女に魅了された者の一人でした。
彼女はヘパイストスという夫がいたにも拘らず、戦争の神アレスと浮気をしていました。
そのことを知り怒ったヘパイストスは、自宅の寝室のベッドに見えない鎖の罠を仕掛けました。
ヘパイストスの留守中に逢引した二人はまんまと罠にかかり、あられもない姿で抱き合ったままベッドで身動きが取れなくなりました。
ヘパイストスは、更に2人を辱める為に大声で神々を呼び付けました。
そんな2人の様子をみたアポロンはヘルメスに、『こんな目にあってもアフロディーテと一緒に寝たいか』と尋ねましたが、ヘルメスは『それができるならもっと恥ずかしい目にあっても構わない』と言い切りました。
ヘルメスが言ったことは、実は他の神々も心の内で思っていたことでした。
ヘルメスは、みんなが口に出すのをはばかっていた本音を恥ずかしげもなく言ったのです。
彼の言葉の通り、後にヘルメスはアフロディーテと交わり、ヘルマプロディートスという息子が生まれます。
ヘルマプロディートスは、やがて両性具有になりますが、実は父であるヘルメスにも両性具有的な側面があることを、先の山口氏は指摘しています。
その根拠については説明が長くなってしまう為、今回は割愛しますが、山口氏によると男性であり女性でもある両性具有以外にも、ヘルメスは様々な二面的特徴を持っているといいます。
幼稚と成熟、誠実と不誠実、想像と破壊といった相反する2つの要素を持っていることが、ヘルメスのトリックスターたる由縁に繋がっているのかもしれません。
尚、ヘルメスが行き来できるのは地上だけでなく、冥界と現実世界との往来も可能です。
ヘルメスの特徴をまとめると次の通りです。
口が達者で嘘が得意
周囲が言えないようなことも平気で口に出せる
神々の伝令役として遠距離を移動する
両性具有等の二面性がある
ヘルメスのエピソードは実に多様で紹介した以外の特徴もたくさんあります。
共通して言えることは、彼が神々の中でも特異な存在=トリックスターとして描かれているということです。
【視覚的特徴とその比較】
ここまで下記の4点について解説をしてきました。
◇愚者のカードに描かれている象徴
◇宮廷道化師の特徴
◇コンメディア・デッラルテにおけるアルレッキーノが持つ性質
◇オリンポス十二神におけるヘルメスの役割
これは同時に、愚者のカードのルーツを辿る試みでもありました。
改めてこれら4つを画像で比較してみましょう。
【ヘルメス】
ヘンドリック・ホルツィウス『メルクリウス』(1611年)
作品名の『メルクリウス』はマーキュリー、つまりヘルメスの英語読みです。
右手はアポロンから授かったケリュケイオンを持ち、羽のついた帽子を身に着けていることがわかります。
【アルレッキーノ】
アルレッキーノの代表的な衣装です。
ヘルメスと比較すると、ケリュケイオンがバトンに変わり、帽子の飾りは形や位置が少し変わっています。
【宮廷道化師】
ヤン・マテイコ『スタンチク』(1862年)
宮廷道化師の代表例として、スタンチクの肖像画を紹介します。
とある領地が敵国によって陥落されたという報せを受けて物思いに耽ている様子を描いており、普段のおどけた様子とは全く異なる表情をみせています。
宮廷道化師もまた、極端な二面性を持った存在でした。
【愚者(マルセイユ版)】
マルセイユ版の愚者のカードです。
スタンチクの衣装と酷似した服を着て、右手には杖を持っています。
また、この愚者を両性具有であるとする説もあります。
【愚者(ウェイト版)】
ウェイト版の愚者のカードです。
荷物を担ぐ棒は杖のように長く、頭には羽の飾りが付いています。
ヘルメスが持っていた2つの視覚的特徴がこのカードにもみられます。
【共通点】
マルセイユ版の愚者の出で立ちはスタンチクの衣装に酷似しており、ウェイト版と比べると、宮廷道化師としての特徴が強く出ていることが分かります。
マルセイユ版では荷物とは別に杖を持っていますが、ウェイト版では杖がなくなる代わりに荷物を担ぐ棒が杖のように長くなっています。
これらが、ヘルメスのケリュケイオンの名残かもしれないと考えると興味深いです。
また、ヘルメスの帽子に付いていた羽飾りは愚者の頭にもしっかり残っています。
愚者のカードは道化師であると同時に旅人でもあります。
生まれてすぐに長距離を移動してみせたり、神々のメッセンジャーとして各地を動き回っていたヘルメスとの共通点を感じます。
なんといっても、愚者は大アルカナの中で唯一の移動をしている様子を描いたカードなのです。
また、歯に衣着せぬ物言いのできるヘルメスの特徴は宮廷道化師にもいえることですが、これは愚者のカードが持つ『恐れ知らず』な一面と通じるものがあります。
愚者のカード、アルレッキーノ(道化師)、ヘルメスの特徴を説明する際に欠かせない共通のキーワードは、『トリックスター』です。
大アルカナの22枚のカードを、愚者から始まって世界に辿り着くまでの旅路だとするならば、最初のカードである愚者はその当事者、もしくは案内人であるといえるかもしれません。
コンメディア・デッラルテにおける、アルレッキーノが担う役割も同様のものでした。
タロットにおける愚者に関しても、人々を今いる世界とは異なる別の世界へ誘う特別な存在だといえるでしょう。
また、ヘルメスは冥界との行き来ができる神でもありました。
愚者が『死』を含む大アルカナを旅することができるのは、彼がヘルメスをルーツに持っているからかもしれません。
【終わりに】
今回は『宮廷道化師』というキーワードを元にできる限り掘り下げたあと、タロットにおける愚者のカードとの共通点を探ってみました。
これらはあくまで僕の推察、妄想の域を出ませんので、改めてご理解をお願い致します。
最後に、みなさんの愚者のイメージを教えてくれませんか!?
コメント欄に自由に書いていただければ嬉しいです。
有名人や偉人に例えるなら誰々!みたいなことでも大歓迎です。
ちなみに、僕が愚者を偉人に例えるなら『坂本龍馬』です。
【次回予告】
次回は大アルカナ 魔術師のカードです。
魔術師は愚者と同一人物だとする説があります。
そして、魔術師もまたヘルメスとの関連があるようで……。
次回もお楽しみに!!!
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